経済・政治・国際

2017年8月15日 (火)

終戦記念日に思う

 終戦記念日がいつかを知らない若者が増えているそうです。たしかに72年前というのは,遠い昔です。私が大学生のときの72年前というと大正時代であり,たいへん昔のことのように思えていたはずです。いまの大学生たちが終戦記念日を知らないのも仕方ないことかもしれません。
 しかし,そのことと戦争の悲惨さを知らないのとは別のことです。戦争に行った生き残りの世代の人々も徐々に少なくなっています。戦争はどこか遠い国のことのように思えますが,日本も悲惨な戦争の当事国として,72年前までは戦っていたのです。
 私たちの平和な生活は,戦争が起これば吹っ飛びます。いくら未来の労働政策を考えようなんて言っていても,すべて無意味なことになるかもしれません。北朝鮮からのミサイルがもし日本の本土に落下すれば何が起こるでしょうか。大地震どころの騒ぎではないでしょう。天変地異ならまだ諦められても,自国にいながら他国の攻撃で殺されるなんて死んでも死にきれないでしょう。その意味で,原爆投下で亡くなった人の無念さはどれほどだったかと思います。
 北朝鮮の態度は,昨日今日に始まったことではありません。あのときこうしていればよかったということは,繰り返してはならないのです。北朝鮮への挑発が危険なことは,以前にこのブログでも書いたことがありますが,私たち国民は,もっと政府のやることに関心をもっていなければなりません。アメリカとの関係も慎重に考える必要があります。アメリカを信用してはならないのは歴史の教訓から明らかです(ロシアも同様ですが)。
 前防衛大臣にお気に入りの無能な大臣をつけ,そして大混乱を引き起こすといったむちゃくちゃなことをした首相は猛省をすべきです。本気で日本の防衛を考えているのでしょうか。前外務大臣も,たいした用もないのに神戸大学に来るなどのんきなことをしていました。人柄温厚そうだとはいえ,そんなことは関係ありません。核兵器禁止条約に日本が交渉にすら参加しなかった責任は,この大臣にあります。
 私たちは,この内閣に頼るしかありません。首相をはじめ現在の防衛大臣,外務大臣にはしっかり頑張ってもらうしかないのです。

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2017年8月 8日 (火)

凋落の兆し?

 驕る平家は久しからず。誰もが知っている格言ですが,なかなか肝に銘じて行動するのは難しいことです。いまだから言うのではないのですが,今回の内閣改造で,おやっと思ったのは,江崎鉄磨沖縄・北方担当大臣でした。73歳で当選6回,初入閣で二階派。派閥均衡,在庫一掃で,比較的楽な大臣ポストに当てた,ということではないかと思ったのです。案の定,自ら転んでしまいましたね。謙虚に官僚答弁を読み上げるということですが,「仕事人内閣」の看板に泥を塗りました。人事にはいろいろな配慮があるのでしょうが,「仕事人」という看板は,そういうものを乗り越えて適材適所にするということのはずです。前の法務大臣もそうですが,自分でしっかり語れないような大臣(あるいは語るとろくなことを言わないような大臣)は即刻去るべきです。国民をバカにしてはなりません。沖縄の人も怒っているのではないでしょうかね。首相は,言葉使いだけは丁寧になっていますが,ほんとうに危機意識をもっているのでしょうかね。国民はバカだから,ちょっと低姿勢になっていれば,すぐに人気は回復するなんて思っていませんかね。
 もう一つ気になるのが,小池百合子都知事系の若狭勝議員が立ち上げた「日本ファーストの会」です。すでにネットでも指摘されているようですが,これは最悪のネーミングです。Trumpの「アメリカファースト」が,世界中から顰蹙を買っているのに,今度はそれの日本版かと思われてしまいます。こういうネーミングを平気でやるところに,政治センスの低さがうかがえます。小池さんの「都民ファースト」に乗っかるということだけを考えているから,こういうことになるのでしょう。
 こういうちょっとしたところに,本質がうかがえます。国民をみていない政治家は,必ず痛い目にあうというのが,民主主義のはずです。選挙に勝った者は権力者です。首相は当然ですが,小池知事も若狭議員もいまや大変な権力者なのです。権力は腐敗します。私たち国民は,民主主義社会の権力の源泉が自分たちにあるという自覚をもって,腐敗や慢心を見逃さないようにしましょう。

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2017年8月 4日 (金)

人づくり革命に期待できるか?

  第3次安倍第3次改造内閣が誕生しました。厚生労働大臣も変わりました。前大臣については,その主導の懇談会や有識者会議に参加する機会がありましたが,大臣が変わると,また新たなものが次々と立ち上がるのでしょうかね。
 今回,注目したいのは,経済財政・人づくり革命を担当する内閣府特命担当大臣に茂木敏充氏が就任したことです。「人づくり革命」に実力派の大臣がついたことで,今後の政策の展開が楽しみです。と思っていたのですが,今朝の日経新聞では,茂木大臣は,「3日の会見で,『個人が新たな能力を身につければいつでも人生の再起動ができる。政府も多様な支援策を用意する』と述べた。近く政府に新たな会議を設け,教育無償化や社会人の学び直し支援,子育て世帯への支援充実などを議論する」と出ていたので,私が期待しているものと少し違っていました。
 「人づくり」は,もっと中長期的な支援の下に,AI時代にそなえたものでなければなりません。おそれているのは,厚生労働省は目先の法案のことにエネルギーをとられ,内閣府もキャッチーな政策に目を奪われ,文部科学省は省内の混乱の沈静化に追われ,「どのような人」をつくるのかという,最も重要な政策がおざなりになる,ということです。
 安倍政権は,すでに人気も低下傾向で,そんななか次の選挙が少しずつ近づいてきます。中長期的なビジョンで政策を進める余裕が今後なくなっていかないか心配です。安倍内閣は,とにかく,いろんなことをやっている感を見せるのが大切だと考えている内閣のようですが,後からみて,見せかけだけで,たいした中身がなかったということにならないようにしてもらいたいですね。優秀な若手官僚を,そんなつまらないことに動員して,彼ら,彼女らのエネルギーを浪費してほしくないからです。
 「人づくり革命」が,革命の名に値するものになるとすれば,これまでの人材とは異なるまったく新たな人材(つまり,AI時代に対応できる人材)を,国家の戦略で育成していく必要があります。この内閣にそれができるでしょうか。

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2017年7月 3日 (月)

井戸さんが5選

 兵庫県知事選は,サンテレビでは,開票早々に現職の井戸さんの当選確実でした。おめでとうございます。勝谷さんには,もう少し接戦をしてほしかったけれど,30万票差ということでは,どうしようもなかったですね。カツヤマサヒコshow のアシスタントをしていた女子アナの榎木麻衣さんが,お通夜の席のような悲しそうな顔をしていたのが印象的でした。本人の敗戦の弁が,Yahooニュースで出ていて,彼らしくてよかったです(言葉が下品でしたが)が,やはり最大の敗因は髪型を変えて,県民に迎合したような印象を与えたところではなかったでしょうか。政見放送も一回だけ見ましたが,あまり上手ではなかったです。テレビの人ですが,コメンテータとしてはいいけれど,自分が主役で人に訴えかけるという面では,現職の井戸さんとは役者が違いました。
 でも,共産党以外はオール与党の現職に果敢に挑んだ戦いには,ある種の男のロマンも感じました。彼は有名人で一般人とは違うとはいえ,組織の支持のない候補でした。兵庫県への愛を必死に訴えかけていたことは,よくわかったのです。その情熱で64万票を集めたというのは,ある意味ですごいことです。
 今回残念だったのは,投票率が低かったことです。年齢別の投票率の数字はもっていませんが,私の周りでは選挙に無関心な若者が多かったです。若者が戻ってこない県になっている兵庫県に,選挙でも若者が背を向けているような気がしました。ここに兵庫県の深刻な問題があります。井戸さんは,その抜群の安定感をいかして,5期目を自身の県政の総決算として,兵庫県の魅力をいっそう高め,若者が未来を感じる県になるよう,ぜひ取り組んでもらいたいです。71歳は高齢には思えますが,気力もまだ充実しておられるようですから。
 一方,都議会選は,兵庫県の知事選とは違い,盛り上がりました。都民ファーストというわかりやすいネーミングの党が,都民の心をつかみ,小池人気もあって,歴史的大勝を勝ち取りました。でも多くの人が指摘するように,自民党が勝手に転んだという面もあり,これだけ次々と問題が発生して自民党が勝てば,都民は日本中から馬鹿にされていたことでしょう。
 今回のように風が吹いて当選した候補には,いろいろな人が混じっているはずですが,どっちにしても小池チルドレンでいいのです。公明党にせよ共産党にせよ,個々の候補者ではなく,党に投票しているのです。都民ファーストは小池党ですから,都民は小池さんに投票したようなものです。党内で小池さんといろんな議論をすることは必要ですが,最終的に決めた政策は一枚岩で行かなければならないでしょう。小池さんのリーダーシップが見ものです。
 負けたとはいえ,自民党はまだ23議席あります。民進党は,今回の風にも乗れず,さらに議席を減らして5議席となりました。現有が7議席なので,減り方はわずかですが,民進党には未来がないということがはっきりしました。これから数回の選挙で,社民党と同様,この政党も消えていくことでしょう。
 都民ファーストにせよ,以前の大阪維新にしろ,これまでの地方自治におけるアンシャンレジームを打破しようとする強烈な突破力のある人が現れ,改革の波を起こしてきました。やはり,オール与党はあまり健全ではありません。4年後の兵庫県知事選は,どうなっているでしょうか。

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2017年6月 2日 (金)

北朝鮮リスクにどう立ち向かうか

 Trump大統領が,北朝鮮の金正恩を「smart cookie」と呼んだことが話題になったことがありました。金正恩を軍事オタクの狂者と思っている人からすると,なんという発言かと驚いたと思います。私もそうです。相変わらずミサイルも飛ばすし,日本人の忍耐も限界に来つつあります。斬首作戦などという穏やかならぬ表現も使われていて,日本人が過激化しつつあることも心配です。ただ,ここは冷静に考えてみる必要もありそうです。まず,金正恩をマッドとか,バカ者とかと想定することは,危険だということです。Trumpが述べたように「smart cookie」なのではないか,と考えて対処をとったほうがいいのです。
 あの極貧国をここまで存続させていること自体,たいへんな手腕ともいえます。ミサイル発射など絶望的な軍事戦略に頼っていて,合理性のかけらもないという見方もありますが,よく考えると日本人だって,第2次世界大戦のときは,あのアメリカ相手に無謀な戦争をしたのです。国内では,天皇は現人神と考えられていたのです。外国からみれば,当時の日本人は不合理の極みだったことでしょう。あの戦争は,日本に原爆を落とされて悲劇的な終結となりました。金正恩は,日本が核をもっていれば,あのような終結にならなかったと思っているかもしれません。
 統治者であるならば,国民の経済水準を上げることが大切です。それは北朝鮮も同じでしょう。精神的な統治や思想統制だけでは,もたないはずです。大砲よりバターでしょう。これまでは,アメリカの経済制裁をなんとかかいくぐってきたのでしょうが,やはり正面から解除を求めたいのかもしれません。その対話のテーブルにつかせるためには,アメリカ本土に着弾できる核ミサイルが必要だと,金正恩が考えていても不思議ではないのです。
 まったく次元が違いますが,労使交渉も,労働組合にストライキ権があるからこそ,対等な交渉が実現するという面があります。実際,欧州の労働法の文献では,交渉が妥結して締結される労働協約を「休戦協定」と呼ぶこともあります。労働協約の締結中にストライキをしない義務を「平和義務」といいます(平和義務は教科書でも使われている言葉です)。ストライキは,それ自体が目的ではありません。交渉を有利にするための手段です。ストライキの威嚇は,対等な交渉を進めるために必要だというのが,労働法的な思考です。
 それと北朝鮮の問題は次元が違うといえばそうなのですが,いずれにせよ交渉こそがメインで,軍事力はその手段にすぎないとするならば,軍事力ばかりに目を向けていては対応を誤ることになりかねません。北朝鮮にとっては,拉致問題も,核も,外国から経済援助を引き出すためのカードです。中国に石油供給を止めるように圧力をかけることは,かつての日本のABCD包囲網を想起させ,それこそ日本がやってしまったような絶望な戦争に北朝鮮を駆り立てる可能性があります。戦争をしたら国が滅びるかもしれないという場合には,戦争を仕掛けたりしないという合理的な想定があてはまらないのは,日本の経験からもわかるのではないでしょうか。
 北朝鮮リスクをなくす方法には,金正恩に花をもたせるような徹底した経済援助(バターの供給)をして,北朝鮮国民(国民に罪はない)の経済状況を改善し,その手柄は金正恩に帰着させるというディールをもちかけるという戦略もありそうです。そうすることによって,北朝鮮が核爆弾などの危険な外交カードを使わなくてよくなり,拉致問題を人質にする必要もなくなれば,一番いいのです。これは楽観的すぎるシナリオでしょうか。
 強硬な軍事オプションしかないのでは,という世論が高まってきているのが怖いです。金正恩を殺してしまえという乱暴な議論も耳にします。もし,あの戦争で,昭和天皇が敵国に暗殺されたり,処刑されていたりしたら,日本人はどう思っていたでしょうか。金正恩が北朝鮮で神格化されつつあるということに留意しておかなければなりません。それに,金正恩を暗殺して,ほんとうに拉致被害者が帰ってくるとも思えません。
 怖いのは軍の暴走です。これも日本の経験からいえることです。北朝鮮軍を抑えることができるのは,金正恩しかいないとするならば,いかにして彼を利用するかを考えるべきです。ストライキ権を背景とした敵対的な団体交渉よりも,協調的な労使協議のほうが,効率性が高いのです。こうした知見を北朝鮮外交においても活かしてほしいです。パリ協定離脱といった愚かなことをしたTrumpですが,経済的合理性に徹した交渉なら得意でしょう。北朝鮮リスクを小さくできるのは,この方法しかないと思っています。今朝の日経新聞のオピニオンでは,制裁と圧力による「非核化」を追求せよという意見が出されていました。「非核化」は重要ですが,それを「制裁と圧力」によって実現するのは無理だと考えるのが,現実的ではないでしょうか。
 外交や軍事の素人の一つのオピニオンにすぎません。お前のような甘い考えではダメと叱られるかもしれません。しかし,日本国民として,真剣にこの北朝鮮リスクに向き合わなければならないと思っています。外交や軍事の専門家に任せきっていてよいということではないでしょう。

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2017年5月10日 (水)

外国の大統領選をみて思う

 大統領選は,アメリカ,フランス,韓国のいずれも,国民が直接選ぶことができます(アメリカはやや複雑な仕組みですが)。ですから熱狂しますし,ポピュリズムが生まれやすいように思えます。こうした選挙では,雇用問題,格差問題,貧困問題などが主要なテーマになりやすいようです。
 パレートの法則では,国民の2割が,8割の利益を生み出すとされます。国の富がなかなか平等に配分されにくいとなると,多くの国民から直接支持を得ることが必要な大統領選では,国民の所得に直結するテーマが争点となりやすいのでしょう。そうなると右も左もなくなります。政治思想がどうであろうと,国民を食べさせるにはどちらがいいかという選択になるからです。フランス大統領選の決選投票でのMacronとLe Penは究極の選択と言われましたが,社会党や共和党では,どうやって自分たちを食べさせてくれるかわからないからそうなったのであって,今回,新たな対抗軸が誕生したとみるべきなのかもしれません。フランス人にとって有利なのが,親EUや欧州的価値観の共有か,自国主義かという軸です。そこには歴史観や思想などももちろん関係しますが,それよりも,経済や雇用面でプラスかどうかのほうが重要となってきているのでしょう。Brexitは,イギリスの国民の多くが,反EUのほうが,自分たちの経済や雇用に有利だという判断をしたのでしょう。こうした経済優先主義の傾向は,若い層ではいっそう強まっていくのではないかと思います。
 日本では,国民が国のトップを直接選ぶ選挙がないので,こうした国民の本音がストレートには現れにくいように思います。ただ自民党の支持率が高いことからうかがえるのは,国民は現状にそれほど不満はなく(もちろん,突っ込んでいけば,不満がゼロということはないのですが),むしろ現状を大きく変える要因(北朝鮮の動向,トランプ政権の政策,中国の軍拡など)に関心があるのだと思います。安倍政権が支持されるのは,経済政策や雇用政策よりも,外的な環境変化のなかで日本を守るのに相対的に一番信頼できるということなのでしょう。雇用政策については残念なことが多い現政権ですが,それでもビクともしないのは,実はそこは国民の主たる関心となっていないからかもしれないのです。国民は将来の「安心」が欲しいのです。雇用はもちろん大切なのですが,北朝鮮から核ミサイルが飛んできたら,雇用の問題などは吹っ飛びますし,アメリカの通商政策いかんで日本の産業は打撃を受けて雇用にも影響するし,こうした基本的なところの「安心」が大切なのです。
 東京都知事の小池百合子さんが,豊洲問題を利用して,都民の「安心」を一番考えているのは自分だと主張しているのは,豊かな東京都民にとってプライオリティの高い,食の「安心」に訴えかける巧みな戦術だったのかもしれません(小池さんも,豊洲が「安全」ということは,すでにわかっているのでしょうが,「安心」が大切だというポーズが政治的には大切なのです)。

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2017年4月16日 (日)

平和を守るために

 私の住んでいる地域の周りも桜の名所がたくさんあります。夙川の桜はとくにきれいですし,芦屋川もそうです。神戸大学のキャンパスも桜がきれいです。小林秀雄は,ソメイヨシノは下品といって嫌っていました(『学生との対話』(新潮文庫))が,それでもやはりきれいですね。たしかに山桜は趣が深いですが。

 こんな平和で美しい日本が,いま北朝鮮からの深刻な脅威にさらされています。アメリカのシリア攻撃は,北朝鮮を刺激したようです。日本を攻撃すれば,北朝鮮は終わりなのだから,そんなことはしないという意見がある一方,暴発や,道ずれなど,日本が北朝鮮の最期に巻き込まれないという保証はありません。

 私たちは実は少し誤解をしているのかもしれません。日本にいると,アメリカこそ世界の中心にいて,北朝鮮はアウトローで嫌われ者という認識が一般的です。しかし,世界を見渡すと,アメリカを嫌悪している国や国民はたくさんいますし,北朝鮮の友好国もたくさんあります。むしろ嫌われ者のアメリカと仲良くしている日本は,それだけで世界の多くの国から嫌われる可能性があるのです。そのことはテロの標的にもなりやすいということでもあります。

 安倍首相はそれを分かってアメリカに接近しているのでしょう。でも国民はどうでしょうか。イメージでアメリカについていくことが国益にかなうと信じこんでいませんか。北朝鮮や中国の封じ込めは,ほんとうに得策なのか。そこは私にもよくわかりません。私は日本が防衛力を強化することそのものは大切だと思っていますが,北朝鮮をどこまで刺激してよいのか,何かあったときにほんとうに世界は日本の味方になってくれるかに,大いなる不安を感じています。

 いまのアメリカに一貫した外交的な戦略がありそうにありません。しょせんはアメリカ第一主義です。アメリカに頼るのは,とても不安です。危険な力勝負に巻き込まれてしまわないでしょうか。アメリカを利用しながら,ロシア,中国,韓国としたたかな交渉をする外交力が発揮することが大切なのですが,それが日本の政治家や外務省にできるでしょうか。
 北朝鮮の核の脅威がひしひしと感じられているなか,日本の外交力に国民が注視しなければなりません。もう手遅れかもしれないのですが。

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2017年4月14日 (金)

ヤマト・アマゾン問題に思う

 日本経済新聞のオピニオン欄の「Deep Insight」は,読み応えのある記事が次々と掲載されていて,いつも楽しみにしています。今朝は「ヤマトに映るアマゾン膨脹」というタイトルで,中山淳史氏がアマゾンのような巨大なプラットフォーマーが,産業構造にどのようなインパクトを及ぼしているのかについて論じていました。
 ヤマト問題は,私の立場からは,まずは労働問題という視点でみて,そして労働者の論理と消費者の論理の対立のなかで,前者の復権が起こりつつあるというストーリーになるのですが,実はそれにとどまらない大きな変化をはらんでいます。この記事のなかにあるように「起業した瞬間から即,グローバル企業という事例も出てくるかもしれない」という点がポイントです。
 グローバル化というのは様々な観点から議論できますが,とくにアマゾンのプラットフォームを使うことになって,グローバルレベルで,容易にビジネスを展開できるようになっていることが注目されます。アマゾンはいまやクラウド会社でもあるのです。AIの機械学習プログラムを無償で公開しています。わずかな手元資金で,スムーズに起業ができる環境をアマゾンが用意してくれています。
 これからはインディペンデント・コントラクターの時代になると私が述べているのも,こうした起業環境の劇的な改善が根拠となっています。
 一方,日本の経済政策や産業政策という観点からは,海外の巨大なプラットフォーム企業に寄生していかなければならないという面をどう考えるかという問題もあります。ヤマト問題もその一例といえますが,膨大な利益が,アマゾンを取引先とする日本企業から吸い上げられています。日本もこれに対抗して,日本版クラウドを築くという手もあると中山氏は書く一方,東京大学の柳川範之さんの「巨大化を気にする前に本質的に重要なサービスを提供できているかどうかが大事だ。アマゾンはそれができており,敵対するより十分活用して新技術,ビジネスを生むのも一案」というコメントも紹介しています。
 ほんとうに大事なのは,どうして日本において,アマゾンやグーグルのような新たな発想をもって大きく成功する企業が生まれてこないのか,ということかもしれません。日本の現状認識(という言い方は漠然としていますが,とくに経済的な面)として,私はかなり閉塞状況があると思っているのですが,実はあまりそう感じていない人も多いようです。ひょっとしたら国民は守りの姿勢に入ってるのかもしれません。しかし,すでにかなり劣勢にあると感じておいた方がよいのではないでしょうか。積極的に打って出なければじり貧なのです。日本の若者が,ビジネスや研究その他さまざまな面で,旧弊を打破していってくれなければ,日本はずるずると転落していくでしょう。AI時代の到来,デジタライゼーションの進化,グローバル化,少子高齢化などの大きな環境変化は,世界中の人にとって大きなチャンスであり,その波に乗らなければ厳しい結末が待っています。これはまさに若者の問題なのです。
 四條畷市で28歳で当選した市長が,同市でこれから生きていくのは自分たち若者なのだから,その若者が市政を握っていかなければならないと述べていたのは,実に頼もしかったですね。

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2017年4月 9日 (日)

東芝経営危機に思う

 私が最初にイタリア留学に行った時に持参したのは,東芝のDynabookでした。留学先のミラノ大学では,当時マッキントッシュしか入っていないなか,私のDynabookはイタリア人から興味をもって見られていました。Duomo広場に面して,Duomoと向かう位置に,Toshibaの看板があったことも記憶があります(いまはどうでしょうか)。
 東芝は,日本を代表する企業の一つです。その東芝が経営危機に瀕しているのは寂しいことです。青梅事業所も閉鎖されたという記事が先日出ていました。従業員のリストラ計画も出てくるのでしょう。
 たいへん申し訳ないですが,先週始まった学部の労働法講義の最初にもネタに使わせてもらいました。大企業であっても,いつまで続くかわからない,ということです。東芝が倒産したわけではありませんが,終身雇用というのは幻想であって,大企業の正社員になったから安心とはいえないよ,という最近いつもやっている話から,今年の講義も始まりました。まさに拙著のタイトルとおり,「君の働き方に未来はあるか?」(光文社新書)であり,転職力が大切だ,というメッセージは,より響きやすい状況が生まれています。
 しかし,これに加えて気になったのは,次のことです。たとえばSankeiBizの2月17日版で,「東芝のリストラ影響…取引先が4割減 事業売却でさらに減る恐れ」(http://www.sankeibiz.jp/business/news/170217/bsb1702170606004-n1.htm)と出ていました。おそらく東芝との取引を中心にしていた下請企業などが多数あったことでしょう。そうした企業のなかには零細企業も少なくなかったはずです。地元の事業所が閉鎖されることにより,経営が危機に陥ることも十分に想定されます。巨大な中核企業が倒れると,その周辺に「寄生」していた周りの企業も連鎖的に倒れる可能性があります。
 労働法では,非正社員も含め従業員のことは考えますが,取引先企業のことまでは考えないのが普通です。しかし零細個人事業主などは,労働法で守られている従業員とは異なり,取引を打ち切られてしまえばそれでおしまいです。経営危機の影響を最も強く受けるともいえます。廃業しても雇用保険による所得保障はありません。
 従業員は,他の地域から来た人も多いでしょうが,零細個人事業主の多くは,地元の人です。逃げるところがありません。また,多数の従業員が去っていくと,彼らに対して住居,食料,さまざまなサービスを提供していた業者にも影響が及ぶでしょう。
 イタリアでは,大規模な事業所閉鎖があると,地元の政治家が乗り出してくることが少なくありません。おそらく青梅クラスの事業所閉鎖があると,中央政府も乗り出してくるかもしれません。労働者が大反対をして争議行為が激しくなり,収拾がつかなくなる恐れがあるので,大きな政治的イシューになるのです。
 東芝のケースでも,労働組合の反対運動があったようです。ただ,同時に最も反対運動をしたかったのは,取引先の業者たちであったかもしれません。  こんなとき,取引先が団結して,自分たちの仕事を確保するために,あるいは今後の事業計画の情報を得て対策を検討するために団体交渉を申し込むことができるのでしょうか。
 労働法的には,これは労働者概念の問題となります。普通に考えれば,専属的な下請であったとしても取引先の労働者性は否定されるでしょうが,労組法上の労働者は経済的従属性で考えるという一部の論者の主張を突き詰めていくと,当然に労働者性が否定されるわけではないとも言えそうです。
 こうした法的な問題とは別に,巨大企業が地域の雇用や経済を支えるという図式は,とてもリスキーであるということも考えておかなければなりません。地域を支えるのは企業ではなく,そこに根付いている個人ということを再認識すべきなのでしょう。
 兵庫県を支えるものとして頼りにすべきなのは,兵庫県に住む地元の個人事業主なのです。この個人事業主は,決して会社形態のものとは限りません。Independent Contractorも含まれます。兵庫県を拠点として,ネットをとおして,東京をはじめ全国,あるいは世界と取引をする人も含まれます。そうした人材を育てることこそ,栄枯盛衰が激しい企業に頼らない地道な地方の活性化と言えるでしょう。

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2017年2月 9日 (木)

労働基準法違反の制裁について考える

 今朝の日経新聞の「大機小機」で,労働基準法違反に対する制裁を工夫せよという意見が掲載されていました。個人責任を前提とした規定が問題であるのか,刑事制裁が問題であるのか,その両方なのか,いまひとつ論旨が明確ではありませんが,その主張は,法人だけを名宛人として,しかも刑事責任ではなく,「業務改善命令といった行政処分もあれば,交通違反の反則金制度,独禁法違反や金融商品取引法違反に適用されている課徴金制度も存在する」ということで,腹鼓氏は,そうした方法を検討せよとしています。
 これは傾聴に値する見解ですが,若干の基礎的考察が必要です。
  まず,現在の労働基準法の制裁が機能していないかどうかです。殺人事件が起きたからといって,刑法の殺人罪の規定が機能していないというわけではなく,違法残業があったからといって,法定労働時間を定める労働基準法32条の刑罰規定が機能していないとは言い切れません。起訴の件数が少ないからといって,全窃盗件数のなかで,いったいどれだけのものが起訴されているのかということを考えてみれば,話は簡単ではありません。むしろ,労働基準法の刑事罰は,予防機能としては効果をもっており,それはとくに行政指導をする際に威力があるという意見もあります。司法警察権をもつ労働基準監督官だから行政監督の実効性が高まるという面があるのです。
 とはいえ,私も,労働基準法の刑罰規定がよいと考えているわけではありません。腹鼓氏のいうように,個人責任をベースとした両罰規定とするのではなく,端的に法人を行政処分の対象とすべきということも一理ありますが,そもそも制裁は何のために課すかということから考えていく必要があると思っています。そうすると,制裁には,違法に対する応報ではなく,違法の予防という観点もあるのであり,そして後者の観点から,労働基準法が遵守されるようにするためには,制裁的手法がほんとうに適切か,という問題意識も出てくるのです。
 かりに応報という点からみても,刑罰は最も重い制裁であり,それは違法行為との釣り合いがとれていないという面があります。自殺するような長時間労働をさせたことは刑罰に値するということかもしれませんが,労働基準法の構成要件は,法定労働時間を超えて,三六協定の締結・届出なしに働かせることであり,それだけで刑罰を発動できるという規定は,かなり重いものといえるでしょう。もっとも,これが刑罰になっていることの意味は,歴史的には,法定労働時間を超える労働が,労働者の健康に重大な支障があるということと関係しており,そのようにみると,長時間労働は刑事罰で制裁するにふさわしいといえそうです。
 ただ,そのように考えて,労働者の健康という点から刑事罰を維持するとしても,ほんとうに健康に重大な支障が生じるような働かせ方をした場合を構成要件とするという方向で改める必要があるかもしれません。たとえば,月の時間外労働の絶対的上限を45時間や60時間として,それを超えてはじめて刑事罰を課すということなどが考えられます。
 しかし,予防という点まで考えると,そもそも刑事罰でよいかは,なお検討の余地があります。殺人,放火,強盗,強姦などは,それをしないことは道徳的に当然であり,何か特別なプラスの意味があることではありません。しかし長時間労働をさせないことは,企業にとってプラスとなる行為であり,ここに通常の道徳や倫理と結びついている刑法犯との違いがあります。このことは,長時間労働をさせない行為は,違反行為に対する制裁ではなく,インセンティブの手法をとることによっても実現できる可能性があることを意味しています。こうした長時間労働の特徴も考慮して,どのような予防手法がいちばん企業が反応するかを議論をしていくことが必要なのです。
 これは企業倫理,刑事学,法社会学などの知見もとりいれながら研究していくべきテーマではないかと思います。

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