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2018年2月12日 (月)

AI採用について考える

 採用選考にAIを活用することについて,AIはブラックボックスなので,説明責任がはたせないのではないか,という意見をよく耳にします。エントリーシートの選別でAIを活用する企業も,最終的には人間が判断すると広言しています(真実かどうかはわかりません)。今朝の日本経済新聞でも,「AIの偏見が,既成事実につながる怖さがある」として,AIに嫌われれば,理由もわからないままアルバイトを転々とすることになるのではないか,ということが書かれていました。
 しかし,採用時の選別については,どのようなポイントで人を判断するかという正解データは,人間が作っているので,AIは途中の判断プロセスはブラックボックスであるとしても,人間がやることを効率的にやっているにすぎないともいえます。なんとなくこの人はうちの会社に合いそうだ,というような,審査する側の個人的な直観や偏見をできるだけ排除して,客観的にする面もあります。
 結局,より曖昧な要素が多く偏見が混入しやすい人間の判断で排除されるのと,途中経過はわからないが人間のような偏見はなく結論を出すAIによって排除されるのとで,どちらが納得がいくかという問題でもあります。前にも書いたことがあると思いますが,ある犯罪行為について,人間の裁判官に懲役10年と言われるのと,AI裁判官に懲役10年と言われるのとでは,どちらが納得がいくかという問題と同じようなものかもしれません。偏見があるかもしれない人間よりも,AIのほうが納得しやすいという人もいれば,そうでない人もいるでしょう。
 機械が間違ったらどうすると言われますが,人間も間違う可能性が高い場合はどうでしょうか(このことは,自動運転の議論に最もよくあてはまります)。人間は人間にしたことに寛大で,機械がしたことには厳しいような気がします。何かあったときの不満や怒りの矛先は,生身の人間のほうがよいということでしょうか。AIが人間社会に浸透していくうえでは,この人間の心理がどういうものなのかが重要でしょうね。
 少なくとも採用選考については,学生からすれば,AIにより審査されることを望んでいる人のほうが多いと思います。上の世代の評価なんて当てにならないと思っている若者は多いはずですから。 それに,AIによる個人のプロファイリングが進めば,それへの対策というビジネスも出てくるでしょう。AIの判断が既成事実化することを逆手にとるビジネスです。そうなると,AI採用なんて怖くないなんてことになるかもしれません
 実は私は,別の理由でAI採用には限界があると考えています。企業側からすれば,AI採用は,企業の望む人を採用することはできるかもしれませんが,その企業に革新的な価値を生むかもしれない人材を見つけ出すことはできません。AIができるのは,人間の入力したデータがベースで,それは現時点の評価を基準にしたものですから。そこにAIではなく,人間が採用に関与することの意味があるかもしれません。もちろん,その企業がそういう革新的な人材を採用してもよいと考えていることが話の前提ですが。

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