2024年9月12日 (木)

三菱重工長崎造船所事件・最高裁判決

 後期のLSの授業は,労働時間のところから始まります。労働時間の概念ということで,まずは三菱重工長崎造船所事件の最高裁判決を扱うことになるのですが,これまでは最高裁の事実認定を確認し,判旨の内容(労働者上告と会社上告の判決がありますが,主として前者を扱います)を検討していました。ただ,いつも同じことをやっていたら飽きてしまうので(学生は毎回新しく判決をみるので飽きはしないでしょうが),もっと事実関係に深く迫るようなこともできたらなと思ったりもします。
 言うまでもなく,長崎造船所は,江戸幕府が建設したものを明治政府から三菱が払下げを受け,その後,造船大国日本を支える造船所となりました。そういう歴史的な事業所で起きた労働事件となると,学生の見る目も少し変わってくるかもしれません。
 私の本棚に眠っていた鎌田慧『ドキュメント労働者!19671984』(1989年,ちくま文庫)を引っ張り出すと,そこには「反合理化闘争―三菱重工業長崎造船所」という章があります。長崎造船所の第3組合である三菱重工長崎造船労働組合(長船労組)のことが書かれています。長崎造船所には,このほか全日本造船機械労働組合三菱重工支部長崎造船分会(長船分会・第1組合)と全日本労働総同盟全国造船重機械労働組合連合会三菱重工労働組合長崎造船支部(重工労組あるいは長船支部・第2組合)とがありました。第2組合は,第1組合から1965年に分裂して誕生し,第3組合はそれとは別に1970年に結成されています。第2組合が従業員の圧倒的多数を組織する組合です。上記の最高裁判決は,第3組合の長船労組の組合員が提訴したものでした。ちなみに,私の『最新重要判例200労働法(第8版)』(2024年,弘文堂)では,三菱重工長崎造船所事件が,この労働時間に関する事件(第98事件)以外に2つあります。1つは政治ストの正当性が問題となったもので,これは第1組合(長船分会)の組合員が訴えたものです(第164事件)。もう一つは,ストライキのときの賃金カットの範囲が問題となったものであり,こちらは第3組合(長船労組)が訴えたものです(第168事件)。また計画年休の労使協定の効力が問題となった福岡高裁の事件(第113事件)でも,原告は長船労組(そのときの名称は,全国一般労働組合長崎地方本部長崎連帯支部長崎造船分会)の組合員でした。長船労組は,しっかり日本の労働法の歴史に名を刻んでいるといえるでしょう(その後,2013年に組合員の従業員がいなくなり解散したという情報が掲載されているブログをみつけました)。この判決について,石川源嗣氏の『労働組合で社会を変える』(2014年,世界書院)は,はしがき(10頁)で,次のように書いています。
 「2000年に最高裁が初判断し,確定した『作業着への着替えも,労働時間』との長船労組提訴の判例は『労働者が始業時刻前及び終業時刻彼の作業服及び保護具の着脱等に要した時間が労働基準法上の労働時間に該当するとされた事例』として,いまでも実際に活用している。私たち以外でもこの判例による恩恵を受けている全国の労働者と労働組合は多いと思う。」
 中卒出身者のブルーカラーは,社内では身分差別を受けていました。会社に恭順の姿勢を示すこともできたでしょうが,出世を諦め,労働運動に身を投じて,労働者の権利擁護と地位向上に取り組むことを選択した組合員が,第3組合を支えていました。会社が打ち出した労働時間に関する管理の見直しは合理的なものであったかもしれませんが,組合員らには,奴隷的な労働のなかのささやかな息抜きでもあった従来の緩い労務管理からの決別のように思え,それへの抵抗に全力で取り組んだということでしょう。労働時間だけでなく,就業規則の不利益変更,労使慣行の効力,一般的拘束力の否定などは,法的な概念をまといながら,そのなかには労働者の必死の訴えがあったのかもしれません。
 それはともかく,上記の最高裁判決では,当初は就業規則で,始終業時刻とされる時間に,どのような状況でいなければならないかなどが具体的に定めていなかったときに,現場でこのあたりが妥当であろうという感じで続けられていた運用方法(の一部)が,裁判所の判断する客観的な労働時間概念に照らして妥当であったと認められたものです。そういう観点から見ると,結果としてではありますが,労使自治で決めたルールは,それなりに合理性があったということです(もちろん,これは結果論で,ただちに中核的活動以外の周辺的な部分は合意や慣行で決めてよいとする2分説が支持されるわけではないのでしょう)。こうした労使間の不文のルールを,就業規則で明文化して変更していこうとすると,どうしても紛争が起きてしまうのであり,これは労働委員会に持ち込まれる事件にも,しばしばあるパターンです。
 判例の形成という点では,労働組合が裁判に持ち込んでくれるのは有り難い面があるのですが,そうなると長い時間とコストがかかり,とくに労働者側に多くの犠牲がのしかかるように思います。一般論として,不文であっても既存のルールを変更しようという場合,経営側は労働側としっかり話し合って,できるだけ紛争にならないようにするのがベストだと思います(ストライキのときの賃金カットの範囲については,逆に,労使慣行とは関係なく,賃金2分説という法理論で労働組合は戦い,高裁まで勝っていましたが,最高裁で敗れました)。

2024年9月11日 (水)

生成AIの限界と人間の素晴らしさ

 ChatGPTなどの生成AIの発展は目覚ましいですが,エネルギー効率の点では,人間の脳にはかないません。日本経済新聞のやや昔の記事で,「脳にある神経細胞の動作を模した機械学習モデルをシミュレーションすると,コンピューターは約800万ワットの電力を消費するが,人の脳は約20ワット,つまり40万分の1の電力消費で済む」ということが紹介されていました。20ワットというのは,ご飯1杯か2杯分のエネルギー量で,これだけで脳は高度な情報処理を行っているのです。
 AIが膨大な電力を消費することは明らかで,その点ではエコとは言えません。もちろん,AIは節電などの効率向上に役立つのですが,やはり生成AIの莫大な電力消費量は大きな課題です。再生可能エネルギーの拡大や核融合発電の実用化が進まなければ,AIの大規模な導入は環境に負の影響を与える面がどうしても気になり,手放しでは賛同しにくいことになります。
 このことは,人間の脳の素晴らしさを浮かび上がらせることにもなります。やはり人間の能力は凄いのです。もちろん,AIと人間の間には情報処理量という点で大きな差があります。AIはインターネット上の膨大な情報を高速に処理できるため,その点では人間より圧倒的に優位です。しかも,AIの欠点とされる,そのエラーも,多くの場合,人間のエラーを反映したものです。人間は誤解,見間違い,聞き間違い,言い間違い,記憶違いを頻繁に起こします。AIのエラーも,人間のエラーを反映したデータで学習したものといえるのです。特に人間は高齢になるとエラーが増えますので,AIのことを批判はできないでしょう。本当に重要な作業はAIに任せるべきではないのですが,それは人間の高齢者に責任ある作業を任せるべきでないのと同じです。
 このようにみると,AIは人間を凌駕する面もありますが,人間の不完全性を投影した存在でもあるし,また人間の素晴らしさを再発見させてくれる存在でもあります。私たちの課題は,こうしたAIとどのように付き合っていくかです。電力問題は,AIと人間の協働の未来を切り拓いていくうえで,とても重要な意味をもっているように思えます。

2024年9月10日 (火)

いろいろ(将棋,相撲,阪神)

 西山朋佳女流三冠の棋士編入試験が始まりました。棋士番号が大きい,四段に成りたてのバリバリの若手棋士5人が試験委員です。3勝したら合格です。初戦は,高橋佑二郎四段との対局でしたが,見事に勝利をおさめました。西山女流三冠は振り飛車一本です。後手番でしたが,最後は角捨ての強気の攻めで切り込み,相手も必死の防御で反抗しましたが,追いつきませんでした。史上初の女流棋士の誕生の予感をさせるような勝利でした。次の日曜には,NHK杯では藤井七冠とも対局しています。収録は終わっているはずですが,その対局も楽しみです。
 大相撲の九月場所が始まりました。関脇に陥落した貴景勝は,力なく2連敗で今日から休場です。このまま引退になる可能性が高いのではないかと思います。よく頑張ったので,ゆっくり身体を治して,第2の人生を歩んでほしいです。大の里は順調に3連勝です。他の力士とは実力が違う感じがします。ところで今日の結びの一番の琴櫻と猿飛の対戦は疑惑の一番となりました。最初は両者同体ではないかと思いました。猿飛の身体も飛んでいましたが,Videoでは琴櫻のほうが早く落ちていました。猿飛が死に体であったわけでもありません。少なくとも物言いがつくべき一番だったでしょう。照ノ富士の引退が近く,新しい横綱をつくりたいという協会の気持ちはわかりますが,露骨なことをやると,ファンが減るでしょう。辛口コメントで有名な貴闘力がどう言うか楽しみです。
 阪神は,勝負の7連戦が始まりました。まずはDeNAとの3連戦です。予想どおり,青柳と東の先発でした。途中でスコールがあって足場が悪くなった青柳が打たれて逆転されたときはいやな予感がしましたが,今日の阪神は粘り強かったです。ムードメーカーの森下が打って雰囲気が変わり,最後はゲラと岩崎を温存しながら快勝しました(森下は,守備でも好返球でチームを救いました)。もちろん油断ができるわけではありませんが,まずは今シーズン12勝2敗の東を打ったことで,一つの山を超えました。巨人と広島の首位決戦は,巨人が先勝しましたので,首位巨人とは2.5ゲーム差のままで,2位の広島とは0.5ゲーム差となりました。広島は息切れ気味ですが,ここから盛り返せるでしょうか。4位のDeNAと阪神の差は3ゲームとなりました。

2024年9月 9日 (月)

公益通報者保護法の精神

 全国ニュースでも報じられているように,兵庫県の斎藤元彦知事に関する問題が大きく取り上げられています。前回の選挙で知事を支援した日本維新の会も,辞職勧告を行う方針のようであり,政治的には知事はかなり危機的な状況にあると思われます。しかし,不信任決議までは至っていないため,県議会が本気で知事を追い詰める意図があるのか,単に抗議のポーズを取っているだけなのかは明確ではありません。いずれにせよ,来年には知事選が控えているため,県民の関心は次の知事が誰になるかという点に移っていることでしょう。斉藤知事も候補に挙がるでしょうが,現在の県民の大多数は新たな知事の誕生を求めているのではないかと思います。名前が挙がっている人物としては,前明石市長の泉房穂氏,加古川市長の岡田康裕氏,芦屋市長の高島崚輔氏,西宮市長の石井登志郎氏などがいます。さらに,神戸市長の久元喜造氏や,前回の選挙に出馬した元副知事の金沢和夫氏も候補になるかもしれませんが,斎藤知事誕生の背景には井戸県政への批判があったため,井戸氏に近かった久元氏や金沢氏はやや厳しいかもしれません(本人たちも,その気はないでしょう)。
 斎藤知事に関する問題では,最近,公益通報に焦点が当たっているようです。実はちょうど1カ月前,某国営放送の取材で公益通報者保護法についてテレビカメラの前でインタビューを受けましたが,まだ放映はされていません。もしかしたらお蔵入りになるかもしれませんので,その際に私が話した内容を少しだけ共有したいと思います(以前に,このテーマでは,公務員の公益通報という観点から,少し書いたことがあります)。
 
公益通報者保護法は,世間ではあまり理解されていない法律の一つです。マスコミもこの法律について十分な知識がないまま報道しているように見えますし,県の関係者や百条委員会で追求している議員たちも当初はあまり理解していなかったように思えます。この法律は内閣府(消費者庁)の所管ですが,消費者行政に限定されないコンプライアンス全般に関わるものであり,かつその内容は,労働者保護が中心となっています。そのため,どの分野の研究者が,この法律の専門家であるのかわかりにくく,マスコミも誰に話を聞けばよいのか,よくわかっていなかったようです。
 
公益通報者保護法は,労働者等が公益通報をしたことによる報復的な不利益扱いを禁止する法律です。もちろん解雇や懲戒などの人事上の不利益があれば,通常の労働法の法理が適用されるので,それによって通報者は保護されます。公益通報者保護法の存在意義は,通報者に対して,どのように通報すれば確実に保護される(されやすい)かを明確に示す点にあります。企業内の就業規則(秘密保持義務など)に違反するリスクがあっても,保護の要件が明確になっていることで,通報者が安心して通報できるよう背中を押す効果が期待されているのです。
 
この法律の最も重要な点は,通報先に応じて保護要件が異なるということです。組織内への通報(内部通報)は要件が緩く,組織外への通報(外部通報)は厳格になります。これにより,労働者が内部通報を選ぶよう誘導されているのですが,組織が適切に対応しない場合には,外部通報も保護される仕組みになっています。このように,組織がその違法行為に対して自浄作用を発揮し,自分たちでコンプライアンスを実現できる態勢を整備するよう促すのが,公益通報者保護法の最も重要な目的なのです。
 そのことを踏まえると,通報を受けた組織は,まず通報内容を精査し,コンプライアンス向上に生かすべきです。外部通報した通報者を処分するかどうかは,公益通報が法の保護要件に該当せず,一般の解雇法理や懲戒法理などの要件にも合致しないことを確認して,最後に考慮すべき事項です。少なくとも図利加害目的がなく,組織の改善につながるような通報であれば,公益通報者保護法の要件に充足するかどうかに関係なく,一定の保護はされるべきでしょう(懲戒処分をするにしても,軽い処分にとどめるなど)。
 今回の事件については,インタビュー時点では事実確認が不十分であり,私自身の発言はあくまで一般論として断って語っていますが,県の対応に疑問の余地はありうるということは語っています。少なくとも真実相当性(外部通報の場合の保護の要件の一つ)は,組織側のことではなく,通報者側のことであり,うわさ話を集めたというのは,発言の所在をぼかすために述べたものにすぎず,それだけで通報者に真実相当性がなかったと即断するのは不適切です。
 そもそも,公益通報者保護法については,通報者が保護要件に満たされる通報をしたかどうかが問題なのでありませんし,保護要件を満たさない通報者を処分するための法律でもありません。条文だけみるとそうみえなくもないのですが,法の趣旨はそういうことではなく,通報を受けた組織がコンプライアンスのために対応をすることにこそ主眼がある法律なのです(直近の法改正で,公益通報対応業務従事者の設置を義務づけているのも,このような趣旨です)。インタビューでは,このような公益通報者保護法の「精神」を強調しました。

2024年9月 8日 (日)

阪神の逆転優勝はあるか

 1週間前には,阪神タイガースの優勝は無理だろうと諦めていたのですが,1週間経つと,首位巨人と2.5ゲーム(2位広島と1.5ゲーム差)となり,射程圏内に入ってきました。こういうことを書いていると,今日は阪神は負けてしまいましたが……。
 残り試合は巨人より3試合少なく,広島より6試合少ないので,実際には,巨人とは4ゲーム,広島とは4.5ゲーム差くらいに考えておいたほうがよいのかもしれませんが,広島の対戦相手をみると,何ともいえないところがあります。少なくとも9月に入っても期待できる状況があるというのは,暗黒時代を知っているファンとしては,幸福なことです。
 残り試合をみると,阪神は巨人とは2試合,広島とは3試合しかないので,直接対決で逆転をめざすのは難しい状況です。DeNAとは7試合,中日とは1試合,ヤクルトとは3試合ということで,今期ほぼ五分の戦いをしているDeNA戦が鍵となります。阪神側の都合良い星勘定をすると,巨人と11敗,広島に21敗,DeNA43敗,中日に1勝,ヤクルトに21敗で,106敗あたりは期待してもよいでしょう(7463敗)。
 一方,巨人は,広島と6試合,阪神と2試合,DeNA5試合,中日と3試合,ヤクルトと3試合です。広島と33敗,阪神と11敗,DeNA32敗,中日と21敗,ヤクルトと21敗となると,118敗となります(7661敗)。これでは阪神は届かないので,やはり阪神は巨人に連勝しなければならなくなります。そうなると,7562敗で並び,直接対決の戦績から阪神が上回ります。
 問題は広島で,残りは,巨人と6試合,阪神と3試合,DeNA3試合,中日と3試合,ヤクルトと7試合となっています。巨人と33敗,阪神に12敗,DeNA21敗,今期苦手の中日に12敗,一方,今期お得意様のヤクルトに52敗とすると,1210敗となります。そうなると7563敗となります。
 阪神は,910日から甲子園7連戦があります。DeNA3試合,広島と2試合,ヤクルトと2試合です。中6日で先発を回すとすると,10日のDeNAの初戦は青柳を1軍に上げて先発させるでしょう。11日は村上,12日は大竹,13日は高橋(おそらく相手投手は床田でしょう),14日は才木(おそらく相手投手は大瀬良でしょう),15日は西勇輝(今日の敗戦で微妙ですが)とくるでしょう。問題は16日の先発です。足の状態が大丈夫ならビーズリー(Beasley)でしょうが,もし無理なら,伊藤将に賭けるか,門別,及川で行くか。あるいは先発もできる富田蓮で行けるとこまで行って早めの継投作戦をとるか,ですね。18日のバンテリンドームでの中日戦も重要で,ここで今期中日戦で勝利を挙げている青柳で勝負でしょう。20日と21日は横浜でDeNA戦ですが,高橋は次の巨人戦にとっておいて,10日の内容次第ですが,大竹,村上で行きましょうか。大竹を先にするのは,広島戦で投げてもらうためです。22日と23日に巨人と甲子園で最後の直接対決です。高橋と才木の左右の両エースで勝負です。そこから3日空いて27日にマツダで広島戦です。ここは相性のいい大竹の投入です。28日は神宮でヤクルト,29日は甲子園でDeNA103日の横浜でのDeNAが最終戦です。最後の3戦では,才木,高橋の2人は投げるでしょう。もう一人は熱血ビーズリーに期待したいです。もっとも,この間はドームでの戦いはほとんどないので,雨の影響はあるでしょうから,それに応じた修正は必要となるでしょう。リリーフ陣は,勝ちパターンで,石井,桐敷,ゲラ,岩崎を使い,それ以外は,島本,岡留,富田,漆原というわかりやい役割分担ができています。岩崎はしっかり休ませれば大丈夫で,桐敷は登板過多で岡田監督に潰されるという批判もあるようですが,うまく肩をケアして,なんとか頑張ってもらいたいです。
 上しかみていませんが,実は4位のDeNAも迫っています。今日,首位巨人に勝ってゲーム差は4.5となっています。残り試合も広島と同じ22試合と多く,阪神戦と巨人戦の試合も多いので,大逆転の可能性もあります。10日からの甲子園の阪神3連戦はDeNAにとっても,大勝負となるでしょう。初戦はエース東で来るでしょうし,岡田監督はここで1敗は仕方がないと覚悟しているかもしれませんが,もし彼を打って勝ててれば,阪神にとっても大逆転への足がかりとなるでしょう。

2024年9月 7日 (土)

自民党の次期総裁に期待すること

 自民党の総裁選の候補者のうち,河野太郎氏が解雇の金銭解決に言及し,さらに小泉進次郎氏が,解雇規制と労働時間規制の改革に言及したことには驚きました。労働市場改革は解雇改革をしなければいけないという点については,昨年4月に日本経済新聞の「経済教室」の「失業給付見直しと雇用流動化() 政府、人材育成に積極関与を」で,「政府が現在検討している金銭解決制度は労働者からの申し出によるものしか認めていないため、根本的な改革からは程遠い。企業の申し出によるものを認めないのは解雇誘発への懸念からだが,デジタル化に起因する雇用調整が不可避なことを無視したものだ。流動化を想定した労働市場改革論で、解雇規制改革に言及しないのは画竜点睛(がりょうてんせい)を欠くと言わざるを得ない」と書いていた私としては,論点になることは望ましいことです(さらに経済セミナー738号での太田聰一さんとの対談のなかでの私の発言も参照)。
 さらに振り返ると,いまから10年前の201465日にやはり「経済教室」の「(雇用制度改革の視点(上))経済変化踏まえ見直しを」で,解雇改革と労働時間制度改革についての提言をしています。小泉氏が,解雇と労働時間に言及したのは,10年遅れとはいえ,その間に十分に政策が進んでいなかったことからすると,むしろ必要かつ当然のことを言ってくれたという気がしています(だからといって小泉氏が総理になることを応援できるかというと,それは別の問題です)。なお,この10年間で,私の改革論はさらに「進化(?)」しており,解雇については,金銭解決について以下にみるように「完全補償ルール」を提唱し,労働時間については,労働時間規制からデジタルによる自己健康管理へという政策提言に移行しています(労働時間についての近時の私見については,さしあたり,ジュリスト1595号の拙稿労働時間規制を超えて―働き方改革関連法の評価と今後の展望を参照してください)。
 それはさておき,解雇の金銭解決については,せっかく議論をしてくれるとしても,十分にその内容がわかったうえでやってもらわなければ困ります。この議論は法的にも複雑なところがあり,政府が意図的に議論を操作誘導している面があるので,よく理解し整理したうえで議論をする必要があるのです。若干説明をしておきます。
 まず解雇の金銭解決の議論には,次の2つ(ないし3つ)のものがあることをふまえておく必要があります。
 第1は,現在の労働契約法16条について,解雇が権利濫用となった場合(正当でない場合)の効果を無効とするという部分を,使用者の一定の金銭補償を条件として,労働契約の終了を認めるというものです(事後型の金銭解決)。事後型には,労働者申立てしか認めないパターンと,使用者の申立ても認めるパターンがあり,厚生労働省は,労働者申立てしか認めないパターンについて検討しています。一方,ドイツは,労働者からだけでなく,使用者からの申立ても認められています。もちろん,申立てだけで金銭解決がなされるわけではなく,いろいろな要件が追加されます(とくにドイツでは裁判所による解消判決がなされる必要があります)。
 もう一つは,使用者が一定の金銭補償をすれば,解雇の他の要件(正当理由)を問わずに解雇ができるというものです(事前型の金銭解決)。これは言葉を換えれば,一定の金銭補償があれば解雇は正当だとするものです。たとえば,借地借家法において建物の契約更新の拒絶には正当事由が必要とされていますが,判例上,相当な「立ち退き料」が支払われることを正当事由の有力な事情としていることと似ています。
 解雇法制については,その予測可能性の低さが問題点と指摘されます。その意味は,まず労働契約法16条の解雇要件の不明確性(客観的合理性,社会的相当性)について言われるのですが,事後型はその点については直接には問題としません。ただし,金銭補償基準を明確化すれば,少なくとも雇用終了のコストの予測可能性の低さのほうは改善されます。
 一方,事前型は,解雇要件の不明確性と雇用終了コストの予測可能性の双方を解決すべく,解雇要件を金銭の支払いに置き換えようとするものです。私は2013年に発表した『解雇改革―日本型雇用の未来を考える』(中央経済社)では,要件論における明確化(事前に解雇事由を開示させ,それに則した解雇であれば基本的には有効とすることなど)と効果面における金銭解決の導入とその基準の法定を提唱していましたが,2018年の川口大司さんとの共編著『解雇規制を問い直す―金銭解決の制度設計』(有斐閣)では,事前型の金銭解決を提唱しています。そこでは,金銭補償額を,本人の将来の逸失利益(賃金センサスから推計されるもの)の全額とする(その意味で完全補償)という形で明確にするもので,さらに中小企業の負担を考えて労災保険と類似の解雇保険の創設を提唱しています。解雇規制の不明確性を取り除く一方で,労働者の生活保障のために,企業に重い補償責任を負担させ,その負担は集団保険によってカバーするという構想です。
 なお,6月21日に閣議決定された規制改革実施計画では,政府の事後型でかつ労働者申立てのみ認めるタイプの金銭解決について,反対論をふまえた調査の開始とその後の検討が書かれています。このタイプの金銭解決が認められても,実際には解決金の相場が明らかになる程度の効果しかないでしょう(その効果を過小評価はできませんが)。ただ,これは事前型の完全補償ルールとはまったく異なるもので,こちらのほうの金銭解決については,議論されそうな感じはありません。これは厚生労働省が,金銭解決の議論を勝手に(あるいは労働組合側を忖度しすぎて)矮小化し,誘導しているからです。自民党の次期総裁が,政治のリーダーシップで正面からこの問題に取り組んでもらえればと思います。生成AI後の大きな雇用改革が予想されるなか,望ましい解雇法制を用意するためには,あまり時間は残されていません。いますぐに導入できなくても,何が問題であり,どのような政策的チョイスがあるかを明らかにするだけでも,政策論義としては意味があると思います。
 なお,解雇の金銭解決について,ドイツ法の内容や日本法における客観的な議論状況について詳しく知りたい方は,山本陽大『解雇の金銭解決制度に関する研究─その基礎と構造をめぐる日・独比較法的考察』(2021年,労働政策研究・研修機構)が大変参考になります。

2024年9月 6日 (金)

王座戦

 王座戦(将棋)が開幕しました。藤井聡太王座に永瀬拓矢九段が挑む5番勝負です。永瀬九段はこれまで王座戦と相性が良く,藤井聡太が八冠を達成した際,最後の一冠が永瀬九段の保持していた王座でした。二人はよく「VS」(1対1の練習将棋)を指しているそうで,永瀬九段は年下の藤井王座を深く尊敬している様子です。永瀬九段の真摯な将棋に対する姿勢は広く知られており,年下の藤井王座(七冠)から少しでも何かを学ぼうとしているのでしょう。
 ですが第1局では,藤井王座が圧倒的な強さをみせました。先手の永瀬九段も終盤で際どい受けを繰り返しましたが,AIの評価値では藤井王座が優勢を保っていました。終盤でもAIが示す最善手を指し続ける藤井王座の姿をみると,もはや人間離れした域に達しているように思えます。
  一方,藤井名人(七冠)への挑戦権を争うA級順位戦では,関西勢が不振に陥っています。豊島将之九段は2連敗,菅井竜也八段と稲葉陽八段はそれぞれ3連敗中です。現在2連勝を挙げているのは佐藤天彦九段,佐々木勇気八段,増田康宏八段で,永瀬九段も2勝1敗とまだ挑戦者戦線に残っています。とくにA級2年目で,次の竜王戦の挑戦権をすでに獲得しており,さらに王将戦のリーグ入りも決めた佐々木八段の活躍に期待したいです。昨年は伊藤匠現叡王が大躍進しましたが,今年は佐々木八段がその役を担うかもしれません。
  B級1組では第5局が終わり,糸谷哲郎八段が4勝1敗で好調です。空き番があって3勝1敗で,近藤誠也七段と昇級組の石井健太郎七段が追っています。斎藤慎太郎八段は佐藤康光九段に敗れ,痛い2敗目(3勝)を喫しました。佐藤九段も3勝2敗で並んでいます。石井七段に敗れた羽生善治九段は2勝3敗と厳しいスタートですが,残り全勝すれば昇級の可能性はまだあるでしょう。一方,降級争いでは三浦弘行九段が1勝4敗と苦戦し,山崎隆之八段も1勝3敗と苦しい状況です。棋聖戦で藤井棋聖に3連敗してから調子を崩している感じもします。さらには,毎年昇級争いをしていた澤田真吾七段も1勝3敗と出遅れていますが,これから盛り返すでしょう。

2024年9月 5日 (木)

東亜ペイント事件・最高裁判決の先例性

 今年4月の滋賀県社会福祉協議会事件に関する最高裁判決は職種変更の事案でしたが,この判例評釈において,東亜ペイント事件の最高裁判決(拙著『最新重要判例200労働法(第8版)』(弘文堂)の第33事件)が先例として挙げられています。たとえば,ジュリスト1600号に掲載された橋本陽子さんの論考がその一例です。いくつかの有力な教科書をみても,職種変更と勤務場所の変更が「配転」として扱われ,東亜ペイント事件は配転の事案であるため,職種変更の場合にも適用可能とされているように読めます。しかし,「A」という上位概念が下位の「B」と「C」という各概念で構成されている場合,B概念に関する判例がA概念に関する判例と位置づけられ,C概念にも適用されるとするためには,やはり説明が必要でしょう。なぜなら,この場合,A概念がB概念とC概念で構成されるという整理自体が,どのような理論的根拠に基づいているのかが,必ずしも明確ではないからです。
  東亜ペイント事件の最高裁判決は,勤務場所の変更,つまり転勤に関する事案に関するものです。なかでも住居の変更を伴う転勤について下された事例判決です(なお,判決内ではこの会社の就業規則に「配置転換」という言葉は出てくるだけで,その他は「配転」という言葉は登場せず,「転勤」という言葉しか出てきません。また,事案としても営業職からの変更はないという意味で職種変更の要素がない事案で,勤務場所の変更だけが問題となっているのです)。私は,東亜ペイント事件判決は,滋賀県社会福祉協議会事件とは本来は無関係であり,もし私が答案を遠慮なく採点するなら,滋賀県社会福祉協議会事件に関する検討で何の説明もなく東亜ペイント事件を先例として持ち出すと不合格としたくなります(実際には不合格とはしませんが)。
  配転に職種変更と勤務場所の変更(転勤)が含まれるとする概念整理そのものの妥当性は否定しませんが,だからといって職種変更と転勤のもつ意味が大きく異なることは忘れてはなりません。職種変更は現代ではジョブ型やキャリアといった観点から論じられることが多く,企業の人事上の必要性と考量される不利益性の内容もそれに関するものが多いです。一方,転勤では,ワーク・ライフ・バランスなどが問題となり,考慮される不利益性の内容が職種変更の場合と質的に異なります。企業が人事異動に関する大きな権限を保有し,職種や勤務場所の決定について広い裁量をもっているのですが,法的な視点からは両者の異質性をしっかりと見極めたうえで(とくに権利濫用性についての)判断をする必要があります。
 そもそも配転に限らず,人事上の権限行使については,就業規則の(合理的な)根拠が存在するか,特約により制限されていないか,そして当該権限行使が就業規則に則して行われているか,さらにはそれを基礎づける業務上の必要性と労働者の不利益性を考慮し,権利濫用がないかなどを判断すべきものです。この判断構造は基本的にすべての人事権に共通します(もちろん,私の「人事労働法」の立場からは,納得規範を適用するため,やや異なった判断構造をとります)。そのなかで,たとえば解雇であれば解雇の特質に応じたアレンジがなされ,懲戒や出向なども同様です。職種変更と転勤も,それぞれの特質に応じたアレンジが必要です。職種変更と転勤を配転として単純に一括りにすることには,理論的な疑問が残ります。
 拙著『人事労働法』(弘文堂)では,住居の移転に伴う転勤をその他の配転とは区別し,第5章「人事」ではなく,第7章「ワーク・ライフ・バランス」の中で,労働時間や休息,育児・介護と並ぶ項目として扱っています。
 LSの授業では,学生の司法試験の受験のことを考慮して通説から離れることはできるだけ回避していますが,職種変更と転勤の違いについては私としては看過できないので,その点については説明し,東亜ペイント事件の位置づけについても私見を述べました。もちろん,司法試験では通説に基づいて記述するようアドバイスしています。
  このことは以前にも触れた内容ですが,少し気になったので,改めて書きました。

2024年9月 4日 (水)

ネットが使えない恐怖

  自宅でテレワークを行う上では,電力,Wi-Fiルーター,プロバイダー,パソコンが不可欠となっています。特に懸念しているのは電力であり,停電が発生すると非常に困りますが,数時間は電力を維持できる機器を一応備えています。ただし,実際に使用したことがないため,いざという時に使いこなせるかは不安です。大学の研究室やホテルの部屋など信環境が整ったところへ移動することは可能ですが,できればそのような事態が発生しないことを祈るばかりです。
 これまでにモデムやWi-Fiルーターが故障した経験がありますが,有線接続が可能なため,それほど心配していません。パソコンに関してもスペアがありますし,iPadやスマホも複数台持っているため,こちらも大きな懸念材料ではありません。
 先日,プロバイダーのトラブルが発生しました。原因は不明ですが,土曜と日曜はプロバイダー経由のインターネットが使えませんでした。月曜の朝に復旧しましたが,その間は非常に不安でした。プロバイダーの会社は,土日にはサポート担当に連絡できないため,この点は大変困ります。働き方改革は労働者の労働時間を確保する上で重要ですが,エッセンシャル・サービス(現代社会では,通信会社もこれに該当するでしょう)に関してはシフト制などで対応してもらわないと,利用者からするとたいへん困ります。結局,現時点でも,まだプロバイダー会社からの説明はありません。
 プロバイダー回線が使えなくても,スマホのテザリングでネット接続は可能です。しかし,NHK+やYouTubeをテレビで視聴することはできませんでした。また,4G5Gには通信量の制限があり,長時間の使用には向いていません。このような状況を考えると,Elon Muskのスターリンク(Starlink)をバックアップ用に契約すべきかと考えています。これは災害対策にもなりますが,もう少しコストが安ければありがたいです。それに,「X」(旧Twitter)には少し不信感があるため,Muskに頼るのは悔しい気もしますが,彼が良いビジネスの機会を見つけていることは間違いないのでしょうね。

2024年9月 3日 (火)

活動報告

 リクルートワークス研究所の「働き方改革後の法制度の論点を検証する」という企画における「専門家に聞く 労働に関する法制度のこれまでとこれから」というテーマのインタビューで登場しました。
 いつものように,いろんなところに展開する私の話を,ライターの方が苦労してまとめられたようです。タイトルは,「労働政策には『デジタルファースト』の発想が不可欠 AIの活用で規制から解放を」とされていました。このタイトルに示す内容が,私の話したなかで印象的だったのでしょうね。内容の細かいところは異論もあるでしょうが,これからの労働政策に関するポイントとなるところが伝わればよいなと思います。
 もう一つ,日経クロステックの電子版に本日アップされた「日本IBMと労組がAI賃金査定で和解,人事評価の在り方に一石投じる「4つの合意」」という記事のなかに,私のコメントがでてきます。詳しい私の見解は,前にも書きましたように「ビジネスガイド」に連載中の「キーワードからみた労働法」で解説するつもりです。
 またこれも前にも予告していたように,社労士TOKYOの最新号(525号)で,「職種限定合意の配転をどうするか―滋賀県社会福祉協議会事件の最高裁判決と実務への影響」が掲載されています。こちらのほうも,さらに詳しい解説は,「キーワードからみた労働法」でとりあげるつもりです。
 9月に入って暑さは少しだけやわらぎましたが,いまは湿気に苦しめられていて,不快指数は高いです。快適に仕事をする環境をどう確保するかが大切です。やはり少しでも外出する仕事があると,その日は疲れてしまい,時間が多少残っていても,何もやる気になりません。できるだけ自宅で仕事をし,運動不足はテレビ体操などで補うという生活をしていきたいと思います。

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