山本文緒さんが亡くなったという記事が出ていました。昔の誤って削除してしまったブログ(アモーレと労働法)がインターネット・アーカイブに残っているのを見つけたので,再掲します(「忘れられる権利」はないですね。でも,誤って削除した者にとっては助かります)。
2010年10月30日に投稿した彼女の『恋愛中毒』についての読書ノートです(原文のママです)。このときから,しばらく小説には☆を付けることにしたのですね。
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またまた怖い女性の話です。山本文緒『恋愛中毒』(角川文庫)を読んでみました。ある意味では,推理小説を読むような展開の面白さがありましたが,何と言っても,主人公の水無月美雨という女性の半生がすさまじく,その点ではホラーでもあります。
母親の期待に対する恨み(これは,「逆恨み」だという指摘が途中で出てきます),萩原と初体験し,その後,萩原に対して執着するも,萩原に逃げられると,今度は,助けてくれた萩原の友人である藤谷に執着しついに結婚することとなるが,藤谷の浮気が発覚したため,相手の女性に対する異常な嫌がらせをし,逮捕されてしまい有罪判決をくらい(執行猶予),離婚されてしまい,その後,弁当屋でアルバイトをしているときに現れた不良中年の芸能人兼作家の創路に声をかけられて愛人兼秘書となり,創路に絶対服従し,他のライバルの愛人を追い落としていくものの,創路の娘が帰ってきて,創路の関心が娘に移っていくと,この娘をトイレに監禁し(桐野夏生の『アンボス・ムンドス』でも,トイレに愛人の男性を閉じこめる女性が出てきましたね)てしまい収監されて,いまは独立した萩原の会社で事務員として働き,同時に,創路の秘書も相変わらず続けているという半生です。
話の冒頭は,萩原の会社の男性社員である井口が女のストーカーに追われていて,その女が会社にまでやってきたのを水無月が追い払うというところから始まり,その後,水無月がどうして今に至ったかを井口に話す独白が延々と続くという構成になっています。水無月の男性への執念深さ,これは愛情というのではなく,怨念という感じです。それがどうも母親との関係がうまくいかないところに起因しているようで,母親からの愛情が欠落している部分を,(水無月は自分に自信がないので,自分から積極的に相手に関わっていくことはないのですが)自分に関わってくれた男性に過度に注入しようとし,そして,その男性に近づくライバル女は何が何でも排除しようとするのです。犯罪までしてしまうというので,そこから「中毒」というタイトルが付いたのでしょうか。薬物中毒と同じような意味での恋愛中毒ということでしょうかね。それにしても,こういう女は男にとって困りますし,周りの女性からも嫌われてしまいますね。ということで,今でも愛している藤谷からは完全に逃げられてしまい,彼女の周りに残ったのは,超自己チューでその他大勢の愛人の一人としか水無月をみていない創路と初体験の相手ということで責任を感じているが恋愛感情がまったくない萩原だけとなってしまうのです。
話の途中では,創路の破天荒ぶりが中心となっていました。このキャラに,私はどうも親近感を覚えてしまったのですが,ちょっと危険なので,詳しいコメントをするのはやめておきます。
読書ノートにも,これから☆をつけることにしましょう。5段階評価です。この本は☆☆☆☆ ですね。
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その1カ月後の11月30日には,『プラナリア』についても投稿していました(本文中の「入試の合間」というのは,「入試業務の合間」ということでしょうね。休憩時間に読むなら問題ないでしょう)。
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通販で買っておいたGevrey-Chambertin 2007 を飲みながら,山本文緒『プラナリア』(文春文庫)を読み終えました。『恋愛中毒』が強烈だったので,もう一冊,読んでみようと思っていましたし,直木賞受賞作品ということも気になりました。ちなみに,入試の合間に読んだのではありませんから,念のため。
表題作の「プラナリア」は,プラナリアになりたいという変わった女性の話です。いきなり,プラナリアって何だ,という突っ込みを入れたくなりますが,さらにこの女性は乳ガンにかかって,いちおう治った女性ということで,個性が強烈です。この春香という女性は,自虐的という評価が適切なのかどうかわかりませんが,やっぱり自虐的と言いたくなります。彼からも,あきれられます。彼女の周りには,彼女を心配してくれる人がいるのです。でも,あまり構われすぎると逃げたくなってしまうのです。女の気持ちはよくわかりませんが,なんとなく主人公の気持ちもわかります。運が悪い人生であったのに,そのうえにガンにまでなるとは。美人で善意の人の永瀬さんの独善的な好意なんて全然受け入れられないというのは,その通りですね。
帯には現代の「無職」の物語となっていて,そうかもしれないのですが,そういう表面的なものとは違う,もっと深い人間の哀しみや心の深い闇を見るようです。それは著者自身の闇なのかもしれません。私は評価能力がありませんが,文章は上手なのでしょう。あっと言う間に読まされてしまいました。
なかなか素直になれない女は,次の「ネイキッド」にも登場してきます。まじめで,万事計画的にきちんとできる,夫の有能なパートナーという感じだったイズミン。それが結局,夫に捨てられてしまい,中年の入口のところで,人生にたちどまってしまっているのです。彼女も,周りの好意や愛情に素直に応えられない女性です。どことなくよくわかる感じがしますが,男からみると,中年女性の哀しさも感じます。余計なお世話なのでしょうが。
「どこかではないここ」は,勝手なことばかりしている息子や娘に手を焼かされ,リストラされた夫,夫の父親,自分の母親の面倒をみながら,さらに夜中にパートをするという人生を送っている40女性の話。健気な女性に,どこか共感してしまいました。
「囚われ人のジレンマ」は,ゲーム理論の囚人のジレンマを意識した作品です。厳格な父の監視をぬって,大学院生と付き合う美都。美都は働いていますが,彼は収入がありません。そんななか突然,結婚の申込みをされてしまい,美都はとまどってしまいます。
そういえば,この本の他の作品にも出てくるのですが,主人公の女性たちは,心の中では不満がいろいろありながら,結局,寄ってくる男性には表面的にはかなり従順で,セックスもさせてしまいます。でも野獣のように欲望をはきだしていく男性を冷静に見ながら,優しい男か,優しくなくても良い男か,という分析をしている感じです。恋愛中毒の水無月もそういう人だったような気がします。これは著者がそういう人だからなのでしょうが,女性の感覚を知ることができて,男には興味深いですね。
話を元に戻すと,何が囚人のジレンマなのかというと,実はよくわかりませんでした。男女関係における囚人のジレンマとなると,こういうことでしょうか。男と女は,実は一緒にいるようでも,協力し合って最適な行動をすることができず,むしろ情報不足から結果として自己本位の行動をしてしまい不幸な結果を招いてしまう?そう考えると,美都の彼は,きちんと美都と話し合って最適な行動を模索するということができない人だという意味が込められているのかもしれませんね。
「あいあるあした」は,男性が主人公で,すみ江という奔放な女性に振り回されます。登場人物の個性が面白く描かれていて,なかなかうまい小説だなという気がしました。
ということで,かなり良い本です。なるほど,これが直木賞かという感じもします。ジュブレ・シャンベルタンとも,ほどよくマッチしていい気分ですが,でも彼女の本はもっと面白いものがありそうなので,ここは評価を控えめに☆☆☆としましょう。
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ナポレオンが愛した「ジュブレ・シャンベルタン」を飲むなんて気取っていますね。10年以上前の私ですね。山本さんの本は,結局,あれ以降,1冊も読んでいません。まだ58歳ということで,私とほぼ1歳違いで,驚きました。ガンは怖いですね。ご冥福を心よりお祈りします。