読書ノート

2017年8月 7日 (月)

黒革の手帳

 武井咲の主演で,再び「黒革の手帳」がテレビでやるということだったので,まだ読んだことがなかった原作をKindleで読みました。上下巻でしたが,あっというまに読み終えました。
 テレビでは,米倉涼子主演で有名でしたが,そのときは見たことはありませんでした。今回は,武井咲の立派なママぶりで,思わず見惚れてしまいました。
 清張の原作では,主人公の原口元子は冴えない銀行員という設定でしたが,テレビでは正社員ではなく派遣社員になってしまいました。派遣社員の恨みというほうが動機としてより説得力があるということでしょうかね。銀行の借名口座の存在を手帳に書き取り,それで銀行から大金を横領し,その後銀行を脅して返済請求を放棄させ,その金をもとでに銀座でクラブのママになった元子。しかし,元子の横領のために,支店長らは左遷されます。さらにクラブの客のなかで借名口座をもっていた産婦人科の院長(テレビでは美容外科の院長)がいたことを突きとめて,その客からもお金を出させるなどし,さらに調子に乗って金持ちの弱点を突いてお金を脅し取ろうとした元子でしたが,復讐の魔の手が迫っていました。結局,見事に罠にはめられてしまった元子の最期は悲惨でした。
 不動産登記の移転についての錯誤無効が一つのポイントでしたが,議員の口利き,医大への裏口入学,弁護士もおそれる大物総会屋など,元子の敵は彼女がかなうような相手ではありませんでした。それでも,一人の女性が,銀行から堂々と横領をして,銀座にクラブをもつというスケールの大きな設定に,裏社会の問題を絡ませる手法は,清張ならではでしょうかね。
 今回のテレビドラマでは,設定が少し変わっているので,これからどういう結末になるのか気になります。
 手帳に手書きというのは,いかにも古くて,リメイク版なら,もう少し違った設定にもできたのでしょうが,銀座のママにはやっぱり黒革の手帳がお似合いなのでしょうね。

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2017年7月20日 (木)

山川隆一編『プラクティス労働法(第2版)』

 山川隆一編『プラクティス労働法(第2版)』(信山社)をお送りいただきました。いつもどうもありがとうございます。山川総監督(プレイングマネージャー)が,若手精鋭部隊を陣頭指揮しながら完成した教科書というところでしょうか。
 共著の教科書は評価しないと言ってきたのですが,この本は,かなり成功している気がします。執筆者の力量もありますが,図表が効果的に使われていて読みやすくなっているし(図表が下手な私からみると羨ましいです),本書の特徴とされている illustration も面白いですし,事例の紹介も的確です。初学者よりちょっと上くらいのレベル向けで,そうした人をターゲットとした教科書の戦いのなかでは,一歩抜けているかもしれません。

  それにしても本書の参考文献にあるように,労働法の教科書ってこんなにあるのですね。実務家が書いたものをいれるともっと多いでしょう。狭い市場にひしめき合うということなのか,拡張しつつある市場なので適量なのか。それに演習書も結構あるのですね。残念ながら私が編者をした『労働法演習ノート』(弘文堂)は,選から漏れていましたが。

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2017年7月18日 (火)

永野仁美他編『詳説障害者雇用促進法』(弘文堂)

  永野仁美・長谷川珠子・富永晃一編『詳説障害者雇用促進法ー新たな平等社会の実現に向けて』(弘文堂)を1年半くらい前にいただいておりました。どうもありがとうございます。たぶんお礼を書いていませんよね。遅くなって申し訳ありません。
 今回,障害者雇用のことを書く機会があったので,この本を読んで勉強してみました。非常にうまく作った本だなというのが最初の印象です。障害者雇用というと,ちょっと重い感じになりそうですが,明るい装丁で,内容も読みやすく,レイアウトもいいです。若い感覚がうまくフィットしたようです。
 障害者雇用は,私も関心をもっていて,かつて東大の若手たちと研究会を開いて報告書をとりまとめたこともあります。私の当時の関心は契約の自由と差別との関係というテーマにあり,そのなかでも「障害」は,最後に残された最も難しいテーマでした。男女差別で出てくるポジティブアクションとは異なり,そもそも何らかの配慮をしなければ雇用に到達しにくい障害者を,資本主義社会における労働市場においてどのように位置づけるのかは難問です。
 あのころの研究会では私は無理だろうと思っていた,雇用率制度とADAの差別禁止アプローチ(+合理的配慮)の重複規制が,日本法に入るとは夢にも思っていませんでした。あのときのメンバーでもあった永野仁美さんがフランス法を参考に,こうしたアプローチを主張していたのですが,その影響で立法にまで至ったのでしょうか。
 本書では実務的なことから理論的なことまで議論されていて,これ一冊で障害者雇用法制の主要な内容を網羅していると思います。障害者というと福祉という視点になりがちですが,就労という視点にしぼってまとめられた本書は,障害者雇用が法律の研究分野としての可能性を十分に感じさせるものです。
 いまの個人的な関心は,障害者という人でみるのではなく,障害を機能としてみて,それをいかにしてロボットやAIの発達により克服するかということにあります。障害者という概念が消えて,苦手な部分は機械でカバーし,誰もが自分のもつ個性を発揮できる社会の到来が理想だと思っていますが,AI時代にはこれが可能となりそうな予感があります。
 それとは別に,明治大学の小西康之君が,『講座労働法の再生』の第6巻の「若年期・高年期における就労・生活と法政策」という論文でも書いているように,60歳代の高齢者の能力や就労意欲の多様性を克服するため,年金支給は70歳以上に引き上げ,60歳代で働ける人は就労,働けない人は障害給付というドイツ法的なアプローチまで視野に入れると,「障害」概念の今後の理論的展開には大きな可能性があります。
 それはさておき,現在,障害者雇用促進法がどのような内容になっているかということは,教養としても知っておいたほうがいいでしょう。多くの人が読むべき本だと思います。いまごろになってこんなことを書いている私に言う資格はないかもしれませんが。

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2017年7月17日 (月)

瀬戸内寂聴『秘花』

 豊臣秀吉が,甥の秀次に関白の地位を譲った後,秀頼が誕生したために,秀次切腹・一族絶滅事件が起きたのは,よく知られている史実です。秀吉がなぜこのような狂気に陥ったのかについては,さまざまな説がありますが,長らく子が出来なかった秀吉に秀頼が誕生したために,甥が邪魔になったというのは,わかりやすい話としてよく伝えられているところです。そして,この秀次事件により,一族から秀頼以外の成人男性がいなくなり,これが豊臣家の滅亡につながりました。
 同じようなことが,能の世界でもあったということは知りませんでした。それが世阿弥です。こちらのほうは滅亡しなかったのですが。世阿弥は長らく自分の子がいなかったため,その後継者を弟の息子である甥の元重としようとしていました。その後,実子の元雅が誕生し,世阿弥は元重を後継者としたことを後悔し,元重を邪険に扱うようになります。
 世阿弥は,父の観阿弥の希望もあり,将軍足利義満の近習となり,その寵愛を受けます。衆道です。そのおかげで,観阿弥は大成功を遂げます。しかし,義満亡き後,流れは変わります。元雅は元重ほどの才能はなく,そして世阿弥に疎んじられた元雅は独自に道を切りひらき,やがて将軍家の庇護を受けるようになります。立場は逆転しました。そして,世阿弥は出家して70歳を超えていたにもかかわらず,理由も判然としないまま,佐渡に流刑となります。
 瀬戸内寂静の小説『秘花』(新潮文庫:Kindle版で読みました)は,「秘すれば花なり」で有名な世阿弥がちょうど佐渡に流されるときに,自分の人生を振り返って語ったという設定のものです。世阿弥が,衆道をとおして最高権力者たちの寵愛を受けていた少年時代,そして大人になってからの息子たちへの深い愛,甥との確執,そして流刑による最愛の妻との別離,佐渡で世阿弥の世話をした沙江という女性にみとられた最期という波乱万丈の人生が,ドラマチックに描かれています(後半は沙江の日記帳で語られています)。
 秀次と秀吉は確執というほどでもなく甥の秀次の自決で終わったのですが,世阿弥のほうは,甥との確執で敗れてしまったわけです。ただ後世に名を残したのは,世阿弥のほうだったのでしょう(元重は音阿弥の名で知られて,彼の手で観世流が大成したと言われていますが)。
  功成り名を遂げた者が,年老いてから流刑というこれ以上ないむごい仕打ちを受けるなか,その美しい人生の終わり方が見事に描かれています。 ★★★

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2017年7月15日 (土)

小池真理子『ノスタルジア』

 小池真理子『ノスタルジア』(講談社文庫)をKindleで読みました。ときどき小池真理子の本は読みたくなります。新作ではありませんが,Amazonのレビューなどを参考にチョイスしました。Amazonからの私宛のレコメンドには,さすがに含まれていませんでしたね。  父の友人で,父が死んだ後,母が頼りにしていた仙波雅之と,24歳も年が離れていたにもかかわらず恋に落ちた繭子。繭子はそのときまだ22歳でした。仙波には妻子がいたため不倫関係で,繭子の姉は,そうした不倫に溺れた妹のことを非難していました。  そんな仙波も9年間の付き合いのあと亡くなり,繭子は仙波との思い出を大事にしながら,姉から母と一緒に3人で住もうという呼びかけを断り,ずっと一人で小さな家に住んでいます。  そんな繭子のところに手紙が届きます。差出人は仙波俊之,すなわち雅之の息子でした。俊之は繭子と同じ年齢で,ちょうど46歳になっていました。繭子がはじめて雅之と会ったときの雅之の年齢と同じです。雅之とそっくりの俊之に会ううちに,繭子は徐々に俊之に惹かれていきます。そして徐々に,俊之と雅之との区別がわからなくなっていきました。  繭子のことを心配した姉は,俊之のことを調べるのですが,そこで驚くべきことがわかります。  当初はちょっと甘くて湿った感じの恋愛小説かと思っていたのですが,最後は幻想的なファンタジーになっていました。このストーリー展開には賛否があるかもしれません。繭子はかわいそうな女性だったのでしょうか。それとも燃えるような恋を二度もできた幸福な女性だったのでしょうか。  ★★★(女性のことを知りたい男性には勉強になります)

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2017年6月28日 (水)

鎌田耕一・諏訪康雄編『労働者派遣法』

   鎌田耕一・諏訪康雄編『労働者派遣法』(三省堂)をいただきました。どうもありがとうございます。労働者派遣法の入門書です。非常に分かりやすいつくりになっており,厚生労働省での政策立案に関わった著者たちが,いわば啓蒙活動のために執筆したものと言えるのでしょう。
 忙しい方は,諏訪先生が執筆された序編「労働者派遣法の道しるべ-構造・機能・歴史」と第1編「労働者派遣法の歴史」を読むだけでも,労働者派遣法の全体像がよくわかると思います。
 第2編以下は,「法の目的と労働者派遣の概念」,「労働者派遣事業の許可」,「労働者派遣事業の規制」,「派遣元・派遣先間の法律関係」,「派遣元・派遣労働者間の法律関係」,「派遣労働者・派遣先間の法律関係」,「労働基準法等の適用の特例」,「紹介予定派遣」,「労働者派遣法の実効性確保」となっています。
 理論的には,「派遣労働者・派遣先間の法律関係」の編が,労働者派遣における難所であり,そこは山川隆一先生というエースが投入されています。
 三省堂出版の労働法の本というのはあまり知らなかったのです(コンパクト型の六法は知っていましたが)が,一般人向けの本に,これだけの執筆者を集めて,面白い本を刊行したのはやや驚きです。
 専門家はともかく,派遣とは何かを,少ししっかりと学びたい人にはお勧めです。そのうえで,もっと理論的に踏み込んで学びたいと思えば,本庄淳志『労働市場における労働者派遣法の現代的役割』(弘文堂)を手に取ってください。

 

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2017年6月18日 (日)

北原恵海『ちょっと今から仕事やめてくる』

 北原恵海『ちょっと今から仕事やめてくる』 (メディアワークス文庫) を読んでみました。つらい会社員生活をしている人には,身につまされる小説でしょう。
 青山隆は,中堅の印刷会社の新入社員でした。別に入りたくて入ったわけではない会社ではありましたが,自分を採用してくれた会社のために頑張ろうと当初は前向きでした。
 ところが現実は厳しかったのです。新入社員ならばミスがあって当たり前なのに,怒鳴り散らしてばかりの部長。部長がなかなか退社しないために,連日残業。おまけに休日でも平気で携帯電話をかけてきて,取引先のクレームの責任をとるようにヒステリックに電話の向こうで叫ぶ。
 こんな毎日で,青山は,自分の時間などなく,いつしか笑うことも忘れてしまっていました。満員社員にゆられて,こんなはずではなかったと思いながらも,まだ半年しか勤務していない会社を辞めることもできず,徐々に追い込まれ,駅のホームでふらふらとしていた彼の前に,突然「ヤマモト」という男が現れました。小学校の同級生だったということで話が盛り上がります。ヤマモトと話しているうちに,青山は人生に前向きになれそうになっていたのですが,そんなヤマモトに疑惑が生じてきます。ヤマモトのことについて記憶がなかった青山が,小学校のときの友人に問い合わせるなかで,小学校時代に山本という同級生はいたものの,その同級生は海外にいることがわかったのです。そのことをヤマモトに問い詰めると,彼は自分の名は山本だが,別人であるとあっさり白状したのです。さらに彼は自分は山本純という名であると明かしたのですが,青山が山本純を調べていると3年前に死んでいることがわかりました。目の前にいるのは幽霊の山本なのでしょうか。
 ということで話が展開するのですが,もちろん山本は幽霊ではなかったのです・・・。
 山本は親身になって青山の仕事ぶりを心配し,会社を辞めることを勧めます。そして自殺をしようとしていた彼に,そんな早まったことはせず,自分を大切に育ててくれた親のことを思い出せといいます。このアドバイスが青山を変えていきます。そして,ついに青山は,部長に啖呵を切って会社を辞めます。ヤマモトにそれを報告しようとしたとき,彼はすでに姿を消していました。山本はいったい何者だったのでしょうか。その後,青山は無事転職します。
 就職前の若者にも,就職して悩んでいる人にも,ぜひ読んでもらいたいですね。先週火曜の労働法の講義は「労働契約の終了」がテーマだったのですが,そこで私は「いつでも辞めていい」という知識が大切だと,力説しました。一般の人に労働法で教えるべきことを一つ選べと言われたら,期間の定めのない契約においては「辞職の自由があること」だ(民法627条)とも,授業中に述べました。
 この小説は,まさに辞職していいんだよ,ということを伝えてくれています。たしかに,誰にでも山本のような人が近くにいるわけではありません。でも,たとえ彼女がいなくても,友達がいなくても,いつも自分の味方になってくれる人がいるということを思い起こしてほしいのです。それが母親であり,父親なのです。青山はそれを知って,人生をリセットできました。みんな幸福をめざして,少しは自分勝手になってもいいのです。会社に人生を捧げる必要はありません。

 今日は,法政大学でJIRRAの研究会がありましたが,移動中や総会の合間や休憩中に時間をみつけて,スマホのKindleで,読み終えることができました。研究会のまじめなアカデミックな議論と,この小説は,私の頭のなかでは奇妙に共鳴していました。 ★★★(軽く読めるが,メッセージは重く,ちょっとミステリー的要素もあって味わい深いです)

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2017年6月17日 (土)

折原一『異人たちの館』

  折原一『異人たちの館』(文春文庫)を読みました。3度目の文庫化だそうです。手の込んだ力作でしたね。600頁くらいありますが,一気に読めます。ただ速読はできず,じっくりと読む必要があります。
 小笠原淳という樹海で失踪した男性の母親妙子から,息子の伝記の執筆を依頼された島崎潤一。彼は売れない小説家でしたが,いまはゴーストライターをしながら糊口をしのいでいます。妙子から,息子の部屋にあるファイルをみながら伝記を書くよう指示されたため,潤一は小笠原家のある洋館のような屋敷に日参するようになります。
 淳にはユキという美しい妹がいますが,妙子はユキが島崎と接触することを嫌がります。どうも妙子はユキを嫌っているようです。
 島崎は,淳の出生前からたどっていくのですが,実は妙子は未婚の母であること,その後,再婚し,その相手の連れ子がユキであること,再婚相手は失踪して行方不明であること,淳は小説家としては大成しなかったことなどがわかります。そのほかにも淳が早熟の天才であることなど,次々といろんなエピソードが出てきます。ユキも小さいときに幼女連続殺人事件に巻き込まれたが彼女だけ無事であったことなど,波乱万丈な人生を送ってきています。
 潤一は,いろんな関係者へのインタビューをしながら淳の生い立ちをだとっていきます。淳がそのときどきに書いていたミステリー小説(実際にあったことをモデルにして書いていた)も,淳がどういう経験をしてきたかを示しています。こうして,淳の人生が明らかにされていくのですが,その間,淳とユキとの関係,淳と潤一の関係,ユキと潤一の関係などが,次々と展開してきます。また,随所に挿入されている,洞窟で取り残されている者の助けを求める声なども不気味感を高めています(でもこの小説はホラーではありません)。
 とても簡単にはまとめれないのですが,多くの多層的に展開するストーリーは,見事に最後に集結します。
 個人的には,ユキが幼い頃から美人だがセクシーであるのはなぜか,淳が8歳のときに児童文学賞をとるが,アメリカで類似の物語の盗作疑惑があったことがどういう意味をもっているのかが,読んでいるときから気になっていたのですが,このことはタイトルにもある「異人」と関係していました。しかも,「異人」は,本書のBGMといえる「赤い靴」に出てくる「異人さん」であると同時に,まさに洋館に住むいろんな意味での異人だったのです。
 折原一の最高傑作と言われるだけのことはあります。★★★★(ミステリーの傑作)

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2017年6月12日 (月)

湊かなえ『リバース』

 湊かなえ『リバース』(講談社文庫)は,彼女の作品にしては珍しく男性が主人公のミステリーです。やや屈折した男性心理の細かい描き方には,違和感が残るところもありましたが,小説自体は,精密で無理のない構成に,いつもながら感心しました。以下,ネタバレあり。  「深瀬は人殺しだ」という言葉から始まります。深瀬と大学の同期である村井,谷原,浅見の4人の間には,墓場までもっていかなければならない秘密がありました。それは村井の別荘での夜,同じ仲間であった広沢が車の事故で死んだのですが,問題はその原因でした。実は,別荘に遅れてきた村井が,最寄りの駅に迎えにきてくれないかと頼んできました。タクシーはすぐには来そうになく,村井の別荘に来させてもらっているという負い目もあった4人は,すでに酒宴が始まっていましたが,つきあいでいやいや飲まされていた広沢に運転するように頼みます(酒の飲めない深瀬は運転免許がありませんでした)。そして,その途中で広沢は事故死するのです。広沢が飲酒していた事実こそ,4人の秘密でした。飲みたくもない酒を飲まされた広沢に,運転に無理に行かせたこと(村井は車で迎えにきてもらうことにこだわったこと)に,彼らは負い目を感じていました。  そんななか,「深瀬は人殺しだ」という手紙が,深瀬が付き合い始めたばかりの美穂子の職場に届きます。深瀬は,ひょっとして広沢の事故の真相を知っている者が脅迫状を送ってきたのだと思います。深瀬は自分は人殺しではないということを説明するために,美穂子にありのままを伝えます。しかし,美穂子は深瀬を人殺しと断じました。そして二人は別れることになりました。  その後,浅見は社宅の駐車場の車に「人殺し」とする紙を貼られ,谷原は職場に,村井は父親の選挙事務所に同様の手紙が送られてきました。いずれも悪質ないたずらとして扱われましたが,当事者たちは,広沢の事故の真相を知る誰かが復讐しているのではないかと考えます。そんななか,谷原が駅のホームから突き落とされるという事件が起きました。幸い,命は大丈夫でしたが,4人は恐怖におののきます。  深瀬は,広沢の一番の親友であったという思いから,広沢の故郷にまで行き,誰が手紙を送ってきているのかを探しだそうとします。少しずつ手がかりが出てきます。そして,最後に驚くべき真相が明らかになります。  美穂子が受け取った「深瀬は人殺しだ」は,美穂子のストーカーがやった単なる嫌がらせにすぎませんでした。しかし,残りの3人への嫌がらせは,広沢の事故に関係していました。ところが,広沢を(結果として)殺したのは深瀬だったのです。たとえ故意によるものではないとしても。ここが巧いところでしたね。  この本を読むと,コーヒーが飲みたくなります。でも蜂蜜はパスかも。 ★★★(ミステリーの秀作でしょう)

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2017年6月 7日 (水)

東野圭吾『虚ろな十字架』

  東野圭吾『虚ろな十字架』(光文社文庫)を読みました。死刑廃止論が根底にある小説です。以下,少しネタバレあり。
 中原家の8歳の愛娘を惨殺した男は,かつて無期懲役を受けた後,仮出所していた男でした。夫婦は死刑を望んでいました。1審は無期懲役でしたが,控訴審で死刑判決となりました。しかし,その後,夫婦は事件のことをひきずってしまい,結局,離婚しました。その離婚した妻の小夜子が,あるとき殺されました。殺害したのは,町村という男であり,通り魔殺人として警察では処理されたのですが,少し不可解なところがありました。事件の起きた場所,時間,そして町村が自首してきたことなど,通り魔には思えないところがあったのです。
 孫も娘も理不尽に殺されてしまった小夜子の両親は,小夜子の事件では死刑は難しそうでしたが,死刑判決を望みます。実は小夜子は,死刑賛成論者でした。離婚後,被害者の会に参加し,殺人をおかした者は,誰もが死刑になるべきという考えをいっそう強くもつようになっていました。もっとも,自分の娘の事件で加害者側の弁護士にインタビューしたとき,娘を殺した犯人は死刑が決まると反省や謝罪の気持ちをもたなくなったという話を聞き,そして,事件にはそれに応じた終結方法があると聞いて,死刑賛成論に迷いが生じていました。その迷いは,小夜子が書いていた未刊行の原稿のなかでも現れていました。
 離婚していたとはいえ,けんかをしたわけではなかった中原は,妻の遺志をひきついで出版にとりくもうとします。そして,その過程で小夜子殺人の真相に近づいていくのです。
 加害者の町村は,娘の花恵と疎遠でしたが,花恵の夫で小児科医の仁科史也の金銭的な援助を受けながら一人で生活していました。史也の母親は,殺人者の娘をもつ花恵との離婚をしつこくせまります。しかも花恵の息子が,史也の子でないことも突き止めます。しかし,史也は母の要求に頑として応じません。そこには恐ろしく悲しい第3の殺人の話があったのです。
 史也と花恵が出会ったのは,富士の樹海でした。花恵は,男にだまされて,身ごもってしまい,自殺場所を探しているところを史也に助けられます。そして,二人は付き合うようになり,結婚します。史也は,その子の父になり,花恵と疎遠であった町村の面倒までもみたのです。
 史也のこうした態度には理由がありました。それは高校時代に遡ります。史也は1年年下の沙織と恋愛関係にありました(プロローグ)。21年後,沙織は万引き常習犯となり,離婚後,社会問題を扱うルポライターとなっていた小夜子からインタビューを受けます。沙織は,小夜子の葬儀にも来ていました。
 史也は小夜子の書いていた雑誌記事を読み,沙織に関心をもち,そして彼女から重要な事実を聞き出します。沙織と史也は同じ中学を卒業している先輩,後輩であったことです。史也,町村,沙織,そして小夜子の4人がつながります。
 町村はなぜ小夜子が殺したのか。それには明確な動機があったのです。通り魔ではありませんでした。あとは読んでのお楽しみです。  ★★★★(罪を償うとはどういうことか。死刑問題を考える材料となる本です)

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