2023年3月27日 (月)

労働組合法上の労働者概念

 先日の神戸労働法研究会では,Uber Japanほか事件の東京都労働委員会命令について議論をしました。ここでは細かいコメントを差し控えますが,この命令は,労働者性を肯定する結論が先に決まっていて,理由はそれに合わせたという印象は否めませんね。ただ,労働者性の判断は往々にしてこういうものになるので,結論の妥当性が正面から問題となるといえそうです。
 ところで,労組法上の労働者性については,契約内容の一方的決定が判断要素の一つに挙げられています。契約内容が一方的に決定されていて,決定されている側の当事者が多数であれば,団体交渉によって契約交渉するのになじむというのは一般論としては理解できます。拙著『雇用社会の25の疑問(第3版)』(2017年,弘文堂)で,イタリアの鉄道会社と乗客たちの団体交渉の例をあげています(第5話「労働者には,どうしてストライキ権があるのか。」55頁を参照)が,団体交渉には,いろんなタイプのものがありえるのです。契約内容の一方的決定が団体交渉に適しているということであるとすると,約款を使っているような契約の多くは団体交渉に適したものとなります。もしそうでないとするならば,労働にかかわる契約条件であるところに特殊性があると考えるべきなのでしょうかね。それでも従属的な労務提供者であればわからないわけではありませんが,従属性が希薄であっても,労働者に含むというのが通説の考え方ですので,そうなるとやはり疑問が残ります。
 日本法では,労働組合以外の団体交渉については,事業者協同組合のように相手に団体交渉義務がある場合でも,交渉拒否に対して不当労働行為として団交命令がでるというような特別な手続はありません。そうだとすると,そこに労組法上の労働者の特殊性を見いだすことができるかもしれません。ジュリストの論文(「フランチャイズ経営と労働法―交渉力格差問題にどう取り組むべきか」ジュリスト1540号(2020年)46頁以下)でも書いたように,労組法上の労働者概念はもともと広い意味で捉えられていたのですが,不当労働行為の行政救済制度が導入されたところで,労働者概念は限定的に解す必要が生じたのではないかと思うのです。どの研究者からも相手にされていない見解ですが(私の場合,こういうものがたくさんあって,引退前に一度まとめてみたいと思いますが),世の中にたくさんある団体交渉適格のあるもののなかで,あえて不当労働行為による救済制度が必要なものはどれかという視点でみると,労組法上の労働者概念は広いという前提は疑う余地があり,労働組合の資格審査(5条1項)において審査される労働組合の定義(2条)における労働者(3条)の範囲は,もう少し限定されるべきという考え方もできないわけではないと思っています(兵庫県労働委員会でそういう立場がとられているわけではなく,あくまで研究者としての一私見です)。そうなると,労組法上の労働者概念と労基法・労契法上の労働者概念が違うという考え方からして見直す必要があるのではないかと思えます。

 

2023年3月26日 (日)

大相撲

 大相撲は霧馬山の逆転優勝でした。大栄翔は,本割も優勝決定戦も勢いよく攻めていきましたが,霧馬山の足腰の良さに負けましたね。霧馬山は大関の力はあるでしょう。御嶽海はだめになっちゃいましたが,正代は復活しました。不思議な力士です。北青鵬は,かつての貴ノ浪を思わせるような豪快な相撲が魅力ですね。
 今場所は,いつも応援している地元の貴景勝の綱取り場所でしたが,怪我で途中休場してしまい残念でした。来場所は一転してカド番です。貴景勝は,応援してはいるのですが,ほんとうは,彼の相撲内容はあまり好きじゃありません。押し相撲一辺倒というのは,単純すぎて相撲の面白さがあまり出てきませんよね。電車道で押し切ったらよい相撲と言われるのですが,それよりも四つに組んだ投げの打ち合いのような相撲のほうが個人的には好きです。その点では,モンゴル人は逸ノ城や照ノ富士は別として,優勝した霧馬山や10勝した豊昇龍のように,わりと細身だけれど,粘りのある四つ相撲で盛り上げてくれる人が多いような気がします。若隆景や若元春の兄弟も面白い相撲をしてくれて好きですが,若隆景は怪我してしまいましたね。
 朝乃山は,十両東の筆頭で13勝し,再入幕となりそうです。ただし幕内下位の負け越し者が少ないので,まさかの見送りがないわけではありません。逸ノ城が東3枚目で,141敗の優勝で,朝乃山にも勝っているので,再入幕はほぼ確実です。朝乃山もたぶん再入幕すると思いますが,そうなると来場所は逸ノ城とそろって大勝ちして,一気に上位に駆け上がってくるでしょうね。朝乃山は,いまの上位陣をみていると,あっという間に大関に復帰できるかもしれませんし,そう願って応援している人は少なくないでしょう。

2023年3月25日 (土)

男性の育児参加と絵本のジェンダーバイアス

 先日の日本経済新聞の「大機小機」で,少子化対策として,男性の育児参加の推進が必要ということが書かれていました。そこにあるように若者の意識は変わってきていて,ワーク・ライフ・バランスへの配慮がない企業は敬遠されるであろうというのは,そのとおりだと思います。
 ところで,政府の人たちは,子どもたちのもつ絵本を読んだことがあるでしょうか。そこには驚くほど古典的な「家事や育児は女性」を前提としたストーリーが,日本のものも海外のものも関係なく,描かれています。こういうものを子どもたちは読み聞かされて育つということを知っておいたがほうがいいでしょう。もしかしたらバリバリ働いている人は,なかなか子どもにゆっくり絵本を読んであげる時間がなく,保育園に任せてしまっているのかもしれませんが,少しでも絵本を読んでいると,すぐに大きな違和感をおぼえることでしょう。男性の育児参加を進めるうえでの支障とまでは言えないかもしれませんが,男性が子どもに読んであげる絵本のなかでの男性不在ぶりを感じると,なんとなく気持ちが盛り上がらないということもあるでしょう。一例として,Pat Hutchins作の『The Doorbell rang』(日本語版の題名は『おまたせクッキー』)という本がありますが,人種の平等性への配慮はあるのですが,クッキーを焼くのはお母さんとお祖母さんという前提(性別役割分担?)で,大人の男性が出て来ない話です。家事は女性であることに何も疑問がないかつての時代の話が読み継がれているのでしょうか。この絵本自体は,とてもよい内容で素晴らしいです(算数の勉強にもなります)が,時代感覚が古い感じがしますし,同様のことは多くの古き良き絵本にみられます。
 少子化対策は,前に書いた不妊治療への助成(20224月から保険適用がされてずいぶん改善されたといえますが,まだやれることはあると思います)以外にも,意外なところに盲点があって,やれることが眠っているかもしれません。金銭をばらまくことだけではなく,もっと知恵を集めてみてはどうでしょうか。金銭的なことが必要かと問われれば,誰でも必要と答えるのですが,それにとどまらず,実は思わぬところに男性育児の阻害要因があって改善できることがあるかもしれないのです。官僚や政治家の男性に育児経験者を増やすことこそ,最も効果的な少子化対策かもしれませんね。

2023年3月24日 (金)

シンポジウム

 今日は,神戸大学の社会システムイノベーションセンターで,「労働プラットフォーム」をテーマとしたシンポジウムをオンラインで開催しました。社会システムイノベーションセンターのプロジェクト(「文理融合型アプローチによる法経連携法政策学研究」)の一環で,何か労働関係でテーマはないかということで相談されたところ,年度末ぎりぎりですが,今回のシンポジウムを提案して,開催することができました。聴衆の皆さんには感謝申し上げます。またプロジェクトのメンバーの先生方に加え,ゲストとして登場してくださった柳川範之先生と中田邦博先生には心より感謝申し上げます。中田先生はドイツからの参加でした。また神戸大学の卓越教授の肩書きをおもちの善如悠介先生はオーストラリアからの参加でした。国外からの参加者は時差があって大変だったかもしれませんが,国内のどこかの部屋から接続されているのと同じような感じで議論ができました。オンラインで海外とつないだシンポジウムは初めてだったのですが,こういうことであれば,ほんとうにいちいち海外に行く必要はないなということを,改めて確認できました。
 内容のほうは,ここでは紹介できないくらい盛りだくさんです。経済学の人が,デジタル労働プラットフォームについてどう議論をするのか知りたかったので,非常に刺激を受けました。また中田先生には消費者保護の観点から議論してくださり,私とは見解が合わないところも所々ありましたが,でもとても勉強になりました。今回のシンポをきっかけに,いっそうインターディシプリンな研究を深めて,政策提言につなげていければと思っています。

2023年3月23日 (木)

研究者の仕事

 佐藤博樹さんから,中央大学のビジネススクール(CBS)の定年退職に合わせた「最終報告」のパンフレットをお送りいただきました。私と比較的近い世代の先輩の研究者に,そろそろ定年の人が増えてきていて,少し寂しい感じがします。佐藤さんとは,日本労働法研究雑誌に同時期に編集委員をさせてもらったことがあります。編集委員時代の10年少しの経験は,私の研究人生に大きな影響を与えたと思います。JILPTにはたいへん感謝しています。私が編集委員となったのは,2000年か2001年くらいだったでしょうか。たしか山川隆一さんの後任で,荒木尚志さんと一緒にやったような記憶があります(荒木さんのあとは,中窪裕也さん,水町勇一郎さんと一緒でした)。労働法以外の分野では,佐藤博樹さん以外に,中村圭介さん,佐藤厚さん 大竹文雄さん,玄田有史さん,守島基博さん,藤村博之さんたちがいたと思います。錚々たるメンバーですね。これで刺激を受けないはずがありません。
 佐藤さんからは,編集委員を辞めたあとも,直接,あるいはご著書から,いろいろ教えていただきましたし,昨年の9月には一緒にセミナーをやるなど,これまでも役所関係の仕事や講演などで一緒になることがありました。
 今回いただいた「最終報告」の冒頭に,日本労務学会誌に特別寄稿された「問題の解決の『鍵』は現場に―実証的な労働研究」という論考が掲載されていました。そこでは,佐藤さんがこれまでの研究を振り返っていますが,若いころから,現場を重視した研究を一貫してやってきたことがよくわかります。企業の人材活用のあり方を現場の情報を収集しながら分析し,さらにある頃からは政府の場でも主導権を発揮してこられました。労働組合研究,正社員以外の多様な働き方,人材サービス,両立支援・ワーク・ライフ・バランスなど,研究テーマは,労働政策の主要課題を先取りしたものでした。研究者として理想的な仕事をされてきたのだなと思いました。
 現在の研究テーマとしては,柔軟性・知的好奇心・学習意欲の3つを具備した社員の育成,および,仕事をする時間と仕事をしない時間のバウンダリー・マネジメントを挙げておられます。どちらも重要なテーマです。社員育成の3つの要素は,佐藤さん自身がまさにもっているものでしょう。バウンダリー・マネジメントの鍵は,DXであると思っていますが,佐藤さんたちが,どのような研究成果を出されるか楽しみにしています。

2023年3月22日 (水)

WBC優勝

 今日は暑い日でした。神戸もちらほら桜が咲いています。東京は満開のようですね。
 先日はWBCの試合が長すぎることから始まって,野球は野蛮であるとまで言って悪口を書いてしまいました。基本的にはそういう認識は変わっていませんが,幼いころから野球文化に洗脳されている私は,やっぱり良い試合をみると感動してしまいますね。準決勝のメキシコ戦は,ときどきネットで試合経過を確認していたあと,そろそろ画面でみようかと思ってつけたら,吉田選手のスリーランが出てびっくりしました。前にも書きましたが,阪神タイガース以外のチームで,最も応援しているのがオリックスにいた吉田選手でした。嬉しかったですね。大リーグでも活躍するでしょう。その後,阪神の湯浅が打たれるなどして,差がつきました(でも吉田の好返球があって最少失点に抑えることができて助かりました)が,最終回にドラマが待っていました。大谷選手の二塁打は気合いが入っていました。最後の村上選手のサヨナラヒットは,日本中を感動の渦に巻き込みましたね。観ているほうも,打てない村上と一緒に苦悩していたので,感動はひとしおでした。その途中で,岸田ウクライナ訪問の速報が入り,少し驚きましたが,観戦しているほうは,それどころではありませんでした。決勝戦も,途中までは同じようにネットで試合経過を確認する感じでしたが,昼休みに入ろうとPrime Videoにつなげば,ちょうど最終回となっていて,大谷がマウンドにいました。ということで,一番良いところは観戦できました。1番から3番を不動とし,4番と5番の入れ替えはあったものの,6番の岡本も含めて,上位打線がほぼ固定できたのがよかったですね。栗山監督は,日ハムの監督時代から,結果を出せる監督だと思っていましたが,今回もお見事でした。今回は,阪神の選手はあまり目立ちませんでした(中野選手は,骨折した源田選手に勝てなかったということを,よく反省して守備を鍛えてほしいです)が,WBCに出場すると,どうしてもその影響で出遅れてしまうので,むしろ良かったと考えましょう。
 それにしてもNHKは今日の夜のニュースのトップがWBC優勝で,岸田首相のウクライナ訪問関係のニュースよりも先であったのは驚きです。いくらなんでも,これはちょっとおかしくないですかね。

2023年3月21日 (火)

議員のポストの軽さ

 アメリカの前大統領で,次期大統領に出馬を表明している人に逮捕の噂が流れたり,ロシアの「皇帝」的大統領に国際刑事裁判所から逮捕状が出されたりするなど,普通ならびっくり仰天しそうな話だと思いますが,誰もそれほど驚かないような世界になってしまいました。日本でも,参議院議員から,一転して逮捕状が出されて「お尋ね者」になった人がいました。三人は嫌疑の内容も社会的な地位や重要性も異なるのですが,要するに,こういう人であっても(もちろん有罪と決まったわけではありませんが),選挙というものがあると選ばれてしまうことがあるというのが民主主義です。
 ところで,経済安全保障担当大臣の高市早苗氏は,立憲民主党の小西洋之議員からつきつけられた,放送法関係の文書(小西文書)について,国会において,その内容が真実であれば議員辞職をすると言ったそうです。真実でない自信があったからかもしれませんが,私には,議員のポストを軽く考えているのではないか,という気がしてしまいました。自信があれば,堂々と論駁すればいいだけです。放送の中立性はとても重要なことです(アメリカのようにメディアは正しいことを伝えないというような国になってしまっては困るのは確かです)が,かりに文書の内容が真実であっても,総務大臣はもとより,大臣適格性に欠けるということはいえても,議員を辞めるほどのことではないと思います。簡単に議員のポストを賭けてしまうという点に,このポストを軽く扱っているなという印象をもってしまったのです。2021年の衆議院選挙の結果をみると,奈良2区で彼女は圧勝でした。辞職しても,次の選挙でまた勝てるという自信があるのでしょう。もちろん辞職する気はないのでしょうが,緊張感のなさが,議員辞職という言葉が簡単に出てくる背景にあるのではないかと思います。そして,そういうことを言うこと自体,もしかしたら議員にふさわしくないように思えてきます(どうも奈良知事選をめぐる自民党内の争いのようなことも,この騒動の背後にはありそうですが,ほんとうのところは,よくわかりません)。
 それだけではありません。安倍元総理も,森友問題で,簡単に議員辞職を口にし,その辻褄合わせをするために財務省が忖度した結果,赤木事件が起きてしまったと言われています。安倍さんも,選挙に負ける可能性は実質的になかったから,簡単に議員ポストを賭けることができたのかもしれませんが,議員ポストを賭けるのは,普通の人はとても深刻に受け止めるので(だらかこそ,その発言が効果的でもあるのですが),赤木事件という悲劇が起きたのかもしれないのです。安倍さんのケースでも,森友問題は大きいことですが,妻がしたことにすぎないので,総理大臣を辞めるのはともかく,議員ポストを賭けるほどのものではなかったように思います。死者に鞭打つ気はありませんが,やはり軽率な発言でした。何も仕事をしようとせずに除名されてしまうような議員と同様,議員辞職を軽々しく口にするような大臣や議員も,国会を軽視していると言われても仕方ないでしょう。
 話は変わりますが,上記の放送関係で問題発言をしたとされる磯崎洋輔という元議員(当時は安倍さんの側近の首相補佐官)は,私が気にいっていたNHKの「ちむどんどん」の内容を酷評し続けていた人ですね。テレビ番組にいろいろと文句を言いたい人のようですね。

2023年3月20日 (月)

ディオバン事件に思う

 低気圧が来るときは,軽い頭痛が出て,立つとふらっとすることがあるのですが,そういうときは血圧を測定すると,驚くような高さになっています。どの程度の血圧が高血圧なのかについては,かつては年齢+90と言われていて,それであれば安心することもあるのですが,もっと低いという情報もあります。高血圧の基準を低くすれば,降圧剤がよく売れるそうです。そうなると,高血圧の基準は,ひょっとして営利目的で適当に設定されているのではないかという疑念も抱きたくなります。
 そんなことを考えるのは,製薬会社も医学研究者も,営利のためなら何でもやりかねないという不信感があるからです。それは,10年以上前のことですが,大手製薬会社のノバルティスファーマの降圧剤であるディオバン(一般名は,バルサルタン)について,臨床データ不正の事件があったことと関係します(同様の不正事件は,この事件だけではないのですが)。この事件では,この製薬会社の社員が大学の研究者に不正なデータを提供し,それに基づいてその研究者が論文を権威ある学術誌に出して掲載され,そのいわばお墨付きに基づいてディオバンが大ヒットしていました。データ不正を見抜けなかった研究者の責任は重いように思いますが,これをあまり言うと,STAP細胞の笹井教授のようなことが起こりかねません。
 このディオバン事件では,製薬会社とその社員が起訴されて,大学の研究者は検察の証人側に回ったようです。起訴の理由は,薬事法(現在は,医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律)66条1項違反で,同項は「何人も,医薬品,医薬部外品,化粧品,医療機器又は再生医療等製品の名称,製造方法,効能,効果又は性能に関して,明示的であると暗示的であるとを問わず,虚偽又は誇大な記事を広告し,記述し,又は流布してはならない」と定めています。これに反すると刑罰が科され(85条),法人に対する両罰規定もあります(90条)。問題となったのは,学術論文に掲載させたことが,66条で禁止されている広告に該当するのかです。2021628日に出た最高裁の第1小法廷判決(平成30年(あ)1846号)は,同項の規制する「記事を広告し,記述し,又は流布」する行為とは,「特定の医薬品等に関し,当該医薬品等の購入・処方等を促すための手段として,不特定又は多数の者に対し,同項所定の事項を告げ知らせる行為」であり,学術雑誌への論文の掲載は,「特定の医薬品の購入・処方等を促すための手段としてされた告知とはいえない」として,原審の無罪判決を支持し,上告を棄却しました。山口厚裁判長(刑事法の専門の元東大教授)は,補足意見として,「本件におけるような学術論文の作成・投稿・掲載を広く同項による規制の対象とすることは,それらが学術活動の中核に属するものであり,加えて,同項が虚偽のみならず誇大な『記事の記述』をも規制対象とするものであることから,学術活動に無視し得ない萎縮効果をもたらし得ることになろう。それゆえ,その結果として,憲法が保障する学問の自由との関係で問題を生じさせることになる。このことを付言しておきたい。」と述べています。
 憲法学の観点からは,薬事法661項は,広告規制であり,言論・表現の自由を制限するという視点が問題となります。また学術論文への掲載の準備段階でのデータにおける不正を問題とする点では,学問の自由にも関係しうるものです。もちろん不正行為が許されるわけではないのですが,今回の問題の背景には,論文を執筆した研究者側と製薬会社側との間のズブズブの関係がありそうです。私たちが求めているのは,正しいデータに基づき効果が確認された薬が使われるようにすべきということなのであり,それさえできれば研究者と業界が協力するのはかまわないと思うのです。本事件後に,臨床研究法が制定されて,一定の対応が取られているようです(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000163417.html)が,根本的には,研究者のモラルにかかっているのかもしれません。データを提供した側が,営利企業の社員であることからすると,そのデータを活用した論文を書くことの危険性はわかっていたはずです。その道義的,あるいは学術的な責任は重いような気もします。今回,最高裁は,こうした事例に刑事罰を発動することがもたらす,まっとうな学術活動への萎縮的効果を心配し,適切な処理をしたと考えられますが,これは良い裁判長であったことにも関係しています。違う裁判官であれば,薬は人の生命や健康にかかわるようなことである以上,その責任は重いとして,66条1項の構成要件を広く解釈する立場をとることもあるかもしれません。日本国憲法には明文で規定はないものの,健康の権利は,憲法13条の幸福追求権や25条の生存権に含まれているとして,表現の自由や学問の自由と匹敵するものであるというような視点で解釈すると,今回の最高裁判決とは違った結論が出てくるかもしれません。もちろん,こういう解釈はやや無理があるのかもしれませんが,社会を大きく騒がせ,医師の処方する薬に対して重大な不信をもたらした事件であることを考慮すると,関与した研究者たちは,表現の自由や学問の自由にとてつもない大きな危険をもたらしたということを,よく自覚してもらわなければならないでしょう。たんに製薬会社側が無罪になったのはけしからんというようなことではなく,そして裁判所がそうした社会に漂う情緒的なムードに流されずに冷静な判断をしたことは,法の番人としてきわめて重要なことであるのですが,一方で,私たちはほんとうの問題は何であったかをしっかり見極めることが必要であるように思います。いずれにせよ,研究不正について,法がどのように関わることができるかを考えるうえで,きわめて興味深いテーマを提示した事件だと思います。
 さて,高血圧はやはり怖いのですが,血圧を下げるのは,できるだけ薬に頼らずに,運動や食事によって頑張りたいです。

*憲法の議論については,木下昌彦「研究不正と営利的言論の法理ディオバン事件における薬事法661項の解釈論争を素材として」論究ジュリスト2568頁(2018年)を参照。
*業界の事情については,上昌広『医療詐欺』(講談社+α新書)の第1章「先端医療と新薬を支配する『医療ムラ』は癒着と利権の巣窟」を参照。

2023年3月19日 (日)

藤井デー

 今日は藤井デーでした。NHK杯の決勝戦は,A級昇進を決めたばかりの(収録番組なので,実際の対局はその前ですが)佐々木勇気(新)八段相手に快勝でした。あまりにも強すぎます。最後は美しく詰ましました。これでちょっと苦手にしていたNHK杯でも初優勝し,なんとこれで今年度は一般棋戦(朝日杯,銀河戦,JT日本シリーズ,NHK杯)は4つ全連覇となりました。これは羽生善治九段の全盛期でも達成できなかった偉業です。2011年に羽生九段(当時は,棋聖と王位の二冠)は,銀河戦以外の3棋戦で優勝したことがありましたが,それが最高でした。藤井竜王(五冠)は,あっさり達成してしまいました。
 そして夜には,棋王戦第4局。前回,まさかの詰み逃しで敗れましたが,その影響は感じられません。渡辺明棋王(名人)は,いろいろ仕掛けてきましたが,冷静に受け止め,最後は相手の攻めをかわして,一気に勝勢を築いてしまいました。これで31敗で,渡辺棋王の11連覇を阻止し,六冠達成です。渡辺は最後のタイトルの名人の防衛をかけて,4月から藤井竜王(六冠)の挑戦を受けることになります。
 藤井竜王は,先の王将戦でも,羽生善治九段に勝ち,防衛を決めていました。羽生九段は22敗まで行って善戦しましたが,力尽きました。しかし,親子ほどの年の差のある藤井王将相手に,必死に挑んでいく姿は将棋ファンに感動を与えました。羽生九段は,藤井をライバルと感じ,そしてその影響を受けて,さらに強くなっているような印象があります。このことは,順位戦の最終局で,A級昇級を決めた中村大地(新)八段に,快勝したことにも現れています。
 五冠をすべて防衛した藤井竜王は,今日,六冠となりました。そして,これから七冠に挑むことになりますが,その間も防衛戦は続きます。叡王戦の挑戦に名乗りを上げたのが,菅井竜也八段です。A級順位戦では藤井竜王(六冠)に勝っており,勝負はどうなるかわかりません。藤井竜王(六冠)からひょっとしたらタイトルをとれるかも,という期待を最ももたせてくれるのは,現時点では,将棋のスタイルがまったく異なる振り飛車党の菅井八段かもしれません。
 叡王戦以外にも,王位戦と棋聖戦がやってきます。もし名人を奪取し,他棋戦を防衛すると,残すは永瀬拓矢王座のもつタイトルだけとなります。2022年度は無敵の強さをみせましたが,2023年度は,どうなるでしょうか。夢の八冠が実現するでしょうか。そんなに甘い世界ではないと思いますが,藤井竜王(六冠)は進化し続けているので,実現可能性はかなり高いと思われます。

 

 

2023年3月18日 (土)

子育てとテレワーク

 岸田首相は,子育て政策を中心に据えて支持率の回復に向けて活路を見いだそうとしているようです。子どもを大事にする政策は,昨日も書いたのですが,バラマキやイメージ戦略だけにとどまるのであれば困るのですが,そうでない本当に役立つものであれば大歓迎です。神戸市と隣の明石市とを比較して,育児世代においては,明石市の取組みが魅力的で(https://www.city.akashi.lg.jp/shise/koho/citysales/index.html ),ちょっと田舎というイメージの明石市(明石市民の方,スミマセン)にでも住みたいという人が多いように思います。収入的にまだ十分に高くない若い世代において,子どもが一人生まれたときに,急に負担が重くなるのは辛く,そこで自治体からの助成があれば助かるのは当然です。泉房穂・明石市長に対しては毀誉褒貶が激しいようですが,私は応援したいですね。財源と給付を明確にして,そのうえである程度のリーダーシップをとって実績を上げるというのは,当然やるべきことですが,簡単なことではありません。もちろん,明石市も,どこかに負担がかかっていて,その問題点がいつかは顕在化するかもしれませんので,最終的な評価がどうなるかわかりませんが,何かやってくれそうな市長という点で,私は明石市民ではありませんが,関心をもってみています。加古川市長とやりやっているようですが,それも含めて,良い意味での競争をしてもらえればと思います。泉さんは,政治家を辞めるそうですが,このままあっさり引っ込むとは思えませんね。彼のような人を必要としているところは,多いでしょう。
 ところで,今朝の日本経済新聞で「女性の力が生きる地方議会に」というタイトルの社説がありましたが,問題意識は私も共有しています。子育ての問題も含めて,女性の視点を政治や行政の場でもっと反映させたほうが,大きな改善を期待できます。そして,子育ても,女性の地方議会進出も,テレワークが重要なポイントになると考えています。
 テレワークをうまくできれば,賃金を減らさず,キャリアを中断せず,仕事を継続できます。収入不安の問題がなくなるのです。現状では,テレワークができない企業や業種や職種も多いのでしょうが,ここにもっと力を入れるべきなのです。これが子育て問題への対処として最も効果的なものだと思っています。地方議会についてもテレワークの効果は大です。テレワークにより,地方政治に関心をもつ人が増えると思われるからです。自分の家にいる時間が長くなれば,住む地域の問題への関心が高まり,そうしたところから,地方政治の活性化が生まれるのだと思います。そして,女性はもともと男性よりも家にいる時間が長かったとすれば(それが良かったかどうかはさておき),そうした女性が地方政治に参加しやすくするようにすることもまたとても大切です。女性やテレワークにより居住地に戻ってきた男性・女性が増えることが,自分たちの住んでいる地域を良くするためにも必要なことなのです。かりに女性が家事に忙しいとしても,やはりテレワークができれば,議員活動をしやすくなるでしょう。
 ということで,子育て問題の解決についても,地方議会の問題についても,テレワークの推進をぜひ政策課題に入れるべきです。しかし,政権中枢にいる人は,誰もテレワークをしていないでしょうから,そういう問題意識は出てこないかもしれませんね。

 

«アベノマスクと良い政治