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2018年5月 4日 (金)

みどりの日に考える

 日本人は,祝日がたくさんあって休めるから,年次有給休暇(年休)の消化が進まない,という珍説を聞いたことがあります。日本の祝日は多いものの,年休を不要とするほど多いわけではありません。あえていうなら,むしろ日本の祝日と,労働法上の休日は連動していないところに問題があるといえそうです。それに加えて,趣旨の不明確な祝日が多いのも問題ではないかということをかつて指摘したことがあります(拙著『勤勉は美徳か?-幸福に働き,生きるヒント』(光文社新書)の第6章「休まない労働者に幸福はない-日本人とバカンス-」を参照)。今日5月4日「みどりの日」は,新設された「山の日」と並んで意味不明の祝日です。
 ちょっと過激なことをいうと,どうせ祝日を増やすのなら,原爆投下の屈辱を忘れないという意味で,広島に最初に原爆が投下された日(8月6日)を「国民の休日」にするということにしてはどうかと思っています。戦勝した国や国家が侵略から解放された国では,そういう日を祝日とするのでしょうが,原爆投下は「祝」ではないので,「国民の休日」にしたらどうかと思うのです。同様のことは,ソ連が日ソ中立条約を勝手に破棄して,原爆投下以上の死者を結果として日本にもたらすことになった日(8月8日)にもいえます。もちろん原爆は長崎にも投下されているので8月9日も加えることができます。そうなると,8月6日~9日を連続させて「国民の休日」にしてもいいです(11日は平日に降格させましょう)。そして,これらの日に,ゆっくりと自分たちの国の歴史(とくに昭和史)を振り返り,そして未来のことを考えるということにしたらというのが私の提案です。
 現実には,こういう提案は受け入れられないでしょうが,山の日のような意味不明の祝日を追加するくらいなら,もっと真剣に,国にとってどの日が大切だったかを考えてもよいでしょう。
 ところで話は変わりますが,かつて祝日には,国旗がかかげられている家をよくみました。私も,たしかカブスカウトに入っていたときに,教わったような記憶があります。共産主義者の父は,私がまじめに国旗を掲揚するのを,心の中では複雑な思いでみていたかもしれませんが,何も言われたことはありませんでした。
 今日,国旗を掲揚するとしても,4月29日のときならともかく,現在の「みどりの日」に,国旗を掲揚する意味はありましょうか。「山の日」や「海の日」やハッピーマンデーもそうなのですが。
 そもそも国旗はかつては慣習的なものでしたが,現在では,「国旗及び国歌に関する法律」で法制化されています(平成11年制定)。国旗は日章旗で,きちんと日の丸の大きさ(制式)も決まっています。国家は君が代であり,歌詞も楽譜も,法律で書かれています。  若い頃のイタリア留学時,日本の国歌(inno nazionale)は何かと聞かれて歌わされた覚えがあります。歌いにくいし,歌詞の内容は天皇家賛美のようなもので,あまり良い気分はしませんでした。イタリアの国歌は,「Inno di Mameli(マメーリ賛歌)」で,このメロディーが流れるとイタリア人は盛り上がります(歌詞の中に「Italia」という言葉が入っているのもいいです)。ただイタリアにせよ,フランスにせよ(La Marseillaise),アメリカにせよ(星条旗),歌詞は国威発揚というか,武力や血のにおいがぷんぷんするものです。とくにフランスの国歌は露骨です。祖国というのは,先人が血を流し,必死に守ってきたから,いまの自分たちがいるという思いが込められている感じです。サッカーの試合前に流れる国歌について,あの歌詞を口にすると,フランス人は,まさに戦争に行くような気持ちで士気が高まるでしょう(もっともフランスに侵略されて事後的にフランス人になった選手も多いようですが)。日本の国歌は,それに比べると平和ですね(それが悪いわけではないのですが)。
 血なまぐさい国はいやです。でも血なまぐさくならないようにするために,国民にも覚悟が必要です。自分たちが武器をとって国を守るなんてことはできません。やっても意味がないことです。だからこそ,税金を払って自衛隊を「雇い」,祖国を守ってもらうのです。それと同時に,外交力を発揮して戦争を回避するために,私たちは一票を投じて政治家を選び,税金で給料を払い,この任務を託しているのです。
 二度と他国から原爆を落とされたり,国民を海外に拉致されたりしないことが大切なのです(北朝鮮の拉致被害者の取り戻しをアメリカの力に頼っているようでは,ほんとうはダメなのでしょうが,いまは仕方がありません)。
 いずれにせよ,自分たちの国にとって一番大切なことを考えるとき,いまの内閣をいまの時点で倒そうとすることが,ほんとうに国民の利益にかなうかは冷静に判断しなければなりません。私の立場からはもちろん労働政策や経済政策が大切なのですが,そんなものは,国の安全が損なわれれば吹き飛んでしまうことなのです。 

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