日記・コラム・つぶやき

2017年6月24日 (土)

前川氏の記者会見の感想

  小林麻央さんの訃報に涙し,豊田とかいう女性議員の「ハゲ~」という言葉におそらく多くの男性と同様強い憤りを感じながら,あまりに馬鹿馬鹿しい低レベルの暴力パワハラに失笑を禁じ得ないという「怒哀楽」の一日のなか,感情をおさえ冷静にみたのが,前川喜平元文部科学事務次官の日本記者クラブでの会見をYoutubeでした(前川氏の名前の「喜」で,喜怒哀楽が完結しました)。
 行政の決定プロセスの歪みについての衝撃的な告発だと思います。内容は生々しくかつ理路整然としています。もちろん,前川氏の証言は,あくまで文科省側からの認識によるものです。組織防衛の匂いがまったく感じられなかったわけではありません。実名をどんどん出したのは,相手が逃げられないようにするためで,文科省に圧力をかけた官僚への恨みは深いものだとも思いました。いずれにせよ,この告発を,官邸側は黙殺することはできないでしょう。
 それにしても国家戦略特区は,特定の人に恩恵を与えるものであるから,その対象決定プロセスはそれだけ透明性が必要だという趣旨のことが語られていたのは,非常に説得的でした。もちろんそれをあまり言い過ぎると既得権益を守ることにつながりかねないのですが,そこは前川氏もしっかり説明しています。つまり獣医学部新設について,特区の趣旨に合致しているかどうかを示すのは,専門的知見のある農林水産省と厚生労働省のほうの責任なのに,それが示されないまま手続が進められたということです。前川氏は,そこに怒りと憤りを感じていたことがよくわかりました。「加計」が先に決まっているので,あとはどう辻褄を合わせるかという,というような行政ではダメだということです。これを行政プロセスの歪みと呼んでいるのでしょう。文科省は,3省庁の連携ができるよう萩生田副長官に調整を託したようですが,それも功を奏せず,あとは「敗戦処理」をするだけになったという生々しい証言もしていました。
 最後に,恒例の署名のところで,「個人の尊厳」と「国民主権」という言葉を書かれていました。これは公務員として働く場合の国民への姿勢ということではなく,公務員にも尊厳をもった個人としての面があり,また一主権者なのだという気持ちをもって働いてほしいという後輩国家公務員へのメッセージのようです。これはまさに前川氏が,政治権力によって,強い圧力を受け,また文科省全体が,「黒を白と言わされる」ような状況に置かれたなか,良心の自由は重要だ,自分たちも主権者なのだということを強調したかったのでしょう。そこには,国民の知る権利にこたえるために,内部告発した自分の行為を正当化したいという気持ちも表れているように思います。もとより,私は公務員がこういう気持ちをもって仕事をすることは望ましいと考えており,逆にいうと,こういうことをあえて座右の銘のようなものにしなければならないほど,国家公務員は,たとえ高級幹部のような存在であっても(逆にそうだからこそかもしれませんが),政治家との関係ではhumilatingな立場に置かれているということが残念です。
 一方で,前川氏は,自分たちの行政が,どのように一般の国民のためになっているのかということを,それほど強く訴えた感じはありませんでした。自分たちのprofessionへの誇りはよくわかりましたし,加計や森友の問題点もよくわかってきました。しかし,官邸との関係で,蛇ににらまれたカエルであると述べて,自分たちの無力ぶりを強調していたところには,違和感もありました。国民にとっては,蛇ににらまれたカエルも,蛇にすりよっているカエルも,同じカエルです。加計をめぐる行政内の問題は,首相とお友達ではない圧倒的多数の国民にとっては,同じ穴のむじな(カエル)たちのやりとりであったように思えたのは,私だけでしょうか。

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2017年6月21日 (水)

ビッグデータの海外流出?

 一昨日の日本経済新聞のオピニオンのなかで,「介護サービス大手のセントケア・ホールディングは3月,人工知能(AI)を活用してケアプランを提供する新会社を設立した」とあり,この新会社CDI社には,「セントケアのほか介護分野に力を入れだした日揮,介護施設を運営するツクイや社会福祉法人こうほうえん(鳥取県米子市),産業革新機構も出資している」と紹介されていました。成長産業に,日本の企業が取り組んでいくことはビジネス的の面でも,さらに日本の高齢者の受ける健康や介護に関するサービスの質の向上という面でも,とても大事なことです。
 ただ,一つだけ気になったのが,「『データをAIでふるいにかけ,ケアプランの有効性を高められないか』。そう思い立って,担当者は米西海岸の有力大学のAI研究所の門をたたいた。『おもしろい』。研究者は目を輝かせた」。「研究者は学内でベンチャー企業を立ち上げ,セントケアに分析結果を伝えると約束した」という部分です。研究者がとびついたのは,「要介護者の見守りなど現場へのAIの応用に取り組む米国の研究者にとって,3万件ものデータは深層学習を進めるうえで宝の山だから」です。
 CDIは,うまく契約したのでしょうが,日本の高齢者の貴重なデータが,アメリカのベンチャー企業の手に渡ってしまい,ビジネスで活用されそうな感じがしてしまったので,気になったのです。
 どんなに優秀な人工知能があっても,ビッグデータがなければ宝の持ち腐れとなります。ビッグデータこそ,多くの企業が喉から手が出るほど求めているものです。GoogleもAmazonもデータ集めに余念がありません。あっさり外国に提供するのは,ちょっともったいないのでは,と思ってしまいました。
 たぶん日本でこういう分析をしてくれるAI研究者が見つからなかったのでしょうね。そうだとすると,なぜこうしたベンチャー企業が日本の研究者によって立ち上がらなかったかということを,もっと真剣に考えなければなりません。
 個々人の健康データは,その管理がデリケートである(プライバーがとくに関係するセンシティブデータである)という点でも重要ですし,高齢社会においては大きなビジネスチャンスを生むという点でも重要です。政府が戦略的にかかわるべきことでしょう。
 健康データをめぐる権利関係についての議論はどこまで進んでいるのでしょうか。今後,医療現場でIoTが進むと,外国製の機器を使えば,日本人の患者のデータがそのまま簡単に海外流出してしまうことにもなるでしょう(すでに起きているのかもしれません)。そこに懸念すべきところはないのでしょうか。
 新聞記事には何もこの点が出ていなかったので,気になってしまいました。たぶん私が知らないだけで,きちんと対策はとられているものだと信じています。

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独禁法と労働組合(おわびと修正あり)

 先日,私がこのブログで,独禁法と労働組合の関係で,間違った条文を参照していました。申し訳ありませんでした。素人がうっかり手を出すと危ないということですね。独禁法の適用除外規定のうち23条5項は,「この法律の規定は,公正取引委員会の指定する商品であつて,その品質が一様であることを容易に識別することができるものを生産し,又は販売する事業者が,当該商品の販売の相手方たる事業者とその商品の再販売価格(その相手方たる事業者又はその相手方たる事業者の販売する当該商品を買い受けて販売する事業者がその商品を販売する価格をいう。以下同じ。)を決定し,これを維持するためにする正当な行為については,これを適用しない」という規定で,その販売の相手方たる事業者との関係で,消費者や勤労者の互助を目的とする消費生活協同組合や労働組合等の団体に対して販売する場合には適用除外の対象とならないという趣旨のものであり,独禁法そのものの適用除外とは無関係の規定でした。おわびし,訂正します。ブログのなかの該当部分は削除しました。

 中小企業協同組合に独禁法が適用されないのは,独禁法22条1項で適用除外される組合との関係で,中小企業等協同組合法7条の規定があるからです(労働金庫法にも同様の規定があります[9条])。中小事業主の結成した「労働組合」についても,こうした適用除外規定の趣旨に照らして,独禁法上どのような議論が可能かが重要となるのでしょう。この適用除外は,公正かつ自由な競争を促進するものだから認められるという説明がされているようであり,交渉力のない中小企業の保護というロジックは使われていません。ただ,この二つのロジックはコインの裏表のようなところもあり,実質的に内容が異ならないとすると,労働組合も,実は公正かつ自由な競争を促進する(そしてそれが労働者保護の機能もはたす)から独禁法の適用除外となるというロジックも原理的に立ちうるかもしれません。こうした議論が可能かどうか,引き続き勉強していきたいと思います(労働者が事業者ではないとすれば,そこでおしまいの話ではありますが,そこで思考を停止すると,前に書いたように労働者と自営的就労者の中間的な人の扱いをどうするかが難しくなり,強引に二分法を貫徹するという無理をしなければならなくなります)。

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2017年6月20日 (火)

インタビュー記事

   「人材ビジネス」という雑誌の370号の「著者に聞く 『AI時代の働き方と法ー2035年の労働法を考える』」に登場しました。フリーのライターからインタビューを受けたものです。拙著をよく読んでくださっていました。この雑誌の存在は知らなかったのですが,人材ビジネス関係者の方にも,ぜひ拙著を読んで,今後のビジネス戦略の参考にしてもらえればと思います。
 もう一つ,「RMS Message」という雑誌の第46号にも登場しました。こちらは,長時間労働に関するインタビューでした。拙著の『労働時間制度改革-ホワイトカラー・エグゼンプションはなぜ必要か』(中央経済社)を読んだ方がインタビュアーでした。
 この二つのインタビューは対照的でした。前者のほうは,私が東京出張のときに,ライターの人に宿泊ホテルの近くに来てもらい,喫茶店でのインタビューとなりました。この方が,インタビュー欄を請け負っていて,質問,写真,原稿とりまとめのすべてを担当していました。原稿はほとんど手に入れるところはなかったので助かりました。
 後者のほうは,神戸大学まで来られました。インタビューをセッティングした仲介(?)会社(出版社?),インタビューをした質問者,それをまとめるライター,カメラマンがすべて異なっている分業体制でした。残念ながら,こちらのほうの原稿は,私がかなり手を入れなければなりませんでした。 
   一般的にいって,法律の話の取材は,ライターが,法律家が語った内容をどこまで理解したうえでまとめてくれるかが,とりわけ重要です。何度も取材を受けたことはありますが,個人的には,ライターを使うなら,最初から私に依頼してくれたほうが,自分で原稿を書いてお渡しできて早いように思っています。それだと先方は私に原稿料を払わなければならないと考えて,躊躇されるのでしょうかね(取材だけなら,無償ですませることができますし,ライターへの支払はそれほど高くないのでしょう)。
   どこのマスコミの取材か忘れましたが,そのときは,事前に質問票をもらい,それに対して詳細なレジュメを用意して答えたため,それがほぼそのままインタビュー記事になっていました。そういうやり方であれば,事後に手直しする手間がはぶけるので,助かります(レジュメ作成のほうが,他人の書いた文章の直しより,はるかに楽です)。それに,話し言葉は,どうしても論理的ではないので(人によりますが),法律の厳密な議論をやるには向いていない気もします。論理的でない会話を,素人のライターが正確に文章にまとめるのは,よほどしっかり勉強していなければ無理ではないしょうかね。

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2017年6月11日 (日)

ジャーナリストに惑わされてはならない

 5月28日の日本労働法学会での菅野和夫先生のご講演についてのコメントの三つ目です。私の記憶違いでなければ,先生は,ご講演のなかで,リーマンショック後などの「派遣切り」などの報道が,派遣労働の事実を客観的に伝えていなかったのではないかという趣旨のことをおっしゃったと思います(ほんのさらりと触れただけだったのですが)。
 私も前バージョンのブログでも書いていたのですが,かつて朝日新聞やNHKなどの派遣労働に関する報道が,派遣のダーティな面ばかりを強調しており,技術者派遣など専門派遣では,派遣のもつマッチング機能が発揮されているのに,そういうことが十分に伝えられず,派遣イコール悪というイメージを世間に植え付けていたことに強い憤りを感じていました。
 菅野先生は,そういう具体的なことはおっしゃっていませんでしたが,エヴィデンスを強調される文脈で,(私の表現を使うと)一部の事実を誇張して全体の「印象操作」をすることを批判されたのだと思います。事実の「代表性」の問題といってもいいと思います。代表性のない事実に基づいて,政策論をやることは危険だということでしょう。 
  労働者派遣法を,政争の道具とし,趣旨不明のグチャグチャな法律にしてしまったことについては,2012年改正のときの民主党政権にも責任はあるし,2015年改正は自民党政権の下でなされたもので,自民党もきちんと落とし前をつける必要があると思っています。たとえば40条の6の直用強制についての弊害がどれだけ生じているのか,私は情報をもっていませんが,理論的には問題が多いものであることを政府はよく理解しておいてもらいたいです(拙稿「雇用強制についての法理論的検討-採用の自由の制約をめぐる考察-」『菅野和夫先生古稀記念論集 労働法学の展望』(2013年,有斐閣)93-114頁も参照)。 もちろん,労働者派遣イコール悪ということを,必死に理屈をこねて正当化し,世間を惑わしてきた労働法学者にも責任があります。
 現在,景気が良くなり,人手不足もあって,派遣労働者の労働条件も改善されているようです。だから,あまり議論されなくなっていますが,もともと景気の変動はあるのです。景気が良くないときの,しかも一部の労働者の事情のみに着目して,法制度をいじるのはやめにしてもらいたいものです。ところで,6月9日の日本経済新聞の報道で,労政審の部会(3分科会)が,「同一労働同一賃金」に関する報告書で,「派遣労働者の待遇を決める手法として,同じ仕事をする派遣先企業の社員の待遇と合わせるか,派遣会社が労使協定で決めた水準にするかの選択制が適当とした」とありました。報告者には派遣以外のことも書かれていたのですが,どうして派遣だけ書いたのでしょうかね。実は,現在の派遣先との均衡をめざす労働者派遣法30条の3以外に,派遣先との均衡を放棄して労使協定で決めていくというのでは,いっそう趣旨不明のものとなっています(理論的にはどう説明がつくのでしょうか)。どうして,こういうことになってしまうのでしょうか。いまや労政審は下請け機関ですから,問題の根幹は,より上位で決められた「同一労働同一賃金ガイドライン案」にあるのですが。後生ですから,派遣法に半端に手を入れないでください。

   それはさておき,マスコミは「病理現象」を好んでとりあげる傾向にあると思っています。ただ,その病理現象が,その現象の本質的なものなのかを見極める必要があります。その背景にある制度的,経済的なメカニズムに目を向けないまま,エピソード的な事実を垂れ流し,同情的なコメントをつけるというのでは,ジャーナリスト失格となります。ときにはそれが政策にも影響してしまうことがあるのが情けないのですが。
 菅野先生が講演で派遣のことについてふれられたのは,JILPTは,マスコミに惑わされず,事実を直視して政策立案をしていく宣言であるとすれば,それは素晴らしいことです。それは同時に,JILPTの「本社」ともいえる厚生労働省に,ポピュリズムに左右されがちな内閣府に対抗するために,自分たちがしっかりした政策研究をするから,君たちも頑張れという激励に思えたのですが,それこそ事実とは違う直感的な思い込みにすぎないでしょうか。

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2017年6月 5日 (月)

高田屋嘉兵衛

 高田屋嘉兵衛のことを,以前このブログで取り上げたことがありました。今朝の日本経済新聞で,高田屋嘉兵衛のことが紹介されていて驚きました。私の地元に近い淡路島出身の高田屋嘉兵衛は,私の手元にある山川出版の日本史の教科書には,ゴローウニン事件のあおりで,ロシアに抑留された商人ということが注で小さく出てくる存在にすぎないのですが,彼のことを教科書に書くとすれば,北前船での成功を通して広げていったネットワークでしょう。あの窮屈な江戸時代に,努力と独創性で必死にもがき,はばたき,そして成功をおさめた彼の人生は,浪漫にあふれたものであり,司馬遼太郎の『菜の花の沖』における思い入れたっぷりの描写には,心をゆさぶられるものがあります(ただ彼の私生活は,それほど幸福ではなかったような感じもうかがえますが)。
 この司馬遼太郎の本は,たんなる高田屋嘉兵衛の伝記ではなく,内容が豊富です。ブログで紹介しようにも,あまりにも書きたいことがありすぎて,書く機会を逸してしまいました。個人的には,嘉兵衛が受けた「いじめ」というものが,東アジア独特のものであるという司馬遼太郎の説明や,第5巻くらいだったと思いますが,当時のロシアの皇帝のことや地政学上の位置づけなどが詳しく書かれていて,ロシアから日本史をみるという視点を与えてくれたことなど,学ぶことが多かった本です(あまりよくわかりませんでしたが,船舶や航海の説明も詳しかったですね)。
 日経新聞の記事のタイトルは,「いでよ高田屋嘉兵衛 荒波越える開拓精神を」です。高田屋嘉兵衛のような人物は,そう簡単には出てこないでしょうが,この商人のもつスケールの大きさは,もっと知られていいでしょうね。そして,彼が日本の近代史に与えた大きな影響こそ,日本史の授業で教えてもらいたいです。そのなかから,一人でも彼のような人物が出てきてくれればと思います。『菜の花の沖』は,日本人にとって必読の本でしょう。  ★★★★(二度目ですね)

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2017年6月 3日 (土)

官僚をなめたらいけない

  おごれる平家は久しからず。先週の日本経済新聞のコラム「春秋」に,前川前文部事務次官のプライベートな記事が出たことについて,「まさか,平清盛が都に放ったという『かむろ』のごとき密偵が,東京の盛り場をうろついているわけでもあるまい」とありました。清盛を例に出したことから,暗に,安倍政権をおごれる平家になぞらえたことがうかがわれます。露骨な批判は避けていますが,それだけにこのコラムは強烈なインパクトがありました。
 官邸の前川つぶしは完全に失敗しました。折しも「共謀罪」が監視社会を生むという不安が高まっているなか,いくら官僚とはいえ,その私生活を暴き,官房長官がそれをネタに敵意むき出しで攻撃するというのはいけませんね。イメージ戦略をとろうとしたのでしょうが,そんなことで国民をごまかせると考えていることが,非常に不愉快ですね。
 案の定,前川さんの良い人エピソードが続出です。私は,信頼できる方から,前川さんはとても良い人だということを聞いています。どうも前川さんは嘘をつくような人ではなさそうです。「法廷」では,証人の信用性を失わせる証拠を提出するということはあるのですが,今回の全世界に公開されている「法廷」では,一方当事者である権力者が,白を黒にしようと強引な立証方法をとっているという印象を与えてしまい,しかも証人の信用性を高める証拠が次々出てきたのですから,みっともないことです。
 背景には,内閣府とその他の省庁との争いというのもあるのでしょう。岩盤規制が崩されていくことについては,良い面もあり,官庁がこれに抵抗することには問題もあります。しかし,このブログでも書いたように,規制改革推進のメニューのなかにはおかしなものもあります。やたらと迅速性を求め,乱暴で拙速な議論が進められていくなかに,実は首相のお友達案件まですべりこんでいる,となると,これは国民としては看過できません。
 文科省に対しては,大学教員としては複雑な気持ちがありますし,それほど応援したい気もしませんが,それと前川氏の問題は別です。正論をつらぬく前川氏が昨年6月に事務次官となったことが,官邸にとっては目障りな存在だったのでしょうか。今年はじめの天下り問題発覚・引責辞任が,あのタイミングで出てきたことも,実は前川潰しの一環であったのでは,と疑いたくもあります。
 官房長官は,真実はどうかはさておき,まずは個人攻撃をしたことの行き過ぎを謝罪すべきでしょう。そして,森友にしても,加計にしても,首相は,直接的な責任はなかったとしても,周りの「忖度」が行き過ぎたことの管理不行届きについては謝罪を検討すべきでしょう。そうでもしなければ,おさまりがつかないです。自民党一強を支えてきた支持率が急降下する可能性もあります。そして事実の解明は,国会の証人喚問でやるべきでしょう。自民党は反対しているようですが,これを認めないかぎり,自民党に分が悪くなることは避けられないでしょう。
 もう一つ,安倍首相推奨の読売新聞の週刊誌並みの品のない記事も困ったものです(いまはWEB上は削除されているようです)し,実はある関西ローカルのテレビ番組で,コメンテータとして出ていた産経新聞の人が,前川氏の問題は政治に関係ないのであまり国会で取り上げないでいいという趣旨の発言をしていたことも気になりました。別に政策面で安倍政権びいきでもいいですが,権力にすり寄っているような印象を与えるのは,マスコミとしては自殺行為でしょう。

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2017年6月 1日 (木)

エビデンスとイマジネーション

 先日の日本労働法学会での菅野和夫先生のご講演のなかで,JILPTの調査から,長期雇用はまだ維持されているが,年功賃金は崩れつつあるという実態が明らかにされつつあるという趣旨の話が出てきました。
 賃金と雇用の問題は密接不可分で,賃金での調整ができれば,雇用に手をつける必要性は小さくなります。賃金には下方硬直性があると言われますが,フレキシビリティの要素が高まるほど,解雇の必要性も小さくなります。これは理論的に導かれる帰結です。ところで,現実において年功賃金が崩れつつあるということは,労働者に対するインセンティブが,年功賃金という長期的な約束によるのではなく,短期的な成果に結びつけられやすくなっているということなのでしょう。そのことは解雇は減るものの,日本型雇用システムという観点からは,年功賃金と密接にかかわる長期雇用を揺るがすものとなることを意味しています。
 個人的には,長期雇用に対する幻想をもっている世代が会社のなかにはまだ残っていることと,若者もできれば長期雇用のほうが有り難いと考える安定志向派が多いことが心配です。データからは長期雇用の衰退がうかがえなくても,そのことがかえって私には危うく感じます。長期雇用慣行はいつか必ず崩れるでしょう。結果として長期雇用となる人はいるでしょうが,これをシステムとして維持する合理性は急速に低下するでしょう。政策の基礎となるデータは,現状分析から得る必要はあるのですが,将来のことを合理的に想像するという作業も同時に大切です。私の『AI時代の働き方と法-2035年の労働法を考える-』(弘文堂)は,そういう想像力を加味した未来予想図を基礎にした政策提言なのです。
 ちょうど1年前くらいに厚生労働省の有識者会議でプレゼンをしたとき,カール・ポパー(Karl Popper)の言葉を引用したことがありました。「未来予測的な研究は,学術的な手法では難しい」というものです。正確には,「There can be no prediction of the course of human history by scientific or any other rational method.」です。とりわけ,社会科学的手法にはなじまないでしょう。だから人文的手法も必要なのです。左脳だけでなく,右脳を使う研究が,これからいっそう重要となっていくのではないかと思います。

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2017年5月31日 (水)

Skype会議で金銭解決を論じる

 解雇の金銭解決について,東京大学の川口大司さんたちと進めている共同研究は,なかなか終結にまで至らないのですが,ずっと継続して頑張っています。昨日の新聞報道によると,厚生労働省の検討会の報告書では,金銭解決の導入は見送りになったようです。個人的には,いまは見送りでいいと思います。私たちの問題提起をみてからでいいと思います。いつ公表できるかというと,これは私たちの原稿のとりまとめと出版社の都合もあり何ともいえませんが,年内には刊行したいですね。この成果については,シンポジウムをやって広く公表すべきだと思っていますので,出版社には刊行記念シンポを開催してもらうよう働きかけたいと思っています。
 それはさておき,この本の担当編集者のOさんは,今日で元の職場から別の職場へと移籍します。華麗なる転身となるか,惨敗するかは,本人の力量次第ですが,目先の成功失敗は関係ありません。彼が転職力を十分につけて,より希望する職場に転職できる力(先方が採用したいと考えるだけの力)を見つけていたという事実が大切です。常日頃,自分のキャリアを切り拓くために転職力をつけろと学生たちにも常に呼びかけている私は,これを拙著『君の働き方に未来はあるか』(光文社新書)のメインテーマにしたくらいですが,あの本を読んだ人は,おそらくほとんどが転職力の重要性を感じたはずです。私は,Oさんのような働き方を,学生たちにも身近な例として紹介していければと思っています(まだ時期尚早ですが)。
 それで元の話に戻ると,Oさんの元の職場での最後の日,解雇の金銭解決に関する本の打ち合わせをしました。Skype会議でした。Oさん,川口先生,私の3人での打ち合わせは,実際に会議室で集まるのと,まったく変わりがありませんでした。私は自宅の机の上にノートパソコン2台を並べて,1台には今回の本に関する資料や原稿を出し,もう一台はSkypeの画面を出して,手前においたスマホは緊急の連絡用,もう一つiPad はネットで調べたいことが出てきたときに使うといった感じで,それほどスペースのないわが部屋でも(机は多少大きめです),十分に濃密でレベルの高い議論ができる環境が整いました。ファイルはdropbox で共有しているので,その場の修正があったファイルもすぐに確認できます。
 おそらくテレワークをやっている企業は,こうした形で打ち合わせをしているのでしょう。研究者も,こうした方法をとれば,世界中の人と自宅や研究室にいながらプロジェクトの打ち合わせができるはずです。
 私の仕事との関係では,やはりファイルの共有が重要です。dropboxでも,google drive でもいいのですが,この共有さえできれば,私のやる程度の仕事であれば,Skypeで十分で,出張の必要はなくなります。ちなみに,今年の判例六法(有斐閣)の編集会議も,Skypeでやらせてもらうことになりました。ここ2年間は有斐閣の京都のオフィスのほうへ「出張」してのテレビ会議だったのですが,京都までは結構遠くて,東京出張をしないメリットがあまりありませんでした。今回は自宅か大学の研究室からの参加なのでずいぶんと楽になりそうです(その分,しっかり仕事をしなければならないと考えているところが,まだ日本人的ですね)。
 仕事の性質にもよるのでしょうが,テレワークはこれを始めると止められないかもしれませんよ。

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2017年5月30日 (火)

藤井四段19連勝もすごいですが……

 先週のことになりますが,藤井聡太四段の連勝記録は19に伸びました。前の対局では,それほど切れ味がなかったので,そろそろ負けるかなと思っていたのですが,相居飛車となると強いですね。若手ですが実績のある近藤誠也五段に対して圧勝でした。どこも危ないところがなく,これで竜王戦挑戦トーナメントに進出を決め,棋界最高峰の竜王挑戦への道が広がりました。いきなりトーナメントを勝ち抜くとは思いませんが,棋界ではすでにどよめきが起きつつあるでしょう。
 そんななか,佐藤天彦名人が,ソフトに負けたという話もありました。大きなニュースではありますが,もはや誰も驚かないニュースでもありました。名人は序盤から必死にがんばりましたが,途中からはソフトの圧勝でした。名人が機械に頭を下げる姿には辛いものがります。これで2連敗で,もうソフト(開発者)は人間と戦うことに情熱を燃やすことはないでしょう。あとは余興的に,羽生対ソフト,藤井対ソフトの対局があるくらいではないでしょうか。
 おりしも囲碁でも再びソフトが人間より強いことが証明されたというニュースが飛び込んできました。負けた人間が涙したということでしたが,もう仕方がないのです。こういうソフトを作ったのも人間なので。素人が機械を使って,プロに勝ったと思えばいいのです。人間の敗北でありません。
 ただ,これをしょせんゲームの世界の話だろうと侮ってはいけません。囲碁ソフトは,AIどうしの対戦で強くなっていきました。昨日の日経新聞の電子版には,「2つのAI,技競う 深層学習の次『敵対的生成』」という記事が出ていましたが,これはたんにゲームだけの話ではなく,新たなAIの可能性を示すものなのです。「敵対的生成ネットワーク(GAN:Generative Adversarial Network)」と言うそうです。なにか弁証法による止揚という感じもしますが,機械が向かい合って対抗しながら,新たなものを自生的に作り出すというのは,とてもすごいことで,かつおそろしいことです。実際,アルファ碁は,ソフトどうしで対局をした結果,飛躍的に強くなりました。多くの人間がとりくんで,そのなかの天才が,何十年かに1度発見するような戦術を,短時間で見つけ出すことが可能になったようなものです。
 知的労働に従事していると思っているあなた。たいへんな時代に,あなたも私も生きているのです。

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