労働判例・論文

2017年3月22日 (水)

労災支給決定の取消訴訟における使用者の原告適格

 労災保険の申請に対する労働基準監督署長の決定に対する不服申立てについては,労災保険法38条以下に規定があり,労働者災害補償保険審査官への審査請求,労働保険審査会への再審査請求を経て取消訴訟を行うことができるとされています。労働基準監督署長の決定は,労働者の申請に対するものなので,不服申立ても労働者からなされることが前提となっています。一方,当該被災労働者を雇用している使用者のほうは,この手続の直接の当事者ではないので,労働基準監督署長の決定の内容を直接知る手続はありません。
 しかし使用者としては,労災保険支給決定があった場合には,事後の安全配慮義務違反による民事損害賠償等において,事実上不利となることもあり,その結果に関心がありますし,そうである以上,使用者としての言い分を労災の認定手続においても十分にしておきたいと考えることにはそれなりの理由があるようにも思えます。
 判例は,レンゴー事件(最高裁判所第1小法廷判決平成13年2月22日)において,不支給決定に対する取消訴訟で,使用者の補助参加を認める判断を下しています。このときの理由は,労災民訴事件における事実上の不利益のほうではなく,メリット制が適用される保険料の不利益を考慮したものです。つまり,最高裁は,不支給決定が取り消されると保険料が高くなる可能性のある事業主は,「労働基準監督署長の敗訴を防ぐことに法律上の利害関係を有し,これを補助するために労災保険給付の不支給決定の取消訴訟に参加をすることが許される」としたのです(行政事件訴訟法22条1項,民事訴訟法42条も参照)。
 それなら,使用者は,より直接的に,労働基準監督署長の支給決定について,原告適格を認めてもよいのではないのか(行政事件訴訟法9条1項の「取り消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」に該当するか),という考え方が出てきてもおかしくはありません。
 この点について,最近,使用者の原告適格を肯定する裁判例が出ました。神戸大学の行政法の同僚から情報を得ました。東京地方裁判所平成29年1月31日判決・平成26年(行ウ)第262号労働保険料認定決定処分取消請求事件です。
 事件そのものは,労災の保険料の決定に対して取消訴訟が提起されたものですが,そのなかで,当初の支給決定に関する使用者の手続保障が問題となり,この点について,裁判所が判断をしたのです。そこで明確に,メリット制の適用により,保険料が上昇する可能性のある使用者は,支給決定の取り消しについて「法律上の利益」があると判断されました。レンゴー事件・最高裁判決とも,整合性のある判断です。 
 メリット制が実際に労災予防のインセンティブとして機能することが期待されている以上,この点は制度の根幹に関わるものであり,支給決定について使用者から争う余地がないということには,違和感もあります。
 その一方で,労災に対する補償という事柄の性質上,できるだけ迅速に補償がなされるべきという要請もあり,当初の労基署での決定手続に使用者を正式に関与させることには疑問があることもまた,そのとおりです。
 問題は,支給決定について,使用者から取消訴訟の原告適格を奪う実質的必要性がどこまであるのかです。たしかに,せっかく労働基準監督署長が支給決定をしているのに,保険料が上ることを防ぎたい,あるいは,労災民訴への事実上の大きな影響があるということから,使用者のイニシアチブで支給決定を覆すことを認めることは妥当でないという意見が出てくることは,労働者保護を目的とする労働法的発想からすると,理解できないわけではありません(なお,東京地裁判決は,保険料の認定決定処分の違法性を争ううえで,支給決定処分の違法性を主張することができるかという,この事件のメインとなる「違法性の承継」の論点では,これを否定しており,その際に,事業主は,支給決定手続においても相応の手続的保障があるという判断もしています。しかしこの点については,この判決も認めているように,事業主には支給決定の通知がなされないなどの問題があり,はたして現行法においてすでに使用者への手続的保障は十分にあるといえるかには疑問もあります)。
 少なくとも前述のようにメリット制が労災保険制度におけるインセンティブやモラルハザード回避のための中核的な制度と位置づけられる以上,この点について,使用者が争うことができるとしておいたほうが,制度の信頼性を高めるという点からも望ましいのではないかとも思えます。
 これとは別に,行政訴訟の原告適格をどこまで広げるかという一般的な論点もあります。使用者は強者だから,使用者にはこの拡大論は適用すべきではないという議論もありえるかもしれませんが,そのような使用者強者/労働者弱者論は,もはや適切ではないと思っています。
 労働法と行政法が交錯する重要な判決で,これまで労働法上論じられてこなかった盲点のような論点が扱われていますが,控訴審の判断に注目すると同時に,労働法学からの検討の発展にも期待したいところです。

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2017年3月 3日 (金)

国際自動車事件・最高裁判決

 昨年2月に神戸労働法研究会に梶川敦子さんに報告してもらった事件の上告審判決が出ました(最高裁判所第3小法廷平成29年2月28日判決・平成27年(受)1998)。私はこれについてブログで書いていたはずですが,そのときどのように書いていたのか,もはや削除されてしまっているので見ることができないなと思っていると,実はブログのアーカイブがあって,かなりの部分は消去されずに残っていることがわかりました。以前に中央大学の佐藤博樹さんに教えてもらっていたのですが,別に過去は振り返らずということで放置していました。しかし,今回は,見てみることにしました(それにしても,過去のものは,消去や修正することができないので,これはたいへん困ったものです。これも忘れられる権利に関わる話でしょうかね)。
 梶川さんに報告してもらったときのブログの内容は,次のような簡単なものでした(昨年2月のもの)。

「第119回神戸労働法研究会その2」
 「2人目は,神戸学院大学の梶川敦子さんに,国際自動車・東京高判平成27年7月16日判例集未掲載,東京地判平成27年1月28日労判1114号35頁について報告してもらいました。詳細は,ジュリストの重要判例解説に掲載されるそうなので,そちらを確認していただければと思います。
 タクシー会社の賃金で,割増賃金を支払うという規定はあるのですが,歩合給の算定のなかで,割増賃金を控除することになっているという事案でした。最終的には,割増賃金が支払われないのと同じことになるため,こうした取扱いが許されないのは当然なのですが,法律構成として,割増賃金不支給の事案とみるのか,それとも歩合給の計算方法のなかで,割増賃金を控除するという内容になっているところに問題がある事案とみるのかは,微妙に結論に関係してきます。本判決は,後者の考え方で,労基法37条に直接違反していた事案ではないとし(同条の「趣旨」に反するとした),また付加金の支払いも認めませんでした。これに対しては,素直に労基法37条違反と言ってよいのでは,という点が議論となりました。また37条違反となった場合,いったいどういう効果が発生するのかも,実は厄介な問題があります。
 もっと広い問題として,37条は強行規定とされていますが,できるだけ労使自治を尊重した解釈論も考えていくべきでしょう。時間外労働が月に60時間を超える場合(同条3項を参照)だけでなく,もっと広く労使協定などで代替休暇を導入できるようにするとか,さらにはもっとラディカルに37条を任意規定にしてしまうなどの検討も,ホワイトカラー・エグゼンプションと関連して必要なことだと思っています。」

 このコメントは,判決のことを知っている専門家向けのものなので,ここだけみるとよくわからないかもしれません。とにかく,地裁も高裁も労働者の勝訴となっていて,研究会でも,結論は妥当であるが,理由付けには疑問がありうるという議論が大半で,それを前提に上記のようなコメントになりました。
 ところで梶川さんが,その後,別冊ジュリストの平成27年度重要判例解説で書かれている内容は,この最高裁判決にも影響を及ぼしたのではないかと思えるぐらい的確なものでした。
 割増賃金の支払いについては,基本給組入れ型であっても,所定の要件(分別要件など)を充足している限り有効であり,時間外労働をしても賃金が増えないことだけを理由として労働基準法違反とか,公序違反とは言えないこと,また本件では,法律上の割増賃金が義務づけられていない法定外休日労働などに係る部分を含む「割増金」の控除部分も無効としているのは行き過ぎであることなど,原判決の問題点が指摘されていましたが,まさに最高裁もそこを取り上げて,原審破棄・差戻しとなりました。
 このように最高裁判決は,実は,会社の措置が文句なく適法であると言ってるわけではなく,高裁判決の理由づけがおかしいと言っているにすぎません。
 さらに梶川評釈では,最後に,政策論的な観点から,割増賃金の時間外労働抑制機能に対する根本的な疑問を提起しています。彼女の問題意識は,私の『労働時間制度改革』(中央経済社)にも影響を与えています(同書の「はしがき」でも言及しています)。
 私はこれからの判例評釈は,単なる解釈論だけではなく,立法政策的な問題意識をもって臨むべきだと考えています。その意味でも,タクシー会社の割増賃金に関する運用に疑問を提起しながらも,同時に労働時間規制のあり方についても鋭い問題意識をもって評釈に臨んでいる梶川さんの姿勢は,まさに模範的なものです。
 いま梶川さんの原稿を読みなおしながら,あのときの議論が懐かしくよみがえり,思わず……目が曇ってしまいました。

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2017年2月22日 (水)

学校法人専修大学事件

  渡辺章先生から,「労災保険法上の補償給付の基本的性格と機能―打切補償の支払いと解雇の適法性をめぐる問題に焦点をあてて―」(専修ロージャーナルNo.12 (2016年))の抜き刷りをいただきました。有名な学校法人専修大学事件(拙著『最新重要判例200労働法(第4版)』の第57事件)で突然注目されるようになった,打切補償と解雇制限の解除をめぐる論点について,最終的には最高裁で妥当な結論になったものの,第1審では,悪名高い(?)伊良原判決により,渡辺先生の意見書が正面から批判されていたこともあり,ここは先生自身しっかり自説を論文として発表しておこうと思われたのでしょう。
 とくにポイントとなったのが,1976年の法改正で長期傷病者補償給付に代わって傷病補償年金が導入されたとき,労働省の「解雇制限との関係は従来のまま引き継ぐとの考え」の趣旨がどのようなものであったかです。
 長期傷病者補償は1960年の法改正で新設されたもので,療養補償を受ける労働者が療養開始から3年経過しても治らない場合に,労災保険法上の「打切補償費」(労働基準法上の打切補償に相当)に代わる,新たな保険給付として設けられたものです。このときの療養は,「療養保障給付」とは異なる「傷病給付」とされ,通常の療養とは別制度となりました。その後,1965年に,長期傷病者補償は,長期傷病保障給付に改められ,そこでの療養は「療養の給付」となりましたが,実質は「傷病給付」と変わっていませんでした(通常の療養補償給付とは別制度)。
 解雇制限との関係では,1960年以降,長期傷病者補償(その後の長期傷病補償給付)が支払われれば,労働基準法81条により打切補償をしたものとみなすという規定になりました。これは長期傷病者補償が,打切補償費に代わる制度であったことから,当然の規定でしょう。
 1976年の傷病補償年金への改正の際,重要な制度変更がありました。それは療養開始から3年を待たずに1年6カ月後に支給されること,ただし対象者は傷病等級が3級以上の重度のものに限定されたことです。そして,解雇制限との関係では,傷病補償年金の支給を受け,かつ療養開始から3年経過していれば,労働基準法81条により打切補償をしたものとみなすということになりました。文言上は労働基準法19条の解雇制限がはずれる労働者は,療養開始後3年という年数要件は同じものの,傷病補償年金の支給対象者が重度の障害のある者に限定されることになったのです。
 伊良原裁判官は,このことについて,一定の給付があれば解雇制限が解除されるという効果は,たしかに従前の規定を引き継いだものではあるが,傷病補償年金の傷病等級に至らない場合の療養保障給付についてまで,解雇制限の解除の効果が及ぶものではないという解釈を展開し(労災保険法の文言だけみれば,そうした解釈もありえそうです),さらに実質論として,傷病補償年金を受けている重度の障害がある者とそうでない者については雇用維持の必要性に大きな差があるので,後者の者について労働基準法上の打切補償によって解雇制限を解除するのは適切でないとしたのです。
 伊良原判決(それと同内容の高裁判決)を覆した最高裁判所に対して,根本到氏は「労災保険と労基法上の災害補償制度について十分な検討を行っておらず,明文の規定がない解釈論を正当化する論拠に欠けている」(法学セミナー727号「労基法19条1項の解雇制限と労災保険給付」)という批判や,中窪裕也氏の「労働者の復職の可能性を重視して,あくまで解雇制限の解除を否定するのか,それとも,みなし規定とのバランスや雇用維持による使用者の負担を考慮して,それを肯定するのか,という検討がなされるべきだったのではないだろうか」(法学教室422号「業務上疾病による休業者に関する労基法19条の解雇制限と打切補償」)という意見が出されていることもあり,渡辺先生はこれらの学説への批判も試みられました。
 渡辺先生は,1976年に傷病補償年金に改正されたとき,受給者になされる療養が,これまでの長期傷病者補償や長期傷病補償給付においては別制度であったのが,療養補償給付に一本化され,休業補償給付のみこれを行わないという規定に改められている点に注目されます(労災保険法18条2項)。このことから,「制度」論的には,労基法の打切補償の系譜を引く打切補償費と等価のものとされた労災保険法19条のみなし規定(解雇制限の解除との関係で労基法81条の打切補償があったものとみなすとする規定)との関係で,長期傷病者補償や長期傷病者給付における療養は,労基法75条の規定(療養補償の規定)によって療養を受ける場合と区別する余地があったのに対して,1976年以降は,そのような解釈の余地がなくなっていることを指摘されます。
 したがって,問題は,文言ではなく,労基法上の療養補償と労災保険法上の療養補償給付を同一視してよいかということになるとします。これは,まさに制度趣旨の問題です。そして,傷病補償年金制度をめぐる上記の歴史的な変遷をみていくと,「明文の規定のない解釈論」という批判は説得力がないことが明らかになります。制度趣旨という点からみると,労基法の療養補償と労災保険の療養補償給付が同質・同一であるということを否定する余地はまずないと思われます。
 もう一つ復職可能性の点についても,渡辺先生は,傷病補償年金の対象者を重度障害者に限定したことについて,復職可能性とは無関係であることを,立法趣旨に照らして論証しています。傷病等級の認定が,1年6カ月経過時点で,6カ月以上の期間にわたって存する障害の状態により認定するものとするという規定(労災保険法施行規則18条2項)の意味について,第3級は6カ月以上にわたって完全労働不能が続く場合をさし,したがって3級以上の傷病等級ではないということは,6カ月以内に常態としての労働不能から脱することができる(つまり復職可能性がある)という理解を示した岩永昌晃氏(民商法雑誌149巻3号「療養補償給付支給中の打切補償支払による解雇禁止解除」)を批判し,障害の程度をどのように判断するかということと復職の可能性とは別であると論じています。復職の可能性は,労契法16条の枠内で考えればよいということです。
 要するに,労働能力を完全に失っていて復職の可能性がないから,傷病補償年金に移行し,それゆえ解雇制限が解除されても仕方がないが,そうでない場合は解雇制限を解除されるべきではないというロジックは,法律を根拠なく読み込み過ぎたものであって,立法趣旨から乖離しているということなのでしょう。
 おそらく,法律を素直に読めば,傷病等級の点は,休業補償給付から傷病補償年金への移行をするのに適切かどうかということに関するものであるのに対して,労災保険法19条による打切補償のみなしは,傷病補償年金が打切補償費から引き継がれて設けられたという沿革によるものであり,両者をごちゃごちゃにして議論してはいけないというのが,渡辺先生のメッセージなのだと思います。
 「老いて」(すみません)なお迫力のある論文を書かれる渡辺先生には,心より敬意を払いたいと思います。

 *お詫びと訂正 
 上記引用の『最新重要判例200労働法(第4版)』の57事件の右段の解説の上から11行目の「支給される場合には,」のあとに,「療養開始から3年が経過していれば」という文言を補充していただければと思います。労災保険法19条を確認してもらえれば3年要件は当然のことなのですが,この文章のあとに傷病補償年金の1年半の要件に言及しているので,誤解を招く内容になっていました。お詫びとともに,訂正をお願いします。

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