« スポーツと暴力と正当行為 | トップページ | イタリアの混乱と大統領の存在感 »

2018年5月27日 (日)

原雄一『宿命』(講談社)

 国松孝次警察庁長官の狙撃事件の犯人は,中村泰である。著者は,警察官で国松長官狙撃事件をずっと追い続けて,中村を犯人とする供述もとり,物的証拠も固めていた捜査官です。中村はクロであるにもかかわらず,警察のトップの意向で起訴できず,時効にかかってしまったので,その捜査内容を守秘義務違反の危険を顧みずに暴露したのが,この本です。
 公安は,事件の犯人をオウム真理教の信者であるという立場を最後まで崩しませんでした。結論は最初から決まっていました。中村はオウムとは何も関係がなかったので,シロと決まっていたのです。初動捜査の誤りで真犯人を間違ってしまった警察の失態はおそまつすぎるものです。実は中村を逃した理由には,もっと強い政治的な圧力が働いていたのではないか,というような予想もしていたのですが,どうもそうではなかったようです。単なる警察のメンツだけの話だったようなのです。
 本書を読むと,警察の上層部のダメぶりと現場の捜査官の優秀さがわかります(これだけ緻密な捜査がなされているというのは驚きです)が,これは著者が捜査官であったことを考えると,多少割り引いておく必要はあります。とはいえ,警察にかぎらず,官僚のトップは多かれ少なかれこういうものではないか,ということは,私が日頃経験するなかでも思い当たるところがあり,本書の描かれた内容は,それほど現実から離れていないと思います。組織では上の方針が絶対なのです。
 中村と著者との間のやりとりも興味深いです。「恋人」と言われるくらい親密性を高めながらも,冷静にこの特異な犯罪者の供述から真実を引き出していくところは,この捜査官の腕のみせどころです(「羊たちの沈黙」のジョディ・フォスターが扮した捜査官をなんとなく想起させるものでした)。
 中村泰は,八王子のスーパーで女性高校生らが殺された残忍きわまりない事件の犯人という噂が出たこともありましたが,本書によるとこの件ではシロです。マスコミが暴走することが,真犯人の逮捕を妨げることがあるということも,この本は教えてくれます。
 それにしても,著者の勇気には感服しますし,国民はよくこういう本を書いてくれたと感謝しなければならないでしょう(事件記録としても貴重です)。本書には元厚生労働事務次官の村木さん冤罪事件にも,ほんの少しだけふれています。警察や検察の権力は絶大です。証拠としっかり向き合わなければ,シロをクロにしてしまう(あるいは,クロをシロにしてしまう)おそれがあるという当たり前のことを,平成の時代になってもなお再確認しなければならないのは嘆かわしいですし,恐ろしいことでもあります。  ☆☆☆☆

|

« スポーツと暴力と正当行為 | トップページ | イタリアの混乱と大統領の存在感 »

読書ノート」カテゴリの記事