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2022年1月25日 (火)

マクロからミクロに 

 今朝の日本経済新聞に「『ロボットが雇用を奪う』は誤りか」というThe Economistの記事が掲載されていました。ロボットによる自動化は,必ずしも雇用を奪うとは限らず,むしろ雇用を増やすこともあるという実証データが出てきているという話です。そして,「現段階で明らかなことは,ロボットによる自動化について,悲観一辺倒のシナリオが世界を席巻する時代は完全に終わったということだ。」と結んでいます。マクロ的にみると,ロボットによる自動化は,必ずしも雇用者数を減らさないかもしれません。また企業レベルでみても,配置転換などがうまくいけば,雇用は減らないかもしれません。しかし,個々の労働者が従事するジョブのレベルでみると,自動化はジョブの新陳代謝を引き起こすのであり,そこで新しいジョブへの転換がうまくいかなければ,失業する危険があります。したがって重要なのは,現在やっているジョブが機械化になじむかどうか,ロボットによって代替されうるかどうかであり,Oxford大学の研究者が2013年に発表した衝撃的な研究成果("THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?”)は,その点について示したものです。記事では,この研究成果に批判的ですが,失業率が高まらなかったことと,個々のジョブレベルでみた機械化の可能性とは関係がないとはいえませんが,直接的ではありません(もっとも,実は個々のジョブレベルでの機械化の可能性や数値については,その後,様々な研究で2013年の発表には異論が出されてはいます)。日本企業でいっても,自動化によって企業の収益が改善し,解雇回避をしなくても,雇用を維持できる余力ができたために失業率は高まらないということはありえます。ただ,それだとやはり潜在的な失業者を抱えこむことになるので,経営が悪化したときにはリストラされてしまう可能性があります。機械化の影響は,伝統的なジョブに従事している従業員の企業内でのjob switchingがどのように進んでいるかという実証研究をみなければ,何ともいえないように思います。
 マクロ的な数量だけで論じてはいけないのは,賃上げ論でもあてはまります。今日から春季労使交渉が事実上スタートするということで,政府肝いりの「賃上げ春闘」となりそうですが(もともと春闘は賃上げが中心だったのですが,近年は様相が変わってきていました),大企業中心の経団連が前向きでも,多くの中小企業にとっては賃上げは簡単ではないでしょう。賃上げは何%といったマクロの目標は政府レベルでは必要かもしれませんが,個々の企業にとってみてれば,賃金は従業員に対してどのようにインセンティブを与えるかということにかかわる最も重要な経営マターなのであり,どのくらい上げるかという量的なものではなく,どのような賃金制度の設計にするかという質的な部分が重要です。よりよい賃金制度を構築して生産性が上がり,企業収益が上がり,それが従業員に還元されていくという循環が起きなければならないのですが,それは基本的には経営者が考えて取り組むべきことです。内部留保をため込んでいる企業もあるかもしれませんが,それは種々の未来の不確実性が関係しているわけで,政府の役割は,そうした経営者の不安をできるだけ取り除くことにあるべきです。
 いずれにせよ賃上げは結果なのであり,個々の企業が賃金制度設計をどうすれば経営改善につながるかというところがポイントです。法的には,そうしたことを目指す賃金制度の変更に対して過度の制約が生じないようにしなければなりません。例えば年功型賃金から成果型賃金への移行は,賃金が不安定になる(上がるかもしれないが,下がることもある)ことから不利益変更であるとして,労働者が同意しないかぎり,労働契約法10条により合理性が求められます。また判例上,賃金の不利益変更は,高度の必要性がなければならないとされています。ただストレートに賃下げをするのではなく,制度のコンセプトを変えるような場合,高度の必要性や合理性を厳格に求めると,制度変更が難しくなります。しかも合理性というのは,どういう場合に認められるのか,労働契約法10条をみているだけでははっきりしません。労働者の同意があればよいのですが,これも判例によって客観的な合理性が求められます(昨日のブログを参照)。こういうことでは,企業は訴訟リスクを抱え安心して制度変更ができないので,私は納得規範というものを提唱しています。それによれば,企業は納得をえるように説明することは必要であるが,それをきっちりやっていれば変更は可能であるというものです(詳細は拙著『人事労働法』(2021年,弘文堂)37頁の「既存就業規則の不利益変更」の議論を参照)。 私の「人事労働法」の話はともかく,賃上げ論は,こうした個々の企業の賃金制度の話にまで降りていかなければ,うまくいかないでしょう。マクロからミクロへ,ということのです。

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