2026年10月 9日 (金)

労働法から広がるハラスメント法

 10月1日から,改正男女雇用機会均等法により,求職者等に対するセクシュアルハラスメント,いわゆる「就活セクハラ」の防止措置が事業主の義務となりました。同日には,労働施策総合推進法によるカスタマーハラスメント対策も義務化されています。世の中にあるさまざまなハラスメントに,法が網をかけていくこと自体は,望ましい方向でしょう。ただ,今回の規制には,従来のハラスメント規制の対象が増えたというだけでは捉えきれない問題があるように思います。
 就活セクハラで気になるのは,被害者が,その企業との雇用関係にないという点です。男女雇用機会均等法11条が保護の対象としてきたのは,「その雇用する労働者」でした。これに対して,新たな規定が対象とする求職者等は,まだその企業に雇用されていない人たちです。
 もちろん,求職者も,採用後の従業員も,セクハラから保護すべき存在であるという点では同じです。人格や尊厳を守るという大きなくくりでは,共通の説明ができるでしょう。被害を受ける側からすれば,採用前か採用後かによって,被害の深刻さが変わるわけでもありません。
 しかし,保護の必要性が共通することと,企業に保護義務を課す原理が共通することとは,別の問題です。雇用する労働者については,使用者の安全配慮義務(労働契約法5条)があります。安全配慮義務そのものは労働契約だけに認められるものではありませんが,労働契約関係にあるからこそ求められる配慮もあります。使用者の指揮命令のもとで働く人を,使用者がどのように保護すべきかという問題です。
 これに対して,求職者には,まだその企業との間で労働契約関係がありません。同じ契約上の義務を,そのまま想定することはできないでしょう。とはいえ,求職者は,企業にとってまったく関係のない一般の人でもありません。採用という接点があり,企業はその人の就職の機会を左右しうる立場にあります。新卒採用の場合には,その影響度は大きいでしょう。その意味で,求職者は,無関係な第三者とも,雇用する労働者とも異なる,中間的な位置にいるといえそうです。この関係における保護義務を,どのような原理から導くのかという点は,理論的な検討を加えてみたいところです。
 カスタマーハラスメントには,これと別の方向から,雇用関係の外にいる人が登場します。就活セクハラでは被害者が雇用関係の外にいるのに対し,カスハラでは,加害者となる顧客等が,被害者を雇用する企業の外にいます。企業には自社の労働者を保護する義務がありますが,顧客等に対して,従業員に対するのと同じ指揮命令や懲戒を行うことはできません。労働者を守る必要性を確認するだけでは,企業が外部の加害者にどう働きかけるべきかという問題までは解けないのです。
 ここでは,これ以上,原理の検討には立ち入りません。ただ,こうした展開をみていると,労働法のなかに置かれた規定から,雇用関係の枠を越える,より一般的な「ハラスメント法」が少しずつ姿を現しているように感じます。個々の被害への対応を積み重ねるなかで,従来の枠組みには収まりきらない原理が必要となっているのでしょう。これは,私の今後の研究プロジェクトの一つにしようと考えています。当然のことながら,ハラスメント防止にいかにデジタル技術を使うかという「デジタル優先主義」も絡ませるつもりです。
 いずれにせよ,今回の改正は,ハラスメント規制の一つの節目であるとともに,労働法から何が広がっていくのかを考える入口にもなりそうです。

2026年10月 8日 (木)

サトテル三冠王

 サトテルが三冠王を獲得しました。40本には届きませんでしたが,39本塁打,106打点,打率は3割6厘。阪神では,1986年のバース以来,40年ぶりの三冠王です。数字も見事ですが,そのホームランが相手に与える影響の大きさが強く印象に残っています。試合の流れを変え,相手の追い上げる気持ちまで削いでしまうような一発がありました。佐藤が打席に立つだけで,何かが起こるのではないかと思わせてくれる。阪神の四番として,頼もしい存在になりました。MVPは,16勝3敗というとてつもない成績を挙げた高橋遥人との争いになるでしょう。高橋の貢献はもちろん大きいですが,私は,一シーズンを通じて打線の中心に立ち続けた佐藤の貢献度を高く評価したいと思います。今オフには,メジャーに挑戦する可能性も報じられています。まだ決まったわけではありませんが,来年は佐藤がいないかもしれないという気持ちで見ています。もし海を渡ることになれば,寂しさはありますが,これだけの活躍を見せてくれた選手です。快く送り出したいと思います。
 今シーズンの阪神は,近本の長期離脱があり,投手陣でも,昨年盤石だった石井がアキレス腱のけがで長く不在となりました。そのなかで選手をやりくりした藤川監督の手腕は評価すべきでしょう。ただ,振り返ってみると,森下,佐藤,大山という中軸が変わらずに一シーズンを戦い切ってくれたことが,やはり大きかったように思います。周囲の顔ぶれが変わっても,打線の中心が揺らがなかったことは,チームの支えでした。
 来季に向けてブレイクを期待しているのは高寺です。前川にも期待していますが,チャンスでの打撃には,もう一段の成長を求めたいところです。来年からセ・リーグにもDH制が導入されますが,その枠を任せられる打者になれるかどうか。立石も含め,若い選手が台頭してくれれば,佐藤が抜けた場合の穴も,少しずつ埋めていけるかもしれません。ショート問題はなかなか解決しません。今年は元山がよく働いてくれましたが,来年も同じように期待できるかは,何ともいえません。外国人野手も,期待どおりにいかないことが続いています。一人でも打線の柱になってくれれば,ずいぶん違うのですが。補強については,広島の坂倉をFAで獲得できればと思いますし,個人的には小園にも関心があります。報徳学園時代から注目していた選手です。今回の広島退団の経緯もあり,やや私生活に懸念がありますが,まだ若いので,きちんと教育して管理できれば,阪神のショートを長く任せられる可能性を感じます。
 投手陣では,高橋の活躍は言うまでもありません。ただ,高橋が十分な間隔を空けて登板できた背景には,村上と才木がローテーションを守ってくれたことがあります。高橋の勝ち星だけを見ていては,この二人の貢献を見落としてしまいます。とくに村上は,防御率1.85で最優秀防御率のタイトルを獲得しました。打線の援護に恵まれない試合が多く,投球内容からすれば,15勝5敗くらいでもおかしくなかったのではないでしょうか。才木も含め,先発の柱がしっかりしていたことが,最後まで優勝争いを続けられた理由でしょう。
 救援陣では,工藤が頼もしいストッパーに成長しました。岩崎が不安定で,ドリスにも後半は疲れが見えたなか,まさに救世主でした。新人王にも大いに期待したいところです。木下とともに,優勝に大きく貢献してくれました。大竹,下村,ルーカス,伊藤将司らも含め,投手陣全体で足りないところを埋めながら戦ったシーズンだったと思います。伊原の不祥事は誤算でしたが,来季は戻ってくるでしょうか。
 全チームに勝ち越しての完全優勝でしたが,決して楽な道のりではありませんでした。巨人に追い上げられ,最後まで気を抜けない優勝争いでした。それだけに,連覇の喜びも大きいものがあります。まずは,クライマックスシリーズをしっかり勝ち抜いてほしいと思います。その先でソフトバンクと対戦することになれば,今度こそ雪辱を果たしてほしい。サトテルのホームランを,阪神のユニホームでもう少し見ていたいという気持ちもあります。

2026年10月 7日 (水)

カスハラと労働組合活動

 「キーワードからみた労働法」の新稿では,カスタマーハラスメントを取り上げています。立法前にも一度取り上げたため,今回はPart 2です。10月1日からは,労働施策総合推進法に追加されたカスハラ関係規定が施行されています。そこで,新制度の内容を確認するとともに,立法論としてなお残る課題を検討し,ILO条約も手掛かりに,暴力やハラスメントによる切迫した危険から労働者が退避できる権利を明確にすることも考えてよいのではないか,という提案をしています。
 その原稿では論じなかったのですが,気になっているのが,労働組合との関係です。労働施策総合推進法33条が対象とするのは,顧客だけではなく,「取引の相手方,施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者」です。労働組合の組合員には,当該使用者に雇用されていない者もいます。合同労組の役員などが典型でしょう。こうした外部組合員が,「その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者」に該当するかは,必ずしも明らかではありません。カスハラ防止指針では,労働組合やその役員は「顧客等」の例として挙げられていませんが,条文上,外部組合員を対象から除外する限定もありません。少なくとも,該当しないと簡単に言い切ることも難しそうです。仮に外部組合員も33条の「顧客等」に含まれるとすれば,団体交渉をはじめとする組合対応を担当する従業員に対する言動が,その従業員の従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超え,その就業環境を害することのないよう,使用者には雇用管理上必要な措置を講じる義務があることになります。団体交渉が社外の会議室などで行われた場合でも,担当従業員がそこで業務を遂行している以上,その場所は33条の「職場」に含まれ得ます。カスハラ防止指針は,とくに悪質と考えられる言動への対処例として,警告文の発出,施設への出入りの禁止,仮処分命令の申立てなどを挙げています。そうすると,外部組合員に対する立入り禁止も,一応は選択肢になり得ることになります。
 ここで問題となるのが,労働組合法との関係です。正当な団体交渉その他の組合活動は,憲法28条と労働組合法による特別の保護を受けます。労組法1条2項は,正当な団体交渉その他の行為について刑法35条の適用を認める一方,「いかなる場合においても,暴力の行使」は正当な行為と解釈されないと定めています。発言などの非暴力的な行為について,どこまで正当性が認められるかは,行為の目的,態様,必要性,交渉の経緯などにより判断されることになるでしょう。もちろん,労働組合の行動として正当性が認められるかという問題と,その言動にさらされる使用者側の従業員をどのように保護するかという問題とは,法的効果の異なる問題です。
 労働組合の行動としての正当性の問題を考えるうえで思い出されるのが,国鉄久留米駅事件です。国労の年度末手当要求闘争に際し,組合役員らが信号所に立ち入った行為や,組合員らを排除しようとした鉄道公安職員に水を浴びせた行為などの刑事責任が争われました。最高裁大法廷は,争議行為に際して行われた犯罪構成要件該当行為について,争議行為の一環であるという事情を含む具体的状況を考慮し,「法秩序全体の見地」から許容されるかどうかを判断すべきであるとしました(最高裁判所大法廷昭和48年4月25日判決)。「法秩序全体の見地」をどう解釈すべきかは,必ずしも分明ではありませんが,菅野和夫・山川隆一『労働法(第13版)』(弘文堂)は,最高裁は「実際上は実力行使を厳しく評価する立場を貫いている」としています(1090頁)。
 「法秩序全体」は,時代から切り離された固定的なものではないはずです。ハラスメントに対する社会的評価の変化と,それを受けて整備されてきた法制度も,今日の法秩序を構成しています。その意味では,今日のカスハラ法制が問題視するような人格侵害的な言動であることが,組合活動の正当性を判断する際の不利な考慮要素となる可能性はあるでしょう。ただし,「法秩序全体」に含まれるのは,ハラスメント防止法制だけではありません。憲法28条と労働組合法による団結権・団体交渉権の保障も,当然にその一部です。したがって,時代の変化を理由として,組合活動の許容範囲を一方向に狭めればよいということではありません。逆に,使用者が「カスハラ」というラベルを貼ることによって,正当な批判や団体交渉を封じることも許されないでしょう。
 戦後80年を超え,労使関係の姿も,職場における人格や尊厳に対する感覚も,大きく変わりました。今日における労働組合活動の正当性の「相場感」は,どのようなものであるべきか。労働者のための労働組合の活動に対する憲法上の保障を十分ふまえながら,交渉を担当する労働者の人格や安全も犠牲にしないルールを,どのように作っていくのか。カスハラ法制の施行を機に,改めて考えてみるべきテーマではないかと思います。

2026年10月 6日 (火)

外国人労働とデジタル優先主義

 

 外国人を雇用する職場での法令違反が,繰り返し確認されています。厚生労働省が9月15日に公表した2025年の監督指導結果によると,技能実習生を雇用する事業場では監督対象の73.2%,特定技能外国人を雇用する事業場では76.5%で,労働基準関係法令違反が認められました(ただし,これは法違反の疑いがある事業場を対象とした監督の結果です)。気になるのは,違反の内容です。技能実習,特定技能のいずれについても,違反は,使用する機械等の安全基準,健康診断結果についての医師等からの意見聴取,割増賃金の支払の順に多くなっています。
 こうしたなか,2027年4月1日から,技能実習制度に代わる育成就労制度が始まります。新制度は,日本の人手不足分野における人材の育成・確保を目的とするものです。ただ,人手不足への対応の仕方となると,出てくるのが「デジタル優先主義」です。ここでは,具体的には,人手不足のときに,いまの仕事のやり方をそのままにして,足りない人数を補おうとするのではなく,まずデジタル技術によって仕事を変えられないかを検討する,ということです。重要なのは,単に新しい機械やソフトを買うことではなく,業務の再編成です。AIに任せられる事務作業や,機械に任せられる運搬作業はないか。このようにして,仕事を一つずつ見直すことで,必要な人数だけでなく,人に担ってもらう仕事の中身も変わる可能性があります。そのうえで,日本人,外国人,AIや機械が,どのように分業すれば効率的に仕事ができるかを考えることになります。もちろん,国籍で役割を固定する話ではありません。
 実は,外国人の受入れとデジタル化を結び付ける仕組みは,すでにあります。物流倉庫分野では,特定技能外国人を受け入れる企業に対し,入庫・在庫・出庫を管理する情報システムの利用が求められています。ただし,これは業務全体を点検して,省力化の余地を尽くしたかどうかまで確認する仕組みではありません。一定の機能をもつシステム等の利用を受入れ条件に組み込んだものであり,デジタル優先主義とは少し違います。
 もう少し踏み込むなら,外国人を受け入れる企業に,DXに対応するための業務体制の点検と省力化に向けた計画の作成を求め,その実施状況も確認する仕組みが考えられます。もちろん,AIや機械でできる仕事が少しでも残っている間は,外国人を採用できないということではありません。また,高度な専門人材や,日本で暮らす永住者などの採用一般を対象とする話でもありません。人手不足対策として設けられた受入れ制度を利用する企業の取組を,どう位置付けるかという問題です。
 DXが,外国人を排除するためのものと受け取られると困ります。むしろ,外国人を危険な作業からできるだけ遠ざけるためにも,仕事のやり方を変えられないか,ということです。そうすると外国人への依存を減らせるかもしれません。のみならず,十分な安全対策もないまま外国人を働かせている職場は,日本人にとってもブラックである可能性が高いのです。DXへのサポートこそ,政府が優先的に取り組むべき雇用政策なのです。

2026年10月 5日 (月)

アレルギー検査

 アレルギーという言葉は,1906年にオーストリアの医師ピルケ(Pirquet)が提唱したもののようです(次のURLを参照)。ギリシャ語のallos(異なった)とergon(働き)を組み合わせた言葉で,もともとは「反応の仕方が変わる」という意味でした。最初から現在のように,体に有害な反応だけを指していたわけではなく,体を守る反応も含む,もっと広い概念だったそうです。
 なぜこのようなことを調べたのかというと,人間ドックの際に受けたアレルギー検査で,何も検出されなかったからです。私は年に1回は,喘息のように感じる症状が出て,数回咳き込むことがあります。何かにアレルギー反応を起こしているのだろうと思っていたので,意外な結果でした。何も出なかったのはよいことなのでしょうが,では,あの咳は何だったのかという疑問が残ります。
 日本アレルギー学会の「アレルギーとは」によると,医学でいうアレルギーとは,免疫の仕組みによって,体に有害な症状が引き起こされることをいいます。本来,免疫は細菌やウイルスなどから体を守る仕組みですが,花粉や食物など,通常は害を及ぼさないものに対しても過剰に反応してしまうことがあります。花粉症などでは,IgEという種類の抗体が関わり,ヒスタミンなどの物質が放出されることで症状が起こります。体を守る仕組みが,かえって本人を困らせるわけです。単に「免疫は強ければよい」とはいかないところに,人間の体の難しさがあります。
 では,検査で何も見つからなければ,アレルギーがないと判断してよいのでしょうか。私が受けたのは,「View39」という血液検査でした。花粉やダニなどの吸入系と,卵や牛乳,小麦などの食物系を合わせた39項目について,それぞれの原因物質に対する「特異的IgE抗体」を調べるものです。今回は,これらがすべて陰性だったということです。
 ただし,39項目を調べたといっても,世の中にあるすべての原因物質を調べたわけではありません。また,金属によるかぶれのように,IgE抗体とは別の仕組みで起きるアレルギーもあり,その場合には,皮膚に試薬を貼るパッチテストなどが用いられます。「アレルギー検査」という名前から想像していたほど,あらゆるアレルギーをカバーする検査ではないようです。
 さらに,検査の対象に含まれるものでも,血液検査が陰性だからといって,必ずアレルギーを否定できるわけではありません。逆に,抗体が見つかっても,実際には症状が出ないこともあります。たとえば食物アレルギーでは,何を食べたときに,どのような症状が出たかということと,検査結果とを合わせて判断する必要があります。検査結果だけで「ある」「ない」がきれいに分かれると思っていたのですが,そう単純ではありませんでした。
 もう一つ,私が区別していなかったのは,喘息とアレルギーとの関係です。喘息には,特定のアレルゲンを確認できないタイプもあります。また,冷たい空気や香りなどの刺激で症状が誘発されることもあり,咳が出るからといって,何かにアレルギー反応を起こしているとは限らなかったのです。結局,喘息かどうかは,症状の出方を確認し,必要に応じて呼吸機能などを調べて判断するもののようです。
 ということですが,「何も検出されなかった」と「何もない」とは,同じではありません。人間ドックで疑問が一つ解消するつもりが,かえって新しい疑問が生まれました。ただ,自分の体について,安易に分かったつもりになっていたことに気づけたのも,検査を受けた意味でした。

松尾弁護士の新刊書

 弁護士の松尾剛行さんから,『実務の落とし穴がわかる! 取適法・フリーランス法のゴールデンルール30』(学陽書房)をご恵贈いただきました。いつも,どうもありがとうございます。「取適法」というのは,かつての下請法が改正され,2026年1月から施行されている法律です。正式には「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」,略称が「中小受託取引適正化法」です。本書のサブタイトルは,「実務の落とし穴がわかる!」です。読んでみると,なるほど,この「落とし穴」というところが重要なのだと思いました。
 労働者と契約をするのであれば,企業側も労働法が適用されることを知っています。契約書に書いておけば何でも許されるわけではないことも,普通の企業なら承知しているでしょう。労働基準法や労働契約法などの強行的な規制があるからです。ところが,相手が「事業者」となると,話は違ってきます。まして相手が法人であれば,「これはビジネスの世界の話だから,当事者同士で合意していればよいだろう」と考えがちですが,実はそうではありません。取適法は,まさに事業者間の取引に介入する法律です。相手も事業者なのだから契約自由の原則に任せればよい,とはならないのです。本書の最初のゴールデンルールも,「契約自由は無制限ではない」です。相手方が納得しているから大丈夫,という発想自体が落とし穴になることがあります。
 フリーランス法にも似たところがあります。ただ,フリーランスという言葉からは,まず個人で仕事をしている人を思い浮かべるでしょう。そのため,発注する企業の側も,「労働者ではないけれど,個人を相手にする以上,何か特別な規制があるかもしれない」と多少は警戒するかもしれません。それでも,実際には公正取引委員会などから指導を受ける事例が出ています。これに対して,相手が法人となると,「事業者対事業者」という意識がいっそう強くなります(なお,法人でも一人社長のような場合には,フリーランス法が適用されることがあります)。だからこそ,取適法の規制は,企業実務にとって意外な盲点になり得るのでしょう。
 法律実務では,難しい法律論を知っていることももちろん重要ですが,「普通に考えると,ここで間違えそうだ」という勘所を知っていることも大切です。法律家にとっても,依頼者がどこで勘違いし,どこで法律違反をしてしまいそうなのかを先回りして見つけることができなければ,十分な助言はできません。
 本書は,そうした実務上の「落とし穴」を30の失敗事例を使いながら丁寧に教えてくれます。「知らなかった」では済まされないけれども,「知らなければ,ついやってしまいそうだ」というポイントを押さえるという意味で,法律実務家にとって有用な本だと思います。
 松尾さんは,IT・AI法務をはじめ,実にさまざまな分野で活躍されています。今回の取適法・フリーランス法まで含め,その守備範囲がどこまで広がっていくのか,楽しみでもあります。

2026年10月 3日 (土)

阪神,球団初のセ・リーグ連覇

 阪神タイガースの優勝が決まりました。今日の広島戦には4対6で敗れましたが,ナイトゲームで巨人がDeNAに敗れ,球団初のセ・リーグ連覇となりました(最後は,元阪神の浜地が巨人を抑えてくれました)。自分たちの勝利で決められなかったのは残念ですが,まずは,ほっとしました。
 ただ,今日の試合には,ひとこと言いたくなります。2回に先制されたものの,3回に坂本の10号ソロで追いつき,さらにサトテルの39号3ランで4対1となりました。優勝を決める試合で,主砲が勝ち越しのホームラン。しかも,投げているのは才木です。これで今日こそ決まる,と思ったのですが,そう簡単にはいきませんでした。才木はその裏,末包に同点3ランを浴びてしまいます。結局,3回7安打4失点で降板しました。3点のリードをもらった直後に,その3点をすべて吐き出してしまったのですから,今日の投球は情けないと言わざるをえません。優勝のかかった試合だからこそ,ここは踏ん張ってほしかったところです。3点差になったことで,少し楽勝ムードが出てしまったのかもしれません。見ている私には,一度緩んだ緊張感がその後も戻らなかったように感じられました。追いつかれたといっても,まだ同点です。そこからもう一度勝ちにいけばよいのですが,打線は4回以降,得点できず,8回に2点を勝ち越されて,そのまま敗れました。サトテルの一発でつかんだはずの流れを,最後まで取り戻せなかった試合でした。こんな試合をしていれば,ズルズルと負け続けて,優勝も逃しかねないなどと心配になる内容でした。
 もっとも,今日の一敗と,シーズン全体の評価とは,分けて考える必要があります。今季の阪神は,投打の両面で,優勝するだけの力をもったチームでした。昨日までの成績では,チーム打率の2割4分8厘,出塁率の3割1分9厘は,いずれもリーグトップです。チーム防御率も2.80で,巨人の2.79とほぼ並んでいます。投手力だけで何とかしのいだのでも,打線だけで押し切ったのでもなく,投打の総合力が優勝を支えたといってよいでしょう。
 とはいえ,その力を安定して発揮できたわけではありません。とくに9月の7連敗は,見ていてつらいものがありました。この7試合で挙げた得点は,合わせてわずか5点です。9月19日には,巨人とのゲーム差がついにゼロになりました。しかし,そこから20日以降の4連勝で持ち直しました。今季の優勝を評価するうえでは,苦しい時期があったことだけでなく,そこで崩れ切らず,もう一度勝てる状態に戻したことも,きちんと見ておくべきでしょう。
 また,大きかったのは巨人との直接対決です。今季の対戦成績は16勝8敗1分でした。8月には,東京ドームと甲子園で,それぞれ3連勝しています。追いかけてくる相手に直接勝って差をつけたことが,最後にものをいいました。優勝が決まった瞬間だけをみれば,巨人の敗戦を待つ形でしたが,そこまでの優位をつくったのは,阪神自身の戦いです。「他力で決まった」というだけでは,今季の優勝を正しく表したことにはならないでしょう。
 もちろん,優勝したからといって,すべてがよかったということにはなりません。交流戦では6勝12敗と負け越しましたし,今日のように,有利な展開に持ち込みながら勝ち切れない試合もありました。セ・リーグを制したことと,日本一になるために十分な状態にあることとは,別の話です。クライマックスシリーズは,とくにDeNAが出てくれば,簡単にはいかないような気がします。これからの短期決戦に向けて,まだ引き締めるべきところはあります。
 監督の采配や,個々の選手の今季の働きについては,回を改めて書きたいと思います。今日は,まず連覇を祝うことにしましょう。次は,ポストシーズンは,勝ってすっきりと喜ばせてもらいたいものです。

2026年10月 2日 (金)

王座戦第3局

 今日,北海道・ニセコで行われた王座戦五番勝負第3局では,伊藤匠王座が広瀬章人九段に勝ち,対戦成績を2勝1敗として,初防衛まであと1勝としました。伊藤王座は,A級順位戦では0勝3敗と苦戦しています。A級は相手がすべてトップ棋士ですから,3連敗そのものを必要以上に重く見るべきではないでしょう。ただ,名人挑戦争いという点では,早くもかなり厳しい位置からの戦いになっています。それだけに,王座戦ではなんとしてもタイトルを守りたいところでしょう。もっとも,伊藤二冠(叡王・王座)は王将戦の挑戦者決定リーグでは連勝しており,決して不調というわけではなさそうです。
 A級では,永瀬拓矢九段,豊島将之九段,増田康宏八段の3人が3戦全勝。近藤誠也八段と広瀬九段が2勝1敗で追っています。佐々木勇気八段と佐藤天彦九段は1勝2敗,糸谷哲郎九段,千田翔太八段,伊藤二冠が0勝3敗です。まだ序盤とはいえ,早くも上位と下位がやや分かれてきた感じもします。B級1組では,渡辺明九段が開幕から6戦全勝で首位を走っています。2番手には4勝1敗の服部慎一郎七段がつけ,さらに3勝2敗で大橋貴洸七段,稲葉陽八段,久保利明九段が続いています。渡辺九段が一歩抜け出した形ですが,長丁場だけに,まだ後半戦で大きく動く余地があります。
 女流棋戦も佳境を迎えています。白玲戦七番勝負では,西山朋佳白玲(四冠)が福間香奈女流四冠に第4局で勝ち,3勝1敗として防衛に王手をかけました。西山白玲はこれまで白玲を4期獲得しており,あと1勝すれば通算5期となって「クイーン白玲」の資格を得ます。さらに,新たな規定により棋士編入資格も得ることになり,女性初の棋士誕生につながる可能性があります。第5局は10月10日に金沢で行われます。



2026年10月 1日 (木)

「同一労働同一賃金ガイドライン」の改正に思う

昨日のアップでは重複箇所があったので直しました。
 

 今日から,「同一労働同一賃金ガイドライン」の改正版が適用されます。正確には,ガイドラインだけでなく,短時間有期雇用法の施行規則や雇用管理指針なども改正されています。施行規則では,パート・有期労働者を雇い入れる際に,「法第十四条第二項の規定による説明を求めることができる旨」,つまり通常の労働者との待遇の相違の内容や理由について説明を求めることができる旨を明示することが新たに必要となりました(短時間有期雇用法6条1項,同法施行規則2条1項4号)。
 ところで,「ガイドラインの改正」と聞くと,労災認定基準のように,判例に即した改正というものがまずは考えられます。今回も,法施行後に出された最高裁判決などを踏まえたものといえそうで,賞与,退職手当,無事故手当,家族手当,住宅手当,病気休職,夏季・冬季休暇,褒賞などについて記載が追加されていますが,判例そのものは,必ずしも明確なものではなく,判例に即した改正と言い切れるのか疑問がないわけではありません。もし法律に書かれておらず,判例も明確に言っていないことを,行政が次々と書き加えていくのであれば,それはガイドラインという形式を使った新たな規制ではないのか,という疑問も生じます。しかし,実際に今回の改正内容を読んでみると,そこまで大げさなものではありません。それでは,これで企業は安心して,「この待遇差は適法,こちらは違法」と判断できるようになったのでしょうか。
 均等待遇であれば,もともと話は比較的簡単です。同じ状況の者について差別的取扱いをしてはならないというルールだからです。難しいのは,均衡待遇です。職務内容,職務内容・配置の変更の範囲,その他の事情を考慮して,待遇差が「不合理と認められるもの」であってはならないと言われても,それではいったいどの程度の差まで許されるのかは,なかなかわかりません。
 これは企業の人事担当者だけの問題ではないでしょう。現場で相談を受ける行政の担当者も,簡単には答えられないはずです。私も具体的な企業の賃金制度を示されて,「この差なら大丈夫でしょうか」と尋ねられて,自信をもって答えられるわけではありません。ガイドラインに具体例をいくら追加しても,この問題は根本的には解消しないのです。
 そう考えると,今回の改正で,むしろ注目したいのは別のところです。前述のように,雇入れ時に,労働者が待遇差の内容や理由について説明を求めることができる旨を明示することが義務づけられました。今回の制度見直しの議論でも,基本的な法的枠組みを変更するのではなく,説明義務の改善や労使コミュニケーションを通じて待遇改善を進めるという方向が示されています。これは,私が以前から重視している「納得同意」という考え方に,かなり近いように思います。
 どこまでの待遇差なら「不合理ではない」かについて,行政があらかじめ完璧な答えを示すことには限界があります。それよりも,なぜ正社員と非正社員との間にこのような待遇差を設けているのかを企業がきちんと説明し,労働者との対話を通じて,できるだけ納得を得られる労働条件を形成していくことのほうが重要です。法的な限界線が明瞭でない領域だからこそ,説明と納得のプロセスが重要になります。それは紛争を未然に防ぎ,裁判を回避するという意味でも大切です。
 同一労働同一賃金政策について,私はこれまでかなり批判的なことを書いてきました。そもそもの政策の出発点から,方向を間違えたのではないかという思いもあります。とはいえ,一度始めた政策を,行政が途中で,これはうまくいかなかったので,やり直しますと言うのは容易なことではないのでしょう。制度が動き出せば,その制度を前提とした実務も組織もできあがってしまいます。
 私が政策についていろいろ批判的なことを書くとき,理想論だけで,出来もしないことを言っても仕方がないと思われていることでしょう。ただ,現場では,現行の制度を少しでもよいものにしようと努力している行政官がいて,そういう人たちが「今の制度を本当にこのまま続けてよいのだろうか」と考えるときに,外部からの批判が少しでも支えになればと思っています。
 もう少し引いた視点から,なぜ労働政策はうまくいかないことがあるのか,そして政策形成をどう考え直すべきなのかについては,拙著『労働政策論の再創造』(弘文堂)の第1章で論じています。異論もあるでしょうが,頭の体操として読んでいただければと思います。

2026年9月30日 (水)

『詳説 労働契約法(第3版)』

 荒木尚志・菅野和夫・山川隆一『詳説 労働契約法〔第3版〕』(弘文堂)をいただきました。いつも,どうもありがとうございます。労働契約法について何か調べるときには,まず参照しなければならない本です。その最新版が出たことは,大変ありがたいことです。第2版が2014年刊行でしたから,実に12年ぶりの改訂ということになります。
 この12年間の大きな変化の一つは,旧労働契約法20条が削除され,有期雇用労働者の不合理な労働条件の禁止に関する規定が,短時間・有期雇用労働法に移されたことでしょう。これに伴い,第3版では,新たにパート・有期労働者の均等・均衡待遇に関する節が設けられ,多くのページが割かれています。本のタイトルの下にも,「パート・有期労働者の均衡・均等待遇を含む」と注記されています。体系的にみれば,短時間・有期雇用労働法は,部分的には,いまや労働契約法の特別法のような位置づけかもしれません。
 もう一つ目を引いたのが,「労働者」の定義を扱う箇所に,「非労働者の法的保護」が新たに加えられていることです。フリーランス法の制定もあり,労働者か非労働者かという境界領域をどう扱うかが,現在の労働法における重要な問題となっていることを示すものといえるでしょう。
 そして,おそらく今後とくに重要になるのが,第4章「今後の課題」です。基本的には第2版の議論が踏襲されているように思いますが,今回は従業員代表制にかなり力を入れた内容となっています。これは,過半数代表者制度のあり方などが改めて政策課題となっている現在の政府の議論の動向とも重なります。労働契約法の将来を考えるうえで,個別の労働契約ルールだけでなく,職場における集団的な意思形成をどのように制度化するかが重要になっているということでしょう。
 私自身は,短時間・有期雇用労働法8条の効力をどう考えるか,あるいは過半数代表者制度を今後どのように制度設計していくべきかといった点では,本書の著者たちとは異なる立場をとっています。しかし,それは見解の違いというだけのことです。自分の見解をもつためにも,まず現在の労働契約法についての正統的な解釈がどのようなものであるかを知る必要があります。
 その意味で,本書は,研究者や実務家はもちろん,労働法を本格的に学ぼうとする学生にとっても,まず参照すべき基本文献であり続けるでしょう。もちろん,いつまでも,この3先生に頼っていてはいけません。第4版で,フレッシュなメンバーが入るかが注目ですね。

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