労働法・雇用政策

2018年2月22日 (木)

水町勇一郎『「同一労働同一賃金」のすべて』

 水町勇一郎『「同一労働同一賃金」のすべて』(有斐閣)をいただきました。いつも,どうもありがとうございます。現政権の同一労働同一賃金政策を牽引してきた水町さんが,法改正に備えて,啓蒙のために出版したというところでしょうか。個人的には,この政策には反対で,より広い観点から非正社員問題を理論的に論じる本を執筆中ですが,それはともかく,どうしてこういう政策が出てきたかを知るうえでは,とても参考になります。
 資料的な部分が多いですが,政策に深く関与している人の立法経緯の解説的な本となると,有斐閣がやはり強いですね。本書でとくに助かるのが,法改正案がまだ出ていない段階で,要綱の内容を条文化までしてくれて,その解説もついているところです。そもそもネットの要綱のPDFは縦書きでとても見にくくて苦労していたので,有りがたいです(私の日頃のペーパーレスの主張とやや違っていますが)。
 もっとも,実際の法改正の時期は少し先延ばしになったという報道もあります(同一労働同一賃金は野党も賛成なのでしょうが,時間外労働の上限規制強化だけ先行させると企業負担が重すぎるということで政府はバランスをとったのでしょうかね。そうなると,同一労働同一賃金推進派にとっては,とんだとばっちりというところでしょう)。法案審議や可決後の施行が遅れそうになると,法改正の内容についても,もう一もめあるかもしれません。様子見をしていた感のある最高裁判決(長澤運輸事件とハマキョウレックス事件)の動向も気になります。
  有斐閣からは,私がすでに予告していた『解雇規制を問い直す-金銭解決の制度設計』も届きました。こちらは,読んですぐに実務に役立つというようなものではなく,法学と経済学の学問的コラボを味わってもらいたい本です。私たちの提案に則したモデル条文もつけていますが,これはLinuxのようにオープンソース的なもので,研究者に改良を加えていってもらえればと思います。なおモデル条文の別表1は特に具体的には掲げていませんが,そこには解雇禁止を定める法律が盛り込まれることが想定されており,今後,その内容は可変的です。別表2以下は,具体的な金銭補償額が図表化されていますが,これも可変的で,毎年改訂されていくことが想定されています。法律はルールだけ定め,その内容は経済学者の手により改訂され,ネットで公開されていくというようなことができれば,これも新たな立法の形式として面白いのではないかと思います。本の中でははっきり書いていないので,追記しておきました。

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2018年2月20日 (火)

フリーランス労働法?

 今朝の日本経済新聞で,「フリーランスに最低報酬 政府,労働法で保護検討」という記事が出ていました。いよいよフリーランスの問題に,本格的に政府が取り組むのか,ということで喜ばしいと思ったのですが,記事をみていると,いろいろ突っ込みどころがあります。プロからみたコメントは,ちょうど昨日,フリーランスについて原稿執筆依頼があったばかりなので,書くエネルギーはそこに取っておきます。なお私の政策提言は,英語でよければ,15日に流れたNHKのRadio Japanを聞いていただければよいし,拙著『AI時代の働き方と法』(2017年)の第7章に詳しく書いています。
 ただ少しだけ書いておくと,最低報酬という点は,家内労働法の延長線上の話なのでしょうが,フリーランスのニーズに必ずしも合っていないように思えます。昨年,フリーランス協会主催で,フリーランスと労働法についてのマスコミ向けのブリーフィングをしたときにも論点になったものですが,フリーランス側は,その時点では,必ずしも最低報酬などの強制的な規律を望んでいませんでした。厚生労働省にやらせると,家内労働法からスタートというようなことになってしまうのでしょう(みなさん家内労働法の最低工賃の設定の手続がどのようなものかご存じでしょうか。それを知れば,とてもフリーランス向けに適合的とは思えません)。あるいはクラウドワーカーの現状を見よ,ということになります。こういう発想でこの問題にアプローチをしてはならないというのが,私がずっと主張していることです。
 そもそも,政府はフリーランスのことを扱っている余裕などないのではないでしょうか。厚生労働省は,経産省の動きが気になるのでしょうが,本丸の雇用労働者のほうの働き方改革が暗礁に乗り上げそうになっています。4日前にも書いたように,きちんと労働法制がわかっている人をブレーンにつけなければ,また失言が起こりかねません。労働法のなかでも,労働時間法制はきわめて複雑で,労働法専門の法律家しか正確なアドバイスはできないでしょう。東京には労働法の研究者はたくさんいるので,ちょっとアドバイスを受ければすむ話だと思うのですが,アドバイスを求める側が,どこが地雷かわかっていない可能性がありますね。
 今朝の日経新聞で日本総研の山田久さん(拙著『労働時間制度改革』(中央経済社)の書評を日経新聞でしてくださった方)も,私がブログで書いたのと同じようなコメントをされていましたが,まさに「本質の議論」をしなければならないのです。野党は敵失に欣喜雀躍するのではなく,日本の将来にとって必要な労働時間制度を一緒に作り上げようというような建設的な議論をすべきです。裁量労働制などを含む広義のホワイトカラー・エグゼンプションは,解雇の金銭解決と同様,導入の是非を論じる段階ではなく,どのような制度にするかを議論すべきです。10年後の日本人から,あのとき何であんな小さいことで時間を空費していたのか,ということにならないようにしてもらいたいです。といっても,現在の国会議員に,そんな未来のレピュテーションを気にしろというのは無理なことかもしれませんが。

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2018年2月16日 (金)

人材と競争政策に関する検討会報告書

 昨日,公正取引委員会が,「人材と競争政策に関する検討会報告書」を発表しました。事務局は,もともと芸能人の専属契約の問題などについて関心をもっていたようで,人材獲得競争をめぐる独占禁止法上の問題について検討しようとした,たいへん興味深いものです。
 もとより私もインディペンデント・コントラクターらを自営的就労者と呼んで,その人たちに対する法的規律のあり方を考えていくべきだと,しつこく述べており,競争法上の問題はそのなかの主要な部分を占めるものです。競争法上は,むしろ優越的地位の濫用といった切口が主たるものとなるでしょう(報告書でも若干取り上げられています)が,この報告書は,発注者側の人材獲得について競争制限的な行為が行われているという点にフォーカスをあてています。
  いずにれせよ,今後の自営的就労者をめぐる法的問題の研究にとって,重要な意味をもつ報告書だと思います。私自身は,公正取引委員会の範囲内の問題にとどまらず,むしろ民事上の新たなルール形成が必要と考えており,そのために,現在,法分野の横断的な共同研究ができないかと考えているところです。
 それはさておき,この報告書の発表に合わせてということなのですが,事前にNHKのWorld Radio Japanから,フリーランスのことについて私のコメントをほしいということで,取材に答えていました(取材は13日)。報告書の内容とは直接関係するものではなく,フリーランスがなぜ重要となっているか,どのような問題が起きているか,それについて,どのような政策的課題があるかという,いつもの論点について,15分ほどのインタビューでしたが,答えています。
 その内容が,英訳されて昨日流れました。私の生の音声(日本語)も5秒ほどですが,流れています。初めてのラジオ出演です(いろんな仕事があるものですね)。関心のある方は,ここからアクセスできます(ちょうど6分40秒くらい経過後にフリーランスの話が登場しし,私へのインタビュー内容はその1分後,さらに私の声は1分後くらいに登場します)。
https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/upld/medias/en/radio/news/20180215200000_english_1.mp3

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2018年2月15日 (木)

周りが悪いのでは?-首相の裁量労働制発言

 裁量労働制に関して,安倍首相が失言をしたということで,野党はチャンス到来と感じているようです。問題となったデータの評価については,専門家の判断に任せますが,撤回したということなので,首相側にデータの使い方にミスがあったのでしょう。
 労働基準法改正案での裁量労働制とは,企画業務型裁量労働制(38条の4)の対象業務に「課題解決型提案営業」と「裁量的にPDCAを回す業務」を追加する点を言っているのでしょう。これがなぜ大きな争点となるのか,私にはよくわからないのですが,ましてや首相が,裁量労働制を導入したほうが労働時間が短くなるというような余計なことをなぜ言ったのかは理解できません。かつてホワイトカラー・エグゼンプションを導入すると,少子化が改善するという珍妙な発言をして,法制化をつぶしてしまったのと同じ轍を踏まないか心配です。
 裁量労働制で働くと,実労働時間が長くなる可能性もあるし,短くなる可能性もあります。業務の性質上,業務遂行の方法を労働者の裁量に大幅にゆだねる必要があるものが,裁量労働制の対象であり,それゆえ本人の裁量の行使のやりかたによっては,労働時間が長くなるかもしれないのです。それでも労働者本人が自律的に業遂遂行をするのに適し,そうする必要がある業務だから,本人の同意を得たうえで,そのような働き方をすることが認められているのです。こういう働き方では,法定労働時間を超えれば時間比例で割増賃金が支払われるというのはおかしいですよね,ということです(自分で時間を調整して長く働いて割増賃金を不当に多くもらうという弊害も起こりえます。これは労務管理の問題でもあるのですが)。
 裁量労働制の要件にはなっていませんが,法は,こうした労働者には,労働時間ではなく,成果で賃金が支払われることを想定しています。だから,割増賃金は不要ですよね,ということです。労働時間が長くなっても,それでよい成果が上がれば,賃金が増えて満足できるはずというのが裁量労働制の働き方のポイントです。こういうことを首相は説明すべきだったのです。
 つまり,裁量労働制の対象業務とされるものが,こうした働き方に適しているかどうかは議論の対象となりえますが,裁量労働制によって労働時間の長さがどうなるかどうかは本質的な論点ではありません。また長時間労働になりうる可能性があるからこそ,健康確保も別途配慮されていますし,今回の改正で充実化も図られています。
 私は裁量労働制は中途半端な制度だと思っているので,高度プロフェッショナル制度とあわせてより抜本的な適用除外制度(ホワイトカラー・エグゼンプション)に組み替えるべきという立場ですが,それにしても,変なところで,裁量労働制にケチがついてしまうのは残念です。
 制度を導入したらどのようなメリットがあるかどうかという議論をしたがるから,こういう話になるのです。労働時間制度改革は,導入すれば得か損かという議論をしていては先に進みません。とくにそれが金銭的な面から考えると,議論が錯綜します(残業が減ると残業代が減るから損という珍妙な議論も,こういうところから出てきます。残業がないほうが健康によいから法律は法定労働時間を1週40時間,1日8時間としているのであり,残業がなく,それゆえ残業代が支払われないような働き方が理想なのです)。
 働き方の本質にあった労働時間制度はどういうものか。そういう筋論をすべきです。労働時間が減るから良い制度ですよ,などという国民を小馬鹿にした議論をしようとしてはいけません。
 なお,私は安倍首相の国会答弁をフォローしているのではなく,上記の発言のみしかみていないので,もしかしたら,他の箇所でしっかり説明しているのかもしれません。かりにそうだとしても労働時間の長短の話は余計です。そして,それを首相に言わせて恥をかかせた周りのブレーンに問題があるのではないでしょうか。

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2018年2月12日 (月)

AI採用について考える

 採用選考にAIを活用することについて,AIはブラックボックスなので,説明責任がはたせないのではないか,という意見をよく耳にします。エントリーシートの選別でAIを活用する企業も,最終的には人間が判断すると広言しています(真実かどうかはわかりません)。今朝の日本経済新聞でも,「AIの偏見が,既成事実につながる怖さがある」として,AIに嫌われれば,理由もわからないままアルバイトを転々とすることになるのではないか,ということが書かれていました。
 しかし,採用時の選別については,どのようなポイントで人を判断するかという正解データは,人間が作っているので,AIは途中の判断プロセスはブラックボックスであるとしても,人間がやることを効率的にやっているにすぎないともいえます。なんとなくこの人はうちの会社に合いそうだ,というような,審査する側の個人的な直観や偏見をできるだけ排除して,客観的にする面もあります。
 結局,より曖昧な要素が多く偏見が混入しやすい人間の判断で排除されるのと,途中経過はわからないが人間のような偏見はなく結論を出すAIによって排除されるのとで,どちらが納得がいくかという問題でもあります。前にも書いたことがあると思いますが,ある犯罪行為について,人間の裁判官に懲役10年と言われるのと,AI裁判官に懲役10年と言われるのとでは,どちらが納得がいくかという問題と同じようなものかもしれません。偏見があるかもしれない人間よりも,AIのほうが納得しやすいという人もいれば,そうでない人もいるでしょう。
 機械が間違ったらどうすると言われますが,人間も間違う可能性が高い場合はどうでしょうか(このことは,自動運転の議論に最もよくあてはまります)。人間は人間にしたことに寛大で,機械がしたことには厳しいような気がします。何かあったときの不満や怒りの矛先は,生身の人間のほうがよいということでしょうか。AIが人間社会に浸透していくうえでは,この人間の心理がどういうものなのかが重要でしょうね。
 少なくとも採用選考については,学生からすれば,AIにより審査されることを望んでいる人のほうが多いと思います。上の世代の評価なんて当てにならないと思っている若者は多いはずですから。 それに,AIによる個人のプロファイリングが進めば,それへの対策というビジネスも出てくるでしょう。AIの判断が既成事実化することを逆手にとるビジネスです。そうなると,AI採用なんて怖くないなんてことになるかもしれません
 実は私は,別の理由でAI採用には限界があると考えています。企業側からすれば,AI採用は,企業の望む人を採用することはできるかもしれませんが,その企業に革新的な価値を生むかもしれない人材を見つけ出すことはできません。AIができるのは,人間の入力したデータがベースで,それは現時点の評価を基準にしたものですから。そこにAIではなく,人間が採用に関与することの意味があるかもしれません。もちろん,その企業がそういう革新的な人材を採用してもよいと考えていることが話の前提ですが。

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2018年2月 7日 (水)

プラットフォームの責任と自営的就労者の集団的権利

 先日の比較法シンポジウムの話の続きです。今回のインディペンデント・コントラクターの議論の背景には,デジタライゼーションやUber化が働き方にもたらすインパクトということもあり,その点も活発に議論がされました。
 とくに韓国の李ジョン先生から,韓国で流行っているカカオタクシーの例が紹介されて,興味を引きました。これはUberと同じような配車アプリを使ったタクシーサービスです。カカオタクシーは,ドライバーを使って,ユーザーに運送サービスを行っているのか,それともカカオタクシーはアプリを提供して,ドライバーとユーザーをマッチングしているだけなのか,という点です。前者であれば,カカオタクシーがドライバーに対する使用者となる可能性が高く(指揮命令の有無によりますが),後者であれば,ドライバーはインディペンデント・コントラクターとなるでしょう。
 この問題は,Uberをめぐっても,各国で類似の論点が浮上し,裁判にもなっています。日本でも紹介されているので,皆さんも聞いたことがあるでしょう。
 さらにGramanoさんからは,フランスの2016年の法律についても,紹介されました。その場では詳細はわからなかったので,後でネットで調べてみると,その法律は,LOI n° 2016-1088 du 8 août 2016 relative au travail, à la modernisation du dialogue social et à la sécurisation des parcours professionnels でした(「労働,労使対話の現代化及び職業的過程の安定化に関する法律」(法律名は仮訳))。その第60条で,労働法典の第7編(Septième partie)のLibreⅢ(第3章)に,新たにTitleⅣ(第4節)が追加され,「TRAVAILLEURS UTILISANT UNE PLATEFORME DE MISE EN RELATION PAR VOIE ÉLECTRONIQUE」(意訳すると,デジタルプラットフォームを利用する労働者)という表題の下に,デジタルプラットフォームを利用する自営的就労者(travailleurs indépendants)の保護のための規定が新設されていました(L.7341-1条以下)。
 そこではまず,自営的就労者が労災保険に加入する場合のプラットフォームによる保険料の補填(L.7342-2条),継続的な職業訓練へのアクセス権の保障(L.7342-3条)が定められ,さらに集団的権利も保障されました。集団的権利については,全訳(仮訳)しておきましょう。

L.7342-5条
 L.7341-1条の労働者(筆者注:デジタルプラットフォームを利用する自営的就労者)により組織化されたサービスの提供を,その職業上の要求を主張する(défendre leurs revendications professionnelles)ために,共同して拒否する行動(mouvements de refus concerté)は,濫用の場合を除き,契約(筆者注:債務不履行)責任を引き起こさず,プラットフォームとの関係の破棄理由にはならず,その活動の遂行に対する制裁的な(or 不利益な)措置を正当化するものではない。

L.7342-6条
 L.7341-1条の労働者は,労働組合を結成する権利,労働組合に加入する権利,及びその集団的利益を労働組合を通して主張する権利を享受する。

  従属労働者でいうと,L.7342-5条はストライキ,L.7342-6条は団結権の規定ですね。ストライキが団結権の前に来ているのは,フランスでは,ストライキ権は団結が行使するものとは構成されていないことを反映しているのだと思います(拙著『雇用社会の25の疑問-労働法再入門-(第3版)』の第5話「労働者には,どうしてストライキ権があるのか。」53頁も参照)。1946年の憲法前文でも,団結権(Tout homme peut défendre ses droits et ses intérêts par l’action syndicale et adhérer au syndicat de son choix.)とストライキ権(droit de grève)は区別されています。
 デジタルプラットフォーム利用の自営的就労者に限定したものとはいえ,団結権まで認めていることは,競争法との関係がどうなるのか,ということも含めて,興味深いところです。適用範囲を定める規定によると,サービス提供の内容の特徴と価格をプラットフォームが決定していることが条件となっています(L.7341-1条)。ここに経済的従属性をみているのでしょうかね。
 先のシンポジウムでも,経済的に従属的なインディペンデント・コントラクターのストライキをどう考えるかが,活発に議論されました。いずれにせよ,フランスのことも調べていく必要がありそうです。

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2018年2月 6日 (火)

名古道功『ドイツ労働法の変容』

 名古道功『ドイツ労働法の変容』(日本評論社)をいただきました。どうもありがとうございます。ドイツ労働法の研究をコツコツと積み重ねてこられ,関西労働法研究会の幹事という地味な仕事もずっと引き受けられてきた名古先生が,これまでの研究業績を1冊の本にまとめらたことは,ほんとうに喜ばしいことです。
 京大系の労働法学者の多くは,数人の例外を除き,ドイツ法を比較法の対象とされています。関西にいると,ドイツ法研究をしなければ労働法学者ではないというくらい多くの研究者がドイツ法に取り組んでいますが,西谷敏先生のような大学者がいるので,なかなかドイツ法研究で独創的な成果を出すことは難しいところもありました。そうしたなか,名古先生の著書は「変容」という言葉がタイトルに含まれていることからもわかるように,ドイツ法の変化を分析するという切り口で,日本法への示唆を得るという試みをされたものといえます。
 第5章の「総括」で,そのことが語られています。もちろん私とは現状認識や評価からそれへの対処法まで,意見を異にする部分がほとんどで,それは労働法に関する根本的な考え方が違うことからくるものですが,名古先生のような研究スタイルこそが日本やドイツの労働法学の主流であり,そのオーソドックスな考え方に基づく正統的な労働法の研究成果を出して下さることは,ほんとうに大切なことだと考えています(皮肉でも何でもありません)。
 本書の最後の文章は,次のようなものです。
 「労働の現場においてデジタル化等の技術革新が進んだとしても,利潤の徹底追求との資本の論理に変化があるとは思われず,また労働者でしかできない多くの仕事は存続する以上,『人間の尊厳に値する生存』を常に基軸として労働法を構想していかねばならないであろう。」  
 これと拙著『AI時代の働き方と法-2035年の労働法を考える』(2017年,弘文堂)の第8章「労働法に未来はあるか?」を読み比べてもらえれば,名古先生の正統労働法と私の異端労働法との距離の大きさがおわかりになるかと思います。

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2018年2月 5日 (月)

第2の正田彬待望論

 リスク管理という意味では,今回の比較法シンポジウムは,ゼロ点でした。もし私のインフルエンザ罹患が1週間遅れていたら,どうなっていたでしょうか。報告者と裏方の両方をやっていたので,私がたおれるとシンポの開催はできなかった可能性があります。そう思うと,背筋がゾッとします。なんとなく自分は健康で大丈夫という思い込みで,一番ダメなリスク対応をしてしまっていました。結果オーライなだけです。もともとは,Independent Contractor をめぐる海外の動向を知りたいから,人を呼ぼうという熱に駆られて企画したことで,あとは力業でなんとかシンポジウムはできるだろうと思っていたのですが,ほんとうの熱にかかってしまったので,危ないところでした。
 ところで,イタリアの新法(2017年5月22日法律81号)の注目点は,自営的就労者・独立労働者(lavoratore autonomo)に対して,経済的従属性に着目した不公正な取引を規制する法律の規定を援用しているところです。たとえば,2条は,「Tutela del lavoratore autonomo nelle transazioni commerciali(商取引における自営的就労者の保護)」という表題の下に,EUの支払遅延指令(2000年)を国内法化した法律(2002年10月9日委任立法231号「Attuazione della direttiva 2000/35/CE relativa alla lotta contro i ritardi di pagamento nelle transazioni commerciali」)の規定を援用しています。日本でいえば,下請代金支払遅延等防止法(下請法)の規定を適用すると定めたのと同じような感じでしょう。  
 詳細は別の機会にゆずりますが,イタリアは,これまでドイツと並んで,労働者と自営的就労者の中間にある経済的従属的な自営的就労者(準従属労働者)を対象とした法規制(第3のカテゴリーの創設)を行う国と整理されてきました(Alain Supiot「Au-delà de l'emploi」でも,情報が古いので,そのような整理です)。しかし,すでに2015年の法律でそのアプローチは放棄され,従属労働者の範囲を若干広げて(組織的従属性があれば,フルセットの保護のある従属労働者として扱う)と自営的就労者の二分法に戻していました(なぜ二分法に戻したかは,私はどこかでちょっとだけですが書いているはずです[どの論文か忘れました])。その流れの延長で,今度は2017年の法律で,自営的就労者における経済的従属性への対処を,競争法の規制を援用するという方法で行ったのです。もちろん2017年法は,自営的就労者の妊娠,病気,ケガの場合の契約中断(契約は終了させないこと)を求める権利を認めるなど労働法的な規定も設けています。このイタリアの「実験」は,自営的就労者に向けての労働法の新たな展開の可能性を感じさせるものといえるでしょう。
 労働法と経済法の統合というと,正田彬先生のことを思い出します。正田先生の論文は,読んだことはあります(日本労働法学会誌24号の「労働法と経済法の関係についての試論」など)が,あまり印象に残っていません。いま一度,勉強してみる必要があるのかもしれません。いずれにせよ「優越的地位の濫用(abuse of dominant position)」(の禁止)という法理の普遍性が,これから問われていく時代になるのだと思います。第2の正田彬が登場してきてもおかしくありませんね。

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2018年1月28日 (日)

世論調査は,正しく聞いてください

 熱も完全に下がり,軽い咳と鼻水くらいの状態になりましたが,他人への感染力という点では,それほど衰えていないようです。火曜までは人前に出る外出は辛抱です。
  ところで,先ほど日本経済新聞の電子版をみたら,テレビ東京と一緒にやった世論調査の記事が出ていて,「脱時間給」は拮抗となっていました。
 まずこのミスリーディングなネーミングを,何が何でも改めないという頑な姿勢には,あきれるばかりです。周辺の者が誰も何も言わないのでしょうね。風通しの悪い組織であるのか,誰も何も気づかない無能な社員ばかりなのか(もしそうであれば,購読を止めなければなりませんが,そうではないはずなのですが),一度決めたら変えたら負けというような不毛なこだわりがあるのか。ネーミングなので,勝手にしてくれ,という感じですが,より深刻なのは,調査の内容です。
 Q4 「政府は働く時間ではなく成果に応じて賃金を払う『脱時間給制度』を導入する法案を通常国会に提出する方針です。あなたはこの制度の導入に賛成ですか,反対ですか。」
 これに賛成が42%,反対が39%なので,上記の「拮抗」となりました。
 まず労働時間法制など何も知らない人が,「働く時間ではなく成果に応じて賃金を払う」制度と聞いたら,どう思うでしょうか。これが労働時間制度の話とは思わないですよね。賃金制度の話と思うでしょう。これからは政府が賃金制度を決めるんだ,と思ってしまわないでしょうか。そして,成果をだす自信がある人は,そのほうがよいと答え,成果をだす自信がない人は,イヤだと答えるだけに終わらないでしょうか。
 こんなアンケートにはほとんど意味がありません。
 せめて「政府は,一定の高度専門職で,年収が一定以上の人には残業代を支払わなくてもよいとする法案を通常国会に提出する方針です。あなたはこの制度の導入に賛成ですか,反対ですか。」くらいで聞き直してほしいものです。これでも正確性からはほど遠いのですが,高度プロフェッショナル制度に対する国民の本音を少しは知ることができるでしょう。
 もちろん,「政府は残業代をゼロとする法案を通常国会に提出する方針です。あなたはこの制度の導入に賛成ですか,反対ですか。」というくらいの世論調査を,どこかの新聞ならやりかねませんが,それも偏った集計結果を導き出すだけに終わるのは言うまでもありません。
 ところで,先日始まった国会の代表質問で,共産党の委員長が,高度プロフェッショナル制度は,すべての労働団体が反対しているとか,この制度でメリットがあるのは使用者側だけで,労働者側に一体どんなメリットがあるのかとか,過労死を生むとか,何の進歩もない質問をしていました。それぞれについて十分な反論が可能で,何度もやっているので,もう繰り返しませんが,他方で,首相の反論もあまり感心できるものではありませんでした。原稿を読み上げるだけでなく,しっかりと自分の魂のこもった言葉で語ってほしかったのですが。もちろん,首相がよく理解できていることが前提ですが。
  現在,企業は働き方改革で,労働時間短縮を進め,残業代が減っていることが,労働者の収入減につながっているとされ,それが春闘の一つの争点となっています。残業代のうち,労働基準法37条による法定の割増賃金部分は,時間外労働に対する使用者へのペナルティであり,割増賃金が減るということは(サービス残業が増えていないかぎり),労働時間が減って,労働時間規制が機能していることを意味し,本来望ましいことです。一方,割増賃金は,これまでは,労働者の収入源になっていて,かえって長時間労働の促進要因となっているのではないか,ということも言われてきたのです。残業代減少に対する労働組合の反応をみていると,この予測は当たっていたことになりそうです。だから,ほんとうに過労を防ぐなら,割増賃金がないほうがよいのでは,というのが私の提案でした。割増賃金を法律上の強制からはずしたうえで,トータルでみて,どのように賃金制度を構築するかを考えていくというのが,正しい賃金政策なのです。
 こうした私の立法構想(割増賃金の非強制(任意規定化))の下でも,拘束的な働き方をしている人は法定労働時間の内であろうが外であろうが,時間給で貫徹したほうがよいので,割増率をどうするかはともかく,現行の賃金+割増賃金というスタイルは労使の選択として維持されることになるでしょう(こういう労働者には,絶対的上限規制も適用されるべきです)。一方,一定の成果に応じた処遇にふさわしいような高度専門職に従事する人は,成果型賃金を貫徹したほうがよいので,少なくとも労働時間規制との関係では完全なエグゼンプションにしてよいということになるのです。
 詳しくは,拙著『労働時間制度改革-ホワイトカラーエグゼンプションはなぜ必要か-』(2015年,中央経済社)をご覧になってください。

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2018年1月24日 (水)

九州弁護士会連合会・大分弁護士会編『合理的配慮義務の横断的検討』

 執筆者で,神戸労働法研究会のメンバーでもおられる千野博之弁護士から,九州弁護士会連合会・大分弁護士会編『合理的配慮義務の横断的検討-差別・格差等をめぐる裁判例の考察を中心に』(現代人文社)をいただきましたので,ご紹介します。本書は障害者差別解消法および改正障害者雇用促進法において,障害者に対する合理的配慮義務が規定されたことをきっかけとして,合理的配慮義務を分析して,行為規範としての機能をより明確にするということを目的として執筆されたものです。
 本書では「合理的配慮論」という概念を用いて,これが障害者差別分野以外においてもその発想がみられる横断的なものととらえ,この概念を他の分野に適用ないし展開していく方向を示しています。とくに差別・格差が問題となる分野,均衡取扱法理ないし比例原則の考え方が妥当する分野で,合理的配慮論を展開していくことに積極的な立場を示しています。
 実務家の方が,合理的配慮論というくくりで,契約の一方当事者が配慮すべき義務を具体的に検討していくという作業そのものには興味深いものがあります。本書も判例分析がベースになっており,その検討結果は貴重で,実務家の方には大いに参考になるでしょう。

 以上の感想とは別に,個人的には,アメリカ由来の障害者差別法理における合理的配慮論は,過度の負担がある場合の免責とセットになっており,結果,労働者の権利(合理的配慮を求める権利)と使用者の免責権の衝突となっています。年次有給休暇の時季指定権を承認しながら,それに対抗できる時季変更権があることによって,労働者の権利取得にプラスになっていないことからもわかりますように,権利と権利のぶつかりあいという法律構成は,あまり良くないのではというのが,私が日常抱いている感想です。
 また,労働契約関係は,もともと誠実・配慮の関係であり,使用者に配慮義務があることは,すでに当然の前提となってます。この点は,ドイツのFürsorgepflicht(BGB617条なども参照)の議論が有名ですが,日本では同じような義務が,信義則や権利濫用法理の枠組みで論じられています(労働契約法3条4項,5項)。配慮義務が定着しているなかでの,合理的配慮論というのは,アメリカのように合理的配慮をしなければ差別になるという強烈な法理を導入しなければ,かえって配慮義務は合理的な範囲でよいというように,義務を限定する法理に働いてしまわないかという懸念がないわけではありません(まあ解釈の仕方次第ではあるのですが)。
 とはいえ,これは理論的な話で,社会的強者が合理的配慮をする義務を法理論的に組み立てていくのは,同じような課題に差別禁止アプローチや平等待遇・均等待遇アプローチで行くよりも,既存の法理にも乗りやすく,裁判実務上も受け入れやすいものでしょうね。

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