メディアと首相訪米
前に元木昌彦編著『現代の見えざる手』(人間の科学新社)を紹介しましたが,そこで出てくる19人の対談者の最後を飾ったのが内田樹氏でした。内田氏の書いたものは,いくつか読んだことがあり,学ぶところが多い方です。元木さんとの対談も良かったです。ここで,ぜひ採り上げておきたいところがあるので紹介します。
一つは,前にも書いた「同一労働同一賃金」のマスメディア報道への不満にもつながる一節です(283頁)。
内田 「……現実をクリアに可視化すること。それがメディアの本務なわけですが,今の日本のメディアはその責務を果たしていない。別に今起きていることについて『だから,こうしろ』と対案や運動方針を出せと言っているわけじゃない。『現実はこうですよ』と客観的に提示してほしいだけなんです。それが本来のメディアの仕事でしょう。でも,今の日本のメディアは現実を隠蔽して,政治広報的な『ファンタジー』を広めることを仕事だと思っている。そんなメディアは誰も信用しなくなる。こんなことを続けていれば,メディアは早晩,見限られてビジネスモデルとして崩壊します」
これは政治報道のことについて語られた部分ですが,「同一労働同一賃金」という政治的ファンタジーを,現実はこうですよと提示せずに,垂れ流している現在のマスメディアにもそのままあてはまります。最近,あるマスメディアで働く若いジャーナリストに,こういうファンタジー報道をしていてはダメだと,少し活を入れたことがあるのですが,実はほんとうの問題は上層部なのですよね。
もう一つ,今回の菅首相の訪米をみるときの視点も,内田氏は与えてくれています。安倍前首相のような,政治思想的にアメリカの統治原理を頭から否定する立場の人を,なぜアメリカが支持したかという点について,内田氏は,それは「アメリカの要求には全部『イエス』と言う」からなのだと言います。そして「アメリカにもっと国力があれば,これほど価値観の違う政権に対してはきっぱりと不快感や不支持を表明すると思うんですけれど,アメリカももう落ち目ですから,それができない。『溺れる者は藁をもすがる』です。アメリカは,どんどん国際求心力が落ちている。世界を見回しても,どんな政策についても『アメリカに全部賛成』と言ってくれるのは日本しかいない。そうなってくると,アメリカも日本は切れない」と言います(280-281頁)。
これは2016年12月の対談で,アメリカはトランプ政権時代のことなのですが,現在の菅政権の訪米をみるうえでも,参考になると思います。アメリカの統治原理も変わってきているかもしれないので,現時点で政治思想的な対立がどこまであるかはさておき,なんでも賛成してくれる日本がアメリカにとって使い勝手のよい国であることに変わりはないでしょう。このオンライン時代に,対面型で会談した最初の外国首脳であり,ジョーとヨシという名前で呼び合うようになった(SNSで私的な会話をかわす仲にでもなるのなら別ですが,英語ができそうにないヨシでは無理でしょう),というようなことを,NHKは今日のニュースで,さも大切なことのように報道していましたが,テレビ東京では,いったいどんな宿題をアメリカから与えられたのかをみろといっていて,私もそのことこそ重要だと思います。
国内の感染状況が深刻となるなか,アメリカにのこのこと出かけていって,アメリカの対中強硬政策に巻き込まれ,日本にいったいどのような得があったのでしょうか。まさか国民の多くが反対するオリンピックの成功をとりつけるため,ということではないでしょうね。
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