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2022年1月 9日 (日)

男女雇用機会均等法

  ビジネスガイドに連載中の「キーワードからみた労働法」の最新号のテーマは「コース別雇用管理」です。このブログでも採り上げた巴機械サービス事件・横浜地裁判決を中心に,かつての男女コース別から現在のコース別雇用制への変化とそれをめぐる判例を解説しています。女性の登用には,法的な制度だけでは限界があるのではないかという前にも書いたコメントに沿った締めをしています。
 だからといって,男女雇用機会均等法の歴史的な意義を決して過小評価しているわけではありません。昭和の終わりに制定されたこの法律(勤労婦人福祉法の改正)は,平成の約30年の間に大きく成長し,私たちの社会にしっかり定着したといえるでしょう。女性が(非正社員や一般職としてではなく)本格的に働くのがあたり前の時代になったのは,大きな変化です。DINKs(Double Incom No Kids)という言葉が流行った時代もありましたが,いまは子どものいる共働き家庭がスタンダードとなっています。ただ,世帯主というような概念があったり,税制や社会保険において,三号被保険者や配偶者控除があったり,夫婦別姓への反対があるなど,因習や古い制度が残存しており,時代の変化に制度のほうがついていけていない気がします。
 ところで,日本経済新聞において,年末,赤松良子さんの「私の履歴書」が連載されていました。男女雇用機会均等法の「生みの母」として知られる労働官僚の方です。彼女のような能力,意志,実行力を兼ね備えた類い希な人材がいたからこそ,この法律が制定されたのだと思います。労働省における男女不平等な人事もチクチク指摘していて面白かったです。他方,この連載を読んでいて,官僚の生き方はこういうことなんだというようなことも,改めてわかりました。組織をどう動かすか,政治家や審議会に出てくる労使のトップとどう付き合うかというようなことが,出世をしていくにつれて重要となり,そこをうまく乗り越えながら法律を作ったり政策を立案していったりするところに仕事の達成感があるのだなと感じました(使命感と言ったほうがよいのかもしれませんが)。ただ,そういう過程で,普通の女性たちから感覚が離れていっていないかも少し気にはなりましたが,そもそも,そういうところを超越していた方なのでしょうね。
 花見忠先生の名前こそ出てきませんでしたが,少しだけ登場していて,先生のことを懐かしく思い出すことができました。

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