私の著作

2017年8月12日 (土)

ビジネスガイドの「キーワードからみた労働法」の訂正

 ビジネスガイドの「キーワードからみた労働法」の最新号は,「試用目的の有期労働契約」というテーマで,福原学園事件の最高裁判決が登場したことを受けて,神戸弘陵学園事件・最高裁判決との比較という視点でとりあげました。
 ところで,その原稿から最後からの2つ目の段落で,文章に誤りがありました。校了後に気づいたのですが,間に合いませんでした。ビジネスガイドのHPに掲載されているので(http://www.horei.co.jp/bg/owabi.html),ご確認ください。読者のみなさんには,たいへんご迷惑をかけました。深くお詫び申し上げます。
 実は,この原稿は,ゲラが出たあと,字数を大幅にカットするために,最後のほうの部分に大きく手を入れていました。手を入れる前の原稿では,最後から二つ目の段落は,次のようになっていました。
 「ただ,無期労働契約への転換への合理的期待がある場合には,労働契約の期間が試用期間になるという解釈はあり得ます。もし,この解釈が可能であるとすると,神戸弘陵学園事件・最高裁判決のいう『期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合』以外は試用期間になるという解釈準則に,新たな解釈準則が追加されることになります。」
 この内容が適切かどうかは議論があるところでしょうが,「特段の事情」の意味は間違っていませんでした。ところが,この原稿を手直しする途中で,「特段の事情」をどういうわけか逆に解釈してしまい,その結果,間違った表現になってしまいました。
 ちょうどこの原稿の校了後数日経った7月29日に,神戸労働法研究会が行われて,JILPTの山本陽大君が,この福原学園事件・最高裁判決の報告をしてくれました。その議論をしているときに,ふと原稿を直し間違えていたのではないか,ということに気づきました。しかし,もう間に合いませんでした。
 今後は,このようなことがないよう注意をいたします。

 またこの事件の位置づけ自体,研究会の議論をふまえて,もう少し追加したいところも出てきました。これは,またそのうちに書きます。

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2017年7月31日 (月)

解雇規制についての英語論文in イタリア

 昨年2月にイタリアのMilano国立大学で行われた解雇規制に関する比較法セミナーでのプレゼンを原稿にしたものを収録した論文集(「Evoluzione della disciplina del licenziamento -Giappone ed Europa a confronto: The Evolution of dismissal regulation - A comparison between Japan and Europe」)が,同大学のMaria Teresa Carinci教授編で,イタリアの法律系の出版社Giuffrè(日本の有斐閣のようなもの)から出版されました。もともとは日本で同種のセミナーを,Maurizio Del ConteとMaria Teresa Carinciを招聘して神戸大学で行ったのですが,それのいわば続編として,イギリス,フランス,ドイツ,スペインの研究者を呼んでもらって,拡大セミナーをイタリアで開いたという感じでした。どの国から招聘するかは事前に相談されていたのですが,いま思えば中国を入れておけばよかったかなという気もしました。中国の解雇法制は比較法的にも興味深いところがありますので。ただ,私は中国(メインランドチャイナ)の研究者に知り合いが一人もおらず,仕方なかったです。
 Milanoのセミナーでは,日本でやったときと同様,日本をいわば比較法の軸にしてくれたので,私の論文も最初に掲載されています。当日のプレゼンはイタリア語でしましたが,原稿は英語で書きました。これをイタリア語に翻訳してくれるのかなと思っていたら,英語のままで掲載されてしまいました。ちょっとがっかりです。それなら,がんばってイタリア語で書いて,ネイティブに直してもらう(perfezionare)ほうがよかったなと思います。論文を直してもらうと,たいへん良い語学の勉強になりますので。
 論文名は平凡で,「Dismissal regulation in Japan」。ナショナルレポートのようなものです。原稿を提出したのは昨年の5月くらいで,しつこい督促にこたえて急いで書いたのに,結局,刊行は1年後ということで,久しぶりにイタリア時間にやられてしまいました。ただ,Giuffrè出版の書籍への収録は,20年くらい前の山口浩一郎先生の還暦記念論文集(Marco Biagiと諏訪康雄先生編集の「Il diritto dei disoccupati: Studi in onore di Koichiro Yamaguchi」)以来で,個人的には大変名誉なことだと思っています。
 このほか,Business Labor Trend の最新号に,今年の5月12日に東京で開催された労働政策フォーラム「The Future of Work-仕事の未来」のパネルディスカッションの要約版が掲載されています。私はコーディネータを担当したもので,たいしたことは話していません。最近は,このテーマでの仕事が増えていますね。Business Labor Trendへの登場も久しぶりで,懐かしい気分でした(どうでもいいことですが,Business Labor Trendの紙質[物理的な意味]は悪化していませんかね)。

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2017年6月30日 (金)

会社法務A2Zに登場

 「会社法務A2Z」という雑誌の7月号の巻頭言「経営法談」に,登場しました。AI関係の話です。これまで,名前を聞いたことがなかった雑誌でしたので,依頼がきたときは驚きました。それにしても,いろんな雑誌があるものです。
 依頼をしてこられた担当者は,拙著『AI時代の働き方と法』(弘文堂)を読んでくださっていたようです。労働法の本なら,ひょっとしたらこの方の目に留まっていなかったかもしれません。AIという表題がつくことにより,より多くの人の関心を引きやすいのかもしれませんね(その割には本は売れていませんが)。
 今回の原稿でも,労働法のことはまったく出てきません。よく考えると,私が最近書いているのは,労働法の周辺テーマに関するものが増えています。人事管理,雇用システム,労働政策など,本来の「芸域」からすると,余芸の領域ですが,それに労働法の香りを少しブレンドすると,ちょうどエッセイなどには,いい按配になるのかもしれません。個人的には,余芸もきちんとやりながら,それを本芸に活かし,さらには本芸とフュージョンして,新たな「本芸」になればなあ,と思っています。これも一種のパラレルキャリアですが,それだけの時間と能力が残っているでしょうかね。

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2017年6月26日 (月)

野川先生の書評に多謝

 拙著『AI時代の働き方と法-2035年の労働法を考える-』(弘文堂)について,日本労働研究雑誌の最新号(7月号)で明治大学の野川忍先生に書評をしていただきました。弘文堂のさくらんぼさん経由で,PDFファイルを送ってもらいました。日本労働研究雑誌のほうから,本書の英文タイトルの問い合わせがあったと聞いていたので,書評に取り上げていただけることは事前に知っていましたが,どなたが担当されるのかは知りませんでした。すでに経済学や経営学の専門家の方からは書評をいただいていたのですが,法学者がどのような反応をするのかは興味あるところでした。もちろん,ある意味で(?)労働法学を挑発した本なので,まともに相手にされない危険性もある,と思っていたのですが,野川先生はよく引き受けてくださいました。書評の内容は,本書の意図を十分に汲んでいただいており,たいへん感謝しています。
 限られた字数なので,野川先生の本音は十分に書かれていないかもしれませんが,「突っ込みどころ満載」とされていることから,言いたいことは山ほどあったのでしょう。いつか,どこかで論文で発表していただけるのかもしれません。そして,それは「おそらくこれこそ著者のねらい」と書かれているとおりなのです。既存の枠内にとどまらず冒険をして議論を喚起するということをしなければ,学問は発展しないというのは,学者修行を始めた当初から,山口浩一郎先生や諏訪康雄先生にたたき込まれていたことであり,私はそれを愚直に実践してきたつもりです。たとえ菅野シューレのなかでは異端になってしまっても,それはそれで存在価値があれば自分の人生としては満足行くものです。
 野川先生に最後に書いていただいた「高度に知的鍛錬に裏打ちされた重厚な学問的産出を中断することのないよう,切に願わずにはいられない」というのは,こんな軽薄な本を書いているようではいけないという先輩からの叱咤激励なのかもしれません。もっといえば,野川先生自身の書かれている『労働協約法』(弘文堂)のような本を書かなければならないということかもしれません。実は山口先生からも,本書には好意的な反応をいただきましたが,少し前までは,もっとしっかりしたものを書かなければならないというお叱りを受け続けていました。
 研究者としての私のことを心配してくださる先輩諸賢のアドバイスは,ありがたいことなのですが,私の考えは少し違うのです。たしかに,法学の本というのは,既存の文献や判例を詳細に紹介・分析し,外国法も参照しながら,これらとしっかり「対話」をし,慎重に一歩を踏み出す(解釈論や立法論を提起する)というスタイルのものを書けば手堅く重厚感が出てきます。学問的貢献度も大きいでしょう。拙著でいえば『労働条件変更法理の再構成』(有斐閣)は,それに近いスタイルです(慎重さは希薄かもしれませんが)。私も後輩にはそういうものを書けとアドバイスします。
 ただ現在の私の考え方では,本書のようなものこそ,高度かどうかはともかく「知的鍛錬に裏打ちされた……学問的産出」だと思っているのです。あえて「重厚感」をもたせないスタイルにしていますが,日常的な知的鍛錬は誰にも負けないつもりでやっています。既存の労働法学の議論の定跡は,だいたいわかったつもりです。実はそこから多くの知的刺激を受けなくなっているところが問題なのです。むしろ,定跡を崩して,何を作るかこそが大切だと考えています。そこに知的創造性が重視されるAI社会に共通の課題があると思っているのです。本のスタイルの重厚性や軽薄性は,知的産物の発信方法の違いによるものです。広く発信して理解者を広げていけば,社会的発言力は高まるでしょう。たとえ軽薄感があっても,そのなかに本当の知創造性があれば,それでよいと割り切っています。その意味で,本書の発信方法は,若干中途半端なのかもしれません。新書よりは難しく,プロ向けには軽薄感があるのでしょう。ただ,そうした点も本書の個性であり,それはそれで面白いのではと思っています。……という軽薄さがいけないということかもしれませんが。

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2017年6月23日 (金)

学会講座第6巻

 日本労働法学会編の『講座労働法の再生第6巻』(日本評論社)のタイトルは「労働法のフロンティア」だったのですね。水曜日に受け取りました。私は第2章の「雇用社会の変化と労働法学の課題」という平凡なタイトルの論文を執筆しています(当初は「法と経済学」に関するテーマの依頼でしたが,変えてもらいましたので,タイトルに悪口を言ってはいけませんね)。もともと町内会で何かイベントをやるので強制参加というノリだったので,気が進まず,何度もイベントメンバーから外してほしいとお願いしていたのですが,脱落を許してもらえませんでした。なんとか昨年末に書きましたが,半年も経過しており,何を書いたか忘れてかけていました。
 論文の内容は,「労働法の再生」というのがこの講座の共通テーマだと思ったので,労働法学は再生のために何をしなければならないかということを書いたつもりです。拙著『AI時代の働き方と法-2035年の労働法を考える』(弘文堂)と内容的には重複しているところもありますが,私は同じモチーフのものを書くことにはファイトがわかないので,前著ではメインにしていない労働法学そのもののあり方を意識した論考にしたつもりです。そういうこともあり,最初に諏訪康雄先生を,最後に西谷敏先生に登場していただきました(著作からの引用という形の登場です)。
 本が届いたので,まずは私の論文を確認しようとすると,右頁から始まる論文のすぐ左の頁が東大の水町さんの論文の最後のページでした。そこに「jurisprudence」という言葉があったので,おやおやと思いました。この言葉は,私が以前に論文の末尾に使ったことがあったからです。それが大竹文雄他編『解雇法制を考える-法学と経済学の視点』(勁草書房)に寄稿した論文「解雇法制の"pro veritate"」です。そこでは,私は「法的賢慮(Jurisprudence)」という表現にしていました。経済学との対話を意識した論文集でしたので,経済学の議論との違いを説明するために,法的(juris)な知恵(prudence)も大切だよと言ったつもりでした。
 経済学において原理主義的な主張がまだ強かった時代に,法学の独自性を示すという意味込みで,少し気取って外国語を使ったのです。論文のタイトルの「pro veritate」(真理のために)と並び,気負った感じのみられる論文ですが,論文の内容そのものについては,けっこう満足していました。
 ところで,今回の学会講座の論文については,続編(?)を書く機会がありました。総務省のAIネットワーク化に関する会合のメンバーを中心とした出版企画で,私の論文は一番最後の目立たないところに,ひっそり収録されるはずです。タイトルは「変わる雇用環境と労働法-2025年にタイムスリップしたら」です。未来予測エッセイのようなもので,労働法学の未来についても少しだけ言及しています(それが「続編」の意味です)。現在,ゲラのチェックの段階ですが,未来予測をするのは楽しいですね。経産省の若手官僚の「不安な個人,たちすくむ国家」が話題となっていますが,不安ばかりではつらいです。未来は豊かでチャンスがたくさん。国家に頼らず,したたかに生き抜いていこうというメッセージを今後も出し続けたいと思います。

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2017年6月13日 (火)

拙著への書評御礼

  「改革者」(政策研究フォーラム)という雑誌の2017年6月号で,東海学園大学経営学部准教授の南雲智映氏が,拙著『AI時代の働き方と法-2035年の労働法を考える』の書評をしてくださりました(この雑誌の名を聞くのは初めてでした)。法学系以外の方がどのような感想をもつかは気になるところでしたが,とても良い書評をしてもらったと思っています。
 評者は,「著者はAI・ロボットに置き換わることを前提に議論を進めるが,本当にそうなのか」と疑問をなげかけます。評者の考えでは,代替があっても,同時に「正社員業務がより高度化・複雑化していくシナリオも考えられる」し,「担当者が明確でない仕事が常に生じる」ので,「このような仕事は正社員がカバーすることになる」と指摘されます。また機械が担当する仕事も,「つねに人間がカバーすべき職務が生じ続けてしまう可能性が高い」ので,そうした作業をするのは正社員ということになるし,しかも中長期的には,ロボットの担当職務を再設計するというような高度な職務を行う必要が出てくるので,そのためにも正社員は必要だとされます。
 基本的な認識に異論はありません。ただ,それが正社員なのか,というところは疑問が残ります。私の描くシナリオは,高度化・複雑化する仕事は,人間がやる必要があったとしても,それをやれる人材が社内にいるかが問題ですし,職務の再設計のような仕事を担当するのはマネージャーであり,多くの普通の一般正社員ではないでしょうし,機械をカバーする人間の仕事というのは常にあるでしょう(事故対応的なものなど)が,そのために長期雇用の正社員を多く抱え込む必要がどれだけあるかが疑問なのです。
 これからは事業そのものがスリム化し,水平的ネットワークで仕事をすることになるので(これはデジタライゼーションのインパクトと言えます),長期雇用の正社員ではなく,その都度のプロジェクトに結集したプロのマネージャーたちが,社外の人材やAIなどの先端技術を活用しながら事業を営んでいくということになるのではないかと思っています。
 また,日本型雇用システムが変わっていくというのが,私の議論のベースにあります。「正社員」は,日本型雇用システムの産物です。それがAIやロボットの急速な技術革新によりスキル形成の仕組みがかわり,長期的に企業が雇うべき人材が減ることにより,日本型雇用システムととおに,その性格を変えていくと考えています。悲観的シナリオですが,多少悲観的であったほうが,政策を考えていくほうがよいのではないか,と居直って(?)います。

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2017年4月15日 (土)

週刊ダイヤモンド登場

 週刊ダイヤモンド4月15日号の「Column 高まる副業・兼業気運は本当にいいことなのか?」に,中小企業庁でプレゼンをしたときの資料を基にしたコメントが掲載されました。どこから情報を入手したのか,偶然ネットで見つけたのか知りませんが,やっぱり役所でプレゼンをすると目につきやすいのでしょうね。
 副業・兼業は,相変わらず旬のテーマのようです。2年くらい前から,私にも副業関係での仕事の依頼が増えました。しかし,ここは私のような「何でも屋」ではなく,しっかりこのテーマを専門的に研究する人に対応してもらうことが必要です。
 そのようななか,河野尚子さんが,神戸労働法研究会で,昨年,報告してくれた内容を,今回「兼業・副業をめぐる法的課題―キャリアの複線化と兼業規制―」という論文として,季刊労働法の最新号(256号)で発表してくれています。副業がテーマですが,それだけだとあまり発展性がありません。サブタイトルにもあるように,パラレルキャリアなど広い視点から,この問題を扱っているところに,将来性を感じます。
 解釈論もしっかりできたうえで,さらに政策論もできるような研究者が今後は必要となります。河野さんには,そのような研究者として大成することを期待したいです。

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2017年3月30日 (木)

トイロビジネスに登場

 池田泉州銀行というのは,関西にいる私にもなじみのない銀行ですが,その池田泉州ホールディングスのシンクタンクである自然総研(http://www.toyro.co.jp/index.html)が発行しているトイロビジネスという雑誌に寄稿しました。特集テーマ「働き方改革」における原稿で,レギュラー執筆陣である加護野忠男先生(神戸大学に居られたころは,私の斜め前の研究室で,よく存じ上げています),弁護士の石井妙子先生と並んで,ゲストとして元阪大総長の鷲田清一さんと私が寄稿しています。2頁の短いものですが,「真の『働き方改革』とは何か」というタイトルで,かなり力を入れて書きました。非売品のようですが,何らかの形で多くの人にこの雑誌が読んでもらえればと思います。

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