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2021年4月 1日 (木)

知的怠慢?

 産経新聞に登場したのは,昨年7月以来です。今日から,短時間有期雇用労働法のいわゆる「同一労働同一賃金」の規定が中小企業にも施行されるということもあり,それにちなんでということでしょうか,「知論考論」に,このテーマに関するインタビュー記事が掲載されました。もう一人は,経済学者の橘木俊詔先生でした。インタビュアの黒川さんはよく勉強されていて,1時間くらいの電話でのやりとりでしたが,話しやすかったですし,今回の記事も要領よくまとめてあると思いました。
 ところで,「同一労働一賃金」は,いまだに「同じ仕事をすれば,同じ賃金がもらえる」という紹介の仕方を,ほとんどのマスメディアがしており,今回の産経新聞の記事も解説のところでは,その趣旨のことが書かれていました。しかし,そもそも日本の雇用社会で,そんなことが実現できるはずがないという疑問を,マスメディアの人はもたないのでしょうかね。そうした疑問をもたずに,法改正で「同じ仕事をすれば,同じ賃金がもらえる」ことになったという紹介の仕方をし続けるのは,知的怠慢と言うべきでしょう。正社員とパートが同じ仕事なら同じ賃金なんてことは,日本ではそう簡単にできるはずがないのに,これは一体どういう話なのか,という疑問をもって,そこから真実を確かめようとするべきなのです。簡単に言葉に踊らされてはいけません。この問題については,条文をみればよいだけです。一般の方は条文を読むのは大変でしょうが,少なくともマスメディアでこの問題を専門的に報道しようとするのであれば,条文をみてもらうしかありません。そうすると,どこにも同一労働について,同一賃金を支払うなんて話は出てこないことに気づくでしょう。
 そもそも問題となる短時間有期雇用労働法8条は,賃金だけに関する規定ではありません。それに格差が不合理であってはならないとしているので,不合理でない格差は適法です。不合理かどうかの判断は,職務の内容,職務内容や配置の変更範囲(人材活用の範囲),その他の事情のうち,当該待遇の性質および当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して判断するとされており,職務の内容(これは責任の程度も含む概念です)が同一であるからといって,賃金やその他の労働条件が同一になるという規定ではまったくないのです。政府がつけた同一労働同一賃金というネーミングに振り回されて,「同じ仕事をすれば,同じ賃金がもらえる」という情報を垂れ流し続けることは,非常に問題であると思います。
 「同じ仕事をすれば,同じ賃金がもらえる」という原則に振り回され,何が同一労働か,何が同じ仕事か,ということが大切だという方向に議論を展開していく人もいるのですが,これは原理論をするのであればともかく,現行法の規定に則した議論としては的外れなものといえます。それに,現行法は,同一労働に従事していなくても,同じ賃金(手当)を支払うように求めることができるとする解釈が,最高裁でも認められているわけで,その意味でも,「同一労働同一賃金」ではないのです(手当の趣旨や性質から,正社員だけでなく,パートにも支払うべきものかを問題とするので,同一労働ということとは関係ないのです)。
 というようなことは,もう何年も書いてきていることですが,まったく理解が浸透していないのは,もちろん私の影響力のなさもあるのですが,ここまでくると,多くの専門家たちの意図的な沈黙(世間は誤解していてもいいという態度?)やマスメディアのレベルの低さ(政府のスローガン的な言葉に,あっさりひきずられてしまう)といったことも,ひょっとしたら原因なのではないかと思えてきます。
 「同一労働同一賃金」は,私は気づいているからいいですが,自分の専門とするところ以外で,私も,専門家やマスメディアの同様の知的怠慢によって,誤解してしまっていることがいっぱいあるような気もします。まずは自ら知的センスを磨き,常識的に考えておかしいと思えることには批判的な目をもって,きちんと確認をしていかなければならないということを,改めて強く感じました。

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