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2018年6月 2日 (土)

イタリアの混乱と大統領の存在感

 長澤運輸事件とハマキョウレックス事件の最高裁判決が出て,これから少し労働法業界は騒がしくなるかもしれません。両判決とも,労働契約法20条に私法上の効力を認めるべきではないという私の立場からは,そもそも理論的に受け入れられない面がありますが,それはさておき最高裁の判断がこういうものになるだろうということは十分に予想されたものであり,むしろ長澤運輸事件の高裁判決の判断がほぼ維持されたことは,実務的な混乱を回避できたことで,まずまずの結果だったのかもしれません。詳しくは別の機会に書きますので,ここではこの程度にとどめておきます。

  イタリアの首相選びが混乱していることをブログで書こうと思っていたら,破棄され,また戻るといった大混乱で,書くタイミングを失っていました。個人的には,大学教授が首相になると言われていたので,友人のDel Conteがなってくれたら,「友達にイタリアの首相がいて家に来たこともあるぞ」と周りに自慢できるのではないかとミーハーなことを思ったりもしていたのですが,新首相はちょっとだけ苗字が違っていて Conte 氏でした。彼はフィレンツェ大学のcivilista(民法学者)で,M5S(五つ星運動)の法律関係のブレーンだっだようです。先の選挙で勝ったM5SとLega(同盟)が連立協定を結び,Conteを首相に選びました。当初の組閣名簿は,Sergio Mattarella大統領から,経済・財務大臣の候補としていたPaolo Savona(なんと81歳のエコノミスト)がイタリアをユーロから離脱させる政策を進める懸念がありイタリアにとって望ましくないということから難色を示され,Conteは組閣をやめることになりました。そこでMattarella大統領は,IMFの高官の経験もあるエコノミストCarlo Cottarelli氏に実務家政権の組閣を命じたものの,最終的に必要となる国会の承認が得られる見通しはなく,再度の選挙が必要となるなど,混乱が続くことが必至の状況となりました。ここにいたりイタリアの国債は暴落し,ユーロ高が進み,その反動でドルと円は上がって,ニューヨークダウも日経平均も大きく下がるということで世界中に大混乱を引き起こしました。最近は有事の円ということでもなく,アメリカが混乱しても円高になびくことは少なくなっていたのですが,まさかイタリアの政局混乱が円高懸念を引き起こし,輸出産業主体の日本株の下落を引き起こすとは驚きです。イタリアの経済規模の大きさとグローバルな経済の結びつきを再確認できました。
 結局,Mattarella大統領は,国会で承認される可能性が高い(それは,直近の選挙で示された民意に忠実ということでもあります)M5SとLegaが支持するConteに首相指名をし直し,Conteも,経済・財務大臣を,Giovanni Triaという経済学者にし,Savonaは欧州担当大臣(Ministro per gli Affari Europei)に起用し直しました。Savonaの起用は,この連立政権が反EUである以上仕方ないことであり,大統領は経済・財務大臣につけるよりは,まだ欧州担当大臣のほうがマシだと考えたのでしょう。
 労働大臣は誰だろうとみてみると,なんとM5Sのリーダーで副首相にもなっているDe Maioが,そのポストについています(経済成長・労働・社会政策大臣)。Legaの党首であるMatteo Salviniは,副首相兼内務大臣です。これで大丈夫かと不安になる布陣です。
 Conte新首相は,海外経験豊富とされていますが,留学歴があやしいと早速マスコミにたたかれているようです。ただ研究者としての実績は十分で,さらに学外の公職の経験もきわめて豊富です。もっとも性格は物静かということで,すでにDe MaioとSalviniの操り人形という噂も出ています。EU内でMerkelやMacronと対峙してうまくやっていけるのかと不安をもつ国民も多いようですが,そもそも両党とも反EUですので,うまくやっていけなくもてかまわないということかもしれません。
 まあお手並み拝見というところですが,そんな悠長なことを言っている余裕はないかもしれません。サッカーのワールドカップに出場できなかったイタリア人の関心は,いっそう政治に向かうかもしれません。
 とはいえ,今朝の日経新聞の大機小機であったように,イタリアのことよりも日本こそ危機であるという自覚が必要かもしれません。日本はイタリアよりも財政状況が悪いにもかかわらず,イタリアの大統領のような,国の未来を考えて危機感をもって警鐘を鳴らす存在がいないのです。もちろん大統領が,選挙で選ばれた上位2党の連立政権の推す首相候補をリジェクトするのは,民主主義という観点からは問題があったのでしょうが,いわば高次の観点からイタリアの行く末を考えて,せめて経済・財務大臣は変えろという指示をし,それを受け入れさせたところに,イタリア的な民主主義の奥深さをみたような気がします。

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