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2018年3月14日 (水)

吉村昭『高熱隧道』

 ある弁護士の先生に勧められて,吉村昭『高熱隧道』(新潮文庫)を読んでみることにしました。いまから半世紀ほど前の本です。黒部川仙人谷ダムの建設における高熱隧道の開設工事の壮絶な現場を克明に描いたノンフィクション作品です。読み出すと止まらなくなりました。「蟹工船」とはまた違った昭和初期の劣悪な労働環境を,技師(彼らも労働者の一人)の目線から描いたものです。
 自然を切り開いてトンネルを掘ることの過酷さは,知識としては知っていましたが,改めて大変な作業であることがわかりました。黒部の秘境の道なき峡谷を分け入って荷物を運ぶだけでも,何人も転落して死亡しました。トンネル工事では高温の地層にあたってしまい70度,80度,最終的には160度以上にまでなるほどの暑熱という過酷な現場となりました。冷気を入れるなどの対策をとっても20分もいることができません。おまけに発破に使うダイナマイトが自然発火して多くの死傷者が出たり,宿舎が泡雪崩というものにより一瞬に消失したりといった,ちょっと考えられないような凄惨な現場になってしまいました。それでも工事は続行されたのです。
 警察は工事の中止を命じますが,軍部は水力発電のためのダム建設の推進を主張します。会社側も,もちろん多額の投資を行っており,工事の中止は倒産を意味するので,続行を求めます。それでも多くの死傷者が出て中止の方向になっていたのに,天皇から犠牲者の遺族に下賜金が支払われるとなったとたん,だれも中止を言えなくなってしまいました。その後も多くの死傷者を出しながらダムは完成します。
 人夫は金のために働きました。死と隣り合わせで働くことで,高い報酬を得ることができました。しかし,仲間が木っ端みじんになった遺体を目のあたりにしたり,普通の人間なら一歩も入れないような高温の場所で作業をしたりするなかで,そうした死地に自分たちを追い込んでいる上司たちや会社への恨みも募っていました。労働者たちには深い葛藤があったことでしょう。このアンビバレンスが本書の主題でもあるのでしょう。ダムの完成後,技師たちは人足頭のアドバイスで,早々に現場から立ち去りました。殺される危険があったからでしょう。
 この当時,人間の命があまりにも軽いものであったことを思い知ります。危険有害業務の域を超えています。最初から死人が出ることは覚悟のうえでの業務だったのです。国策でもあったので,止めることができないし,高額の賃金は魅力です。当時の政府が,無謀な戦争をしていたことにも通じることです。
 この本では人夫側の心理は描かれていません。著者は,彼らがいかなる気持ちであったかは,読者に想像させようとしているのでしょう。
  多くの人が読んだことがある本でしょうが,もしまだなら是非読むことをお勧めします。(★★★★ 星4つ)

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