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2022年2月24日 (木)

Eコマースと物流業界と労働

 デジタル社会の一側面といえるECEコマース,電子商取引)を支えるのは配送業者ですが,この業界においてドライバーの「2024年問題」があるということが新聞報道されていました。何だろうと思ってネットで調べてみたら,これは労働時間規制のことを言っているのでした。労基法の2018年改正(いわゆる働き方改革)による時間外労働の上限規制(36条)について,一部の業種などでは適用猶予となっているのですが,自動車運送業務もそこに含まれています(このほかの適用猶予の対象としては,建設事業や医師などがある)。同法140条に定めるもので,詳しくは,行政通達の201897日の基発09071号をみてほしいのですが,簡単にいうと,一般乗用旅客自動車運送業務,貨物自動車運送事業,その他,労基則692項で定める自動車の運転業務については,2024331日までの間は,改正法がそのままは適用されず,三六協定で定めるべき時間外・休日労働の単位期間である「1日,1カ月,1年」のうち「1カ月」は「1日を超えて3カ月以内」の範囲で決めてよいとされ,また,①三六協定の限度時間(1カ月45時間以下,1360時間以下)の規制(労基法364項),②特別協定による場合の時間外労働の上限(1カ月100時間未満[休日労働込み],1720時間以下。同条5項),③時間外労働と休日労働の上限規制(1カ月100時間未満,複数月平均80時間以下。同条62号および3号)の適用は猶予されます(1402項)。 
  これが2024年4月以降どうなるかというと,②の特別協定による場合について1カ月100時間未満の上限はなくなり,また1カ月45時間を超えることができる月数6カ月以内という制限も適用されず,さらに1年間の720時間以下という規制は960時間以下とされます。実労働時間についても1カ月100時間未満や複数月の平均80時間以下という上限は適用されません(140条1項)。
  つまり年間の時間外労働の時間総数を960時間以下としておけば,1カ月の100時間未満,複数月平均80時間以下という基本的な上限規制がかからないことになるので,これは一般的な労働時間規制と比べると,かなり緩いものです。ただ,この緩い規制は「当分の間」のものであり(それゆえ適用除外ではなく,適用猶予である),いつまでも特別扱いはしないぞ,という法の姿勢を示しています。
 ただ,この業界における労働時間規制を強化すると,私の推奨するムーブレスな生き方や働き方に影響を及ぼす可能性もあります。労基法は,労働者の保護のために長時間労働をさせないようにすることを目指しており,法律で個々の労働者の時間外労働の絶対的上限を設けています。もし企業が労働力を確保したいのならば,労働時間を延長するのではなく,たくさん人を雇うようにせよということなのです。労働力確保のためには,労働条件の改善も必要となるので,これも労働者の保護につながるでしょう。ちなみに20234月からは,中小企業に対する,月60時間を超える時間外労働についての割増賃金の引上げ猶予規定(138条)が撤廃されます。厳しい競争に巻き込まれているであろう物流業界の中小企業にとっては,年間の時間外労働の枠は上記のように緩いものであっても,割増賃金の負担という形の規制はかかってくるので,やはり厳しい状況に置かれるかもしれません。
 これは消費者(および企業)の論理と労働者の論理の対立のなかで,まさに労働者の論理を優先させたものといえるでしょう(この対立の図式は,拙著『雇用はなぜ壊れたのか』(ちくま新書)も参照。やや局面が違いますが,医師についても,医療提供体制の確保と,医師の健康のための労働時間規制との対立が問題となります)。もっとも,賃金の中心が歩合給であることが多い配送ドライバーにとってみれば,労働時間に上限を設けられると収入減となるおそれがあります。労働者の健康面での保護は労働者の経済面での保護とは両立しないことがあるのです。とくに短期でまとめて稼ぎたいと思っている人にとっては,健康よりも収入ということもあるでしょう。こういう人にとっては,労働時間の規制は余計なことなのです。それでも労働者の健康は,運行の安全などにも影響するので(負の外部性の問題),やはり労働時間規制は正当化されることになるでしょう。
 問題の抜本的な解決は,私なら次のように考えます。まず安全面の問題だけであれば,ドライバーの健康管理を,IoTを活用してAIでチェックするという仕組みの導入に取り組んで解決すべきです。労働時間の規制の特別扱いはできるだけないほうがよいです。一方,人手不足の点については,自動運転の活用が期待されます。隊列走行の取組の実証実験はすでに着手されているようですが,実現に向けた加速化が待たれます。ラストワンマイルのところのロボットやドローンの活用ができれば,人手附則問題の大半は解決されていくでしょう。
 労働時間規制の強化にしろ,あるいはそれに適応するための自動化や省人化の進行にしろ,ドライバーという職業の未来はそれほど明るいものではありません。この業界にかぎらず,私たちは,DXが雇用にどのように影響をするかを見極めて職業選択をしていかなければならないのですが,これから隆盛となりそうなECを支えるエッセンシャルな仕事だからといって,決して安泰とはいえず,むしろ衰退の可能性がみえるのです。DX時代における雇用の展望については,何手も先を読まなければならないのです。


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