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2018年3月

2018年3月31日 (土)

プロ野球が始まる

 憂鬱な時期となりました。阪神タイガースのことを気にしないで毎日を送ることができればいいのですが,やはり試合がある日は気になります。開幕の巨人戦は1勝1敗でスタートです。
 今シーズンは,野手の先発は,福留,糸井は固定ですし,大山のサードは決まっていましたし,期待の高い新外国人ロサリオは当面は先発起用でしょう。残るはセカンド,ショートと外野の一角だけです。とくに外野は大変で,昨年活躍した中谷以外にも,高山,俊介,江越,緒方,伊藤隼太,板山ら使ってみたい選手がたくさんいますし,内野手は大和がトレードで抜けても,セカンドにコンバートされた鳥谷をはじめ,上本,西岡,北條,陽川らがいます。捕手も,梅野と坂本のライバル以外に,昨年はダメだった原口がいます。原口はファーストが空いていないので,捕手か代打要員となるのでしょう。
 福留は休養日が必要ですし,鳥谷も慣れないポジションでフル出場は無理かもしれません。その隙をついて,若手がチャンスをつかめるかですね。
 投手は,昨年勝ちに恵まれなかった小野が飛躍の年でしょう。メッセンジャー,秋山の両エースに加えて,能見,そしてもう後がない藤波です。岩貞,岩田,青柳にも期待したいです。それに小野以外にも,才木やドラフト2位の髙橋(遥)も高評価です。髙橋(遥)は左投手なので,右投手主体の阪神のなかで,活躍が期待されます。抑えのドリス,マテオは好調のようで,中継ぎの桑原,藤川もそこそこやるでしょう。
 こうみていくと,結構やれるかなという気もしますが,中日以外は,どのチームも戦力アップしているので,今年のセリーグは激戦が予想されますね。

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2018年3月30日 (金)

年度末の雇止め

 年度末です。日本独特の一斉異動,一斉退職が始まります。とりわけ2018年の3月末は,新たに有期労働契約でトータル5年の期間が満了して更新されないために辞めるというパターンが多いのではないでしょうか。もっとも,現在は人手不足なので,それほど雇止めにされる人はいないかもしれません。それでも,労働者本人も使用者も有期労働契約のまま5年を超えてもよいと考えているにもかかわらず,無期転換ルールがあるので雇止めにされたという人の話は,私の耳にも入っています。そうした人のなかには,クーリング期間を置いて復活する人もいます。傀儡法人に転籍させて,5年後に戻すといった脱法的な企てを耳にしたこともあります。いつも言っているように,無期転換権を事前に放棄することが認められれば(放棄の要件は厳格にされるべきなのは当然ですが),こうしたことがなくなると思うのですが,この私の主張は受け入れられていません。
 2018年4月になると,無期転換権を取得する人も現れることでしょう。この大変な悪法(労働契約法18条)は,悪運が強く,景気がよい時期に重なって,企業がすすんで無期転換をしたため,むしろ現実を先取りした規定という印象を与えています。しかし,景気がよくて自発的に無期転換が進むなら,労働契約法18条のような規定は本来不要であったともいえます。それなら,景気が悪いときもあるから,そのときにそなえて同条は必要だという反論もありそうですが,景気が悪いときには5年以下での雇止めが増えるでしょうから無期転換は起こりにくいでしょう。それに,もし経営状況の悪い企業で無期転換がなされると,経営状況はより悪化し,景気もいっそう悪くなるので妥当な政策とはいえないでしょう。どっちにしても問題の多い規定なのです。
 欧州にだって,類似の規定があるではないか,という反論もありそうです。ただ,日本のこの規定の導入(2012年。施行は2013年4月)には,法による強制的な人事改革(非正社員をなくせ)という面があったのです。私は,そこが気に入らないのです。法がこういう強引なことをすべきではないと考えていますし,それをやると,必ず副作用が出てくるでしょう。たとえば,「非正社員をなくせ」というのは,実はみんなを非正社員にするのと同じことになる可能性が高いのです(正社員ばかりになると,正社員でも雇用調整を容易にできるようにする必要があり,そうすると非正社員化していくのです)。
 いずれにせよ,労働契約法18条は,企業に対して,有期労働契約は5年までのところで,その労働者を無期にするか,雇止めにするかの選択を求める意味をもっています。労働者からすると,両者には天と地の差があります。無期になれるという道が開かれたことによって,雇止めのショックは大きなものとなるでしょう。これも同条の副作用の一つでしょう。

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2018年3月29日 (木)

井上慶太九段やりました

 藤井聡太六段の連勝を16で止めたのは,なんと井上慶太九段でした。王将戦の1次予選でしたが,おそらく事前の予想では9割以上は藤井勝ちではなかったでしょうか。井上九段はA級在位経験もあるベテラン棋士ですが,タイトルをとったことはなく,棋戦優勝は2回ということで,それほど目立った実績はありません(藤井六段はすでに棋戦優勝1回)。日の出の勢いの藤井六段には勝てないと多くの人が考えても不思議ではありません。
 井上九段は,谷川浩司九段の弟弟子で,年齢は私と同じ54歳です。芦屋市出身,加古川市在住で,すでに関西棋士の長老的な地位にあります。解説は非常にわかりやすく,明るい性格で,テレビでみていても好感度は高いと思います。また弟子の活躍はめざましく,昨年タイトルを取った菅井竜也王位がいますし,A級棋士で,昨年は名人戦に出て,今年もあと1勝で名人挑戦というところまで行った稲葉陽八段がいます。
 そういう井上九段ですが,この日の対局は,途中までは後手の藤井六段が積極的に攻めて,6六桂という攻めの拠点を作り,好位置に飛車取りで角を打ち,と金もでき,また竜が受けにも攻めにも効いているというように後手好調のようでしたが,藤井玉が居玉のままでいたのを,井上九段が巧みについて,最後は見事に藤井玉を詰まして討ち取りました。井上九段の受けと攻めのタイミングの取り方が絶妙で,プロの将棋というのは実力は紙一重で,見た目の勝ち負けほど実力の差がないということが改めてわかりました。この対局にかぎっていえば,時間の使い方も重要でした。藤井六段が先に時間を使ってしまって難所のところで残り時間がなくなって攻めが単調になり,そのことが井上九段に余裕を与え,藤井六段が勝負手を出して逆転する可能性をなくしてしまったように思えました。
 それにしても,自分の年齢の3分の1以下の稀代の天才と呼ばれる相手と真剣勝負をして勝つのは快感でしょう。おじさん世代に夢と希望を与える井上九段の快勝譜でした。

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2018年3月28日 (水)

職場のパワハラの法規制

 厚生労働省で「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」というのが立ち上がっていたようです。HPで調べると,2017年5月に第1回の会合があり,座長は中央大学の佐藤博樹さんでした。委員をみると,人選に個別のコメントはしませんが,人数が多いですね。これだけの委員がいるなかで,議論をまとめて10回の会合で報告書を出すというのは,さぞかし大変なことだったでしょう。
 ところで今朝の日経新聞の朝刊(なぜか社会面)によると,「報告書はパワハラの判断基準として(1)優越的な関係に基づいて行われる(2)業務の適正な範囲を超えている(3)身体的・精神的な苦痛を与える――を示した。企業側に相談窓口の整備や相談担当者の研修,被害者のプライバシーを保護するための規定づくりなどを求めた」とし,ただ「焦点だった法規制は労使間の議論が平行線をたどり先送りされた。今後は労働政策審議会(厚労相の諮問機関)で検討する見通し」ということでした。
 判断基準については,おそらく「業務の適正な範囲」というのがポイントで,本人の主観的な判断だけではいけないということでしょう。法規制となると,定義を明確にする必要がありそうですが,セクシュアル・ハラスメントでも,そこは指針にゆだねるという方法をとっているので(男女雇用機会均等法11条),同じような方法ができないわけではないでしょう。なお,法律で規制するときに,どの法律に入れるのか(快適な職場の実現という観点から労働安全衛生法になりますかね),独立した法律にするのか,ということも気になりますが,さらにパワハラにどのような訳語をあてるのかも気になります。もともと和製英語ですが,「優越的地位の濫用」だったら独禁法みたいになりますしね。ひょっとしたら行政文書では,もう何か固まった言葉があるのかもしれませんが。
 私は『君の働き方に未来はあるか?-労働法の限界と,これからの雇用社会-』(2014年,光文社新書)において,労働法は飽和状態にあり,これからは規制緩和の時代になるので,労働法に頼る生き方ではいけないということを書いているのですが,その際に,飽和状態という評価の留保として,パワーハラスメントの領域は未規制で残っていると書いていました(103頁。もう一つは受動喫煙を挙げていましたが,その後,きわめて不十分な内容ながら労働安全衛生法に入りました[68条の2])。パワーハラスメントの規制で労働法は真の飽和状態となり,あとはエントロピーの法則により衰退に向かうことになるのでしょうが(異論は多そうです),そのパワーハラスメントの法規制そのものがかなり難しいところがあります。拙著『雇用社会の25の疑問-労働法再入門-(第3版)』(2017年,弘文堂)では「パワハラ」を用語解説にあげており(143頁),そこでも示唆しているのは,パワーハラスメントは,企業内の人間関係など企業風土と密接に関係しているので,基本的には,企業人事が自発的に対応していくのになじむものではないか,ということです。今日の法規制は,エンフォースメントの手法が問われるようになっています。権力的規制ではなく,企業に働きかけて(精神面での)健康経営を促すにはどうすればよいか,という視点でのアプローチを,労政審では議論してもらいたいものです。 

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2018年3月27日 (火)

残念なこと

 予想されたとおりとはいえ,今日の佐川宣寿氏への証人喚問では,新しい事実は何も出てきませんでした。文書改ざんは明らかに違法なことですが,それについて佐川氏にいくら理由や経緯を聞いても答えるはずがありません。刑事訴追の可能性を理由として証言を拒否するのはわかっていたことです。質問するだけ時間の無駄です。
 首相夫人の影響も何度も問われていましたが,それを佐川氏が否定したのも予想どおりです。肯定することは考えられません。追及側に決定的な証拠があれば別ですが,籠池氏の発言だけでは証拠にはなりません。たぶん首相夫人を国会に呼んでも,「私の軽率な行為で社会に多大なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。ただ国有地の売却については,私は何も存じ上げません」と答えるだけでしょう。国民はひょっとすると首相夫人が出てくることを望んでいるかもしれませんが,これは面白いショーをみたいのと同じ感覚ではないでしょうか。
  私は一国民として思うのは,籠池氏が,お金もないのに小学校をつくろうと思い,補助金を強引にとってきて,さらに8億もディスカウントされた額で国有地を買えたのはなぜかということです。補助金関係のほうは,詐欺でつかまってしまいましたが,あの財務省相手にそんな値引き交渉がよくできたなということです(交渉したかどうかは争いがありましたが)。権力者に近い,あるいは近いフリをするというのが,役人相手には効果的なのだなという印象を与えたことが,残念な気分なのです。首相夫人や政治家の直接の指示があったかなかったかはともかく,また売却価格が佐川氏がいうように適正価格であったかどうか(ゴミの償却費用の算定も国民の目にはあやしいです)などはともかく,籠池氏が首相(夫人)に近い人であり,結果として,国有地が破格の値段で売却されたようにみえているのです。そこが国民としてとても残念なのです。どこかの後進国と同じだからです。政治家があやしいことはわかっています。でも,役人には,権力者にあまりなびかず毅然としていてほしいと願うのは,無理なことなのでしょうか。

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2018年3月26日 (月)

エネルギー政策について考える

 エネルギー政策は,素人にとって非常にわかりにくいです。現在の電力は,原発の大半が止まったままとはいえ,安定供給がなされているようです。ただ,火力発電中心の発電にも反対が強いです。J-PowerのHPをみると,石炭火力発電でも大丈夫と思いたくもなるのですが,世界の流れは反対一辺倒です(Trump大統領を除く)。環境省だけでなく,外務省の有識者会議(「気候変動に関する有識者会合」)も,石炭エネルギー廃止論です。
 自然再生エネルギーの活用にはまだ時間がかかるなか,火力発電のなかでも石炭と石油はともかく,液化天然ガス(LNG)は比較的クリーンではないかと思っている人も多いと思います。原発の再稼働の動きが鈍いなか,当面はこれでいくのかなと思っていたら,昨日の日経新聞で,「火力発電LNGにも逆風 JXTG,静岡拠点の新設白紙 老朽設備の更新難しく」という記事が出ていました。理由は「景観を損ねると反対した地元の声に配慮したため」です。
 NIMBY(Not in My Back Yard)問題は,私たちが社会生活をしていくうえで重要な課題です。誰もが自分の家の裏庭に迷惑施設が来てもらっては困ると思うのでしょう。私だって同じです。かりに国のため,公共のためということであっても,火力発電そのものに対して反発があるなかで,そんなものを自分の家の裏庭につくるなという気になってもおかしくはないでしょう。せめてこれからのエネルギー供給においてきわめて重要で,国民の多くからも支持され,それゆえ国民(税金)によるしかるべき補償が約束されてはじめて,迷惑施設を受け入れることに同意するかどうかの議論が始まるのではないでしょうか。
 環境と電力の安定供給の両立をどう図るのかは,難問です。だからといって,後者を重視しない議論には与することはできません。しょっちゅう停電があるような国に,いまの日本人が住めるでしょうか。「エレベーターは途中で止まることがありますのでご注意ください」なんてのは困るでしょう。冷蔵庫が停電になると,どれだけの被害が生じるでしょうか。安定供給は犠牲にできません。だからこそ,原子力発電,火力発電(石油,石炭,LNG),太陽光発電などの,それぞれのメリットとデメリットを教えてもらいたいのです。今朝の朝刊では,三菱商事が,イギリスとオランダの(洋上)風力発電に参画するというニュースが出ていました。日本でも風力発電という手もあるのですよね。
 いずれにせよ,業者からの説明ではどうも信用できません。政府も,役所ごとの縄張り争いのようなものがあって,どの役所から聞いてもなかなか信用できません。政府お抱えの有識者というのも,実は何かの利害の代弁者という疑いがあって,信用しきれません。
 こういうときこそ,真に中立的なメディアやシンクタンクに出てきて欲しいところです。何が中立的かというのは難しいのですが,国民としては,それを何とか探し出して,信頼できるところから情報を得て,そのうえで考えていこうとする姿勢が必要なのでしょう。ネットの情報は,玉石混淆です。私の専門の労働法だけをみても,よくこんな情報を流しているな,というものもあります。書籍もそうで,専門家の本と非専門家のあやしげな本が並べて売られていたりします。素人には,何が本物かわからないでしょう。だから私も自分の専門分野のところでは,できるだけ正しい情報を流そうと努めているつもりです。
 もちろん,人間の流す情報には,本人の価値観が混入することは避けられないのであり,そういうのを超越した中立性というのはありえません。そうではあるのですが,特定の利害団体の代表者の情報,とくにそこに金銭がからむような場合は論外で,国民は要注意です。その点では,きちんとした出版社が,著者をセレクションして刊行している書籍は比較的信頼できるとはいえます。
 いずれにせよ,エネルギー政策は,私たちの生活の質に直結する重要なものです。巨大な利権がからむ分野であるからこそ,国民が賢くならなければなりません。イデオロギーとからんでいる運動論にも要注意です。小泉純一郎元首相はおそらく利権やイデオロギーから遠そうにみえるので,その反原発運動は注目に値するものですが,原発に代わる方法でどれだけエネルギーの安定供給ができるかを,もっとわかりやすく説いてもらえればと思います。

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2018年3月25日 (日)

中山千里『嗤う淑女』

 中山千里『嗤う淑女』(実業之日本社文庫)を読みました。美しき悪女の美智留が,人の弱みを知り尽くしたうえで,美貌と話力で相手を籠絡していくところがすごいです。自分をいじめた女性への復讐に始まり,自分を性的に虐待していた父への恐ろしい復讐をして,自らの敵を徹底的に排除する人生を歩み始めます。
 ファイナンシャルプランナーの資格をとった彼女は,他人の人生の相談に乗りながら,相談者の不満を狂気に誘導していきます。
 最後は,警察に捕まって,公判も進められ,殺人の証拠まで上がっているのですが,そのあとの大逆転。筋にはちょっと無理があるかなと思いましたが,でもそういうところよりも,この悪女のもつ恐ろしさには,やはりリアリティがあり,そこに震える小説ということなのでしょうね。読み始めたら止まらないですよ。 (★★★。これも半身浴のおともにどうぞ) 

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2018年3月24日 (土)

藤井聡太16連勝

 藤井聡太六段は,これまで関西勢の菅井竜也王位,豊島将之八段,稲葉陽八段に負けていました。次なる相手は元竜王の糸谷哲郎八段でした。昨日は,糸谷八段には珍しく早指しではなく,慎重に時間を使っており,この対局に向かう意気込みが伝わってきましたが,結果は,藤井六段が強さを見せつけての快勝でした。寄せの速さが際立っています。糸谷八段のこのような敗戦は,ちょっと衝撃的です。前にも書きましたが,日々強くなっているという感じではないでしょうか。これで16連勝です。いつかは連勝は止まるでしょうが,再び誰がストップをかけるかのほうに興味が移ってきました。
 名人戦の挑戦者は,羽生善治竜王に決まりました。プレーオフで稲葉八段に勝ちました。大事なところで,関西の若手強豪の豊島八段と稲葉八段を連破しての名人挑戦権の獲得は,羽生健在というところをみせました。将棋の内容も,羽生竜王の読みの深さを存分に示すもので,どちらも後手番だったのですが,気づいたら羽生優勢という状況を作り上げていました。羽生将棋の奥深さを知った感じです。稲葉八段は,わずかなミスで形勢を損ねてしまいましたが,相手が一枚上だったということでしょう。
 棋王戦は,永瀬拓矢七段が渡辺明棋王に勝って2勝2敗のタイとなりました。永瀬七段は途中圧勝の状況をつくりましたが,もたつく間に大混戦となり,でも最後は何とか勝ちきったという将棋でした。最終局で,永瀬七段の初タイトルなるかが注目です。今日も,王座戦の二次予選で,三浦弘行九段に快勝です。永瀬七段の今期42勝目は対戦相手などをみると見事ですが,なんせ今年は藤井六段がぶっちぎりです(61勝)から,目立ちませんね。

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2018年3月23日 (金)

Facebook問題に思う-同意とは何か-

 私が何か執筆する際にはネットからの情報を活用することは不可避です。その際にはGoogle検索を出発点とすることが多いのですが,これは無料です。しかし,代償なしにサービスを提供してくれるような甘い企業はありません。私たちは個人情報を提供し,そのデータが企業によって活用されるという代償を払っているわけです。Facebookの今回の問題も,十分に想定内のことでしょう。
  ただここで気になるのは,Facebookが,情報の外部提供に関して利用者に同意を求めていたという点です。問題は二つあります。
 まず利用者側が,同意なんてよく考えずにやっているから,後から「同意していただろう」と言われても困るというのは,どうかという点です。確かに同意の条件はわかりにくく,それをきちんと理解するのは,一般の利用者にとって大変なことかもしれません。約款は合理的な内容となっていると信じ込んで,しっかり確認しない人も多いでしょう。ただここに落とし穴があるのです。日本の企業のように役所が監督しているところならともかく,そういう規制から外れている企業の約款は,どこまで信用できるでしょうか。
 ところで日本の消費者契約法3条は,第1項で,「事業者は,消費者契約の条項を定めるに当たっては,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容が消費者にとって明確かつ平易なものになるよう配慮するとともに,消費者契約の締結について勧誘をするに際しては,消費者の理解を深めるために,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容についての必要な情報を提供するよう努めなければならない」としています。「明確かつ平易なものになるよう配慮」というのは,企業対一般市民の契約すべてにあてはめるべきものでしょう。
 他方で,同条2項は,「消費者は,消費者契約を締結するに際しては,事業者から提供された情報を活用し,消費者の権利義務その他の消費者契約の内容について理解するよう努めるものとする」と規定しています。消費者のほうにも契約内容の理解に向けた努力義務があるということです。契約内容を理解するよう努めるという行動は,一般市民にはかなりハードルの高いものなのですが,これからの社会では,企業のやることを信用せず,一人ひとりがリーガルなことについても自衛していくことが必要でしょう。
 この点と関係して,問題の二つ目は,同意の有効要件について,もう少しきちんとした議論が必要ということです。個人の判断に限界があるとすれば,そこに法が介入しなければなりません。
 たとえば日本の個人情報保護法は,情報の取得や利用について,「本人の同意」を得ることを重視していますが,「本人の同意」がどのような場合に有効となるかの要件は示していません(私の見落としがなければですが)。民法の一般法理にまかされているのでしょう(なお定型約款については,改正民法では548条の2以下に規定があり,契約内容への組み入れ合意があれば,個別の条項に合意したものとみなされますが,利用者の同意の要件については特に定められていません)。しかし,労働法的にいうと,同意はそれがあるだけではダメで,さらに要件を課す必要があるという議論が普通です。たとえば,労働条件の不利益変更の同意をめぐってはかなり議論があり,私もそれに関する論文を書いています(「労働契約における対等性の条件-私的自治と労働者保護」『西谷敏先生古稀記念 労働法と現代法の理論(上)』日本評論社415-432頁(2013年))。医療における「インフォームド・コンセント」の議論とも共通します。一般市民に不利益が及びかねない同意については,労働法の議論もふまえて,アカデミックに検討されていく必要があるでしょう(自由意思とは何かといった哲学的な議論にもつながっていく難問ですが)。
 ところで,この5月に発効するEUのGDPR(一般データ保護規則)でも,やはり個人データの利活用について,対象者個人(subject)の同意(consent)が重視されています。その同意については,前文32項で説明があります。長いので訳しませんが,平易な英語なので意味はわかると思います。
 Consent should be given by a clear affirmative act establishing a freely given, specific, informed and unambiguous indication of the data subject's agreement to the processing of personal data relating to him or her, such as by a written statement, including by electronic means, or an oral statement. This could include ticking a box when visiting an internet website, choosing technical settings for information society services or another statement or conduct which clearly indicates in this context the data subject's acceptance of the proposed processing of his or her personal data. Silence, pre-ticked boxes or inactivity should not therefore constitute consent. Consent should cover all processing activities carried out for the same purpose or purposes. When the processing has multiple purposes, consent should be given for all of them. If the data subject's consent is to be given following a request by electronic means, the request must be clear, concise and not unnecessarily disruptive to the use of the service for which it is provided.

  デフォルトを「同意」に設定することは許されないのは当然として,全般的に形式的な要件が中心となっています。それほど厳しい要件規制はないようにみえます。日本だと,同意について,もっと有効要件を制限していこうとする議論が学者の中からは出てきそうです。ただそれをやりすぎると訴訟が頻発してたいへんなことになるでしょう(もしそうするなら,別途に苦情処理手続が必要でしょう)。私自身は外形上から判断しやすい手続的要件を重視する立場です。対面交渉ではないネットの場合における手続要件は,情報提供に加えて,契約内容の明確性・平易性がとりわけ重要だと考えています(+不明な点についてのチャットボットの設置など)が,そこをクリアしていれば,あとは個人の自助努力(同意をするかについて自分でしっかり判断する)にゆだねざるをえないのではないかと思っています。EUの方向性もおそらくそういうものなのではないかと思います。

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2018年3月22日 (木)

労働時間問題に政治的エネルギーを使うな!

 労働時間規制の適用を受けない労働者は,現行法上の例としては管理監督者が有名です(労基法41条2号。機密の事務を取り扱う者も同様)。これに加えて,現在,政府は,高度プロフェッショナル制度を追加しようとしていますし,私は個人的により包括的なホワイトカラー・エグゼンプションの導入を主張しています(拙著『労働時間制度改革』(中央経済社)を参照)。現行法上は,このほかに,労働密度の薄い監視断続労働に従事する者を,労働基準監督署長の許可があれば適用除外とすることができ(同条3号),これに加えて,農業・畜産・養蚕・水産業に従事する者も適用除外となっています(同条1号)。
 農林水産業という言葉はありますが,労働時間規制の適用除外を論じるときは,「林」業は別扱いで,適用除外となりません。農業・畜産・養蚕・水産業が適用除外となるのは,「事業」の性質上,天候等の自然的条件に左右されるため,労働時間規制になじまないからです(林業は,この趣旨に該当しないとされています)。
 他方,「業務」の性質上,労働時間規制になじまないということで労働時間規制の緩和がなされているのが,裁量労働制です(労基法38条の3と38条の4)。
 ところで,「事業」については,かつては労基法の適用範囲に関係する概念として,8条に規定されていました。現在では,この規定は削除され,その内容は,労基法の別表1で単に事業区分を示すものとして残されています。この区分は労働時間規制の適用除外や特例との関係で意味をもっています。農業は別表第1の6号,畜産・養蚕・水産業は7号です。
 ところで,これからの農業や水産業などは,どこまで自然的条件に左右されるのでしょうか。例えば,ハイテク農業は,できるだけ自然的な条件に左右されないようにテクノロジーを使おうとしたものといえます。AIによる天候予測をはじめ,悪天候でも農薬散布などをしてくれるドローンの登場など,農業の中心的な業務が,ITやAIを利活用したデスク業務になりつつあります。
 これからは,主たる農業従事者の労働時間規制の適用除外の根拠が,労基法41条1号ではなく,38条の3(専門業務型裁量労働制)となるかもしれません。そして,デジタライゼーションの時代は,あらゆる産業にこうした現象が起こることになるでしょう。したがって,労働時間規制の適用緩和や適用除外の拡張に,膨大な政治的エネルギーを使うなんてことはやめたほうがよいのです。新しい時代に求められるのは,”労働時間を規制することにより健康を守る”といったことではないのです。
 人びとはテクノロジーを使って働くようになりますし,同時に,自分の健康はテクノロジーを使って守るようになるのです。私の頭に描かれている未来の働き方は,労働時間規制が意味のなくなった働き方です(これは現在週刊労働新聞で連載中の「雇用社会の未来予想図」の4月3日号でも取り上げます。その前の3月26日号では,HRテックをとりあげます)。

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2018年3月21日 (水)

誰がデータ入力をするのか?

 今朝の日本経済新聞の社会面で次のような記事が出ていました。
 「日本年金機構がデータ入力を委託した情報処理会社で契約違反が発覚した問題で,機構は20日,3月中に開始予定だった自治体とのマイナンバー連携が延期される見通しになったと明らかにした。同社はデータ入力ミスや中国の業者に無断で再委託していたことが相次ぎ判明した。機構は委託業者の管理手法や監査体制を抜本的に見直す。」
 中国業者はグループ会社であり,また入力を依頼したデータは,氏名とふりがなだけで,マイナンバーが含まれていないということのようでもあります(事実はわかりません)。情報処理会社(SAY企画)のほうは,契約違反ではないと考えていたのかもしれません。
 それはさておき,この事件の背景には,500万人に及ぶ膨大な個人情報のデータ入力をいったい誰がやるのか,という問題が横たわっているような気がします。
 記事では,「日本年金機構がSAY企画から提出された書類には800人程度で入力するとしていたが,機構が昨年10月に同社と打ち合わせした際に百数十人しかいないことが発覚したという」となっていました。
 この入力作業を,正社員にさせていたのか,アルバイトであったのかは不明ですが,アルバイトですと,超単純労働とはいえ,最低賃金のしばりもありますから,そんなに安くはできないでしょう。しかも,最低賃金に近い額では,人が集まらない可能性があり,実際にそういうことが起きてしまったという気もします。そこで猫の手も借りたいくらいの切羽詰まった状況になり,中国の業者(おそらく作業者は中国人)に頼ったということではないでしょうか。中国ですと,低コストで入力をしてくれる労働力がまだいるのではないでしょうか(中国人に平仮名をどう読ませるのかはわかりませんが)。いずれにせよマイナンバーのようなデータでなければいいだろうと,SAY企画は思ったのかもしれませんね。以上は勝手な推測にすぎませんが……。
 今回が契約違反であったかはともかく,そもそもこういう単純作業を日本国内だけでほんとうに完遂できるのかということは,よく考えたほうがよいでしょう。今回の事件とは別に,人工知能の機械学習に必要な「教師(訓練)データ」についても,その作成のためには膨大なデータの入力作業が必要です(膨大なデータがなければ人工知能の予測精度が下がります)。その単純作業を誰がやるのか,というのはきわめて重要な問題であり,それも今回の日本年金機構の問題と共通するところがあるように思えます。
 Amazon Mechanical Turkのようなクラウドソーシングサービスを使わざるを得ず,その際には国外で作業がされることも覚悟のうえ,というような方向に進んでいく可能性もあります。いずれにせよ,せっかくの情報も,しっかりデータ入力されて活用可能な状況になければ宝の持ち腐れです。日本人のために,こういう単純作業をしてくれる外国人に感謝しなければならない,というような時代が来つつあるのかもしれません。

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2018年3月20日 (火)

政治家の人品

 すでにネットで話題になっているようですが,私も昨日ニュースを見ていて驚いたのは,自民党の議員が,太田理財局長に対し,かつて野田首相に仕えたことがあることも指摘したうえで,「増税派だからアベノミクスを潰すために,安倍政権を貶めるために,意図的に変な答弁してるんじゃないですか」と質問したことに対して,太田氏が色をなした場面です。「それだけはご容赦ください」というのは悲痛な叫びのようにもみえました。
 自民党議員の質問は品がなく最低なのですが,それに対する「公務員としてお仕えした方に一生懸命お仕えする」という太田氏の答弁もちょっと気になりました。野田首相のときは野田首相のために,安倍首相のときは安倍首相にお仕えするということでしょうか。
 「すべて公務員は,全体の奉仕者であつて,一部の奉仕者ではない」(日本国憲法15条2項)。
 しかし,現在の公務員,とくに高級官僚は,政治家にべったりです。政治家に奴隷のごとく使われているのかもしれません。図に乗る自民党議員の財務省役人に対する攻撃的な姿勢は,目にあまります。太田氏にすれば,「おまえところのボスの不始末のために,これだけやってあげているのに,その言い草は何だ」と思っていることでしょう。あの怒りと悲しみの表情は,信じていた主人に裏切られた使用人のそれのようでした。
 その太田氏も,今回の文書改ざん問題は,おそらく自民党と手を組んで,佐川氏に全責任を押しつけて幕引きを狙っているのかもしれません。佐川氏はどんな気分でしょうか。それも役人の仕事と割り切っているのでしょうか。

 国家も地方もそうですが,議員となると,役人に対して,居丈高にふるまう輩がいます。役人の多くは頭脳明晰で優秀であり,議員たちの多くは頭脳ではかないません。しかし,議員という地位があると,力関係が逆転して,役人を顎で使えるようになるので,勘違いが起こるのでしょう。そんな議員を腹の底では馬鹿にしながら,ぐっとこらえるのが役人の仕事なのでしょうか。
 太田氏の姿をみて,あるいは佐川氏の姿をみて,これから役人になりたいと思う人が出てくるでしょうか。優秀な人であればあるほど,あんなやつらに偉そうに言われるのなら,役人になんてなりたくないと考えるかもしれません。
 文科省の元事務次官であった前川喜平氏の名古屋の学校での授業への文科省の介入も,自民党議員が関係しているようです。教育への行政の介入の危険性をきちんとわかっていない自民党議員には猛省を促したいと同時に,さすがに文科省はわかってはいたのでしょうが,政治家の圧力には抗することができなかったとするならば,やはりそれも情けないことです。
 能力のある人たちが,政治家にいいように使われる。こんな国が良い国なわけがありません。改ざん問題など,行われたことの事実解明やそのための追及はきちんとすべきです。しかし,その際も,人としての敬意は,きちんとはらわなければなりません。そういうことができない政治家の人品を国民はしっかり見ているはずです。 

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2018年3月19日 (月)

イマジニアリング

 1年くらい前に銀行業界が大きく変わるという話をしても,ほとんどの人は,そんなことは当分ないという反応でした。目の前に展開している銀行業務がある以上,それがただちに変わるとはとても思えなかったからでしょう。おまえのような素人が何を言っているのか,という感じでした。行員もいるし,顧客もいるし,現に建物や組織がある。それがなくなるというのは,よほどの想像力が必要だったのです。しかし1年後の現在,銀行は,建物,組織,行員そのものが大きく変わろうとしています。フィンテックによりビジネスモデルそのものも変わろうとしています。いま銀行業務が3年後も同じままで展開されていると考える人は,ほとんどいないでしょう。たとえば店舗はなくなり,オンラインとなります。別の業界が現在の銀行業務のかなりの「機能」を引き継いでいることでしょう。
 こうしたことになるのは別に私だけでなく,AIなどに関心をもっている人にとっては前から常識に属することでした。そして,そういうことを発信もしていました。でも人は「見たくないものは見ない」し,「聞きたくないものは聞かない」のです。いや「見えないものは信じない」と言い換えたほうがいいかもしれません。
 しかし,いま必要なのは,「見えないものを見る」力です。いや「見えないものを見ようとする」力といったほうがよいでしょう。これが想像力です。といっても夢想ではいけないのであって,テクノロジーに裏付けされた想像が必要なのです。
 弘文堂から出ている科学技術庁監修『復刻版 21世紀への階段 40年後の日本の科学技術』はとても面白い本です。1960年刊行で,復刻版は2013年です。鯉渕社長は,先見の明がありましたね。いま弘文堂は,AI関係など先端技術の本を次々と出しています。
 この本の第1部のプロローグで,当時の科学技術庁長官であり,後に首相となる中曽根康弘氏が,実にいいことを書いていました。
 「21世紀の巨峰への登頂を敢行する日本人は、すべからくイマジニヤーでなければならない。従来あるジュリスト(法律家),エコノミスト(経済人),エンジニヤー(技術者)に対して,新しいタイプの人間像が打ち立てられなければならないのだ。それはイマジニヤーである。登頂隊員は、パイオニヤー(開拓者)である。パイオニヤーに必要なものは,まず夢を見ることである。その夢を構想に打ち立てることである。その構想を現実に実現して行くテクニックの保持者であることである。このような新しいタイプの人を私はイマジニヤーと呼ぶ。単なる夢想家でもない。また地に這いつくばっている現実主義者でもない。それらの全部を総合して持っている人間のことである。……法律の世界にも,政治の世界にも,経済の世界にも,科学の世界にも,技術の世界にも,芸術の世界におけると同様に,時代はイマジニヤーを欲している」。

 これからの雇用は,流行(はやり)のテーマです。マスメディアではAIがよく取り上げられますが,政策の現場では,「AIはさておき」という感じです。でも,そういう場で議論をしても意味がありません。時間の無駄です。中曽根氏がいう「イマジニヤー」があまりにも不足しています。
 RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)が席巻してホワイトカラーの業務が大変革するのは,ズバリ2020年とみます(今年は「点火」,2019年には「爆発」,2020年に定着)。一方,狭義のAIのインパクトは,日常業務よりも,ビジネスモデルの転換のほうで大きくみられるでしょう。「Sociey5.0」(スマート社会)を前提にビジョンを描かなければ意味がありません。自動運転に典型的に起きているように,スマート社会の実現に至るまでの法的課題はたくさんありますが,いろんな分野の「イマジニヤー」が手を携えて乗り越えていけるだろうと考えています。東京オリンピックの2020年には,「スマート社会」が一般の人の前にもようやく可視化されはじめ,現実感をもってくるでしょう。そのときから雇用政策を論じても遅いのです。雇用政策の「イマニジヤー」も必要であり,社会にとってとても大事だと思っています。弘文堂の『AIがつなげる社会』(2017年)に寄稿した「変わる雇用環境と労働法-2025年にタイムスリップしたら」は,私なりに,自分のわずかな「イマジネーション」力をフル回転して書いたものですので,ご関心があればぜひ読んでみてください。現実的な政策については,拙著『AI時代の働き方と法』(2017年,弘文堂)も合わせてどうぞ(弘文堂の宣伝ページのようになってしまいましたが)。

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2018年3月18日 (日)

豊島敗れる

 A級順位戦のプレーオフは,快進撃を続けてきた豊島将之八段が,ついに敗れました。止めたのは羽生善治竜王です。羽生竜王は,残すプレーオフの最終戦で稲葉陽八段に勝てば名人挑戦決定です。一方,稲葉八段が勝てば二年連続の名人挑戦です。羽生竜王が勝てば,2年前に名人を取られた佐藤天彦名人への雪辱戦となります。
 今日の豊島八段は,先手番となったのですが,精彩を欠いていたような気がしますね。さすがに対局過多からくる疲労の蓄積があったのでしょうか。数週間前までは,王将も名人もとれそうな位置に来ていただけに,どちらもなくなって残念でしょう。若手実力ナンバーの呼び声が高いにもかかわらず,いまだに無冠です。本人もどこかで壁を越えたいところでしょう。羽生竜王は,今年の名人挑戦は前半の出来からは無理そうだったのですが,不死鳥のように蘇ってきました。
 NHK杯は今日が決勝でした。山崎隆之八段が稲葉八段に勝ち,2度目の優勝です。山崎八段の独創的でファンを喜ばせる将棋が頂点を極めました。稲葉八段は藤井聡太六段に勝ち,前局では豊島八段に勝つなどして注目されましたが,あと一歩及びませんでした。ただ,稲葉八段には,名人挑戦の可能性が残っています。羽生竜王との大勝負が楽しみですね。

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2018年3月17日 (土)

岡部えつ『嘘を愛する女』

  映画でも上映中だそうですが,岡部えつ『嘘を愛する女』(徳間文庫)をお風呂の半身浴のおともに読みました。切ない恋愛小説でした。
 バリキャリのイケてる女性の由香利。そんな由香利と5年間交際し,同棲している小出桔平。二人の出会いは,東日本大震災のとき,駅でパニックに陥ってふらついていた由香利を桔平が助けたことがきっかけでした。その後,偶然,街中で再会し,由香利が積極的にアタックして,二人の付き合いが始まります。
 30歳になろうとしている由香利は結婚を意識します。ちょうど由香利の母が上京するということで,桔平も交えて母と一緒に食事をすることになっていたのですが,約束の時間に桔平は現れませんでした。由香利は,結婚に乗り気でない桔平がすっぽかしたと思ったのですが,実は桔平はくも膜下出血で病院に搬送されていたのです。
 由香利は病院に駆けつけますが,そこで衝撃的なことを知ります。彼はある病院の研究医ということでしたが,その身分証は偽物だったのです。そして由香利は,実は彼のことは何も知らなかったことに気づきます。桔平には家族はいないと聞かされていて,親族とも疎遠ということでした。出身地も知りませんでした。意識不明の桔平は,もちろん何も語りません。
 由香利は騙されていたとわかり怒るのですが,彼の身元を知りたいと考えて,私立探偵に依頼します。手がかりは何もないなか,彼の残していたSuicaから,彼が毎日,自宅近くの中目黒と新宿を決まった時間に往復していたことがわかります。またもう一つ残していたのが鍵でした。そして,この鍵が,新宿駅近くのトランクルームであることもつきとめられます。そこに入っていたのは,お金とパソコンでした。パソコンのパスワードが解読され,残されていたファイルから,彼が小説を書いていたことがわかります。
 その小説は大長編で,夫婦と幼い男の幸福な生活が描かれていました。さわりを読むだけで,由香利は,この夫が桔平のことであるとすぐわかりました。桔平には,家族がいて,何らかの理由でそれが破綻したが,忘れられず,そのときのことを小説として残している感じでした。その小説から,桔平は瀬戸内海が出身であることがわかります。
 由香利は小説のなかのわずかな手がかりを頼りに,彼の出身の島を見つけ出します。そして現地にいき調査をするなかで,ついに彼が誰であるかを突き止めました。
 たしかに,桔平(本名は安田公平)には妻と子がいました。医師の桔平は忙しく,家庭を顧みる余裕がありませんでした。妻は専業主婦でしたが,育児ノイローゼとなり,子を殺していまいます。公平は,公判中,検察から情状証人として出頭を求められていたのですが,それを避けて出奔します。その後公平は簡易宿舎で世捨て人のような生活をしているとき,偶然,由香利に会ったのです。
 桔平(公平)が残した小説は,彼の家族の小説だったのですが,一点だけ奇妙なことがありました。亡くなった子は女の子だったのです。小説で出てくるのは男の子です。
 由香利は,まだ読んでいなかった,この小説の終章を読んですべてを知ります。本のラストは,この終章が出てきます。読者は,うるっとくるでしょう。映画はどういうストーリーかわかりませんが,桔平役が高橋一生だと知って,ぴったりだと思いました。  (★★★ 星3つ:泣かせてくれる小説をよみたい人たちはどうぞ)

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2018年3月16日 (金)

役人と文書

 役人にとって文書はとても大切です。最近はようやく重い腰をあげてペーパーレスに踏み切るところも増えてきたようですが,メンタリティとしては,作成した文書の量こそが,自分たちの仕事の証と考えている人がまだ多いことでしょう。
 役人の作成する文書には,役人の思惑がこめられています。私は,そういう思惑に無頓着で,ある研究会で文面どおりにとらえて発言して,馬鹿にされた(?)ことがありました。役人の文書を鵜呑みにして真面目に考えるなんて愚かなことというのが,霞ヶ関の常識なのでしょう。
 それでも(あるいは,それゆえこそ)文書は役人にとって大切なのです。自分たちのやりたい政策を,いかに首相の施政方針演説などにもりこめるか,日本再興戦略などの閣議決定される文書のなかにもりこめるかといったことが勝負なのです。自分たちで作文して政治家に発言させ,そこから有識者会議などの会議を立ち上げて委員に適当に議論させて,そこでとりまとめ文書に盛り込みて,お墨付きを得たうえで,予算をとってくるというのが大切なのでしょう。大学教授が関係させられるのは,その会議のところですが,あんまりとんがった意見をいう人は敬遠されます(たとえば厚生労働省系では,とんがったプロレイバー系の意見を言う人はまず委員に選ばれません)。とりわけ座長というのが大切で,それなりの名声がある人でなければ箔が付かないし,でも露骨に御用学者っぽい人でも困るし,でも役人のいうことを聞かない人でも困るということで,この人選は難しく,適任者も限られているので,どうしても同じような人に集中しがちとなります。
 個人的にいうと,自分の考えている政策と近い会議も存在していて,そういうところに参加するときは自由に発言できる研究会のノリでいけるので問題ありませんが,何をやりたいかわからなくて,たんに実績だけほしい会議とか,そういうものになるとフラストレーションがたまります(今後は引き受けません)。私は,これまでは一委員にすぎなくても,いかにしてこの会議が成果を出すことができるかということを真面目に考えていたりもしていたのですが,徐々にそんなことは誰も求めていないということがわかってきました(繰り返しますが,すべてがそうではなく,例外もあります)。
 ところで,ここで言いたいことはその先にありまして,役所とはそういうところなので,とにかく文書がきわめて大切なのです。正式な文書に書いてあることが「憲法」なのです。だからその文書を勝手に書き換えるということは,おそらく役人レベルでは恐ろしくてできないだろうと思えるのです。現在の森友文書改ざん問題も,財務省の職員が亡くなられるという実に痛ましい出来事がありましたが,その原因の一つは,まったくの推測ではありますが,自分たちにとって何よりも大切な文書について,虚偽の内容に書き換えを命じられることが,自分の職業上のアイデンティティの喪失につながり,精神的に耐えられなかったということがあったのではないでしょうか。現実の仕事の世界は,正直すぎるのではいけないのでしょうが,それは事と次第によります。今回は融通を利かすという次元を超えることだったのでしょう。
 その職員に改ざんを命じた財務省の幹部だって,そんなことはやりたくなかったはずです。文書の信用性が軽視されたら,彼らの仕事は成り立たないからです。政治家をうまく使って,自分たちの思うような文書を作り上げ,その文書の権威と付託に基づき行政を行うというのが役人の仕事なのです。文書の権威がなくなれば,政治家に対抗できなくなります。
 ということで,この問題は,やはり政治家が関与しているとしか考えられません。忖度程度で動くには大きすぎることでしょう。それでもかつての財務省,大蔵省なら政治の圧力に抵抗することができたかもしれません。それだけ現在,政治側の力が強くなっているのでしょう。何よりも,元の文書がやばすぎて,このままなら首相退陣となりかねず,そうならないために,いわば「憲法」を上回る「超法規的な」措置が必要という判断を役人が下したのかもしれません。財務省にとっては,安倍首相にもう少し続けてもらいたかったのでしょう。しかし,この判断がまずかったのです。
 これ以上,役人から死者が出てはいけません。守るべきは組織でも政治家でもありません。役人の方には,何を守るべきか,よく考えていただければと思います。

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2018年3月15日 (木)

藤井聡太六段15連勝

 順位戦C級2組で,すでに来期の昇級を決めている藤井聡太六段が,三枚堂達也六段をやぶって10勝負けなしで今期の順位戦を終えました。今年に入ってますます強くなっている感じで,もはや敵なしです。デビューからの29連勝もすごいですが,いったん連勝がとぎれたあと,再び15連勝をしている現在のほうが,数段強い感じがします。15連勝のなかには,佐藤天彦名人,羽生善治竜王などのトップ棋士に勝った星も入っていて,それだけ価値が高いです。今期は,連勝記録は当然のことながら,勝数(60勝),勝率(0.845),対局数(71局)のすべて1位です。マスコミは,デビューしたばかりの中学生棋士がやったからすごいという褒め方をしていますが,私は中学生かどうかということは,もう関係ないと思っています。とにかく異次元に強い棋士がいて,しかもまだ急速な成長過程にあるということが大切です。終盤の攻めの鋭さは見事ですし,ややもつれたときの相手を誤らせる勝負術ももっている藤井六段。来期は,どんな活躍をしてくれるでしょうか。
 王将戦は,久保利明王将が4勝2敗で防衛です。名人挑戦を逃して悔しかったでしょうが,王将のタイトルは守りました。負けた豊島将之八段は,超過密日程が気の毒でした。A級順位戦の最終戦で自分が負けてプレーオフになってしまったことが原因なので仕方ないのですが,プレーオフでは,久保王将,佐藤康光九段に連勝し,さらにA級順位戦の最終戦で負けた相手の広瀬章人八段にも雪辱して勝ち残っています。次は羽生竜王です。若いのできつい日程でも体力は十分でしょう。豊島八段はここが棋士人生の勝負どころです。
 棋王戦は,渡辺明棋王が永瀬拓矢七段に勝って2勝1敗です。永瀬七段は不調の渡辺棋王が相手なので,大チャンスなのですが,どうも相性がよくない感じです。ただ永瀬七段は順位戦のC級1組は最終局に勝ってB級2組への昇級を決めました。もう一人は,すでに昇級を決めていた千田翔太六段です。
 順位戦のB級1組は,最終局,ハッシーは負けて,阿久津主税八段が勝ったので,阿久津八段のA級復帰が決まりました。ハッシーは残念な結果に終わりました。来期のB級1組は,上から渡辺棋王が落ちてきて,さらに菅井竜也王位もいるなど,豪華なメンバーです。谷川浩司九段は今期は指し分けでしたが,来期はA級復帰を目指してがんばってほしいです。それに竜王戦も4組では困ります。先日は菅井王位との対局で,みごとに攻め勝っています。今期は現時点で16勝13敗と久しぶりの勝ち越しですし,勢いのある若手にも勝ち,光速の寄せが徐々に戻ってきてもいます。年齢的には下降線にあるのは否めないのですが,55歳(4月で56歳)でのこの頑張りは,同世代の私たちを大いに勇気づけてくれます。

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2018年3月14日 (水)

吉村昭『高熱隧道』

 ある弁護士の先生に勧められて,吉村昭『高熱隧道』(新潮文庫)を読んでみることにしました。いまから半世紀ほど前の本です。黒部川仙人谷ダムの建設における高熱隧道の開設工事の壮絶な現場を克明に描いたノンフィクション作品です。読み出すと止まらなくなりました。「蟹工船」とはまた違った昭和初期の劣悪な労働環境を,技師(彼らも労働者の一人)の目線から描いたものです。
 自然を切り開いてトンネルを掘ることの過酷さは,知識としては知っていましたが,改めて大変な作業であることがわかりました。黒部の秘境の道なき峡谷を分け入って荷物を運ぶだけでも,何人も転落して死亡しました。トンネル工事では高温の地層にあたってしまい70度,80度,最終的には160度以上にまでなるほどの暑熱という過酷な現場となりました。冷気を入れるなどの対策をとっても20分もいることができません。おまけに発破に使うダイナマイトが自然発火して多くの死傷者が出たり,宿舎が泡雪崩というものにより一瞬に消失したりといった,ちょっと考えられないような凄惨な現場になってしまいました。それでも工事は続行されたのです。
 警察は工事の中止を命じますが,軍部は水力発電のためのダム建設の推進を主張します。会社側も,もちろん多額の投資を行っており,工事の中止は倒産を意味するので,続行を求めます。それでも多くの死傷者が出て中止の方向になっていたのに,天皇から犠牲者の遺族に下賜金が支払われるとなったとたん,だれも中止を言えなくなってしまいました。その後も多くの死傷者を出しながらダムは完成します。
 人夫は金のために働きました。死と隣り合わせで働くことで,高い報酬を得ることができました。しかし,仲間が木っ端みじんになった遺体を目のあたりにしたり,普通の人間なら一歩も入れないような高温の場所で作業をしたりするなかで,そうした死地に自分たちを追い込んでいる上司たちや会社への恨みも募っていました。労働者たちには深い葛藤があったことでしょう。このアンビバレンスが本書の主題でもあるのでしょう。ダムの完成後,技師たちは人足頭のアドバイスで,早々に現場から立ち去りました。殺される危険があったからでしょう。
 この当時,人間の命があまりにも軽いものであったことを思い知ります。危険有害業務の域を超えています。最初から死人が出ることは覚悟のうえでの業務だったのです。国策でもあったので,止めることができないし,高額の賃金は魅力です。当時の政府が,無謀な戦争をしていたことにも通じることです。
 この本では人夫側の心理は描かれていません。著者は,彼らがいかなる気持ちであったかは,読者に想像させようとしているのでしょう。
  多くの人が読んだことがある本でしょうが,もしまだなら是非読むことをお勧めします。(★★★★ 星4つ)

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2018年3月13日 (火)

転職力と情報

 労働新聞の連載「雇用社会の未来予想図」は,第6回と第7回の「日本型雇用の強さと限界 上・下」を経て,第8回は「雇用を守るのは自分だ」ときて,今週号の第9回は「適職探しのススメ」です(手元には第12回分のゲラがあるので,ずいぶん前に書いたものという感じです)。
 日本型雇用システムの変容となると,雇用の流動化ということになり,「転職力」が重要となります。第8回と第9回はそういうことに関して書いています。
 2014年に上梓した『君の働き方に未来はあるか?-労働法の限界とこれからの雇用社会』(光文社新書)では,employability に「転職力」という訳語をあて,これを本全体に通底するキーコンセプトにしています。そこでの主たるメッセージは,労働者よ(とくに若者よ),転職力を高め,適職を探せということです。
 もっとも,こうしたメッセージは,昔からあるものですが,強調したいのは情報の取得方法の重要性です。拙著では,第3章「ブラック企業への真の対策」として「情報開示の重要性」をあげていました。そこでは,企業に対して,社風など,ほんとうに転職希望者が知りたい情報をいかに開示させるかが重要というトーンで書いていました。しかし現在では,こうしたことは,社員のSNSの投稿から分析ができます。今朝の日本経済新聞でも,Vorkers(ヴォーカーズ)のことが紹介されていましたが,こういうサービスを活用することで,社員をとおした情報開示が可能となっているのです。労働者が一番知りたい情報は,そこに眠っていると考えてよいでしょう。よいところに目をつけたビジネスです。日経新聞の記事では投資情報に社員の口コミが使えるという内容でしたが,もちろん求職者も使えます。
 昨年上梓した『雇用社会の25の疑問』(弘文堂)の第3版では,新たに「会社は,社員のSNSにどこまで規制をかけてよいのか。」というテーマ(第10話)をとりあげました(第2版までは電子メールの規制をテーマにしていました)が,そこでの私の結論は,会社は社員のSNSに規制をするのではなく,社員による良い投稿を武器にできるような会社であるべきというものでした。優秀な人材の取り合いという状況になっている現在,会社は投資家対策だけでなく,人材確保という面でも,自社の社員の口コミを戦略的に活用すべきでしょう。労働者や学生側からみると,転職力の向上が,いまや口コミという強力な社内情報の取得方法に依存しているのです(フェイク情報への注意は必要ですが)。
 年休取得状況なども簡単にわかります。横並びで比較されると,年休取得率が低い会社は,印象が悪いですね。
 ところで今朝の別の記事で,「パナソニック,1時間単位で有休」とありましたが,これも企業のイメージアップにつながりそうです。もっとも,この見出しはミスリーディングです。労働法屋がこの見出しをみると,年次有給休暇が1時間単位取得か,とまず考え,「それって現行労基法でも2008年改正以降可能だよな」と考えます(39条4項)。それのどこがニュースなのかと疑問をもつのですが,よく内容をみると,「出産・育児など家庭の事情を理由にした有給休暇」がこれまで半日単位であったのが,1日単位とすることを,労使で協議中ということでした。このほか,同じ記事のなかで,法定の年休と法定外の特別休暇のことがごちゃごちゃに書かれていたりして,少しわかりにくかったです(S社が「17年12月,有休のうち5日分を1時間単位で取れる制度を始めた。パートを含めた全従業員が対象だ」という記事は,上述の39条4項の協定を結んだだけのことなので,とくにニュースになるようなことではなく,企業イメージの過剰アップになっていないかという疑問もあります)。
 転職者は,新聞が垂れ流す情報を鵜呑みにするのではなく,転職候補先の会社の社員からの生の情報をみて,それをきちんと自分で解読しようとする姿勢をもち,その解読のための知識を身につけることが必要でしょう。

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2018年3月12日 (月)

昭和史の教訓

  半藤一利『昭和史-1926~1945』(平凡社)の続きです。この本は,最後に,昭和史の教訓を5つあげています。
 第1に,国民的熱狂をつくってはならない,時の勢いに駆り立てられてはいけない,ということです。日本人は熱狂したがゆえに,誤った戦争に突入してしまいました。第二次世界大戦のとき,当初,良識ある海外軍人のほとんどがアメリカとの戦争に反対だったそうです。それが国内の勢いから参戦賛成に変わってしまいました。理性が熱狂に破れたのです。戦争は軍の独走によるだけではできないものでした。国民も支持してしまっていたという事実を忘れてはなりません。
 第2に,「最大の危機において日本人は抽象的な観念論を非常に好み,具体的な理性的な方法論をまったく検討しようとしないということです。自分にとって望ましい目標をまず設定し,実に上手な作文で壮大な空中楼閣を描くのが得意なんです」。
 ソ連が参戦したら困るということから,ソ連は参戦しないという思い込みになり,それに基づき戦略を進めてしまいました。ドイツが欧州で勝つから,そうなるとアメリカは戦争を続けていく意思を失うので,日本とも講和に導けると考えてしまいました。囲碁や将棋でいう「勝手読み」です。
 現在の日本人も,対北朝鮮などで,自分に都合のよい構想を描いていないか反省することが必要です。冷静に国際情勢を考えたときに,荒唐無稽な夢想になっていないかを絶えずチェックすることが必要です。
 第3に,「日本型のタコツボ社会における小集団主義の弊害がある」ということです。これはエリートが国を誤らせるということと同義です。現在でも,省益で動く官僚をみていると,この欠点はまったく変わっていない感じもします。財務省という日本の超エリートたちの独善の弊害が,現在の森友問題に現れているようにも思えます。
 第4に,「ポツダム宣言の受諾が意思の表明でしかなく,終戦はきちんと降伏文書の調印をしなければ完璧なものにならないという国際的常識を,日本人はまったく理解していなかったこと」にわかるように,「国際社会のなかの日本の位置づけを客観的に把握していなかった,これまた常に主観的思考による独善に陥っていたのです」。
 グローバル化が進んだいまこそ,国際社会のなかの日本の位置づけや国際常識の正確な理解が重要であることは論を待たないことです。
 第5に,「何かことが起こったときに,対症療法的な,すぐに成果を求める短兵急な発想です」。「大局観がまったくない,複眼的な考え方がほとんど不在であったというのが,昭和史を通しての日本人のありかたでした」。
 現在の森友問題も,政治家たちは,そこだけをみないで,これからの日本のあり方という大きな視点で解決に取り組んでもらいたいです。
 半藤氏は,最後に,「昭和史全体を見てきて結論としてひとことでいえば,政治的指導者も軍事的指導者も,日本をリードしてきた人びとは,なんと根拠なき自己過信に陥っていたことか,ということでしょうか」と結んでいます。
 日本の周りに次々と独裁国家が生まれつつあります。北朝鮮だけでなく,中国も習近平の独裁国家に変わろうとしています。ロシアも選挙によるとはいえ,プーチン独裁国家がすでに存在しているといってよいでしょう。アメリカのトランプも選挙により選ばれた王国といってよいでしょう。独裁となると,憲法のしばりなど吹っ飛びます。独裁を生まないための知恵は,民主主義ではありません。民主主義が合法的な独裁を有む危険性があることは,歴史が証明しています。
  日本は同じ轍をふんではいけません。上述のように国民の熱狂が民主主義に融合すると危険です。民主主義を守るだけでは不十分で,それを通してどのような国家を作り上げるか,そこに日本国民のほんとうの力が問われることになるでしょう。

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2018年3月11日 (日)

米朝電撃会談と歴史の教訓

 昨日に続いて,日本経済新聞の「春秋」についての話です。3月10日の朝刊で,1939年の独ソ不可侵条約のことがとりあげられていました。
 「そのころ日本はノモンハンでソ連と戦っている最中」でしたが,「仲間と頼んでいたドイツが,敵のソ連と握手した衝撃はいかばかりだったろう」。「こんどの米朝の複雑怪奇も相当なものだろうから,日本外交のまさしく正念場である。かの不可侵条約には,じつはポーランド分割を決めた秘密議定書が付属していた。歴史は多くのことを教えてくれる」。
 昨日も取り上げた半藤一利『昭和史-1926~1945』(平凡社)では,日本政府が情報戦でいかに遅れをとっていたかが克明に描かれています。とくに悲劇的なのは,最後の最後までソ連の仲介による戦争終結を信じ続けて,結局,ソ連の対日参戦というひどい裏切りで終わったことです。
 米朝会談が日本の頭越しに行われることの危うさをよく理解しておかなければなりません。日本は,第2次世界大戦でソ連に裏切られたように,今回もアメリカを信じていながら最後は裏切られるということがないように用心しなければなりません。米朝韓が日本抜きで何らかの秘密合意をしてしまう可能性はないでしょうか。米韓が北朝鮮への制裁は継続するという話だけ聞いて,安心しているようでは甘いと思います。
 森友問題で安倍政府の力が急速に弱まりつつあることも心配です。森友問題は公文書の書き換え(刑法犯にも該当しかねない)のような,政権を揺るがしかねない問題になっていますが,同時に国際情勢も風雲急を告げています。
 ノモンハンでソ連と死闘を繰り広げていた日本の政府は,まさか日本と防共協定まで結んでいたドイツがソ連と手を組むとは夢にも思っていませんでした。「ときの平沼騏一郎首相は『欧州の天地は複雑怪奇』なる言葉を残して退陣した」のです。そして現在,トランプと金正恩,この二人の間で何か複雑怪奇なことが起こらないとは限りません。「異形の2人の接近が日本に,東アジアに何をもたらすのか凝視せねばなるまい」と春秋は結んでいます。
 安倍政権は,先進国のなかでも最も安定的な政権であることが,日本の外交上のポジションを高めていました。私は別に安倍政権の応援団というわけではありませんが,国益に沿った行動はどいうものかを,野党もよく考えてもらいたいと思っています。外交と内政をうまく切り分ける知恵はないでしょうか。

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半藤一利『昭和史』

  大学受験に日本史と世界史を選択していた私ですが,日本の現代史は十分に勉強していませんでした。高校のときの日本史の先生は土器が大好きな人で,古代史が専門。現代史どころか,中世にやっとたどりつくという授業ではなかったかと記憶しています。勉強は自分でやるものですが,知らぬうちに,現代史は試験にも出ないし,あまり重要性がないという誤った観念が植え付けられていた感じがします。しかし,これからの時代を考えていくとき,まさに教養としての昭和史の学習はきわめて重要だと思います。現在の学校での日本史教育がどうなっているのかわかりませんが,日本の負の面も含めて昭和史をしっかり学校で教えてもらいたいです。
 少し前に読んだ半藤一利『昭和史-1926~1945』(平凡社)はとても良い本でした(もちろん半藤氏の史観には異論もあると思いますが)。日本やアメリカへの憤りや悲しみで,なかなかページが進まないこともありました(そういう感情的な反応が危険なことは承知しているのですが)。
 3月9日の日経新聞の春秋で,73年前の東京大空襲のことが書かれていました。後の原爆投下の悲劇があまりにも大きすぎるのですが,アメリカは,日本の至るところに民間人に対して,空の上から爆弾を落としてきたのです。私たちは現在,北朝鮮からのロケットの脅威を感じていますが,当時はアメリカの爆撃機がしょっちょう飛来して実際に無慈悲に爆弾を落としていたのです。私の母は,生前,アメリカのパイロットの顔をみたと言っていました。それほど低空飛行して,爆弾を落としていたのです。
 その司令官が,日経新聞の記事にも名前が出ていたカーチス・ルメイ(Cartis LeMay)です。「皆殺しのルメイ」「鬼畜ルメイ」です。ルメイのことは教科書には出ていないと思います。後に日本から政府の思惑で叙勲されたのですが,昭和天皇は直接勲章を手渡すことをしなかったそうです。彼の悪魔的な所業を知っていたからでしょう。ただ私も,ルメイのことは,半藤氏の本で知りました。教科書では教えられていなかったことです。
 この本を読んで,断片的にしか知らなかった現代史の知識をもう一度体系化できてよかったです。アメリカを信じるな,ロシアを信じるな,というのは,この本を読むといっそうその感が強くなります。戦後のどさくさにおけるソ連の悪行は,アメリカの原爆投下なみのことです。終戦時に中国大陸に残っていた日本人の悲劇を私たちはしっかり語り継がなければなりません。
 一方で,イギリスのもつ戦略的な重要性というのもわかりました。EUを離脱して孤立化するイギリスは,アメリカにも顔が利き,ロシアを抑える外交力もある点で,日本としてはかつての日英同盟のとき以来の再び重要な国になるかもしれません。
 アメリカは無慈悲にも長崎にまで原爆を落としました。広島でさえ許しがたいことですが,長崎に落とす必要性はどう考えてもありません。日本側が降伏を遅らせたから長崎まで被害にあったという意見もあるのですが,アメリカはもともと原爆を二つ作っていたので,はじめから二つ落とすことは決めていたようです。韓国人が日本人に対する怒りもわからないではないですが,それをよく日本が受け止められていないのは,日本人というのは,こうした残虐なアメリカ人にも本気で怒らないような国民であるからなのかもしれません。
 少し古いものとなりますが,著名な評論家の宮崎哲弥が,文藝春秋special2015年春号の「大人の近現代史入門」のなかで「ヒロシマ・ナガサキこそ戦争犯罪だ」という論文を書いています。そこでは,原爆投下をめぐるアメリカの政治哲学の議論が,日本に有利なものとして援用できると主張しています。アメリカ人のなかでも良識派は,原爆に正当性がないことはわかっていたのです。オバマ前大統領が広島に来たのは,そうしたアメリカの良識派を代表していたからかもしれません。
 過去のことを水に流さそうというのは生きるうえでの重要な地位ですが,国際的な関係ではそうはいかないのです。現に日韓,日中でそういうことが起きています。私たちはアメリカという国を信じてはいけません。といって毛嫌いすることもよくありません。戦略的に対峙することが必要なのだと思います。
 これからの私たちは,正しく昭和史を総括することが必要です。それは,日本が悪くなかったということを確認するものではありません。むしろ日本の弱点をよく知ることが必要なのです。そして弱点から来る誤りを繰り返さないようにするには,どうすればよいのかを,とくに若い世代の人に考えてもらうことが必要なのです。半藤『昭和史』は,ぜひ多くの人に読まれるべきでしょう。宮崎論文も,一読に値するでしょう。
 平成も終わろうとしている現在,昭和の前半史を学ぶ必要性はますます高まっていると思います。

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2018年3月 9日 (金)

経済教室登場

 今朝の日本経済新聞の朝刊の経済教室に登場しています。昨年8月末以来だと思います。今回は緊急登板的な感じで,与えられたテーマはフリーランスでした。前の経済教室でも自営的就労者のことには少し触れていたので,今回はそれをメインに書くという感じです。他のメディアでは,このテーマについては,すでにかなり書いたり,インタビューを受けたりしていましたし,日経新聞でも別のコーナーで登場したことがありました。今回は昨年のWedgeに続く大きな媒体での登場で,とくに経済人の方に向けて書くという感じです。ちょうど2月に比較法シンポジウムをやっていたこともあり,そのときの流れをひきずりながらの執筆となりました。
  とはいえ経済教室は字数が3000字と厳しいので,書きたいことを絞りこまなければなりません。注をつけたいところも多々ありましたが,もちろんそんなことは許されません。これは厳しいのですが,よい勉強になります。
 まず悩んだのはフリーランスという言葉です。これだけで6文字です。自営的就労者という言葉もよく使ってきたのですが,これも6文字です。もちろんインディペンデント・コントラクターは長すぎます。これを最初にあげて,以下,ICとするという方法もあったのですが,あまり読者に親切ではありません。ということで,個人事業者という言葉にしました。個人事業主という言葉も税法などでは使われますが,少し違った言葉にしました。フリーランスよりや自営的就労者より1文字少ないだけですが,頻出ワードなので,字数の削減効果は大きいです。
  原稿のなかでは,経産省の「雇用関係によらない働き方に関する研究会」や現在進行中の厚生労働省の「雇用類似の働き方に関する検討会」などにも言及したかったのですが,これも長すぎるので省略です。政治の動きは直近の新聞報道で出たものに限定しました。
 統計は,総務省の労働力調査で,こちらは「自営業主」という言葉があったので,これは仕方ないのでそのまま使いました。OECDのself-employment は,定義が広いのですが,参考までにあげました。本当は35カ国すべての数字を出したほうが日本の位置づけがわかったのでしょうが,スペースの制約上限定しました。下から9番目というのは,図表上はわからないですが,仕方ありません。
 内容はよく書いているとおりで,私の原稿を読んだことがある人はいつものものでしょうが,今回は下請法に少し焦点をあてました。下請法は適用範囲が限定され,また法のエンフォースメントは公正取引委員会の勧告が中心ですが,より一般的なルールとして,かつ民事上のルールに出来ないかという主張をより明確にしたのが,今回の提言の少し新しいところです。その趣旨は,優越的地位の濫用規制に,労働法的な発想(経済的従属関係にある者の保護という視点)を融合させるというもので,原稿では落としましたが,消費者契約法や,民法改正の途中まで入っていた継続的契約や役務提供契約などの規律も取り入れて,総合的な個人事業者用の契約法を作れないかというのが,今回の提案の肝です。規制色の強いルールはやめたほうがよいという提案もしています(これまでは準従属労働者と真正自営業者を分けるということをはっきりさせていましたが,今回はそれは強調しませんでした)。
 労働組合法と独禁法のはざまにある事業者団体の問題はもっと議論したかったですが,今回は簡単にふれるにとどめています。
 セーフティネットのところでは,社会保障のことはもっときっちり議論しなければなりませんし,労働保険も雇用保険と労災保険は区別して議論すべきかもしれません(フリーランスの廃業時の所得補償は不要という声は強いです)が,これも今後の課題です。
 教育のところはいつもの主張にとどまっていますが,今後はもっと具体的な話に踏み込んでいきたいと思っています。
 でも具体的なところは,ほんとうはみんなで議論してもらえればと思っています。私はアドバルーンをあげて,みんな集まって議論しようという呼びかけをしたと思っています。今回の原稿がそのきっかけになればと思います。
 日本法令で連載中の「キーワードからみた労働法」の次号は「ギグエコノミー」をテーマにしており,そこではシェアエコノミーやオンラインビジネスにフォーカスをあて,下請法ももう少し詳しく紹介しています。

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藤井六段14連勝

 藤井聡太六段がまた連勝街道を走っています。今日は,師匠の杉本昌隆七段に勝ちました。将棋界では,プロになった段階では,普通は弟子のほうが師匠よりも強いので,別に驚くことではありません。勝負の結果は,最初から予想がついているともいえました。
 これで今期の成績が59勝11敗という驚異的なものとなっています。勝率は0.8429で,現時点で歴代3位です。勝数は現時点で歴代7位です。勝率は下がることもありますが,勝数は増えるだけです。3月末まで,どれだけ対局があるかわかりませんが,勝数はどこまでいくでしょうか。
  話は変わって,名人挑戦のプレーオフは,あの熱戦のあとすぐに豊島将之八段と久保利明王将の対戦となりました。豊島八段が勝ち,次は佐藤康光九段との対戦です。久保王将は,名人挑戦にあと一歩だっただけに悔しい敗退でしょう。その数日後に,今度は王将戦で,久保・豊島戦となり,ここも角番に追い込まれている豊島八段が勝って,2勝3敗となりました。豊島八段は,まだ名人と王将の二冠の可能性が残っています。
 順位戦では徐々に昇級,降級が決まっています。A級の降級はすでに伝えたように,屋敷九段,渡辺明棋王,行方八段の3人です。B級1組は最終局が残っていますが,すでに糸谷八段が昇級決定で,丸山九段がまさかの降級です。もう一人の昇級は,ハッシーか阿久津八段です。二人のどちらとも,昇級すればA級返り咲きです。ハッシーが負けて,阿久津八段が勝てば,阿久津八段が昇級。それ以外はハッシーが昇級です。
 B級2組は,野月八段が全勝で昇級。畠山鎮七段も昇級で,一期で戻ってきました。中村太地王座は後半失速して昇級できませんでした。タイトル保持者なので,せめてB級1組には上がっておきたかったでしょうが,はたせませんでした。C級1組は,前年度からブレイクしている千田翔太六段が全勝で昇級。あと一人は棋王戦の挑戦者になっていて,1敗で順位が1位の永瀬拓矢七段が1番目です。しかし同星で,あの藤井聡太を止めた佐々木勇気六段も追っています。永瀬七段が勝てば昇級ですが,負ければ昇級は難しいでしょう。理論的には,2敗の杉本七段も,自ら勝って,1敗の3人が全員負ければ,昇級の可能性が残っています。
 C級2組は,9戦全勝の藤井六段の昇級は決まっています。最終局に勝って全勝で昇級するかが注目です。あと2名の昇級者はまだ決まっていません。若手を中心に2敗が7日並んでいます。順位が一番高いのが,谷川浩司九段の弟子の都成竜馬四段で,勝てば昇級決定ですが,どうなるでしょうか。

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2018年3月 7日 (水)

法律名にも断捨離を

  働き方改革推進法案の要綱のなかには,あまり話題になってはいませんが,雇用対策法の名称を,「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」に改めるというものが含まれています。雇用政策に関する基本法であった雇用対策法は,確かに名称が時代遅れという感もあるので,改称するのはよいのですが,長すぎませんか。最初から「労働施策総合推進法」と略称するつもりのようなので,それなら,その略称を正式にしてしまえばよいのではないしょうか。長い名称には,何か役所的な理屈があるのかもしれませんが,それは国民に関係することでしょうかね。こんな法律名になれば,「施策」は「しさく」か「せさく」かとか,「施策」は「政策」ではないかとか(法律の新名称を「政策」として読んでいる人もいます),混乱が起こりかねません。「雇用基本法」くらいにしておくべきでしょう。
 これをきっかけに「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」は,みんなが呼んでいるような「労働者派遣法」に改称し,「短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律」も同様に「パート労働法」に改称し(短時間労働者などという呼び方は放棄して,「パート」でいいのです),「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」は,男女に限られず,より一般的な差別禁止法にして,名称も「雇用差別禁止法」にすればいいのです。
 「育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律」も,「育児・介護休業法」で十分です。休業以外のことも定めているではないか,ということが気になるなら,「育児・介護支援法」でもいいでしょう。
 労働法以外では,たとえば「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」は,上記の法律ほど長くはないですが,誰でも「独禁法」や「独占禁止法」と呼ぶので,ここも短縮化の余地があります。「下請代金支払遅延等防止法」はそれほど長いとはいえませんが,「下請法」というネーミングが正式な名称かというくらい定着しています。もっとも「下請法」だと,何の法律かわからないという問題はあります。
 いずれにせよ,これから新たに作られる法律は,できるだけ短くしてもらいたいものです。そのほうが国民に親しまれて定着しやすいと思いますよ。略称が必要となるような法律名称は,よほどの理由がある場合に限定してもらいたいものです(英語に訳すと,非常に違和感のあるものとなりますし)。

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2018年3月 6日 (火)

イタリア左派の凋落?

 イタリアの4日の選挙結果は,ある意味では予想どおりでした。M5s(Movimento cinque stelle:5つ星運動)が最も得票(暫定の数字[以下同じ]ですが,33%)を得て第1党となりました。もっとも,過半数をとっておらず,そうなると政党間の争いというより,中道右派連合(CDX)と中道左派連合(CSX)との争いとなります。そして,この戦いでは,中道右派連合が勝利となりました(38%)。問題は,中道右派連合のなかの得票数ですが,BerlusconiのFI(Forza Italia)ではなく,「北部同盟(Lega Nord)」改め「同盟(Lega)」がトップとなりました(Legaが17%,FIが14%)。得票数では,政権党のPd(Partito Democratico)の19%が第2位ですが,中道左派連合でみると23%で惨敗です。
  ここから先はイタリア政治の専門家に聞かざるを得ませんが,CDXのトップがFIでないことから,CDXとCSXの連立の可能性はなくなったようです。FI主導であれば,Nazareno協定と呼ばれたRenziとBerlusconi間の協力の第2弾が期待できたかもしれません(そうなると公職追放されているBerlusconiではなく,FIのナンバー2が首班指名されることになっていたでしょう)が,両党の得票数は合わせてもM5sに届かなかったのです。
 一方,得票数では第3党であるLegaの党首のSalviniは,首相になる気まんまんのようです。CDXのなかでの第一党となったことから,自らが主導して連立政権を作ろうということでしょう。
 イタリアの新聞によると,首相になるのは,SalviniかM5sのDi Maioのどちらかと言われています。しかし,Di Maio は連立は組まないといっているので,Salviniが首相になる可能性が高まってきました。
 移民排斥を叫び,イタリアの北部分離独立を叫び,かつてはイタリアの知識階級からは毛嫌いされ(ただし,創設者のUmberto Bossiにはカリスマ性がありました),実際に得票数では6分の1にすぎないこの政党から首相がでるということになるのでしょうか。選挙前のSalviniへのインタビューをネットでみました。弁の立つ人ですが,あまり知的な印象は受けませんでした。移民については,合法的な移民はもちろんOKだが,そうでない違法な移民については排斥するという趣旨のことを述べていました。南からの多くの移民が最初にやってくるのがイタリアであり,イタリア国民は移民問題に敏感になっています。2月には中部でアフリカ人相手のテロもありました。決して,イタリア国民の多数が移民排斥と叫んでいるわけではないのでしょうが,共産党の流れをひくPdの退潮が,Legaのような政治勢力の台頭を許すことになったのでしょう。
 もちろん首相ポストをとるかどうかはともかく,この選挙の勝利者はM5sであることは間違いありません。これからのイタリア政治においてM5s(Pentastellati[M5sの議員や支持者])を無視することはできません。
 最大の敗者はイタリア左派です。La Repubblicaでは,左派は「肉体のない魂」となったと書かれていました。左派の精神はまだ残っているが,具体的な政治活動を担える状況にいないということでしょうかね。イタリア全土でも,中道左派が勝ったのは,わずかにToscanaと北端だけで,南はSiciliaやSardegnaを含め,ほぼ完全にM5sの制覇です。中北部は中道右派です。これをみると,これからのイタリアは中道右派とM5sの戦いです。中道右派も,実はLegaにしろ,FIにしろ1990年台以降に出てきたもので,それほど長い歴史があるわけではありません。1990年代初めのTangentopoliで戦後イタリアの中心であったキリスト教民主党の政治家や社会党の政治家(Craxiが代表)がごっそり舞台から消えた後に,のし上がってきたのがこの両党です(1990年代には共産党(PC)も消え,左翼民主党(PDS)になり,現在の民主党につながっています)。
 その意味で,伝統的な中道左派が第3勢力に転落したのは,まさに戦後イタリア政治の終焉と呼んでもよいのかもしれません。
 たまたまドイツでは大連立が成立したので,欧州はそれほど混乱していないようですが,EU第3の経済規模をもつイタリアの政治的混乱は,欧州の今後に暗い影を落とすかもしれません。

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2018年3月 5日 (月)

イタリアの選挙

 イタリアの国政選挙は,日本でも注目されています。中道左派政権対中道右派政権という図式に,新たに登場したM5s(Movimento cinque stelle:五つ星運動)が勢力を伸ばし,台風の目どころか,イタリアの政治の中心にのし上がろうとしています。
 マスコミは,M5Sをポピュリズム政党と呼び,日本語ではご丁寧にも「大衆迎合政党」と訳してしまっていますが,これはちょっと可愛そうかもしれません。「大衆迎合」というよりも,むしろ大衆の支持を受けている政党というべきで,「迎合」というネガティブな訳を使うべきではないでしょう。「ポピュリズム」はニュートラルに(それゆえ意味が不鮮明にもなりますが)「大衆主義」くらいに訳しておいたほうがよいでしょう。
 イタリアの新聞La Repubblicaのネットニュースをみると,現時点(イタリア時間で0時49分)で主要な政党(ないし政治グループ)の得票数をみると,トップがM5sで29.6%,Lega Nord(北部同盟)がが21.2%,前首相のRenziが党首のPd(民主党)が20.1%,元首相のBerlusconi の政党であるFI(Forza Italia)が13.2%,次いで旧ネオファシスト系のFdI(イタリアの同胞)が4.0%,左派のLeU(Libertà e Uguali:自由と平等)が3.1%という状況です。
 M5sのトップは動きませんが,過半数は取れないので,連立となるでしょう。そのとき,中道右派のFIとLegaとFdIの合計が,M5sを超えれるかが焦点です。中道左派Pdは中道右派連合に勝てそうにないので,連立の主導はM5sか中道右派かになりそうです。
 最終的な可能性はM5sとPd,M5sと中道右派,中道右派とPdという組み合わせですが,M5sはかつての反EUの姿勢を弱めているようなので,親EUの中道左派や中道右派と組むうえでの障害は低くなっているかもしれません。ただRenziは激しくM5sのリーダーのDi Maioへの攻撃をしていたので,M5sとの連立はないでしょう。Renziとしては,中道右派との大連合を模索することになりそうですが,ただ中道右派の中心がFIではなく,Legaになると,移民政策で対立しそうなので,この連立も難航が予想されます。また,現在のイタリアの政治の混乱はPdへの批判ともいえるので,Pdは2割の票は取るとしても,強い影響力をもてないかもしれません。
 昨日の日本経済新聞の朝刊の赤川省吾氏の署名記事は良い内容でした。とくに「ユーロ圏3位の経済大国でありながら統合をけん引することはできず,いつも政治・経済は不安定。欧州連合(EU)が構造改革を強いればイタリア有権者の権力嫌いに拍車がかかるだけだ。そうなればイタリアの主要政党が民意を引き留めるため,さらにポピュリズムに傾く悪循環を生む。もっとも本当の混沌に陥れば,裏で社会を支える超エリートが驚くべき求心力で危機を乗り越えてきた歴史がある」と書かれていたところは重要です。「裏で社会を支える超エリート」が,よくイタリアで言われる「classe dirigente」(支配層)と呼ばれる人たちでしょう。「混沌のなかの秩序」,これがイタリア的な民主主義なのかもしれません。
 アメリカの支配層は,大衆を使って,Trumpを台頭させたのかもしれません。イタリアの支配層が,どのような選択をするのか。選挙結果だけでなく,その後の動向も注目です。

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新幹線台車亀裂事故への対応

 JR西日本の新幹線の台車に亀裂が入っていて,あわや大事故という重大インシデントがあったことについて,部品の供給会社の川崎重工もJR西日本も緊張感が足りないと感じた人は多かったのではないでしょうか。
 3月1日の日経新聞朝刊の社会面では,川崎重工の記者会見について,「金花社長は車両製造部門の出身。『品質第一でもの作りを続けてきた』と自負心をのぞかせ『現場と経営陣の距離を縮めるために努力してきた』と力説する一方で『このようなことになり非常に残念だ』と唇をかんだ」,一方,JR西日本の記者会見については,「来島達夫社長は新幹線利用者らに改めて謝罪しつつ『今後は川重側に安全に関する注文をよりしっかり申し上げていく』と話した。安全運行の根幹に関わる部分で不十分な製品が納品されたことに困惑の表情を浮かべたが,川重を強く批判することはなく『引き続き重要なパートナー』とかばった」と紹介されていました。
 記者の主観的な評価が入っている可能性は高いですが,これを読んだときに,いやな感じがしたことも事実です。この記事のとおりなら,両社長には事態の重要性への認識が低いのではないか,と思われたからです。
 きわめて大きな事故の一歩手前であったということが正しいのなら,両社の責任は,事故が実際に起きていたときと同じ程度のものがあると解すべきです。そうでなければ,防止対策への取り組みへの強い気持ちにもつながらないでしょう。事故が起きたのと起きなかったのとでは違うだろう,死傷者がいないからいいだろう,ということではないのです。今回の事故では,結果発生の現実的危険性があり,もし事故が起きていれば何百人が死傷していたと推計できるならば,それに応じた責任と事後対策をしてもらう必要があります。
 そう考えると,JR西日本が,川崎重工に「安全に関する注文をよりしっかり申し上げていく」という程度の対応でよいのか,という疑問が浮かんできます。
 JR西日本は自社の責任ではなく川重の部品が原因でよかったし,川重は今回は現場に問題があったにすぎず,自分たちの製品には自信はあると述べて,どちらの会社もそれほど傷つかなくてよかったという結末にしようということになっていないでしょうか。
 いずれにせよ,福知山事故の過去をもつJR西日本は,とりわけ電車事故には敏感になってもらいたいものです。あの事故が起きたときと同じ程度の原因究明,防止対策,責任追及(幹部)がなされるべきでしょう。

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2018年3月 3日 (土)

最新重要判例200労働法(第5版)

 弘文堂から刊行している『最新重要判例200労働法』の第5版が届きました。予定よりもかなり早く改訂作業が終わりました。重要な最高裁判決などを新たに収録する一方,いくつかの判例を解説に落とし込んで,200件ちょうどにしました。長澤運輸事件やハマキョウレックス事件のように近いうちに最高裁判決が出ることが確実なものも,一時的なものにはなりますが,現時点での重要性に鑑み収録しておきました。いよぎん銀行事件のように,泣く泣く落としていた裁判例も,やはりその重要性に鑑み復活させました。
 最新重要判例200労働法の改定作業は,私の仕事のなかでは,従来型の労働法の枠組みのなかでの判例の整理という位置づけで,何か新たなものを創造するという研究者としての本来の仕事とは別のものです。しかし,これはこれで自分の頭を解釈論の世界につなぎとめておくために必要なことで,もしこの作業がなくなると,私は現在の労働法から,糸の切れた凧のようにどこかに跳んでいくことになるでしょう(法科大学院で授業をする実質的な資格もなくなるでしょう)。自分の研究の発展のためには,そうなったほうがよいという気持ちが頭の片隅にはあるものの,この本は,私の著作のなかでは,多くの読者に支持をいただいている数少ないものの一つなので,大事にしたいという気持ちも強いです。ということで,弘文堂のお許しがいただけるかぎり,今後も改訂作業は続けて行ければと思っています。

 

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将棋界の一番長い日

 A級順位戦最終日は,途中まで追っていたのですが,酒を飲み過ぎて眠くなり,寝てしまいました。朝起きると,大変なことになっていましたね。
 まず豊島将之八段が広瀬章人八段に負けて,二人とも6勝4敗になりました。この時点で,豊島八段のこの日の名人挑戦者決定の可能性はなくなりました。22時18分と早い終局でした。豊島八段は前半は5連勝でしたが,後半に失速してしまいました。王将戦の挑戦でも調子を落としており,ちょうど悪いリズムの時期になっているのかもしれません。
 この時点ですでに6勝の久保利明王将が勝てば,ただちに挑戦者決定となるところでした。一方,広瀬八段は,久保王将が負けるとプレーオフ進出の可能性が出てきました。
 ここまでは起きていたのですが,力尽きました。朝起きてから振り替えてみると,次のようになっていたみたいです。
 次に終わったのが,稲葉陽八段と行方尚史八段の対局で稲葉八段の勝ちでした。終局は23時22分で,この時点で,行方八段の降級が決定。稲葉八段は6勝となり,プレーオフ進出の可能性が出てきました。次に終わったのが,佐藤康光九段と屋敷伸之九段との対局で,佐藤九段の勝ちです。終局は23時40分。すでに屋敷九段は降級が決定していました。佐藤九段は6勝となり,やはりプレーオフ進出の可能性が出てきました。次に終わったのが,渡辺明棋王と三浦弘行九段の対局で,三浦九段の勝ちです。終局は,日付が変わって,24時05分です。これで三浦九段の残留が決定し,なんと渡辺棋王は,深浦康市九段が久保王将に勝てば降級という大ピンチとなりました。
 そして,そのときが来ました。24時15分に,久保王将が投了しました。これで深浦九段は残留を決定して,渡辺棋王が降級となりました。
 また久保王将が負けて,5勝の棋士3人が全員勝ったことから,抜け番だった羽生善治竜王とあわせて6人が6勝で並びました。B級1組以下は,勝ち数が同じ場合には,順位が上の者から昇級しますが,A級の名人挑戦者決定は,順位は関係なくプレーオフになります。ただし,パラマス方式のトーナメント戦になるので,順位が下のほうが厳しくなります。今回,豊島八段と久保王将は,順位が下位なので,5勝しなければ名人挑戦にたどりつけません。二人のうち勝ったほうが,次に佐藤九段と,その勝者が広瀬八段と,その勝者が羽生竜王と,その勝者が稲葉八段と対局し,そこで勝った者が名人挑戦となります。
 稲葉八段には,二年連続での名人挑戦の可能性が,羽生竜王には,竜王・名人の二大タイトル取得の可能性が出てきました。広瀬八段,久保王将,豊島八段は,挑戦となれば初です。名人経験者は,羽生竜王と佐藤九段です。現在,佐藤天彦名人の調子が悪いので(昨日もハッシーに負けていました),挑戦者としては名人奪取の好機でもあります。個人的には,豊島八段の戴冠を見たいところですが,状況は厳しいですね。
 それにしても長らく次の名人候補の筆頭だった渡辺明棋王は,一度も名人に挑戦できないまま,昨年秋に羽生に竜王を奪われ,順位戦もB級1組に降格というのは寂しいです。もっとも,渡辺棋王は,竜王戦でも,かつて1組から2組に陥落したことがあり,そこから勝ち上がって一気に竜王を奪取したという経験もあるので,すぐにA級に復帰するとは思いますが,少し寂しいところです。せめて現在進行中の棋王戦(永瀬拓矢七段が挑戦者)は防衛しなければ,というところでしょう(現在1勝1敗)。三浦騒動の張本人とする世間の冷たい視線も,心身にこたえているのかもしれませんが,落ち込まないで,再起を期待します(その三浦九段に負けての降級は,よけいにこたえるかもしれませんが)。

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2018年3月 1日 (木)

情けない話

 裁量労働制(労働時間みなし制)の対象範囲の拡大をめぐって,不正確データが提示されたということで,この部分の法案提出が撤回になったようです。データが不正確だったからダメなのか,そもそも裁量労働制に問題があるということなのか,私にはよくわかりませんが,ともかく野党の攻勢に与党は負けたということです。政治的判断がなされたということでしょう。これがあるから,労働時間制度改革は難しいのです。まともな議論がされず,すぐに政争に巻き込まれてしまいます(労働者派遣も同じです)。
 はっきり言って,今回の裁量労働制の改正案は,たいした内容ではありません。この程度の改正ができないようでは,どうしようもありません。高度プロフェッショナルも暗礁に乗り上げる可能性が出てきました。
 ところで裁量労働制に関する正確なデータが出てきて,労働時間が長いということが明らかになったら,どうなるのでしょうか。法改正はダメということになるのでしょうか。
 私はデータの正確性が重要でないと言っているのではありません。そもそも不正確とされたデータは,何のために必要だったのかが,よくわからないのです。
 裁量労働制だから,労働時間が長くなることもあるでしょう。ただ,それは自分が裁量的に働いた結果でもあるのです。裁量労働制は,前にも書いたように,労働基準法上の所定の手続(労使協定[専門業務型],労使委員会の決議[企画業務型])が必要で,かつ労働契約上の根拠が必要です。そうした手順をふんだうえで,実労働時間の規制をはずすということであり(規制の一部は残りますが),実際の労働時間が長くなるかどうかは主たる問題ではありません。もちろん,あまりに長い労働時間の実態が明らかになれば,健康確保の問題とか,そもそも裁量労働制の対象業務にするに適していなかったとか,そういう論点はありえます。
 先日のプライムニュース(早稲田大学の島田陽一先生が出演されて丁寧に説明していました)で,いまはどこの政党の所属か忘れましたが,野党の議員が,ある中小企業で,従業員が本人たちも知らないままに,裁量労働制が適用されて長時間働かされていたということをフリップを出して説明していました。詳細は忘れましたが,従業員が知らないというのは,そもそも裁量労働制ではないのであり,それはおまえは業務委託だから労働者ではないとか,おまえは店長で管理職だから労働時間規制の適用除外だというのと同じような制度の濫用の事例なのです(だからきちんと取り締まるべきなのは言うまでもありません)。その議員は,そうした制度があるから濫用が起こるという論法かもしれませんが,それなら包丁を使った傷害事件が起きたとき,包丁は危険だから廃止したほうがよいということになるのか,と反論したくなります。包丁にも効用があるが,危険性もあるので,そこをどう考えるか,というところから議論していくのが筋でしょう。
 つまり裁量労働制はなぜあるのか。そこから議論すべきであり,データのねつ造うんぬんということや,名ばかり裁量労働制で過労になっている人が悲惨だといったエピソード的なことばかりを言って,国民を誤った方向に誘導する議論をすべきではないのです。
 それにしても,情けない話です。私は某アジアの国の労働時間制度改革について質問を受けたとき,法的には意味不明だったので,詳しく聞いてみると,政治的なイシューになってしまったために議論が混迷していたということがわかり,情けないことだと思っていました。でも,日本も同じようなものですね。あまりに恥ずかしいので,外国には配信されたくないニュースです。

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