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2020年7月17日 (金)

藤井聡太棋聖誕生とAI時代

 藤井聡太七段が棋聖のタイトルを奪取しましたね。「Abema様」のおかげで,渡辺明棋聖の投了シーンをしっかりみることができました。1711か月という記録もすごいのですが,将棋というものの本質が変わってきていることが,素人でもはっきりわかりました。
 先日の木村一基王位との王位戦第2局で,後手の藤井七段は最終盤の114手まで居玉(王様が動かないこと)でした。飛車で猛然と相手陣に切り込んでいきましたが,追い返され,逆に木村王位に反撃され,コンピュータソフトでも木村王位の評価値が85まで行き,こうなると通常はプロの対局では勝負がついているのですが,木村王位の攻撃をぎりぎりのところでかわし,ついに時間に追われた木村王位の1手の緩手をとがめて大逆転しました。大逆転というのは,ソフトの評価値をみているからで,それを知らなければ藤井七段が接戦を制したという感じでしょう。木村王位が大きなミスをしたわけではありません。見事なのが藤井七段の勝負術です。追い込まれても,決して崩れずに微差でついていく。評価値では大差となっていても,人間の指し手ですので,緩手はありえるのです。それをじっと待って諦めないことが逆転を生みます。
 昨日の相手の渡辺明棋聖は,藤井七段にとって最強の相手です。ミスはまず期待できません。第3局でも,十分に藤井対策を練って,隙なく勝ちきりました。第4局は,もし渡辺棋聖が勝てばタイとなり,流れが変わるところでした。まさに大一番でしたが,この将棋でも後手の藤井七段の玉は,序盤で4一に1手横に寄っただけで,最終盤までそこから動きませんでした。そして桂馬を使った攻めで切り込み,渡辺陣の飛車を封じ込めて,渡辺玉を左右からじわりと包囲して攻め落としました。渡辺棋聖にミスがあったとは思えません。それを上回る手を藤井七段は指したということです。
 渡辺棋聖は,藤井七段がデビューしたころ絶不調で,A級から陥落することもありました。冴えない将棋が続いていたのですが,AI時代に対応させるために,自分の将棋を組み替えたそうです。そこからずっと驚異の勝率を誇っています。藤井七段の勝ち数が多く,勝率が良いと言っても,対戦相手が渡辺棋聖とは違っています。渡辺棋聖くらいのトップ棋士となると対戦相手も強くなるので,そうは勝てないものです。それでも勝ち続けました。順位戦はB1組を無敗で抜けてA級に復帰し,A級も無敗で勝ち抜いて,現在,名人に挑戦中です。しかし,この渡辺棋聖ですら,AI時代の申し子の藤井七段には勝てませんでした。第3局でなんとか一矢報いるのが精一杯でした。
 将棋を最初に習うとき,しっかり王様を守り,それから攻めましょうと教わります。プロの対局でも,序盤は駒組みをするということで,矢倉にしたり,美濃囲いにしたり,まずは王様を守るのです。でも藤井将棋ではそういうことはありません。AIは,どうも序盤から攻めを常に考えるという思考をもっていて,攻撃は最大の防御という戦略をとります。序盤・中盤・終盤という概念もなくなっていくのかもしれません。藤井将棋もそういう感覚です。
 AIによって新たな戦略が人間にもたらされ,それを体得できた渡辺棋聖が復活し,そしてAIネイティブといえる藤井七段がその上を行くことになったような気がします。昨日の日経新聞の夕刊で谷川浩司九段が,ソフトを取り入れて研究を始めたと書かれていました。アナログ時代の攻め将棋の頂点に立った谷川九段ですが,このデジタル時代の将棋のなかでは苦戦しています。デジタル世代の若手に勝てなくなってきています。
 高度な頭脳ゲームである藤井七段が若くしてタイトルをとり,さらに王位のタイトルもとって二冠となる可能性も出てきて,まさに棋界の頂点に近づいていることは,私たちの社会の大きな変化を示すものともいえます。AIを取り入れることにより早熟の天才が出てきやすい時代となったのです。これは将棋だけでなく,社会のあらゆる分野で起こることになるでしょう。

 教育改革が喫緊の課題です。中学生でプロになった藤井聡太棋聖(もう七段と呼びません)のように,中学生で起業する子供達が出てくるかもしれません。学校教育は,その内容もデジタル変革が必要です。彼ら・彼女らが起業して社会で活躍できるための情報をきちんと与えることが,教育として絶対に必要です。これは,私が職業基礎教育と呼んでいるものです。オンライン学習がどうだとか言っている場合ではありません。教育のやり方も内容も,根本的にデジタル変革をしなければ,大変なことになります。

 先日,自宅からオンライン講演をする機会がありました。テーマは未来の労働政策ですが,最後に話したのは教育でした。「教育改革が必要」。これが,ここ数年の講演での締めのキーワードです。昨年刊行した『会社員が消える』(文春新書)も,最後に書いたのは学習と教育のことであり,このたび刊行した『デジタル変革後の「労働」と「法」』(日本法令)の最後に扱ったのは「教育」です。文部科学省の評判はいろいろありますが,他省庁がかけ声だけでデジタル化なんてできそうにない状況のなかで,文部科学省にはぜひデジタル化を先導して,存在感をアピールしてもらいたいものです。

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