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2022年1月29日 (土)

「悪人」

 私はきちんと観ているわけではないのですが,NHKの朝ドラの「カムカムエヴリバディ」で深津絵里さんが,ずいぶんと若い人の役をやっていることが話題になっているようですね。50歳に近い彼女には無理があると言うる人もいるそうですが,そうでもない気がします。10代のピチピチ度を出すのは難しいかもしれませんが,いろんな10代があるので。
 深津絵里という女優で印象に残っているのは,映画「悪人」(2010年。李相日監督。原作は「怒り」と同じ吉田修一)です。妻夫木聡がとても良いのですが,彼に惹かれて地獄にまで行こうという女性を好演していました。長崎のさびれた漁村で,親戚のおじさんのやっている解体業で働く冴えない毎日を送っていた妻夫木演じる祐一。彼は愛車を飛ばして出会い系サイトで出会った女性と会っています。そんな祐一と出会った佳乃(満島ひかり)は,理容店(榎木明と宮崎美子が演じる夫婦で経営)の娘で保険の外交員をしています。見栄張りの佳乃は,金持ちの大学生である増尾の彼女だと友だちには言いますが,実は彼には相手にされていません。あるとき,祐一と会う予定であった佳乃ですが,そこでばったり増尾に会って,彼の車に乗り込みます。それをみていた祐一は,増尾の車を追いかけます。増尾は,車内で悪臭をはなち(とくに気を遣う必要がない祐一と会う予定であったので,彼女は気にせずに餃子を食べていました),あれこれ話しかけてくる佳乃をうっとおしく思い,途中で車から放り出します。翌日,佳乃は死体で発見されます。警察は増尾を疑いますが,実は犯人は祐一でした。増尾の車を追っていた祐一は,増尾から放り出された佳乃を救おうとします。しかし佳乃は,バカにしている祐一から哀れみの情をかけられたことに反発し,祐一をレイプ犯,人殺しと激しく罵倒します。祐一は,思わず佳乃の首を絞めてしまいました。
 祐一はその後,出会い系サイトをとおして光代(深津絵里が演じる)に会います。光代は,紳士服店で働いていますが,単調な毎日です。誰かと本気で会いたくて出会い系サイトをつかったのです。光代は,会っていきなりホテルに誘われたことに当惑しながら,二人はセックスします。祐一はそれで終わりにするつもりでしたが,二人はまた会い,徐々に惹かれていきます。このときすでに祐一は殺人犯であり,警察から追われています。祐一は光代にほんとうのことを打ち明け,そこから二人の逃避行が始まるのです。最後は警察にみつかってしまうのですが,共犯とされかねない光代のことを思い,光代の首を絞め殺そうとして彼女が被害者であることを警官にみせようとします。泣けてくるこのシーンだけでも観る価値がありますね。
 祐一は人を殺しました。しかし佳乃は,増尾に痛い目にあったにもかかわらず,自分よりも下とみている祐一のほうを人殺しにしたてようとしていました。この女こそ悪人だと思いたくなります。そしてこの女を弄んでやろうと考えていた増尾もまた悪人です。増尾は,復讐にやってきた佳乃の父もバカにします。祐一は幼いときに母に捨てられています。彼は幼いときに灯台で海をみているときに,母に捨てられたにもかかわらず,母が戻ってくるのをじっと待っていたという悲しい過去があります。最後に光代と逃げ込んだのも灯台でした。祐一を育てのは,祖母でした(樹木希林が演じていました)。祐一の事件が報道されてきたときに現れた実母は,祐一を育ててくれた祖母に対して,どんな教育をしてきたのかと暴言を吐きます。この実母もまた悪人でした。
 この映画で,佳乃の父が増尾に投げかけた「大切な人がいるのか」という言葉は深いです。守るべき大切な人と,それを守ろうとする人。この二つの関係が崩れると,人間は危うい存在になるのかもしれません。光代に会うまでの祐一は,愛車とセックスしか関心のない若者でした。母に捨てられたという過去もあったのでしょう。始めて守りたい人が出てきたときは遅かったのです。光代も,守ってあげたいと思う祐一に会えたとき,すでに祐一は殺人者でした。でも光代にとっては祐一は悪人ではなく,すでに「大切な人」になっていたのです。佳乃の父にとっても,娘は「大切な人」でした。でもまだ若い彼女にはそれがわかりませんでした。彼女には大切なものがわからず,自分を粗末に扱ってしまい,命まで失ってしまいました。
 この映画は,「あなたの大切なものは何ですか」ということを問うているのでしょう(原作は読んでいませんが,同じようなモチーフでしょうか)。俳優陣の充実ぶりもあり,観る価値があると思いました(もう観たという人も多いでしょう)。

 

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