経済・政治・国際

2017年5月10日 (水)

外国の大統領選をみて思う

 大統領選は,アメリカ,フランス,韓国のいずれも,国民が直接選ぶことができます(アメリカはやや複雑な仕組みですが)。ですから熱狂しますし,ポピュリズムが生まれやすいように思えます。こうした選挙では,雇用問題,格差問題,貧困問題などが主要なテーマになりやすいようです。
 パレートの法則では,国民の2割が,8割の利益を生み出すとされます。国の富がなかなか平等に配分されにくいとなると,多くの国民から直接支持を得ることが必要な大統領選では,国民の所得に直結するテーマが争点となりやすいのでしょう。そうなると右も左もなくなります。政治思想がどうであろうと,国民を食べさせるにはどちらがいいかという選択になるからです。フランス大統領選の決選投票でのMacronとLe Penは究極の選択と言われましたが,社会党や共和党では,どうやって自分たちを食べさせてくれるかわからないからそうなったのであって,今回,新たな対抗軸が誕生したとみるべきなのかもしれません。フランス人にとって有利なのが,親EUや欧州的価値観の共有か,自国主義かという軸です。そこには歴史観や思想などももちろん関係しますが,それよりも,経済や雇用面でプラスかどうかのほうが重要となってきているのでしょう。Brexitは,イギリスの国民の多くが,反EUのほうが,自分たちの経済や雇用に有利だという判断をしたのでしょう。こうした経済優先主義の傾向は,若い層ではいっそう強まっていくのではないかと思います。
 日本では,国民が国のトップを直接選ぶ選挙がないので,こうした国民の本音がストレートには現れにくいように思います。ただ自民党の支持率が高いことからうかがえるのは,国民は現状にそれほど不満はなく(もちろん,突っ込んでいけば,不満がゼロということはないのですが),むしろ現状を大きく変える要因(北朝鮮の動向,トランプ政権の政策,中国の軍拡など)に関心があるのだと思います。安倍政権が支持されるのは,経済政策や雇用政策よりも,外的な環境変化のなかで日本を守るのに相対的に一番信頼できるということなのでしょう。雇用政策については残念なことが多い現政権ですが,それでもビクともしないのは,実はそこは国民の主たる関心となっていないからかもしれないのです。国民は将来の「安心」が欲しいのです。雇用はもちろん大切なのですが,北朝鮮から核ミサイルが飛んできたら,雇用の問題などは吹っ飛びますし,アメリカの通商政策いかんで日本の産業は打撃を受けて雇用にも影響するし,こうした基本的なところの「安心」が大切なのです。
 東京都知事の小池百合子さんが,豊洲問題を利用して,都民の「安心」を一番考えているのは自分だと主張しているのは,豊かな東京都民にとってプライオリティの高い,食の「安心」に訴えかける巧みな戦術だったのかもしれません(小池さんも,豊洲が「安全」ということは,すでにわかっているのでしょうが,「安心」が大切だというポーズが政治的には大切なのです)。

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2017年4月16日 (日)

平和を守るために

 私の住んでいる地域の周りも桜の名所がたくさんあります。夙川の桜はとくにきれいですし,芦屋川もそうです。神戸大学のキャンパスも桜がきれいです。小林秀雄は,ソメイヨシノは下品といって嫌っていました(『学生との対話』(新潮文庫))が,それでもやはりきれいですね。たしかに山桜は趣が深いですが。

 こんな平和で美しい日本が,いま北朝鮮からの深刻な脅威にさらされています。アメリカのシリア攻撃は,北朝鮮を刺激したようです。日本を攻撃すれば,北朝鮮は終わりなのだから,そんなことはしないという意見がある一方,暴発や,道ずれなど,日本が北朝鮮の最期に巻き込まれないという保証はありません。

 私たちは実は少し誤解をしているのかもしれません。日本にいると,アメリカこそ世界の中心にいて,北朝鮮はアウトローで嫌われ者という認識が一般的です。しかし,世界を見渡すと,アメリカを嫌悪している国や国民はたくさんいますし,北朝鮮の友好国もたくさんあります。むしろ嫌われ者のアメリカと仲良くしている日本は,それだけで世界の多くの国から嫌われる可能性があるのです。そのことはテロの標的にもなりやすいということでもあります。

 安倍首相はそれを分かってアメリカに接近しているのでしょう。でも国民はどうでしょうか。イメージでアメリカについていくことが国益にかなうと信じこんでいませんか。北朝鮮や中国の封じ込めは,ほんとうに得策なのか。そこは私にもよくわかりません。私は日本が防衛力を強化することそのものは大切だと思っていますが,北朝鮮をどこまで刺激してよいのか,何かあったときにほんとうに世界は日本の味方になってくれるかに,大いなる不安を感じています。

 いまのアメリカに一貫した外交的な戦略がありそうにありません。しょせんはアメリカ第一主義です。アメリカに頼るのは,とても不安です。危険な力勝負に巻き込まれてしまわないでしょうか。アメリカを利用しながら,ロシア,中国,韓国としたたかな交渉をする外交力が発揮することが大切なのですが,それが日本の政治家や外務省にできるでしょうか。
 北朝鮮の核の脅威がひしひしと感じられているなか,日本の外交力に国民が注視しなければなりません。もう手遅れかもしれないのですが。

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2017年4月14日 (金)

ヤマト・アマゾン問題に思う

 日本経済新聞のオピニオン欄の「Deep Insight」は,読み応えのある記事が次々と掲載されていて,いつも楽しみにしています。今朝は「ヤマトに映るアマゾン膨脹」というタイトルで,中山淳史氏がアマゾンのような巨大なプラットフォーマーが,産業構造にどのようなインパクトを及ぼしているのかについて論じていました。
 ヤマト問題は,私の立場からは,まずは労働問題という視点でみて,そして労働者の論理と消費者の論理の対立のなかで,前者の復権が起こりつつあるというストーリーになるのですが,実はそれにとどまらない大きな変化をはらんでいます。この記事のなかにあるように「起業した瞬間から即,グローバル企業という事例も出てくるかもしれない」という点がポイントです。
 グローバル化というのは様々な観点から議論できますが,とくにアマゾンのプラットフォームを使うことになって,グローバルレベルで,容易にビジネスを展開できるようになっていることが注目されます。アマゾンはいまやクラウド会社でもあるのです。AIの機械学習プログラムを無償で公開しています。わずかな手元資金で,スムーズに起業ができる環境をアマゾンが用意してくれています。
 これからはインディペンデント・コントラクターの時代になると私が述べているのも,こうした起業環境の劇的な改善が根拠となっています。
 一方,日本の経済政策や産業政策という観点からは,海外の巨大なプラットフォーム企業に寄生していかなければならないという面をどう考えるかという問題もあります。ヤマト問題もその一例といえますが,膨大な利益が,アマゾンを取引先とする日本企業から吸い上げられています。日本もこれに対抗して,日本版クラウドを築くという手もあると中山氏は書く一方,東京大学の柳川範之さんの「巨大化を気にする前に本質的に重要なサービスを提供できているかどうかが大事だ。アマゾンはそれができており,敵対するより十分活用して新技術,ビジネスを生むのも一案」というコメントも紹介しています。
 ほんとうに大事なのは,どうして日本において,アマゾンやグーグルのような新たな発想をもって大きく成功する企業が生まれてこないのか,ということかもしれません。日本の現状認識(という言い方は漠然としていますが,とくに経済的な面)として,私はかなり閉塞状況があると思っているのですが,実はあまりそう感じていない人も多いようです。ひょっとしたら国民は守りの姿勢に入ってるのかもしれません。しかし,すでにかなり劣勢にあると感じておいた方がよいのではないでしょうか。積極的に打って出なければじり貧なのです。日本の若者が,ビジネスや研究その他さまざまな面で,旧弊を打破していってくれなければ,日本はずるずると転落していくでしょう。AI時代の到来,デジタライゼーションの進化,グローバル化,少子高齢化などの大きな環境変化は,世界中の人にとって大きなチャンスであり,その波に乗らなければ厳しい結末が待っています。これはまさに若者の問題なのです。
 四條畷市で28歳で当選した市長が,同市でこれから生きていくのは自分たち若者なのだから,その若者が市政を握っていかなければならないと述べていたのは,実に頼もしかったですね。

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2017年4月 9日 (日)

東芝経営危機に思う

 私が最初にイタリア留学に行った時に持参したのは,東芝のDynabookでした。留学先のミラノ大学では,当時マッキントッシュしか入っていないなか,私のDynabookはイタリア人から興味をもって見られていました。Duomo広場に面して,Duomoと向かう位置に,Toshibaの看板があったことも記憶があります(いまはどうでしょうか)。
 東芝は,日本を代表する企業の一つです。その東芝が経営危機に瀕しているのは寂しいことです。青梅事業所も閉鎖されたという記事が先日出ていました。従業員のリストラ計画も出てくるのでしょう。
 たいへん申し訳ないですが,先週始まった学部の労働法講義の最初にもネタに使わせてもらいました。大企業であっても,いつまで続くかわからない,ということです。東芝が倒産したわけではありませんが,終身雇用というのは幻想であって,大企業の正社員になったから安心とはいえないよ,という最近いつもやっている話から,今年の講義も始まりました。まさに拙著のタイトルとおり,「君の働き方に未来はあるか?」(光文社新書)であり,転職力が大切だ,というメッセージは,より響きやすい状況が生まれています。
 しかし,これに加えて気になったのは,次のことです。たとえばSankeiBizの2月17日版で,「東芝のリストラ影響…取引先が4割減 事業売却でさらに減る恐れ」(http://www.sankeibiz.jp/business/news/170217/bsb1702170606004-n1.htm)と出ていました。おそらく東芝との取引を中心にしていた下請企業などが多数あったことでしょう。そうした企業のなかには零細企業も少なくなかったはずです。地元の事業所が閉鎖されることにより,経営が危機に陥ることも十分に想定されます。巨大な中核企業が倒れると,その周辺に「寄生」していた周りの企業も連鎖的に倒れる可能性があります。
 労働法では,非正社員も含め従業員のことは考えますが,取引先企業のことまでは考えないのが普通です。しかし零細個人事業主などは,労働法で守られている従業員とは異なり,取引を打ち切られてしまえばそれでおしまいです。経営危機の影響を最も強く受けるともいえます。廃業しても雇用保険による所得保障はありません。
 従業員は,他の地域から来た人も多いでしょうが,零細個人事業主の多くは,地元の人です。逃げるところがありません。また,多数の従業員が去っていくと,彼らに対して住居,食料,さまざまなサービスを提供していた業者にも影響が及ぶでしょう。
 イタリアでは,大規模な事業所閉鎖があると,地元の政治家が乗り出してくることが少なくありません。おそらく青梅クラスの事業所閉鎖があると,中央政府も乗り出してくるかもしれません。労働者が大反対をして争議行為が激しくなり,収拾がつかなくなる恐れがあるので,大きな政治的イシューになるのです。
 東芝のケースでも,労働組合の反対運動があったようです。ただ,同時に最も反対運動をしたかったのは,取引先の業者たちであったかもしれません。  こんなとき,取引先が団結して,自分たちの仕事を確保するために,あるいは今後の事業計画の情報を得て対策を検討するために団体交渉を申し込むことができるのでしょうか。
 労働法的には,これは労働者概念の問題となります。普通に考えれば,専属的な下請であったとしても取引先の労働者性は否定されるでしょうが,労組法上の労働者は経済的従属性で考えるという一部の論者の主張を突き詰めていくと,当然に労働者性が否定されるわけではないとも言えそうです。
 こうした法的な問題とは別に,巨大企業が地域の雇用や経済を支えるという図式は,とてもリスキーであるということも考えておかなければなりません。地域を支えるのは企業ではなく,そこに根付いている個人ということを再認識すべきなのでしょう。
 兵庫県を支えるものとして頼りにすべきなのは,兵庫県に住む地元の個人事業主なのです。この個人事業主は,決して会社形態のものとは限りません。Independent Contractorも含まれます。兵庫県を拠点として,ネットをとおして,東京をはじめ全国,あるいは世界と取引をする人も含まれます。そうした人材を育てることこそ,栄枯盛衰が激しい企業に頼らない地道な地方の活性化と言えるでしょう。

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2017年2月 9日 (木)

労働基準法違反の制裁について考える

 今朝の日経新聞の「大機小機」で,労働基準法違反に対する制裁を工夫せよという意見が掲載されていました。個人責任を前提とした規定が問題であるのか,刑事制裁が問題であるのか,その両方なのか,いまひとつ論旨が明確ではありませんが,その主張は,法人だけを名宛人として,しかも刑事責任ではなく,「業務改善命令といった行政処分もあれば,交通違反の反則金制度,独禁法違反や金融商品取引法違反に適用されている課徴金制度も存在する」ということで,腹鼓氏は,そうした方法を検討せよとしています。
 これは傾聴に値する見解ですが,若干の基礎的考察が必要です。
  まず,現在の労働基準法の制裁が機能していないかどうかです。殺人事件が起きたからといって,刑法の殺人罪の規定が機能していないというわけではなく,違法残業があったからといって,法定労働時間を定める労働基準法32条の刑罰規定が機能していないとは言い切れません。起訴の件数が少ないからといって,全窃盗件数のなかで,いったいどれだけのものが起訴されているのかということを考えてみれば,話は簡単ではありません。むしろ,労働基準法の刑事罰は,予防機能としては効果をもっており,それはとくに行政指導をする際に威力があるという意見もあります。司法警察権をもつ労働基準監督官だから行政監督の実効性が高まるという面があるのです。
 とはいえ,私も,労働基準法の刑罰規定がよいと考えているわけではありません。腹鼓氏のいうように,個人責任をベースとした両罰規定とするのではなく,端的に法人を行政処分の対象とすべきということも一理ありますが,そもそも制裁は何のために課すかということから考えていく必要があると思っています。そうすると,制裁には,違法に対する応報ではなく,違法の予防という観点もあるのであり,そして後者の観点から,労働基準法が遵守されるようにするためには,制裁的手法がほんとうに適切か,という問題意識も出てくるのです。
 かりに応報という点からみても,刑罰は最も重い制裁であり,それは違法行為との釣り合いがとれていないという面があります。自殺するような長時間労働をさせたことは刑罰に値するということかもしれませんが,労働基準法の構成要件は,法定労働時間を超えて,三六協定の締結・届出なしに働かせることであり,それだけで刑罰を発動できるという規定は,かなり重いものといえるでしょう。もっとも,これが刑罰になっていることの意味は,歴史的には,法定労働時間を超える労働が,労働者の健康に重大な支障があるということと関係しており,そのようにみると,長時間労働は刑事罰で制裁するにふさわしいといえそうです。
 ただ,そのように考えて,労働者の健康という点から刑事罰を維持するとしても,ほんとうに健康に重大な支障が生じるような働かせ方をした場合を構成要件とするという方向で改める必要があるかもしれません。たとえば,月の時間外労働の絶対的上限を45時間や60時間として,それを超えてはじめて刑事罰を課すということなどが考えられます。
 しかし,予防という点まで考えると,そもそも刑事罰でよいかは,なお検討の余地があります。殺人,放火,強盗,強姦などは,それをしないことは道徳的に当然であり,何か特別なプラスの意味があることではありません。しかし長時間労働をさせないことは,企業にとってプラスとなる行為であり,ここに通常の道徳や倫理と結びついている刑法犯との違いがあります。このことは,長時間労働をさせない行為は,違反行為に対する制裁ではなく,インセンティブの手法をとることによっても実現できる可能性があることを意味しています。こうした長時間労働の特徴も考慮して,どのような予防手法がいちばん企業が反応するかを議論をしていくことが必要なのです。
 これは企業倫理,刑事学,法社会学などの知見もとりいれながら研究していくべきテーマではないかと思います。

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2017年2月 7日 (火)

日経新聞からもう一つ

 一昨日の日経新聞日曜版の「創論 外国人材受け入れ,機は熟したか」での経営共創基盤CEOの冨山和彦氏の意見はよかったです(この方は,よく日経新聞に出てきていますね)。冨山氏とは,昨年,厚生労働省関係の仕事で一緒になることがあり,労働・雇用政策については,ちょっと乱暴な意見を言う困った人だなと思っていたのですが,今回の外国人政策に関する内容は,すみからすみまでほぼ賛成です。
 私は移民の経験はありませんが,2年弱+1年弱の留学経験があります。移住というほどではありませんが,外国人との共生の難しさは,少しは肌で感じています。
 以前からブログで書いていることですが,人々の内心にある差別意識というのはそう簡単にはなくならないのであり(それを露骨に表面化させることが良くないのは当然ですが),たんに多文化共生がよいとかそんな綺麗ごとではなく,国益を考えて必要な人材は来てもらうことが必要なのです。ほんの数%のトップエリートを除き,真の意味での共生は難しく受け入れると社会的コンフリクトは避けられないのであり,グローバル化といった抽象的な理念だけで移民政策を進めれば子孫に禍根を残します。労働力不足の問題については冷静な戦略に基づき,代替策(機械化の推進等)のほうを優先すべきで,(とくに単純労働を)外国人に頼るのは最後の手段にすべきです。
 Trump政権の移民への対応が話題になっていますが,これは安倍首相が言うように国内問題という面もあり,日本には日本独自の,アメリカにはアメリカ独自の移民政策があるのです(ただアメリカは,国内問題とはいえ,世界への影響が大きすぎるので,その観点からなら,安倍首相はアメリカの移民政策についてもっと発言してもよいし,そうすべきなのでしょう)。
 日経新聞に戻ると,冨山氏以外にもう一人登場したのが,サントリーホールディングス社長の新浪剛史氏でした(この方も日経新聞の常連ですね)。新浪氏の意見は,多少甘いような気がしました。たとえば,技能実習制度について,「言いたいことは,手に職を持っている人材,手に職を持てるだけの技術を持っている人材,もしくは持てるようになる人材を受け入れるということだ。スキルを身につけたい人材に来てもらい,そういう人材に社会として報いていく。定義的には移民ではないと思う。研修だ。ただ,既存の制度は不十分であることは理解しているので,直すべきものは直していくべきだ。」と述べています。この理想の重要性は否定しませんが,日本にはチープレイバーを必要とする中小企業が多数あり,一方で,少しでも生活を楽にしたいと思っているアジアの人々がたくさんいて,その両者を結びつける単純労働の労働市場(ヤミ市場といってよいでしょう)があるということを考えた場合,技能実習制度は,実態にあわせてそういう制度と割り切ってしまうか,そうでなければ廃止してしまうか,しかないような気がしています。冨山氏の立場は後者のようであり,私もそのほうがよいのではないかという気がしています(牡蠣の殻むきをやる人がいなくなっても,それこそ機械化で対応すべきでしょう)。この制度において,日本人が外国人を奴隷のようにこき使っているという濫用事例があることは事実なのであり,これは現在の日本社会の最大の恥部の一つかもしれないのです。新浪氏の「直すべきは直す」というのは,どこをどう直すのかを提示しなければ説得力がないような気がします。むしろ技能実習制度のもつ途上国の人材育成や基礎技能の移転という目的は,日本企業の海外進出にともなう現地の若年者の採用の助成といった形でやっていくべきではないでしょうか(もうやっているのでしょうが)。 

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2017年1月31日 (火)

インターバル規制と解雇の金銭解決

 昨日の国会で,蓮舫氏からのインターバル規制についての質問に,安倍首相が,「助成金の創設や好事例の周知を通じて自主的な取り組みを推進する」と答えたようです。やはり1日の労働時間の上限には,経済界からの抵抗が強く,さすがに安倍首相もそれは無視できず,強い規制の導入には慎重だ,というところでしょうか。
 EUにも例外規定があるとも答弁していますが,これは業種や職種などの特性からくるものです(EUの労働時間指令の17条以下)。そこは,拙著の『労働時間制度改革』でも紹介していませんが,もちろん労働時間規制は厳格にすればするほど,そこに例外が必要となるのは当然のことで,これはやむを得ません。ただ,それらは業務や職種の客観的な性質から説明のつく正当なものです。繁忙期の例外とか,そういうものを認めるものではありません。
 私見では,インターバル規制は,自主的な取組の推進ではなく,労働基準法の改正でやるべきです。適切な例外は設定してもよいのですが,1日(連続24時間)の労働時間の上限をきちんと設定することこそ,労働者の健康確保に必要だということを再確認しておきたいと思います。民進党も,ここは攻めどころだと思いますけどね。ちなみに私は週休制の貫徹(休日労働の制限や4週4日という変形休日制の制限も主張していますが,これはまだ採りあげられていませんね)。
 もう一つ,今朝の日経新聞には,解雇の金銭解決のことも出ていました。たぶん「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」が開催されたのですね。新聞記事に出ているかぎりでは,相変わらず,同じような論点で行ったり来たりのようです。これは新しくなるはずの労政審か,専門家会議で,日本の労働市場の未来志向の改革という高次の観点から,議論してもらいたいです。どういう制度なら,自分たちに損か得かなんて議論をしていたら,永遠に終わりませんので。金銭解決については,拙著『解雇改革』(中央経済社)で提言はしていますが,新刊の『AI時代の働き方と法ー2035年の労働法を考える』(弘文堂)でも,これからの労働法のあり方として重要なので,ホワイトカラー・エグゼンプションと並んで,しつこく扱っています(第5章)し,さらにこれとは別に経済学との共同研究も進行中です(この共同研究はもっと早く完成するはずだったのですが,諸事情から難航しています。厚労省の動きもみながらということもあります)。
 労働時間と解雇は,拙著でも扱っているものの,これは「2035年の労働法を考える」ではなく,2020年に向けた喫緊の政策課題と位置づけるべきです。これをどうまとめていくのか。論点はほぼ出揃っているので,あとは政府のお手並拝見です。

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2017年1月27日 (金)

年休改革?

 1月25日の日経新聞に気になる記事がありました。
  「現在の労働基準法では,入社後7カ月目になって10日間の有休が与えられるほか、有休日数が20日に達するまでに6年半かかる。会議では,入社から1カ月ごとに1日ずつ増える仕組みなどを提案する。」
 そこでいう会議とは,規制改革会議のことです。有休というのは年次有給休暇のことで,労働法では,通常,年休といいます。
 今回の提案が,もしそのとおりであるならば,疑問があります。入社直後に年休を付与することができるようになると,転職を促進することになるのでしょうか。最初の半年に年休をとれないことが転職の阻害要因になっているという話を,私は不勉強で知りませんでしたが,おそらくそのような調査結果があるのでしょう(労働者としてみれば,年休の取得要件が緩和することはもちろん歓迎するでしょう)。
 年休制度の改革は,労働時間制度の改革と連動すべきもので,拙著『労働時間制度改革』(中央経済社)でも扱っています。その200頁で,年休の最大の問題点は,労働者に時季指定権を付与していることで,これを使用者主導にせよという趣旨のことを書いています。別にこれは私だけの意見ではありませんし,同書で紹介している他国の例もみれば,自然に出てくる発想です(同書の第6章は,年休に関する章です。さらに,『勤勉は美徳か?』(光文社新書)の第6章でしつこく年休のことを扱っています)。ちなみにあのドイツでも,年休をとるまでには6カ月の待機期間があります。
 規制改革会議の提案の詳細はよくわかりませんが,入社1カ月が経過すると年休はまず1日付与され,20カ月経過すれば20日になるということでしょうかね(27日の日経新聞では,1年半で20日に到達とありました)。もちろん8割以上の出勤は要件となるのでしょうね。また,1カ月ごとに発生する休暇の取得期限は,その1カ月の終了時から1年(時効を含めて2年)なのでしょうかね。
 こうなると年休管理は複雑で大変でしょうね。そもそも年休の問題は,日数ではなく,取得率の低さが問題とされてきました。こういう改革をしたからといって,一番重要な年休取得が促進されるわけではありません。年休取得の低調さは半年の待機期間にあるわけではありません。年休取得促進への抜本的な解決がなされないまま,転職促進のために待機期間をなくすというのは,筋の悪い政策のように思えるのです。というのは,長時間労働の是正ということを政府はさかんに言っているわけで,それには労働時間の長さだけでなく,休暇制度の実効性もターゲットになるはずなので,そこにまずメスをいれなければいけないからです。
 そもそも企業によっては,良い人材を引きつけるために,法律で言われていなくても,自発的に採用時にいきなりフルの年休を付与したりする例もあるようです。年休は労働基準法の規定で,その要件は最低基準なので,労働者に有利に修正することは,もとより企業は自由にできます。そう考えると,法改正をするほどのことはなく,流動的な労働市場で競争原理が働けば,法定年休の積み増しをするということはいくらでもあります(ちなみに大内伸哉編『労働法演習ノート』(弘文堂)の第2章は法定外年休の付与をめぐる法的な問題を扱ったものですが,これはそういうことが現実に起こっていることを反映したものです)。ほんとうに転職促進をするならば,より過激に年休のポータビリティのような発想もありえますが,それはもちろん無理でしょう(企業からすると,年休をたくさんもっている人の受入を拒否するということで,かえって転職阻害的になりますね)。
 労働基準法39条の定める年休は,企業からすれば,法律上無理矢理押しつけられた義務です。ノーワーク・ノーペイの重大な例外でもあります。働かない者に給料を払うということですから。それでも,労働者にとって重要なものですし(海外のヴァカンスの慣行に合わせたもの。ちなみにイタリアでは憲法において放棄できない権利として保障されている),継続勤務と8割出勤という要件を課すことによって,企業の利益にも配慮しているものです。
 そもそも労働者のほうで時季指定権がある日本の法制は,比較法的にみても労働者に非常に有利な面があります(それが皮肉にもかえって労働者の取得を難しくしていることについては,前記『勤勉は美徳か?』の第5章1を参照)。企業の利益を守るための時季変更権もありますが,その要件は厳格です。労働基準法上の年休制度は,これまでの時間年休の取得の容認など改悪方向で進んできているなか,いま改めて,この制度を,転職促進という観点ではなく,根本から専門的知見をまじえてしっかり議論をしてもらいたいです。
  私は改革マインドは十分にあるのですが,変な方向への改革が進もうとするならば,徹底的に改革抑制派に回ります。今回の改革案について私は詳細は知らないので,たぶん誤解に基づいている部分が多いと思いますし,個人的には私の懸念が誤解に基づくものであって,規制改革会議はよく考えたうえで提案されようとしていて,新聞はそのことを上手に伝えていないだけだ,と信じたいです。
 年休となると,私をはじめ多くの労働法の研究者は,労働時間の問題と同じくらい,いろいろ口出しをしたくなるでしょう。私も上記で引用した本以外にも,いろいろなところで年休のことは論じているので,やはり黙ってはいられません。

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2017年1月26日 (木)

残業上限80時間?

 労働時間の絶対的上限規制の導入への動きが本格化しそうですが,当然のことながら,時間数と規制の手法が問題となるでしょう。この二つは関係していて,緩い時間数なら刑事罰が妥当でしょうし,厳しい時間数ならサンクションをもう少し緩和させるということになるのかなと思います。また変形制の設け方も,規制の強度に関係してきます。
 数日前の日経新聞の記事によると,2月1日の働き方改革実現会議で,月60~80時間を軸に,違反企業には罰則も設けるという方向で検討を始め,厚生労働省が年内に労働基準法改正案を提出するとなっています。これは現行の法定労働時間と例外の三六協定という仕組みをやめるということでしょうかね。
 私が『労働時間制度改革』(2015年,中央経済社)で行った提案は,三六協定と強行的な割増賃金はやめることを前提に,現在の法定労働時間(1週40時間,1日8時間)ではなく,時間外労働の限度時間違反のところで罰則を課すこととし,それを上回ることは許さないという内容のものです(絶対的上限については,同書の194頁を参照)。変形制を設けることはあってもいいのかもしれませんが,それならなおさら現在の限度時間を大きく上回る時間数を絶対的上限とするのは,緩すぎるということになるでしょう。経済界への配慮ということかもしれませんが,これではとても「働き方改革」とはいえないでしょう。
 ただ私の厳しい提案は,同書の他の箇所でも述べているように,強行的な割増賃金をなしにするということを前提とし(188頁以下),また創造的な働き方をする人には積極的に適用除外することも前提なので(208頁以下),規制の弾力化とセットです。
 政府は,適用除外(日本型ホワイトカラー・エグゼンプション。日経新聞は「脱時間給」という変な表現を使い続けていますが)の対象を広げず,現行の割増賃金規制も維持するということを前提に,労働時間の長さの上限は緩くするという方針かもしれませんが,そういう妥協的なやり方ではダメだと思っています。
 政府は,何かやったという実績を国民にアピールすることだけを考えるのではなく,日本の労働時間制度のあり方を根本から再構築するという気概をもってこの問題に着手してもらいたいです。とくにホワイトカラー・エグゼンプションの重要性は,新刊の『AI時代の働き方と法』(弘文堂)の第6章でも,またしつこく論じているので,ご関心のある方は読んでみてください。

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2017年1月24日 (火)

アメリカの苦悩

 Trump大統領が就任式のスピーチで,「America First」と連呼した姿は,きわめて異様なものでした。私はこうみています。彼はアメリカ合衆国という「会社」の社長で,我が社が1番,君たちの雇用を守る,そのための社外の敵とは徹底的に戦う,ということを「従業員」に向けて宣言しているのです。
 大統領選の結果は,「社長」をみんなで選ぶというときに,外部からやってきた「社長候補」が,今までの「経営陣(アメリカの支配層。Hillary Clintonもその仲間)」は,自分たちのことだけ考えて,「従業員」の利益を考えてこなかったから,総退陣させると主張し,それが「従業員」に支持されたというところでしょう。
 でも実際には,国境を封鎖しても,関税をかけても,おそらく雇用(job)も産業も戻ってこないでしょう。Wedgeの2月号は,Trump特集「トランプに賭けた未来」をしていましたが,そのなかでEdward W. HillというOhio州立大学教授へのインタビューの内容は興味深かったです。
 そこでは,Trumpは,選挙中に石炭業界での支援アピールし電力供給のエネルギーとして復活させると述べたが,石炭は天然ガスに勝てっこないとされています。石炭は高価で危険で,プラントそのものが老朽化して効率が悪く,環境基準の問題もあるからです。
 もう一つ,Trumpは,メキシコが米国の雇用を奪っていると主張していますが,実際には,「米国の製造業はスキルのある労働者の不足に悩まされている」し,「スキルのないエントリーレベルの労働者がだぶついている一方で,教育を受けたスキルのある労働者は不足している」のです。つまり,「効率性と生産性を備えた強い製造業は復活している。手作業重視の古いタイプの製造業がカムバックすることはない」のです。
 Trumpに投票した者のなかには,ブルーカラーの白人が多かったようです。しかし,彼らの期待にTrumpが応えることは難しいでしょう。
 アメリカの悩みは,新しい産業や技術に対応するスキルをもつ労働者が不足しているということにあります。これを個人のレベルでみると,そのようなスキルの習得に乗り遅れてしまった中高年層が,既存の政治に強い不満を持ち,Trumpは,それを掬い取ったうえで,その対抗策として,外国との「deal」(多分に恐喝的な方法を用いるのですが)で,国内へ産業と雇用を呼び戻すという,一見もっともらしい具体的な処方箋を提示したのです。「America First」は,これからのアメリカは,自国の利益をひたすら追求することの宣言です。しかし,上記のアメリカの教授も指摘するように,この処方箋は間違っているのです。問題の本質は,他国ではなく,自国にあるからです。
 この間違いのツケは,誰が払うのでしょうか。おそらくTrump外交は,対外関係を悪化させ(迷惑なことに,日本もそのとばっちりをくうでしょう),アメリカ自体もいっそう弱体化させるでしょう。そして,それは世界中の治安を悪化させることにもつながるでしょう。しかも,国内に雇用を戻らない以上,まさかとは思いますが,国内で一種のクーデタのようなことが起こらないとも限りません(生きて任期満了を迎えることができるか心配です)。
 ただ,雇用が大切だと考えたことまでは,Trumpは正しかったのだと思います。私たちは,新しい産業への展望とそれに備えた適切な職業教育をしなければ,国民のなかに深刻な社会的デバイド(divide)を生むということを知っておかなければなりません。これは人工知能の雇用へのインパクトとも関係しています。新刊の『AI時代の働き方と法』の後半は,まさにこういうことを考慮して,未来志向で行った政策提言です。Trumpの出現という悪夢が現実化したアメリカを,他山の石とすべきでしょう。

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