佐藤博樹他『多様な人材のマネジメント』
佐藤博樹・武石恵美子・坂爪洋美『多様な人材のマネジメント』(中央経済社)を,お送りいただきました。どうもありがとうございました。佐藤さんと武石さんが中心となった「ダイバーシティ経営」シリーズのもので,これまでも何冊かお送りいただいております。感謝申し上げます。
今回は,シリーズタイトルそのもののダイバーシティ経営がテーマとなっています。 序章では,ダイバーシティ経営を支える五つの柱が示されています。①多様な価値観を持った社員の組織統合に貢献する「理念共有経営」,②多様な「人材像」を想定した人事管理システムの構築,③多様な人材の活躍を可能とする「働き方改革」の実現,④多様な部下をマネジメントできる管理職の育成,⑤働く人自身が多様性を構成する人材であることを自覚して独自性を発揮・拡張できることに加えて,多様な他者と協働できる人材となること,です。よく整理されていて,納得できるものです。
ダイバーシティは,法的にいえば,差別禁止の問題と似ている面があるのですが,HRM的にいえば,多様な人材をうまく取り込んだ経営をしようということであり,そうすると当然,マイノリティもうまく活用しなければならないということになり,差別問題への対処にもつながります。人事労働法的な観点からいっても,経営側には,マイノリティも含めた多様な人材をうまく活用してダイバーシティ経営をすることに経営上の利益があるのであり(それはレピュテーション上のメリットも含まれます),そこをうまくつついて誘導する法制度の設計ができればよいと考えます。佐藤さんたちの本は,それをマネジメントの観点から,実践的にどうすればよいかを考える素材を提供してくれています。日本企業では,管理職も,また働く従業員側も,意識を変えなければならないでしょう。同質的な組織は,外的な環境変化に脆弱で,持続的な成長可能性を期待しづらくなります。
上場会社向けのものではありますが,東証の「コーポレートガバナンス・コード」は,その【原則2-4.女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保】において,「上場会社は,社内に異なる経験・技能・属性を反映した多様な視点や価値観が存在することは,会社の持続的な成長を確保する上での強みとなり得る,との認識に立ち,社内における女性の活躍促進を含む多様性の確保を推進すべきである」とし,「補充原則」として,「上場会社は,女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等,中核人材の登用等における多様性の確保についての考え方と自主的かつ測定可能な目標を示すとともに,その状況を開示すべきである」として,人材の多様化に言及していますが,それは,企業価値を高めるためにも人材の多様化が重要であることを示しています。
ところで1973年の三菱樹脂事件・最高裁大法廷判決は,思想・信条を理由とする採用拒否を違法ではないと判断しています。そこには,企業が同質的な思想をもつ労働者を集めて経営することは,憲法の保障する経済的活動の自由の一環であるという考え方が基底にあります。経営責任を負う企業は,誰を採用して事業経営をするかは自由に決めてよいのであり,法律や裁判官が介入するなというのは,ある意味では正しいことです。しかし,私は最近では,そこから一歩進んで,やはり公正な採用というものを,もう少し強く企業に求めてよいのではないかと考えています。それは企業に課されている社会的責任からのものです。そして,社会的責任を果たすことは,企業にとって経営上のメリットがあるということを自覚せよというのが,ダイバーシティ経営論だと思っています。
人事管理の進化が,最高裁判例を過去のものとしてしまい,硬直的な法理論を乗り越え,企業にも労働者にもウィン・ウィンをもたらすというのが,私が考えている人事労働法の世界です(拙著『人事労働法』63頁以下も参照)。
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