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2018年5月17日 (木)

公益通報とは

 数日前の報道で,テレビ朝日の女性記者が,福田淳一前財務次官から受けたとされるセクハラに関する情報を週刊新潮に提供した行為について「公益通報」には該当しないとする閣議決定をしたというニュースが流れていました。すでに野党と消費者庁のやりとりで,公益通報に当たらないという消費者庁の結論が出されていたようです。なぜ野党が「公益通報」ということを言い出したのかというと,女性記者が週刊誌に情報を流したことに批判の矛先が向いてきたので,女性記者を救うということから「公益通報」だという話が出てきたのだと推測しています。
 しかし,この行為が公益通報者保護法による保護の対象とするのは,はじめから無理筋です。公益通報者保護法は,そもそも消費者庁が所管していることからもわかるように企業不祥事が消費者の利益を損なっていることから,不祥事情報を知りやすい立場にある従業員からの告発を促進して消費者の利益につなげるというのが主たる目的で,そのためには告発した従業員を保護する必要があるということで,内部告発に対する解雇その他の不利益取扱いを無効としたり禁止したりした法律なのです。従業員の保護という点だけをみると労働法とも関係しますが,この部分はこの法律の目的を実現するための手段という位置づけとみるべきです。
 公益通報者保護法で保護されるためには,いろいろ要件があります。とくに保護される通報対象事実は刑事罰に関係するものとなっているので(法律は列挙されています),その範囲がかなり限定されています。たとえば男女雇用機会均等法はセクハラ行為に対する刑事罰を課したものではないので,通報対象事実には挙げられていません。直接,刑法犯にあたることもあるではないか,ということが言われそうです(野党の議員もこういうことを言っているのでしょう)が,そこには大きな誤解があります。そもそも通報対象事実というのは,「労務提供先」に生じているもの(あるいは,まさに生じようとしているもの)でなければならないからです。だからテレビ朝日内部においてセクハラがあって,それが刑法の犯罪に該当するようなものであれば,通報対象事実になりえます。ただ,その場合でも,労務提供先への通報(1号通報),処分権限を有する行政官庁への通報(2号通報)以外の,外部への通報(3号通報)の場合には,いくつかの保護要件があり,それを充足していなければならないというハードルもあります。
 公益通報者保護法は,基本的には内部での通報を促進して,企業が自ら不祥事を正すインセンティブを与える内容となっているのであり,外部への通報をとくに推奨する内容のものではありません。外部通報の要件が厳しいのは,それなりに理由があるのです。
 いずれにせよ,今回は一般の企業でいえば,取引先の重役にセクハラをされたというような事案であって,公益通報者保護法でいう「公益通報」に該当しようがないと思います。前述のように,企業内の不祥事は,従業員は従属的な立場にあって通報しにくいであろうから,特に保護するのが公益通報者保護法の内容であり,今回はそういうものではなかったのです。もちろん,女性記者の被害を,雇い主のテレビ朝日がもみ消そうとしていたのであれば,外部に通報した女性記者の行為には同情の余地はありますが,これは公益通報といったことではなく,職場環境配慮義務といった別の問題となります(立法論としては,企業のそういう取引先の違法行為のもみ消しも不祥事の一つとして,公益通報者保護法の範囲内に入れていこうとする議論はありえるでしょうが)。 
 公益通報者保護法の見直しは,政府の懸案事項です。そこでは公益通報者の範囲を広げていこうという議論(退職者,役員,取引先など)もありますし,保護要件の緩和もありますし,通報対象事実を広げていこうとする議論もあります。他方で,内部通報制度の促進という動きも出ています(認証制度の導入など)。公益通報者保護法は,従属労働者(労働基準法3条)の保護がベースにある法律なのですが,こうした新しい動きは,従属労働論と関係しないところにまで保護を及ぼそうとしている面があります。そうなると,法の体系が変わってくるので,理論的にはいろいろ難しい問題が生じてくることになるでしょう。それに新たに制度設計するなら,報奨金の導入なども候補にあげるべきであり,そのコスト・ベネフィットの緻密な算定が必要となるでしょう。
 一方で,公益通報者保護法は,そもそも必要だったのか,という議論もありえます。こうした法律がなくても,公益通報者を保護することは,現在の労働法でも十分に可能だったからです。実際,公益通報保護法を適用して解雇や懲戒を無効とした裁判例は聞いたことがありません(もしかしたら私が知らないだけかもしれませんが,いずれにせよごく少数でしょう。不法行為事件で,神戸地裁の司法書士事務所事件というのがあります)。
 公益通報者の保護は,コンプライアンスの手法の一つという観点からみたほうがよいでしょう。その意味で,これは法のエンフォースメントの問題の一つなのですが,同時に経営問題とみるべきなのです。不正をした企業は長い目でみれば損をするのであり,それは株主の利益を損ないます(その意味で,コーポレートガナバンスの問題でもあります)。最も望ましいのは,企業が自発的に内部通報制度を設け,それを実際に機能させて,内部告発(外部通報)が起こらないようにすることです(この点は,大内伸哉編著『コンプライアンスと内部告発』(2004年,日本労務研究会)199頁以下も参照してください)。それが出来ていないことが現在の問題なので,前述の内部通報制度の認証というような誘導的手法が注目されているのです。
 ということで,ビジネスガイドの次号のテーマは,「公益通報者保護法」です。6年前にもとりあげているので,part2です。また『雇用社会の25の疑問-労働法再入門』では初版から内部告発の問題をとりあげており(第4話「会社が違法な取引に手を染めていることを知ったとき,社員はどうすべきか」)が,昨年出た第3版では大幅にリニューアルしていますので,関心がある方はぜひ読んでみてください。 

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