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2021年11月10日 (水)

巴機械サービス事件

 先日の神戸労働法研究会では,この事件を上智大学の富永晃一さんが報告してくれました。季刊労働法で掲載される予定なので,詳細はそこをご覧になってください。いつものように充実した報告でしたが,今回もまたいろんな議論ができてよかったです。 
 この事件は簡単にいうと,総合職と一般職というコース別雇用を導入している会社において,総合職はすべて男性,一般職はすべて女性という,わかりやすい(?)分離がなされていて,総合職と一般職では異なる賃金体系となっているのですが,これが労基法4条や均等法5条に反しないのかが問題となりました。一般職で採用された二人の女性社員がこのコース別雇用制に疑問をもって,最終的には提訴に至りました。第一感としては,これはアウト(違法)!ですが,裁判所(横浜地判2021323日)は,そうは判断しませんでした。確かに,総合職と一般職の区別を設けること自体は問題ないし,現場経験のある人を総合職に,そうでない人を一般職にするという区別の基準を設けることも経営者の裁量の問題です。ただ,こうした区分が,現場経験のある人は男性だけで,実質的には総合職は男性,一般職は女性という基準になっていれば別ですが,裁判所は,本件では,そういう認定はできないとしました。「女性であることを理由として殊更に一般職に振り分けたとは認められない」ので,少なくとも採用段階では,労基法4条にも男女雇用機会均等法5条にも反しないとしました。もっとも運用レベルでの問題はあるとされ,一般職から総合職への転換規定が就業規則に設けられていたものの,利用された実績がなく,実質的に機能していなかったことや,社長が女性には総合職はない旨の発言(これは「大問題発言」ですね)をしていることなどから,裁判所は,女性であることを理由として転換の機会を与えていないと判断し,これが職種の変更における性差別を禁止する男女雇用機会均等法63号に反し,同法の目的(1条)にも反するとし,会社に過失を認めて,慰謝料100万円の支払いが命じられました。
 研究会では,前記の大問題発言がある以上,男女振り分けのために形だけコース別雇用を導入していたという認定もできたのではないかという意見もありました。
 「納得規範」を重視する私の立場(『人事労働法』(弘文堂)を参照)では,まったく違ったアプローチも可能です。まず本件では,一般職での採用についての十分な説明がされていないとみられるので,納得同意がない事案とみるべきことになります。同書では,コース別雇用そのものは扱っていませんが,人事労働法の発想によると,デフォルトとなる標準就業規則は総合職の労働条件とするのが適切であり,それよりも不利な一般職の労働条件が労働契約の内容に組み入れられるためには,納得同意を得るための誠実説明を行っている必要となります(同書36頁を参照)。また一般職用の就業規則を設ける場合には,「標準就業規則の不利益変更」に準じる手続を設ける必要があります(非正社員の就業規則を設ける場合と同じことになります[同書84頁])。
 本件のように同じ給与規定において総合職と一般職の規定がある場合も,実質的には一般職の就業規則が設けられているのと同じといえます。上記のように総合職をデフォルトで一般職をそこからの逸脱とみる発想によれば,労働者が誠実説明を受けていなければ,逸脱が認められないので,結論として,デフォルトである総合職の就業規則の適用を受けることになります。このように納得同意や誠実説明を重視する人事労働法は,説明をきちんとしていない企業には厳しい結論となります。そして誠実説明としては,総合職であればどのような労働条件となり,それが一般職であればどれだけ差がつくのかということを,その理由も含めて誠実に説明することが重要となります。
 「人事労働法」で処理するかどうかはともかく,いずれにせよ「誠実説明」が不十分な本件では,企業に厳しい判断がなされるべきであり,本件はやや企業に甘い判断ではないかという疑問があります。
 とはいえ,通常の学説や判例は,「人事労働法」とは違い,就業規則に定めるべきデフォルトが何かということを考えないため,本件のように職種の変更で差別があったとしても,実際に職種転換されていたかは具体的な基準がない以上わからないので,地位確認までは認められないという結論になってしまいます。しかし,具体的な基準がないのであれば,不利益取扱い(差別)という認定がほんとうにできるのか,という疑問も出てきます。差別かどうかは,比較可能な誰かと比較して,禁止されている差別的事由に基づく不利益があるかどうかで判断すべきものであり,そうだとすると本件は,このような意味での差別があったという認定は難しいともいえます。そうなると,結局,慰謝料しか認められないことになりそうです。むしろ本件は,女性に対する広義のハラスメントがあったという見方のほうがよいかもしれません。反女性的な人事をことごとく差別法理に組み込んでも,救済のところでつまずきがちなので,差別法理の射程は厳格に維持しておいたほうがよいような気がします。そのようにしても,人格的利益の侵害という面で不法行為での救済は可能なのです。
 もちろん,不法行為では物足りないという論者もいることでしょうが,たとえ本件の会社のように「昭和の匂い」がするレトロな会社のケースでも,労基法4条や男女雇用機会均等法を武器にして裁判で闘っていくのには限界があるように思います。
 だからこそ出てくるのが人事労働法なのです。私は企業が良き経営をするためには,権利義務論で攻めるよりも,どのようにすれば企業をうまく誘導できるかを考えたほうが労働者にとっても得策と考えています。本件は,企業の裁量を広く認める判断をしていますが,裁量を尊重しながらも,企業が良き経営に進むように「つつく」こともまた大切なのです。デフォルトが何かを明確にして企業を誘導するという人事労働法は,男女平等論の分野でも効果的かもしれません。もちろん私は,企業が正当な就業規則を作成して,きちんと納得規範に則って労働契約への組入をしている場合には,それに則した措置の結果がたとえ差別的なものであったとしても,違法な差別は成立しないと考えています。就業規則の制度設計を労働者の納得同意を尊重してきちんと行っている企業は,あとから差別的な措置をしたという評価は受けないという形で,規範的な意味でのインセンティブを付与しているのです。これが前記の「つつく」ことの具体的な意味です(同書61頁以下を参照)。

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