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2022年1月18日 (火)

山本陽大『解雇の金銭解決制度に関する研究』

 JILPTの山本陽大さんから,『解雇の金銭解決制度に関する研究ーその基礎と構造をめぐる日・独比較法的考察』(労働政策研究・研修機構)をいただきました。どうもありがとうございました。彼の長年の研究テーマで博士号をとったということは聞いていたので,いつモノグラフとして読むことができるか,楽しみにしていました。はしがきには,私の名も挙げていただき,たいへん光栄です。
 解雇の金銭解決というと,マニアックに聞こえそうなテーマですが,彼も自覚しているように,金銭解決の問題は,解雇規制の規範的根拠を問うていかなければ解決できないものであり,単なる法技術論に関するものではないのです。その意味で,本書は,まさに解雇に関する本であり,さらに言うと労働契約論や労働市場法を論じた本でもあります。労働法のど真ん中のテーマを扱ったものということです。
 彼はまだ若いとはいえ,すでに一流の法学者として,こうした重いテーマを扱う実力は十分に示してくれています。手堅い解釈論についてはすでに多くの業績があり(労働契約法旧20条関係の論文など),さらにドイツ法研究の第一人者であり,とりわけ最新のドイツ法の動向は「山本に教えてもらう」というのが常識になっています。また所属機関の(良き)影響として労働政策にも通じています。すでに法学研究者として完成しているのであり,この本は,そうした彼の力を十分に示したものといえます。
 本書を厚生労働省系のシンクタンクであるJILPTの研究員が書いた本などと思ってはいけません。これはきわめて質の高い学術論文であり,近年の労働法の研究書のなかでも文句なく最高峰に挙げるべき本の1冊です。同時に,この本の内容は政策の現場において,ぜひ活かされるべきものです。厚生労働省にはその責任があります。彼は立場上(?)明確には書いていませんが,政府の議論の方向には疑問をもっていることをうかがわせています。
 解雇となると,経済学のほうから,乱暴な議論がなされがちで,労働法学は,それを意識しすぎた対応をしてきたように思います。彼は,この点について,解雇の金銭解決制度をめぐる議論が,経済学による規制緩和論に端を発したため,労働法学が労働者側の利益の観点からの解雇規制の普遍的な正当性の解明が先決課題となり,使用者の利益やその規範的根拠について視野に入りにくい状況があったとして,ドイツと日本の議論の違いを冷静に分析しています(376頁)。そこから出てくるのは,解雇規制は,使用者の自由をどこまで制限してよいのかという視点でとらえることの必要性です。これは,結局のところ,労働法とは誰のどのような利益をどう守るべきものかという大きな問題につながります。本書は,ドイツ法を徹底的に調べ上げて,これをある種のエビデンスとして突きつけて,日本法を相対化し,今後どういうことに取り組むべきかを提示してくれたものであり,どうしてもイデオロジカルになりがちな解雇の議論を新しい次元に引き上げてくれた記念碑な業績として,労働法の学説史に刻まれることになるでしょう。本書の刊行を心より喜びたいと思います。


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