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2021年6月 2日 (水)

大坂なおみ発言に思う

 テニスの大坂なおみの全仏オープンの棄権が大きな衝撃を与えています。きっかけは記者会見拒否でした。彼女にとって世界中に発信される記者会見という場は,とても精神的に苦痛であったようです。テニス一筋で頑張ってきて,全米で2度勝つなど,歴史に残るトッププレイヤーになっていても,人前で話すことは苦手だったのでしょう。
 主催者側は,記者会見することについて契約で義務づけていたのでしょう。もしそうならば違反について所定の違約金を支払わせるのは,当然なのかもしれません。法律家的にはそうなのですが,契約上の義務違反があっても,必ず違反の責任を追及しなければならないわけではありません。理由によっては,あえて違反の責任を追及しないこともあるのです。今回,主催者側は1万5000ドルの罰金を課したとされ,さらに4大大会の主催者が大坂選手に今後同種のことがあれば失格させるかもしれないと警告したそうです。ところが,大坂選手が精神的な不安ということを口にしたとたん,態度が豹変したようです。
 詳しい事情がわからないので,あくまでも想像です。また大坂選手は労働者ではないことは百も承知です。でも,少し労働法的考察をしてみましょう。契約違反があったとき,なぜそうした違反をしたのか,何か理由があったのかなど,処分をする前には,本人の弁明を聴取するのが,適切な手続というものです。私は,そもそも労働者か労働者でないかで問題を分ける議論に反対していて,このことは労働法学のなかではあまり評判はよくないのですが,個人で働いている人というのは,雇用関係にあろうがなかろうが,対企業との関係では,やはり弱い立場になりがちですし,いずれにせよ人格的な利益は守られなければならないと考えています。いくら私が一生かけても稼げないような額の賞金を23歳ですでに稼いでいたとしても,そのことは関係ありません。彼女の人格的な利益は,守られなければなりません。もちろん契約は契約なのですが,その履行にも信義誠実の原則というのが適用されるべきです。
 彼女が病気であると明かしたことが,「後出しだ」という批判もあるようですが,これだけの行動を起こしているときに,まずは話を聞いてあげるという配慮がなかったこと自体,主催者側は法的な責任はともかく,道義的な責任というのは問われるべきなのだと思います(また彼女は記者会見拒否をツイッターで予告もしていたようです。ツイッターは,どこかの国の元大統領も公式の重大な発言をツイッターでやっていたくらいですから,大坂も普通に公式の意見表明のつもりで書き込んでいたのかもしれません)。
 私は,主催者が,大坂の話を聞いてあげて,それでも今回は罰金だよ,でも今後の対策はとることを検討する,というような話し合いができていれば良かったのになあと思います。
 ちなみに記者会見はやりたくない,というのは,大人の目からすると困ったことだと思いますし,私ももう少し若いころは,同じように思っていたかもしれません。しかし,いまは,困ったなとは思うでしょうが,もう少し寛大になってきました。自分自身,やりたくないことは,できるだけやらずに生きてきたわけで,これ以上がんばると精神的にきついなと思うと,そこから逃避することもしてきました。逃避は他人に迷惑がかかることもあるのですが,自分が壊れればどうしようもないという生物的な生存本能が働いたのでしょう。人それぞれ何が精神的にきついかは違っているでしょう。きついことを乗り越えていくなかで,成長というものがあるというのもよくわかりますが,何が成長につながるような我慢かは,人によって違うのです。自分はこれを乗り越えてよかったと思うことがあるけれど,それを他人に押しつけても,同じような結果にはならないこともあるのです。だから,基本的には,みんないやなことはやらないようにしましょう。でもできるだけ他人には迷惑をかけないようにしましょう,という態度が望ましいのだと思います。これまで私自身,そういう逃避行為をする人に,迷惑をかけられたことも少なからずあります。私は,その行為は許したいと思いますが,できるだけその後はそういう人とは関わらないようにするという形で,今度はそういう人から私が逃避してきました。それは私の精神の安寧のためです。
 大坂さんが偉いのは,記者会見はやらないけれど,何かうまいやり方がないかと前向きな提案をしていることです。単なる逃避でないところが,人間の格が私なんかよりもはるかに上だなと思いました。

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