労働判例・論文

2018年4月29日 (日)

地公災基金山梨支部長事件

 昨日の神戸労働法研究会は,上智大学の富永晃一君が,地公災基金山梨支部長事件について報告してくれました。研究会では,労災保険とはどういうものなのか,という本質論にまで議論が及んでいき,たいへん有益でした。
 夏休み中の日曜日,小学校の教員が,防災訓練への参加が呼びかけられていたため,勤務先の小学校に行った後,担任する児童の家に防災訓練への参加の呼びかけと忘れ物を届けるために児童の自宅に立ち寄った(児童宅は,教員の自宅と小学校の間にあり,防災訓練会場は,小学校からみて児童宅とは逆報告にあったので,教員の児童宅訪問は,小学校から防災訓練会場に行くのとは真反対の方向にいったん戻ったことになる)ときに,児童宅の甲斐犬に噛まれてケガをしたという事件で,これが公務災害に該当するかが争われました。
 防災訓練が公務であるかどうかはさておき,生徒の自宅に行くことは必ずしも求められていたわけではなく,教員の自発的な行動といえましたが,だからといってまったく職務に関係していなかったわけでもなく,そうしたところで起きたケガをどう判断するのかが問題となりました。
 第1審(甲府地判平成29年9月12日)は,生徒宅の訪問は黙示の指揮命令があったとはいえず,公務該当性はないとしたうえで,防災訓練参加(その公務該当性の可能性は肯定)のための通勤途上での事故かどうかを判断し,児童宅訪問は防災訓練への参加という移動目的とは質の異なる目的に基づく行為であるなどと述べて,通勤の合理的経路からの逸脱・中断に該当するとして,公務災害性を否定しました。
 控訴審(東京高判平成30年2月28日)は,防災訓練の公務該当性を肯定したうえで,生徒宅訪問は,防災訓練への参加・移動(通勤)という目的と無関係な目的で行われたものではないうえ,通勤経路(合理的経路)からの逸脱ともいえないとして,公務災害と認めました(通勤災害)。
 生徒宅への移動が,防災訓練参加のための通勤経路にあったかどうかで,控訴審はこれを肯定したのですが,富永君の見解は,これは通勤災害ではなく,労災でいうところの業務災害ではないのか,というものでした。
 控訴審は,第1審の児童宅訪問の公務性を否定した判断を前提に,それでも教員には要保護性があると考えて,なんとか通勤災害として保護しようとしたのでしょうが,端的に児童宅訪問の公務性を認めてよいのではないか,ということです。そのためには,こうした自発的な要素があるものの,職務との関連性は強いという場合に,どう判断するのかがポイントとなります。
 業務遂行性が肯定されるためには,「労働契約に基づき事業主の支配下にある状態において当該災害が発生したことが必要」です(行橋労基署長事件・最高裁判決。拙著『最新重要判例200労働法(第5版)』(弘文堂)の第114事件)。つまり事業主の支配下になければ業務遂行性はないのですが,出張中でもこれが肯定されていることからすると,職務に従事しているかどうかが重要なポイントとなるのだと思います。そして,職務への従事は,黙示の指揮命令によるものでもよいということは,おそらく異論はありません。では,会社への「忖度」から自発的に行ったことだが,職務には関連していたという場合,業務遂行性が肯定されるかです。これを肯定するのは難しそうですが,ここは労働時間に関する東大の荒木尚志先生の「相補的2要件説」的なアプローチ(使用者の関与要因が希薄でも,職務要因が高ければ労働時間と認める)を労災にも適用できないかが検討されてもよいのでしょうね。富永君も,職務性が高ければ業務遂行性を認める余地があるのでは,という問題提起をしてくれました。
 いずれにせよ,本判決は,業務に関係する行動を,事業場外で自発的に行っていたとき,業務災害には該当しない場合でも,通勤災害として救えることがあるとしたところが注目されます(自発的なものであっても,事業場内で労働者が行っていれば,支配性を認めやすく,比較的業務災害と認められやすいと思います。たとえばQC活動中の場合)。通勤災害の問題となると,合理的経路の途上か逸脱・中断か(逸脱・中断でも元の経路に戻ったあとの事故であれば,逸脱・中断の目的によっては通勤災害となる可能性もある)の判断がポイントとなりますが,合理的経路かどうかの判断で業務関連性を重要視するならば,それは端的に業務災害とみたほうがよいのでは,ということにもなり,富永君の問題提起に戻ってくることになります。
 ところで,法律論とは別に,この小学校の先生は,夏休み中の日曜日に防災訓練にかり出されて,その途中に担任する児童のことを心配して自宅にまでいったところ,犬に噛まれるという災難に遭い,でもそれは公務ではないと裁判所に言われてしまい,通勤災害でなんとか救われたものの,その決め手は生徒宅訪問は「通勤目的と無関係な目的で行われたものではない」という微妙なものなので,なんとなく気の毒な気がします。
 また,労働法的には,この夏休みの日曜日の勤務というものが,どういうものであったのかも気になります。たとえば「事前の振替」(労働日と休日の振替)であったのか,それとも学校側が「事前の振替」の手続をとらず,事後の代休取得を年休でとれと強制していなかったか,あるいは事後の代休を任意としているならば,代休を取得していない労働者との関係で週休付与義務がはたされているか,などが労働基準法35条との関係で気になるところです(地方公務員にも35条は適用されるはずです)。きちんと法的に問題がないようにはやっているのでしょうが,そもそも休日出勤は異例であり,それは小学校の先生にもあてはまるということ,そして教員の善意の行動にすがりすぎてはダメということは念を押しておきたいですね。

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2018年4月24日 (火)

ユニオン・ショップ協定の有効性

 詫間港運事件・高松地判平成27年12月28日(平成26年行(ウ)第4号)は,ちょっと考えさせられる判決でした。
 組合からユニオン・ショップ協定(「会社の従業員であって組合規約に定める組合員の資格を有する者はすべて組合員でなければならない。組合員にして組合より除名された場合又は組合を脱退した場合は直ちに解雇する。」)の違反(非組合員の採用)を指摘されているなか,従業員に対する説明会において,会社側弁護士が,ユニオン・ショップ協定について,「有効だという学者もおりますけれども,無効だということを言っている人もいるわけで,争いがあるところです」と発言し,また東芝労働組合小向支部・東芝事件の最高裁判決(第2小法廷平成19年2月2日判決。拙著『最新重要判例200労働法(第5版)』の第142事件)を引用しながら,組合員には脱退の自由があると述べたり,「組合に入らなかったからといって,会社が解雇するというのは,入らない従業員の権利を侵害するというようなこともありますので,新入社員に対して組合に入りなさいとか,そういうことを勧めなかったということをもって,協約違反だとは言えないのではないかと思っています」などの発言をしたことが,不当労働行為に該当するかが争われました。香川県労働委員会は不当労働行為(支配介入)の成立を認めており,取消訴訟における高松地方裁判所も,次のように述べて,この判断を肯定しました。
 「確かに,原告代理人弁護士は,本件ユ・シ協定が無効であると発言してはいない。しかしながら,その内容には,ユニオン・ショップ協定について無効とする見解があることや,組合員には組合を脱退する自由があることを前提とした発言を複数含んでおり,原告代理人弁護士が,少なくとも本件ユ・シ協定の有効性に疑問を呈する内容の説明をしていたことは明らかである。そして,原告代理人弁護士のかかる発言は,同人が弁護士という法律の専門家であることや,最高裁判決を引用して説明していることも併せ考えると,説明会参加者に対して,本件ユ・シ協定が無効であるとの見解が合理的であるとの印象を与えるものであるといえる。
 そして,原告代理人弁護士による上記発言が,会社組合間における本件ユ・シ協定の効力に関する見解の相違が顕在化するなど,原告と組合との対立が深刻化していた時期に行われたことは,前記指摘のとおりであって,このような時期に行われた10月説明会において,原告代理人弁護士が,本件ユ・シ協定に関し,組合の主張と相違する見解であることを十分認識しながら,本件ユ・シ協定の有効性に疑問を呈し,組合員には組合を脱退する自由があることを前提とする説明をしたことは,正に,組合員に対して組合からの離脱を促し,その弱体化を図る趣旨を含むものであったといえる。」 
  支配介入の判断としてみた場合,それほど違和感がありません。いかに正しい見解であっても,あるいは言論として一般的には保障されるものであっても,労使関係の具体的な状況のなかでは,支配介入となる余地があることは,あまり異論がないのではないかと思います(プリマハム事件[拙著・前掲の187事件]などを参照)。弁護士が,客観的な学説や判例の状況について専門的な知見を述べること自体は,何も問題はないはずですが,やはり状況しだいということなのでしょう。
  ユニオン・ショップ協定無効論者の私としては(菅野和夫先生の『労働法(第11版補正板』(弘文堂)の800頁注18には,西谷敏先生,籾井常喜先生という大先生と並んで私も無効論者のリストに入れていただいていますが,菅野先生自身は「無効論には賛成しがたい」と書かれています),会社弁護士の気持ちもわからないではないのですが,時と場合を考えなければらないというのが,判決からの教訓なのでしょう。
 さらに言うならば,いったん協定を結んでいる以上,それが公序良俗違反であるという理由で会社がのほうから無効をいうことにも違和感があります。私がユニオン・ショップの効力を否定するのは,労働組合は自力で組織化をすべきであり,組織の強化のために会社の解雇権を利用しようとするのはおかしいのではないかという点にあります(『雇用社会の25の疑問』は第2版までは,ユニオン・ショップ協定のことを大きくとりあげて労働組合の衰退の原因にあげていたのです(旧第15話)が,昨年刊行した第3版では重要性が減ったと思って扱いを小さくしていました(第9話))。つまり自主性をもつべきと労働組合に呼びかけているものなので,いったんユニオン・ショップ協定を結んでしまった会社側の利益のことはあまり考えていないのです。このことは,少し問題の局面は違いますが,会社が,自主性の不備などを指摘して,労働組合の法適合性を争うことができない(救済命令の取消事由にならない)とした判例(日通会津若松支店事件・最高裁第3小法廷昭和32年12月24日判決(昭和13年(オ)58号))にもつながるものではないかと思います。

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2018年1月29日 (月)

18条の出口戦略を考えよ

 今日はどうしても郵便局に行かなければならない用事があり,しっかりマスクをして,必要最小限の言葉しか交わさず,用事を済ませてきました。病院から帰ってきて以来の外出で,座っているときには元気だと思っていても,歩いてみるとまだ多少ふらふらするところがあって,インフルの後遺症は恐るべきものだと思いました。
 話は変わりますが,今朝の日本経済新聞で,「私立高の雇い止め204人『無期転換』適用外増の恐れ」というタイトルの記事があり,「有期契約労働者が同じ企業で5年を超えて働く場合,無期雇用に転換できる労働契約法の『無期転換ルール』の適用外になる人が今後,相次ぐ恐れがあるとしている」となっていました。「無期転換ルールの適用外」という言葉が,私にはわかりにくかったので,何だろうと思いました。
 無期転換ルールを,有期労働契約が更新されて通算5年を超えると,それ以降の更新時に,労働者に無期労働契約への転換を申し込むことができる権利を付与するルールと定義すると,私立校の講師が,このルールの適用外になるということは理解できません。またルールの適用外というのは,「その恐れがある」というような話ではなく,白か黒がはっきりしているはずです。
 これは正確にはルールの適用外のは話ではなく,ルールは適用されるが,5年の要件を充足しないので,無期転換がされないということを,稚拙に表現したものです。一般人は,こういう表現を使うかもしれませんが,新聞記事としてはどうでしょうかね。
 労働契約法18条の定める無期転換は,私は大変な悪法であると考えて批判してきたわけですが,まさに今回のようなことが起こることが十分に想定されたからです。厚生労働省は,こういうことが起こらないようにと情報提供活動をしてきましたが。
 労働契約法18条は,有期雇用者が5年も超えて同一使用者の下で働く場合には,もはや有期という不安定雇用で雇かせ続けることは,企業のいわば濫用にあたるということで,労働者の希望により無期に転換することを認めたものです。だから5年ジャストで雇止めにすることは,労働契約法18条の趣旨には抵触しないのです。もとより長期雇用への期待は,5年以下でも発生することになりますが,それは労働契約法19条の雇止め制限法理で対処すべきものであり,今回,雇止めされた人は,2013年よりも前の勤続期間も含めて,更新の合理的な期待があるとして,同条により雇止めの効力を争って,有期労働契約の継続を求めることはできるのです(19条では無期転換はおきませんが)。
 労働契約法18条は無期への「大転換」の権利を与えるものであり,それを5年を超えただけで付与するというのが同条ですから,企業は5年ちょうどで雇止めをするという行動をとることは当然に予定されましたし,5年を超えていない以上,無期転嫁に応じない企業に18条との関係では何も問題がありません。むしろ労働契約法18条だけをみると,有期労働契約を長期にわたって使用しなかったという意味では,肯定的に評価されてもいいことだと思います。
 18条の問題は,これまでどおりの1年契約でよいから,引き続き契約してもらいたいと思っている労働者であっても,企業側は,無期転換権を行使されてしまう危険があるから,5年要件を充足している労働者や充足しそうな労働者とは継続して契約したくないと考えさせてしまうことです。つまり,無期転換権さえなければ,契約を継続してもよいと考えている企業も,雇止めをしてしまうのです。
 それではかえって有期労働者のためにならないだろうということで,私は労働者が有期のままで5年を超えても継続して雇い続けるチャンスを増やすために,無期転換の事前放棄の約定の合法化をしておく必要があると言ってきたのです。しかし行政通達(労働契約法施行通達)は,「無期転換申込権が発生する有期労働契約の締結以前に,無期転換申込権を行使しないことを更新の条件とする等有期契約労働者にあらかじめ無期転換申込権を放棄させることを認めることは,雇止めによって雇用を失うことを恐れる労働者に対して,使用者が無期転換申込権の放棄を強要する状況を招きかねず,法第18条の趣旨を没却するものであり,こうした有期契約労働者の意思表示は,公序良俗に反し,無効と解されるものであること」として,事前放棄は許されないとしています。事前放棄を認めたら,それを企業から強要されるのでダメだということです。その点は,私は事前放棄に関する労働者の真意性の担保の手続を設けることで対処できると考えてきました(デロゲーションの議論の一種です)(拙著『労働法実務講義(第3版)』(2015年,日本法令)939頁も参照)。
 無期転換ルールは,こうした私の懸念とは逆に,有期雇用の非正社員を無期雇用に自発的に促進したということで,最近では,肯定的にもみられてきました。企業が自発的に有期の非正社員を無期にすることはもちろん望ましいことであり,これに反対する理由はまったくありません。人手不足のときには,こうした動きがどんどん進んでいくでしょう(私立高校は,最近の景気の良さに乗り切れない業界なのかもしれません)。それと法律によって付与された権利の行使によって労働者が一方的に無期転換を実現することができるということとは次元が異なります。
 無期転換権の行使は,無期転換ルールを知らなくて,うっかり5年を超えて更新してしまったような企業でしか起こらないと考えていました。知っていれば,5年到達前に,今回の記事で紹介された事例のように雇止めをするか,あるいは自発的に無期労働契約の締結をするかの,どちらかになるはずだからです。
 無期転換というのは,同一の使用者と労働者との間で,労働契約の期間という労働条件が変更されたというものではありません。日本企業における有期と無期との間の身分的な違いを考えると,無期転換は,実質的には,無期労働者としての新規採用と同じであり,無期転換「権」は,まさに採用の自由の制約という問題となるのです。身分的な違いがあることが問題という人もいますが,現実に存在している以上,こうした「劇薬」規定を設けるうえでは,その現実を無視できないはずです。
 労働契約法18条は撤廃すべきでしょう。厚生労働省は,しっかり出口戦略を考えるべきです(付則3項は,改正法施行後8年,つまり2021年以降に,18条の見直し検討をすることにしていますが,前倒しをすべきでしょう)。 

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2017年8月10日 (木)

第136回神戸労働法研究会その1

 7月末にあった研究会では,特別ゲストとして,福島大学の長谷川珠子さんに,岡山短期大学事件・岡山地判平成29年3月28日(平成28年(ワ)274号)の判例評釈をしてもらいました。長谷川さんは,本研究会の初報告です。どうもありがとうございます。
 いまや障害者雇用の第一人者に登りつめた感じの長谷川さんですが,今回は,視覚障害を有する大学教員が,授業をはずされて学科事務のみの担当となり,研究室もキャリア支援室への移動となるなどの職務変更の適法性等が争われた事件を担当してくれました。結論賛成,判旨の理由付けに疑問ということでした。
 本件の職務変更は,受講生からクレームがあるなど授業担当が不適格であることが理由でしたが,裁判所の判断では,能力・資質に問題があるとはいえず,職務変更の必要性はなかったとしています。そのため,本件は,厳密にいうと,障害者への配慮が問題となった事件ではありませんでした。とはいえ,判決には,使用者のほうがもう少し配慮をしていれば,授業をもう少し円滑にできたはずであるという実質的な考慮もあるように思えます。こうみると,合理的配慮の要請が,配転の必要性の判断にも影響しているのかもしれません。
 障害者雇用促進法が改正されて,今後は障害者雇用をめぐる裁判例が増えていくと思われますが,同法の規定の射程がどこまで及ぶかは,はっきりしないところがあります。とくに同法の「合理的配慮」(36条の3。文言は違うが)は,これまでの判例でも要請されていた使用者のさまざまな配慮義務とどこが違うのか,この規定の追加により,使用者のすべき配慮の範囲はどこまで広がるのか,といった点は,今後の実務においてきわめて重要な検討課題となるでしょう。研究会では,このあたりの点についても突っ込んだ議論がなされました。
 本件とは逆に,障害のある労働者が配転を望んでいるような場合に,合理的配慮として,別の業務への配転をしなければならないかという論点もあります。妊産婦の軽易業務への配転(労基法65条3項)のような権利があるのか,です。障害者に対する合理的配慮については,過重な負担があれば応じなくてよいという免責規定が明文で存在しているのですが,もし過重な負担なしに配転できるものであれば,労働者の要望を聞いて配転をしなければならないという考え方もありえそうです。これは,片山組事件・最高裁判決にも通じるものですが,障害者というファクターが入ると,この義務がどうパワーアップするのかも,今後の重要な論点となるでしょう(また,使用者の安全配慮[労働契約法5条]という別の配慮も関連してきそうです)。「障害」となると,配慮義務が量的にも質的にも(法的効果面),どんどん広がっていくとする解釈は,企業に障害者が忌避されやすくなり,かえって副作用が生じると思います。ここは「過重な負担」の解釈も含め,適切な解釈論を展開していく必要があります。
 いずれにせよ,本件では,労働者は,研究室も変更させられ,授業もできなくなり,嫌がらせのような形の配転になっているように思えます。これは雇用を継続するためのをやむを得ない措置であったのか,それとも退職勧奨的なものだったのか。いずれにせよ,裁判所は,とくに本人のキャリアを活かせないような部署につけてしまったことを問題として,慰謝料100万円を認定しています。その意味で,本件はキャリア権的な論点とも関係している事件です(さらに,本件では,授業をする法的地位という「教員の就労請求権」の論点もからんでいます)。

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2017年8月 2日 (水)

第135回神戸労働法研究会その2

  6月の研究会の続編ですが,もう一人の報告者は,大阪経済法科大学のオランゲレルさんで,大王製紙事件・東京地判平成28年1月14日(平成25年(ワ)6929号)を評釈してくれました。
 この事件は,前会長と現経営陣との対立があるなか,前会長の元秘書の従業員が,会社の機密情報を前会長に伝え,それがマスコミに開示されたことから起こった紛争で,最終的には,この元秘書が出向命令を拒否して懲戒解雇されたため,その有効性などが争われました。
 この裁判はマスコミでも報道され,日本経済新聞での地裁判決のときの記事の見出しは,「内部告発で報復解雇は無効」でした。ただ,この見出しはミスリーディングで,記事のなかでも書かれていたように,判決は内部告発を正当でないとし,配転や降格(懲戒)は有効としていました。内部告発が正当とされたかのような見出しは,法律屋としては気になります。
 たしかに出向命令は無効とされ,これに従わなかったことを理由とする懲戒解雇も無効となったのですが,出向命令の無効の判断は,どちらかというと出向の必要性がないということ(出向先のポストが,業務内容からみて合理性がないこと)がポイントで,そのうえで,実質的に懲戒の趣旨による出向なので,動機・目的が不当であるとして,権利濫用とされたものでした。
 法律論としては,出向命令権の濫用といいながら,労働契約法14条の枠組みを意識しないものとなっているところが気になります。動機・目的の不当性は,同条の「その他の事情」に該当するのでしょうかね。実は,この判決は,転勤に関する東亜ペイント事件・最高裁判決を参照しているので,転勤も出向も同じようなものとみているのか(とくに,この会社では,就業規則上も配転,転勤,出向は同一の規定で同じように取り扱われていますし,実態としても出向の配転化現象はあったのでしょう),あるいは,東亜ペイント事件・最高裁判決は人事権の濫用に関する一般的な判断基準を示しているとみているのか,どちらかでしょうが,いずれにせよ労働契約法14条の存在感はあまりにも希薄です(裁判所の「完全無視」の姿勢を目の当たりにすると,そもそも同条を労働契約法に入れる必要性はなかったのではないかという疑問も出てきます)。
 それはともかく懲戒の趣旨の出向であれば,不当な動機・目的があるというのも,少し気になります。懲戒処分の実質があったとしても,そういう制裁的な機能をおよそ人事権の行使に含ませてはいけないということではないと思います。ケースによっては懲戒処分を受けるより,人事で対処してもらったほうが,労働者に有利なこともあるでしょう。もちろん,それでも懲戒的要素が,権利濫用性の判断に影響することはありえるのですが(なお,懲戒の趣旨があれば,懲戒処分の法理を適用するという見解[客観説]もありえますが,それにも賛成できません。この点は,拙著『労働法実務講義(第3版)』(日本法令)274頁の補充解説「人事権の行使としての降格と懲戒処分としての降格」も参照)。
 ところで,オランゲレルさんの報告では,内部告発の正当性に焦点があてられていました。本件は内部告発としてはちょっと異色で,告発先の元会長(現顧問)は,会社側にかなり近い人間であること(ただし現経営陣と対立的),外部への漏洩はその元会長によるものであること(元秘書もそのことを想定していたこと),告発目的は経営陣を失脚させることにあり公益性がないことなど,公益通報者保護法で想定している内部告発とはかなり異なります。もちろん,同法の対象外であっても,権利濫用法理などによる保護はあるのであり,実際,本件ではそういう観点から懲戒解雇は無効とされたわけです。
 法律構成としては,内部告発が正当であったら,就業規則違反が免責されるのか,あるいはその後の処分の権利濫用性を補強する要素となるのか,といったところが気になりますが,通常は権利濫用法理の枠組みのなかで対処すれば十分でしょう。
 本判決は控訴されましたが,原判決がほぼそのまま維持されています(東京高判平成28年8月24日(平成28年(ネ)880号)。

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2017年7月30日 (日)

第135回神戸労働法研究会その1

 1カ月以上前の神戸労働法研究会のことを書いていませんでした。
 一人目は,特別ゲストで,神戸大学大学院法学研究科の行政法担当の興津征雄教授に来ていただき,神奈川労基署長(医療法人総生会)事件・東京地判平成29年1月31日(平成26年(行ウ)262号)について報告してもらいました。以前にブログでこの判決の速報情報を流したことがありますが,そのときの情報提供元のO教授とあったのが,興津教授でした。主たる論点は,行政法上の「違法性の承継」(先行処分の違法性を,後の処分の違法性を争う手続で主張することができるか)ですが,労災認定の支給決定に対して,使用者に取消訴訟の原告適格を認めるという驚くべき判断がなされていることから,労働法上も無視できない判決となっています。ということで,これは行政法と労働法がまさに交錯する事件であると思い,私たちの研究会に行政法の先生を招待したのです。
 事件は,労災の支給決定がなされたあとの,労働保険料認定処分において,使用者側が,メリット制の適用を受けて増額された保険料に不満をもち,労災支給決定の違法性を主張して,保険料認定処分の取消を求めることができるかが問題となったものでした。
 行政処分の公定力からすると,労災支給決定処分の違法性を争うのは,その支給決定の取消訴訟の手続であり,取消訴訟の期間が経過すれば,もはやその処分の効力を争うことができなくなります。したがって,労働保険料認定処分の効力を争う手続において,労災支給決定処分の効力を争うことはできないのが原則です。しかし,労働保険料の認定処分にはメリット制が適用されるため,労災支給決定処分は後続の保険料認定処分と密接に関係しています。このような場合,後続の保険料認定処分の取消訴訟で,先行する労災支給決定処分の違法性を主張できる(これを,違法性の承継という)のではないか,ということが問題となりました。
 もっとも,これまでの実務では,労災支給決定について使用者が取消訴訟を提起することはできないとされてきました。使用者は手続の名宛人ではないからです。不服申立の適格もないし,取消訴訟の原告適格もないとされてきました。そのため使用者から支給決定処分の違法性を争えないのなら,違法性の承継の前提がないということになりそうです。 もっとも,行政法上,使用者の原告適格を否定するのが妥当かというと,実はそうではないようです。興津教授の報告によると,手続の名宛人ではなくても,行政処分の法的効果により権利の制限を受ける者は,行政手続法9条1項の原告適格の要件である「当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」に該当するという解釈が行政法学上有力だそうで,そうすると労災支給決定の法的効果としてメリット制により保険料増額という影響を受ける使用者は,当然,原告適格が認められることになります。これが行政法上の堅い結論であるとすれば,原告適格を否定するうえでは,労災保険の特殊性をいかにして説得に主張するかがポイントとなります。おそらく,それはきわめて困難であり,本判決も,原告適格は肯定しました。
 すでにレンゴー事件で,最高裁は,取消訴訟の補助参加人として使用者が参加することは肯定していました(最決平成13年2月22日)。民事訴訟法42条によるもので,適用条文は違うものの,実質的には,メリット制の影響を受ける使用者の利益を考慮した手続保障という考え方は,すでに最高裁のとるところだったのです。これを素直に展開していくと,原告適格を認めるのは当然のことといえます。
 では違法性の承継については,どうでしょうか。ここからは純粋な行政法の論点となりますので私は素人ですが,興津教授は,手続保障について特定事業主と被災労働者のどちらの保護を重視するかという価値判断が決め手となるということでした。そして少なくとも支給処分取消訴訟の原告適格が認められないのなら,違法性の承継は認めるべきということです。本判決は,逆に原告適格を認め,違法性の承継は否定するというものでした。被告である国側は,原告適格も違法性の承継も認められないと主張していましたが,これは不当というのが興津教授の見解でした。
 いずれにせよ,本件では事業主のほうに取消訴訟ができた期待可能性はないのであり(実務上原告適格が否定されていたため),この判決が原告適格を認めたからといって,本件での事業主のほうの手続保障が十分であったとはいえないはずです。判決は早期確定の必要性にも言及していますが,興津教授は,もらえないはずの給付をもらえるという正義に反する結論が,早期確定の要請を上回るとは考えられないという趣旨のことも述べています。行政法の観点からは,事業主が,不当な行政処分に対して十分な救済を受けられないことの不正義のほうが重要と考えられるようです。ここでは,事業主と労働者との関係だけをみる労働法と,市民と行政という関係でみる行政法との視点の違いがあって興味深いところでした。
 行政法の事件でしたが,素人にもわかるように非常にわかりやすく説明してもらったので,問題点がよくわかり,たいへん勉強になりました。やっぱり,こういう異業種交流はいいですね。

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2017年7月 8日 (土)

当然の最高裁判決ですが

  以前にこのブログでも紹介したことのある医師の割増賃金に関する事件について,最高裁判決が出ました(平成28年(受)第222号地位確認等請求事件,平成29年7月7日第2小法廷判決)。結論は予想どおりで,これまでの判例の踏襲です。下級審が,割増賃金込みの合意を認めていたのを覆し,通常の賃金の部分と割増賃金の部分との判別(分別)性がないので,割増賃金が支払われたものと認めることはできないとしました。前にも書いたように,高裁判決は,LSの学生が書けば不可となるような内容で,判例変更がされることを期待してチャレンジしたのならともかく,業務の特殊性とか年俸額が高額であるとか,「雰囲気的なこと」で病院を勝たせてしまっていました。最高裁はお灸をすえたのでしょう。
 この事件は,個別的デロゲーション(derogation)の論点(ここでいうデロゲーションとは,法の保護規制があっても,労働者が真の自由な意思による同意をしていれば,その保護規制を下回る場合でも有効としてよいということ)として採りあげられるべきでした。労基法37条に関する判例の示した判別性の基準は,強行規定の解釈を示した判例なので,強行性があります(ここでの強行性とは,当事者の合意で,労働者に不利な内容にできないこと)。業務の特殊性とか高い賃金額であるといった理由で,その例外を肯定できないのは当然のことです。医師が特別なんて言い出すと切りがありません。せいぜい立法論です。
 解釈論としてアタックするなら,ここはシンガー・ソーイング・メシーン事件や日新製鋼事件の最高裁判決を援用されるべきでした(拙著『最新重要判例200労働法(第4版)』(弘文堂)の第91事件と第92事件)。この2判決は労基法24条の賃金全額払いの原則に関するものです。すでに最高裁は使用者が労働者に対して有する債権での相殺により賃金を減額することを24条違反としていました。そのため,相殺に労働者が同意をしていても強行性に反するので無効となるはずだったのですが,最高裁は,上記の2判決で,まず労働者からの賃金債権の放棄について,ついで合意による相殺について,自由な意思に基づく場合には有効と判断したのです。
 実は割増賃金の判別性との関係では,テックジャパン事件の最高裁判決(前掲拙著の第104事件)で,労働者の放棄の自由意思性も争点となり,結論として自由意思性が否定されていました。そこでなされたのは,将来の額もはっきりしない割増賃金請求権の放棄は自由意思によるものとはいえないという判断でしたが,本件では,ここをもう一度採りあげて,自由意思論で攻める手はあったのではないかと思うのです。病院側弁護士は,ひょっとしたら,そういう主張をしていたのかもしれませんが,そうだとすると最高裁が,そこを完全無視したのは,たいへん問題です。
  今回の判決により,立法論としてホワイトカラー・エグゼンプションの議論を加速する可能性があるという意見もありますが,従来の判例が確認されただけで,プロの目からは衝撃度はほとんどありません。そもそも,医師は研究職を除きエグゼンプションの対象にすべきではないと考えています。むしろ大切なのは,解釈論としてのデロゲーションの議論をしっかり進め,本件での医師の業務の特殊性や高額年俸などは,労基法37条(に関する判例)と抵触するような合意の自由意思性の判断に盛り込んでけばいいのだと思います。それは法改正をしなくても解釈として十分に可能であり,しかもそのほうが,事案に応じた妥当な処理ができるでしょう。今回は,最高裁に,そういう解釈をとらせることができる絶好のチャンスだっただけに,非常に残念でもあります。
  こういう事件は,たんなる当事者間の紛争ということではなく,国の政策にもかかわるきわめて重要なものです。高裁判決の存在を知らなかったのは私の不覚ですが,知っていれば研究会で報告して評釈を書いて,最高裁に,この論点で何らかの判断をしてもらえるよう挑戦したかったところです(私の評釈を読んでもらえるかどうかわかりませんが)。判例情報の早期収拾の必要はないと前に書いてしまいましたが,こういうこともあるとなると,速報の入手も大切ですね。

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2017年5月22日 (月)

第134回神戸労働法研究会その2

 もう一人は,JILPT の山本陽大君が,山元事件・大阪地判平成28年11月25日を報告してくれました。アルバイト従業員が過重労働が原因で死亡したケースでの民事損害賠償請求事件です。山本君は今回も周到な評釈をしてくれて,大学院生たちにも良い模範となったことでしょう。今回の報告も,ぜひに活字にしてもらえればと思っていますので,詳細はそこにゆだねます。判決への若干のコメントだけしておきます。
 この事案の特徴は,商品陳列用の什器などの搬入と販売を業とする会社で,15年近く断続的にアルバイトをしていた「ベテラン」アルバイトの「過労死」について,使用者に安全配慮義務違反が認められた点にあります。この労働者の働き方は,現場ごとにアルバイト従業員を募って契約をするというもので,作業単位ごとの労働契約という変わったものでした。それぞれの作業をする際には,労働者から事前に登録がなされるので,日々雇用ないし時間雇用的なものが,反復継続されていたわけです。これは,広い意味での有期契約の一種であり,「一定の事業の完了に必要な期間を定めるもの」(労働基準法14条1項を参照)に近いといえるかもしれません。
 契約の性質はともかく,一つひとつが独立した契約であるとすれば,業務の過重性をどのように判断するのか,またそれにともなう使用者の安全配慮義務をどのように判断するのかが問題となります。裁判所は,形式的には現場ごとに個別の労働契約が成立しているとみざるをえないとしながら,本件の被告会社は,無期雇用契約の使用者と同様に,業務にともなう疲労等の過度の蓄積により心身の健康を損なうことのないよう注意すべき義務を負っていたとし,結論として,使用者の損害賠償責任を肯定しました(過失相殺は3割)。
 判決では,単発契約の繰り返しの場合でも,会社は,労働時間数やその他の労働形態等を把握し,労働時間数等で過度の負担とならないよう調整するための措置をとるべき義務を負っていたとし,具体的には,労働者からの仕事の申込みの前には労働時間数等を適切に調整するよう,また,申込みの後においても他の日時,時間帯に変更等をするよう指導するなど,労働者の労働状況を適切なものとするための措置を採るべき義務を負っていたとしました。
 会社としては,アルバイトがたくさん仕事を入れて過労になっていそうだったら,本人がやると申し込んでいても,あまり仕事を入れすぎないように配慮する必要があるということです。
 労災の場合には,事故当時の視点ではなく,後からの視点で義務が追加されてしまうようなことが多く,結果責任的なものとなりがちです(「後知恵バイアス」の一種でしょう)。本件も,そのような印象を否めません。たしかに使用者にそのような措置を採るべきことはおよそ期待可能で(zumutbar[独])でなかったとはいえませんが,そう期待することが適切であったかどうかについては疑問が残ります。バイトをがんがん入れて稼ぎたいという労働者がいるときに,具体的な病気の前兆もないのに,仕事を減らすべきと使用者に要求するのは,どうかと思うのです。そこは労働者の自己責任としておかなければ,バイトで働く人に不利に働くこともあるでしょう。  裁判所は,この労働者は単なるバイトではなく,反復継続されて実質的に無期雇用に近いような労働者とみていた可能性もあります(こうしたバイトを活用することによって,不当に人件費を安くあげていたという評価もあったのかもしれません)。もし本件のようなケースで労働者が仕事を申し込んだのに使用者が拒否したら雇止め制限法理(労働契約法19条)が適用されるのか(更新申込みを労働者の健康のために使用者が拒否したときには,雇止めの正当理由として認められるのか),労働契約法18条が適用されることはあるのか,労働基準法との関係でも労働時間を全部通算すべきなのか,などといった問題も出てきます。
 こうした問題にすべて肯定的に考えるのなら,理論的には一貫していますが,実質的妥当性には疑問が出てきます(裁判所も,損害額の算定のところでは,割増賃金は算定基礎に入れておらず,実は一貫性を欠いているともいえます)。
 むしろ,こういう労働者は,雇用労働者ではなく,請負的なものではないか,という気もします(イギリスでは,本件のような場合には,mutuality of obligationがないとしてemployee ではない[workerにはなりうる]と性質決定される可能性もあるでしょう)。そうなると一転して,雇用関係から離れた一般的な安全配慮義務の問題となり,発注者側に多くの義務を肯定することは困難となるでしょう。
 さらに,本件は継続的な契約関係により特定の発注者との間で経済的な依存関係が生じた「準従属労働者」の問題ということもできそうです(ドイツでの「労働者類似の者」の問題)。雇用労働者でもなく,真正なる自営的就労者でもない,中間的な就労者の問題とみるならば,この事件は多くの示唆的な検討課題を提供してくれているようにも思います。

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2017年5月21日 (日)

第134回神戸労働法研究会その1

 今回は,特別ゲストで,京都大学の小畑史子先生に来ていただきました。本研究会には初登場です。O公立大学法人事件・京都地判平成28年3月29日をご報告いただきました。
 大学の准教授が,アスペルガー症候群によりトラブルを起こしていたことから,適格性の欠如という解雇事由に該当するとして解雇された事件で,適格性欠如という解雇事由には該当せず,労働契約法16条の客観的な合理的な理由がないとして,解雇は無効とされました。精神障害という点をまったく考慮しないならば,この准教授の行動には多いに問題があり(生協の職員に土下座をさせたり,校内での学生とのトラブルで学生を告訴したりするなど),解雇されても仕方がないようなところもありました。しかし,大学側は,アスペルガー症候群であることを採用時には知らなかったが,事後的には知るようになっていたので,適切な配慮をすべきとされたのです。この判断では,障害者基本法19条2項や,事件当時は施行前でしたが,障害者雇用促進法36条の3(アメリカのADAをモデルに導入された規定です)も考慮されていました。
 この36条の3は,「障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となつている事情を改善するため,その雇用する障害者である労働者の障害の特性に配慮した職務の円滑な遂行に必要な施設の整備,援助を行う者の配置その他の必要な措置を講じなければならない」と定めているので(reasonable accommodation条項),そのような措置を講じなければ解雇はできないという解釈は可能なのかもしれません。これはまさに解雇権が濫用かどうかを判断する文脈での考慮要素です。
 一方で,本件は,就業規則上の「適格性の欠如」という解雇事由の該当性が問題となっています。この労働者の教員としての適格性をそのままみるならば,相当に疑わしいものであり,解雇事由に該当するともいえそうです。そこで判決は両者をミックスして,必要な措置を講じていれば,適格性をもつことができたので,就業規則の解雇事由には該当しないとしたのでしょう。
 ただここで問題となるのは,同条ただし書にもある「ただし,事業主に対して過重な負担を及ぼすこととなるときは,この限りでない」というundue hardship 条項についてです。アスペルガー症候群には,ジョブコーチをつけるなどの措置が有効であるとしても,たとえば校内でのトラブルの予防のために随時コーチをつけることは,まさに「過重な負担」といえなくもありません。判決は,障害者に関連する法令の理念に沿うような具体的方策を検討した形跡すらないとし,「配慮が限界を超える状態に達していた」とは認められないとしていますが,ストレッサーとなる教員との接触では,配慮をしているので,全体的にみると,使用者に厳しい判断のように思えなくもありません。ただ,大学側にも,主治医への問い合わせをしていない(問い合わせをしたからといって,答えてもらえる保証はないのですが)など,もう少しやるべきことがあったのかもしれず,そのため結論の妥当性はかなり微妙です。
 いずれにせよ,「必要な措置」と「過度の負担」の適切な解釈がなされなければ,使用者はこうした精神的な障害をもつ人の採用にいっそう慎重となるでしょう。36条の2は,募集・採用時にそういうことがないように要請した規定ですが,「採用の自由」を正面から否定する解釈はとれないので(要するに,労働者のほうから,使用者に対して必要な措置をとって採用するよう請求する権利はない),その効果には限界があります。
 必要な措置の限界を適切に設定し,使用者がそこまでの措置は講じていて,それでも適格性がないとなれば解雇できるということにしておいたほうが,使用者は安心して採用できて,障害者雇用の促進という趣旨に沿ったものとなると思います。法の趣旨がそのようなものであるとすると,それに適合的な解釈をすべき裁判官の責任は非常に大きいものとなります。

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2017年5月11日 (木)

紙の雑誌は打ち切らざるを得ない

 紙媒体のものを減らすということで,今年度から,大学院時代からずっと購入していた「労働判例」を止めることにしました(バックナンバーも古本屋から買っていました)。就職してからも,最重要の資料として,研究費で購入し続けていた雑誌でした。ただ今年度は資金が潤沢ではなく,それでもこれまでならリストラの対象から一番にはずれていた雑誌ですが,今回リストラ対象としたのは,高額であること,前から判例の選別にやや疑問をもっていたこと,そして一番の問題は研究室のキャパシティがきつくなってきたこと,オンラインで判例情報を入手することが簡単になったこと,大学の図書館でみることができること,という理由で,打ち切ることにしたのです。産労さん,申し訳ありません。まあ,随分昔には執筆したこともありましたが,ここ20年くらいは執筆もなく,とくに義理を感じる理由もないので,あっさり打ち切りました。
 ということで,これまで以上に判例情報の収集は,積極的にしなければならなくなりました。せめて別冊ジュリストの重要判例解説はしっかり読もうと思ったところ,いきなりびっくりする判例に遭遇しました。東京高裁の平成27年10月7日の判決です(平成27年(ネ)3329号,平成27年(ネ)4260号)。判例時報2287号に掲載のものです。
 この事件は,簡単にいうと,ある医師について,病院との間で時間外手当の一部を年俸(1700万円)に含める合意をしていたとし,それを有効として,追加の時間外手当の支払請求を認めなかったのです。かつてモルガン・スタンレー・ジャパン事件(東京地判平成17年10月19日)というのがあって,同種の判断をしていましたが,学説からは批判されていました。私は『雇用社会の25の疑問-労働法再入門-(第2版)』(弘文堂)の255頁以下に,比較的詳しく,この判決のことを紹介しています。社員の自己決定をどこまで認めるべきか,という観点からの紹介です。従来の判例からすると,本件は年俸において割増賃金部分とその他の部分との分別性がない事案なので,LS生がこの判決のような答案を書くと不可となるでしょう。
 私としては,個別的デロゲーションの肯定例として注目したいのですが,年俸が高いからよしとするような単純な議論にしてはなりません。医師の特殊性も実は無視できず,最近,実質的にではありますが,業種や職種に着目した判断をしている裁判例が増えているのではないかという気もしています(たとえば,雇止めは,アルバイトなら簡単に認めるとか)。
 こういう判決を見落とさないように判例の随時チェックをする必要があります。まだ使っていませんが,「労働法EX+」も良さそうなので,こちらに切り替えることも検討しようかなと思っています。

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