« 最新重要判例200労働法(第6版)の刊行 | トップページ | 秋入学に賛成 »

2020年5月 1日 (金)

いいなづけ(再掲)

 7年以上前の2013年1月18日にアップしたブログです。感染症というと,あのペストをテーマにしたマンゾーニの「いいなづけ」を思い出しました。探してみると,ウェブ・アーカイブに残っていたので(https://web.archive.org/web/20130301095144/http://souchi.cocolog-nifty.com/blog/cat21598620/index.html ),下に再掲しました(再掲にあたり最小限の訂正を入れています。訂正部分は[ ]にしています)。あまり内容のない紹介で,たんにベタ褒めしているだけで恥ずかしいですが,皆さんが読むためのイントロになればと思います。ただしネタバレありなので,まず読んでもらったほうがよいかもしれません。


ずいぶん長い時間をかけて読みました。速読せず,じっくり味わって読んでいました。たまたま先週体調を崩したので,まとめて読むことができて,なんとか最後まで行きました。イタリア人なら誰でも知っているManzoni の「I promessi sposi」(河出文庫)です。平川祐弘氏の訳も素晴らしいです。イタリア語を普通の日本語に訳すのは難しいのですが,この訳は日本語としても名訳であり,びっくりしました。タイトルもいいです。「婚約者」では,ちょっと感じが違います。「いいなづけ」というのは,親に押しつけられたというニュアンスもあるのかな,とも思いますが,とにかく結婚を約束されていた二人,というような意味でしょうから,その[ニュアンス]は「いいなづけ」のほうが,「婚約者」より出ていると思います。
 ミラノに[住んで]いた者として,今まで,ずっと読みたいと思っていたのですが,やっと読めて良かったです。素晴らしい本です。何が素晴らしいか。それは,ぜひ実際に手[に]とって読んで欲しいのですが,見所はいろいろあります。人間描写のすばらしさ,人生の不条理と人間性の奥深さなどを存分に味わわせてくれます。神を信じない私も,神様っていいな,神父様っていいなと思わされてしまいます。ペストの悲惨さも,ここまで克明に描かれると,まるで体験したかのような気分になります。スペインに支配されていた時代のミラノのことも知ることができます。歴史[の]記録としても意味がある本でしょう。主役が誰かわからないところも,かえって読みやすくなっています。登場人物の誰とも距離を置いて,人間というものの本質を描いているこの本は,間違いなく世界の最高傑作の一つでしょう。
 簡単に筋を[紹介する]と,ある貧しい若い夫婦が結婚を約束していて,司祭に結婚の儀式をしてもらう[はず]が,妻になるはずのルチーアを気に入った悪徳領主が,司祭に対して結婚式を延期せよと圧力をかけて,司祭がそれに従ってしまうところから話が始まります。二人は司祭に不意打ちをして,本人の前で結婚の誓いの言葉を述べてしまおうとするのですが,それが失敗に終わり,村からの逃避行が始まります。ルチーアと母のアニーゼが逃げ込んだ修道院のシニョーラの裏切りでルチーアは,領主からルチーア略奪を命じられた極悪非道の者(インノミナート)の城に連れて行かれるのです。しかし,あわやのところで,なんとその極悪人が改心するのです。しかし,ルチーアは,そのことを知らず,マリアに願をかけてしまいます。それは,一生,処女でいるので,救ってほしいという願です。彼を捨てるという覚悟をしたのです。その間,彼レンツォは,ミラノに行って,思わぬ暴動に巻き込まれて大変な犯罪者となってしまいます。不幸が次々と起こる二人に,神は幸せを与えるのでしょうか。
 読んでいると,この司祭には,怒りを感じます。領主の舎弟のやくざの脅しに負けてしまったことが若い二人の不幸の始ま[り]なのですが,司祭本人は不幸な出来事に巻き込まれた被害者意識ばかりあります。司祭は,後からこの顛末を知った枢機卿から叱責もされます。でも,ここがとてもイタリア的で,こんな俗物の司祭もいるなと,思わず共感[ ]てしまうのです。司祭だって人間で,保身が大切だからねと,にやっとしていしまいます。イタリア映画には,カトリックの司祭たちの俗物性を揶揄するシーンがよくありますが,これは,この本の影響かもしれませんね。
 一方,大変な人格者のクリストーフォロ神父。こんな人がいたら,どんなに救われるであろうと思わ[せ]る聖人です。ルチーアを,マリアへの願から解放したのも彼です。でも,こんな人は普通はいないだろうなとも思います。ただ,この人には殺人を犯したという過去があるのです。そこから悔い改めたというところが,いいところです。読者は共感を覚えるでしょう。
 レンツォは,普通の身分の低い若者です。教養もありません。酒を飲み過ぎて大失敗もします。でも,ルチーアへの愛やアニーゼへの思いは純粋で,実に愛すべき青年なのです。彼が,自分を不幸に追い込んだ領主がペストにかかって瀕死となったときに,復讐の言葉を発したとき,クリストーフォロ神父に叱られるのですが,でも,レンツォの気持ちはみんなよくわかります。自分の婚約者を理不尽に領主が横取りしようとしたのですから。
 ルチーアは,自分が何もしていないのに,次々と自分に不幸が起こるなか,ただひたすら神を信じるのです。今の時代はともかく,少し前までの女性の受け身的な行き方を象徴しているように思います。自分の運命は,周りの人によって,次々と翻弄されます。自分の出来ることは,ひたすら祈ることだけ。そんなルチーアに,誰もが同情を感じるでしょう。でも,彼女は最後には幸せになるのです。
 余計なことを書きましたが,この長編傑作は,一読に値します。イタリア好きであろう[が]なかろうが,関係ありません。繰り返しですが,この素晴らしい邦訳に出会えたことは,ほんとうに喜ばしいことだと思います。平川先生は,まだご健在でいらっしゃるのでしょうか。 ☆☆☆☆☆

« 最新重要判例200労働法(第6版)の刊行 | トップページ | 秋入学に賛成 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事