非正社員の労働組合
ビジネスガイドの最新号の「キーワードからみた労働法」では,「非正社員の組織化」というテーマで,有期雇用労働者とユニオン・ショップの関係にかかわるトヨタ自動車事件の名古屋地裁岡崎支部の2021年2月24日判決を中心に解説をしました。ユニオン・ショップに関する論点として,いろいろツッコミどころがあったのですが,非正社員の組織化は,労働組合活動のオンライン化が進むと,やりやすくなるのではないかということにもふれました。
昨日も労働組合のことを書きましたが,非正社員の組合活動の難しさは,正社員の企業別組合の加入資格がないという従来からの問題だけでなく,加入が認められても,正社員と非正社員の利害が対立することがあり,組合として運動しづらいということもあると思われます。正社員の利益を引上げて,それを非正社員にも及ぼしていくというシナリオもありうるのでしょうが,むしろ企業のパイが限定されるなかで正社員と非正社員との間でパイの取り合いが起こりかねないのです。とりわけ法律が非正社員を擁護しようとしているので(それが労働契約法旧20条であり,現在の短時間有期雇用法8条なのですが),正社員に手当を付与すれば,非正社員にも同じように付与しなければ不合理な格差になってしまうということになれば,それなら正社員への手当をやめようということになりかねないわけです。経営状況がよければともかく,悪ければそういうことになる可能性が高まります。手当の廃止は就業規則の不利益変更となりますが,法による強制で経営的に苦しくなれば,裁判になっても,変更の「高度の必要性」があるとされ,合理性が肯定されやすくなるかもしれません。このような正社員と非正社員の潜在的な利害対立状況があるとすれば,企業別組合が非正社員に加入資格を認めることは,簡単には進まないように思えます。
そうだとすると,正社員と非正社員の混成部隊の労働組合よりも,非正社員だけの労働組合をつくったほうがよいような気がしますが,非正社員にとっては時間と費用をかけて労働組合を結成するインセンティブがどこまであるかというと,そこにも疑問があります。そうしたなか,オンラインでの活動であれば,比較的,労働組合に参加したり,深くコミットするハードルが低くなるのではないかと思うのです。
ところで,短時間有期雇用法8条は不合理性の判断において,「職務の内容」といわゆる「変更の範囲」に加えて,「その他の事情」を考慮するとし,判例は労使自治の尊重ということも,「その他の事情」で考慮されるとしています。長澤運輸事件のように,団体交渉で,定年後再雇用時の労働条件について交渉している場合には,そのことも考慮されるべきということでしょう。労使自治の尊重が,非正社員の労働組合が労働協約で合意をした場合に,その結果を尊重すべきという内容まで含むのかはよくわかりません。同条が強行規定となると,労働協約の定めに優先することになりますが,格差の不合理性というような規範的概念は,労働協約によって具体化されるのが望ましいのであり,そう考えると労働協約の内容こそ,不合理でない格差を示すものと解すべきことになります。そうすれば労使自治は,「その他の事情」で考慮される一要素という以上の意味をもつことになります。「その他の事情」という,規範的な概念(言葉を換えれば,緊張感のない文言)について,いろいろと解釈論を展開するのは,法律家の得意な仕事であり,その精緻化をする作業は業界内では評価されることです(例えば,日本労働法学会誌134号でも,植村新さんが詳細にこの問題を検討しています)。ただ,実務的には,こういう曖昧な概念は,法律家に好き勝手な議論をさせるために設けてある困ったものだと思われているかもしれません。
学会誌論文のなかで,日本労働法学会での植村報告に関して,JILPTの濱口桂一郎さんからの質問があり(これは本質をつく質問でしたが,学会の場でいきなりされると困ってしまうでしょうね),それに対して,植村さんが「多数派の正社員組合が非正規労働者を組織するインセンティブを持つような法的枠組みを用意することで,労働組合が自主的な任意団体であるという性格を維持しながら,非正規労働者の労働条件の決定,しかも,集団的な決定に適合的な労使関係を実現する,そういった契機になるのではないかと思っています」と答えています(同号117頁)。無難な答えかもしれませんが,自主的な任意団体論と,多数派組合による集団的な労働条件決定を重視した議論(労働組合公的団体論につながる)との原理的矛盾を,どう克服していくかのかが日本の労働団体法の根源的な問題だということからすると,やや肩すかしの答えのような気がします(これは労働組合の正統性にかかわる問題でもあります。正統性については,拙著『労働者代表法制に関する研究』(2007年,有斐閣)118頁以下も参照)。私は,非正社員の労働条件の改善は,立法介入よりも,非正社員の団結をとおした自助によるべきであるという主張を昔からしており(同書107頁など),前述のように,ICTの発達によって,その主張の現実性がより高まってきたのではないかと考えています。もともと短時間有期雇用法8条は,立法介入と労使自治の緊張関係を原理的に内在しているのであり,私の立場からは,労使自治優位の解釈を定立すべきとなり,とりわけ非正社員の労働組合が締結した労働協約があれば,「その他の事情」に落とし込んだ議論をすべきではないということになります。
もっとも,私は8条は訓示規定だと考えているので(その意味で徹底した労使自治論です),労使が自主的に交渉するうえで,8条を目指すべき理念として機能させることは認めています。ただ,同条の機能は,それにとどまるべきだと考えているので訓示規定説になるのです。
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