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2018年5月26日 (土)

スポーツと暴力と正当行為

 アメリカンフットボールのようなフルコンタクトのスポーツはケガがつきものです。そういうスポーツをする環境で育った人たちは,少し乱暴で粗野であっても大目にみられてきたのかもしれません。大人しい性格であれば,気合い負けしてしまうのでしょう。ラグビーのニュージーランドチームの「ハカ」などをみてもわかるように,自分たちを鼓舞し相手を威嚇するくらいのデモンストレーションが必要なものでしょう。相撲の仕切りにおいて顔が紅潮してくる様子も,フルコンタクトのスポーツには気合いが大切だということを示しているのだと思います。
 しかし,これが暴力を許容することにつながってしまっては,元も子もありません。傷害事件を起こした元横綱の日馬富士が廃業に追い込まれたのも当然です。兄弟子が「無理偏に拳骨」と言われていたような時代では,もはやないのです。貴乃花親方はいろいろ言われていますが,暴力に対して厳しい態度をとり,自分の息子ともいえる弟子を守ったのは立派なことだと思っています(彼の別の弟子が暴力行為をしていたのは残念でしたが)。
 現在の日大のアメフト部の問題も,いろんな取り扱われ方をしていますが,基本的には,自分の子を攻撃対象にされた親の怒りがベースにあるのでしょう。大学のスポーツで,相手をケガさせよと命じたことが事実であれば,これは部の存続は認められるべきものではないでしょう。反社会的集団と変わりがないからです。
 スポーツのなかでも,相手とのコンタクトのあるスポーツは,行き過ぎがないように注意をしなければなりません。教育者はそこから教えていくべきでしょう。実際,どれだけの教育者が,自分たちのスポーツは,犯罪の構成要件に該当しているけれど,刑法35条の正当行為であるから,特別に違法性が阻却され,刑事免責がなされているにすぎないという意識をもっているでしょうか。刑法38条3項本文は,「法律を知らなかったとしても,そのことによって,罪を犯す意思がなかったとすることはできない」となっていることも想起すべきでしょう。知らなかったでは通らないのです(違法性の意識をめぐっては,刑法上も議論があるので,詳細はそちらの議論にゆだねます)。
 ところで,労働組合の活動は,労働法ができる前の時代は,違法行為のオンパレードでした。そもそもストライキは,労働契約上約束している義務をはたさないことなので,債務不履行ですし,使用者の業務に支障を与えるので,業務妨害罪になります。仕事以外の理由で,会社施設に乗り込んで,団体交渉を求めば,それは建造物侵入罪となるかもしれません。ビラを貼ることは器物損壊罪になるかもしれません。労働協約の締結に応じなければストライキをすると威嚇することは強要罪にあたるかもしれません。でも,こういうことを言っていれば,労働組合は争議行為その他の組合活動ができなくなります。
 だから労働組合法は,労働組合の正当な行為には刑法35条が適用されて,違法性が阻却されるとしてきたのです(1条2項)。刑法35条の典型事例は,前にも書いたようにスポーツの場合で,ボクシングは刑法35条があるから犯罪行為にならないのです(昨日の井上尚弥は強すぎましたが,彼は歴史を作るチャンピオンになるでしょう)。労働組合の活動も,それが正当なものであれば,たとえ刑法の犯罪の構成要件に該当するようなものでも,違法とはされません(いわゆる刑事免責)。
 ところで,労働組合法のこの条文には,但し書きがついています。「但し,いかなる場合においても,暴力の行使は,労働組合の正当な行為と解釈されてはならない」。当然のこととはいえ,暴力をふるってしまうと,いっさい言い訳ができないということです。
 労働組合の活動とスポーツとはもちろん違います。労働組合の活動は,肉体のフルコンタクトが前提とはなっていないので(かつては激しいピケストなどで,そういうこともありましたが),暴力は論外と言いやすいかもしれません。
 ただ,フルコンタクトのスポーツであればこそ,節度が必要だともいえます。スポーツとして認知されていれば,誰もその犯罪的性格は意識しなくなるかもしれませんが,競技者自体は忘れてはいけないことだと思います。今回の日大の加害学生の勇気ある謝罪関係それ自体は賞賛に値しますが,やったことが悪質であることに変わりはありません。スポーツ教育を根本から見直さなければなりません。
 繰り返しますが,肉体的なコンタクトのあるスポーツは,ルールに基づいているかぎりにおいて,正当な行為となるにすぎません。そこから逸脱した瞬間,たんなる野蛮行為になりさがることに注意すべきでしょう(もちろん過失だけでは刑事責任は問われないので,あまりびくびくしすぎる必要はありません)。「つぶしてこい」は,「ハカ」のような選手を鼓舞する発破のつもりかもしれませんが,スポーツ教育の場では,そもそも適切な言葉ではないでしょう。
 結局,ありきたりのことですが,ルールをよく知り,それを守ってこそのスポーツです。そういうことを教育の場で徹底的にたたき込んでもらいたいです。もちろん,ルールそのものも常に見直していく必要があるでしょう(柔道で蟹挟みを禁止したのは適切です。大相撲の張り手はみていて気持ちが良いものではないので禁止してもいいのでは)。

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