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2021年11月17日 (水)

リクルートスタッフィング事件

 研究者コースの大学院の授業で扱った,リクルートホールディング事件(大阪地判2021225)は,私の論考が掲載された労経速2451号と同じ号に掲載されていたものです。有期雇用派遣労働者が通勤手当の支給がないのが不合理な格差であるとして,差額分について不法行為による損害賠償請求をしたものですが,請求は棄却されました。
 派遣労働者の均衡処遇は,2018年改正前は,派遣先の同種の業務に従事する労働者の賃金水準の均衡に配慮するというもので(旧30条の31項),派遣先との比較がなされていたのに対して,本件は労契法の旧20条に基づき,派遣元の無期雇用労働者との比較をして請求しています(本件は2018年改正前の事件です)。派遣労働者が非正社員とされているのは,派遣元で有期雇用労働者であるからというより,派遣先企業において,間接雇用で勤務しているという点にあるのであり,処遇の均衡も派遣先の正社員との比較が想定されていました。派遣元における有期と無期との比較といっても,派遣元の無期雇用労働者には派遣労働者もいれば,派遣元の業務にのみ従事する非派遣労働者もいて,その人と登録型の有期雇用派遣労働者の比較をすることに,どれだけの意味があるのか疑問があります。現行法の下においても,派遣労働者は,新しい30条の3(派遣先均等・均衡方式)または30条の4(労使協定方式)の適用があるなかで,なお短時間有期雇用法8条の適用があるのか,ということも気になります。同法の施行通達によれば,「短時間・有期雇用労働者である派遣労働者については,法及び労働者派遣法の両方が適用されるものであること」とし,「職務の内容に密接に関連する待遇を除き、短時間・有期雇用労働者である派遣労働者と派遣元事業主に雇用される通常の労働者及び派遣先に雇用される通常の労働者との間の待遇の相違が問題 になると考えられるものであること」,「職務の内容に密接に関連する待遇については,派遣労働者が派遣先の指揮命令の下において派遣先の業務に従事するという労働者派遣の性質から,特段の事情がない限り,派遣元事業主に雇用される通常の労働者との待遇の相違は,実質的に問題にならないと考えられるものであること」とされています。通勤手当は前者のカテゴリーに分類されています。
 ところで,本判決は,派遣労働者に対する不合理な格差の是正は,労働者派遣法の規律が中心となるとしても,労契法旧20条のらち外となるものではないとし,そのうえで,派遣労働の特殊性を含めて不合理性の判断をすべきとしています。会社側は労契法旧20条の対象外と主張しており,私は結論はその見解でよいと思うのです(労契法旧20条が一般法であり,有期の派遣労働者については特別法である労働者派遣法が適用されるため,労契法旧20条は排除されるという法律構成もあります)が,判決は,立法趣旨に加え,厚生労働省の担当者の発した通知などまで採り上げ,明文での適用除外もないとして,労契法旧20条の適用を認めました。
 その結果,本判決は,労契法旧20条の不合理性の判断について,いろいろ苦しい解釈を展開することになります。例えば,通勤手当の趣旨について①配転命令の対象となる職員への配慮を挙げますが,配転命令を受けない派遣労働者らに支給されることのあった通勤交通費も考慮して,②魅力的な労働条件の提示という趣旨も挙げています。そして,ハマキョウレックス事件・最高裁判決(201861)の通勤手当の格差の不合理性を認めた判断については,直接雇用の事案で,派遣労働者に関する本件とは事案を異にするとしています。これはあまり説得力がありません。もちろん通勤手当の趣旨はケースによって異なりえて,①のようなものはありうるのですが,②は比較対象とする無期雇用労働者の通勤手当(交通費)の趣旨とは異なるものなので,これに言及すると,無期雇用と有期雇用との間の待遇の比較というところから外れるような気もします。
 一方,本件は①の趣旨の配転可能性の有無と通勤手当との関係がクリアであるように思うのですが,判決はそれでもなお格差が「期間の定めがあることによるもの」といささか強引に(?)判断しています。判例は 「期間の定めがあることによるもの」かどうかの判断で決着はつけないようにする傾向はあるのですが,本件では苦しい議論を展開しているように思えます(短時間有期雇用法8条では,この要件は文言上なくなりました)。
 また,本判決は,派遣労働者は,高い時給で通勤交通費がないJOBと低い時給で通勤交通費があるJOBとの選択ができることから,原告が前者を自ら選択したという事情を,不合理性を否定する要素として考慮しており,このことと,原告がアルバイト・パートの平均時給額よりも相当程度高い時給を得ていたという事情が合わさって,会社勝訴の実質的な決め手になっているような気がします。ただ前者の自己選択論は危ない議論であり,季刊労働法172号の山本陽大さんの論文でも,不合理な格差禁止規定の強行規定性との整合性が論点となると指摘されています(同論文は,労契法旧20条・短時間有期雇用法8条に関する重要論点が網羅されており,必読文献です)。私の立場では,どちらの規定も訓示規定とする観点からは,せめて上記の事情は「その他の事情」で考慮してほしいと思いますが,判例を前提とすると,その一貫性は気になるところでしょう(店舗採用の有期雇用労働者に通勤手当の上限があり,本社採用の無期雇用労働者に上限がないという場合において,前者の労働者が本人の都合で転居して,通勤手当の上限を超える交通費がかかることになったときでも,上限額を適用することは許されるというような指針があり,判決がわざわざこれに言及しているので,こうした指針が,本人の選択によって生じた格差が不合理とはならないとする本判決の解釈に影響した可能性はあります)。
 また絶対的な額を問題とする点についても,これは労契法旧20条・短時間有期雇用法8条に,異質の視点を持ち込むものではないかという疑問があります。私の立場は,非正社員問題は本来は生活保障的な観点からなされるべきで,望ましい政策は貧困世帯への補助や給付付税額控除のような税制による対応となるのです(同時にエンプロイヤビリティを高めるための訓練政策も必要です)が,労契法旧20条のような労働条件論や賃金論で対応するのは政策的に適切でないというものです。そうみると,労契法旧20条が,生活保障的な観点から,本判決のように逆に機能するのは皮肉なことのように思えます。さらに,労働者派遣を労契法旧20条の対象とすると,例えばハイスキルのITエンジニアの高給の有期の派遣労働者が,通勤手当は支払われていないときに,どうなるのかが気になります。賃金は個別ごとに判断するという,これまた問題の多い解釈が判例でとられ,短時間有期雇用法8条ではそれが明文化されていますが,通勤手当だけ独立してみるのでしょうかね。そうなると本件のように,裁判官が生活保障的なものを逆方向に考えることも出てきそうです(額が十分であるから不合理性はないという判断につながるということです)。こうなると「その他の事情」の解釈は今後ますます混迷していくことでしょう。
 さて,本判決や行政解釈によると,派遣労働者は,自分の労働条件の格差について,派遣元の通常の労働者と派遣先の通常の労働者の双方と比較できることになりますが,その具体的な法的な効果はどういうことになるのでしょうか。派遣労働者は,どちらか有利なほうを請求できるということでしょうか。通勤手当が実費ベースで算定されるのであれば,どちらかが支払ってくれればよいということかもしれませんが,その他の手当や休暇等の場合はどうなるのでしょうかね。
 なお,労使協定方式を採用する場合,労使協定の決議事項に,賃金以外の待遇についての決定方法を記載しなければならず,それについては,「派遣労働者の待遇のそれぞれについて,当該待遇に対応する派遣元事業主に雇用される通常の労働者(派遣労働者を除く。)の待遇との間において,当該派遣労働者及び通常の労働者の職務の内容,当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち,当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して,不合理と認められる相違が生じることとならないものに限る」として,実質的に短時間有期雇用法8条の適用を認めるような定めになっているのですが,こういう文言があえて置かれているのは,派遣労働者には短時間有期雇用法8条が適用されないことが前提となっていると解すことができそうな気もします。 
 以上は,私の誤解もありうるので,研究会で,きちんと議論して,山本さんをはじめとする若手俊英から教えてもらうことにします。

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