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2018年5月10日 (木)

小学生に何を学ばせるべきか

   2020年度から公立小学校の3年から6年で英語が本格導入されるそうです。英語の進出はここまで来ました。欧州の辺境の言語が侵略を繰り返した末に,世界共通言語の座を奪取し,被侵略国でない国でも,子に勉強させるまでになりました。
 もちろん,英語は,そんな大げさなとらえかたをしなくても,たんに国際的なコミュニケーションのツールにすぎないという程度に思っておけばよいのでしょう(それにしては,発音や聞き取りが難しい言語です)。英語ができない人間は,手先が不器用なのと同じような意味で道具の利用(たとえば工作や裁縫)が苦手というにすぎません。本人の知性には関係ありません。でもこの道具は,生きていくうえで重要だから,英語を母国語としない国の小学生にも勉強させようということでしょう。
 ところで,神戸大の法学部では,外国語文献購読というのをやります。大学院の授業でも,外国語文献を読ませることがよくあります。自分の大学院生時代も,そうやってドイツ語やフランス語を教わりました(イタリア語は独学です)。もちろんこれは文学部などでの購読とは異なり,あくまで法学の専門文献の購読です。正しく読むということだけが目的です。法学系で読む外国語文献は,最低限の文法がわかっていれば,あとは単語はネットなどで意味を調べることはできるので,(法学の専門知識があるかぎり)正しく読解できるかどうかのポイントは,論理的な思考力がどれだけあるかにかかります。
 優秀な法学部生は,外国語もきちんと読めます。伝統的なリベラル・アーツ(artes liberales)のなかのtriviumは,文法(grammer),修辞学(rhetoric),論理学(dialectic)の3つを指します。これは大学院での法学文献購読に,まさに求められる技芸(arts)といえるでしょう。言語の基礎を知り(文法),相手に効果的に伝える表現方法を学び(修辞法),論理的な議論をとおして真理に近づく(論理学)ということが求められるからです。それは外国語文献の購読についての授業内容と同じです。
 もちろん小学校では,こうしたリベラル・アーツそれ自体は難しすぎるのですが,その基礎となるものを教えてもらわなければ困ります。ちなみに,リベラル・アーツには,上記の言語系のtrivium(artes sermocinales)以外に,数学系のquadrivium (artes reales)があります。それが算術(arithmetic),幾何学(geometry),天文学(astronomy),音楽(music)の4つです。音楽もピタゴラス音律からもわかるように,もともとは芸術というより数学の領域のものです(音「学」と書くべきかもしれませんね)。
 こうしたリベラル・アーツの基礎として,とくに小学校で教えてもらいたいのは,やはり論理学(なかでも言語を論理的に操り思考し議論していくこと)であり,そして算数となりましょう。これが大人になってからの教養の基礎となります。これに加えて,現代のリベラル・アーツには,歴史や科学(テクノロジー)も含まれてくるはずです。
 私はさらに,リベラル・アーツ以外にも,これからの時代は,職業基礎教育を早い段階で行ってよいのではないかと考えています。その具体的な内容の一つが情報リテラシー(AIリテラシーも含む)であり,中学生くらいになると,契約や金融に関するリテラシーも教えられてよいのではないかと考えています。情報リテラシーが大切なのは,学習そのものが,今後はITやAIを使ったものとなるからです。
 こう考えていくと,小学生や中学生の限られた時間で,みんなに英語を教育することが,優先順位としてどれだけ高いのかは疑問でもあります。機械翻訳のレベルが上がることも考慮しておかなければなりません。学習や教育の問題は,労働の話にもつながるので,現在,週刊労働新聞に連載中の「雇用社会の未来予想図」でもとりあげるつもりです。

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