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2022年2月11日 (金)

高梨選手スーツ失格問題に思う

 高梨沙羅選手ら有力選手が,スキージャンプの団体戦で失格になったことが話題になっています。審査官が厳格すぎるとか,選手らはルール違反をした以上やむをえないとか,いろいろな議論があるようです。スポーツのルールについての特殊性があるのかもしれませんが,あえて労働法的な思考で考えてみると,まずルールには規定の明文上のものと,運用上のものとがあります。規定があっても,それと違う運用がされていてある程度定着して先例性が認められるとすると,それにも拘束性があるということがありえます。これが労働法でいうと,労使慣行論です。労働法の場合には,労働者に不利な運用があれば,ただちにそれを正すように企業に求めることになりますが,労働者に有利な運用があり,それが継続されていれば,その内容に企業が拘束されるという解釈がありえます。例えば,就業規則において,月に3回無断欠勤をすると,減給の懲戒処分にするという規定があったものの,運用上は5回までは不問にするという運用がなされ,それが長年継続しているなか,あるとき人事部長が変わって,突然,規定どおりに3回の無断欠勤をした社員に減給処分をした場合,法律構成はいくつかあるものの(懲戒事由に該当しない,あるいは懲戒権の行使は権利濫用となる[労働契約法15条参照]など),結論として減給処分は有効と認められない可能性があります。運用はしょせん運用とはいえ,規定どおりの運用に変えるのなら,一定の期間の予告をおいて,従来の運用に対する社員の期待をなくしてから行う必要があるのです。このような労使慣行論は,継続的な関係である労働契約関係においては,合理性があるものであり,総論的には反対する論者はいないだろうと思います(具体的な事件において,実際に処分が有効かどうかの判断は,事案によるので評価が分かれることはあるでしょうが)。
 こうした規律は,制裁を課すことそれ自体に意味があるのではなく,制裁をとおして,規律を遵守させることに意味があるのです。したがって,規律自体の明確性が必要ですし,とくに処分者の都合で規律を強化するような恣意的な解釈は許されてはなりません(犯罪の構成要件に対するのと類似の発想です)。規律が不明確であれば,ルールに従った処分がされたかどうかの事後検証が難しくなり,結果として,不公平な処分になってしまうおそれがあります。当然,本人の弁明などの意見聴取の手続も必要であり,この手続をとらなければ,懲戒処分であれば,それだけを理由として無効となることもありえます。
 今回のスーツに関するルールがどれだけ明確なものであったのかわかりませんが,そのルールの目的は,競技者がフェアな競技をするということにあるはずです。そのルールの運用について多少の幅があり,かつオリンピックという晴れの舞台でフェアな競技をさせるのを重視するのであれば,スーツについてのルールを明確にしておくことやもし従来の運用は改められたのであれば,そのことを事前に告知しておくべきであったのではないかと思われます。もちろん違反の指摘に納得できない場合の異議申立手続を設けることも必要です。今回のオリンピックでどうだったか詳細はわかりませんが,多くの失格者が出たということは,運用上のルールに不明確な面があった可能性もありそうです。ルールは規定だけでなく,運用も含めてのものであるという労働法の発想が,この競技にあてはまるかどうかよくわかりませんが,ドーピングにおいて明確に禁止される薬物を摂取して不意打ち検査でばれたというような明らかな規律違反のケースとは異なり,スーツに関しては,ルールを守らなかったほうが悪いとは言い切れない面があったのではないでしょうか。

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