不適切動画投稿問題について思う
アルバイトの不適切な動画投稿が話題です。会社が訴訟の提起も検討しているというニュースがネットで流れていました。食べ物をぞんざいに扱う見るに堪えない動画ですし,アルバイトたちの味方になるつもりは全くありませんが,だからといって会社がアルバイトに対して,民事訴訟で賠償請求することについては,「ちょっと待った」と言いたいところです。
まず法的にみた場合,そもそも損害の立証が難しいこともありますが,労働法では,判例によって,会社から労働者への損害賠償責任を制限する法理があり,かりに損害が立証できたとしても大幅に減額されます。もちろん労働者に故意や重過失がある場合には,この法理は適用されないのが原則といえるのですが,他方で,会社の指揮監督下で働いている以上,そこで労働者が何かやらかしても,責任は会社にあるので,損害賠償請求などできないのではないかという考え方もあるところです(関連判例やその解説については,拙著『最新重要判例200労働法(第5版)』(2018年,弘文堂)の第12事件(茨石事件)に簡単にまとめています)。
騒動の現場での詳しい就労状況はよくわかりませんが,仕事中にこんな悪ふざけができたり,それを動画でとったりすることができるような職場ってどうなっているんだ,というのが消費者の最初に抱く感想ではないでしょうか。アルバイトの人たちに怒りを感じるよりも,むしろ,そんなアルバイトの働き方を許してしまった会社のほうに怒りを感じるのではないでしょうか。そもそも,この動画って,会社の不祥事の内部告発的な意味もあるのではないかと思います(動機は公益目的ではなさそうなので,告発者自体を賞賛することはしませんが)。
私は,常日頃,日本では,生活者(消費者)の論理が重視されすぎて,労働者の論理が軽視されることに問題があると言っているのです(たとえば拙著『雇用はなぜ壊れたのか』(ちくま新書)231頁以下も参照)が,これは会社が生活者に寄り添い過ぎて,労働者にしわ寄せが行っているという話です。しかし,今回の騒動の当事会社は,生活者に寄り添っているように思えません。労働者にも生活者にも寄り添っていないとなると,救いようがなくなります。
会社が,アルバイト学生に民事訴訟を起こすのは勝手ですが,そんなことをしても,おそらく腕利きの労働弁護士が,ありとあらゆる知恵を働かせて,損害賠償責任制限の法理を主張してくるでしょう。とくに,会社が未熟な労働者を安い賃金で活用しながら,十分に管理してない状況で働かせていたなんていう事情がもしあれば,会社はほとんど損害賠償がとれない可能性があります(労働法上の損害賠償責任制限の法理を使うまでもなく,過失相殺などの一般の民法の法理も使えるかもしれません)。
むしろ会社がやるべきことは,どうしたらこういうことが起こらないようにするかです。それに会社が労働者から損害賠償をとれてしまうと,会社には職場改善のインセンティブが出てこないことになり,そのほうがより大きな問題ともいえます。社員教育,労働者が誇りをもって働けるような職場の実現,そして適度のモニタリング(AIの活用余地もあります)など,こういうことに取り組むことこそ,会社が訴訟を起こす前にやることでしょう。
余計なことかもしれませんが,社員への管理として,不祥事をすれば違約金をとるといった事前予防策を講じることは,労働基準法16条に違反する可能性があるので注意をしましょう。
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