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2018年5月 2日 (水)

憲法記念日を前に起訴便宜主義を考える

 「山口メンバー」は「山口さん」になりました。起訴猶予になったからだそうです。
 日本の刑事訴訟法248条は,「犯人の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは,公訴を提起しないことができる」と定めています。これを起訴便宜主義といいます。日本の検察官は,状況によっては,起訴(公訴提起)しないこともできるのです。
 強制わいせつ行為が確認されても,被害者と示談が成立していて,初犯であるというようなことがあれば,起訴猶予となるのが相場なのかもしれません。ただ示談が成立していれば起訴しないのであれば,非親告罪にした意味が減殺されるような気もします。もちろん公訴提起により被害者が裁判に出廷することなどによる二次被害が起こらないようにするための配慮は必要ですが,性犯罪が社会にとって危険な犯罪であり,かつ加害者本人が社会復帰を望んでいることを考慮すると,社会にとっての危険性はいまだ軽微とはいえない可能性があります。
 ところで,イタリアでは憲法112条に次のような規定があります。
 「Il pubblico ministero ha l'obbligo di esercitare l'azione penale.」 
    検察官は公訴提起をする義務がある,という規定です。これを起訴法定主義といいます。犯罪行為があったと確認した以上は,起訴しなければならないということです。あとは裁判官が量刑も含めて判断するということでしょう。検察官は行政官であり,犯罪の嫌疑があるときに,司法の判断に服せしめるかどうかを自分で勝手に判断してしまってはだめということです。これが憲法で定められているのです。
 日本の検察官の起訴便宜主義の運用を信用していないわけではありませんが,起訴猶予によって(元)容疑者の扱いが一変してしまったことで,ちょっと心配になりました。禊ぎが済んだとまでは誰も考えていないでしょうが,そういうムードがやや現れているような気がするのが心配です(メンバーたちまで厳しい意見を加害者に言うにつれ,世論は加害者に同情論が出てくる可能性があり,これが危険です)。
 性犯罪は再犯率が比較的高いようです。データでは裁判で有罪判決を得た場合のものがありますが,起訴猶予になったものも含めるともっとあるのではないでしょうか(憶測なので間違っていればすみません)。別に今回の「山口さん」に個人的な恨みはありませんが,書類送検までされる性犯罪は相当悪質なものであったはずです(クラブで酔ってホステスの胸をむりやり触ったというたぐいのものではないでしょう)。マスコミも,そのあたりをよく考えたうえで,横並びではなく,各社で報道姿勢を考えてほしいものです。
 なお,直接この話に関係しませんが,イタリアでは,対象が存在してない場合(たとえばカーテンの向こうに殺そうとしている相手の人間がいると思ってそこに向かってピストルの引き金をひいたが,そこには誰もいなかったとか),犯罪を引き起こすことに適しない行為(単なる胃腸薬を毒薬と誤信して,それを飲ませて殺そうとしたとか)である場合は不能犯(reato impossibile)とされ,罪には問われません(イタリア刑法典49条2項)が,その場合には,裁判所は保安処分(misura di sicurezza)を命じることができます(同条4項)。不能犯は,当該行為については犯罪を起こす可能性がなく,問題なく無罪ですが,それでも社会への危険がある以上,裁判官は保安処分をして社会の安全(sicurezza)を図る責任を負うのです。日本の刑法では,そもそも不能犯の規定がないですし,不能犯に保安措置を命じるといった規定もありませんが,イタリアでは歴史的に有力である「新派」的な思想により,犯罪をする危険のある者から,いかに社会を守るかを大事にしているのではないかと思います(刑法における旧派と新派の議論については,ぜひ刑法の専門書を読んで確認してください)。
 ということで,私が言いたいのは,不能犯的な無罪であっても,起訴猶予であっても,社会を守るという視点も大切ではないかということです。それはとくに性犯罪にあてはまることではないかと思うのです。
 加害者の人権も大切ということを,いつも述べていますが,今回はマスコミ報道をみながら,あえて報道に批判的なことを言ってバランスをとったほうがよいということで書いてみました。なおいつも断っています(ときどき忘れています)が,刑法や刑事訴訟法や憲法のほんとうの専門的な議論については,労働法屋の私には責任を負えませんので,ご自分でご確認ください。

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