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2020年7月 2日 (木)

将棋界のトランスフォーメーション?

 藤井聡太という天才が現れて将棋界が変わりつつあるというのは,多くの人が書いていることです。強い棋士が現れて,タイトルをたくさん取っていくということは,これまでもそれほど多くはないですが,あるにはあったことです。羽生九段の七冠は異次元ですが,谷川九段も四冠をもっていたことがありますし,現在の渡辺明九段も三冠です。こういう天才棋士がこれまでも現れてはいたのですが,藤井七段は,羽生九段と違う意味で異次元なのです。羽生九段は独特の勝負術で局面を混沌とさせて逆転というようなことがよくあったのですが,いまの藤井七段はそういう感じではありません。6月以降,棋聖戦と王位戦のタイトル挑戦者決定戦で永瀬二冠(彼も強い)と対局した将棋や棋聖戦のタイトル戦で渡辺棋聖に2連勝した将棋や今日の木村王位との初戦は,勝負というよりも,究極の最善手を追い求めて神と闘っている感じです。今日も藤井七段の眼中には(おそらく)木村王位はなく,ただひたすら盤面に集中し,そして相手を攻め倒してしまいました。

 AbemaTVでは,1手ごとに評価値が出てAIの判断する候補手が良い手から順番に並べられます。序盤は作戦がいろいろあるのであまり評価値は関係ないのですが,中盤以降はAIの候補手はほぼ正解手を示しています。そして,藤井七段はほとんどAIが選ぶ手を指していきます。終盤戦になると評価値は90%を超えて,これだけみると勝ちは確実といえそうなのですが,この評価値は,AIが最善手を指し続けることが前提の評価で,2番手や3番手の手を指すと,たちまち評価値が大きく下がって逆転することもあります。しかし藤井七段はそこで間違った手を指さないのです。AIが最速最善の手で勝つのと同じような勝ち方を藤井七段はするのです。これでは人間は彼に勝てないでしょう。

 棋聖戦の第二局では,もっと衝撃的なことがありました。藤井七段が指した「3一銀」という手は,AI3番手でしか候補にあげていなかった手でした。受け一方の手で,AIはあまり好まない手だったのでしょう。しかし,Yahooニュースでみたのですが,これがAIのソフトで時間をかけて読ませると,実は最善手であることが発見されたというのです。藤井七段が23分で指した「3一銀」は,実はAIに6億手読ませたところで,突然,最善手として浮上した手だったそうです(https://news.yahoo.co.jp/byline/matsumotohirofumi/20200629-00185551/)。

 AIも手を読んでいるわけで,最善手が変わっていくこともあります。そこでようやくたどり着いた最善手に,藤井七段はあっという間に到達したのです。そんなのはまぐれだろうとは言わせない強さがあります。結局,この手のあと,渡辺棋聖は押し切られて良いところなく完敗しました。

 棋聖戦の初戦もすごかったです。最終盤で渡辺棋聖の超手数のきわどい連続王手を振り切り,最後は相手の王手に対して逆王手で返す快心の勝利でした。王手を振り切るというのは,ちょっとした読みのミスがあれば,すぐに負けになるというスリリングな綱渡りのようなものなのですが,おそらく藤井七段は,確実にそこを行けば大丈夫という細い細い道がきちんと見えていたということです。
 将棋は逆転のゲームです。羽生九段は,将棋はミスにつきもので,最後にミスをしたら負けると言っています。そこにドラマがあります。でも藤井七段は,おそらくミスをしないのです。ドラマはありません。聴衆の楽しみ方は,藤井七段とAIの知恵比べに変わりつつあります。
 将棋の言葉に「ふるえる」というものがあります。どうしても勇気をもてずに踏み込めないような状況です。将棋は勝つためには,いろんな駒を捨てていかなければなりません。それにより,相手の持ち駒が増えていくので,相手の戦力が増強されていきます。だから,普通は怖いので,できるだけ駒を捨てずに,確実に勝とうと考えたくなります。あるいは自分の陣を守ろうと考えてしまいます。しかし最後は相手の王様を詰まさなければ勝てないので,いつかは攻めなければならないのです。1瞬の隙をついて,もう一歩もひけないという状態で攻めかかるというのは,怖さをしらないAIならできますが,人間には難しいのです。そういう勇敢な将棋を指して一世を風靡したのが谷川九段で「高速の寄せ」と呼ばれ,私もそれに魅了されてきした(日経新聞の夕刊で書かれるみたいですね)。しかし,いまの藤井七段はそれを上回っているかもしれません。
 木村王位には申し訳ないですが,なんとか1勝できるかどうかという戦いになりそうです。ただ昨年も当時の豊島将之王位に挑戦したとき,木村4連敗を予想していたのに,予想が外れてタイトルをフルセットの末に取っているので,なんともいえませんが。
 頭を抱えているのは渡辺三冠でしょう。渡辺三冠は5月までは間違えなく現時点で最強棋士でした。渡辺三冠がどうしても欲しいのが名人のタイトルです。現在のタイトルの格は竜王のほうが上ですが,歴史的にも,また棋士としての名誉という点でも名人のタイトルは別格です。そして名人5期をとって永世名人になって,はじめて将棋の歴史に名を刻むことができるのです(現役では,17世名人谷川⇒18世名人森内⇒19世名人羽生と来ています。次の永世名人が第20世です)。現在,豊島竜王・名人との名人戦が始まり,初戦に勝っていよいよかというところでしたが,藤井七段との棋聖戦が併行して連敗し,そして名人戦はその後,豊島名人に2連敗という状況です。藤井七段に最年少タイトルホルダーをとられたくないので棋聖戦に全力投球したいけれど,悲願の名人も取りたい。渡辺三冠の力ならできないこともないのですが,それがちょっと難しくなってきています。
 ここで藤井七段があっさり二冠をとると,豊島・藤井2強時代となるかもしれません。そして,もし竜王戦で藤井七段が勝ち進んで(決勝トーナメントに進出が決まっていています),豊島竜王・名人から竜王をとるようなことにでもなれば,今後,何十年も君臨するかもしれない1強の王者が誕生することになる可能性もあります(藤井七段が名人をとるためには,あと3年はかかります)。

 コロナ後の社会の大変革が予想されるのですが,将棋界はひょっとするとAI並の強さをもつ一人の若者の登場によって,大きな変革が起こるかもしれません。まずは棋聖戦の第3局(79日)が注目です。渡辺明三冠としては,今後の棋士人生をかけて,時代の流れを少しでも止めるためにも,これから3連勝で逆転防衛をしなければなりません。

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