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2021年4月17日 (土)

『人事労働法』を刊行しました。

 『人事労働法-いかにして法の理念を企業に浸透させるか』(弘文堂)が,昨日,刊行されました。教科書として書いたものですが,これはあくまで「私の」教科書であり,他の誰にも書けないであろう個性的な内容のものです。私自身の現時点の労働法の研究成果を凝縮したもので,労働法の全体を扱っているという点では教科書的ですが,理論体系書としての意味もあり,さらに就業規則を主役にしている点では,実践的な本でもあります。そもそも教科書にサブタイトルがついているところから変わっているのですが,それはこの本が一定の理論的・実践的な目的をもったものだからです。でも,なぜこれが教科書でもあるかというと,労働法というのは,そもそも「いかにして法の理念を企業に浸透させるか」を考えるべきであったのであり,こうしたサブタイトルをつけなければならなかったのは,それだけこれまでの労働法の教科書が,この点で不十分ではなかったのかという私なりの問題提起があるのです。
 本書では,大きなものから,小さなもので,いろいろな理論的な挑戦をしています。大きなものは,権利論から義務論へ,裁判規範から行為規範へ,強行規定から任意規定へ,といったものがあります。またこうした議論を展開するための道具概念として,「納得規範」,「誠実説明」,「標準就業規則」といった他の教科書には出てこないものが,本書では駆使されています。これらは,私の考えを展開するためには,どうしても必要だったのです。また,解釈論の大半が,「標準就業規則」におけるデフォルトをどう設定すべきか,ということに集中しているのは,本書の最大の特徴であり,本書のもつ実践的な面を示しています。つまり,本書は,企業が就業規則を作成・変更する際に,どのようにすべきかを明らかにすることこそ,今日の労働法の役割ではないのか,ということにこだわっているのです。サブタイトルには,このような気持ちも込められています。巻末に行動指針としてのフローチャートを付けてみたのも,そのためです。
 理論書としての面でいうと,いくつかの重要論点で,新説を展開しています。これまで発表していなかったものとしては,差別禁止規定の任意規定化,民法5362項の労働契約への非適用,安全就労の抗弁などがあります。年休についても義務論をベースにした再構成をしています。既発表のものですが,改めて展開したものとしては,労働時間規制に関するもの(とくに割増賃金の任意規定化),個別労働条件の非義務的団交事項化などがあります。また,立法論としても,労働者性の判断手続に関するものなどがあり,さらに第10章ではDX時代の労働法がどうあるべきかも論じています。もちろん,『最新重要判例200労働法(第6版)』で出てくる判例はほぼすべて網羅していることからもわかるように,企業人事においてアクチュアルに考慮しなければならない判例や主要な法的論点も,ほぼすべて採り上げています。
 こうしたことが300頁のなかに詰め込まれているので,読むほうは大変かもしれませんが,これまでの労働法の教科書に飽き足らないものを感じている人は,ぜひ手に取ってみてください。何か新しい発見があることは保証できます。
 そう売り込んでみたものの,編集担当者の清水千香さんには,「たぶん売れないだろうから,ゴメンなさい」と言ってあります。それでも,一人でも多くの人に本書を読んでもらいたいと,本書を世に出すべく努力してくださった清水さんには,感謝の言葉もありません。
 本書は,私が弘文堂で出した本のなかでは初めての電子書籍化もしています。これまで,DXやペーパーレスを推奨しているのに,出す本は紙媒体のものが多かったので,個人的には困ったことだと思っていました。今回は,せめて紙と電子の両方での刊行はしてほしいとお願いして,やっと聞き入れてもらいました。最新重要判例200労働法もデジタル化されれば,本書と連携できて使いやすくなると思っています。
 とにもかくにも,『人事労働法』を出せて良かったです。ただ,そのほんとうの意味は,労働法がなくなってしまう前に,労働法の理論的な教科書を書いて,自分の労働法研究者としての軌跡を残せたという安堵感です。私の真の研究領域は,もう何年も前から別の方向に移っています。弘文堂からも,すでに『AI時代の働き方と法―2035年の労働歩を考える』(2017年)を刊行しており,これはサブタイトルにもかかわらず,2035年には労働法はないであろうということを展望している本です。未開の研究領域に,どこまで踏み込めるか。チャレンジは続きます。

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