最高裁の5判決を振り返る
昨年(2020年)10月に,旧労働契約法20条をめぐる最高裁判決が5つ出ました。私はこの5判決について,三つの媒体で,自説を発表する機会を得ることができました。それぞれ狙いが異なる媒体で書きぶりも違っていますが,自分としては,十分に発信する機会をもたせてもらったことで,もうこの論点について書き残したことはないという気持ちです。同一労働同一賃金というと,東大の社研の水町勇一郎さんが大権威です。法学の議論は,法学以外の人にとってみれば,学説の対立にそれほど関心はなく,権威のある学説か,自分にプラスになることを主張する学説にしか関心をもたないのが常で,私など出番がなさそうなのですが,同一労働同一賃金については,意外にも何の権威もない私にも出番があるというところが,世の中の面白いところです。これは,若い研究者の励みになるのではないでしょうか。
まず昨年11月12日の日本経済新聞の朝刊の「経済教室」で,3000字程度ですが,論評を書きました。日本経済新聞は字数が限られていますし,読者が基本的には非法律家であるため,例えば「強行規定」といった専門用語は事実上使えないとか制約があるので,工夫が求められます。このテーマでは,昨年1度,水町さんとセットで書いていますが,今回は単独ということで,どういうことでそうなったのかわかりませんが,おまえの見解を書いてみろということなので,引き受けました。何と言っても,この媒体で書くと読む人が多いので,影響力は大きいです。今回書いたことは,結果だけみてモノを言ってはならない(一般的に,賞与や退職金について格差をつけてよいということではない),有為人材確保論は少なくとも否定されなかったことは確かである,しかし趣旨明確な手当の格差は不合理とされやすい,政策的には,この規定は副作用があり,とくにコロナ禍は処遇改善につながらないであろう,また今後は正社員,非正社員の格差よりも,デジタルデバイドが真の格差問題であるというメッセージを盛り込みました。非正社員の処遇の改善は,司法の手に頼るのではなく,当事者の交渉によるべきという点は,当たり前のメッセージでもあったのですが,これが編集者にはインパクトがあったようで,見出しになりました。
ついで日本法令から,経済学者の八代尚宏先生との組み合わせで,私には法学の見地から書いてもらいたいという依頼があり,判決の詳しい解説は弁護士の方が書かれているということで,字数にも多少余裕があったので,日本経済新聞で書いた内容を膨らませて,実務家の方向けに少し丁寧に書いてみました。これはビジネスガイドの別冊として書籍化されています。日本法令では,ビジネスガイドの「キーワードからみた労働法」のなかで,経済学者の見解として,八代尚宏先生のご見解を引用したことがあったからかもしれませんが,八代先生と一緒に掲載させていただくのは,これでたしか3度目ですね。弁護士の方の論考もあわせて,多角的に最高裁判決を分析するというのは企画として面白いですし,実務家の方に役だててもらえればと思います。
そして最後は,NBL1186号で「旧労働契約法20条をめぐる最高裁5判決の意義と課題」(https://www.shojihomu.co.jp/p006)を書かせてもらいました。普通の判例評釈はしばらく書いていません(昨年,久しぶりに,中央労働時報に労働委員会命令の評釈を書いたくらいです)が,これは判決を素材とした「論文」ということで,気合いが入りました。NBLでは,2018年の2判決(ハマキョウレックス事件と長澤運輸事件)に関しても,論文を書かせてもらう機会があり,今回また依頼があったことは非常に光栄でした。前の論文もふまえながら,今回の5判決の意義を書いていますが,とくに比較対象者論について,少し踏み込んで私の見解を書いています。また,部分的救済の可能性を最高裁は否定したのではないか,という思い切った評価も書いています。さらに注においてですが,5判決が,改正後の短時間有期雇用法8条の解釈に影響しないとする水町さんの「労働判例」誌での見解に疑問を提起しています。今後,5判決をめぐり,若手研究者のすぐれた判例評釈が次々と登場してくるでしょうが,権威のある見解にもどんどんチャレンジしていってもらいたいです。
旧労働契約法20条に私法上の効力を付与するのはおかしいという私の主張は,今回の5判決でも(とくにメトロコマース事件と大阪医科薬科大学事件では),最高裁は意識したのではないか,と思っています。牽強付会ととる人もいるかもしれませんが,最高裁がこの規範に強行性を付与することの理論的なおかしさや政策的な不適切さを十分に意識し,働き方改革というスローガンの下,これを是正するどころか,むしろ短時間有期雇用法8条でいっそう強化しようとする政治や社会の流れのなかでも,最高裁としてやるべき法解釈を苦労しながらも毅然と行って下した判決であるというのが,私の最終的な評価です。
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