2022年7月 4日 (月)

KDDIの通信障害

 IoT社会の恐さを感じましたね。スマホは,携帯電話としてはほとんど使っていませんが,いちおうKDDI系の格安の登録をしていて,これをメインとしているので,親族からの緊急連絡などで,つながらなければどうしようという恐怖を感じました。短時間で復旧するのかと思っていたら,全然そういうことではなく,私のスマホに携帯電話のアンテナが立ったのは,今日の夕方近い時間帯でした。自宅にいると複数の通信手段があるので,それほど心配はないのですが,外出時にこういうトラブルがあると困ります。通信手段を複数もって行動することの重要性を改めて感じました(最近はスマホで支払はすべて済ませることができるので財布を持ち歩かないことも多いのですが,公衆電話を使えるように小銭をもっておくことも大切ですね)。
 今回のことで一番困ったのは,KDDIの回線が使えないというニュースがあったとき,それによって何ができなくなるのかがわからなかったことです。例えば,近所のコンビニに行って,スマホで支払うことが可能であるのか,電車に乗るときにスマホのタッチ(私はSuicaを使っていますが)で大丈夫なのか,という情報は入ってきていませんでした。今回は外出していないので別に問題はありませんでしたが,こういうことについて迅速に情報を提供して欲しいですね。情報があれば,トラブルを回避する方法もあるので。
 こうした大きなトラブルが起こることを完全に避けることは難しいのかもしれません。もちろん,KDDIをはじめ通信会社は真剣に事故防止に努めてもらいたいですが,それと同時に,こうしたトラブルが起きたときのために,私たちはどのような予防策をとっておくべきなのかについてレクチャーしてもらいたいです。

2022年7月 3日 (日)

モルヒネ誤投与事件に思う

 ネットニュースでみましたが,必要量の100倍のモルヒネを投与されて90歳代の患者が死亡した事件で,処方した医師と調剤薬局の薬剤師が書類送検されたそうです。医師のミスですが,薬剤師もそれを見逃したようで,ひどい話です。薬剤師が処方箋の内容について,発行した医師に問い合わせることを「疑義照会」というそうですが,それが機能していなかったのでしょう。その背景には,医師と薬剤師の力関係があるのかもしれません。疑義照会されると不機嫌になる医師がいるという噂もあります。もしほんとうに疑義照会をしにくい状況がもしあるのだとすると,それは患者軽視も甚だしいことです。なお,薬剤師法24条には,「薬剤師は,処方せん中に疑わしい点があるときは,その処方せんを交付した医師,歯科医師又は獣医師に問い合わせて,その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによつて調剤してはならない」とされ,違反には50万円以下の罰金という刑罰がついています(326号)。ただ,今回の薬剤師の書類送検は,この罪ではなく,業務上過失致死罪(刑法211条)の容疑ということのようです。
 ところで,医師も人間であるからミスもあるでしょう。それをチェックするのが薬剤師であり,そこできちんと対応できないのであれば,ロボット調剤と同じであり,むしろそれに任せたほうがよいといえます。こういうチェックも今後はAIに任せたほうが安心であるともいえるのであり,処方箋を機械的に処理するだけであれば,薬剤師不要論も出てくることになるでしょう。これは「AIが仕事を奪う」の典型的なテーマであり,人間の調剤ミスの割合を考えると機械化を進めたほうがよいという議論もあるのです。今回のような重大なミスがあり,また疑義照会という法律上の義務でさえ機能しにくい状況が解消できそうにないのなら,本気で機械化を考えていくべきでしょう。薬剤師の人たちは,これは一部の人の問題で,大多数の薬剤師はきちんと対応していると言いたいでしょうが,こうしたありえないミスで人が亡くなっていることの重みを認識してもらう必要があります。国民が納得できるような改善策をしっかり提示できなければ,その職業上の権威に大きく傷がつくことになるでしょう。
 もちろん医師側にも問題がないとはいえないでしょう。私は宇沢弘文の『社会的共通資本』(岩波新書)の考え方に深く賛同しており(前にも採り上げたことがありました),宇沢は医療制度を社会的共通資本の典型の一つに挙げ,医療制度を市場メカニズムに乗せることを批判し,医師が医学的見地から最も望ましいと判断した診療行為をおこなったときは,そのときに必要となる費用が医療機関の収入となるべきであると主張しています。医師の報酬は,それにふさわしい高いものが保障されるべきであるという主張も含まれているのですが,その前提には,医師がどのような医療が必要かについて,その専門性と職業的倫理に基づき明確に提示することが大前提となっています。医学教育は,専門性だけでなく,職業的倫理の習得もさせなければならず(やってくれているとは思いますが),そうしたプロが必要と考えるものは,社会できちんと負担すべきということになるのです。それが国民にとってきわめて重要な医療サービスの提供体制を整備するための基本的な枠組みということです。私は,この考え方は正しいと考えますが,現実の医師にどこまでの倫理性があるのかが気になります。大多数の医師は職業倫理をもって誠実に仕事をしていると思います。しかし,例外もいるのであり,その例外的な医師に患者としてぶちあたらないようにするために,どうすればよいか。それは医師側から,自分たちの職業的権威とプライドをかけて対応をしてもらえたらと思います。上記の薬剤師と同じことです。
 ミスがあったあとの対応が重要です。医療事故はよくあることで仕方がないということで済まさず,誰一人もミスで亡くなることがないように努力してもらいたいです。今回の事故は重大なインシデントとみて,厚生労働省も医師会もしっかり対策を講ずるよう望みたいと思います。

2022年7月 2日 (土)

「育業」への違和感

 東京都が,育児休業の愛称(略称?)を,「育休」から「育業」にするそうです。小池百合子知事お得意のパフォーマンスという感じで,賛否両論があるようです。
 そもそも「育児休業」を「休む」ととらえているのは,これを「育児休暇」と間違って呼んでいる人が多いからではないかという気もします。法律上は,「休暇」ではなく,「休業」なのです。たしかに休業も「休む」ことではあるのですが,休業には,会社の都合による休業というものも含まれる概念(労働基準法26条を参照)で,年次有給休暇とは違うのです。実は,育休は,「休業」であるという本来の名称を徹底するだけでも,社会の意識は少し変わるのではないかと思っています。
 ちょうど10月から育児介護休業法が改正されて,男性の育児休業のいっそうの促進が図られるタイミングでもあります。何か仕掛けたいということかもしれませんが,どうせなら,言葉よりも行動であり,幹部職員がみんな率先して育休をとればどうでしょうか(最近では年の差婚もあるので可能性がないわけではありません。育児をしていない人は,年休を完全取得するのでもいいでしょう)。そうすると雰囲気が変わって,若い人も育休を取得しやすくなります。もっとやるなら,子どもが生まれたら,必ず夫婦やカップルはともに育休を取得することを義務づけてしまう方法もありえます(前にも,このようなことを書いたことがあります)。
 ただ,「育業」への根本的な違和感は,実はそういうことではないのです。育児を「業」務とすることに違和感があるのです。小池知事は,業には,仕事という意味だけでなく,「努力して成し遂げる」という意味があると言いますが,普通の人にとっての語感はやはり「仕事」でしょう。「育業」と言われると,なんだか仕事としてやることという感じがしてしまうのは,私だけでしょうか。育児というのは,人間にとっての基本的な営みです。ある意味で本能的なことです。どうしたら,もっと本能に回帰できる状況をつくれるかも,どうせなら考えてもらいたいです。ワーク・ライフ・バランスというのは,最近,あまり強調されなくなった気がしますが,それだけ浸透してきたのかもしれません。ワーク・ライフ・バランスの精神は,ワーク偏重の生き方を変えて,ライフにもっと目を向けることです。ライフは,生活だけでなく,生命という意味もありますし,人生という意味もあります。人間という「生物」として,「生命」に関わる場としての家族のことを考え,「生活」を充実させていくことが「人生」の価値であるとすれば,育児や介護が中心に据えられるのは当然のことです。仕事は,そうした人生の中の一部にすぎないのです。現実は,なかなかそうはいかないのかもしれませんが,「育業」は,ワーク・ライフ・バランスとは逆の,ライフもまたワークの論理に組み込んでしまおうという感じに思えて,昭和的なものだなと思いました。育児は大変なことであり,そのことにかんがみて,仕事と同格にしようとする発想はわからないではありませんが,それもやはり昭和的なのです。そもそもキャチフレーズ的な言葉で,こういうことをやるのには限界があるということでしょう。ほおっておいても,育児や介護のために休んだり,少なくともテレワークもとれないような職場には優秀な人材は集まってこないでしょう。育休は「育休」のままでよいです。

2022年7月 1日 (金)

王位戦始まる

 藤井聡太王位(五冠)に豊島将之九段が挑戦する王位戦が始まりました。第1局は,豊島九段が攻め倒しての快勝で,藤井王位には珍しい完敗でした。時間も十分に残していたことからすると,豊島九段の研究成果が出たといえそうです。AIはみんなが活用できるようになっているのですが,それをきちんと使いこなして重要な棋戦での勝利につなげるのは大変でしょう。初戦の勝ちっぷりをみると,藤井王位がデビュー当時にまったく勝てなかった強い豊島九段が復活して,再び藤井王位の壁になるのではないかという期待も出てきても不思議ではありません。ただ,豊島九段は,今期の残された棋戦のうち竜王戦はすでに敗退しているので,まさにこの王位戦で藤井五冠に勝負したいところです。豊島九段は,王座戦でもベスト4に残っていて,永瀬拓矢王座への挑戦を狙っています。
 将棋界のビッグニュースとして,里見香奈女流四冠が,プロ棋士の編入試験を受けることを,ついに表明しました。女性初のプロ棋士が誕生するかは大注目です。対戦相手となる棋士はまだ発表されていないと思いますが,緊張するでしょうね。里見さんの最近の充実度からすると,5局のうち3局勝つというハードルはそれほど高いとはいえず,棋士になれる可能性は5割くらいはあるのではないでしょうか。里見さんは,女流の棋戦とはいえ,タイトル戦を何度も戦っていて勝負度胸は満点でしょう。
 将棋の男女格差は,女流棋士の急増にともない,将棋人口の違いだけから説明するのは難しくなっているかもしれません。男女に本質的な実力差はあるのか。もし里見さんが道を開けば,そのあとどんどん女性のプロ棋士(女流棋士ではありません)が誕生するかもしれません。それにより,男女の実力差は,ほんとうはなかったんだということが証明できればいいですね。

2022年6月30日 (木)

SMBC日興證券相場操縦事件

 岸田政権は,「貯蓄から投資へ」と言い,個人の株式市場への参加を促してきているのですが,その一方で,金融所得への課税を強化しようとしたこともあり,ちぐはぐな感じがします。
 SMBC日興證券で問題となった「ブロックオファー取引」は,証券会社が,取引市場外で,大量の株式を購入し(持ち合い解消などの目的で大量に売りに出されることがある),それを市場価格より安価に相対で取引時間外に個人投資家に売却し,その差額を証券会社が利益として得るという取引だそうです。株が大量に出回ると市場価格が低下してしまい,ブロックオファーが成立しない可能性があるので,証券会社が株式を購入して相場を支えることがあり,それが今回の相場操縦という金商法上の犯罪(159条,197条1項5号など)に該当するのではないか,ということが問題となりました(日本経済新聞2021113日の記事「市場の公正揺るがす SMBC日興社員,相場操縦疑い 時間外取引,不成立恐れ買い支えか」も参考にしました)。
 相場の安定という名目で,相場が人為的に操縦されているということになれば,個人はそういう市場に参加することに,とても臆病になるでしょう。個人がなけなしのお金を少しでも殖やしたいと思うとき,リスクはできるだけ取りたくありません。証券投資はただでさえリスクがあるのに,その取引市場において透明感がないとなれば,「貯蓄から投資へ」はうまくいかないでしょう。
 今回,逮捕されている社員には外資系の会社からきた人たちもいたそうで,その高いスキルで会社に大きな利益をもたらしていたそうです。そのことが会社による違法性のチェックを甘くしていた可能性もあるということですと,これはこの会社の組織ぐるみの問題です。SMBCのブランドイメージも大きく傷つきました。どう挽回するのか。また政府は,証券市場に対する国民の不信感の払拭のために,どのような対応をするのでしょうか。参議院選の主要なテーマではないのかもしれませんが,注目したいところです。

2022年6月29日 (水)

尼崎市USB事件の続報

 日本経済新聞の電子版で,「BIPROGY(ビプロジー,旧日本ユニシス)の平岡昭良社長は28日,東京都内の本社ビルで開いた定時株主総会で,兵庫県尼崎市の全市民約46万人の個人情報が入ったUSBメモリーを同社の再々委託先の社員が一時紛失した問題について謝罪した」という記事が出ていました。「再々委託」だったのですね。
 この業界のことはよくわかりませんが,労働法的な観点からは,一般的に重層的な下請け構造や再委託構造というのは,いろいろ問題が起こりやすいわけです。そこに労働法上の問題があるということは,経営上の問題も当然ともなうものとなるでしょう。途中に事業者が入るほど,手数料が抜かれていくのでしょうから,末端の労働者の賃金は低いのではないかと想像してしまいます。ブラックな職場で,自分たちの個人情報を取り扱われたくないですね。
 BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)は,今後,どんどん進んでいくでしょうし,自治体が一定の苦手分野についてアウトソーシングすることは,それ自体は悪いことではありません。ただ,何をアウトソーシングするかが重要で,個人情報の重要性についての意識が低い自治体が,今回のような業務でも,安易にアウトソーシングするということがあっては困ります。そのような姿勢が,受注企業から甘く見られて,再委託禁止などと契約で定められていても,平気で無視されるということが起こるのかもしれません。
 前にも書いたように,個人情報の重要性に鑑みると,企業は,自治体内部で専門職員を育成すべきです。昨日の日本経済新聞では,データ分析や人工知能(AI)などの専門人材を別枠で新卒採用する企業が増えている,という記事も出ていました。自治体に集まっている個人情報は,デリケートなものが多いはずなので,そういうものを扱う業務は,できるだけアウトソーシングしないで自前でやってもらえないでしょうか。
 DXへの対応が遅れている自治体は,アナログ時代の仕事の仕方をひきずって,人間がやる必要のない仕事にまで多くの職員を配置している可能性があります。そういうところは,思い切って事業の再構築をすべきでしょう。業務や職場のDXを進め,それに合った人材を採用し,市民の個人情報をしっかり守る態勢を強化してもらいたいです。これは尼崎市だけの問題ではありません。私が住む神戸市も,兵庫県も,そして日本政府も,今回の事件をきっかけに,DXの推進と同時にセキュリティのいっそうの強化を進めてほしいです。人間が介在するとミスが起こりやすいのであり(だから自治体が自前でやっても不安が残ります),セキュリティ・バイ・デザインの発想で,DXの制度設計をしてもらいたいですね。

2022年6月28日 (火)

副業の促進

 625日の 日本経済新聞の朝刊の1面に「厚労省 副業兼業の促進」という記事が出ていました(今日も続報が出ていました)。副業を規制する場合には,企業はそのことを開示することが求められることになりそうです。副業は,昔ならマージナルな論点だったのですが,いまや日本型雇用システムの転換を象徴する論点といえそうです。
 そもそも日本企業が好んで副業を制限してきたことと,法律論としてみた場合,副業の制限はおかしいということの交錯が,この問題を考えるうえでのポイントとなります。企業が副業を制限したがるのは,三つの側面があります。一つは,日本の正社員の場合には,残業が付きものであり,休日労働すらもあるということからすると,副業する余裕などないはずだということです。副業をする余裕のあるような働き方は想定していないということです。また正社員はその企業の一員として忠誠を尽くすべきなのであり,別の企業にも雇用されて忠誠を尽くすという「二股をかけること」は許さないという意味もあります。さらに 企業は人材育成に費用をかけているので,そこで蓄積した技能を他の企業で使われるのは困るということもあります。副業にはいろんなパターンがありますが,蓄積した技能を生かすとすれば同業他社での副業であって,そういうものは困るということです。競業避止義務はそのために課されるのです。また同業他社でなくても 企業が副業によって新たな知見や技能を身につけると転職されやすくなります。日本の企業は,従来,教育投資からのリターンを確保するために,いかにして従業員に長く居続けてもらえるかを考えてきたのであって,そういう点でも副業は望ましくないわけです。
 ところが,この前提状況が変わってきました。日本型雇用のシステムの根幹である正社員の働き方,そして企業による人材の育成やそのための長期雇用の必要性がなくなってきていることが重要なポイントなのです。自社で教育訓練をしないから,他社での就業経験でスキルアップしてもらうことには,むしろ利益があるのです。同業他社ではなく,異業種での経験のほうがプラスになるということもあります。根本的には,副業解禁の背景には雇用の流動化があり,それは同時に日本型雇用システムの崩壊および長期雇用慣行の終焉というものを意味しています。
 もう一つの視点は,労働者にとって,勤務時間以外の時間をどのように使うかは私的自由の問題であるということです。副業制限には,職業選択の自由という憲法上の権利の制限という意味もあります。ただ,これは原理的な問題で,具体的に副業を規制する法律は存在しないので(民間企業の場合),就業規則の合理的な規定によれば副業を制限をすることはできないわけではなく,厚生労働省が作成したモデル就業規則でも,少し前までは副業の許可制をモデルとして定めていて,これが事実上の指針となり,副業制限について,厚生労働省もお墨付きを与えていたのです。そのモデル就業規則が改正され,さらに今回のような動きが出てきたのであり,厚生労働省は大きく方向転換をしたといえます。副業イコール雇用の流動化ではありませんが,上記のように副業促進は雇用の流動化と親和性の高い政策です。一方で,雇用調整助成金のダラダラとした延長をやっているようなこともあり,厚生労働省は,雇用流動化政策を,どうやって一貫したシナリオで提示できるかが,いま問われているのでしょう。

2022年6月27日 (月)

賃上げ政策

 参議院選挙の主要な争点に物価高対策があります。物価高への対応として,各党のほとんどが賃上げをあげています。年金受給者は令和2年度で4051万人もいることからすると(厚生労働省の「令和2年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」),年金受給者への対応も必要です(その意味で,N党の年金受給者らへのNHK受信料の減免という政策は,年金受給者には「刺さる」ものです)が,やはり現役生活者の収入の底上げも重要です。
 問題は,賃金を上げるための正しい政策は何かです。賃上げは結果であって,いきなり賃金だけ上げようとしても市場をゆがめることになるでしょう。もちろん,それは上げ方いかんであり,適度の賃上げであれば,かえって労働市場の効率化につながると言われています。生産性向上へのインセンティブとなり,好循環が生まれるというシナリオもあります。企業の設備投資を促す税制度とリンクさせることにより,効果的な循環が生まれるというのも理解できます。ただ,賃上げをどの程度の水準にすれば,こういう良い効果がうまれるかは,とても難しい問題でしょう。ここは経済学者に任せるしかないのですが,それに加えて,多くの党がふれている最低賃金の引上げについては,法律家からすれば,現在の最低賃金法の枠組みをどうするのかということも言ってもらいたいところです。最低賃金は審議会方式で決まるのであり,例えば地域別最低賃金を廃止して全国一律にするとか,1500円にするとか言ったとしても,それが審議会方式を維持したうえでやろうとしているのか,それともまったく新しい制度を考えているのか,よくわかりません。正直なところ,全国一律とか1500円とかは,単なる努力目標にすぎないのであり,1500円という数字で人を惹きつけようとするのは,よくないポピュリズムではないかと思います。
 当たり前のことですが,賃金は当事者間の合意で決まるのであり,最低賃金は,あくまで法律で罰則付きで強制する最低基準にすぎません。これを引き上げることに慎重であるのは当然なのです。むしろ,こういう法律上の賃金より,実際の賃金がどうやったら上がるかを考えるべきであり,正しい手法は経済政策をとおして賃上げできる状況をつくることでしょう。
 賃金の水準が実際に問題となるのは,中小企業の社員と非正社員です。中小企業はコロナ禍で種々の補助金で支えられてきたと思いますが,そこから脱却して,いかにしてDX時代の競争で生き残れるかというところが勝負となるでしょう。中小企業の中核は,スタートアップ企業などのDXに立ち向かっている企業であるべきであり,そういう企業を助成し,そこに人材が集まってくるようにするのが,じつは最も効果的で持続性のある賃上げ政策でしょう。そのためには人材育成も必要です。学校教育の改善というルートもありますが,大企業からの優秀な人材が中小企業に流れてくるというルートもありえます。雇用の流動化が,大企業から中小企業へ雇用移転という形で起これば,一時的には賃金が下がることもあるかもしれませんが,人々が自分の適職を求めて移動していくことが増える環境ができてくることは望ましいことであり,これにより生産性の高い企業が生き残っていくことになれば,全体として賃金は上がっていくことになるでしょう。私たちの提唱している解雇の金銭解決制度も,このシナリオに貢献できると考えています(本日の日経産業新聞に,先日の電子版にも掲載された水野裕司さんの記事「解雇の金銭解決,日本も動き」が掲載されています)。実は各党のなかで,この考え方に近いものを出している政党が日本維新の会でした。HPには,「労働移動時のセーフティネットを確実に構築した上で,解雇ルールを明確化するとともに,解雇紛争の金銭解決を可能にするなど労働契約の終了に関する規制改革を行い,労働市場の流動化・活性化を促進します」と書かれていて,これは私の主張に近いものであり,驚きました。また国民民主党も,「給与の引き上げ」を前面に出していますが,最低賃金などではなく,労働市場政策を重視しているなど,その政策はしっかりしたものだと思いました。もっとも両党とも,私からみれば,安全保障政策などに難があります。共産党と維新や国民民主党の中間のような政策を出す政党が出てくればよいのですが。
 なお消費税廃止は,賃上げと同様の効果はありますが,もし無制限に行うのであれば,無責任な政策だと思います。消費税は,逆進性がある部分とそうでない部分とがあります。一括して廃止や低減というのは,保護しなくてもよい人まで保護し,国の財政を危うくする愚策です。特定の生活必需品に限定して,明確に期限を切って消費税を低減するという政策でなければ,とても支持はできませんね。

ムーブレス・スタディ

 「中央教育審議会大学分科会は22日,大学のオンライン授業の単位上限を緩和する文部科学省令改正の骨子案を大筋で了承した」ということのようです(日本経済新聞622日電子版)。現在の60単位の上限を緩和するということには賛成です。
 昨日のムーブレス・ワークの話の延長で,大学教員もどこからでも授業をリアルタイムないしオンデマンドで提供できるようにしてもらい,学生も大学で受講してもよいし,自宅など好きなところで受講してよいということにすればよいのです。学生にとっては「ムーブレス・スタディ」です。
 これからの大学は,学部だけでなく大学院も重要なのであり,18歳以上の人なら誰でも教育資源にアクセスできるようにすることが要請されるでしょう。既存の大学のイメージを壊す必要があります。大学の成績評価では,平常点というようなものもありますが,本来は,出席しようがしまいが,きちんと一定のレベルに到達するかどうかで単位認定をするということでよいと思います。重要なのは,どの先生のどの科目で単位をとったかです。成績が甘い先生の単位は価値がないということが社会の評判として広がると,先生も厳格な評価をするでしょうし,それに応じて学生も勉強するようになるでしょう。オンライン授業の時代は,そういうようになっていかなければなりません。
 一般に,他大学から編入してくる学生について,他大学で修得した単位を,既修得単位と認めるかどうかは,授業内容と教員の名前をみて評価されていると思います。今後ジョブ型が広がり,企業の人事担当者が,当該ジョブについて学生がどのような能力をもっているかをほんとうにみたければ,習得した単位について,シラバス(通常公開されている)をみて,どの教員のどういう授業をとって,どのような成績がついているかまでリサーチしたほうがよいのです。そのためには,教員のことについても,ある程度,情報を得なければなりません。人事担当者も勉強する必要があるということです。従来は,大学での学習は重視されていなかったので,そんな細かいところまでみる必要はなかったのでしょうが。
 将来的には,例えば,教師はオンラインセミナーを開講し,受講生の到達度をテストして,TOEFLのように点数をつけて,その証明書が就職に活用される(流動型社会が想定されています)といったことが出てくるかもしれません。どこの大学を卒業したかよりも,どの先生のどのような授業を聞いてdiplomaをもっているかが重視されるようになるかもしれません。経済学なら○先生,人事管理論なら○先生というように,とくに文系であれば,著名な先生が私塾的なセミナーを開講し,その合格者のdiplomaを発行し,その分野の「品質保証」をするというようなことになるかもしれません。大学卒業資格というのは,あまり意味のない時代がくるでしょう。小さな子どもを抱えている親御さんは気をつけたほうがよいです。

2022年6月25日 (土)

ムーブレス・ワークの時代

 先日,NTTが,在宅勤務が原則で,出社は出張扱いとするという制度を導入したことにふれましたが,622日の日本経済新聞では,「アクセンチュア,社員の居住地を自由に 在宅勤務を前提」,さらに少し前の同月3日には,「DeNA,社員の居住地自由に 働き方多様化で人材獲得」という記事もあり,いよいよ「ムーブレス・ワーク」(拙著『デジタル変革後の「労働」と「法」』(2020年,日本法令)216頁以下)の時代が到来しようとしているのかもしれません。
 拙著『労働法で企業に革新を』(商事法務)では,後半はDXのインパクトに関するストーリーが展開しますが,127頁あたりに,主要な登場人物の一人である深池が,完全テレワークを導入したので,母親のいる実家の西宮市に転居したいと申出をするシーンが出てきます。同書では,人々が好きなところに住んでテレワークするという「ムーブレス・ワーク」の世界を描いていたのですが,現実も段々そうなりつつあります。
 私の予想よりも現実の進行は遅いのですが,それは「出社派」と「在宅派」が拮抗しているからでしょう。個々の企業で,「出社派」と「在宅派」が覇権をめぐって争っているのかもしれません。どちらも許容するというハイブリッド型は難しいので,原則「出社」で特別な理由があるときは「在宅OK」という「原則出社派」企業と,逆に原則「在宅」で特別な理由があるときだけ出社してよい(交通費はそのときだけ支払う)という「原則在宅派」企業に二分されていくのでしょうね。ただ,DX時代において,付加価値の大きい創造的な仕事をするのは「出社」する従業員と「在宅」の従業員のなかのどちらに多いでしょうか。私は「在宅」だと思います。いまは両者は拮抗していますが,そのうちたちまち「在宅」一色になるのではないかと予想しています。中小企業も,費用の問題はあっても,「原則在宅派」に変わらなければ,人材が集まらなくなります。いまから準備しておいたほうがよいでしょう。 

 

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