日記・コラム・つぶやき

2018年2月10日 (土)

週刊ニュース深読みに出演しました

 NHK生放送の「週刊ニュース深読み」に出演しました(https://www.nhk.or.jp/fukayomi/maru/2018/180210.html)。ときどき見たことがある番組ですが,詳しくは覚えていなかったので,少し不安でしたが,とりあえず無事に終わったと思います。
 だいたいの進行の打ち合わせはあったのですが,本番はほぼぶっつけという感じで,あっという間に終わってしまいました。昨年12月にBS11の番組に出演してきたときは,コマーシャルがあったのですが,NHKはコマーシャルがないので,休む間もなかったです。事前に生放送は,話したいことは先に話したほうがよいし,出演者間のバトルだよと言われていたので,日頃のように,できるだけ出しゃばって話すようにしたつもりです。
 ただ実際には,言うべきことや言いたいことの3分の1も話せなかったのですが,やはり時間が短すぎましたね。
 事前に法律の難しい話は避けてほしいということで(今回はNHKの解説委員の竹田忠さんが法律系の話は結果として担当してくださいました),それならなぜ法律屋の私がいるのかということにもなるのですが,実は私自身,法律の細かい話はしろと言われたらしますが,それにそれほど大きな情熱があるわけでもないので,ある程度,おおざっぱなことだけれど,本質を突くというような話ができればと思って臨みました。成功したかどうかわかりませんが,個人的には,貴重な経験となりました。
 50歳を過ぎてもいろいろ新しい経験をさせてもらうというのは,有りがたいことです。調子に乗って言わせてもらうと,時間がたっぷりあるBSフジのプライムニュースでホワイトカラーエグゼンプションのことをじっくり語らせてもらいたいと思っているのですが,いつかオファーは来ませんかね。

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2018年2月 8日 (木)

経営労働政策特別委員会報告

 経団連がその年の春季労使交渉(春闘)に臨む方針を定める「経営労働政策特別委員会報告」では,私もアドバイザーの一人に名前が挙がっているので,私の意見が少しは反映されていると誤解している方もおられるようなので,はっきり言っておきますが,そういうことはありません。その年の方針は経団連ですでに決めてしまっているので,それについて意見は言いますが,おそらく参考にされるとしても,次年度以降ということになるのでしょう。
 報告書の原案段階で一応みせてもらうのですが,私の労働政策の考え方と違うところもたくさんあります。もちろん私の個人の政策は,経団連のそれとは違うので,自分の意見を特に強く主張するのではなく,私が出す意見は,標準的な労働法の研究者なら気になるような点について指摘するにとどめることが多いです。もっとも,どうしても言いたいところは意見をいいますが,今年の報告書でいうと副業に関する部分です。ここは私の考え方とかなり異なっています。懐疑的な意見は述べましたが,それが反映されることがもしあるとしても,次年度でしょうね。ただ数年前には意見を述べても一顧だにされなかったAIなどの先端技術の話は,きちんと入っていますね。全体的には,政府の意向をなぞっているだけという感じがあり,やや物足りないところがあります。もう少し経団連の攻めの姿勢があってもよいのではという気がしました。みなさんは,どうお感じでしょうか。
 なお副業については,NHKの週刊ニュース深読みという番組で2月10日に取り上げられます。そこに私も出演します(http://www.nhk.or.jp/fukayomi/)。昨年12月のBS11に続いての生放送の出演となります。うまく喋れるでしょうか。

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2018年2月 4日 (日)

比較法シンポジウム

 土曜日,無事に比較法シンポジウムが終わりました。イタリアからは,Maurizio Del Conte教授が3泊4日の強行日程で日本に来てくれました。彼は,昨年制定されたイタリアの自営業者法(Statuto del lavoro autonomo[独立労働憲章])の生みの親であり,立法者の声を直接聞けた点でも貴重でした。また,韓国からは李ジョン先生が,韓国の議論状況をきわめて手際よく紹介してくだいました。李先生は東大の大学院生時代からの仲間で友人であり,長い付き合いです。今回,はじめて神戸大学に招待することができて良かったです(この4月からは1年間,東大に客員で来られるそうです)。また,韓国からオブザーバーが5人も来られ,たくさん質問をして,議論を盛り上げてくれました(韓国では,私の書いたものの翻訳がかなり読まれているということを聞いて,少し驚きました)。台湾からは,李玉春先生が,多忙な中,駆けつけてくださいました。台湾は,自営業者の問題はそれほど議論されていないようですが,これはどうも労働者概念のほうの議論がまだ流動的なことと関係しているようでした。
 また,このシンポジウムには,Del Conteの教え子で,現在,フランクフルト大学でバイス教授の下で研究員をしているElena Gramanoさんが自費参加してくれたのですが,彼女が大活躍でした。Uber化現象と労働者概念などについて,EU法の研究をしているので,この問題のエキスパートとして,シンポジウムの議論に大きく貢献してくれました。若きスター誕生という感じです。英語も堪能なので,今後,国際舞台での活躍が期待されます。その第1歩が神戸だったとなると,それは素晴らしいことです。
 今回のシンポジウムでは,参加者全員の英語のペーパーが出ていますし,日,台湾,韓国からは日本語のペーパーも出ているので,どこかで公表することを考えたいと思っています。
 懇親会では,ゲストに神戸を楽しんでもらおうと思って,神戸ワインを用意して出したのですが,あまり人気がなく残念でした(せっかく個人で買って,持ち込んだのですが……)。とくにイタリア人の評判が悪かったです。仕方ないですね。日本酒も福寿を買ってきて出しましたが,これもイタリア人にはあまり評判が良くなかったです。個人の好みの問題だけだったのかもしれませんが。

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2018年2月 3日 (土)

屋外ならよいというものでもない。

 受動喫煙の話はすでに何度も書いてきたところですが,もう政府の動きには諦めを感じています。他人に受動喫煙させることを正当化するために必死の論者の顔をみていると情けなくなります。
 個人的には,もうラディカルなことはしようとしても時間がかかるだけなので,喫煙可能の店は,店の外の目につくところに喫煙可というマークをかかげることを義務づけるというだけでよいと思っています。そのなかでは自由に喫煙させてよいでしょう。ただ,飲食店も勇気をもって禁煙にすると客が増えると思いますよ。目の前にいる客の減少と,潜在的に存在している客を比較することは,小規模な飲食店経営者には難しいのかもしれません。とくに現時点の経営で満足しているところでは,いまいる客をキープすればいいということかもしれません。
 ただ,ここ数年で新たに喫煙不可とした飲食店は,私の住んでいるところの近くでも数軒あって,そこでは客は減っていないそうです。屋外での喫煙は可としておくと,吸いたい人は外に行って吸うだけなのです。その店が好きな人は,煙草を吸いにだけ来ているという例外的な人を除き,禁煙にしても引き続き来てくれるのです。
 あとは経営者の判断です。煙草を吸わない人のほうがすでにかなり多いと言われているなか,冷静に考えると禁煙店のメリットは多いと思うので,どこかで一挙にドミノ倒しのように禁煙店が増えるような気がします。法律よりも,その時期の到来を待つほうが,期待大といえそうです。
 むしろ問題は路上喫煙です。屋内禁煙にすると屋外での喫煙が増えます。外国でもそうです。屋外はモラルの問題かもしれませんが,条例で規制しているところもあるので,そういうところは規制を徹底してもらいたいですね。モラル的にも,風上で煙草を吸う人は,自分の吐き出す煙がどこまで他人に迷惑をかけるか考えてほしいです。
 実は神戸大学も,キャンパス内に,屋外での喫煙場所が設けられていますが,これが問題なのです。大学は山手で風がよく通るので,一人が煙草を吸うだけで,風に乗って,かなり拡散するのです。煙草の風に襲われるという感じで,これはひどいものです。大学のグローバル化を言うなら,まずは施設面で,キャンパス内の完全禁煙を即刻実現すべきでしょうね。
 いずれにせよ屋外であっても,風上に喫煙場所を設けていたら,受動喫煙の被害はなくならないことは,広く知ってもらいたいものです。

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2018年2月 2日 (金)

リーガルテック

 ある役所の地方の局から届く源泉徴収票は,なぜか簡易書留です。受け取りが大変なので,やめてもらいたいものです。源泉徴収票は,毎年,かなりの数が送られてきますが,簡易書留で送ってくるのは,この役所だけです。収入が書かれている文書だから慎重に取り扱っているということかもしれませんが,大した額ではないし(3万円くらいです),税金の無駄使いでもあります。普通郵便で十分です。ほんとうは紙ではなく,電子メールで送ってもらったほうが助かります。紙は保管が大変です。せっかく電子納税ができるようになっているのだから,源泉徴収票もデジタルデータで送ることを義務づけるようにルールを変えて,ここでもペーパーレスをお願いしたいものです(マイナンバーカードのコピーを書留で送れというのも困りものです。郵便局に行く時間がない人はどうすればよいのでしょうか。私は無視して普通にポストに投函しています。ひどいところでは,コピーを所定の紙に切り貼りせよということまで言ってくるところもありますが,これももちろん無視です)。
 裁判所のIT化の検討をしているということは,私たちの業界では知られていましたが,その検討のスピードが遅すぎるような気がします。今朝の日本経済新聞でも紹介されていましたが,あまり進展がみられません。ペーパーレス化は年内にも実施するというくらいのスピードでやってもらいたいものです。労働委員会となると,ペーパーレスは検討の俎上にも載っていないようです。中労委は,研修などを企画するなら,第1にやるのはペーパーレス化についての研修をすべきでしょう。
 源泉徴収票と同じで,裁判は文書でやると思い込んでいる人が多いのが問題です。むしろデータというのは,裁判であろうが,基本的にはすべてデジタルとすべきで,そのうえで,紙でやる必要性があえてあるかどうかを検討するというように,「立証責任」を転換していくべきでしょう。
 デジタル化は,リーガルテックという点では,入口の入口であり,もっとテクノロジーを使ってやれること,やるべきことが数多くあります。最高裁も中労委も,あるいはその他の関連役所も,非効率な業務を削ぎ落とし,国民に必要な司法や行政のサービスをいかにして安く確実に提供できるかというテーマに取り組んでいってもらいたいです。
 もちろん,「リーガルテックの活用のための有識者会議」なるものを立ち上げて,その資料を紙で作って配布するなんて笑い話が起こらないようにしてもらいたいものですが(役人は,こういうことを平気でするのです)。

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2018年2月 1日 (木)

復帰

 インフルエンザ休みから明けて,今日から職場復帰です。今日は,インフルエンザ休講の補講(フランス語の文献購読),LSの定期試験の実施,週末のシンポジウムの打ち合わせ(シンポの内容ではなく,ロジ関係です。職員の人にも助けてもらっていますし,当日は学生にも手伝ってもらいますが,それでも,会場の手配,懇親会のメニューの相談・お酒の選定,コーヒー用のポットの確保,招待者への旅費等の支払いのための小銭の用意など細々とした雑用がたくさんあり,それは私が全部やらなければならないことなのです)など,一気に済ませたので,疲れてしまいました。A型が治ったからといって,B型にかからないことはないそうなので,できるだけ疲れないように用心をします。
 インフルエンザを経験して,つくづく自分はダメだなと思ったのは,先週木曜に病院に行ったとき,なんとマスクをし忘れていって,受付の女性の,汚いものを見るかのような視線を浴びてしまったことです。咳エチケットというものが身についていないのが,私のダメなところです(今日はあえてマスクはしていませんでしたが,心配そうな顔をされる前に,先手を打って,もう1週間は休んだから,皆さんにはうつりませんと宣言していました。それでも,いつ発熱したのですか,と日数確認をしてくる人もいましたが)。
 病院の受付の女性は,私にマスクを渡し,体温計を渡し,向こうのソファのところで熱を測れと指示をしたのですが,私はその指示がよくわからず,近くのソファに座って熱を測っていると,周りの人から冷たい視線を浴びてしまいました。なんだイヤな奴らだと思っていると,どうも受付の人は,ソファの奥に扉があり,その先にもソファがあったので,そっちに行けという指示だったようです。そこで私は,自分が伝染病の疑いのある患者のくせに,マスクもせずに無防備に普通の席に座っているとんでもないヤツという視線を浴びていることに気づいたのです。普通の患者から隔離されたところに行けという指示だったのです。それに気づき移動したら,そこは寒い廊下のソファで,なんとも屈辱的な経験でした。その後,看護婦さんが可愛そうに思ったのか,暖かいところに移動させてくれたので良かったのですが。
 実は私はその時点では熱は下がっており,自分はインフルではないが,念のための検査に来たという意識だったのが,まずかったのでしょう。周りはそうは見ていませんでした。私が受け付けでインフルかどうかの検査に来たと言ったとき,それはおそらく待合の全員に聞こえていたはずなので,もうみんな私をインフルと決めつけられていたのでしょう。
 そして実際にインフルにかかっていたのですが……。

 皆さんにはどうでもいいことですが,個人的には,あんまり他人からああいう視線を浴びたことがなかったので,良い経験になりました。

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2018年1月27日 (土)

隠れインフルエンザに気をつけよ

  インフルエンザはなかなか手強いです。熱はもともと高くなくて,水曜に37度くらいでおかしいなと思い,いったん平熱に戻ったあと,午後から夜にかけて37度5分くらいになり,翌木曜の午前中に38度を超える高熱になったのですが,その後は比較的低い状態で,病院に行ったときには36度4分に下がっていました。ということで,ほとんど熱のつらさはなかったので,金曜に特に仕事が入っておらず自宅で静養することができていれば,あえて病院に行く必要もなく,ただの風邪くらいと自己診断していた可能性もあります。金曜に出かける用事があったために念のためと思って病院を行ったおかげでインフルエンザであることがわかったのです。隠れインフルは危険ですね。自分で熱が出ていなくても,保菌はしており,他人に感染させるおそれがあるので。できれば簡単に自宅で検査できるようなキットが開発されればいいです。うっかり他人に感染させるなんてイヤですからね。
 ということで,いまは熱はないのですが,どうも頭が重いし,身体がしんどいという状況は続いています。寝ていることも多くて腰も痛いです。パソコンに向かっても,すぐに疲れてしまうので,これは身体を休ませろという指令が来ているのでしょうね(といいながらも,このブログを書いていますが)。
 今日は労働新聞の連載締切やゲラチェックもあるし,来週末のシンポジウムの準備もあるので,少しだけパソコンで仕事をしましたが,あとはテレビをダラダラみていました。そこで相撲の話です。栃ノ心の優勝には感動しました。今場所は,ときどきチェックしていましたが,気合いの入り方がすごくて,鬼気迫るものがありました。右上手をとったら万全で,腰もよく下りていて,安定していましたね。礼儀正しく,モンゴル勢の横綱の行儀の悪さに辟易していた私にとっては,こういうしつけがしっかりされている外国人力士をみると,とても好感をもてます(いま元弟子の暴行事件でピンチにある師匠の春日野親方への,強力な援軍になったのではないでしょうか)。鶴竜は終盤に4連敗です。横綱なのに,ぶっとばされてばかりで,中盤までの10連勝が嘘のようです。一方,高安の充実ぶりをみると,前半の3敗がもったいなかったです。明日勝って12勝で準優勝できれば,綱への足がかりになるかもしれません。それと今日,初めて見たのですが,新入幕で10勝をあげた竜電という力士がよかったですね。

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2018年1月25日 (木)

インフルエンザにかかった

 15年ぶりでしょうか。インフルエンザ(A型)にかかってしまいました。いったい,誰からうつされたのでしょうかね。昨日朝から,熱は少しがあり,咳も軽いけれど断続的にあり,身体がだるいという症状も出ていて,でも予防注射を打っていたせいでしょうか(かつてインフルエンザにかかったとき以降,毎年,きちんと打っていました),重篤化せずにすんだのでしょう。インフルエンザの典型的な症状が出ていないので,ただの風邪かなと思っていましたが,最近は隠れインフルエンザというのもあり,他人に感染させる可能性があるということも聞いていたし,今朝は熱がぐっと上がったので,念のために,病院に行くと,感染が確認されました。イナビルをその場で処方されて,治療はそれで終わりだそうです。もともと,それほどしんどくはなかったのですが,人前には出てはいけませんので安静です。授業のほうはもうほとんどない時期なので,大丈夫なのですが,労働委員会の仕事に迷惑をかけることになってしまいました。たいへん申し訳なく思っています。こういうとき,身体は元気なので,Skypeでなら十分に参加できるのですがね(明日の別の役所の会議は,もともとSkype参加だったので,参加する予定です)。

 日頃から,インフルエンザにかかる大人なんて自己管理ができていないと悪口を言ったりしていたから,バチがあったのでしょう。
 例年,1月は体調を悪くすることが多く,今年は先週あたりから少し咳が出ていたのですが,来週末のシンポジウムの準備などで疲労がたまっていたのかもしれません。昨日の教授会は念のために休んでおいてよかったです。おそらく他人にはほとんど感染させていないというのが不幸中の幸いでしょうか。
 少し静養して,来週末のシンポジウムに備えることにします。
 

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2018年1月20日 (土)

トランプの1年と中国リスク

 欧米のかかげる価値観が独善的なものであり,決して普遍性があるものではないというのは,欧米自身の歴史が示していますし,ましてや文化や伝統が違う非欧米国においては,軍事力の脅威や経済的な支援などと引き換えに,面従腹背とまでは言わないものの,やむを得ずその価値観に従ってきたともいえます。
 とくに英米の戦略は巧みで,アジアの指導者が欧米的な価値観をもつ者になるように直接,間接に誘導してきたようにもみえます(代表的な例は,ミャンマーのアウンサンスーチーでしょう)。国民は知らぬ間に洗脳されてしまっているのです。日本もそうでしょう。
 この欧米的価値観のいかがわしさを露呈させたのが,トランプ政権の1年だったのかもしれません。民主主義で選ばれたトランプは,自分を支持した層だけの利益を考えるというわかりやすい行動をとってきました。アメリカの労働法における特徴的な制度に,労働組合の排他的代表制があります。これは,民主的に選ばれた労働組合は独占的な交渉権をもつ反面,公正代表義務を負い,マイノリティの利益に配慮しなければならないというものであり,アメリカ的な巧い制度だともいえたのですが,トランプ大統領には政治の場において,このような公正代表義務的な発想で行動するつもりはないようです。
 もっとも,ある集団のなかで極端に利害が異なるサブ集団がいるなかで,民主的に代表者を決めてしまうと,トランプのような者が出てくる可能性は否定できないでしょう。トランプのように集団の内部を分断をすることによって,自分の支持者の支持をより確かなものとするというのは,民主主義の運用のなかの悪しき例として記録に残されることとなるでしょう。
 トランプ政権をみてわかるように,公正代表義務のない民主制は(相対的)多数者による独裁制と似てきます。同じ独裁制ならば,分断よりも統合を志向する共産党のほうがよいという考えもありえます。リーダーとして,習近平とトランプのどちらを信用できるか。どっちもどっちですが,こういう問いかけ自体,トランプ大統領の前なら考えにくいことだったでしょう。
 非欧米国からみても,最初から民主主義や人権といった欧米的な価値観をもたず,わかりやすく国益を追求し,他国にも自国の価値観を押しつけずに,経済援助を行い,(表面上は)ウイン・ウインを模索する中国のほうが,同じ自国ファーストの国を相手にするなら,アメリカよりもマシと考える国がいてもおかしくありません。
 昨日の日本経済新聞に掲載されていた,米ユーラシア・グループ社長のイアン・ブレマー氏の「勢い増す中国,最大のリスクに」というコラムに,「中国は世界戦略を持つ唯一といえる国だ」と書かれていました。たしかに中国は,高らかに「一帯一路」をかかげ,自国主義に縮こまるアメリカの抜けた空白を着実に埋めて,経済的な支配を進めつつあります。  同コラムでは,「中国の魅力はイデオロギーではない。中国の輸出する政治的な価値観は,他国への不干渉という原則だ。経済援助と引き換えに政治・経済改革を要求する欧米に慣れている他国の政府にとっては,魅力的だ。欧州の首脳が多くの問題を抱え,トランプ氏が『米国第一』主義の外交政策を掲げる中,欧米的な価値観に基づかない中国の経済や外交へのアプローチに対抗するものは何もない。」とあります。
 トランプ大統領の誕生は,中国にとって千載一遇のチャンスです。中国は,欧米以外のほとんどの国にとって,価値観や理念が正面からバッティングせず,経済的実利だけで付き合いができる国なのです。これは中国の主催するゲームに参加しやすいということです。これまではアメリカがゲームを主催し,そのルールも自分で作り,自分が有利になるようにゲームを支配してきました。アメリカが主催者から脱退したあと,今度は中国が多数が参加できるゲームを主催し,自分でルールを作り,自国に有利に世界を支配していくことになるかもしれません。 上記の  コラムは,次のように続けます。
 「世界は18年,中国に注目し,中国と欧米のモデルを比較するだろう。欧米にとって,中国のシステムはほとんど魅力がない。ほかの地域の大多数の国に対しては,中国のモデルはもっともらしい,欧米に代わる選択肢を提供する。習氏が選択肢を進んで提供する準備ができていることが,18年の世界最大の地政学リスクだ」。
 欧米にとってのこのリスクは,日本にとって,どうなのでしょうか。北朝鮮が最大の地政学リスクですが,実は,北朝鮮は北朝鮮なりに世界的な視野で生き残り戦略を図っています。日本は,東京オリンピック前の高揚感もあり,経済的には好調ですが,もっと先を見据えた世界戦略をしっかり立てておかなければ,北朝鮮や中国などに太刀打ちできなくなるかもしれません。気がつけば,外国人にも飽きられて観光客は来なくなり,経済はデジタライゼーションに乗り遅れて二流に,人材も優秀な人は海外に行き,国内にいるのは,三流の人材とかつての日本は良かったと回顧するだけの老人だけ,となっているかもしれません。でも日本には美しい自然と穏やかな国民がいるから,それでよいではないかと思うべきでしょうか。杜甫が「国破れて山河あり」と歌ったのは,どういう心境だったのでしょう?これも中国人に教えてもらう必要がありましょうか。

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2018年1月14日 (日)

脱産業革命

 1月13日の日本経済新聞夕刊の「あすへの話題」における玉村豊男氏のエッセイは良かったです。ICTの発達で,「暮らしながら働き,仕事をしながら日常を楽しみ,土地に根づいた生活の中から発想する,産業革命以前のライフスタイル」ができる時代が来たとしたうえで,「せっかくそんな豊かな生活ができる条件がととのったというのに,どうして多くの日本人は,いまだに高度成長期からバブル期にかけての企業社会が築いた特殊な価値観に縛られて,不自由な人生を送ろうとするのだろう。まだ,そうした時代の変化に,気づいてさえいない人が多いようだ」と書かれていました。まさに同感です。  生活の中心に仕事を据えて,自分の貴重な時間の「主権」を企業に奪われてしまっている,そんな生き方に別れを告げなければなりません。
 私も,AI時代などという言葉こそ使っていますが,実は雇用や労働の面で,一番大きなインパクトのある技術は,情報通信技術です。AIももちろん情報技術(IT)の一つですが,通信(C:communication)の要素をもっと強調したいところです(だからICTなのです)。
 自分の生まれ育ったところなど,暮らしやすいところを選び,そこに腰を押しつけて,自分のペースで働くということが,ICTの発達で,徐々に誰でも可能となりつつあるのです。私たちは,産業革命後の異常な200年余りの工業社会に別れを告げて,ようやく人類の長い歴史からみると普通といえるような生活に戻ることができるのではないでしょうか。私たち労働法研究者は,こうした時代の動きをしっかりと見据えて,自分で自分の力をコントロールして自立的な働き方をできるように,いかにしてサポートするかを考えていくのか大切な仕事です。
 工業社会や企業社会の弊害に対処することだけを考えているような労働法は,あっという間に時代遅れになるでしょう。これからの労働法に求めら得るのは,「脱産業革命」なのです。もちろん,それは単純に産業革命時の市民法に戻れということではないのは,言うまでもありません。

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