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2022年3月22日 (火)

転勤について

 317日の日本経済新聞に,「厚生労働省は異動の可能性がある範囲を企業が労働者に事前に明示するよう義務づける検討に入った」という記事が出ていました。労働基準法施行規則5113号(労働基準法151項に基づく規定)は,「就業の場所及び従事すべき業務に関する事項」を明示しなければならないとしていますが,これは採用当初の「就業の場所」や「従事すべき業務」でよいとされていて,あとは就業規則に配転条項があれば,異動させることができました。これを今回の改正で,異動可能性のある範囲まで明示しなければならない,とするということのようです。こうしたアイデアは,私もずっと前に,どこかで書いたか話したかした記憶があり,それがどこであったか忘れてしまったのですが,要するに,配転について契約的規制を重視する立場から,労働条件明示義務の内容として,当初の業務や勤務場所だけの明示でよいという解釈に疑問をもっていました。当初のものでよいという解釈も,別に明確な根拠があるわけではなかったのですが,日本型雇用システムの下では,「どこでも,なんでも」するというのが,正社員の働き方なので,それをすべて明示せよというのは無理で現実性がないということでした。しかし,それなら当初のところだけ明示してもあまり意味がないわけで,そうしたことが労働条件明示義務全体を軽視し,ひいては契約で労働条件を明示することを軽視する傾向を生んできたようにも思います。
 私が上記のような解釈を考えたのは,労働者のためというだけでなく,当初明示した範囲での異動であれば,権利濫用法理を適用すべきでないという考え方とセットになっています。権利濫用法理よりも,できるだけ契約による事前規制をという発想です。労働者の保護は,適切に労働条件の明示をされた労働者が自分で判断して行うことがまず重要で,裁判官による(権利濫用論による)事後的な保護にはできるだけ頼らないほうがよいということです。異動可能な範囲をすべて明示せよというと,企業にとっては,大変なこととなるでしょうが,職務の変更や勤務場所の変更はアブノーマルなことだという意識改革が求められているのです。その先に,プロ人材のムーブレス・ワーク(職種は自分の専門とするものに限定され,場所の移動もしない働き方)という私の想定する,これからの労働スタイルがあるのです。
 2021年に刊行した『人事労働法』(弘文堂)では,契約的規制という発想を納得規範に落とし込んだ議論を展開していますが,同書では,これまでは一緒に採り上げられることが多かった職務の変更と勤務地の変更は別の箇所で扱っています。前者は,「第5章 人事」の「2 配転・出向・転籍」で,後者は,第7章「ワーク・ライフ・バランス」の「3 勤務場所」です。住居の変更をともなう転勤については,厳格な対応を企業に求めており,それは通常の人事権と同じに扱ってはいけないという考えからです。
 ところで同じ日の日経新聞の朝刊記事では,Nextストーリーの「〈シングルの選択〉(下)しわ寄せこない働き方の未来」というところの最初に,「全国転勤がある会社で,勤務地に配慮を求めることができるのは結婚と介護が理由の人だけ。ダイバーシティ推進を掲げるなら,社員各自が大切なものを大切にできるようにしてほしい」(女性,20代)という声が紹介されていて,その後に最適な働き方を自分たちで選ぶことに関する記事が紹介されていました。テレワークという解決策が出てこなかったのは残念ですが,転勤に対する疑問が徐々に社会のなかで広がってきている流れは,ひしひしと感じられます。
 一方で,その日の夕刊には,桜木紫乃さんの「転勤つれづれ草」というエッセイもありました。転勤は家族が大変だけれど,振り返れば悪いことばかりではないということかもしれません。でもやっぱり転勤はないほうがよいです。移動は,人に命じられるより,自分の意志でやったほうが人間的だと思います。

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