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2022年3月24日 (木)

情報を学ぶとは

 323日の日本経済新聞に出ていた西垣通さんの「情報教育」に関するインタビューの内容は重要だと思います。
 西垣さんは,情報教育の拡充は望ましいと評価しながらも,「内容がプログラミングなどの理系(工学系)のデータ処理に偏りすぎているのです。職業としてのプログラミングには向き不向きがあります。その能力を国民全員に求めるのは無理です。」と述べ,「もっと根本的なことを教えてほしい。情報社会でいかに生きていくか。そのための基礎的な教養が教えられていない。」と注文をつけています。
 そして,情報の「本質」の正しい理解を強調し,「情報は生命活動から生まれるのです。動物は,敵が来たとか食べ物があるとか,身体と結びついた生命的な情報を交換しながら生きています。動物的本能をもつ赤ちゃんが,話し始める。そうして生まれる社会的な情報を,効率的に伝えるために,機械的なデジタル情報があるのです。」とコメントしています。最後に,「我々が生きている現実の世界をAIなどのデジタル技術で補強すること自体は,とても大事です。高速道路などインフラの老朽化対策や病気の診断にも活用できる。少しずつ慎重に,人間が生きるためのIT社会をつくっていく。そういう道筋をつけるのが,真の情報教育ではないかと思いますね」と述べています。
 情報の重要性は,私も『デジタル変革後の「労働」と「法」―真の働き方改革とは何か―』(日本法令)において,梅棹忠夫の情報論を引用しながら論じています。私は人間の労働の中心が,これからは情報(とくにデジタル情報)のやりとりというタイプのものにシフトしていくと考えています。そして,情報は,人間が生きていくために必要なもので,それを蓄積し,後世に伝えていくのが教育なのです。教育によって伝えられた情報に,新たに個人が価値を付加しながら互いに提供して社会課題の解決に貢献するというのが労働の本質なのです。この意味で,教育と労働は,密接な関係にあります。そうした情報の伝達や蓄積に活用されるのがデジタル技術ですが,これは専門の技術者にならない限り手段的なものにすぎないので,すべての人が同じ程度に学ぶ必要はありません。デジタル技術をどう活用するかは,例えばパソコンの原理を知らなくてもパソコンの使い方を知っていればよいというのと同じです。もちろん,より深く知った方が,より広い活用ができて望ましいのですが,DX時代に誰もが求められる基礎的なデジタル教育と,それ以上の専門的な教育とを適切に振り分けておかなければ,過剰教育をもたらし,他の重要な教育・学習に割く時間が奪われる危険があります。足の遅い人には,足が速くなる方法を教えるよりも,足を使わなくてもやっていける方法を教えたほうがよいのです。デジタルが苦手な人は苦手でよいのです。そういう人もデジタルを活用できるようにすることこそ,デジタル技術の専門家に考えていってもらいたいことで,重要な社会課題の解決となります。
 デジタル技術は,あくまで手段であるということを忘れてはならないわけで,文理融合の「文」は,そうした手段をどういう目的で活用するかの知恵の部分を担当することになるのだと思います。理想は一人の人間が文理を兼ね備えることですが,複数の人間でうまく分業することでもよいでしょう。

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