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2021年11月27日 (土)

賃上げ税制に思う

 岸田政権の下で賃上げ税制が進められようとしています。昨日のテレ東のWBSでは,この政策は,安倍政権の下で進めた政策の焼き直しにすぎず,効果は期待できないこと,中小企業の6割は赤字で,税制の恩恵を受けられないこと,人手不足のなかで賃上げできる企業はすでに行っていること,基本給は一度上げると下げられないので,そう簡単には上げられないこと,といったことも,この政策の問題点として指摘されていました。
 最後の賃金の下方硬直性が上方硬直性を生む(簡単に下げられないから,簡単に上げられない)という点は,玄田有史編『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(2017年,慶應義塾大学出版会)のなかで,近藤絢子さんも書いています。 近藤さんは人手不足のなかで賃金が上がらない理由として,①医療・福祉産業で価格メカニズムがうまく働かないこと,②人手不足に陥っているのは雇用条件が悪いからである可能性があること(因果関係が逆であること),③下方硬直性の裏返しとして上方硬直性があること,を指摘されていました(13頁)。
 下方硬直性については,近藤さんは日本においては,名目賃金の引下げに対する労働者の心理的抵抗が原因ではないか指摘されています(その他,同書では,下方硬直性について,山本勲・黒田祥子さんによる詳しい経済分析があります)。
 確かに,名目賃金の引下げは労働者のモチベーションを下げるため,従業員のやる気に悪影響を及ぼします。むしろ基本給はできるだけ維持し,業績や景気の変動は賞与で調整するほうが賃金制度として合理的でしょう。
 法的にも,賃金は最も重要な労働条件として,その引下げは簡単には認められません。賃金の水準自体を就業規則で集合的に引き下げる場合も,個別の合意で行う場合も,労働契約法10条などの法律や判例により,厳しい要件が設定されていますし,また格付けの引下げ(降格)による賃金の引下げも,判例上,そう簡単には認められていません。こうした労働法の法理それ自体が硬直的なので見直すべきという議論もありうるかもしれませんが,私は賛成できません。賃金の引下げは,企業にとっては面倒でもしっかり従業員の納得同意を得たうえでやるべきというのが「人事労働法」のスタンスです。
 もっとも最初から賃金制度を成果オリエンテッドなものとして構築し,採用時点で十分に説明をしたうえで納得同意を得て,透明性の高い運用をするということであれば,むしろ望ましいと思っています。賃金制度は,今後は,そういう方向に行くべきだと思います。
 ところで,賃金水準を引き上げるということであれば,これは成長か分配かという点でいうと,成長政策の領域であり,素人的に考えても,労働者の生産性をいかにして高めるかが重要といえます。賃金を引き上げるという目標を設定したときに,それを達成するのに最も効率的な手段は何かというのは,まさに経済学の知見を活用できる課題です。上記の文献でも,訓練機会の確保の重要性がHRMの観点からも経済学の観点からも指摘されています(第6章の梅崎修論文,第7章の川口大司・原ひろみ論文)。その意味で,税制による誘導は間違った政策である可能性があるのであり,どのような政治プロセスでこうした誤った政策が選択されたのかを検証することも必要です(これは政治学や行政学の領域の問題でしょう)。
 さらに,そもそも賃金を引き上げるという目標自体が正しいのか,ということについて,必ずしも十分に腑に落ちていないところもあります。これは賃金とは一体何なのかということにつながる問題であり,関連する様々な分野の人が集まって論じるに値するテーマではないかと思っています。

 

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