労働法・雇用政策

2018年6月13日 (水)

解雇の金銭救済制度の検討会

 厚生労働省で,「解雇無効時の金銭救済制度に係る法技術的論点に関する検討会」が立ち上げられたようです。解雇の金銭解決制度の迷走は大変なことになりましたね。前の報告書では,やたらと細かい法技術的な議論をしていたので,労使から法律家でやってくれということになったのでしょう。しかし,そもそもその会議での課題設定は,不当な解雇は無効で,そのときに労働者側から金銭解決の請求をする制度をどうするか,という限定されたものでした。その枠内での解決を目指すものであり,これでは正直なところ,あまり意味のある議論ができません。
 こんなことに優秀な研究者を集めてその時間を奪ってしまっていいのでしょうか。課題設定に根本的な誤りがあるのです。これは昨年秋に厚生労働省の役人が話を聞きに来たときにも説明しましたが,これはもう役人にはどうしようもないことなのかもしれません。おかしい場合には,引き返して,出直すことが必要ですが,それができないのが政策形成の問題ですね。
  日本経済の将来にとって必要な解雇ルールとは何か。それは不当な解雇を無効としながら,労働者から金銭解決を請求できるようにすることにあるのでしょうか。もちろん解雇が無効な場合に,労働者から金銭救済を求めることができるようにすることに異論はありません。でも,それは解雇ルール全体からみると周辺的な問題です。その周辺的な問題のために法技術的な論点を詰めるための人的資源を投入するのは,どう考えてもおかしいです。
 経済的解雇や能力不足解雇などの場合に,不当とされれば無効となるという制度は妥当なのでしょうか。そもそも不当な解雇とは何なのか。解雇を抑止するために必要なのは,解雇を無効とすることなのか,ということを検討するこそ重要なのです。それは解雇規制とは何かという問題と関係し,そこで私たちが出した結論は,金銭解決しかないということです。『解雇規制を問い直す-金銭解決の制度設計』(有斐閣)で問題提起しているのですが,ほとんど反応がありません。今回の検討会には執筆者の一人の明治大学の小西康之さんも入っていますが,彼のアイデアは壮大ですので,法技術的な検討という細かい論点ではなく,より大きな法制度設計のところで活用してもらいたいのですが(小西さんには,余計なことを言わないようにと叱られるかもしれませんが)。

|

2018年5月17日 (木)

公益通報とは

 数日前の報道で,テレビ朝日の女性記者が,福田淳一前財務次官から受けたとされるセクハラに関する情報を週刊新潮に提供した行為について「公益通報」には該当しないとする閣議決定をしたというニュースが流れていました。すでに野党と消費者庁のやりとりで,公益通報に当たらないという消費者庁の結論が出されていたようです。なぜ野党が「公益通報」ということを言い出したのかというと,女性記者が週刊誌に情報を流したことに批判の矛先が向いてきたので,女性記者を救うということから「公益通報」だという話が出てきたのだと推測しています。
 しかし,この行為が公益通報者保護法による保護の対象とするのは,はじめから無理筋です。公益通報者保護法は,そもそも消費者庁が所管していることからもわかるように企業不祥事が消費者の利益を損なっていることから,不祥事情報を知りやすい立場にある従業員からの告発を促進して消費者の利益につなげるというのが主たる目的で,そのためには告発した従業員を保護する必要があるということで,内部告発に対する解雇その他の不利益取扱いを無効としたり禁止したりした法律なのです。従業員の保護という点だけをみると労働法とも関係しますが,この部分はこの法律の目的を実現するための手段という位置づけとみるべきです。
 公益通報者保護法で保護されるためには,いろいろ要件があります。とくに保護される通報対象事実は刑事罰に関係するものとなっているので(法律は列挙されています),その範囲がかなり限定されています。たとえば男女雇用機会均等法はセクハラ行為に対する刑事罰を課したものではないので,通報対象事実には挙げられていません。直接,刑法犯にあたることもあるではないか,ということが言われそうです(野党の議員もこういうことを言っているのでしょう)が,そこには大きな誤解があります。そもそも通報対象事実というのは,「労務提供先」に生じているもの(あるいは,まさに生じようとしているもの)でなければならないからです。だからテレビ朝日内部においてセクハラがあって,それが刑法の犯罪に該当するようなものであれば,通報対象事実になりえます。ただ,その場合でも,労務提供先への通報(1号通報),処分権限を有する行政官庁への通報(2号通報)以外の,外部への通報(3号通報)の場合には,いくつかの保護要件があり,それを充足していなければならないというハードルもあります。
 公益通報者保護法は,基本的には内部での通報を促進して,企業が自ら不祥事を正すインセンティブを与える内容となっているのであり,外部への通報をとくに推奨する内容のものではありません。外部通報の要件が厳しいのは,それなりに理由があるのです。
 いずれにせよ,今回は一般の企業でいえば,取引先の重役にセクハラをされたというような事案であって,公益通報者保護法でいう「公益通報」に該当しようがないと思います。前述のように,企業内の不祥事は,従業員は従属的な立場にあって通報しにくいであろうから,特に保護するのが公益通報者保護法の内容であり,今回はそういうものではなかったのです。もちろん,女性記者の被害を,雇い主のテレビ朝日がもみ消そうとしていたのであれば,外部に通報した女性記者の行為には同情の余地はありますが,これは公益通報といったことではなく,職場環境配慮義務といった別の問題となります(立法論としては,企業のそういう取引先の違法行為のもみ消しも不祥事の一つとして,公益通報者保護法の範囲内に入れていこうとする議論はありえるでしょうが)。 
 公益通報者保護法の見直しは,政府の懸案事項です。そこでは公益通報者の範囲を広げていこうという議論(退職者,役員,取引先など)もありますし,保護要件の緩和もありますし,通報対象事実を広げていこうとする議論もあります。他方で,内部通報制度の促進という動きも出ています(認証制度の導入など)。公益通報者保護法は,従属労働者(労働基準法3条)の保護がベースにある法律なのですが,こうした新しい動きは,従属労働論と関係しないところにまで保護を及ぼそうとしている面があります。そうなると,法の体系が変わってくるので,理論的にはいろいろ難しい問題が生じてくることになるでしょう。それに新たに制度設計するなら,報奨金の導入なども候補にあげるべきであり,そのコスト・ベネフィットの緻密な算定が必要となるでしょう。
 一方で,公益通報者保護法は,そもそも必要だったのか,という議論もありえます。こうした法律がなくても,公益通報者を保護することは,現在の労働法でも十分に可能だったからです。実際,公益通報保護法を適用して解雇や懲戒を無効とした裁判例は聞いたことがありません(もしかしたら私が知らないだけかもしれませんが,いずれにせよごく少数でしょう。不法行為事件で,神戸地裁の司法書士事務所事件というのがあります)。
 公益通報者の保護は,コンプライアンスの手法の一つという観点からみたほうがよいでしょう。その意味で,これは法のエンフォースメントの問題の一つなのですが,同時に経営問題とみるべきなのです。不正をした企業は長い目でみれば損をするのであり,それは株主の利益を損ないます(その意味で,コーポレートガナバンスの問題でもあります)。最も望ましいのは,企業が自発的に内部通報制度を設け,それを実際に機能させて,内部告発(外部通報)が起こらないようにすることです(この点は,大内伸哉編著『コンプライアンスと内部告発』(2004年,日本労務研究会)199頁以下も参照してください)。それが出来ていないことが現在の問題なので,前述の内部通報制度の認証というような誘導的手法が注目されているのです。
 ということで,ビジネスガイドの次号のテーマは,「公益通報者保護法」です。6年前にもとりあげているので,part2です。また『雇用社会の25の疑問-労働法再入門』では初版から内部告発の問題をとりあげており(第4話「会社が違法な取引に手を染めていることを知ったとき,社員はどうすべきか」)が,昨年出た第3版では大幅にリニューアルしていますので,関心がある方はぜひ読んでみてください。 

|

2018年4月24日 (火)

しなやかに最先端を走る女性たち

 日経新聞の月曜の朝刊は「女性」という欄があって,女性の労働に関することがよく書かれています。4月23日の朝刊では,「脱『時間・場所』働き方進化」という見出しでした。なかでも目を引いたのが,グローバル・カルテットという会社のことでした。
 その会社のコンセプトは,HPでみてみると,「ひとりのフリーランスより,複数名の専門性。『世界のどこにいても働き続けられるカタチ』を創造し,“チームでクライアント様の課題解決”に努める,グローバルリサーチ&アウトプットのスペシャリスト集団」となっていました。
 日経新聞の記事によると,「通信環境さえあれば国内外は問わない。集まった18人には介護や子育てで制限がある人など様々だが,仕事の内容と量を相談し,割り振っていった。営業はフリーランス専門の仲介業者に頼み,経理は会計士,契約内容の不安は弁護士に相談する」というもので,会社名とは違い構成員は「4人」だけではないようです。
  これは,私が考えるこれからの働き方のイメージにかなり近いのです。
 実は近未来の労働を描くというコンセプトで書いた原稿(「変わる雇用環境と労働法-2025年にタイムスリップしたら」 福田雅樹他編『AIがつなげる社会-AIネットワーク代の法・政策』(2017年,弘文堂))で,私は次のように書いていました。

 「かつては就労人口の1割程度にすぎなかった自営業者が,年々急増し,現在では10代の若者に限定すれば働いている人のほとんどが,インディペンデント・コントラクターと呼ばれる個人自営業者である。その多くは自分の専門領域をもち,一人でやるか,仲間と事業パートナー契約を結んで働くというスタイルをとった。とくに特定の事業プロジェクトの企画・立案,財務担当(資金調達など),作業のマネージメント(機械と人間を組み合わせた作業編成の構築など),AIなどの技術担当のエンジニア,法務担当(知的財産の取扱いなど)が集まるというのが,事業パートナーの典型的なパターンだった。こうした人たちは対等な立場で,自分の専門技能を相互に提供して,互いを補完し合っていた。雇われて働く人もいないわけではないが,単純な仕事であり,その企業内における重要性はきわめて低かった。」

 これは未来予測として書いていたのですが,現実にもこれに近いものが起きていたのです。7年後は,こういう働き方や事業モデルがもっと広がる社会がくるのだと思います。こういう働き方なら,世界のどこにいてもやれるというのも大きなポイントです。まさに日経の記事のタイトルにもあるように脱「時間・場所」なのです。これこそがICTの威力であり,テレワークの効用です。機械翻訳の発達により,外国人とパートナー関係を結ぶケースも増えるでしょう。
 プロの仕事を,好きな場所で,時間的に余裕をもってやるというのが,これからの働き方の理想型です。フリーランスのこともそうですが,こういう働き方をどんどん進めているのが,女性たちです。自分の得意分野で,最先端のテクノロジーを駆使しながら,しなやかに能力を発揮する姿は,たいへん魅力的です。男性も負けてはいられません。いかにして脱「時間・場所」を実現するかを,みんなで考えていきたいものです。
 SF的に書くというオーダーで書いた上記の原稿ですが,現実はもっと進んでいて,SFがたちまちSFでなくなるのが現在です。これからの労働政策を考えていくうえでも,想像力と創造力が大切ですね。

|

2018年4月20日 (金)

フリーランス

 フリーランス関係の記事が相次いで出てきていますね。昨日の日経新聞では,水野裕司上級論説委員が「中外時報」でとりあげていましたし,今朝の日経新聞では,JILPTの調査で,仕事に対する満足は約7割などの調査結果が紹介されていました。電子版の速報記事でも,労政審でフリーランスの問題に着手すると出ていました。
 先月9日の経済教室でも書いていますが,フリーランスについては,要保護性ばかりをみていてはいけません。デジタライゼーションの進行のなかの中心的な働き方なのだという視点で政策を構築していく必要があります。
 というか,これは最終的には,新たな労働法を作るという作業であり,だからこそ私は大きな関心をもっているのです。実務的な問題にもお付き合いをしますが,基本的には,もっと先の理論的課題をみています。現在,広い研究分野の人を集めた共同研究プロジェクトの構想をもっており,何とか成果にまで結びつけばいいなと思っています。
 週刊労働新聞の連載も,次の4月26日号から2回連続でフリーランスを扱います。

|

2018年4月11日 (水)

日経新聞は厚生労働省が嫌い?

 今朝(2018年4月11日)の日本経済新聞の朝刊の「副業という働き方(2)煮え切らぬ厚労省」は,厚労省に対して悪意がある記事に思えたのは私だけでしょうか。
 この記事だけみていると,書いているほうも副業の論点がわかっていないような気がします。
 まず記事の前半は公正取引委員会の動きを紹介するものですが,これは副業のうちの自営業に関するものです。本業の片手間の副業について,どこまで本気で公正取引委員会が相手にしてくれるのか,よくわかりません。自営業の議論の本丸は,副業的なものではなく,本業で自営業をする人をターゲットにしたもののはずです。経産省は,雇用でいま働いている人の起業の促進という目的もあって,副業から切り込んでおり,副業と自営業を一緒にして議論する傾向は,その流れにひきずられすぎているように思います。大きな政策論議をする場合は,副業型のフリーランスと個人事業者型のフリーランスを分け,後者を中心に議論をしなければいけないと考えています。いずれにせよ,先般のような報告書を出しただけで,公正取引委員会が副業問題で頑張っているかのように書くのは,ちょっと贔屓しすぎでしょう。
 一方,記事の後半は,自営業の話ではなく,雇用型副業のことです。こちらは問題状況がまったく異なりますが,ここにも二つの論点が関係しています。第1は,法律上は規制されていない副業を,就業規則などで規制してきたのを今後どうするのか,という人事管理的な論点です。モデル就業規則は,規制でも何でもないので,重要なのは,企業自身が副業に対してどういうスタンスをとるかです。厚労省(労基法)はもともと副業の規制などしていません。モデル就業規則が変わったからといって,企業の人事管理の姿勢が変わらないかぎり状況は変わらないでしょう。
 その問題と,労基法の複数事業場での労働時間の通算規定(38条2項)は別の問題です。こちらは法律の問題です。記事は,この規定が「働く人の選択肢を狭めていると批判を浴びる」と書いていますが,私は,世間が狭いだけかもしれませんが,そんな批判を聞いたことがありません。役所の研究会では,そういう議論があったのかもしれませんが,それはどれだけ世間の声を反映したものでしょうかね。まさに記事にも書かれているように,「合算ルールは絵に描いた餅」なのです。ところが,そのあとに,「しかし組織防衛の意識がブレーキをかける。『合算をやめれば労働時間が増える。責任を問われたくない』(労働基準局幹部)」となっていました。
  38条1項は,複数事業場での通算規定であって,それは同一企業内でのみの通算であると解釈することも可能です。複数企業でも通算するとしてきた厚労省が通達を改めればすむ話で,もし裁判となると,最高裁は厚労省どおりの解釈をしないかもしれません。その程度の解釈問題です。それに繰り返し述べるように,現実には,この規定は機能せず,通算などされていません。つまり,この規定は,副業を阻害していないのです。だから「合算をやめれば労働時間が増える」なんてことも,ありえないでしょう。厚労省は「責任を問われたくない」ということですが,副業を認めるかどうかは企業の判断,副業をするかどうかは本人の判断です。実効性のない労働時間の通算規定を廃棄したからといって,誰が厚労省に過労の責任を問うでしょうか(文句を言う人は,何をやっても文句を言うので相手にする必要はありません。真の問題は,健康管理のことでしょうが,それは労働時間の通算規定では達成できないものです[詳細はまた別の機会に])。
 「労働基準局幹部」が,そんな奇妙な発言をしたとは,とても考えられません。もし,そんなことを言う幹部がいるのなら,新聞記者に余計なことを話さないことこそ,真の組織防衛でしょう。ちなみに,法律の文言上は「通算」であって,「合算」ではありません。もし,その幹部が「合算」という言葉を使っていたのならば,それこそ法律を知らない素人です。ほんとうに,幹部は,上記のような発言をしたのでしょうか。真意が伝わっていないなら,名乗り上げて,しっかり弁明したほうが,厚労省の為です。

|

2018年4月 7日 (土)

働き方改革推進法案の閣議決定

 働き方改革推進法案が,閣議決定したそうです。法案はもう公表されているのでしょうか。私は,法案そのものは,まだみていませんが,法案要綱はすでに発表されており,今回のビジネスガイドの「キーワードからみた労働法」でも取り上げました(たいへん申し訳ありませんが,時間外労働に関して,追加と訂正があるので,日本法令のHPでご確認いただければ幸いです)。
 法律案の要綱だけをみていると,たいへんわかりにくいところがあるのですが,要するに,時間外労働についていえば,きちんとした上限規制を設けたということです。私が要綱を読んで理解した範囲で述べると,まず法定労働時間(1週40時間,1日8時間)の例外として,三六協定で定めることができる時間外労働の例外(免罰的効果や強行性の解除の効果)の枠の上限(限度時間:1カ月45時間,1年360時間))に,従来にはない拘束力をもたせ,さらに臨時の必要性に基づき延長できる場合(いわゆる特別条項の場合)の枠(1カ月100時間未満[休日労働の時間込み],1年720時間以下)にも上限を設定して拘束力をもたせました。これに反する内容の三六協定は無効となり,無効な三六協定に基づき時間外労働をさせれば,免罰的効果などは発生せず,労基法32条等の違反となります。また時間外労働(+休日労働)そのものの直接規制として,(三六協定に基づく場合であったとしても)単月100時間未満かつ複数月平均80時間以下の上限が罰則付きで定められています。
 一見,たいへんな規制強化のようでもありますが,よくよくみると,これらの時間数の水準は,それほど厳しいものとは思えません。むしろ遅ればせながら,日本でもようやく絶対的上限(年720時間,月100時間,かつ変形制で月平均80時間)が導入されたということで,これは望ましいことだと考えています。
 他方,高度プロフェッショナル制度については,野党が強く反対しそうです。他の政治案件ともかかわるのでしょうが,反対はやめてもらいたいものです。いつも述べているように,拘束的に働く労働者にはきっちりした労働時間規制をし,他方,創造的な業務などで自己裁量・自己管理的に働くことに適した労働者には労働時間規制を思い切ってはずすというメリハリが,これからの労働時間規制においては不可欠なのです。高度プロフェッショナル制度は,私の求めるものを十分に満たしていませんし,この働き方に対して健康確保などを言い過ぎるのは適切でないと思っています(私案は『労働時間制度改革』(中央経済社)を参照)が,それでも,この程度のもの(私からみれば規制過多です)であっても,国会を通過しないようでは困ります。
 以上のコメントは速報的なものですので,同一労働同一賃金の部分も含め,具体的なコメントは,法案の原文を確認したうえで発表したいと思います。 

|

2018年4月 2日 (月)

ヘルステックが面白い

 労働新聞で連載中の「雇用社会の未来予想図-技術革新と働き方-」の第12回目は,「先端技術で健康管理が変わる」です。第11回目はHRテックを扱いましたが,今回は関連する流れで「ヘルステック」です。健康管理とテクノロジーの融合の重要性は,このブログでもときどき言及しているものですが,この技術は労働法にも影響を及ぼすのではないかと考えています。
 労働時間規制の重要性は減り(なくなることはありませんが),より直接的な健康管理のあり方が模索されることになるのです。経済産業省と日本総研の「ウェアラブルなどを活用した働き方改革における健康確保に係る委員会」に参加して,そこでプレゼンをしたり,議論に参加したりしたことをきっかけに,いっそう問題意識が鮮明になってきました。
 従来,労働者の健康確保という研究テーマは,主として労働安全衛生法や安全配慮義務に関する領域とされ,ごく限られた研究者しか取り組んできませんでした。私はこの領域に,自己管理・自己責任論を導入していく理論的可能性を探ろうと思っています。それはインディペンデント・コントラクター(IC)の健康確保という話にもつながります。私の頭の中では,先日の日経新聞の経済教室でも書いたICの法整備のなかの一つの重要分野という位置づけですが,さらにその具体的な規制内容を考えていくと,健康保険などの社会保険の領域にもつながっていくと考えています。
 いずれにせよ,ヘルステックは重要なテーマなので,日本法令で連載中の「キーワードからみた労働法」のなかでも取り上げるつもりです。詳細な解説は,そこを参照してください。さらにできれば今年中に,別の媒体で,具体的な政策提言にも踏み込めればと思っています。

|

2018年3月30日 (金)

年度末の雇止め

 年度末です。日本独特の一斉異動,一斉退職が始まります。とりわけ2018年の3月末は,新たに有期労働契約でトータル5年の期間が満了して更新されないために辞めるというパターンが多いのではないでしょうか。もっとも,現在は人手不足なので,それほど雇止めにされる人はいないかもしれません。それでも,労働者本人も使用者も有期労働契約のまま5年を超えてもよいと考えているにもかかわらず,無期転換ルールがあるので雇止めにされたという人の話は,私の耳にも入っています。そうした人のなかには,クーリング期間を置いて復活する人もいます。傀儡法人に転籍させて,5年後に戻すといった脱法的な企てを耳にしたこともあります。いつも言っているように,無期転換権を事前に放棄することが認められれば(放棄の要件は厳格にされるべきなのは当然ですが),こうしたことがなくなると思うのですが,この私の主張は受け入れられていません。
 2018年4月になると,無期転換権を取得する人も現れることでしょう。この大変な悪法(労働契約法18条)は,悪運が強く,景気がよい時期に重なって,企業がすすんで無期転換をしたため,むしろ現実を先取りした規定という印象を与えています。しかし,景気がよくて自発的に無期転換が進むなら,労働契約法18条のような規定は本来不要であったともいえます。それなら,景気が悪いときもあるから,そのときにそなえて同条は必要だという反論もありそうですが,景気が悪いときには5年以下での雇止めが増えるでしょうから無期転換は起こりにくいでしょう。それに,もし経営状況の悪い企業で無期転換がなされると,経営状況はより悪化し,景気もいっそう悪くなるので妥当な政策とはいえないでしょう。どっちにしても問題の多い規定なのです。
 欧州にだって,類似の規定があるではないか,という反論もありそうです。ただ,日本のこの規定の導入(2012年。施行は2013年4月)には,法による強制的な人事改革(非正社員をなくせ)という面があったのです。私は,そこが気に入らないのです。法がこういう強引なことをすべきではないと考えていますし,それをやると,必ず副作用が出てくるでしょう。たとえば,「非正社員をなくせ」というのは,実はみんなを非正社員にするのと同じことになる可能性が高いのです(正社員ばかりになると,正社員でも雇用調整を容易にできるようにする必要があり,そうすると非正社員化していくのです)。
 いずれにせよ,労働契約法18条は,企業に対して,有期労働契約は5年までのところで,その労働者を無期にするか,雇止めにするかの選択を求める意味をもっています。労働者からすると,両者には天と地の差があります。無期になれるという道が開かれたことによって,雇止めのショックは大きなものとなるでしょう。これも同条の副作用の一つでしょう。

|

2018年3月28日 (水)

職場のパワハラの法規制

 厚生労働省で「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」というのが立ち上がっていたようです。HPで調べると,2017年5月に第1回の会合があり,座長は中央大学の佐藤博樹さんでした。委員をみると,人選に個別のコメントはしませんが,人数が多いですね。これだけの委員がいるなかで,議論をまとめて10回の会合で報告書を出すというのは,さぞかし大変なことだったでしょう。
 ところで今朝の日経新聞の朝刊(なぜか社会面)によると,「報告書はパワハラの判断基準として(1)優越的な関係に基づいて行われる(2)業務の適正な範囲を超えている(3)身体的・精神的な苦痛を与える――を示した。企業側に相談窓口の整備や相談担当者の研修,被害者のプライバシーを保護するための規定づくりなどを求めた」とし,ただ「焦点だった法規制は労使間の議論が平行線をたどり先送りされた。今後は労働政策審議会(厚労相の諮問機関)で検討する見通し」ということでした。
 判断基準については,おそらく「業務の適正な範囲」というのがポイントで,本人の主観的な判断だけではいけないということでしょう。法規制となると,定義を明確にする必要がありそうですが,セクシュアル・ハラスメントでも,そこは指針にゆだねるという方法をとっているので(男女雇用機会均等法11条),同じような方法ができないわけではないでしょう。なお,法律で規制するときに,どの法律に入れるのか(快適な職場の実現という観点から労働安全衛生法になりますかね),独立した法律にするのか,ということも気になりますが,さらにパワハラにどのような訳語をあてるのかも気になります。もともと和製英語ですが,「優越的地位の濫用」だったら独禁法みたいになりますしね。ひょっとしたら行政文書では,もう何か固まった言葉があるのかもしれませんが。
 私は『君の働き方に未来はあるか?-労働法の限界と,これからの雇用社会-』(2014年,光文社新書)において,労働法は飽和状態にあり,これからは規制緩和の時代になるので,労働法に頼る生き方ではいけないということを書いているのですが,その際に,飽和状態という評価の留保として,パワーハラスメントの領域は未規制で残っていると書いていました(103頁。もう一つは受動喫煙を挙げていましたが,その後,きわめて不十分な内容ながら労働安全衛生法に入りました[68条の2])。パワーハラスメントの規制で労働法は真の飽和状態となり,あとはエントロピーの法則により衰退に向かうことになるのでしょうが(異論は多そうです),そのパワーハラスメントの法規制そのものがかなり難しいところがあります。拙著『雇用社会の25の疑問-労働法再入門-(第3版)』(2017年,弘文堂)では「パワハラ」を用語解説にあげており(143頁),そこでも示唆しているのは,パワーハラスメントは,企業内の人間関係など企業風土と密接に関係しているので,基本的には,企業人事が自発的に対応していくのになじむものではないか,ということです。今日の法規制は,エンフォースメントの手法が問われるようになっています。権力的規制ではなく,企業に働きかけて(精神面での)健康経営を促すにはどうすればよいか,という視点でのアプローチを,労政審では議論してもらいたいものです。 

|

2018年3月13日 (火)

転職力と情報

 労働新聞の連載「雇用社会の未来予想図」は,第6回と第7回の「日本型雇用の強さと限界 上・下」を経て,第8回は「雇用を守るのは自分だ」ときて,今週号の第9回は「適職探しのススメ」です(手元には第12回分のゲラがあるので,ずいぶん前に書いたものという感じです)。
 日本型雇用システムの変容となると,雇用の流動化ということになり,「転職力」が重要となります。第8回と第9回はそういうことに関して書いています。
 2014年に上梓した『君の働き方に未来はあるか?-労働法の限界とこれからの雇用社会』(光文社新書)では,employability に「転職力」という訳語をあて,これを本全体に通底するキーコンセプトにしています。そこでの主たるメッセージは,労働者よ(とくに若者よ),転職力を高め,適職を探せということです。
 もっとも,こうしたメッセージは,昔からあるものですが,強調したいのは情報の取得方法の重要性です。拙著では,第3章「ブラック企業への真の対策」として「情報開示の重要性」をあげていました。そこでは,企業に対して,社風など,ほんとうに転職希望者が知りたい情報をいかに開示させるかが重要というトーンで書いていました。しかし現在では,こうしたことは,社員のSNSの投稿から分析ができます。今朝の日本経済新聞でも,Vorkers(ヴォーカーズ)のことが紹介されていましたが,こういうサービスを活用することで,社員をとおした情報開示が可能となっているのです。労働者が一番知りたい情報は,そこに眠っていると考えてよいでしょう。よいところに目をつけたビジネスです。日経新聞の記事では投資情報に社員の口コミが使えるという内容でしたが,もちろん求職者も使えます。
 昨年上梓した『雇用社会の25の疑問』(弘文堂)の第3版では,新たに「会社は,社員のSNSにどこまで規制をかけてよいのか。」というテーマ(第10話)をとりあげました(第2版までは電子メールの規制をテーマにしていました)が,そこでの私の結論は,会社は社員のSNSに規制をするのではなく,社員による良い投稿を武器にできるような会社であるべきというものでした。優秀な人材の取り合いという状況になっている現在,会社は投資家対策だけでなく,人材確保という面でも,自社の社員の口コミを戦略的に活用すべきでしょう。労働者や学生側からみると,転職力の向上が,いまや口コミという強力な社内情報の取得方法に依存しているのです(フェイク情報への注意は必要ですが)。
 年休取得状況なども簡単にわかります。横並びで比較されると,年休取得率が低い会社は,印象が悪いですね。
 ところで今朝の別の記事で,「パナソニック,1時間単位で有休」とありましたが,これも企業のイメージアップにつながりそうです。もっとも,この見出しはミスリーディングです。労働法屋がこの見出しをみると,年次有給休暇が1時間単位取得か,とまず考え,「それって現行労基法でも2008年改正以降可能だよな」と考えます(39条4項)。それのどこがニュースなのかと疑問をもつのですが,よく内容をみると,「出産・育児など家庭の事情を理由にした有給休暇」がこれまで半日単位であったのが,1日単位とすることを,労使で協議中ということでした。このほか,同じ記事のなかで,法定の年休と法定外の特別休暇のことがごちゃごちゃに書かれていたりして,少しわかりにくかったです(S社が「17年12月,有休のうち5日分を1時間単位で取れる制度を始めた。パートを含めた全従業員が対象だ」という記事は,上述の39条4項の協定を結んだだけのことなので,とくにニュースになるようなことではなく,企業イメージの過剰アップになっていないかという疑問もあります)。
 転職者は,新聞が垂れ流す情報を鵜呑みにするのではなく,転職候補先の会社の社員からの生の情報をみて,それをきちんと自分で解読しようとする姿勢をもち,その解読のための知識を身につけることが必要でしょう。

|

より以前の記事一覧