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2018年4月

2018年4月29日 (日)

地公災基金山梨支部長事件

 昨日の神戸労働法研究会は,上智大学の富永晃一君が,地公災基金山梨支部長事件について報告してくれました。研究会では,労災保険とはどういうものなのか,という本質論にまで議論が及んでいき,たいへん有益でした。
 夏休み中の日曜日,小学校の教員が,防災訓練への参加が呼びかけられていたため,勤務先の小学校に行った後,担任する児童の家に防災訓練への参加の呼びかけと忘れ物を届けるために児童の自宅に立ち寄った(児童宅は,教員の自宅と小学校の間にあり,防災訓練会場は,小学校からみて児童宅とは逆報告にあったので,教員の児童宅訪問は,小学校から防災訓練会場に行くのとは真反対の方向にいったん戻ったことになる)ときに,児童宅の甲斐犬に噛まれてケガをしたという事件で,これが公務災害に該当するかが争われました。
 防災訓練が公務であるかどうかはさておき,生徒の自宅に行くことは必ずしも求められていたわけではなく,教員の自発的な行動といえましたが,だからといってまったく職務に関係していなかったわけでもなく,そうしたところで起きたケガをどう判断するのかが問題となりました。
 第1審(甲府地判平成29年9月12日)は,生徒宅の訪問は黙示の指揮命令があったとはいえず,公務該当性はないとしたうえで,防災訓練参加(その公務該当性の可能性は肯定)のための通勤途上での事故かどうかを判断し,児童宅訪問は防災訓練への参加という移動目的とは質の異なる目的に基づく行為であるなどと述べて,通勤の合理的経路からの逸脱・中断に該当するとして,公務災害性を否定しました。
 控訴審(東京高判平成30年2月28日)は,防災訓練の公務該当性を肯定したうえで,生徒宅訪問は,防災訓練への参加・移動(通勤)という目的と無関係な目的で行われたものではないうえ,通勤経路(合理的経路)からの逸脱ともいえないとして,公務災害と認めました(通勤災害)。
 生徒宅への移動が,防災訓練参加のための通勤経路にあったかどうかで,控訴審はこれを肯定したのですが,富永君の見解は,これは通勤災害ではなく,労災でいうところの業務災害ではないのか,というものでした。
 控訴審は,第1審の児童宅訪問の公務性を否定した判断を前提に,それでも教員には要保護性があると考えて,なんとか通勤災害として保護しようとしたのでしょうが,端的に児童宅訪問の公務性を認めてよいのではないか,ということです。そのためには,こうした自発的な要素があるものの,職務との関連性は強いという場合に,どう判断するのかがポイントとなります。
 業務遂行性が肯定されるためには,「労働契約に基づき事業主の支配下にある状態において当該災害が発生したことが必要」です(行橋労基署長事件・最高裁判決。拙著『最新重要判例200労働法(第5版)』(弘文堂)の第114事件)。つまり事業主の支配下になければ業務遂行性はないのですが,出張中でもこれが肯定されていることからすると,職務に従事しているかどうかが重要なポイントとなるのだと思います。そして,職務への従事は,黙示の指揮命令によるものでもよいということは,おそらく異論はありません。では,会社への「忖度」から自発的に行ったことだが,職務には関連していたという場合,業務遂行性が肯定されるかです。これを肯定するのは難しそうですが,ここは労働時間に関する東大の荒木尚志先生の「相補的2要件説」的なアプローチ(使用者の関与要因が希薄でも,職務要因が高ければ労働時間と認める)を労災にも適用できないかが検討されてもよいのでしょうね。富永君も,職務性が高ければ業務遂行性を認める余地があるのでは,という問題提起をしてくれました。
 いずれにせよ,本判決は,業務に関係する行動を,事業場外で自発的に行っていたとき,業務災害には該当しない場合でも,通勤災害として救えることがあるとしたところが注目されます(自発的なものであっても,事業場内で労働者が行っていれば,支配性を認めやすく,比較的業務災害と認められやすいと思います。たとえばQC活動中の場合)。通勤災害の問題となると,合理的経路の途上か逸脱・中断か(逸脱・中断でも元の経路に戻ったあとの事故であれば,逸脱・中断の目的によっては通勤災害となる可能性もある)の判断がポイントとなりますが,合理的経路かどうかの判断で業務関連性を重要視するならば,それは端的に業務災害とみたほうがよいのでは,ということにもなり,富永君の問題提起に戻ってくることになります。
 ところで,法律論とは別に,この小学校の先生は,夏休み中の日曜日に防災訓練にかり出されて,その途中に担任する児童のことを心配して自宅にまでいったところ,犬に噛まれるという災難に遭い,でもそれは公務ではないと裁判所に言われてしまい,通勤災害でなんとか救われたものの,その決め手は生徒宅訪問は「通勤目的と無関係な目的で行われたものではない」という微妙なものなので,なんとなく気の毒な気がします。
 また,労働法的には,この夏休みの日曜日の勤務というものが,どういうものであったのかも気になります。たとえば「事前の振替」(労働日と休日の振替)であったのか,それとも学校側が「事前の振替」の手続をとらず,事後の代休取得を年休でとれと強制していなかったか,あるいは事後の代休を任意としているならば,代休を取得していない労働者との関係で週休付与義務がはたされているか,などが労働基準法35条との関係で気になるところです(地方公務員にも35条は適用されるはずです)。きちんと法的に問題がないようにはやっているのでしょうが,そもそも休日出勤は異例であり,それは小学校の先生にもあてはまるということ,そして教員の善意の行動にすがりすぎてはダメということは念を押しておきたいですね。

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2018年4月28日 (土)

山口メンバー

 TOKIOのメンバーの犯罪に関する報道で,報道機関は,被疑者(容疑者)のことを,「山口容疑者」や「山口」とはせず,一部の例外を除くとすべて「山口メンバー」に統一していました。例外もあったことから,何か明確な根拠に基づいてやっているわけではなく,とりあえずこれで統一しようとの合意があり,その合意に参加した報道機関が呼び方を統一したのかもしれません。しかし,この呼び方に違和感をもっている人は多いようです。
 強制わいせつだけれど,示談も成立しており,逮捕されているわけでもないので,「容疑者」という呼び方を避けたのかもしれませんが,逮捕されるかどうかは,証拠隠滅や逃亡のおそれがあるかどうかの違いで,逮捕されていないから軽いというものではありません。
 一応条文で確認しておくと,刑事訴訟法199条1項本文は,「検察官,検察事務官又は司法警察職員は,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは,裁判官のあらかじめ発する逮捕状により,これを逮捕することができる」と定め,同条2項は,「裁判官は,被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは,検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については,国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る……)の請求により,前項の逮捕状を発する」としたうえで,「但し,明らかに逮捕の必要がないと認めるときは,この限りでない」とし,刑事訴訟規則143条の3は,この「明らかに逮捕の必要がない」について,「逮捕状の請求を受けた裁判官は,逮捕の理由があると認める場合においても,被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし,被疑者が逃亡する虞がなく,かつ,罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならない」となっています。逮捕の理由があっても,逮捕の必要性がなければ逮捕されないわけで,今回は被害者側の捜査機関への申告から,捜査機関からの被疑者への通告までに1か月以上かかっていて,その間に容疑事実を固めていたため証拠隠滅のおそれがなく,また被疑者が有名人であるため逃亡のおそれがなく,示談も成立しているということで逮捕されなかっただけなのでしょう。
 ということで,容疑者(被疑者)という表現を使わないことには,違和感があります。もちろん今回は示談が成立しているので,書類送検されても,起訴はされないでしょう(起訴猶予)。報道機関はそこに配慮したのかもしれませんが,起訴猶予となるまでは容疑者であることに変わりはありません。
 そもそも被疑事実を認めなければ勾留が長引き,その間は容疑者と呼ばれ続けるわけで,しかし元厚生労働省事務次官の村木さんのように,冤罪事件もあるのです。彼女の場合はある意味で名誉が回復し,次官ポストという政府からの贖罪もあったのです(事件がなくても次官になっていたかもしれませんが)が,普通の場合は冤罪となったときの名誉回復はほとんどされないでしょう。容疑者と呼ばれたままでの放置です。ところが,被疑事実を認めれば逮捕されず,犯罪をしていたのに容疑者とも呼ばれないのです。このあたりの均衡は取れていない感じがします。今回のケースで「山口メンバー」というような言い方をするのならば,すべての人に対して,逮捕されても有罪が確定するまでは「容疑者」と呼ばないことにし,推定無罪の原則を貫くべきともいえます。
 今回のさらなる違和感は,被疑事実が「強制わいせつ」ということです。容疑者本人は事実を認めているから良いということではなく(涙の謝罪会見は,演出の可能性がゼロではない以上,これで判断を揺るがされてはいけません),また,この犯罪が親告罪でなくなったから,被害者が告訴をしなかったり,その取り下げがあったりしても捜査が続くことになったのでアンラッキーというものでもなく,そもそも容疑者本人が認めた事実はかなり悪質なものなのです(女子高校生をもつ親なら許しがたいことでしょう)。
 本人が否定しているセクハラが嫌疑(犯罪かどうかも不明)があるだけの状況でこれだけたたかれる風潮(それはそれで時代の流れだと思いますが)のなかで,明らかな刑事犯罪をしていた者への取扱いの違いも気になります。有名人やそのバックにいる芸能事務所に遠慮したということではないと信じたいですが,いずれにせよ報道機関の考え方を各社ごとにしっかり明示すべきではないでしょうか。
 なお誤解なきよう言っておきますと,私は山口氏をはじめとする犯罪被疑者を「容疑者」と呼ぶことを強く求めているわけではありません。前述のように有罪が確定するまでは普通の人と同じように扱うのも一つの見識だと思っています。それも含めて,どういう問題をどういうように伝えるかは,各社の自由だと思っています。だからこそ,今回の強制わいせつ事件報道に関する各社の報道の姿勢を,セクハラ問題などとの比較も通して,明確に示してもらえればと思うのです。

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2018年4月26日 (木)

がっかりさせる記者たち

 先日,ある知り合いから「読売新聞に出ていましたよね」と言われて驚きました。確かに取材は受けましたが,掲載前には内容を確認することになっていたからです。しかし内容確認もなく,掲載した旨の連絡もありません。もちろん掲載号も送ってきていません。テーマは副業で,1時間近く電話取材にこたえていまいた。読売新聞はとっていなかったので,大学に行って確認したところ,確かに掲載されていました。掲載されていた分量は,ほんのわずかでしたが。とにかく何も連絡がないのは,ありえない話です。抗議するエネルギーも無駄なので,今後はいっさい読売新聞の取材には応じないことにします。別に私以外にいくらでも聞く人がいるでしょうから,何も問題はないでしょう。
 日経新聞も取材を受けたけれど掲載されていないものが残っています。知らぬ間に掲載されているかもしれませんが,日経新聞は毎日みているので,見落としはないでしょう。日経新聞は,私にとってイエローカードです。次に何かあれば取材拒否対象にします。NHKは,これまでの対応がひどすぎたので,取材拒否にしていましたが,あるときのディレクターの対応が良かったので,レッドからイエローに戻しました。でも警戒心は持ち続けています。
 朝日新聞はかつて横柄な記者に不快感をもったことがあったのですが,その後,澤路さんや村井さんのようなきちんとした対応をして下さる記者にあって印象が変わりました。毎日新聞も,テレビで一緒になった阿部周一さんに好印象をもちました。
 せっかく私にたどりついて質問をしにきているのだから,忙しくてもできるだけ丁寧に答えようというのが私の姿勢ですが,マナーの悪い記者には厳しい対応をしていきます(マナーといっても私が求めているのは一つだけで,それは取材後の事後報告です)。巨大なメディアにとっては,私などは虫けらのようなものでしょうが,一寸の虫にも五分の魂です。個人の資質が大きくかかわっているのはわかっていますが,会社の看板で取材を申し込んでいる以上,個人の責任は会社の責任です。
 子供のときに新聞記者という仕事にあこがれをもっていた私ですから,がっかりするような新聞記者にはできるだけ会いたくないです。

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2018年4月25日 (水)

西村健一郎他『社会保険の考え方』

 西村健一郎・朝生万里子・金川めぐみ・河野尚子・坂井岳夫『社会保険の考え方-法的理解と実務の論点』(ミネルヴァ書房)をいただきました。坂井君を始め執筆者の皆様,どうもありがとうございました。
 ちょうどいま労働新聞の連載との関係で,個人事業者のセーフティネットのことを書いていたので,私のなかではタイムリーなテーマでした。この本の主役は,社会保障のなかの「社会保険」ですが,個人的には被用者(労働者)保険を中核とした「社会保険」は,今後変わっていかざるをえないのでは,と考えています。
 この本のはしがきで西村先生が書かれているように,「わが国の社会保険は,多くの修正にもかかわらず,なお部分的にドイツで生成・発展した労働者保険ないし職域保険としての性格・特徴を有している」ものです。ただ,広井良典氏の『社会保障』(岩波書店)を引用しながら,「社会保険は,職域中心のドイツ型モデルから,イギリス,北欧等でみられる普遍主義的モデルをも勘案した折衷的な制度になっていると評価されている」とも紹介されています(5頁)。
 社会保障全体の性格がどうであるかはともかく,個人事業者のようなインディペンデントな働き方が中心になっていったときに,社会保険がどうなるのかが興味深いところです。労働保険はもちろん適用されないのですが,雇用労働者との取扱いの差は大きな問題となるでしょう。医療でいえば,国民健康保険組合のようなものが増えていくことも予想されますが,国保と健保との違い(出産手当金や傷病手当金),年金でいえば,被用者年金の加入者の扶養者にだけ3号被保険者としての優遇があるといった格差も議論となるでしょう。そうしたことから,より普遍主義的なアプローチで,国民が共通して直面するリスクに雇用上の地位に関係なく社会的にどう対処するかというソーシャル・セキュリティの構築が検討されていくのではないか,というような気もしています。
 もちろん今回いただいた本は実務家向けのものですので,制度の課題といったところは扱われていません。しかし,著者のみなさんは,そういった課題についても独自のご意見をもっておられるのではないかと思います。とくに個人事業者を視野にいれたときの制度設計のあり方,「社会保険の考え方」でどこまでいけるのか,といったことについて,著者のみなさまのご意見をぜひお聞きできればと思います。

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2018年4月24日 (火)

ユニオン・ショップ協定の有効性

 詫間港運事件・高松地判平成27年12月28日(平成26年行(ウ)第4号)は,ちょっと考えさせられる判決でした。
 組合からユニオン・ショップ協定(「会社の従業員であって組合規約に定める組合員の資格を有する者はすべて組合員でなければならない。組合員にして組合より除名された場合又は組合を脱退した場合は直ちに解雇する。」)の違反(非組合員の採用)を指摘されているなか,従業員に対する説明会において,会社側弁護士が,ユニオン・ショップ協定について,「有効だという学者もおりますけれども,無効だということを言っている人もいるわけで,争いがあるところです」と発言し,また東芝労働組合小向支部・東芝事件の最高裁判決(第2小法廷平成19年2月2日判決。拙著『最新重要判例200労働法(第5版)』の第142事件)を引用しながら,組合員には脱退の自由があると述べたり,「組合に入らなかったからといって,会社が解雇するというのは,入らない従業員の権利を侵害するというようなこともありますので,新入社員に対して組合に入りなさいとか,そういうことを勧めなかったということをもって,協約違反だとは言えないのではないかと思っています」などの発言をしたことが,不当労働行為に該当するかが争われました。香川県労働委員会は不当労働行為(支配介入)の成立を認めており,取消訴訟における高松地方裁判所も,次のように述べて,この判断を肯定しました。
 「確かに,原告代理人弁護士は,本件ユ・シ協定が無効であると発言してはいない。しかしながら,その内容には,ユニオン・ショップ協定について無効とする見解があることや,組合員には組合を脱退する自由があることを前提とした発言を複数含んでおり,原告代理人弁護士が,少なくとも本件ユ・シ協定の有効性に疑問を呈する内容の説明をしていたことは明らかである。そして,原告代理人弁護士のかかる発言は,同人が弁護士という法律の専門家であることや,最高裁判決を引用して説明していることも併せ考えると,説明会参加者に対して,本件ユ・シ協定が無効であるとの見解が合理的であるとの印象を与えるものであるといえる。
 そして,原告代理人弁護士による上記発言が,会社組合間における本件ユ・シ協定の効力に関する見解の相違が顕在化するなど,原告と組合との対立が深刻化していた時期に行われたことは,前記指摘のとおりであって,このような時期に行われた10月説明会において,原告代理人弁護士が,本件ユ・シ協定に関し,組合の主張と相違する見解であることを十分認識しながら,本件ユ・シ協定の有効性に疑問を呈し,組合員には組合を脱退する自由があることを前提とする説明をしたことは,正に,組合員に対して組合からの離脱を促し,その弱体化を図る趣旨を含むものであったといえる。」 
  支配介入の判断としてみた場合,それほど違和感がありません。いかに正しい見解であっても,あるいは言論として一般的には保障されるものであっても,労使関係の具体的な状況のなかでは,支配介入となる余地があることは,あまり異論がないのではないかと思います(プリマハム事件[拙著・前掲の187事件]などを参照)。弁護士が,客観的な学説や判例の状況について専門的な知見を述べること自体は,何も問題はないはずですが,やはり状況しだいということなのでしょう。
  ユニオン・ショップ協定無効論者の私としては(菅野和夫先生の『労働法(第11版補正板』(弘文堂)の800頁注18には,西谷敏先生,籾井常喜先生という大先生と並んで私も無効論者のリストに入れていただいていますが,菅野先生自身は「無効論には賛成しがたい」と書かれています),会社弁護士の気持ちもわからないではないのですが,時と場合を考えなければらないというのが,判決からの教訓なのでしょう。
 さらに言うならば,いったん協定を結んでいる以上,それが公序良俗違反であるという理由で会社がのほうから無効をいうことにも違和感があります。私がユニオン・ショップの効力を否定するのは,労働組合は自力で組織化をすべきであり,組織の強化のために会社の解雇権を利用しようとするのはおかしいのではないかという点にあります(『雇用社会の25の疑問』は第2版までは,ユニオン・ショップ協定のことを大きくとりあげて労働組合の衰退の原因にあげていたのです(旧第15話)が,昨年刊行した第3版では重要性が減ったと思って扱いを小さくしていました(第9話))。つまり自主性をもつべきと労働組合に呼びかけているものなので,いったんユニオン・ショップ協定を結んでしまった会社側の利益のことはあまり考えていないのです。このことは,少し問題の局面は違いますが,会社が,自主性の不備などを指摘して,労働組合の法適合性を争うことができない(救済命令の取消事由にならない)とした判例(日通会津若松支店事件・最高裁第3小法廷昭和32年12月24日判決(昭和13年(オ)58号))にもつながるものではないかと思います。

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しなやかに最先端を走る女性たち

 日経新聞の月曜の朝刊は「女性」という欄があって,女性の労働に関することがよく書かれています。4月23日の朝刊では,「脱『時間・場所』働き方進化」という見出しでした。なかでも目を引いたのが,グローバル・カルテットという会社のことでした。
 その会社のコンセプトは,HPでみてみると,「ひとりのフリーランスより,複数名の専門性。『世界のどこにいても働き続けられるカタチ』を創造し,“チームでクライアント様の課題解決”に努める,グローバルリサーチ&アウトプットのスペシャリスト集団」となっていました。
 日経新聞の記事によると,「通信環境さえあれば国内外は問わない。集まった18人には介護や子育てで制限がある人など様々だが,仕事の内容と量を相談し,割り振っていった。営業はフリーランス専門の仲介業者に頼み,経理は会計士,契約内容の不安は弁護士に相談する」というもので,会社名とは違い構成員は「4人」だけではないようです。
  これは,私が考えるこれからの働き方のイメージにかなり近いのです。
 実は近未来の労働を描くというコンセプトで書いた原稿(「変わる雇用環境と労働法-2025年にタイムスリップしたら」 福田雅樹他編『AIがつなげる社会-AIネットワーク代の法・政策』(2017年,弘文堂))で,私は次のように書いていました。

 「かつては就労人口の1割程度にすぎなかった自営業者が,年々急増し,現在では10代の若者に限定すれば働いている人のほとんどが,インディペンデント・コントラクターと呼ばれる個人自営業者である。その多くは自分の専門領域をもち,一人でやるか,仲間と事業パートナー契約を結んで働くというスタイルをとった。とくに特定の事業プロジェクトの企画・立案,財務担当(資金調達など),作業のマネージメント(機械と人間を組み合わせた作業編成の構築など),AIなどの技術担当のエンジニア,法務担当(知的財産の取扱いなど)が集まるというのが,事業パートナーの典型的なパターンだった。こうした人たちは対等な立場で,自分の専門技能を相互に提供して,互いを補完し合っていた。雇われて働く人もいないわけではないが,単純な仕事であり,その企業内における重要性はきわめて低かった。」

 これは未来予測として書いていたのですが,現実にもこれに近いものが起きていたのです。7年後は,こういう働き方や事業モデルがもっと広がる社会がくるのだと思います。こういう働き方なら,世界のどこにいてもやれるというのも大きなポイントです。まさに日経の記事のタイトルにもあるように脱「時間・場所」なのです。これこそがICTの威力であり,テレワークの効用です。機械翻訳の発達により,外国人とパートナー関係を結ぶケースも増えるでしょう。
 プロの仕事を,好きな場所で,時間的に余裕をもってやるというのが,これからの働き方の理想型です。フリーランスのこともそうですが,こういう働き方をどんどん進めているのが,女性たちです。自分の得意分野で,最先端のテクノロジーを駆使しながら,しなやかに能力を発揮する姿は,たいへん魅力的です。男性も負けてはいられません。いかにして脱「時間・場所」を実現するかを,みんなで考えていきたいものです。
 SF的に書くというオーダーで書いた上記の原稿ですが,現実はもっと進んでいて,SFがたちまちSFでなくなるのが現在です。これからの労働政策を考えていくうえでも,想像力と創造力が大切ですね。

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2018年4月22日 (日)

『解雇規制を問い直す』の書評

 今朝の毎日新聞朝刊に,大阪大学の大竹文雄さんの,私たちの『解雇規制を問い直す-金銭解決の制度設計』(有斐閣)の書評が掲載されていました。ご多忙ななか,私たちの本の書評の労をとってくださったことに心より感謝いたします。
 どの新聞や雑誌からも研究者の書評が出なければどうしようと不安になっていたところでしたので,ありがたいことです。さすがに有斐閣の「書斎の窓」では取り上げていただけることになっていますが,それはもう少し先です。
 解雇法制に関して日本で一番詳しい経済学者である大竹さんにいただいたコメントですので,重みは格別です。
 「ルールを透明化することで,今まで泣き寝入りをしてきた多くの労働者,裁判リスクを抱えることを嫌って採用に慎重になっていた企業のどちらにもプラスになる。本書は,日本の解雇規制の歴史,国際比較に加え,解雇に関する経済学的な整理を行った上で,法律の提案がなされている。今後の解雇規制に関する議論は,本書を前提に始めることになるだろう」。
 ほんとうにそうなってくれるでしょうかね。労働法学会からは黙殺される可能性が濃厚ですが,厚生労働省はどうでしょうか。労働政策審議会で議論の俎上に載せてくれるでしょうか。むしろ新しくできた労働政策基本部会あたりで議論をしていただけたらありがたいテーマかもしれませんが。

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2018年4月21日 (土)

名人戦第2局

 名人戦第2局は,佐藤天彦名人が羽生善治竜王に快勝して,星をタイに戻しました。先手の佐藤名人は,積極的な攻めの体制を築き,3三歩成り捨てという好手を指してからは一気に押し切りました。羽生竜王は最近好調だったのですが,久しぶりに不出来な将棋になってしまいました。佐藤名人がこれで調子を戻すと,名人戦は第3局以降,大いに盛り上がることでしょう。
 棋戦情報としては,王座戦の挑戦者決定トーナメントの対戦表(ベスト16)が発表されました。藤井聡太六段も勝ち残っています。ここから4連勝すると,王座戦の挑戦権を得ます。現在,藤井六段が初タイトルの可能性が最も近いのがこの王座です。現在の王座は,昨年,羽生から奪取した中村太地王座です。藤井六段に取られたくはないでしょう。藤井六段の初戦は,屋敷伸之九段で,そこで勝つと,羽生竜王と深浦康市九段との勝者との対戦となります。挑戦者決定トーナメントには,谷川浩司九段も進出しています。初戦は渡辺明棋王です。復調ぶりがどれだけのものかを試すのに格好の相手です。弟子の都成竜馬五段も進出していて,ともに勝ち進むと準決勝であたる可能性があります。ほかにも,佐藤名人,久保利明王将,菅井竜也王位とタイトルホルダーが勢揃いですし,永瀬拓矢七段や斉藤慎太郎七段など若手強豪も残っています。誰が中村王座に挑戦するか目が離せません。
 

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シリア空爆に思う

 映像でみると,現実性がないのが問題なのですが,いかに人道上の理由があるとしても,他国に空爆(air attack)するということへの違和感は強いです。ましてや日本の民間人を虫けらのように原爆まで用いて大量殺戮したアメリカ人のやることですから,なおさらです。
 たまたまみていたCNNのニュースでは,爆撃前の空撮と爆撃後の空撮とを比較して,空爆により建物が完全に消滅しているところが示されていました。そのニュースでは,きちんと狙っていた化学兵器関連施設だけがピンポイントで攻撃できたということを示していたのですが(だから問題がないと言いたいようです),かつてこの世に存在していたものがあっという間に消滅するということに対する底知れぬ恐怖を感じないわけにはいきません。
 シリア政府を擁護するつもりはまったくありませんが,化学兵器利用の証拠はあったのでしょうか。利用の疑いは濃厚でしたが,攻撃時にどの程度の確証があったのでしょうかね。CNN以外に,これもたまたまみていたBBCのトーク番組で,イギリス人の評論家(?)に加えて,アラブ人とロシア人のジャーナリストも入って議論をしていました。ロシア人は,化学兵器利用はフェイクニュースだと言っていました。イギリス人はそれに反論していましたが,その根拠は,SNSでアップされている写真だということでした。写真では,化学兵器が利用された場合の症状がでていたということのようですが,SNSだけではねつ造の可能性もあるので,これは証拠として弱いです。アラブ人ジャーナリストは,欧米人の攻撃では,アサドを止めることはできないと主張していました。国連も無力です。彼は,トランプは,金正恩に直接会うのなら,なぜアサドとも会わないのかと言っていました。解決は,アサドに対する説得しかない,ということです。
 トランプにとっては,北朝鮮のICBMが脅威であるから直接交渉をしようとしたのに対し,シリアにはそのような脅威がないからということでしょうか。イスラム教徒とはディールはできないということでしょうか。
 こう考えると,シリア攻撃には,手続の正当性ももちろん求められましょうし(国際法上の問題でもあります),それ以上に,問題解決の手段としての合理性にも疑問があることになります。ただ,そうした正当性や合理性といった面倒な話は,国際政治の力関係でふっとんでしまうものなのかもしれません。
 立憲民主党の枝野党首は,今回のシリア攻撃について「やむを得ない側面がある」が,「必要最小限の人道的なもの」かどうかを見極めると言ったそうです。ここでは人道というワードが問題です。人道目的と言われたら政治家としては反論しにくいのでしょうが,そもそも兵器そのものが非人道的なもので,それが空から降ってくるということ自体が,たとえ建物にピンポイントを爆撃したものであるとしても,非人道的ではないでしょうか。
 そこで日本共産党のHPをみてみました(その前に公明党のコメントも確認しましたが,がっかりするものでした)。次のように書かれていました。
 「国際社会による事実の確認もなく,国連の授権もないまま,米英仏が一方的に軍事攻撃を開始したことは,国連憲章と国際法をふみにじる行為であり,厳しく抗議する。
 一,米国は,昨年4月にも,化学兵器使用を理由にシリアを攻撃しているが,軍事攻撃では問題解決にならないばかりか,シリアと中東の情勢をいっそう悪化させることにしかならないことは,事実が証明している。
 国際社会が協力して,化学兵器使用の真相をつきとめ,化学兵器を全廃させ,シリアに関する国連安保理決議が提起しているように政治対話による内戦解決にむけた外交努力を強めることを求める。」
 共産党は,労働問題に関しては,現実をみているつもりでいて実はみていないダメな政党だと思っていますが,このシリア爆撃に関する意見は,まさに正論だと思いました。しかし,そこでふと不安になりました。共産党と意見が同じということは,私が国際問題について,現実をみているつもりでいるだけで,実はみていないということなのかもしれない,と。もう少し勉強してみます。

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2018年4月20日 (金)

フリーランス

 フリーランス関係の記事が相次いで出てきていますね。昨日の日経新聞では,水野裕司上級論説委員が「中外時報」でとりあげていましたし,今朝の日経新聞では,JILPTの調査で,仕事に対する満足は約7割などの調査結果が紹介されていました。電子版の速報記事でも,労政審でフリーランスの問題に着手すると出ていました。
 先月9日の経済教室でも書いていますが,フリーランスについては,要保護性ばかりをみていてはいけません。デジタライゼーションの進行のなかの中心的な働き方なのだという視点で政策を構築していく必要があります。
 というか,これは最終的には,新たな労働法を作るという作業であり,だからこそ私は大きな関心をもっているのです。実務的な問題にもお付き合いをしますが,基本的には,もっと先の理論的課題をみています。現在,広い研究分野の人を集めた共同研究プロジェクトの構想をもっており,何とか成果にまで結びつけばいいなと思っています。
 週刊労働新聞の連載も,次の4月26日号から2回連続でフリーランスを扱います。

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2018年4月18日 (水)

手続的正義は重要

 財務事務次官のセクハラ問題は,これを政治的な問題として扱うのなら,政治家に好きなようにやってもらっていいのですが,法的な観点からは,週刊誌の記事だけで,かつ,被害者不詳ということでは,セクハラがあったと認定することはできません。そんなことが認められれば,一般市民だって,どんな疑惑をかけられて加害者に仕立て上げられるわからない危険な社会が来ることになります。週刊誌報道は,これからの手続のきっかけにすぎないのであり,その内容の正否は検証を要するはずです。
 人を断罪するためには,最低限,「いつ,どこで,何があったか」が具体的に示されていなければなりません。大学のアカハラ的セクハラのケースで,被害者がセクハラと申告しているだけで,セクハラがあったものと認められるのです,と堂々と言った人もいるのですが,これが世間の人権感覚であれば,それを是正する必要があります。たしかに真の被害者であれば,申告するのは勇気がいることで,それにもかかわらず申告している以上,セクハラの事実があったと認めてもよいという意見は感情的には理解できますが,しかし,かりに真の被害者でなかった場合,「冤罪」により「断罪」された人の受けたダメージは計り知れないものがあります。このバランスをとるためには,手続をきちんとふんで事実を確認することが大切なのです。こうした手続をふんでこそ,加害者を裁くという手続が正当なものとなるのです。
 ここに効率性的な発想をいれて,たとえばこれだけの証拠があれば95%の蓋然性で事実があるという因果関係が立証されれば後の手続は省略してよいというようなことは,法的な発想と相容れないのです。それについては公正な手続(事実の摘示,反論機会の付与,公正な第三者の裁決や異議申立の可能性など)を経ていなければいけないというのが法的思考だと思います(効率性と正義のバッティングはいろいろなところで言われますが,こういう点に最も顕著にあらわれてくるような気がします)。
 それはさておき,被害者への配慮を十分にしたうえでの公正な手続の進め方もあるはずです。この点で,財務省が,その顧問先の弁護士事務所へ,被害者に名乗り出るように求めたという報道が確かであれば,気になるところはあります。これは公益通報の場合にも出てくる論点ですが,公益通報者は,会社側が給与を払っている弁護士は,会社とグルであると考えて,なかなか公益通報しにくいという話があり(実際には弁護士は公正に働いているのでしょうが),同じようなことが今回にもあてはまるような気がするからです。名乗り出る先をもう少し工夫したほうがよいでしょう。また「名乗り出る」というのは言い方が強くて,何かもう少し穏やかな表現はないものか,という気もします。
 手続的には,その先もあります。かりに事実関係が明らかになっても,それがどの規範に抵触するかを明らかにすることが必要だからです(というか,これが本来は先決事項のはずです)。刑法か,民事上の不法行為か,服務規律か,倫理・道徳かなど。他人を批判する場合には,そこがしっかり明確にされておく必要があると思います。
 こういうのがごちゃごちゃのまま,雰囲気で他人を批判するようなことがあってはならないと思います。疑惑をもたれている人の人権に配慮することこそ,実は長い目でみれば,みんなのためになるのです(憲法がなぜ刑事手続での人権に考慮した条文[31条から40条]をたくさん含んでいるかの理由を考えてみてください)。ここからの手続は,世間の誰がみても,納得の行くような形で進められることを期待します。

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2018年4月17日 (火)

谷川九段,若手を一蹴

 56歳になったばかりの谷川浩司九段が,叡王戦タイトルを金井恒太六段と争い,初戦に勝ったばかりの高見泰地六段を一蹴しました。これで谷川九段は今期3連勝で,幸先の良い出だしです。今日は,棋界ナンバー2のタイトルに近づきつつある若手棋士を,まったく寄せ付けず(高見六段は後手であったとはいえ,王手どころか敵陣に迫る手するまったく指せませんでした),まさに圧勝でした。格の違いを見せつけたという感じで,これほどの一方的な勝負になるとは予想もつきませんでした。光速の寄せが炸裂です。
 対局棋戦は竜王戦の4組ということで,谷川九段が本来いるようなクラスではありません。ここ10年ほどの不振で,ここまで落ちてしまいましたが,会長職もやめて,将棋に専念できれば,もともとの才能は随一なので,この年齢でも復活があるかもしれません。体調だけは気をつけてください。
 これで竜王戦4組ではベスト4に残りました。あと1勝すれば昇級が決まりますし,優勝すれば,決勝トーナメントに進出して竜王奪回を目指せます。準決勝は,最近藤井斬りをして男をあげた弟弟子の井上慶太九段との対戦の可能性もありますので,これも楽しみです。

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2018年4月16日 (月)

新聞

 週刊労働新聞は,自分が連載をしておきながら言うのも変ですが,誰がこういう新聞を誰が読んでいるのだろうと思いながら書いていたのですが,結構,読んでいる人がおられるようで驚きです。日経新聞の経済教室と同じくらいの反応かもしれません。確かに送っていただいた掲載誌を読んでいると有益な情報が豊富で,固定客が多いのでしょうね。
 小学校6年生のときの将来になりたいものに「新聞記者」と書いていた私ですが(なぜそう書いたのか記憶にないのですが),こうやって新聞に書く機会を与えてもらっているのは,有りがたいことです。幼いころの希望は,いつか実現することもあるということでしょう(このことは前にも書いたような気がします)。
 ところで,最近,若い人は新聞を読まなくなっていて,Yahoo ニュース,Live door ニュースなどで情報を得ているだけのようです。新聞くらい読まなければダメだよ,と小言も言いたくなるのですが,でも新聞もたいしたことを書いているわけではないので,あまり強く言うことはできません。
 実は私も紙媒体の新聞は購読していません。日経と毎日と朝日はネットかスマホで読んでいます。実はYahooニュースも,スマホやPCでみています(アプリを入れています)。スポーツ系は,PCでニッカンをときどきみて,阪神が勝ったときはデイリーもしっかりみるという感じです。ほんのときたま出張したときに,ホテルで紙媒体の新聞を届けてもらうと新鮮な感じもしますが,いまさら紙の新聞を購読する状況には戻れないですね。
 さて,週刊労働新聞の話にもどると,4月16日号は,「テレワークを普及させるために」です。前に予告したように,前回に続いてテレワークの話題です。テレワークとしつこく言い出して,もうかなりになりますが,世の中はようやく変わりつつあるようです。積極的にテレワークをする人はまだ少ないようですが,たとえば,奥さんに今日はママ友とランチにでかけるから,子供の面倒をみてと言われたら,在宅勤務にして子供をみる,というような若い夫婦が出てきているようです。こういうフレキシブルな勤務を可能とする会社が増えてきて,それを実際に活用する人が増えてくれば,もっとテレワークは世間に認知されるかもしれません。おそらく一番の問題は,夫が在宅勤務となり家にずっといるようになると,それをいやがる奥さんがかなりいるのではないか(「昼ご飯まで作るのは面倒!」),ということです。
 テレワークの普及の鍵となるのは,良好な夫婦関係かもしれませんね(自宅にいてもランチはデリバリーなんていうニーズは,かなりあるのではないでしょうか)。

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2018年4月15日 (日)

乾くるみ『リピート』

 乾くるみ『リピート』(文春文庫)を読みました。
 最初はなかなか読みづらかったのですが,途中から一気に読み進めました。タイムトラベルの話です。もしいまの意識をもったまま,10カ月前に戻れるとしたら,どうしますか,という話です。以下,ネタバレあり。
 風間という男が大学生の毛利圭介に誘った旅行は,10カ月前へのタイムトラベルでした。一緒に行く仲間は風間を入れて9人の男と1人の女。風間から誘われた9人は最初はそんなことができるのか半信半疑でしたが,すでに10カ月前へのトラベル(リピートと呼ばれていました)を経験済みの風間は,地震の予告を的確にしたことから,信じることにしました。風間は,このリピートを何回も繰り返していて,これが9回目の世界ということで,それをR9と呼んでいました。今度,リピートすると,R10の世界に行くわけです。
 R9の世界では,毛利は由子という女性にこっぴどい振られ方をしていました。今回のリピート仲間に,篠崎鮎美という毛利のお気に入りの女性がいたので,一緒に10カ月前にもどり,その時点ではまだ付き合っていたはずの由子を振って,鮎美と付き合えたらいいなと毛利は考えていました。その他の人も,リピートをすると,競馬の結果がわかっているので儲けることができるとか,大学入試の試験問題がわかっているので,東大に合格できるといったメリットを考えていました。
 10人全員がこの誘いに乗り,そして10カ月前にトラベルに成功します(ただし,1人は到着時に車の運転中だったので,ブラックアウトの症状で事故を起こして死んでしまいます)。9人は,R10の世界を生きていくのですが,リピート仲間が少しずつ死んでいきます。風間は落ち着いていたため,風間が犯人ではないかという疑いも出てきます。
 そんななか,毛利は,由子を振ったために,つきまとわれます。そして由子は勝手に毛利の部屋に入り,彼のリピートの秘密を知ってしまいます。秘密を守りたい毛利は由子を殺してしまいます。毛利はその後始末をリピート仲間の天童に頼みます。天童は探偵でした。
 その後もリピート仲間は謎の死を遂げていきます。毛利は,R10へのトラベルの前に,時間的余裕があったので,その間に10カ月間の新聞を熟読していました。そのためR10に起きることは予想できていました。しかし,リピーター仲間の死亡事故は,いずれもかなり大きいものであったにもかかわらず,新聞に出ていませんでした。毛利はそれを不気味に感じます。いずれにせよ,誰かがリピーターを狙っているのではないかと恐れるようになります。
  そんなとき風間と池田から,毛利は衝撃的なことを聞きます。実は風間と池田は,リピートを繰り返していたのです。そしてR10のリピーターは,R8においていずれも死亡していた人たちだったのです。風間と池田は,そのことを知っていたので,R9では,事故が起こらないように助けていたのです。そのためR9では,8人は生き残っていました。風間と池田は,いわば他人の運命をもてあそんで,面白がって観察していたのです。
 R10では,風間と池田は何もしなかったので,リピーターが亡くなるのは当然のことでした。毛利は,由子を殺したとき,実は由子はナイフをもっていました。ほんとうはR8では毛利は由子に殺されていたのですが,偶然,生き残ることができました。
 毛利は鮎美と付き合い,いよいよ結婚という段階になっていたのですが,その鮎美にも死亡の時期が近づいています。風間と池田は,鮎美の自宅にヘリコプターが墜落して死亡すると言います。毛利は鮎美を助けようと思い,彼女の自宅に電話をしますが,鮎美は出勤していて自宅にいませんでした。毛利は鮎美は大丈夫だと安心し,両親が亡くなるのは仕方がないと考えます。殺人をしていた毛利は,R11にリピートしてリセットしたいと考えていました。しかし,すでに毛利の子を宿していた鮎美は,R11に戻ると子を失ってしまうので,それはイヤだと言っていました。毛利は,鮎美の両親がいなくなると,鮎美はR11に行くと言ってくれるのではないかと考えて,両親を見殺しにしようとしたのです。ところがその事故で鮎美はやはり亡くなるのです。鮎美は妊婦で体調不良ということで早退して在宅だったのです。毛利は鮎美を失いました。
 最後はどうなるか。毛利は無事R11に一人リピートすることができました(なぜ一人になったかの説明は省略します)。ところが,到着したとき,ブラックアウトが起き,よろめいたところに車がやってきました。そこで毛利は死ぬことになります。
 あなたはもし10カ月前に戻れたら何をしますか。馬券を買いますか。株で儲けますか。他人の災厄を予想できているなら,それを助けますか。でも,その災厄を回避することによって,他の災厄が出てくることにならないでしょうか。と,ここまで考えてきて,どこかで読んだことがある話だという気がしていました。百田尚樹の『フォルトゥナの瞳』です。ストーリーは全然違いますが。
 不思議な小説ですが,面白くて,いろいろ考えさせられるものでした(★★★星三つ。前に読んだ作品でもそうなのですが,もう少し前半のところの展開が読みやすければいいのですが,ストーリー展開上,仕方ないのでしょうね)

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2018年4月14日 (土)

入学試験問題に採用

 日本著作権教育研究会というところから,著作物利用申請書というのが来たので,2018年度の入試に私の著作物が使われていたことがわかりました。入学試験問題での利用は,著作権法36条により可能だと思いますが,大学側から一言連絡があってもよいかなという気もしますね。
 今回は,入試試験問題集への掲載ということでしたので,その団体から連絡がありました。掲載を許可すれば,ちょっとだけ良いランチ1回分程度の利用料が振り込まれるようです(芦屋マダムのランチなら,全然足りません)。
 今回は四天王寺大学という大学の国語の試験で,拙著『勤勉は美徳か?』(光文社新書)のなかの一部分をくりぬいて,その間の4段落を,正しい段落に並べるという問題でした。自分でもやってみましたが,さすがに正答でした。ただ論理がわかっていなければできないので,そう簡単ではないかもしれません。
 いままでも数回,私の著作物について入試採用されたことがありますが,小論文や意味の理解というタイプの出題が多く,今回のように自分の書いた文章の並べ替えという問題ははじめてです。変な文章になっていないか,ドキドキしました。新書の場合は専門の校閲者が一般人にわかりやすいように比較的素直な展開にするよう指示されることが多いので,入試には使いやすいのかもしれませんね。

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セクハラ問題に思う

 行政官のセクハラが次々と取り沙汰されています。昨年あたりからハリウッド発の「#Me Too」でアメリカも大変な問題となっていますし,最近では韓国でも起きています。
 もっともよくよくみていると,セクハラといっても,いろいろなものがあって,かなり次元が異なるものが含まれているような気がします。どれもセクハラはセクハラで被害女性がいやがっていたのだから同じという言い方もできそうですが,やはり事の軽重はよくみておかなければなりません。
 アメリカの「#Me Too」の多くは,きわめて直接的な性的被害のようです。レイプであったり,強制猥褻であったり(あるいはその未遂)するものが多いようです。韓国の現在報道されている案件も同じようです(あくまでネットや報道で知ったかぎりのことですが)。
 一方,日本の行政官のものは,そのレベルにまでは言っていないようです。いずれにせよ,セクハラというと,マスコミが大きく反応するのですが,加害者と被害者の関係が上司・部下関係にあるかで,問題の性格が変わってきますし,刑法犯に該当するようなセクハラか,職場規律に違反するというセクハラか,たんに道徳的に望ましくないセクハラかなどによっても見方が異なってきます。そのどれもが許されるものではないとしても,許されない程度にかなりの程度の違いがあると思います。
 日本ではセクハラという言葉が,比較的軽く広く使われがちなので,セクハラの行為類型ごとにレベルで分けたらよいかもしれません(自動運転車のレベル分けのような感じです)。あくまで例ですが,セックスの強要(未遂も含む)はレベル4,そこまでいかない身体的接触はレベル3,執拗なデートの誘いや頻繁な卑猥な発言はレベル2,その他の性的に不快となるような言動はレベル1といったような区別をし,報道では,「今回はレベル3のセクハラの疑いがもたれている」といった書き方にすればどうでしょうか。「レベル1」であっても,セクハラはセクハラなのですが,「レベル4」も「レベル1」も同じ「セクハラ」で括られてしまうと,読者や視聴者をミスリードすることにならないでしょうか。
 ところで企業内でのセクハラは,人事管理的には,「レベル1」であっても見逃すなという方向の話になります。セクハラに対しては,もちろん被害者の保護と加害者への責任追及がベースになりますが,企業にとっても,職場環境が悪化して従業員が仕事以外のことでエネルギーをとられたり,モチベーションがさがったりすることは,深刻な問題です。上司が部下に頻繁に「セクハラメール」を送るというのは,上記の分類でいうと「レベル2のセクハラ」かもしれませんが,こういうことが行われているだけで,企業経営(行政なら公務の遂行)に大きく影響する可能性があります。その意味で,企業は,セクハラがたとえ「レベル1」であっても見逃すことはできないし,セクハラと呼ばれないほどの言動であっても,個々の従業員が不快に考えている案件であれば,それに対処していくことが経営的には大切だと思います。そういう職場になれば,セクハラのみならず,パワハラも含めた快適職場環境の阻害要因が取り除かれていくでしょう。
 このようにみると,現在,セクハラとマタハラは男女雇用機会均等法に規定があり,育児ハラスメントは育児介護休業法に規定がありますが,労働安全衛生法の「第七章の二 快適な職場環境の形成のための措置」のなかに,これらバラバラに規定されているセクハラ,マタハラ,育児ハラスメントをまとめて置いたほうがよいかもしれません。そうすると懸案のパワハラも追加しやすくなるのではないかという気がします。
 なお追記すると,財務次官のセクハラは,報道されているとおりであるとすると,記者がどこかの会社の従業員であれば,その会社のほうに,安全配慮義務違反あるいは職場環境配慮義務違反があるということになりかねませんね。女性記者(に限りませんが)を使う場合には,そのような点への配慮も必要なのです(取引先のセクハラから部下を守る義務)。色仕掛けでも何でもネタを取ってこいと言うのは論外です(本人が色仕掛け戦略に真に納得していれば別ですが)。

 

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2018年4月13日 (金)

名人戦は羽生先勝

 昨日から始まった名人戦は,挑戦者の羽生善治竜王が,佐藤天彦名人に勝ちました。これで1400勝です。歴代2位で,1位の大山康晴第15世名人の1433勝に近づいてきました。大山名人が60歳を超えても現役であったことからすると,まだ40歳代の羽生竜王の勝ち方がいかにすごいかがわかります。
 いまだに衰えを知らない羽生竜王のすごさは,昨日からの2日にわたる対局でも十分に示してくれました。初日から,双方が大駒を成り合うという激しい将棋で,いきなり終盤に突入した感じでした。序盤はじっくり駒組みをするといった悠長な将棋は,最近,だんだん減ってきています。隙あらば,序盤から切り込んでいくという激しい将棋が増えていて,そういう若若しい将棋を羽生竜王がやっているところがすごいのです。
 最後の方まで佐藤名人が優勢という声もあったのですが,実は羽生竜王の読みは深く,最後は十分に読み切っていて,若き名人に勝ちました。2年前と違い,佐藤名人に勢いがなくなってしまっているのですが,時間がたっぷりある将棋で,体力勝負というところもある名人戦で,自分よりもはるかに年長の棋士に読み負けているようではいけません。第2局以降の奮起に期待したいところです。 
 今日は,谷川浩司九段も対局しています。久しぶりにリーグ入りしている王位戦で,木村一基九段に快勝です。先日の佐藤康光九段戦(王座戦の予選)もそうでしたが,切れの良い攻めがもどってきています(木村戦では昨年度の順位戦で,コンピュータでは谷川有利なとなっていたのに投了をするという珍事がありましたが,その雪辱となりました)。王位戦リーグ(紅組)では,これで1勝2敗です。挑戦者争いからはすでに脱落していますが,シードに残れるように頑張ってほしいです。

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2018年4月11日 (水)

日経新聞は厚生労働省が嫌い?

 今朝(2018年4月11日)の日本経済新聞の朝刊の「副業という働き方(2)煮え切らぬ厚労省」は,厚労省に対して悪意がある記事に思えたのは私だけでしょうか。
 この記事だけみていると,書いているほうも副業の論点がわかっていないような気がします。
 まず記事の前半は公正取引委員会の動きを紹介するものですが,これは副業のうちの自営業に関するものです。本業の片手間の副業について,どこまで本気で公正取引委員会が相手にしてくれるのか,よくわかりません。自営業の議論の本丸は,副業的なものではなく,本業で自営業をする人をターゲットにしたもののはずです。経産省は,雇用でいま働いている人の起業の促進という目的もあって,副業から切り込んでおり,副業と自営業を一緒にして議論する傾向は,その流れにひきずられすぎているように思います。大きな政策論議をする場合は,副業型のフリーランスと個人事業者型のフリーランスを分け,後者を中心に議論をしなければいけないと考えています。いずれにせよ,先般のような報告書を出しただけで,公正取引委員会が副業問題で頑張っているかのように書くのは,ちょっと贔屓しすぎでしょう。
 一方,記事の後半は,自営業の話ではなく,雇用型副業のことです。こちらは問題状況がまったく異なりますが,ここにも二つの論点が関係しています。第1は,法律上は規制されていない副業を,就業規則などで規制してきたのを今後どうするのか,という人事管理的な論点です。モデル就業規則は,規制でも何でもないので,重要なのは,企業自身が副業に対してどういうスタンスをとるかです。厚労省(労基法)はもともと副業の規制などしていません。モデル就業規則が変わったからといって,企業の人事管理の姿勢が変わらないかぎり状況は変わらないでしょう。
 その問題と,労基法の複数事業場での労働時間の通算規定(38条2項)は別の問題です。こちらは法律の問題です。記事は,この規定が「働く人の選択肢を狭めていると批判を浴びる」と書いていますが,私は,世間が狭いだけかもしれませんが,そんな批判を聞いたことがありません。役所の研究会では,そういう議論があったのかもしれませんが,それはどれだけ世間の声を反映したものでしょうかね。まさに記事にも書かれているように,「合算ルールは絵に描いた餅」なのです。ところが,そのあとに,「しかし組織防衛の意識がブレーキをかける。『合算をやめれば労働時間が増える。責任を問われたくない』(労働基準局幹部)」となっていました。
  38条1項は,複数事業場での通算規定であって,それは同一企業内でのみの通算であると解釈することも可能です。複数企業でも通算するとしてきた厚労省が通達を改めればすむ話で,もし裁判となると,最高裁は厚労省どおりの解釈をしないかもしれません。その程度の解釈問題です。それに繰り返し述べるように,現実には,この規定は機能せず,通算などされていません。つまり,この規定は,副業を阻害していないのです。だから「合算をやめれば労働時間が増える」なんてことも,ありえないでしょう。厚労省は「責任を問われたくない」ということですが,副業を認めるかどうかは企業の判断,副業をするかどうかは本人の判断です。実効性のない労働時間の通算規定を廃棄したからといって,誰が厚労省に過労の責任を問うでしょうか(文句を言う人は,何をやっても文句を言うので相手にする必要はありません。真の問題は,健康管理のことでしょうが,それは労働時間の通算規定では達成できないものです[詳細はまた別の機会に])。
 「労働基準局幹部」が,そんな奇妙な発言をしたとは,とても考えられません。もし,そんなことを言う幹部がいるのなら,新聞記者に余計なことを話さないことこそ,真の組織防衛でしょう。ちなみに,法律の文言上は「通算」であって,「合算」ではありません。もし,その幹部が「合算」という言葉を使っていたのならば,それこそ法律を知らない素人です。ほんとうに,幹部は,上記のような発言をしたのでしょうか。真意が伝わっていないなら,名乗り上げて,しっかり弁明したほうが,厚労省の為です。

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2018年4月10日 (火)

藤井聡太六段は,七段に王手

 将棋を知らない人は,簡単に段位って上がれるんだと思っている人もいるでしょう。藤井六段の場合は,竜王戦で勝ちまくっているのが大きいです。竜王戦で連続昇級すれば,七段までは上がれます。現在,彼は,六段になったあとの連続昇級(藤井六段が在籍する第5組で上位4人に入ればOK)での七段昇段要件に到達するかどうかがかかっています。
 今日は,竜王戦第5組のランキング戦で,数日前にA級棋士の広瀬章人八段に勝っている阿部光瑠六段との対局でした。最後は自玉をがちがちに固めて抵抗した阿部六段を端攻めから見事に寄せきりました。次が第5組の準決勝でこれで勝って決勝に進出すれば,第4組への昇級確定で,同時に昇段も確定します。仮に負けても,昇級者決定戦の3位決定戦で勝てば,やはり昇級・昇段です。昇級・昇段の可能性は濃厚です。なお第5組のランキング戦で優勝すれば,昨年と同様,本戦に出場することができ,そのトーナメントで勝っていけば,竜王への挑戦の道も開かれます。昨年は佐々木勇気七段に敗れて,デビュー以来の連勝を止められたという苦い思い出がある本戦でしたが,今年もぜひ登場してもらいたいですね。
 かりに七段に上がれても,そこから先はそう簡単には昇段できません。順位戦でA級に昇級するか(藤井六段は現在C級1組),七段昇段後に190勝するか,竜王を獲得するかです。藤井六段がいつ八段にまで上がるかは,大きな注目です。
 その他の棋戦情報では,渡辺明棋王が,永瀬拓矢六段に勝って,3勝2敗でかろうじてタイトルを防衛しました。ただ最終局は,渡辺棋王の快勝でした。A級から陥落して失意のなかで,タイトルを防衛できてほっとしたことでしょう。これでタイトル獲得20期で,歴代単独5位となりました(1位羽生善治,2位大山康晴,3位中原誠,4位谷川浩司)。立派な成績です。
 明日からは名人戦が始まります。挑戦者の羽生竜王にとっては,2年前の雪辱戦となります。佐藤天彦名人は本調子ではないので,どうなるでしょうか。年齢的に最も強い時期にかかっているはずの佐藤名人が,超人羽生竜王を撃退できるでしょうか。長丁場の名人戦から目が離せません。

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私の著作

 最近では,著作物は,ネットで発信が中心になりつつあります。紙媒体でしかみれないものは困ります。最新刊の「Leaders」で,私のエッセイが載っていますが,こういう最先端の人が読みそうな雑誌だから,当然オンラインのものもあると思って,掲載誌は不要と言ってしまったら,実は紙媒体のものはなかったので,結局,私は自分の掲載頁のPDFファイルだけしかみることができませんでした。あとで,私の頁のすぐとなりにフリーランス協会の平田麻莉さんのエッセイも掲載されていることが偶然わかり,彼女から,その掲載頁の写真を送ってもらって確認できました。書店に普通に売っている雑誌かどうかわかりませんが,ご関心のある方は,どうぞ読んでみてください。    
 国立国会図書館の「人工知能・ロボットと労働・雇用の視点」(平成29年度 科学技術に関する調査プロジェクト)の第3部V「技術革新と雇用」の分担執筆をしました。字数制限が厳しく,ほとんど議論は展開できていませんが,公開されていますので,紹介しておきます(http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11065187_po_20180406.pdf?contentNo=1&alternativeNo=2018.2.6)。東京大学の江間有沙が,たいへんな骨を折って,とりまとめをしてくれました。私は江間さんの研究の内容自体は,難しすぎてよく理解できていませんが,自分がやりたいと思っていることに比較的近いことをされているのではないかと思っています。今後も,彼女からいろいろ学ぶことができればと思っています。
 次は補遺ですが,2月上旬にすでに公開されていたのに,連絡を受けていなかったというものです(その点で気分がよくないです)。とにかくインタビューを受けたときに時間がかかったものでしたので,紹介しておきます。
 「AI時代のその先に待つ働き方の未来像とは【前編】【後編】」(インタビュー)Power of Work(http://www.adecco.co.jp/power-of-work/044.html)   
   一方,超アナログの週刊労働新聞の連載「雇用社会の未来予想図-技術革新と働き方-」は,第13回となり,今回は,「テレワークの効用」です。今回と次回はテレワークです。そのあと,自営的就労者の話に移っていきます。23回の連載のちょうど半ばがすぎ,手元では,すでに16回目も脱稿していますが,書きたいネタをあと7回に押し込めれるかが心配です。とにかく週刊ですので,ちょっと油断をしていると,あっという間に締切に近くなりますので,油断をしないように頑張ります。明日から今学期(第1クオーター)の最初の私の授業が始まりますので,時間の管理をきちんとしなければなりませんね。

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2018年4月 8日 (日)

立ち直れ藤浪晋太郎

 今シーズンこそと期待されていた藤浪晋太郎ですが,早くもピンチです。何人も優秀な選手を引退に追い込んできたイップスにかかっているのではないかという噂もあります。
 昨シーズンあたりも,デッドボールをあててしまうと,目線が突然不安定となり,明らかに表情がおかしくなり,コントロールを乱すということがありました。
 先日の中日戦もそうでした。5回に突然崩れました。今回はデッドボールがきっかけではなかったので,余計に深刻です。球速は150キロをほとんど超えており,角度のある速球は力のある外国人選手のバッドもへし折るほどの威力であり,普通に投げていれば,ときたま打たれることはあっても,大崩れすることなどありえない内容です。いくらでも勝てそうな実力をもっています。
 体調に問題はなく,技術的な面も改善し,あとは精神的なものしかないようです。ただ,ここで本人の頑張りに期待するといった精神論で臨んでしまうと,いつまで経っても改善はしないでしょう。もしイップスなら,専門家の治療を受ける必要があるはずです。プロ野球選手ですので,自助努力ということもあるのでしょうが,球団のほうも彼を戦力とするためには,きちんとサポートする必要があるでしょう。それがファンへの責務です。
 球団もきちんと対処しているとは思いますが,あまりにも同じことの繰り返しなのでファンとしても,何か言いたいという気分になっています。金本監督も藤波への期待と裏切りという言葉を繰り返しているだけのようなので,きちんとした治療や対策をしないで,マウンドに送り出しているのではないかという疑問も浮かんできます。
 これだけの素材をこのままにしておくのは,阪神だけでなく,日本球界のためにももったいないです。折しも,大谷翔平のメジャーリーグでの大活躍が伝えられていますが,藤波だって投手としての素材だけみると,大谷と遜色ないものがあるはずです。
 藤波の復活を心より祈ると同時に,阪神球団の彼に対するいっそうのサポートをお願いしたいと思います。 

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2018年4月 7日 (土)

働き方改革推進法案の閣議決定

 働き方改革推進法案が,閣議決定したそうです。法案はもう公表されているのでしょうか。私は,法案そのものは,まだみていませんが,法案要綱はすでに発表されており,今回のビジネスガイドの「キーワードからみた労働法」でも取り上げました(たいへん申し訳ありませんが,時間外労働に関して,追加と訂正があるので,日本法令のHPでご確認いただければ幸いです)。
 法律案の要綱だけをみていると,たいへんわかりにくいところがあるのですが,要するに,時間外労働についていえば,きちんとした上限規制を設けたということです。私が要綱を読んで理解した範囲で述べると,まず法定労働時間(1週40時間,1日8時間)の例外として,三六協定で定めることができる時間外労働の例外(免罰的効果や強行性の解除の効果)の枠の上限(限度時間:1カ月45時間,1年360時間))に,従来にはない拘束力をもたせ,さらに臨時の必要性に基づき延長できる場合(いわゆる特別条項の場合)の枠(1カ月100時間未満[休日労働の時間込み],1年720時間以下)にも上限を設定して拘束力をもたせました。これに反する内容の三六協定は無効となり,無効な三六協定に基づき時間外労働をさせれば,免罰的効果などは発生せず,労基法32条等の違反となります。また時間外労働(+休日労働)そのものの直接規制として,(三六協定に基づく場合であったとしても)単月100時間未満かつ複数月平均80時間以下の上限が罰則付きで定められています。
 一見,たいへんな規制強化のようでもありますが,よくよくみると,これらの時間数の水準は,それほど厳しいものとは思えません。むしろ遅ればせながら,日本でもようやく絶対的上限(年720時間,月100時間,かつ変形制で月平均80時間)が導入されたということで,これは望ましいことだと考えています。
 他方,高度プロフェッショナル制度については,野党が強く反対しそうです。他の政治案件ともかかわるのでしょうが,反対はやめてもらいたいものです。いつも述べているように,拘束的に働く労働者にはきっちりした労働時間規制をし,他方,創造的な業務などで自己裁量・自己管理的に働くことに適した労働者には労働時間規制を思い切ってはずすというメリハリが,これからの労働時間規制においては不可欠なのです。高度プロフェッショナル制度は,私の求めるものを十分に満たしていませんし,この働き方に対して健康確保などを言い過ぎるのは適切でないと思っています(私案は『労働時間制度改革』(中央経済社)を参照)が,それでも,この程度のもの(私からみれば規制過多です)であっても,国会を通過しないようでは困ります。
 以上のコメントは速報的なものですので,同一労働同一賃金の部分も含め,具体的なコメントは,法案の原文を確認したうえで発表したいと思います。 

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2018年4月 6日 (金)

年度末に駆け込み?

 JILPTの「メールマガジン労働情報」は,いつも非常に役立っていて,助かっています。神戸にいると,行政の動きの最新情報がなかなか入ってこないのですが,このメルマガのおかげで最新情報に疎い私もなんとか世間の動きについていけています(JILPTの宣伝的な部分は不要ですが)。時々さぼって読んでいないこともあるのですが,そうすると,たちまち行政の動きから遅れてしまいます。
 今日,届いたのをみると,3月30日に,厚生労働省が「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」報告書(これは前にコメントしましたね)と「年齢にかかわりない転職・再就職者の受入れ促進のための指針」を出したことが書かれていました。後者は,私も委員の末席にいた会議に関係しているもののような気もします(勘違いだったらすみません)。でも,とくに連絡がなかったので,関係していないのかもしれません(もともと,その会議には,私はほとんど何も貢献していないので,関係しているなどといえたものではありませんし)。そのほか,「雇用類似の働き方に関する検討会」の報告書も出ていましたね。こちらはずっと気になっていたものですが,コメントが難しいです。
 それはともかく,役所関係のこの種のものは,とくに受託事業のものについては,年度末に仕上げるということのようです。これはなんとかならないでしょうかね。3月末から4月にかけて,いろんな行政系の文書が出てくると,追いつくのが大変です。私たちが,読まなくていいと思っているわけではないでしょう。予算の関係なのでしょうが,期日を決めてやるのは,締切があってよいかもしれませんが,拙速となる危険性も大です。こういう習慣は断ち切ったほうがいいです。それと4月に異動,7月に異動というのも,継続するプロジェクトの場合の担当者についてはやめたほうがいいです。一つのプロジェクトの間は異動なしにしてもらいたいものです。自分を口説いた彼女がいるからと思って参加したら,別の女が出てきたというのでは困ります。前にも同じような愚痴を書いたかもしれませんが……。
 

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2018年4月 5日 (木)

Biagiの非業の死を無駄にしてはならない

 2002年3月19日,イタリアの労働法学者のマルコ・ビアジ(Marco Biagi)は,赤い旅団(Brigate Rosse)のテロで斃れました。あれから16年。彼の命日の記念式典がなされた日,彼がかつて教壇に立っていたModena・Reggio=Emilia 大学の壁に「マルコ・ビアジは,もう自転車に乗らない。マリオ・ガレージに栄誉を。仲間のテロリストに栄誉を」という落書きがあったそうです。
 このおぞましい落書きについて,ビアジの後継者で,現在,同大学の教授をしている友人のミケーレ・ティラボスキ(Michele Tiraboschi)が,ADAPT International Bulletinの最新号に,エッセイを載せています(英文http://englishbulletin.adapt.it/wp-content/uploads/2018/04/TIRABOSCHI_The_Vicissitudes_of_Marco_Biagi.pdf)。イタリア語の原文は,イタリアの経済新聞のIl Sole 24に掲載されています(http://www.ilsole24ore.com/art/commenti-e-idee/2018-03-19/marco-biagi-conti-mai-fatti-fino-fondo-224035.shtml?uuid=AEabzWJE)。
 マリオ・ガレージは,赤い旅団のメンバーで,ビアジ殺害の実行犯です。なぜ一労働法学者にすぎないビアジが,極左のテロリストに暗殺されることになったのか。このブログでも取り上げたことがあります(削除前のものだったかもしれません)し,詳しくは,ビアジの親友であった諏訪康雄先生の「追悼 自転車はどこへ向かったのか?--マルコ・ビアジ教授のご逝去を悼む」日本労働研究雑誌502号2頁以下をご覧になっていただければと思います。
 ミケーレは,ビアジが進めた労働市場改革が,雇用の不安定化をまねき,それが若者の困窮をもたらしたとする議論に強い反発を感じているようです。自分と見解が違う者を「敵」とみなし,その言うことをあえてねじ曲げて解釈し,敵として純化させ,それへの憎悪により,自分たちの集団の結束を図るというような愚かなことが,ビアジの非業の死につながってしまったことの反省ができていないと,ミケーレには思えるのでしょう。
 ビアジが労働市場改革をしようとした2002年当時,イタリアの労働市場は欧州のなかでも最悪に近い状況だったのです。ビアジがやろうとした労働市場改革をミケーレが引き継いで実現したからこそ,イタリアの労働市場の状況は悪いとはいえ,現状にとどまっているという面があるのです。その功績は冷静にみて評価しなければなりません。それにもかかわらず,いまだにビアジを殺したテロリストを英雄視する声があることに,ミケーレは怒りを感じているのでしょう。イデオローグたちが純粋な若者を洗脳してあおり,言論による対話を避け,問答無用の暴力で敵を殺してしまうというような愚かなこと(日本の五・一五事件で,現職の犬養毅首相が,青年将校たちに銃殺されたときも,同様でした)は,二度と繰り返されてはなりません。
 ミケーレは,「馬鹿げていて,アンフェアな死だ。それは憎悪と不寛容の風潮のなかで起きたことだ。残念ながら,その風潮はまだなくなっていない。それが悪化して,戻れないところにまで至らないようにすることが,私たちみんなに課されたことだ」と述べて,エッセイを結んでいます。
  親日家であったビアジは,当時のイタリアでは珍しく外国法の研究に熱心な研究者でした。日本の労働法にも詳しく,何度も来日していました。彼は比較法の知見を深めるなか,イタリアの労働市場の後進性を強く認識し,その改革を進めようという純粋な意図で,有名な白書(Libro Bianco)を執筆していました。その白書で提案された改革案どおりに立法が進もうとしていたときに,テロリストに狙い打ちにされて殺されるという痛ましいことが起きたのです。なぜ,そんなことが起きたのか。ミケーレは,その総括と反省ができていないということを慨嘆しているのです。
 政府に近い立場にあり,影響力が大きかったとはいえ,学者の学問的信念に基づく言動にテロで反発するということが21世紀の先進国で起きたこと,そして,それになお同調する声もあることに,他国のこととはいえ,私たちは恐ろしさを感じます。今日,アメリカは,あのpolitical correctnessにうるさい国であったとは思えないほど,大統領が,憎悪と不寛容の言葉をまき散らしています。これが世界中に影響しないわけがありません。私たちは,よほどしっかり自分たちの理性と節度をもっていなければ,再び言論が軽視され,暴力がまかりとおる危険な時代に引き戻されてしまうかもしれません。
 その一方で,イタリアの若者たちの間に,現在の社会に対する深い不満があるということも知っておく必要があるでしょう。ポピュリスト政党の広がりは,そうした不満がまだ投票箱に行っているからましなのかもしれませんが,そうした政治過程での行動に限界を感じ,そこに新たな煽動者が出てきて導火線に火をつけるようなことになれば,危険なことが起こりかねません。ミケーレが嘆いた落書きには,そうした危険性が表れているようにも思えます。
 貧困からの脱却や防止と,そのために必要な教育は,社会の安定にとってとても重要なのです。これは日本にだって,もちろんあてはまることです。

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2018年4月 4日 (水)

県の個性

   滋賀県の現在のイメージは「禁煙」県であり,それが見事に結果を出して,日本一の長寿県となりました。実に素晴らしいことですし,大の嫌煙家の私には,うらやましいです。兵庫県も見習って,「受動喫煙ゼロのお店ステッカー」というのを作ってほしいですね。はじめていくような店は,ネットで調べて禁煙かどうか確認するのですが,その手間を省くことができて助かります。
 県の個性は何かが問われている時代において,滋賀県は実によいところに着目しました。徳島県のように,情報通信関連産業に力をいれて,テレワーク先進県となったところもあります。これらの県の知事は,発信力も高いです。
 では兵庫県の個性は何でしょうか。兵庫には五国と呼ばれる摂津・播磨・但馬・丹波・淡路があり,それぞれ独自の文化をもっています。摂津には,神戸港のある県庁所在地の神戸だけでなく,芦屋,宝塚など日本中に知られた都市があり,衣食住のいずれも日本の最高クオリティを誇っています。そのほかにも,有馬温泉,西宮戎など歴史的な文化遺産もあります。播磨は,世界文化遺産に登録されている姫路城があり,最近では将棋で有名な加古川や赤穂浪士で有名な赤穂もあります。日本海に面している但馬には,世界的に有名な「但馬牛」がありますし,城崎温泉も有名でしょう。丹波は,やや地味かもしれませんが,「黒豆」は兵庫県の代表的な農産物の一つです。淡路は,誰もが知っている日本で最大の島ですが,歴史的にも,神話で最初に創られた島が淡路島であり,日本の原点ともいえます。
 これだけの歴史,文化,グルメ,観光の資産をもっている兵庫県です。問題は,この五国の個性をどう統合して,兵庫県らしさを打ち出すかです。若い人材がなかなか兵庫県を出ると帰ってこないと言われていますが,若者にもっと強くアピールするような県作りが,いま求められているのです。とはいえ,おじさんやおばさんが,どんなに頑張っても良いアイデアは浮かんでこないでしょう。できるだけ若い人を登用して,その柔軟な発想で大胆な県作りをしてもらいたいものです。

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2018年4月 3日 (火)

個性ある教科書には価値がある

 個性ある労働法の本が2冊届きました。水町勇一郎『労働法(第7版)』(有斐閣)と川口美貴『労働法(第2版)』(信山社)です。いつも,どうもありがとうございます。どちらも著者の個性が十分に現れていて,教科書として出す価値のあるものです。何人かの共著で出す教科書では,内容より,外形的な面で差別化を図ろうとする傾向がよくみられますが,この二人の単著は,堂々と自分の労働法理論の個性で勝負しているように思います。そうした姿勢にはたいへん共感できます。
 水町さんの本は,今までも何度もふれたことがありますが,改めていうと,この程度の分量の本にしては,労働法の歴史や機能にたっぷりと紙幅を割いているところが良いと思います。法解釈は,私とは相容れないところは多々ありますが,それは別に気にはなりません。立場的には「中道左派」という感じで,「左派」中心の労働法のなかでは,バランスと安定の良さがあります。実務家も安心して参照できるでしょう。
 一方,川口さんの本は,大部のもので,労働法辞典といった感じがします。「場合」分けがわかりやすくなされており,数学の本のような匂いもあります。どの論点にも自分の理論体系から丁寧に対応しているところが特徴的です。川口さんと理論体系を共有しなければ困るのでしょうが,体系書というのは,元来そういうものでしょう(川口さんの本は,教科書ではなく,むしろ体系書と言うべきでしょうね)。立場的には,「左派」だと思いますが,運動よりも論理で勝負という感じがします。
 はなはだ印象的なコメントで申し訳ありませんが,どちらの本も労働法の研究者なら手元に置いておくべきでしょう(川口さんの本は,ちょっと大きいですが)。

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2018年4月 2日 (月)

ヘルステックが面白い

 労働新聞で連載中の「雇用社会の未来予想図-技術革新と働き方-」の第12回目は,「先端技術で健康管理が変わる」です。第11回目はHRテックを扱いましたが,今回は関連する流れで「ヘルステック」です。健康管理とテクノロジーの融合の重要性は,このブログでもときどき言及しているものですが,この技術は労働法にも影響を及ぼすのではないかと考えています。
 労働時間規制の重要性は減り(なくなることはありませんが),より直接的な健康管理のあり方が模索されることになるのです。経済産業省と日本総研の「ウェアラブルなどを活用した働き方改革における健康確保に係る委員会」に参加して,そこでプレゼンをしたり,議論に参加したりしたことをきっかけに,いっそう問題意識が鮮明になってきました。
 従来,労働者の健康確保という研究テーマは,主として労働安全衛生法や安全配慮義務に関する領域とされ,ごく限られた研究者しか取り組んできませんでした。私はこの領域に,自己管理・自己責任論を導入していく理論的可能性を探ろうと思っています。それはインディペンデント・コントラクター(IC)の健康確保という話にもつながります。私の頭の中では,先日の日経新聞の経済教室でも書いたICの法整備のなかの一つの重要分野という位置づけですが,さらにその具体的な規制内容を考えていくと,健康保険などの社会保険の領域にもつながっていくと考えています。
 いずれにせよ,ヘルステックは重要なテーマなので,日本法令で連載中の「キーワードからみた労働法」のなかでも取り上げるつもりです。詳細な解説は,そこを参照してください。さらにできれば今年中に,別の媒体で,具体的な政策提言にも踏み込めればと思っています。

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2018年4月 1日 (日)

これは1発レッドカード

 私は自分自身が清く正しくというようなタイプではないし,正義の味方ヅラができるような人間ではないことも自覚しているので,他人の失言的な発言を批判することは気が進まないのですが,今回の件については,きちんと発言をしておかなければ,このブログをやっている意味がないように思えたので,あえて書きます。 
 日本経済新聞の3月31日の夕刊に,次のような記事が出ていました。
 「東京労働局の○○局長は30日の定例記者会見で,マスコミ各社の記者に『何なら皆さんの会社に行って,是正勧告してもいいんだけど』と脅しとも取れる発言をした。局長は直後に発言について謝罪した。」(○○は筆者)
 野村不動産に対する裁量労働制の違法適用についての特別指導のあり方が問題となっているのですが,それを追及するマスコミに対して恫喝的な発言をしたようです。その恫喝は,労働局に与えられている権力の行使をちらつかせたものでした。これが事実であれば,1発レッドカードでしょう。
 国民と権力との間には常に緊張関係があります。行政が強大な権力をちらつかせて,国民を萎縮させるのは,独裁国家にはよくあることです。民主主義国家で自由な政治的言論が保障されていて,なかでも国民の知る権利に重要な意味が与えられている戦後憲法体制の下で,行政がマスコミを恫喝するというようなことは,絶対にあってはならないことです。
 そもそも,労働局(その下にある労働基準監督署)になぜ強力な権力が与えられているのでしょうか。労働者の保護のために制定されている労働基準法等の労働保護法規の実効性を担保するため,行政による監督に強い役割が与えられているのです。その権力の矛先は,通常は,労働法の遵守義務がある使用者に対してです。弱い立場にある労働者を守るために,行政がいわば正義の味方として,使用者に対して権力的作用を行使することが特別に認められているのです。しかし,それでも,労働法は私人の間の関係を規律するものであることを考慮すると,労働法違反に罰則を課したり,臨検などの強制的な権限を行政に与えることには,立法論としては疑義がありうるところです。監督行政機関のもつ権力というのは,それほどデリケートなものです。労働基準法,労働安全衛生法などでは,労働者の基本的な権利を守るための必要悪として,私人である使用者に対する権力の行使が特別に認められているという意味を権力をもつ者はよく理解しておく必要があります。最近,労働局が労働法の出前授業をやるという話を聞きますが,まず教育を受けるべきは,権力をもつ者のほうでしょう。
 今回の労働局長の発言は,たとえば国税庁長官がマスコミに追及されたとき,これ以上何か言ったら税務調査に入るぞ,というのと同じようなものです。あるいは警察の不祥事を追及すると,逮捕するぞというのと同じともいえます(ちなみに労働基準監督官は,司法警察官の職務を行うことができる[労働基準法102条]ので,逮捕権などもあるのです)。
 この局長は後で謝罪していますが,それは意味がありません。最初のような発言をすること自体が問題なのです。今後の厚生労働省の労働政策に支障が出てきます。労働政策の立案において,行政監督によるエンフォースメントは,権力濫用の危険があるので,できるだけ行政監督はさせないほうがよいという議論にもなりかねません。労働基準監督官をはじめ多くの現場の職員(そのなかには私のゼミ生もいます)は,まじめに働いているのです。彼ら,彼女らの名誉のためにも,今回のことは放置できません。信頼回復のために何をしたらよいか,厚生労働省は早急に考え,対応を講じるべきです。

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