2024年2月27日 (火)

ロシアのこと

 Putinは,ナバリヌイ(Navalny)を殺したのでしょうか。大統領戦に勝つことは疑いの余地がなく,圧勝の形をつくることも,Putinの力からすれば簡単なはずなので,わざわざ殺す必要はないように思います。日本人の感覚では,弔い合戦のようなことになると,かえって反対票が増えそうではないかと思ってしまいます。それにしても,ロシアは遠い国です。隣国ではありますが,何を考えているのか,よくわからないところがあります。Putinは,1721年に帝政ロシアを建国したピョートル大帝(英語では,Peter the Great)を意識しているという話を聞いたことがあります。ロシアを近代国家に押し上げた,あの皇帝を目指しているということでしょうか。

 ところで,このBlogで前に何度か,兵庫県淡路島出身の江戸時代の商人である高田屋嘉兵衛のことを描いた司馬遼太郎『菜の花の沖』のことに言及したことがあります。文庫で6巻本なのですが,その途中の巻で,延々とロシアの歴史のことに触れている場面があります。高田屋嘉兵衛の話のはずが,それはすっ飛ばされて,ロシアの歴史のことを書いているのです。なかでもピョートル大帝のことは詳しいです。高田屋嘉兵衛がなぜロシアに連行されたかを知るためには,ピョートル大帝から,エカテリーナ大帝(英語では,Catherine the Great)のことまでを語っておかなければならないということでしょうが,型破りの小説です。でも勉強になります。
 それはさておき,ピョートル大帝は男子に恵まれず,数少ない息子のアレクセイ(英語表記の一つが,Alexey)も,その無能ぶりもあり殺してしまいます(謀反の疑いで捕まり獄死となっていますが,大帝が撲殺したとの噂もあります)。そして男の後継者がいないなか,ピョートル大帝は急死し,なんと皇后のエカテリーナ1世(英語表記はCatherine Ⅰ)が即位します。売春婦の噂もあった人です。ここからロシアにはエカテリーナ大帝まで4人の女帝が誕生します。エカテリーナ1世のあとは,アレクセイの息子のピョートル2世(Peter Ⅱ)が即位しますが早世し,その後,ピョートル大帝の異母兄であるイヴァン(Ivan5世の娘のアンナ(Anna)が皇位につきます。しかし,ピョートル大帝直系のエカテリーナ1世の娘エリザベータ(英語表記は,Elisabeth)は,これに不満です。イバン5世の系統とピョートル大帝系統の間で,皇位継承についての女(および,そのバックにいる宮廷勢力) の戦いになりました。アンナは,エリザベータの野望を打ち砕くために,イヴァン5世のひ孫で,自分の姉の孫のイヴァン6世を誕生後にすぐに即位させるという無茶なことをしましたが,エリザベータの反乱でイヴァン6世は廃位され,その後,可哀想なことに,彼はずっと幽閉されてしまいます。そして,最後は看守に殺されてしまうのです。これでイバン5世の系統はとだえ,その後即位したエリザベータの後を継いだのは,エリザベータの姉の子のピョートル3世でした。しかし,敵国プロイセン王を崇拝しているドイツびいきの皇帝は国内では不評で,ドイツ人出身ですが,ロシア化に尽力していた皇后を支持する勢力が,ピョートル3世を廃位します(その後,殺害されます)。こうして,この皇后が即位するのですが,それがエカテリーナ大帝であったわけです。彼女の治世で,ロシアは大きく飛躍するのですが,この4人の女帝が登場するゴタゴタ騒動をみたとき,もとはいえばピョートル大帝が後継者問題をきっちりさせていなかったことが原因であったように思います。そして結局は,血筋がまったく関係していない外国人出身の女帝に皇位をゆだねることになったのです(外国の教養がある啓蒙専制君主であったことが,ロシアには良かったのでしょうが)。

 日本の皇位継承問題と結びつけるつもりはありませんが,いろいろ考えておかなければならないという教訓になるでしょう。Putinの話から,思わぬ方向に脱線してしまいました。

 

 

2024年2月26日 (月)

社会保障の再構築

 今朝の日本経済新聞の「核心」で大林尚編集委員が,「年金の主婦優遇は女性差別」というタイトルの記事を掲載していました。国民年金の3号被保険者問題です。「夫への依存を前提にした昭和の年金をいつまでも引きずるのは,みっともない。女性が真に自立するカギは,令和の年金改革である。」というのが,彼の主張です。連合も昨年,3号被保険者廃止論を唱えています。専業主婦を優遇しているというより,専業主婦を家庭に閉じ込めているという構図でみるべきだということでしょう。記事の中では,連合は,「所得比例と最低保障の機能を組み合わせた新しい年金制度への衣替えを提唱している」と書かれていました。私は不勉強で,連合がこういう主張をしていたのは,知らなかったのですが,個人的にはフリーランスの社会保障という問題を考えるうえで,現在の年金制度には問題があると考えていました。働く人のセーフティネット問題を根本から考え直そうということをいまやっていて,そこでは,これは労働法の問題,あちらは社会保障の問題といったことは言ってられなくなっています。自営的就労者(フリーランス)は,企業に頼らずに働くわけで,そうした人の保障のあり方を考える際には,政府が直接関与する社会保障のあり方を考えざるを得ず,そうした視点から現在の社会保障のことをみると,いろいろ改善すべき点がみえてくるのです。3号被保険者問題はその一つですが,より大きな問題は,最低保障+所得比例保障という仕組みを,いかにして現行の枠組みにとらわれずに(つまり働き方に中立的に),国民に公平な形で再構築できるかということになります。
 この点を考えるため,315日に神戸大学でミニシンポジウム(オンライン)を開きますので,関心のある方はご参加ください。制度を変えると誰が得をするか損をするかという話とはいったん切り離し,また移行にともなうコストもいったん忘れ,タブラ・ラサ(白地)から制度を作ると,どういうことになるかという思考実験ができればよいと思っています。法学と経済学と実際のフリーランスの立場から論客に参加してもらいます。このシンポの詳細は,近いうちに神戸大学の社会システムイノベーションセンターのHPに掲載されると思います。

 

2024年2月25日 (日)

棋王戦第2局

 第1局が持将棋となったあとの仕切り直しの第2局でしたが,藤井聡太棋王(八冠)が,挑戦者の伊藤匠七段に勝ちました。途中までは明らかに伊藤七段が優勢であったと思います。藤井棋王の玉が丸裸に近い状況で,飛車を打ち込まれて,素人なら生きた心地がしないような状況ですが,そこからうまく守りを再構築して,いつのまにか逆転していました。やはり強いです。伊藤七段は,持将棋を挟んで,対藤井8連敗で,まだ勝ったことがありません。藤井八冠を追う候補のNo.1と言われていますが,これでは厳しいです。かつての大山康晴15世名人と二上達也九段(羽生善治九段の師匠)という感じにならないか心配です(二上九段は打倒大山の一番手でしたが,何度もタイトル挑戦して敗れていました。それでも2度はタイトルを大山から奪取しましたが)。
 NHK杯はベスト4が出揃いました。羽生九段,藤井八冠,佐々木勇気八段と,A級にあと1勝となっている増田康宏七段です。次の藤井・羽生戦は注目です。 
  女流は,里見あらため福間香奈女流四冠が,女流名人戦で,ライバルの西山朋佳女流名人からタイトルを奪還して五冠に返り咲きました。西山さんは三冠に後退しましたが,今後も二人のタイトル争いは続くでしょう。
 今週はいよいよA級の最終局,「将棋界の一番長い日」があります。豊島将之九段が勝ってあっさり挑戦を決めるか,菅井竜也八段が勝ってプレーオフになるか。その場合,永瀬拓矢九段も勝っていれば3者のプレーオフになります。個人的には,久々に豊島九段にタイトル戦に出てもらって,藤井八冠への「最後の挑戦」をしてもらいたいですね(年齢的にも,今度負けてしまうと,さらなる成長が予想される藤井八冠に勝てるチャンスはなさそうということで,「最後の」と書かせてもらいました)。

2024年2月24日 (土)

北青鵬問題に思う

 北青鵬が,凄惨な暴行・傷害をしていたことが発覚して引退となりました。引退勧告処分ではなく,事前に引退届を提出し受理されたので,形式的には懲戒処分はされなかったようです。懲戒処分がされなかったことで,具体的にどのような影響があるのかよくわかりませんが,通常の民間の事例では,懲戒解雇相当事由があった場合には,自発的に辞職により,企業が懲戒解雇をできなかった場合でも,就業規則に規定があれば,退職金は不支給となります。
 いずれにせよ,今回の北青鵬の場合は,おそらく本人がまだ若く,将来のことを考えたうえでの温情措置なのでしょう(引退勧告処分でも,懲戒解雇ではないので,民間でいえば,一段軽い諭旨退職のようなものでしょう)。そうなると,むしろ親方の管理責任が厳しく問われるはずです。元白鵬の宮城野親方への2階級降格と報酬減額という処分がどれだけ厳しいかはよくわかりませんが,師匠の地位の剥奪はされるようであり(宮城野部屋は一門預かり),実質的には相撲界追放に近い処分であるとすると,それは妥当なものといえるのでしょう。
 将来有望な幕内力士による,相撲部屋内での継続的な暴力事件は,現在の日本社会における「いじめ」への厳しい視線への感度が鈍すぎた宮城野部屋の問題であるような気もしますが,相撲界全体として,まだそういうものを許容するものがあるのではないかとの疑惑も捨てきれません。これを宮城野部屋だけの問題にしてよいのか,ということです。
 この力士は長身の大型力士で,体力もあり,荒々しい取り口は,この力士の個性としてみることもできました。ただ,この力士だけではないのですが,相撲の取り口における荒々しい内容は,ときには見苦しいこともあります。とくに,かち上げや張り手などは,やり方によっては,子どもにはみせられないように思えます。相手の顎を狙って,あわよくば失神させようとするかのようなエルボーのかち上げは危険なもので,白鵬は多用していましたが,横綱のやるようなことではないと思っていました。ルールで禁止されていないからといって何でもやってよいということではないでしょう。こういうことも含め,もう少し相撲がきれいになってほしいです。そのためには日頃からの部屋での教育が重要です。親方になるというのは,それだけの責任があるということであり,現役時代の実績というものとはいったん切り離して,よい親方が部屋を仕切るようになってほしいです。北青鵬問題の根底には,こうしたことが関係していると思います。

2024年2月23日 (金)

岡田スタイル

 阪神タイガースの「アレンパ」がかかる今年のプロ野球ですが,もうすでにシーズンが始まったかのように,個人的には,阪神の情報を追っかけています。これだけ強くなると,みていて面白いです。サトテルは飛躍するか,外野の熾烈なポジション争いで誰が勝つか,充実の投手陣のなかで誰がローテーション投手の座をつかむか,超高校級といわれている高卒2年目の門別投手は江夏豊の再来となるか(江夏は高卒2年目で,いまでも破られていない年間最多三振記録をつくりました)など,見所満点です。
 いつも言っているように,監督が変わるとここまで変わるのかと驚きです。もっとも,岡田監督のスタイルは,時代に逆行しているようなところもあります。前の矢野監督は,選手との距離が近く,選手をファーストネームで読んだり,ホームランのときにメダルをかけるといった子供じみたことをしたりしていました。監督は兄貴という感じでした。一方,岡田監督は,選手にはほとんど直接声をかけないそうです。兄貴ではなく,怖いオジさんでしょう。選手へのコメントも,マスメディア経由で本人に伝わるようにしています(これは監督のコメントが,ほぼ必ずマスメディアに取り上げられる人気球団だからこそのことでしょうが)。選手は,間接的に聞くことになる監督のコメントの意図を探りながら行動しなければなりません。これは昭和時代のやり方のような気もします。ところが,プロ野球のようなところでは,一般社会ではパワハラとなりかねないことでも,結果(勝利)がすべてのプロの世界なので,結果が出ているかぎりは問題とならないのでしょう。よく考えると,岡田監督のスタイルのほうが,実は選手の自主性を高め,その力を伸ばしていく面があります。どうしても困っているときには,監督が直々にアドバイスすることもありますが,日頃そういうことをしていないので,これもまた効果的です。何よりも岡田監督が大の阪神ファンであり,純粋に阪神を強くするためには何でもやるということを知っているので,選手も納得しやすいのかもしれません(選手のために,四球をとるといった地味な貢献も年俸の査定で考慮するようフロントに進言したのも岡田監督です)。距離を近くして,フレンドリーに接することだけがよいのではありません。チームが強くなるという目的のための手段として何がよいのかを考えると,勝利のためということに徹している岡田スタイルもあるということでしょう。もちろん岡田スタイルの最終評価は,「アレンパ」ができるかによって変わってくるかもしれません。単発の優勝は,勢いでできることもありますので。

 プロ野球の世界の話を,そのまま労働の世界にあてはめることはできませんが,岡田スタイルが成功するかどうかは,経営者にとっても注目でしょう。

 

 

2024年2月22日 (木)

カスハラについて

 「キーワードからみた労働法」の930号(20232月号)でも取り上げた「カスタマーハラスメント」(カスハラ)ですが,東京都の小池百合子知事が,220日の施政方針演説で,東京でのカスハラの被害が深刻化しているとして,条例でルールづくりに乗り出すと発言しました。罰則は設けないようですが,構成要件を明確にするのが難しいでしょうから,当然でしょう。
 カスハラからの保護は,労働法上の問題でもあり,労働施策総合推進法に基づき策定されたパワハラ指針のなかにも,カスハラへの言及があります。ただカスハラは,職場の問題とはいえ,従業員が行うセクシュアル・ハラスメントなどの他のハラスメント(これらについては,民法上も,企業が民法715条の使用者責任を負うことがありうる)とは違い,企業の客や取引先からの行為であるため,企業の責任の程度はやや弱そうな感じです。それでも,企業には,労働者が安全で快適な職場環境で働くことができるよう配慮する義務はありますので,やはりカスハラから従業員を守ることは必要だといえるのですが,労働法学ではやや関心が薄いテーマであったと思います。しかし,労働者のことを思うと,企業が取り組むだけではなく,社会的な関心事として,国や自治体もカスハラ対策に取り組むべきでしょう。またそれは,日本は未批准ですが,ILO190号条約「暴力及びハラスメント条約」の趣旨に則したものでもあります。
 カスハラは,40代から50代の高所得者の会社役員,自営業者などによるものが多いと言われています。こういう人は,自分が厳しい環境で仕事をしているため,他人にも厳しく,少しでも問題があると感じられる従業員の態度に,激しく反応してしまうのかもしれません。それに日頃から仕事上の心理的プレッシャーを受けているので,何かあればすぐに爆発(暴発?)するのかもしれません。従業員のほうに非がある場合もあるかもしれませんが,やはり見苦しいです。
 欧州にいくと,お客様第一主義などはありません。店員の対応の悪さに腹が立つこともありますが,むこうの人は,店員なんてそんなものと最初から思っているので,別に気にしないでしょう。笑顔の一つでもみせてくれればラッキーという感じです。店員は,労働契約上の義務に含まれていないサービスはしないのです。そう考えると,日本でときおりみられる過剰な接客サービスは,労働契約上の義務に(黙示的に)含まれているのかもしれません。もしそうなら,これはやはり労働法の問題(契約解釈の問題)になりえますし,労働組合が労働者の業務内容の改善という形で要求していくべきことかもしれません。
 日本でも過剰サービスのない欧州型のスタイルが広がると,客のほうも良いサービスを期待しなくなり(良いサービスを期待したいなら,それを売りにしている高額の店に行くべき),カスハラも起こりにくくなるという好循環が生まれるでしょう。とはいえ,そのためには,サービスはタダではないということを理解し,無愛想でも最低限のやるべきことをやっていればそれでよしとするという意識が,日本人のなかに根付く必要がありますが,可能でしょうかね。

2024年2月21日 (水)

文理融合について思う

 昨日の日本経済新聞の「Deep Insight」に,編集委員の矢野寿彦氏の「『理系か文系かやめませんか」というタイトルの記事が出ていました。そのなかで,高橋祥子氏が「文理分け」はイノベーションを求める今の社会になじまないと述べたという話が紹介されています。文理を分けるのは,効率的な勉強につながり,外国の文明水準へのキャッチアップをしなければならない時代であればよいとしても,イノベーションが求められる時代であれば,文理の区分は無意味で,かえって思考を既存の学問の枠におしとどめてしまい,有害無益であるということなのでしょう。
 だからこそいまでは,文理融合ということがよく言われます。これまでは,どちらかというと,文科系のほうが理科系にはコンプレックスをもっている傾向があり,理に近づくことに臆病であったような気がします。理科系のほうが,専門技術性が高く,その分だけ障壁が高く,その理解が難しいというイメージがあるからです。しかも,理科系の人は,文科系の人が理解系のものを勉強しようとしない姿勢に厳しい言葉を投げかけることもあります。だから,みんなもっと数学を学ぶべきだというような意見が出てくるのです(この点では経済学部は理科系に近い科目です)。しかし,その逆はどうでしょうか。たとえば,とくに法律のような分野になると,法律のことはよくわからないので,と言う理科系の人はよくいます。謙遜なのかもしれませんが,法律のことを知らなくても仕方ないかな,という態度がみられることもあります。他方で,人によっては法律を過剰に「おそれる」人もいます。遵法意識が高いことはよいのですが,そういう人は,法律を刑法のイメージでとらえている場合が多いように思います。日本人の一般の人の法意識では,法は処罰につながっているのです。しかし,それは法の一部にすぎません(重要な部分ではありますが)。法学の立場からみたときの,バランスのとれた文理融合というのもまた難しそうです。
 いずれにせよ,文か理かに関係なく,自分の得意な分野で専門性を伸ばせばよく,大切なのは,子どものころから,あなたは文科系だから,数学は勉強しなくてよいというようなことを言ったり,逆に理系だから,国語の学習は不要というようなことを言ったりして,その子の可能性を狭めないということでしょう。文理を分けることはやめ,同時に,文理ともに学べというのもやめ,個人が関心のあることを,好きなように極めることが大切ですし,また,そういう人がふと別のことを勉強したくなったときに,いつでもその勉強ができるような環境を用意することが大切です。そう考えると,問題の根源は「文理分け」や文理で分けられた試験にあるではなく,子どものときに,勉強というものを受験のためにやるものと意識づけてしまうことにこそあるといえそうです。

2024年2月20日 (火)

代書屋

 小泉和子『こんな仕事があったんだ! 昔のお仕事大図鑑』(日本図書センター)という本を読みました。昔のお仕事が写真入りで紹介されていて,面白かったです。いろんなお仕事があるなと思ったのですが,そこで気になったのが代書屋です。司法書士と行政書士の起源でもあります(代書屋という響きには,なんとなくネガティブなものがありそうですが,重要な仕事です)。
 連城三紀彦の小説に「藤の香」という短編の名作があります。『戻り川心中』(光文社文庫)に収録されています。これは代書屋が関係しています。色街で文字のかけない女たちのために代書している男が,彼女たちの秘密を知ってしまうことから連続殺人事件に関係していくという作品です(Amazonで調べたら,私はこの本を2016年に購入していました)。代書屋というのは,現代風にいえば,個人情報を知りすぎてしまう仕事であり,信用されていなければできません。
 大河ドラマ「光る君へ」の主人公まひろ(紫式部)は,男たちのためにラブレターの代書をしていました。1000年以上前の話です。代書といっても,書く内容も自分でアイデアを出しているので,高度な知的仕事です。彼女は決して顔を出さずに男のふりをして仕事をしていましたが,それは男が女に頭を下げて教わるというのを潔しとしない時代だったからでしょうか。女の気持ちは女が書いたほうがよく,それがまひろのような文才があればなおさらです。いまなら生成AIに頼ることができそうです。私も,テーマを与えて,AIに短歌をつくってもらいましたが,その出来栄えにびっくりしました。みなさんも,ぜひ試してみてください。

2024年2月19日 (月)

労働組合の危機

 労働組合の人に,「今年の春闘は楽ですよね,何もしなくても大幅アップでしょうから」と,ちょっと軽口をたたいてみたあと,すぐに思い直して,「でも,普通の賃上げだったら,手柄は政府や経営者のものになってしまうから,労働組合としてはかえって厳しいですかね」というと,その人はうなずいていました。春闘の様相が今年はずいぶんと違っています。労働者にとって良い方向の気もしますが,気になるのは労働組合の存在意義です。今日の日本経済新聞の「複眼」に,立正大学の戎野淑子さんが,労働組合に活を入れるようなことを言われていました。「労働組合は満額回答に満足しているだけではダメだ」ということで,同感です。
 また,もう一つ気になる記事がありました。田中陽編集委員の「<経営の視点>相次ぐ不祥事,労組の影薄く 危機訴える声を届けよ」というものです。不祥事を起こした企業が設置した第三者委員会などで,労働組合幹部への意見聴取がなされていないようです。それについて,久保利英明弁護士の労働組合に対するコメントとして,「そもそも御用組合が多く,ガバナンスの一翼を担っていない。だから委員会は『組合に聞いても意味がない』と思っている」というものが紹介されていました。田中氏は「手厳しい」と書いていて,そのとおりだと思いますが,多くの人の大企業の企業別組合に対するイメージはそういうものであり,それは実態とそれほど違っていないのでしょう。
 実は公益通報者保護法などにおいても,本来は,企業別組合を内部通報の受け皿とすることが定められてもおかしくないのですが,日本では,企業別組合は,ほんとうに労働者側かどうかが疑わしいという実態もあるのです。学生に出す試験問題として,「企業の不祥事を目撃した労働者としてとるべき行動としては,どのようなものがあるか」といったものを出題すれば,労働組合に相談するとか,労働組合に結成したり,加入したりして,団体交渉をとおして問題解決を図るといった答えを期待したいところですが,実際の社会では空論に近いものかもしれません。
 問題は,そんな労働組合でよいのか,ということです。戎野氏も,田中氏も,労働組合への期待を込めているのであり,私もずっと労働組合を応援する法解釈を主張してきたので,なんとか頑張ってもらいたい気もします。ただ労働組合自身が本来の役割をよく考えて行動しなければ,ほんとうに存在意義がなくなってしまいかねません。
 今回の春闘は,賃上げでわきそうですが,実は労働組合としては大変なピンチにあるという状況認識が必要だと思います。

2024年2月18日 (日)

民意とは

 テイラー・スウィフト(Taylor Swift)を知らないというのが,どれくらい恥ずかしいことかわからないのですが,アメリカの大統領選挙を左右するくらい影響力があると聞き,YouTube で数曲聞いてみました。聞いたことがある曲もありましたが,「ああ,アメリカ人が好きそうな曲だな」というくらいの印象で,良さはよくわかりませんでした。それはともかく,こういう人気歌手がとくに若者に影響力をもち,それが民主党や共和党のコアな支持層よりも多くの票を動かすというのは,すごいことです。

 でも,これはアメリカだけのことではないでしょう。前の参議院選挙で,ガーシー氏が当選したことを忘れてはなりません。暴露系YouTuberと言われている彼が当選してしまったことの意味をよく振り返っておく必要があるでしょう。
 参議院は,非拘束名簿式で,名簿順位ではなく,個人票で決まりますが,特定枠の人だけは優先的に当選する(順位が上位となる)という仕組みが採用されています。島根・鳥取,高知・徳島が合区になったので,どちらかの県からは立候補できない人が出てくるため,その救済策として設けられたそうです。自民党ではこの枠を使っており(もともと自民党が要求して実現したものです),実質的には無選挙で当選できる人が2人います。これは自民党の出世で考慮される当選回数に含まれるのでしょうかね(そういう当選回数主義をなくすという声もでていますが)。先回の選挙でも自民党の2名が特定枠で,その他にれいわで1名特定枠当選者がいました。特定枠では個人名で投票されても政党への投票とカウントされます。昨年は自民党の特定枠の当選者が,徳島県の知事選に立候補するために辞職して,徳島とは関係のない地域の人が繰り上げ当選したということがありました(ちなみに知事選に立候補した人は落選しました)。これでは徳島からの参議院議員がいなくなり,特定枠を設けた意味がなくなってしまいます。小さい政党であれば,知名度が高い人が個人票でかせいで,特定枠の人に議員になってもらうという戦略もあるのかもしれませんが,いずれにせよ特定枠は,有権者にはわかりにくい制度のように思えます。

 ところでガーシー氏は約29万票を獲得していました。自民党の大口支援団体のあるような人は別としても,一般個人ではきわめて高い集票力をもっていたことになります。ガーシー氏でこりた有権者も多いかもしれませんが,インフルエンサー(influencer:和製英語っぽいですが,英英辞典に掲載されています)たちが呼びかければ,それに反応する有権者は多いと思われ,第2,第3のガーシーが出てくる可能性もあります。浮動票というのは,既成政党側の言い分で,これこそがほんとうの民意なのかもしれません。コアな支持層がいる政党は,安定しているともいえますが,知らぬ間に社会の変化から取り残され,民意と乖離している可能性があります。とはいえ,政治的なメッセージを発するインフルエンサーがどれだけの見識をもって発言しているかわからないのがネット社会の怖さであり,有権者の政治リテラシーが問われるところでしょう。
 衆議院のほうは,比例代表は拘束名簿式ですので順位に縛られますが,選挙区との重複立候補が認められているので,選挙区で敗れても,比例の名簿での順位と政党の獲得した票(比例代表は政党名のみ記入する)によっては比例復活ということがあります。これは評判が悪いものです。選挙区で敗れたということは,民意としては不適格としたということなので,政党の票で,復活するというのは,同一順位の場合には惜敗率が考慮されるとしても,釈然としないものがあります。小選挙区の問題点である死票を少なくできるというメリットはありそうです(接戦で落選した人も,復活当選することは,民意の反映という点ではプラスになりうる)が,それは比例名簿の順位の決め方という政党の都合によっても左右されます(低い順位なら復活当選できないことが多いでしょう)。やはり小選挙区で立候補するのなら,比例代表では立候補しないのが政治家としての心意気でしょう。

 

 

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