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2021年7月の記事

2021年7月31日 (土)

副反応

 昨晩は,肩が痛くて寝返りをうてなかったため,よく眠れなかったです。これは明らかにワクチンの副反応でしょうね。筋肉痛のときは,体操をすれば直ることも多いので,今朝も日課のテレビ体操をしてしまいましたが,左手をあげると痛いので,きちんとできませんでした。それに,筋肉痛だけでなく,頭のほうも,朝からぼーっとしていて,熱も微熱ですが37度くらいありました(平熱が低いので,私にとってはややつらい体温です)。これもワクチンの副反応なのでしょう。あまり経験したことがない倦怠感もありました。座っているときには,それほどでもないのですが,立って歩くとふらっとしました。
 午後になって少しよくなり,今日は15時からオンラインでの神戸労働法研究会があったので参加しましたが,二人いた報告者の一人は,ワクチンの副反応で高熱となり欠席となりました。ということで,研究会はいつもより早く終わったのです(研究会自体は,割増賃金に関する事件についての石田信平さんの報告で,いつものように大変勉強になりました)が,どっと疲れが出てしまいました。不思議なことに,食欲のほうは変わりありませんでした。
 明日には快復すると思いますが,やっぱり身体がしんどいのは辛いですね。副反応があるのは若い証拠だということなので,そのことだけは喜んでおきます。いずれにせよ,みなさん,ワクチン接種の翌日は,仕事をいれない(あるいは大事な仕事の前の日はワクチン接種をしない)ほうがよいですよ。

2回目のワクチン接種

 今日は,ワクチン接種をしました。モデルナのワクチンの2回目です。大学での職域接種です。2回目は副反応がある人が多いと聞き,実際,同僚にも発熱情報があるので心配ですが,いまのところは腕が痛い程度です(これは1回目と同じですが,少し症状が1回目より重い感じです)。前にも書いたように,ワクチンを打っても,感染する可能性はあるし,他人に感染させる危険がないわけではないので,これで安心というわけではないですが,とりあえずやれることはやったというところでしょうか。早く良い治療薬が出てくればよいのですが。そうすると,インフルエンザと同じくらいの警戒度で生活できるような気がします。
 感染者は,残念ながら予想どおり急増しています。東京都の小池知事は必死に若者にワクチン接種を呼びかけていますが,呼びかけただけでワクチン接種が増えるはずがありません。知事の呼びかけは,自分がやれることをやっているという政治的なポーズにすぎないようにみえてしまいます。本気でワクチン接種を増やすためには,もっと具体的な仕掛けが必要です。少なくとも緊急事態だという切迫感が出てこなければ,若者には響かないでしょうが,オリンピックというお祭りが進行しているなかでは,難しいでしょう。動きたくてたまらない若者には,よほどの納得感を与えなければ,言うことは聞いてもらえません。大人が,あなたたちが原因で感染が増えているから責任をもった行動をとれと言っても,むしろ逆効果でしょう。というか,そうした言葉をかけても響かないので,スルーされるだけです。
 私は,オリンピックについては,競技がされている以上,観戦はしますし,アスリートを応援していますが,やはりオリンピックをやっていることが,感染対策への協力という言葉の説得力を著しく弱めていることは明らかでしょう。オリンピックは決して国民的な行事ではなく,もちろんそれに熱狂する人は多いでしょうが,あまり関心をもっていない人も少なくないはずです。誰かが金メダルをとれば素晴らしいと思うでしょうが,それはノーベル賞を誰かがとったから素晴らしいと思うのと同じようなものです。むしろ世界中から外国人を集めるようなことをやっておきながら,他方で国民に行動抑制をしろとか,ワクチン接種をしろとか言うのは,まったく説得力がないように思います。
 医療現場の崩壊というのは恐ろしいですし,私はほんとうに恐れていますが,世間では,少しこの言葉に慣れっこになってきているようです。知り合いに重症患者がいるというような例が増えてくれば,行動も変わるのでしょうが,そのときには,もう手遅れとなるくらいの感染爆発が起こっているのでしょうね。
 19時のNHKのニュースは,性懲りもなく,菅首相の記者会見を垂れ流していますが,こういうのを聞いても,どうせまともな発言もなければ,記者からの質問にもまともに答えることもないので,意味がないと思い,なでしこのサッカーを観ていました(残念ながら,スウェーデンに力負けでしたね)。記者会見の内容は,後から要約した部分だけを報道してくれれば十分です。ただ,なでしこのサッカーもNHKプラスでやっていたので,その点は有り難かったです。
 ところで,海外選手と日本人とは接触しないと首相が言っているのに,空港でいっしょに搭乗しているところが画像で流れていました。言っていることがまったく信用できないですね。自民党のなかからも,また野党からも,もっと力強く,事態の打開を図ろうとする具体的な行動が出てこないものでしょうか。

2021年7月29日 (木)

人間ドック

 今日は人間ドックに行ってきました。11時開始ということで,それなら絶食の時間帯(前日の21時以降の食事禁止)をずらしてもらいたいなと思いましたが,意外に空腹感に耐えられた自分に驚きでした。これも胃袋が小さくなったおかげでしょうか。体重が減少していることは,毎日測定しているのでわかっていましたが,自宅では最近測っていなかった血圧まで下がっていて,2年ぶりに正常値の範囲内に戻りました。気象病で,ほんのときたま血圧が跳ね上がって体調不良となることがありますが,通常時の血圧は外食をしない生活のおかげで改善してきているようです。もっとも身長まで下がってしまった(縮んでしまった)のはショックでしたが。
 胃カメラは5年ぶりに飲みました(胃の内視鏡検査)が,看護婦さんに上手に飲んでいるとほめられて嬉しかったです。どんなことでも,ほめられると良い気分ですね。今日の速報値では,全般的に数字が改善しており,とくにほぼ諦めていた肝臓の数値まで改善していたのには驚きました。ということで,最後の医師との面談でも穏やかな雰囲気で終わりました。
 コロナに感染したくないという強い気持ちは,免疫力アップへの強いモチベーションとなっています。良い食事,適度な運動,ストレスのない生活というのは,なかなか難しいのですが,来年の人間ドックに向けてさらに努力していきたいと思います。

2021年7月28日 (水)

書評執筆

 判例時報にいつから書評コーナーが出来たのか知りませんが,今回依頼があったので,水町勇一郎『詳解労働法』(東京大学出版会)の書評を書いてみました。私でよいのかという気持ちもしましたが,『人事労働法』の執筆の際にもよく参照していたので,引き受けることにしました。私なりの視点での書評なので,著者やその他の読者の方から,理解の仕方とかが間違っているとか,評価の仕方が変だとか言われるかもしれませんが,それは評者の能力の限界ということでお許しいただければと思います。
 判例時報については,福山通運事件の判例評論も依頼を受けており,すでに脱稿し,校正も終わっています。これは9月くらいに出るようです。
 今回は判例時報関係で,たまたま依頼が重なったのですが,書評も判例評釈も,最近では,断ることが多いなか,私が書きたくなるような良い依頼をいただいたと思っています。このほかにも5月から7月にかけて,かなり多くの原稿を書きました(これから次々と刊行されていくでしょう)。アウトプット過剰となっているので,8月は少し充電をしなければならないと思っています。

2021年7月27日 (火)

周回遅れの議論をしている解雇の金銭解決

 日本経済新聞の726日の朝刊で,「解雇の金銭解決,実は定着」というタイトルの記事が出ていました。いま政府で検討されている内容は,記事で紹介されている厚生労働省の担当者の言葉によると,「金銭を払えば自由に解雇できるといった『事前型』制度は導入しないとした安倍晋三前首相の国会答弁に沿い,解雇時の選択肢を増やす制度として法的技術を研究している」ということであり,議論が全然前に進んでいないことがわかります。というか,解雇の金銭解決の議論は,労働者主導型の制度を検討しているかぎり,周回遅れなのです。
 だいたい事前型を「金銭を払えば自由に解雇できる」という捉え方をしているところからして,いつの時代の議論をしているのだろうという感じです。何年も前の首相のいい加減な国会答弁に縛られる必要はないのではないでしょうか(前首相の答弁は,その他にも多くの災いをもたらしていることは周知のとおりです)。なぜこれが誤りかというと,金銭は支払う額によっては,解雇が自由とはいえないからです。金銭解決が解雇の自由化につながると言っているのは,私が知るかぎり日本人だけではないでしょうか。日本労働法学会でも,私が金銭解決に関する報告をしたときに,トンチンカンな質問が出てきましたが,私たちが提唱する完全補償ルールをしっかり理解すれば,金銭解決をすれば解雇の自由化につながるなどという批判は出てきようがないのです。なんだか日本なのに,日本語が通用しない国で議論をしているようで情けないですね。もちろん理解したうえで,あえて無視している人もいるでしょうが,それは一つの立場なので尊重しますが,解雇の金銭解決と聞いたとたん,いまだに解雇の自由化と思考回路がすぐに動く人は,もはやアカデミズムの場にいる資格はないでしょう。
 ところで,私は労働者主導型の金銭解決を導入することには反対はしませんが,それは目指す解決を100とすれば10程度の意味しかありません。こんなレベルのことでも法技術的な議論にはまりこんで時間を空費してしまっているというのは,嘆かわしいことです。早く周回遅れを取り戻してほしいです。またこの記事が紹介しているような実態としての解雇の金銭解決は,労働実務にかかわる人なら誰でも知っていることです。これがニュースとなるようでは困ったものです。
 記事には私の名前も出ていますが,東京大学の川口大司さんらとの研究(『解雇規制を問い直す』(有斐閣))は,企業が補償すべき金銭の水準を経済学の知見から明らかにしたというだけではありません。私たちの提言は,企業が完全補償をしなければ解雇ができないということを提案しているのであり,解雇の要件論にも踏み込んでいるのです。不当な解雇は何かということを根本的に見直そうというものであり,政府が言っているような不当な解雇に対してどう金銭解決を導入するかという議論とは,まったく違います。補償額を推計すると同時に,企業が解雇できる場合とはどういう場合かを金銭要件に織り込んでいるのです。これは,安倍首相がよくわからず口にしている「事前型」とも違うものです。さすがに厚生労働省の担当者は,きちんと解雇の金銭解決の議論の最前線のことは理解しているとは思いますが,政治の縛りがあるので,仕方なく,あまり生産性のない議論を進めているということなのでしょうね。

 

2021年7月26日 (月)

柔道は面白い

 オリンピックがいざ始まると,やはりスポーツ観戦好きの私としては血が騒ぎますね。自分は柔道なんてやったことがないのに,世界選手権なども含めて,柔道の試合は結構みてきました。今回は,とくに神戸出身の阿部兄妹の金メダルは嬉しかったです。丸山城志郎選手との世紀の大一番を勝ち抜いたお兄ちゃんの一二三はいっそう強さが増したようです(正直にいうと,私はなんとなく阿部一二三代表確定のような流れに反発して丸山選手を応援していたのですが)。
 ところで柔道のいまのルールは,実力がやや劣る選手は4分間をなんとか粘って,ゴールデンスコアに入って一発勝負をかけるという戦略ができてしまいそうな気がしますが,普通は,消極的であれば指導が来るので,なかなかそういう戦略がとれないはずです。でも今日の芳田選手の準決勝は,相手が消極的であったのに,審判がなかなか指導を出さなかったので,最後は一発逆転されてしまいました。2枚目の指導が出ていれば,相手はもう少し攻めてきたでしょうから,芳田の技もかかりやすかったもしれないなと思いました。芳田のほうも,もう少し指導をもらうような攻め方もあったのでしょうが,正面から一本をとりにいく柔道に潔さを感じました。銅メダルでも胸をはってほしいです。大野は大柔道家であり,それにふさわしい貫禄の2連覇でした。高藤は,オリンピックには美学よりも,勝ちにこだわった方がいいということを教えてくれる戦いぶりでした。見事な金メダルでしたね(リオでも銅メダルを取っているのですが,柔道は金メダルしか評価されないという過酷な世界です)。初日の金メダルは勢いをつける感じで,かつての野村や田村(谷)のパターンがこれでした。ところで首相が人気取りのためか,高藤選手に電話をしたそうですが,これからメダルラッシュが続く中,金メダリスト全員に電話するのでしょうかね。
 柔道はここからは厳しいかもしれませんが,100キロ超級の原沢にはリネール(Riner)にぜひ雪辱してほしいです。リオデジャネイロ五輪の決勝は,私たちも納得していませんから。フランス人相手といえば,あの篠原・ドゥイエ(Douillet)戦という世紀の誤審もありますし,因縁の対決ですね。

2021年7月25日 (日)

『誰のためのテレワーク?』のオンラインイベントに登場予定

 オリンピック・パラリンピック期間中は,東京では,テレワーク・デイズということですが,あまり話題になっていないような気がしますね。実際には,テレワークが行われているのでしょうか。
 明石書店から刊行した『誰のためのテレワーク?―近未来社会の働き方と法』は,世の中の企業や人々がテレワークに前向きであるかどうかに関係なく,デジタル・トランスフォーメーション(DX)が進むと,人々がテレワークで働く時代が来るということを論じています。その理由は,テレワークは,個人にも,企業にも,そして社会にも役立つような価値をもっているからだ,という話になるのですが,詳しくは拙著を読んでみてください。
 ところで,このたび,この本の刊行イベントがオンラインで行われることになりました。81119時からです。こうしたイベントをオンラインでやるのは初めてで,対談者の橋本正徳さんとは面識がまったくないのですが,どんなトークとなるか,私自身もとても楽しみです。テレワークのことを,広く,深く,熱く語りあうことができればと思っています。公けの場に登場するのは久しぶりです。関心のある方は,ぜひご参加ください。
 詳しくは,大内伸哉×橋本正徳「働く場所は自分で決める──働き方の多様性とコラボレーション」 『誰のためのテレワーク?』(明石書店)刊行記念 | 本屋 B&B (bookandbeer.com) をみてください。Twitterでも,告知されています(https://twitter.com/book_and_beer/status/1417771230631849984?s=20)。

2021年7月24日 (土)

子どもを深夜に利用すべきではない

 五輪の開会式はやるべきだったのでしょうかね。画像でみるよりも,実際ははるかに広い空間でしょうから,密の程度は小さかったのかもしれませんが,でも国民へのメッセージとしては,やっぱりイベントのときには,多少の密はかまわないのだというものになってしまうでしょう。バッハ会長の歓迎会もされたそうですし。個人個人が,それぞれのイベントのときには,少し大人数の会合をしてもいいと思って,そのように行動し始めると,たちまち感染爆発につながってしまう気がしますが,そうした行動を誘発しているのはオリンピックなのです。
 ということで開会式などのセレモニーには反対でしたし,これまでのオリンピックでも開会式はほとんどみたことがなく,興味もなかったのですが,ただ今回は最終聖火ランナーに興味があったので23時半くらいからみました。大坂なおみさんでしたね。日本の旗手はバスケの八村選手で,非常にわかりやすいメッセージとなっています。ネット上では批判する人もいるようですが,私はこの人選は良かったと思います。オリンピックは,世界中の人がみていますので,これくらいの露骨なわかりやすさでアピールしたほうがよいでしょう。
 それより気になったのは開会式の時間帯です。アメリカのテレビの放送時間帯に合わせたということのようですが,こんな夜中まで選手を出させたり,長島さんや王さんのようなご高齢の方まで登場してもらったり,さらには子どもまで登場したのには驚きました。雇用契約を結んでいるわけではないでしょうから,労働基準法上の問題はないかもしれませんが,東北の子どもをつかう演出をするのなら(そうした演出自体は良いと思いますが),やはりもっと早い時間帯に開会式をすべきでしょう。あるいは,子どもたちをつかった演出部分は早い時間帯に回すといったことをすべきだったでしょう。もちろん登場した子どもたちもその親たちも誰も反対しなかったのかもしれませんが,子どもをこういう時間帯でつかうということ自体に,組織委員会(?)の人権感覚のなさが現れているような気がしました。

2021年7月23日 (金)

王位戦第3局

 藤井聡太王位(2冠)に,豊島将之竜王(2冠)が挑戦している王位戦7番勝負は,第1局は豊島竜王が快勝しましたが,そのあと藤井王位が2連勝して,防衛に1歩近づきました。第3局は神戸で行われ,谷川浩司九段が立会人をつとめました。藤井王位は2局目も3局目も快勝で,これまで対戦成績が悪かった豊島竜王に対して自信をもちはじめたかもしれませんね。叡王戦も併行して行われるので,ここで藤井王位に勢いがつくと,豊島竜王がもつ叡王位も一気に奪取ということになるかもしれません。
 王座戦は,永瀬拓矢王座への挑戦権を,木村一基九段がつかみました。今期の王座戦は波乱ぶくみで,現在の四強のうち,永瀬王座以外の3人はいずれも敗れてしまいました。しかも,その3人に勝った棋士は誰も勝ち残ることはできませんでした。ということで,木村九段はラッキーな形で挑戦権をつかんだので,この運を活かしたいところですね。それにしても,48歳でのタイトル挑戦というのは見事です。2年前の奇跡的(?)と言われた,当時の豊島将之王位からのタイトル奪取も見事でしたが,昨年あっさりと30歳も下の藤井聡太にタイトルをとられてしまいました。しかし,それにも負けず,今度は王座戦でのタイトル挑戦というのはさすがです。木村九段は,この年齢になっても,将棋が強くなっている感じがして,中年の星といえそうです。永瀬王座とは受けの棋風が似ているので,素人受けはしない将棋になるかもしれませんが,熱戦が期待されます。
 竜王戦は,梶浦宏孝七段が,羽生善治九段に勝って昨年のリベンジをはたし,いよいよ頂点がみえてきました。次の永瀬王座戦に勝てば,挑戦者決定3番勝負に出ることができます。もう一つの山は久保利明九段に勝った藤井二冠と,三枚堂達也七段に勝った八代弥七段の対戦です。挑戦者決定3番勝負は,普通に考えると,永瀬王座と藤井二冠との戦いとなりそうですが,そうすんなりといくでしょうか。
 藤井二冠は対局が立て込んでいて,しかもそのどれもが重要な勝負です。充実している証しですよね。対戦相手の顔ぶれをみれば,今期も勝率が8割を超えているのは驚異的です。そもそもプロ棋士の将棋では勝率が7割を超えているだけでも異常なことで,羽生九段のような長年7割を超え続けるというのは,例外中の例外です。その羽生九段も勝率が現在7割ぎりぎりで,先日のA級順位戦で菅井竜也八段に敗れて,次にもう1敗すると7割を切るところまで来ています。もし7割を切れば,これもまた逆の意味で歴史的なことなのですが,羽生九段はふんばれるでしょうか。

観戦はするものの,不信は強まる

 五輪開催には依然として反対ですが,スポーツは好きなので,サッカーの日本・南アフリカ戦はNHKで全部観戦しました。久保のシュートは素晴らしかったです。オリンピックをきっかけに次のワールドカップではスーパースターになってほしいです。この試合はとても熱戦で良かったのですが,それを台無しにしそうな大きな問題が2つありました。一つは審判です。問題のある審判というのは,ときどきいますが,今回は明らかに南アフリカに有利な不可解な判定が何度もあり,ホームでの試合のはずなのに,完全アウエー状況でした。日韓ワールドカップのときの,イタリア・韓国戦のときの審判を思い出しますね。あの試合はテレビでみていましたが,あんな審判だと,どんなに強いチームでも勝てないなと思いました。今日はあれほどひどくはないものの,12人の敵と戦っているようでした(ホームに不利な審判というのは珍しいのですが,これも無観客の影響でしょうか)。勝ち進んだとき,あの審判にまた当たらないことを祈るばかりです(第1の祈り)。
 より大きな問題は,今日の南アフリカ戦が,なぜ実施できたのかについて,きちんと説明がないことです。組織委員会が,試合を開催すると発表したということは報道されていましたが,PCR検査の結果が明かされていません。明かされていなかったということは,ひょっとしたら陽性者がいたのではないかという疑いがもたれます。もしそうなら,あれだけ接触プレイをしていれば,日本の出場選手も濃厚接触者になってしまうのではないでしょうか。もし日本の選手に陽性者がでれば,日本チームのオリンピックはそこで終わりになるでしょう。まさか,そんな危険をおかしたとは思えませんが,きちんと説明すべきです。人生を賭けているアスリートたちは,身体さえ元気であれば,陽性であっても試合に出ようとするでしょう。私はこうしたアスリートを止めきれるだろうかという懸念をもっていたので,五輪はやめたほうがよいと言っていたのです。その懸念が当たっていないことを祈るばかりです(第2の祈り)。
 ところで昼のNHKのニュースで,小林賢太郎という人が,五輪の開閉会式のショーディレクターを解任されたという報道が流れていました。ショーディレクターというのがどういう仕事か知りませんが,たぶん重要な仕事なのでしょう。これで開会式はできなくなると思いきや,何事もなかったかのように行われるそうです。不思議ですね。しかも解任の原因は,彼がお笑い芸人をやっていたころの,20年以上前に,ホロコーストを揶揄するような台詞のあるコントをしていて,それについて日本の政治家がアメリカのユダヤ人団体に通報し,その団体から抗議を受けたからだそうです。ホロコーストについての嫌悪は,ユダヤ人が多く住んでいる欧州にいると,よく感じられますし,おそらくアメリカでも同様でしょうが,日本国内だけで生まれて育った人間には,どこか遠い世界の話のように思えるのでしょう。それでも普通の日本人はホロコーストのことを揶揄したりはしないでしょうが,でもこういうことがまったく起きないとはいえないです。こうなると小林氏をオリンピック関係の仕事から解任することは当然としても,その責任は小林氏ばかりにあるのではなく,むしろ小林氏を選んだ人のほうにこそあると言うべきでしょう。
 オリンピックのような,世界中の人が集まる中で,高邁な理想をかかげて行う国際的な行事では,ホロコーストにかぎらず,差別などの人権問題には細心の注意を払わなければなりません。オリンピックを招致するということは,そういう国際的なスタンダードもあわせて受け入れるということなのであり,日本にはないような価値観も勉強しなければならず,そういうことの専門家が組織を支えなければなりません。それをやるのが事務方の仕事でしょう。森さんの女性蔑視発言も,考えによっては,森さんは被害者で,彼にきちんとそういうレクチャーをしていなかった周囲が悪いともいえるのです。ましてや小林氏については,事務方の責任は重いと思います。
 小林氏が反ユダヤ活動をしているとか,ナチス礼賛者であるとかというのならともかく,そうではなさそうです。この点で,自らが行った悪質なイジメについて吹聴していた小山田氏とは悪質性が違うと思います。
 橋本聖子委員長は,小山田氏のときは,責任は自分にあると言っていましたが,紙に書いたメッセージしか読まないお飾りの委員長に責任をとってもらっても何も意味がなさそうです。武藤事務総長は,任命責任はあるが,選んだのは自分ではないと言って責任転嫁です。
 オリンピックのせいで,日本は世界に醜態をさらしている可能性があります。スポーツの試合は開催される以上,ネットなどで観戦してアスリートを応援しますが,だからといって組織委員会がかかわる様々な不適切な問題を看過することはできません。もちろん,世論の逆風が吹くなかでも,オリンピック開催に向けて尽力されている現場の人の努力には頭が下がります。だからオリンピックの悪口ばかり言うのは,気が引けるところもあります。だからこそ,現場の人の努力を無にしてしまいかねない組織委員会の行動は,きちんと注意してみていかなければならないのです。

2021年7月21日 (水)

保健指導はAIにお願いしたい

 特定保健指導を受けろという葉書が来ました。私のようなメタボの人は受けることが義務づけられているようです。義務といいますが,葉書の文面からは,どうも根拠は法律ではなく,厚生労働省の通達のようです。ある民間業者がこの業務を担当していて,葉書を送ってきます。実は23年前に1度,この指導を受けたことがあるのですが,これが全然ダメでした(ブログでも書いたことがあるかもしれません)。というのは,私は過去の不摂生のために人間ドックで種々の数値が悪いのはわかっているのですが,近年は節制していて数値が実は劇的に改善している途中なのです。そのため特定保健指導なるものを受けても,何もいまの状況を改善するところがないのです。私は,運動はテレビ体操を1日2回ないし3回やり,Coke On に乗せられて散歩も十分に行い(コロナ後はやれていませんが),三食規則正しく食べ,間食はせず,野菜は豊富に食し,肉食はそれほど多くなく,醤油など塩分は控えめで,清涼飲料水もまったく飲みません。ただコーヒーは1日1回だけ飲み,夕食時の美食と美酒にはこだわりますが,栄養士はこれを聞いて指導のしようがないということでした。これで何か制限するとなると,かえってストレスがたまり,精神的な健康が害されそうです。ところが何か改善するところを見つけなければすまないようで,さんざん粘られて,お酒の回数を減らすということで合意したのですが,こんなのはいい加減な合意で,約束を守っていませんが,その後も数値は改善しています。しかし,その合意が守られているかどうか,定期的に電話がかかってきて確認されたりして,ほんとうにうっとうしい保健指導でした。こんな業者をやめて,別のところに変えてほしいのですが,たぶん業者選定は,私たちが知ってはいけない事情(?)があるのでしょう。
 何が問題かというと,ある時点の数値しか見ていないことにあります。私は,人間ドックは35歳のときからずっと受け続けていて,その数値の変化をみて,何か建設的なアドバイスをしてくれるのなら大歓迎ですが,こういう指導なるものをする人がみているのは直近の数値だけです。確かに絶対値でみるとまだ改善の余地が大ありですが,傾向をみてもらえれば,そのままにしてもらえればよいのです。
 特定保険指導を受けなければ,共済組合の保険料が上がると脅されています。恫喝ですね。個人の特殊事情をみるのは大変なのかもしれませんが,これこそAIで個人ごとに管理してほしいです。学習におけるアダプティブラーニングと同様,個人の到達度に応じた対応をしてもらいたいものです。そういうアドバイスならば喜んで受けます。
 人間ドックの最後に問診がありますが,良い医師にあたると,ちゃんと傾向をみてくれます。それでも,みるのは過去3年分くらいです(昔は前年との比較だけでした)。
 そういえば赤ちゃんの検診で,体重をみて,平均より低いということだけで親を脅す医者がいます。生まれたときの体重からの傾向を見れば,平均線より低くても,低いなりに増加していれば問題はないのです。傾向をみることができない医者に,健康のことを語ってもらいたくありません(そうでない医者が多数なのですが,一部に不良が混じっており,そういうのにあたって不安をあおられた親は,ただでさえ育児に神経をつかっているのに,とても気の毒です)。
 個人の健康データは,きちんと個人に提供し,個人が信頼できる医師に全データをみせて,適切な判断をあおぐということができたらいいですね。それがほんとうの「かかりつけ医」なのでしょう。そのためには,これまでの自分の健康データすべてを入手したいです。請求すればできるようですが,できればデジタルデータで個人で保有できるようにしてもらえないでしょうか。デジタル庁ができるので,この面でも頑張ってもらいたいです。保健指導くらいであれば,自分のデータをAIで分析してもらってアドバイスを得たほうが有益なのではないかと思います。

2021年7月20日 (火)

占いの効用

 産政研フォーラム130号のなかの大竹文雄さんのコラム「悩んだ時は変化を選ぼう」を読んで,思い当たることがありました。ちょっと知っているある経営者に,気学というものにハマって名前を変え,店舗も移転し,自宅も売って転居した人がいました。アラフィフとなり,いろいろ悩みもあったのでしょう。周囲の視線は,たいへんなものにハマって気の毒だなという感じでしたし,私もそう思っていましたが,本人が納得して幸せであれば他人がとやかく言うことではないと思っていました。
 ところで大竹さんのコラムは,経営者が意思決定で悩んでいるようなとき,それはすでに合理的に考えたうえでのことであり,先のことはよくわからない以上,そこで選択肢として考えていることは,どちらも同じくらい優れているものだという内容でした。そういうとき,人間は現状維持バイアスが働いてしまい,熟考したつもりでも,変化を求めない選択をしがちです。ところが,大竹さんが紹介されている研究では,コイントスの結果に従って意思決定をした場合でも,それがコイントスによるものであることを知っていても,変化を選んだ人のほうが,幸福度が高いということでした。この研究の結果からわかるのは,「最後まで悩んだ場合は,変化を選ぶべきだ」ということです。「悩んでいる人にアドバイスする際も,現状維持よりも変化をアドバイスしてあげる方が,後から感謝される可能性が高い。人気占い師は,現状維持を薦めるのではなく,変化を薦めるのではないだろうか」と大竹さんは書かれています。そのとおりだと思います。
 気学の「先生」は統計学だと言っているそうですが,実際は占い師のようなものかもしれません。でも,一流の経営者が悩んでいるというようなときには,変化を薦めたほうがよいのでしょう。私の知り合いの経営者の方は,アドバイスを聞いたおかげで,いろいろうまくいっていて,本人は満足しているようです。大竹さんの目からすると,こうした現象は,行動経済学からきちんと説明がつくということですね。
 おそらく一流の占い師は,人間の脳の癖を熟知したうえで,人々を幸福に導くための適切なアドバイスができているのでしょう。社会に必要不可欠な職業に思えてきました。

2021年7月19日 (月)

知事選終わる

 兵庫県知事選は,斎藤元彦さんの勝利となりました。直前の状況からは予想どおりだったのかもしれませんが,1年くらい前の状況と比べると意外な結果だったといえるでしょう。金沢和夫さんは接戦にも持ち込めず完敗でした。政策的にはそれほど大きな違いはないとも思いましたが,なんとなく金沢さんでは井戸県政の継承で大きな改革は起きそうにないと県民は考えたのでしょうね。金沢さんの選挙中のスピーチは悪くなかったですし,落選が決まったあとのスピーチも,斎藤氏にエールを送るなど,潔くて素晴らしかったと思います。変な言い方かもしれませんが,負けて男を上げたという感じもします(ご本人は勝たなくては意味がないと思っているでしょうが)。
 さて,これから県政は43歳の元総務官僚の手にゆだねられることになります。前にも書いたように,新たな発想で新しい時代の課題に取り組んでもらいたいですね。また総務官僚かという気もしますが,地元出身ということで,期待は大きいです。地元のことは,やはり地元出身者に任せたい気持ちがあります。実力は未知数ですが,自分が43歳くらいのころを思うと,体力はまだ十分にあるし,知力的にもある程度の蓄積ができ,他方で新たなアイデアを出す柔軟性もあるという感じで,いろいろな面でパワーを発揮できる年齢であったような記憶があります。斎藤氏には,経験不足を補ってくれるような良きブレーンを見つけ,思う存分,その力を発揮してもらいたいです。もちろん政治家となる以上,厳しい評価にさらされるのは当然です。最初の2~3年は様子をみますが,そこで具体的な成果を出せそうにないということになれば,再選はないという覚悟で仕事をしてもらう必要があります。

2021年7月18日 (日)

ワクチン接種証明書をもっと活用せよ

 父がまた入院したので,今日,面会に行ってきました。前の入院のときは緊急事態宣言のときだったので,リモート面会しかできず,病院の1階にパソコンを用意してもらって,父は病室にパソコンを置いてもらい,オンラインで話すだけだったのですが,今日は緊急事態宣言が解けていたので,直接,面会することができました。ワクチンの接種についてたずねられましたがが,1回接種しましたと答えたところ,とくに証明書の提出も求められませんでした。それは助かったのですが,よく考えてみると,高齢の入院患者のいる病棟に行くときは,ほんとうはワクチン接種について厳格にチェックしてもらいたい気もしますね。ワクチン接種証明書は海外渡航用でしか発行されないということのようですが,ワクチン接種をコロナ対策の鍵としているのであれば,広く証明書を発行してもよいのではないでしょうか。できれば早急にデジタル版でお願いしたいところです。ワクチンを接種していない人が差別されることを気にしているようですが,もし自分が入院患者であったら,ワクチン接種をしていない人が病室に入ってくるのは怖いです。
 中途半端なことはせずに,ワクチン接種証明書を求める人全員に早急にデジタルで発行すべきです。ワクチン接種をしていない人に対する解雇が起こるという心配は,そんな理由で解雇することはできないということを事業主に周知徹底する方向で対処してください。従業員がワクチン接種証明書をもっていて,お客にワクチン接種証明書の提示を求めている店は,営業制限をかけないというような,ワクチン接種証明書をプラスにつなげる方向での利用は認めてよいのではないでしょうか。これこそワクチン接種と経済再生とをつなげる方法なのです。もちろん客にワクチン接種証明書を求めないかわりに,時短営業を受け入れるという選択をする飲食店があってもよいのです。それは経営者の自由です。それくらいのことは政府も考えているでしょうが,西村大臣の発言問題で,政府が積極的な政策に慎重になりすぎていないか心配です。私は当事者の選択の自由を残しながら,望ましい方向に誘導していくような政策こそがいま必要だと考えています。ワクチン接種証明書は,そのような政策に利用できる格好の道具だと思うのですが。もちろん公的なサービスにおいて,ワクチン接種証明書の有無で差をつけることは,ワクチン接種を任意としていることと矛盾するので許されません。ただ,それと国民の選択の自由を尊重した上で,誘導的に介入することとは別のことなのです。

2021年7月17日 (土)

「安心」するかどうかは国民の判断

 コロナの新規感染者数が,またじわっと増えてきていますね。兵庫県も一時は非常に低かったのですが,上昇傾向にあります。知り合いに感染した人がいないので,どこで感染が増えているのだろうか,と不思議な気分でもありますが,知らないところでクラスターなどが起きているのでしょう。私がほんのたまに外出したときに,そこで目にするのは,無頓着な人とそうでない人の差がはっきりしていることです。想像ですが,類は友を呼ぶではありませんが,私のような臆病な人は,知り合いも臆病な人が多く,その間ではあまり感染が広がっていないのかもしれません。実は,こういう人だけで集まって食事をしてもリスクはかなり低いのだと思います。一方,無頓着な人どうしが集まると,感染が広がりやすいのでしょう。日本での感染率が低いのは,慎重な人が相対的に多いからでしょう。私のような臆病で慎重なタイプの人には,政府が行動制限を呼びかけようが呼びかけまいが,感染者数や重症化率をみながら行動していますから,あまり関係ありません。外食をするとしても,感染対策が万全で信頼できるところに,しかもこちらも十分に用心したうえで行くことが,ほんのたまにあるくらいです。それでもデルタ株に感染するリスクはあるでしょうが,慎重な日本人が多数派であるかぎり,「さざ波」程度の感染率は維持できるのではなでいしょうか。もしそうであるとすると,飲食店の営業への規制は過剰であるし,規制しても,その効果は怪しいものではないでしょうか(クラスターを起こすのは,カラオケボックスとか,歓送迎会系の宴会が行われる居酒屋のようなところでしょう)。
 こういう慎重派が多数を占める国民が,オリンピックに不安を感じているのは,自分たちとは違って,感染に無頓着な人が外国から多くやって来ないかという点です。外国人でも慎重な人が多数でしょうが,やはり無頓着な人が少なからず混じっているでしょう(無頓着という言い方は適切でないかもしれませんが,例えばアスリートが競技後に飲酒をせずにそのまま過ごすとはちょっと考えにくいのです)。きちんと行動規制するなんてやれっこないのは,すでに明らかになっています。
 首相は,○○の一つ覚えのように「安全安心」という言葉を使いますが,「安心」は主観的なものなので,国民が「安心」を感じているかどうかが大切なのです。毎日のコロナ関係の報道が流れるたびに「安心」が減っていく状況です。政府は「安全な大会をめざしますから,国民のみなさん安心してください」という姿勢で,具体的な安全措置をとっていることを示して丁寧に説明してもらいたいです。ワクチンに取り組むというだけでは不十分ですし,すでにオリンピックには間に合っていません。外国人が続々と入国している現在,メディアは政府の取り組む安全措置について,もっと具体的なレベルで厳しくチェックする姿勢で取材し報道してもらいたいです。政権批判は後でよいので,安全という面で何が行われ,どのような問題が起きているか(あるいは,起きていないか)が知りたいのです(ただあまり言うと,現場の職員の負担が高まるだけということにもなりそうなので,そこが難しいところです)。

2021年7月16日 (金)

兵庫県知事選

 兵庫県知事選が大注目です。20年もの長期政権の後ですから,どうなるか県民としては期待と不安が相半ばですね。自民党の支持が割れて,実質的には,本命の元副知事と新人の一騎打ちです。兵庫県民は保守的ですが,今回はどちらも改革を競っているようなので,井戸県政の刷新を訴えようとしているのでしょう。
 兵庫県の南のほう(しかも南東)にしか住んだことがない私は,兵庫県の他の地域のことはよくわかりません。兵庫県は五国(摂津,丹波,但馬,播磨,淡路)からなり,個性豊かな地域的特色があります。日本海沿岸のほうは,私のいるところの瀬戸内式気候とはまったく違う気候のところです。この広大な県を治めるのは並大抵の力ではできないと思いますが,新しい知事には,この仕事に取り組んでもらう必要があります。県の職員がしっかり支えると思うので,知事に求められるのは適切なリーダーシップでしょう。そこでは,改革マインドにあふれたフレッシュさを期待したいです。フレッシュというのは生物学的年齢に関するものではなく,脳の年齢であり,要するに発想の柔軟さです。先例にないからといってやらないのは最悪で,先例にないからやってみようという精神で,県政に臨んでもらいたいです。民間から良きアドバイザーを迎えてほしいと思います(ちなみに,大学教授はやめたほうがよいです)。まずは,コロナ対策を中心に県民の生命と安全を守るための具体的な施策(言葉だけのものはダメです)を早急に打ち出すこと,デジタル化を徹底的に進めて(県庁内からまず始めてもらう必要があります),ペーパーレスを早期に実現し,またデジタル・デバイドを生まないようなサポートも同時に着実に行うこと,もちろん環境対策に力を入れることも最優先です。個人的には南部のAQI(空気質指数)の改善に取り組んでほしいです。 
 今回は,女性の候補者がいないのは残念でした。副知事には女性をぜひ民間から任命してほしいですね。ダイバーシティは県の幹部の人員構成にも必要でしょう。県民のみなさん,4年に1度しかないチャンスです。候補者の言っていることをよく聞いて,これぞと思う人に投票しましょう。

2021年7月15日 (木)

ビジネスガイド8月号

 

 昨日も書いた最低賃金引上げについての中小企業の助成措置は,今日の日経新聞をみると,雇用調整助成金の適用要件の緩和のようですね。ただこれは,コロナ禍における時限的な措置のようですが,賃金は一度上げてしまうと,助成がなくなったから引き下げるということは簡単ではないので,いったいどうなるのでしょうかね。最低賃金に最も影響を受けるのは有期雇用の非正社員で,企業としては最低賃金に見合うだけの貢献が期待できないとなると,期間満了で雇止めにして後は機械化を推進するというようなことになる可能性もあります。最低賃金引上げは,それが狙いというわけではないでしょうが,結果としてデジタル化を推進することになるかもしれません。
 最低賃金政策に対する批判は,ずいぶんと前から書いているのですが,わりとまとまって書いていたのが,日経プレミアシリーズの新書『雇用改革の真実』(2014年,日本経済新聞出版社)です。そこの第5章「政府が賃上げさせても労働者は豊かにならない」には,最低賃金だけでなく,「同一労働同一賃金」についての批判も書いています。この新書は,もう忘れられた本かもしれませんが,この議論も含め,雇用政策の正論を書いているつもりなので,少し古くなり「新書」というに適さないかもしれませんが,しっかり労働問題について考えてみたいと思う人は,ぜひ読んでみてもらえればと思います(そこから次に『雇用社会の25の疑問(第3版)』(弘文堂)あたりに進んでもらえればと思うのですが)。
 ビジネスガイドの最新号では,「キーワードからみた労働法」のテーマとして,「同一労働同一賃金」を選んでいます。2回目なので,part 2としています。同一労働同一賃金のことは,もう書き尽くしたとも思っていましたが,2021年に中小企業に短時間有期雇用法が施行されたこともあり,マスコミもよく採り上げていたので,このテーマにしました。同法8条は,法規範の内容として不十分なものですし,政策的にも適切でないので,あまり相手にしたくないのですが,少なくとも変な裁判例が出たりしたら,しっかり批判していくのが法律家の責任だと思っています。ビジネスガイドの原稿では,ハマキョウレックス事件の後日談とでもいうような事件も扱っています。無期転換後の労働条件について正社員との格差があることについて,労働契約法20条(旧規定)や短時間有期雇用法8条が適用されないなか,労働契約法32項の一般的な均衡規定や就業規則の合理性の欠如などを根拠として争った事件です(この事件を採り上げたのは,読者から,無期雇用労働者間の労働条件の格差問題について書いて欲しいというリクエストがあったことも関係しています)。有期雇用と無期雇用の間の労働条件の格差を法的に争うことができるとすると,無期転換後の労働条件と最初から無期雇用であった正社員の労働条件との格差も法的に争えるとする考え方が出てきても不思議ではないのですが,私はもともと労働契約法20条(旧規定)に私法上の効力を認めることに反対の立場なので,法的紛争の範囲が拡大していくことを憂慮しています。なお,私の提唱する人事労働法では納得規範を重視するので,これは結局,会社が無期転換組の労働者に,従来と同じ就業規則を適用して労働条件を変更しないことについて,どこまで納得同意を求めたかという問題として論じることになります。詳しくは,ビジネスガイド最新号をご覧になってください。

 

最低賃金の季節

 最低賃金の季節ですね。今日の日経新聞の電子版をみると,中央最低賃金審議会の小委員会で28円アップが目安として決められたと報じられていました。大幅アップですね。各都道府県の最低賃金の決定も実際上これに拘束されることでしょう。兵庫県は現在の最低賃金が900円ですので,このとおりに引き上げられると928円となります。中小企業の反発は強そうです。コロナ禍であることを考えると,むちゃくちゃな引上げと言えないこともありません。雇用への悪影響も心配です。
 最低賃金法101項は,「厚生労働大臣又は都道府県労働局長は,一定の地域ごとに,中央最低賃金審議会又は地方最低賃金審議会(以下「最低賃金審議会」という。)の調査審議を求め,その意見を聴いて,地域別最低賃金の決定をしなければならない」となっていて,今年度は,6月22日に田村厚生大臣から,「令和3年度地域別最低賃金額改定の目安について,経済財政運営と改革の基本方針2021(令和3年6月18日閣議決定)及び成長戦略実行計画・成長戦略フォローアップ(同日閣議決定)に配意した,貴会の調査審議を求める」として,調査審議が行われました。そこで配意すべきとされた「成長戦略フォローアップ」をみると,最低賃金については,「感染症の影響を受けて厳しい業況の企業に配慮しつつ,雇用維持との両立を図りながら賃上げしやすい環境を整備するため,生産性向上等に取り組む中小企業への支援強化,下請取引の適正化,金融支援等に一層取り組みつつ,最低賃金について,感染症下でも最低賃金を引き上げてきた諸外国の取組も参考にして,感染症拡大前に我が国で引き上げてきた実績を踏まえて,地域間格差にも配慮しながら,より早期に全国加重平均1,000円とすることを目指し,本年の引上げに取り組む」と書いているので,大幅な引上げはすでに決まっていたことなのでしょう。審議会は実際上はそれにお墨付きを与える仕事をするということだとすると,ニュースで採り上げる価値がどこまであるかわかりませんが,28円という数字にはニュースバリューがあったのでしょうね。
 「感染症下でも最低賃金を引き上げてきた諸外国の取組」というのが,私は勉強不足でよく知らないので,報告書には,諸外国の国名と引上げ額を書いておいてもらえれば有り難かったです(また日本では,最低賃金法は罰則付きの最低基準ですが,比較するなら,それと同様の効力をもつ最低賃金をもつ国ということになるはずですね)。審議会には,ぜひ「生産性向上等に取り組む中小企業への支援強化,下請取引の適正化,金融支援等」にいっそう取り組むということの具体的な内容を示すよう政府に求めてほしいです。「取り組む」と言う言葉だけで,それを前提にして最低賃金の大幅引上げの目安を出すことは許されないでしょう。

2021年7月13日 (火)

西村大臣は辞めたほうがよい

 西村大臣の,酒類提供を続ける店舗に,取引金融機関から自粛を働き掛けてもらうよう求めるという発言に非難が集まっています。私は西村大臣は辞めたほうがよいと思いますが,その理由はたぶん世間が言っているものとは違います。別に西村大臣の肩をもつわけではありませんが,これって政府幹部が了承していたに決まっているので,責任を負うのは首相でしょう。首相があまりにも軽く,責任を追及するほどの価値がない存在なので,大臣への非難になっているのかもしれませんが,単なるスポークスマンにすぎない人に非難を集めるべきではありません。大臣というのは,ここまで哀れな仕事なのでしょうかね。自民党は次に大敗して,幹部は総入れ替えになるでしょう。そのときの同党の再建の顔となるためには,ここで勇気をふるって,菅政権に辞表をたたきつけるくらいのことをしたらどうでしょうか。そうでもしなければ,西村さんの政治家としての未来はないでしょう。という理由で辞めたがほうよいと言っているのです。
 いま心ある人は,オリンピックに対して,最後まで抵抗して中止を求めるべきか,それとも諦めて何も悲惨なことが起こらないようにひたすら祈るべきかという,瀬戸際に立たされています。日本でオリンピックをやる意義は,観客がいないなかでやることによって,すでになくなっているはずです。そうしたなかで無意味なオリンピックが行われることの無力感や絶望感に,少なくとも国民の半分近くはおそわれていることでしょう。これからの日本をささえていかなければならない若者は,この状況をどうみているのでしょうかね。次を狙う政治家は,若者にどうアピールするかを考えたほうがよいです。私は秋の選挙では,若者をはじめ多くの国民がきっと本気で政治を動かすような行動をとると信じています。それを見越した行動をとった政治家に,次の未来があるような気がします。

イングランド

 イングランドが優勝しなくてよかったです。Euro2020の決勝にでたイングランドは,準決勝のデンマーク戦のPKで,相手GKにレーザー照射したりして,サポーターたちが,ホームであることを濫用していた感じです。イタリアは,準決勝のスペイン戦に続いて,アウエーでの苦しいPK戦でしたが,若き守護神のDonnarummaの活躍で見事優勝しました。私はYouTubeでダイジェストしかみていません(Wowowはグループリーグの初戦のトルコ戦だけ無料でみせてくれました)が,感動しました。イタリアは,新チームになって無敗ですね。とても強いというより,負けにくいチームに生まれ変わりました。大会MVPDonnarummaは,ミランにいましたが退団するということで,移籍市場ではものすごい値段がつくでしょうね。イタリア代表のGKといえば,長らくBuffonでしたが,良き後継者が出てきました。
 ここまではめでたい話なのですが,Londonは勝ったイタリアファン(tifosi)も,イギリス人も,大暴れのようです。Wimbledonの男子テニスの決勝でも観客は満員のようでしたね。これでコロナのほうは大丈夫なのでしょうか。大丈夫ではないですよね。私たち日本人が怖がりすぎているのか,向こうの人がハチャメチャなのか。私には,よくわかりませんが,しばらくすると結果が出てくるでしょう。

2021年7月11日 (日)

蛇とプライバシー

 芭蕉の「秋深き隣は何をする人ぞ」ではありませんが,都会の生活ではプライバシーが重視されていて,防音がしっかりしたマンションに住んでいれば,隣の家の物音は聞こえず「何をする人ぞ」と想像することもなくなっていそうです。むしろ物音がするとすれば騒音であり,「何をする人ぞ」はネガティブなニュアンスになってしまいますね。
 基本的には自分の居住空間には他人に介入してもらいたくないと考えるのですが,隣人には何かあったときに助けてもらうこともあるでしょうし,ある程度,プライバシーは明かしておいたほうがよいこともあるでしょう。警察の巡回連絡で家族の調査などに来たときには,冷たい対応をしてしまうのですが,これもやはり災害にあったときなどには大切だろうなということを,最近の土石流やフロリダの建物崩落事故などをみて感じています。
 ところで,自宅で飼っていたニシキヘビが脱走したという騒動が,少し前にありましたが,その隣人は,自分の隣に住んでいる人がそんな蛇を飼っているなんてことは,おそらく想像だにしていなかったでしょうね。契約では禁止されていたそうですが,プライバシーで守られている居住空間では,今回のような脱走騒ぎがないかぎり,チェックのしようがありません(絶対に脱走しなければ構わないともいえるのですが,地震で家屋倒壊なんてこともあるので……)。
 自由を享受したければ,自由に伴う責任をはたすこととセットでなければなりません。プライバシーも同様です。自由を濫用すれば,自由を制限すべきという話が出てきます。居住空間であっても,数年に1回は市役所職員などによる抜き打ち訪問を受けて部屋を見せなければならないというようなルールも検討の余地はあるかもしれません。それによって,不当に監禁されている人がみつかる可能性もあります。子どもの虐待が発見できるかもしれません。そういうルールが良いものとはまったく思いませんが,自由やプライバシーを濫用する人が出てくれば,社会を守るためには,必要なものといえないこともありません。
 自由やプライバシーは無制限のものではありません。公共の福祉という言葉は,内容が抽象的で法律家にはあまり評判が良くないと思いますが,ほんとうに社会のために必要な自由の制限はすべきです。ただ,重要なのは,誰が制限するかです。その限界線はできるならば法律で定めたり,行政権力がそれを執行するのではなく,個々人が道徳の範囲で自制するのがベストなのです。
 ニシキヘビを自宅で飼う話に戻ると,これは,たんに賃貸借契約に違反していたということにとどまらず,プライバシーを重視することの危険性を世間に知らしめることになりました。これは別の意味で危険なことです。権力者のプライバシー介入の口実になりえるからです。だから,自由を濫用しないようにしてもらいたいのです。
 法学では権利や自由を教え,その濫用については公権力や企業がやるものということになっていますが,国民が権利や自由の濫用をしないようにするということが,自分たちの権利や自由を守るために大切なのだということも,同時に教えなければなりません。ただ,これは大学でやるようなことではなく,道徳教育の範疇かもしれませんが。

2021年7月10日 (土)

Fax廃止できない政府に未来はない

 河野太郎大臣の霞ヶ関へのファックス廃止指令は,断念を余儀なくされたそうです(省庁ファクス全廃「断念」 情報漏えい、通信不安… 現場の反論数百件:北海道新聞 どうしん電子版 (hokkaido-np.co.jp))。ほんとうにそうなら,とても残念です。電子メールではセキュリティが問題という理由は,もう何年も前に意味不明として却下されているものだと思うのですがね。メールの誤送信より,相手のファックス機がどういうところに置かれているかのほうが不明なことが多く,そのほうがよっぽど心配です。もちろん電子メールだって,相手のアドレスの管理状況によっては安心できないこともあるでしょうが,普通はファックスよりも,はるかにセキュリティが高いでしょう。電子メールを初めて送ったときは,手紙で郵送するのと違い,ちょっと不安を感じたという経験はあるのですが,そんな感覚はやっていればなくなるものです。ひょっとしてファックス反対派は,電子メールでのやりとりをしたことがないのではないでしょうか。PCをさわったことがない人がサイバーセキュリティ大臣になるような国ですから,霞ヶ関のなかだって,どんな人がいるかわかったものではありません。
 これまでのやり方を変えるのは大変だということを言っていれば永遠に変わりません。民事裁判手続もIT化が進んでいます。サイバーセキュリティが重要なことはわかっていますが,その対策に時間がかかるといっているのは,やる気がない人の言い訳でしょう。セキュリティがそんなに大切であれば,むしろ書留郵便を使うべきです。
 いまだにファックスを使っている役所は,その異常性に早く気づくべきです。ファックスを使うことによって,どれほどの非効率を生み出しているかわかっているのでしょうか。そしてそれは民間のデジタル化の進展の阻害要因にもなっているのです。河野大臣には,今回出てきたくらいの反論には,きちんと論駁して対応してほしかったです。これくらいのことを突破できないようでは,総理大臣になる資格はありませんね。期待していたので,とても残念です。
 ところで内閣府のコロナ対策CM(7) コロナ対策 CM「私たちで未来を守ろう」篇 - YouTube)がおかしいという話を聞いて,ネットで確認したところ,なぜかテレワークの人がマスクをしているシーンが出てきました。なんでテレワークなのにマスクをしているのでしょうかね。このCMを作った人は,テレワークをしたことがない人なのでしょうね。マスク着用への批判があるなかで,在宅でもマスクをしているような映像を流して,いっそうそうした批判を引き起こすような不用意なCMはつくるべきではないでしょう。ひょっとしたら何か別の深い意味があるのかもしれませんが,国民に違和感を与えているだけで失敗でしょう。このCMは,ひどい税金の無駄使いだと思います。

2021年7月 9日 (金)

お酒なしの料理

 飲食店の人に同情的なことをかなり書いてきたのですが,緊急事態宣言中で協力金がもらえる間は,まったく困っていないということを聞いて安心するのと同様,少し違和感も覚えました。お酒を出せないのなら,時短とかせずに休業して協力金をもらったほうがよいということもあるようです。仕方がないのかもしれませんが,お酒なしの営業が儲からないというのは,どれだけお酒に頼った営業をしているのかということでもありますよね。
 よく行く店のオーナーから,以前,オレンジジュースを1杯か2杯ずつしか飲まないカップルが,料理を数皿食べて帰ってくれても,店としてはあまり嬉しくないという話を聞いたことがあります(だいたいお酒をあまり飲まない人は料理の注文も少ないそうです。とても健康的でよいのですが)。ソフトドリンクの原価率は低いそうですが,でも単価も安いですからね。原価率が高くても単価も高いワインや日本酒を飲む私のような人のほうが上客となるのでしょうが,そもそも店で飲むワインは実は自宅でも飲めるものが多く,その原価もだいたいわかっているので,客としては店に儲けてもらおうと思って注文している面もあるのです。常連というのはそういうものかもしれませんが,バーとかは別として,ほんとうはお酒で儲けずに,作った料理をもっと高く設定して,それで儲けるほうが正しいようにも思います。それだったら,酒類提供の規制があっても,それほど困らないはずです。
 ただ話はそう簡単ではありません。私の近所の串揚げ店は,大将は下戸ですが,お酒に詳しくて,よいワイン,日本酒,焼酎がそろっています。すべて仕入れ値で出していて,お酒では儲けていません。ただ,そういう店でも,お酒がなければ串揚げも食べる気がしないという客が多いために,酒類提供制限のときは予約が特に入らなければ休業していたそうです。お酒で儲けてはいなくても,お酒が出せなければ食事もなかなか出ないことが多いのでしょう(日本人はそれほどに酒飲みなのですかね)。となると,問題はお酒がなければ,食事もできない客のほうにあるのかもしれません。ノンアルコールドリンクで,最高のクオリティの串揚げというのでは食が進まないというのは,いかにお酒に毒されてしまっているのかを示すものかもしれません。
 そういえば,緊急事態宣言中に1度外出する用事があって,その帰りにすし屋に寄り,酒類提供禁止ということで,ノンアルコールのビールを注文したのですが,とてもまずくて寿司もまずくなってしまい,後悔したことがありました。これだったらお茶でお寿司でもよかったなと思いました。でも,今後も,お酒を飲まずに,その料理の真のおいしさを味わうことにしようかというと,それは無理そうです。まあ今月末に受ける人間ドックの結果次第ですが。

2021年7月 8日 (木)

愛と銃弾

 2017年のイタリア映画「愛と銃弾」をPrime Videoでみました。原題は,「Ammore e malavita」です。「Ammore」は普通は「Amore」ですが,ナポリ方言では,こう言うそうです。というところからもわかるように,これはナポリ方言が飛び交う,ナポリのCamorra の親分をめぐるドタバタ極道コメディ(ミュージカル調)です。ストーリーは平凡で,ちょっとだけドンデン返しがあるといった程度ですが,何と言うかエンターテインメントの要素が十分に入っていて面白いです。
 Camorraのボス(魚介王)が命を狙われたことから,女中上がりで映画好きの奥さんのアイデアで,ボスが死んだことにして,海外への逃亡を企てます。似た顔の人を殺したうえで葬儀もやるのですが,出棺中のところから映画は始まります。実はそれまでの5日間に大変なことが起きていました。ボスは銃撃により臀部にケガをしたので入院していたのですが,そのときに顔をある看護婦にみられてしまいます。ボスは子飼いの部下のCiro Rosarioに看護婦の殺害を命じますが,実はその看護婦FatimaCiroのかつての恋人でした。Ciroは彼女を殺すことができず,組織を裏切ってFatimaをかくまいます。ボス夫妻に命じられたRosarioたちはCiroたちを追いかけますが,Ciroは極道としてのスキルをフル活用して生き延びて,最後はFatimaの名案のおかげでボス夫婦は逮捕され,ハッピーエンドという話です。
 ストレス発散によい映画かもしれません。私は,かつてよく行ったことがあるナポリが懐かしくなりました。もう行くことはないでしょうかね。

研究費のコスパ

 せっかくの七夕でしたが,大雨でした。土砂災害はほんとうに恐ろしいです。ハザードマップというのを,じっくりと見てしまいました。幸い,いま住んでいるところは,警戒地域ではありませんでしたが,近所には危険地域があります。神戸市の六甲山のふもとに住んでいると,全然安心できないようです。神戸大学のキャンパスも一部が警戒地域にかかっているようです。今日の18時ごろには,携帯電話に神戸市に避難勧告が出ているというアラームが入りました。
 土砂災害の悲惨さは,津波と同様,一瞬ですべてが奪われるというところにあります。いま私たちは,コロナ禍で,生命身体の安全を守るということに,神経が向かっています。どうもオリンピックというムードにはなりそうにないですね。そのコロナ感染のほうでもネガティブな話が多いですね。これから,緊急事態宣言の解除の影響が出てくることでしょうし。少し状況がよくなれば,三宮に出て外食でもしたいと思っていましたが,なかなかそういう気分にはなれないですね。兵庫県知事選がもうすぐありますが,誰が私たちの安全を最も守ってくれそうかというところがポイントとなるでしょう。旅行に行かないので,航空会社のマイルがどんどん期限が来て,ショッピングマイルに交換してワインに変わっていっていますが,このままだと旅行に使うことがないまま,マイルはなくなってしまいそうです。
 研究費の申請も,これまでは海外出張などの費用を計上することがよくあったのですが,いまではそういう費用を計上することはなくなり,逆にオンラインで海外からの情報収集ができる部分も増えたので,それだけ研究費を使わないですむことになりました。大学的には,多くの研究費を外からとってきたほうが喜ばれるし,評価もされるのですが,かりに成果を数値化することができれば,かけた研究費ができるだけ少なくて,相対的に大きな成果を出したもの(コスパ率が良い研究)は,税金を有効に活用したものとして高く評価してもらえればと思います。
 もちろん理系などでは,一定のお金を使わなければ良い研究をできないということもあるでしょう。研究には無駄金も必要です。法学系でも,大きなプロジェクトを組んで,研究員などを集めて大きな成果を目指すというタイプの研究もあります(私もいつか,そういうものもやってみたいとは思っています)。ただ,それとは別に,同じレベルの成果であれば,少ないコストでやった人を賞賛するということも同時にしてもらえればと思うのですが,いかがでしょうか。

2021年7月 7日 (水)

三島由紀夫vs 東大全共闘50年目の真実

 Amazon prime video で,このドキュメント映画をみました。三島はこれが録画されていたことを知っていたでしょうから,三島劇場の一つであったのでしょうね。19695月,三島は,東大全共闘からの要請を受けて,討論会に参加するために,東大駒場の900番教室に出向きます。討論会での三島は,見事だったと思います。学生たちの議論を正面から受けて立ち,彼らの意見を論駁しようとはせず,十分に意見を言わせておいて,三島の言いたいことを真摯に伝えて説得しようとしています。そこでは得意の「論理」だけでなく,感情的な要素も交えています。とくに平野啓一郎氏も指摘するような天皇に関するアンビバレントな感情は,不思議な説得力をもって,学生たちに彼らが嫌がっていた「天皇」という言葉を口にさせることになりました。それは言霊のように「900番教室」を漂ったことでしょう(私は,教養課程の間,法学の専門科目の授業は,この教室で聴講していましたが,この討論会の場であったことは知りませんでした)。討論は映画でみたかぎりでは,三島のほうが役者が上で,最後に,「君たちの熱情だけは信じます」という言葉をリップサービスのように残して去って行きます。ただ,決して三島は若者を見下していたわけではありません。まさに相手に敬意をはらい,言葉により説得するに値する相手というように尊重していたわけです(途中で退席した芥氏のほうが幼稚にみえました)。1年半後に自衛隊に突入して自決するときの暴力的な行動とは対照的です(このときも演説で自衛隊に決起を呼びかけているのですが)。
 この映画でも指摘されていたように,三島はこの日,その後の自衛隊突入・自決を示唆する言葉を発しています。彼は日本の現状を憂い,最後は非合法な行動をして自決をせざるを得ないというフィナーレを設定したうえで,現実の世界での彼の人生を完結させたのでしょう。
 映画は,三島に戦いを挑み,その後,消滅していった(?)全共闘の総括はどうなっているのか,と問いかけもしていますが,すっきりしたものではありませんでした。橋爪大三郎氏は,勝ちも負けもなく事実は事実として受け止め,それを乗り越えて行くべきだという趣旨の総括をしており,リーダー格であった芥正彦氏も同様で,いま生きていることに意味があると語っているようでした。死んだ三島の思想は,その作品をとおして言葉として永遠の持続性を得たのですが,全共闘は討論のなかにもあったように,持続性に価値を認めなかったこともあり,その運動自体は何も残さなかったということなのかもしれませんが,よくわかりません。
 それはともあれ,50年前に東大900番教室でみられたのは,この映画の最後に示されたように,政治や社会を変えようとする「熱情」,相手への「敬意」,大切にされた「言葉」の力というものであったように思います。それこそが,いまの社会に求められているような気がします。もっとも,熱情,敬意,言葉は,現在の政府に最も欠けているものなのですが。


2021年7月 6日 (火)

選択的夫婦別姓制と選挙

 3月くらいに選択的夫婦別姓のことを,このブログでとりあげて,同姓か別姓か選択できるほうがよいという意見を書きましたが,6月23日に最高裁大法廷は,夫婦同姓(正確には,夫婦同氏)を定める民法750条(「夫婦は,婚姻の際に定めるところに従い,夫又は妻の氏を称する」)やそれを前提とした戸籍法741号は,法の下の平等を定める憲法14条や婚姻の自由を定める憲法24条に違反せず合憲であるという判断を下しました。15人中4人の裁判官が違憲と判断しましたが,多数意見は,この問題は立法府で取り組むべき判断であるという立場で違憲とは判断しませんでした。法律を専門にしている人以外にはわかりにくい話かもしれません。本来,裁判官は法律に拘束されて裁判をしなければならないのですが,同時に憲法にも拘束されるのであり(憲法763項),憲法に反する法律は効力を有しないので(憲法981項),法律の合憲性を審査することができるのです。ただ,法律は,民主的なプロセスを経て選挙で選ばれた国会議員の手で制定されるものなので,最高裁の裁判官は国民審査を受ける(憲法792項および3項)とはいえ,民主的正統性は国会議員と同等とはいえないので,軽々しく法律を違憲で無効とする判断はすべきでないといえそうです。これに対しては,多数の意思を集約する民主的なプロセスではマイノリティの人権は侵害されやすいので,人権の最後の砦として裁判所(とくに最高裁)は必要とあらば違憲判断を躊躇すべきではないともいえそうです。憲法学では,違憲性の審査基準について実に細かで精緻な議論を展開していますが,ここでは法律の内容によって,違憲かどうかのチェックについてとるべき裁判官のスタンスが異なりうるということを確認しておけば十分でしょう。
 難しい法律論はさておき,夫婦同氏制を定める民法の規定は,どう考えるべきなのでしょうか。ここでは,氏のもつ人格的な利益をどこまで重く評価するかということが実質的には重要な気がします。夫婦同氏制の下で,氏を変えなければならなかった人の人格的な利益の侵害がどの程度のものであるかということへの想像力をどこまでもてるかが実質的には大きなポイントのような気がします。アメリカの連邦最高裁の裁判官は,通常,主要な政治的なイシュー(人工妊娠中絶,銃規制など)についての立場が明らかにされていますが,日本でも最高裁判事が選ばれるとき,例えば,憲法9条に関する考え方などと並んで,選択的夫婦別氏制についての立場も明らかにしてもらえればいいですね。
 4人の違憲判断のうち,三浦守裁判官は多数意見と結論は同じですが,夫婦同氏制は憲法違反だとしています。違憲だけれど,今回争われているのは,自治体が夫婦同氏にしない婚姻届の受理をしなかったことの違法性が問題となっているのであり,その点については夫婦別氏制の定める手続が法定されていない以上,不受理とする処分は適法とせざるを得ないということでしょう。一方,反対意見は,宮崎裕子・宇賀克也両裁判官の連名のものと草野耕一裁判官のものがあります。草野裁判官のものはとくにユニークで,選択的夫婦別氏制を導入することによって向上する国民の福利と,同制度を導入することによって減少する国民の福利とを比較すべきというところから議論を立て,前者が後者よりもはるかに大きいことが明白であり,かつ,減少するいかなる福利も人権またはこれに準ずる利益とはいえないとして,「選択的夫婦別氏制を導入しないことは,余りにも個人の尊厳をないがしろにする所為であり,もはや国会の立法裁量の範囲を超えるほどに合理性を欠いているといわざるを得」ないので,憲法24条違反であるとしました。「さすが草野裁判官」という反対意見でしたね。ただ,最高裁判事の構成の傾向をみていると,多数意見が違憲となるのは,まだ先かもしれません。藤井龍子元最高裁判事は,34年で違憲判決が出るのでは,という見通しを述べていました(日経新聞72日夕刊)が,そう楽観はできないのでしょうか。
 結局のところ,裁判闘争でこの問題を解決するのは難しい気がします。やはり最高裁がいうように,立法府でなんとかすべきなのでしょう。最高裁も「国民の意識の変化」は意識しているのですが,補足意見が述べるように,「国民の意識の変化についていえば,婚姻及び家族に関する法制度の構築に当たり,国民の意識は重要な考慮要素の一つとなるものの,国民の意識がいかなる状況にあるかということ自体,国民を代表する選挙された議員で構成される国会において評価,判断されることが原則であると考えられる」ということです。この言葉は重いです。この点で,今回の都議会選挙の低投票率は,民主主義の危機ともいえそうです。もちろん,都民が悪いとばかりはいえず,政治への絶望ということもあるのでしょう。ただ,きちんとした政治家を選ぶためには投票場に行くしかないのです。最高裁は国会にゆだねたというより,国民にゆだねたのです。あとは私たち国民の行動にかかっているということでしょう。

2021年7月 4日 (日)

三菱電機不正問題に思う

 今朝の日経新聞では,「性懲りもない三菱電機の不正」というタイトルの社説がでていました。三菱電機の会社の体質やガバナンスの問題点が指摘されています。安全性に問題がないのだからということで,取引先との契約内容を軽視するというのは,内向きの論理であり,自分たちが正しければいいのだという傲慢な考え方によるものだと受け取られても仕方ないでしょうね。不正が明らかになったあとの情報公開にも問題があったようです。おまけに,労働問題でも,社員の自殺が相次いで労災認定されていたと書かれていました。同社のブラックさは,真偽はよくわかりませんが,ネット上では前から噂になっていたようです。「火のない所に煙は立たない」と考えてしまいますね。
 私は,企業性善説はとらないにしても,企業性悪説は適切でないというスタンスで『人事労働法』(弘文堂)を執筆しました。コンプライアンスを軽視する企業が出てくるのは避けられないものの,違反に対しては厳重なペナルティを受けて,改善しない場合には市場から退場してもらわざるをえないと考えています。それは大企業であっても同じです。従業員への雇用責任もある以上,絶対にそういうことが起きてはならないのであり,経営者の責任はきわめて重いと言わざるをえません。
 しかも今日は,コンプライアンスというのは,単なる法令遵守だけではありません。企業には,倫理や社会的責任を意識した行動が求められています。また企業経営におけるESGの重要性が高まっているのは,いつも書いているとおりです。最近でも,エクソンやMUFGなどが「E(環境)」についてアクティビストから揺さぶられ,ファーストリテイリングは「S(社会)」についてフランス政府から問題とされていますが,三菱電機は「G(企業統治)」が問題となっているといえるかもしれません。
 日経の社説で書かれていたように,三菱電機の社外取締役には,有名な外務事務次官経験者(藪中三十二氏)が入っていました。立派な方かもしれませんが,こういう人が入っているからといって,その企業のガバナンスは信頼できるということにはならないでしょう。日本で立派な人というのは,組織人であることが多く,そういう人は,大企業という組織の論理に過度に理解を示しがちです(藪中氏がそうであるかは,わかりませんが)。今年の株主総会でもみられたように,取締役の人選というのが,今後,非常に重要な意味をもってくるかもしれません。組織の論理にそまらず,ほんとうにその企業が,法令遵守は当然として,社会的責任をはたせるようにするにはどうすべきかを提言できるような人かがポイントです。そのことが,その企業が私たちの社会に引き続き存在してもらってよいかどうかを判断するうえでの重要な判断材料となると思います。
 と書きながら,家のエアコンをふと見上げれば,「霧ヶ峰」と書かれていました。すっかり忘れていましたが。古くなっているので,買換えのときは別のメーカーにしようかなと思います。いまの製品に不満はないのですが……。企業イメージは大切なのです。

2021年7月 3日 (土)

藤井聡太九段誕生

 棋聖戦は,藤井聡太棋聖の3連勝での防衛となりました。渡辺明名人(三冠)にストレートで勝つというのは,なかなか予想しづらかったのですが,渡辺名人がちょっと藤井棋聖を苦手にしている感じもあるので(今日の結果で1勝8敗),ありえるかなとは思っていました。若手の代表格と思っていた渡辺三冠ですが,世代交代の波は着実に近づいているのかもしれません。名人は防衛しましたし,王将と棋王の防衛戦は冬で,しばらくタイトル戦はないので,じっくりと藤井対策を練り直すというところでしょうか。それにしても昨年,棋聖をとられて,すぐに挑戦者に勝ち上がってくるのはすごいことですが,そこで再び敗れたというのはショックが大きいかもしれませんね。
 今日の対局場所は,豪雨の沼津でしたので,心配していましたが,対局には影響はなかったようです。将棋の内容は,最終盤はAIの評価値では渡辺名人の優勢でしたが,藤井玉をとらえることができず,最後はただでとられる位置に飛車を逃げるという大技を藤井棋聖が出して,みごとに渡辺玉を討ち取りました。NHKの19時のニュースの途中で速報が入りましたね。
 これでタイトル3期ということになり史上最年少の九段誕生です(なお藤井九段と呼ぶことは,少なくともこれから20年くらいはないと思います。タイトルホルダーは段位では呼びませんので,藤井九段というと,藤井猛九段を呼ぶ状況が続くでしょう)。将棋は九段が最高位なので(昔はタイトルとしての十段というのがありましたが),段位としては18歳で頂点にたどりついたことになります(ちなみに師匠の杉本昌隆八段は,七段時代が長く,2年前に50歳でようやく八段になりました)。ここまでみると藤井二冠の前途は明るいようですが,現在三冠を目指して豊島将之竜王(二冠)と王位戦の防衛戦が始まり,さらに,もうすぐ始まる叡王戦では,今度は立場を変えて挑戦者として豊島叡王に挑戦します。藤井二冠は渡辺明名人には強いのですが,豊島竜王との対戦成績は逆でほとんど勝てていません。3日前に行われた王位戦の初戦も,みたことがないような完敗でした。それだけ豊島竜王が強かったのですが,王位戦は七番勝負,叡王戦は五番勝負で,この12番でどれだけ豊島竜王に藤井二冠の力が通用するかが注目です。また秋から始まる竜王戦でも二人が対戦する可能性は十分にあります。竜王戦は現在,決勝トーナメントで左の山では,昨年も旋風を引き起こした梶浦宏孝七段が今回も勝ち上がっていて,昨年,挑戦者決定戦への進出をかけて負かされた羽生善治九段と再戦となっています。梶浦七段の1年の成長を試すのには最高の相手です。その勝者は,挑戦者決定戦への進出をかけて永瀬拓矢王座と戦います。藤井二冠は右の山で初戦は山崎隆之八段との対戦が組まれています。

2021年7月 2日 (金)

ワクチン接種(1回目)

 大学での接種を申し込んでいたところ,思っていたよりも早く順番が回ってきました(基礎疾患の有無と年齢を考慮した順番だそうで,私も年齢が高くなってきたということでしょうね)。昨日,「1036分」に学内にある会場に来るようにという,日本的な細かい分単位での指示を受け,小雨のなか会場に行きました。ちょうど授業時間帯でしたが,オンデマンド講義なので,とくにその時間帯に特定の場所にいる必要はありませんでした。大学での接種は非常にスムーズでした。よく手順を考えられたのでしょうね。おまけに注射はまったく痛くありませんでした。昔,胃の検査をするときに打たれていた筋肉注射はとても痛かったのですが,今回のコロナワクチンは全然違っていました。副反応はというと,ちょっと筋肉が痛いかなという感じですが,日常生活には支障はなく,私のようなパソコン入力業務にも影響はありません。寝返りをうって左半身が下になったときに少し痛みを感じるかな,という程度です。ただ2回目の副反応のほうが重いということなので,まだ安心はできません。
 ということで,素直に1回目のワクチン接種を受けたのですが,このようにワクチン接種が進めば経済が回復するという楽観論もあるようです。でも,ほんとうにそうでしょうか。重症患者は減るのでしょうが,変異株に効くかはまだよくわからないようです。感染拡大が長引くと,次々と変異株が生まれるそうです。日本には何と言ってもオリンピックがあるので,そのときに,おそらく多くの変異株がもたらされることになるでしょう。水際で抑えられると思っている人はほとんどいないはずです。変異株が広がると,次々と新たなワクチンを接種していくということになるのかもしれませんが,うんざりですね。いずれにせよ,ワクチンだけで以前の状態に戻るということは,当分は考えられないのではないでしょうか。そろそろ飛行機に乗って海外旅行にでも行きたい気分ですが,早くて2年後かなと思っています(ということでパスポートは1年以上前から切れたままです)。

2021年7月 1日 (木)

Euro2020

  2018年のワールドカップでまさかの予選敗退をしていたイタリアは,再起をかけて,Manciniを監督に据えて,伝統的なcanetaccio(閂の意味)と呼ばれる堅固な守備のチームから,攻撃的なチームに生まれ変わり連勝しています。Euro2020では,グループAで,トルコ,スイスに快勝して決勝トーナメントへの進出を決め,最終戦のウェールズにも勝ちました。ベスト16の初戦はオーストリアに延長戦の末に21で勝ち,次はポルトガルに勝ったベルギーとの戦いです。フランス,ドイツ,オランダはすでに敗れていて,準決勝(ベスト8)は,イタリア,ベルギー以外は,イングランド,スイス,スペイン,チェコ,デンマーク,ウクライナです。
 ワールドカップより面白いと言われるEuroUEFA欧州選手権)ですが,この時期に観客を入れてやってよいのかということが気にはなります。欧州ではワクチン接種が進んでいるからかもしれないのですが,日本人のなかには,欧州ではきちんとやっているのだから,日本もオリンピックをやらないとか,観客を入れないとか,そういうことを言うと世界の笑いものになると言っている人もいました。でも日本は状況が違いますよね。それに欧州のサッカーは,ちょっと特別で,昨年はEuroは不開催でしたが,彼らからすると2年もやらないわけにはいかないのであって,それと同じようなノリで,日本でもオリンピックをと言われても困るのです。そう思っていたら,やっぱり「観戦者」のなかから「感染者」が出てきているみたいで,おそらく今後,激増するのではないでしょうか。欧州や外国がこうだから日本も,というようなことを安易にいう議論はやめましょう。
 日本のオリンピックでは,IOCのプレイブックなるものがあって,感染防止のためのルールを定めていますが,みんながほんとうに読んでくるのでしょうか。それに,日本人はルールを定めれば守ると思っていますが,そういう素直な遵法精神をもっている国民はむしろ珍しいです。ルールはあくまで参考で,自分の行動原理は自分で決めるという人が多いです。それでもルール違反に厳罰があれば別ですが,プレイブックには最後に「制裁」というのが書かれているものの,いまひちパンチがありません。それに,例えば違反行為があったとしても,現行犯ならともかく,そうでない限り事実関係の確認などをやっているうちに,時間が経過してしまいます。事実関係が確認されても,アスリートたちも人生がかかっていますから,徹底的にルールの適用の正当性を争うでしょう。よほどの明快なルールで例外を認めないような運用をしていないかぎり,おそらくペナルティを課すことができないまま,ずるずるといってしまうでしょう。そうしているうちに,感染者が広がっていくおそれがあるのです。こういうことは,かなり想定できるのですが,対処はきわめて難しいです。ルールというのは作ればそれで終わりということではなく,それをどう遵守させるかが重要で,制裁があるとしても,これを担当する「コロナ対策責任者」にどこまでのことができるのかが心配です。違反行為についての事実認定をし,かつ執行し,また異議申立への対処はどのようにするかというようなことまで,入念に詰めておかなければいけません。一番良いのは,物理的に自由に行動できないように監視して拘束することだと思いますが,そんなことはできないでしょう(行動管理のためにGPSの活用が期待されていますが,素直にみんながスマホにGPSで監視可能な設定をしてくれるでしょうか)。オリンピック参加の条件だといえば,できないこともないでしょうが,ルールの遵守にかかるコストは高いでしょうね。何か斬新なアイデアで,ルールを守らせることができればよいのですが……。

デジタル技術で交通事故をなくせ

 八街市の悲惨な事故は,あまりにも気の毒で言葉を失います。ただ,こうした大事故でなくても,交通事故で亡くなったり大けがをしたりする事例は後を絶ちません。警察庁の「交通事故統計月報」というのをみると,2021年の1月から5月までで死亡者は996人います。このうち歩行中の死亡者が345人です。1日に2人が歩行中に交通事故で亡くなっているのです。これを多いとみるかどうかはわかりませんが,私は多くは報道もされないまま,悲しみに沈む家族が毎日日本のどこかで増えているという状況を,もう少し深刻に受けとめるべきだ思っています。
 車というのは,簡単に人を殺せる危険なものであるという自覚を,ドライバーの人はもってもらう必要があります。私は自分が免許をもっていないから,そんなことを言うのだろうと思われては困るのですが。私も,自動車の利便性を否定はしません(私もタクシーやバスに乗りますから)が,自動車は人をひき殺す,排気ガスを出す,騒音を出すなど,明らかに迷惑なものでもあるのです。環境対策は進んでいくしょうが,人を殺せる機械という点は対策が難しいでしょう。自動車を製造する会社は,人為的な事故は運転する人の問題なのだから関係ないというのでは許されないと思います。デジタル技術をつかえば,飲酒運転などの怪しい運転はすぐに察知できます。自動車の運転については利便性よりも,安全性が重要というのは当然のことであり,メーカーは人為的な事故が起きないようにするためのテクノロジーの活用を徹底的に行うべきです。
 飲酒運転はあってはならないことではあるのですが,飲酒をすれば気が大きくなり,しらふのときにはきちんと判断できる人も,それができなくなります。だから車を運転してしまうのです。どんな人でも飲酒運転をすれば危ないことなどわかっています。でもその判断が鈍り,気が大きくなり,運転してしまうのです。多くの場合,飲酒をしても事故は起こさないので,油断してしまうのですが,一度ミスをすると,文字どおり取り返しのつかないことになるのです。運転手が悪いのは言うまでもないのですが,こういう恐ろしい道具を,飲酒している人も簡単に操縦できるということ自体が,そもそも問題なのです。刑罰をいくら強化しても,教育をいくらやってみても,その効果には限界があります。危険が察知されたら動かないようにするなど,設計の段階から安全性を盛り込んでしまうという発想が必要なのです。これも「セキュリティ・バイ・デザイン」の一つでしょう。
 今回の悲惨な事故を教訓にして,政府には,本気で事故をなくすことに向けて取り組んでもらいたいです。ところが首相は,この事故について「根絶に向けた徹底を行います」と言っているのですが,いつものように紙を見ながらでした。棒読み内閣には,多くのことは期待できないのですが,少しでも国民のことを思う気持ちがあるのなら,技術をつかって,知性と創意をもって(自分にはないでしょうから,人材を集めて),熱意をこめて,国民の人命を守るという取組に全力で打ち込んでもらいたいです。コロナ感染対策もおなじです。

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