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2021年5月12日 (水)

経済教室登場

 ちょうど半年ぶりに日本経済新聞の経済教室に登場しました。ギグワークというテーマについて法的な観点から書いてもらえないかという依頼でした。ちょうど3年前にフリーランスの法政策のことを書いていたのですが,それと多少重なってもよいがギグワーク中心でという依頼でしたので,前に書いたような具体的な自営的な就労者への法整備についての提言はせずに,もう少し大きな観点から論じようと思いました。前半は労働者性と使用者性の話を中心にしたのですが,なにせ字数が限定されていますので,少しわかりにくい内容となったかもしれません。従来の労働者性や使用者性の議論では,いつまで経っても,裁判紛争が終わらないし,裁判紛争で決着がついて使用者性や労働者性が否定されたとしても,ギグワークを活用して事業活動をしている企業は,社会的責任を負うべきであり,政府も法制度設計をする際は,そうした社会的責任を果たせるようなシステム作りが必要だ(そうなると社会的というより法的責任になるともいえるのですが,それはこれまでの労働法的な意味での使用者としての責任とは異なるものと考えるべきです),というのが書きたかったことです。拙著『デジタル変革後の「労働」と「法」』(日本法令)では,労働者の自営化のほうに焦点をあてていて,その過程で起こるギグワークやクラウドワークについては,どちらかというと労働者に該当する場合は労働者,それ以外は新たな方法(記事で書いていた第三の立場)でやればよいということであったのですが,そこをもう少し踏み込んで,そもそも企業の社会的責任として,個人の自営的就労者の労働力の活用には,それなりの責任をもつべきで,ただそれについては労働法的な公法的な規制よりも,インセンティブをもっと活用して,企業を良き経営にするようにどうしたら誘導できるかということを考えるべきだ(この点は,拙著『人事労働法』と共通の問題意識)ということを主張しました。具体論としてギグワークにどのような法制度が必要かということを書いてもよかったのですが,その前提になるのは労働者性,使用者性の話なので,そこを論じることにしたので,いささか理念的な議論になってしまったかもしれません(このテーマでもう一人執筆者がいると聞いていたのですが,どういう方が書かれるかわからなかったので,絶対に重複しない内容にしたという意味もありました)。自営的就労者の保護として,どういうものが具体的に考えられるかは,拙著の『会社員が消える』(文春新書)145頁以下で比較的詳しく論じているので,関心のある方はそこも参照してください。
 経済教室では,これまで解雇,労働時間,派遣,非正社員,自営的就労者など旬のトピックでいろいろ書いてきました(今回が10回目ですね)。かなり尖ったことも書かせてもらい,有り難いことです。字数がきつく,読者が法律の素人ということが前提なので,その意味でも,よい訓練をさせてもらいました。ただ労力は半端なものではありません。いまは疲れを癒やすまもなく,今月締め切りの判例評釈が1本あるのに加えて,字数がたっぷりある依頼原稿が夏までに3つあり,がんばっています。加えて授業の動画の準備にも追われています。昨年から咳の発作もなく,ここまで順調に来ているのですが,コロナだけでなく,咳の原因が起こらないように,身体に気をつけて頑張りたいです(日経新聞の吉行和子さんの「私の履歴書」では,喘息の苦労のたいへんさがよく伝わってきます。よくそれを乗り越えられたなと思い,そのがんばりに頭が下がる思いです)。

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