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2018年1月

2018年1月30日 (火)

阿部正浩・前川孝雄編『5人のプロに聞いた! 一生モノの学ぶ技術・働く技術』

 阿部正浩・前川孝雄編『5人のプロに聞いた! 一生モノの 学ぶ技術・働く技術』(有斐閣)を,前川さんからいただきました。いつもどうもありがとうございます。
 帯に「勉強だけでは意味がない」となっていて,本書は「技術」を教えるものとなっています。何の技術を教えてくれるかというと,「自分を知ってもらう技術」,「相手を知る技術」,「記録する技術」,「プレゼンテーションの技術」,「自分の考えを伝える技術」,「問題を発見・解決する技術」を,それぞれのプロフェッショナルとされる方を呼んできて,阿部さんと前川さんと鼎談をし,そのあとに,そこから何を学べたかを,阿部さんと前川さんが説明するという構成になっています。
 私のような面倒くさがりの人間には技術を学ぶのは無理だなというのが第一感で,やはり成功しているプロの人はレベルが違います。レベルが違うから成功しているということでもあるのですが。
 ただ解説でまとめられていることをみると,実はそれほど難しいことはなく,むしろ平凡なことであったりします(プレゼンテーションの技術では,「落とし穴を掘る」など,ややトリッキーな技術を使っている人も紹介されています[この技術は質問を誘発するために,私も講演でやることもあるのです]が,これは普通の人はやらないほうがよい技術ですね)。
 それで少しは安心するのですが,それだったら,あんまりすごい人を連れてこないで,阿部さんと前川さんが対談しただけでも良かったのでは,というような気もしました。普通の会社人として働く多くの人にとっては,普通の会社人ではない5人のプロの話はハードルが高いのではないでしょうか。でも,何か行き詰まってしまい,打開策が欲しいという人は,こういう本を読んで刺激を受けてみるのもよいかもしれません。

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2018年1月29日 (月)

18条の出口戦略を考えよ

 今日はどうしても郵便局に行かなければならない用事があり,しっかりマスクをして,必要最小限の言葉しか交わさず,用事を済ませてきました。病院から帰ってきて以来の外出で,座っているときには元気だと思っていても,歩いてみるとまだ多少ふらふらするところがあって,インフルの後遺症は恐るべきものだと思いました。
 話は変わりますが,今朝の日本経済新聞で,「私立高の雇い止め204人『無期転換』適用外増の恐れ」というタイトルの記事があり,「有期契約労働者が同じ企業で5年を超えて働く場合,無期雇用に転換できる労働契約法の『無期転換ルール』の適用外になる人が今後,相次ぐ恐れがあるとしている」となっていました。「無期転換ルールの適用外」という言葉が,私にはわかりにくかったので,何だろうと思いました。
 無期転換ルールを,有期労働契約が更新されて通算5年を超えると,それ以降の更新時に,労働者に無期労働契約への転換を申し込むことができる権利を付与するルールと定義すると,私立校の講師が,このルールの適用外になるということは理解できません。またルールの適用外というのは,「その恐れがある」というような話ではなく,白か黒がはっきりしているはずです。
 これは正確にはルールの適用外のは話ではなく,ルールは適用されるが,5年の要件を充足しないので,無期転換がされないということを,稚拙に表現したものです。一般人は,こういう表現を使うかもしれませんが,新聞記事としてはどうでしょうかね。
 労働契約法18条の定める無期転換は,私は大変な悪法であると考えて批判してきたわけですが,まさに今回のようなことが起こることが十分に想定されたからです。厚生労働省は,こういうことが起こらないようにと情報提供活動をしてきましたが。
 労働契約法18条は,有期雇用者が5年も超えて同一使用者の下で働く場合には,もはや有期という不安定雇用で雇かせ続けることは,企業のいわば濫用にあたるということで,労働者の希望により無期に転換することを認めたものです。だから5年ジャストで雇止めにすることは,労働契約法18条の趣旨には抵触しないのです。もとより長期雇用への期待は,5年以下でも発生することになりますが,それは労働契約法19条の雇止め制限法理で対処すべきものであり,今回,雇止めされた人は,2013年よりも前の勤続期間も含めて,更新の合理的な期待があるとして,同条により雇止めの効力を争って,有期労働契約の継続を求めることはできるのです(19条では無期転換はおきませんが)。
 労働契約法18条は無期への「大転換」の権利を与えるものであり,それを5年を超えただけで付与するというのが同条ですから,企業は5年ちょうどで雇止めをするという行動をとることは当然に予定されましたし,5年を超えていない以上,無期転嫁に応じない企業に18条との関係では何も問題がありません。むしろ労働契約法18条だけをみると,有期労働契約を長期にわたって使用しなかったという意味では,肯定的に評価されてもいいことだと思います。
 18条の問題は,これまでどおりの1年契約でよいから,引き続き契約してもらいたいと思っている労働者であっても,企業側は,無期転換権を行使されてしまう危険があるから,5年要件を充足している労働者や充足しそうな労働者とは継続して契約したくないと考えさせてしまうことです。つまり,無期転換権さえなければ,契約を継続してもよいと考えている企業も,雇止めをしてしまうのです。
 それではかえって有期労働者のためにならないだろうということで,私は労働者が有期のままで5年を超えても継続して雇い続けるチャンスを増やすために,無期転換の事前放棄の約定の合法化をしておく必要があると言ってきたのです。しかし行政通達(労働契約法施行通達)は,「無期転換申込権が発生する有期労働契約の締結以前に,無期転換申込権を行使しないことを更新の条件とする等有期契約労働者にあらかじめ無期転換申込権を放棄させることを認めることは,雇止めによって雇用を失うことを恐れる労働者に対して,使用者が無期転換申込権の放棄を強要する状況を招きかねず,法第18条の趣旨を没却するものであり,こうした有期契約労働者の意思表示は,公序良俗に反し,無効と解されるものであること」として,事前放棄は許されないとしています。事前放棄を認めたら,それを企業から強要されるのでダメだということです。その点は,私は事前放棄に関する労働者の真意性の担保の手続を設けることで対処できると考えてきました(デロゲーションの議論の一種です)(拙著『労働法実務講義(第3版)』(2015年,日本法令)939頁も参照)。
 無期転換ルールは,こうした私の懸念とは逆に,有期雇用の非正社員を無期雇用に自発的に促進したということで,最近では,肯定的にもみられてきました。企業が自発的に有期の非正社員を無期にすることはもちろん望ましいことであり,これに反対する理由はまったくありません。人手不足のときには,こうした動きがどんどん進んでいくでしょう(私立高校は,最近の景気の良さに乗り切れない業界なのかもしれません)。それと法律によって付与された権利の行使によって労働者が一方的に無期転換を実現することができるということとは次元が異なります。
 無期転換権の行使は,無期転換ルールを知らなくて,うっかり5年を超えて更新してしまったような企業でしか起こらないと考えていました。知っていれば,5年到達前に,今回の記事で紹介された事例のように雇止めをするか,あるいは自発的に無期労働契約の締結をするかの,どちらかになるはずだからです。
 無期転換というのは,同一の使用者と労働者との間で,労働契約の期間という労働条件が変更されたというものではありません。日本企業における有期と無期との間の身分的な違いを考えると,無期転換は,実質的には,無期労働者としての新規採用と同じであり,無期転換「権」は,まさに採用の自由の制約という問題となるのです。身分的な違いがあることが問題という人もいますが,現実に存在している以上,こうした「劇薬」規定を設けるうえでは,その現実を無視できないはずです。
 労働契約法18条は撤廃すべきでしょう。厚生労働省は,しっかり出口戦略を考えるべきです(付則3項は,改正法施行後8年,つまり2021年以降に,18条の見直し検討をすることにしていますが,前倒しをすべきでしょう)。 

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2018年1月28日 (日)

世論調査は,正しく聞いてください

 熱も完全に下がり,軽い咳と鼻水くらいの状態になりましたが,他人への感染力という点では,それほど衰えていないようです。火曜までは人前に出る外出は辛抱です。
  ところで,先ほど日本経済新聞の電子版をみたら,テレビ東京と一緒にやった世論調査の記事が出ていて,「脱時間給」は拮抗となっていました。
 まずこのミスリーディングなネーミングを,何が何でも改めないという頑な姿勢には,あきれるばかりです。周辺の者が誰も何も言わないのでしょうね。風通しの悪い組織であるのか,誰も何も気づかない無能な社員ばかりなのか(もしそうであれば,購読を止めなければなりませんが,そうではないはずなのですが),一度決めたら変えたら負けというような不毛なこだわりがあるのか。ネーミングなので,勝手にしてくれ,という感じですが,より深刻なのは,調査の内容です。
 Q4 「政府は働く時間ではなく成果に応じて賃金を払う『脱時間給制度』を導入する法案を通常国会に提出する方針です。あなたはこの制度の導入に賛成ですか,反対ですか。」
 これに賛成が42%,反対が39%なので,上記の「拮抗」となりました。
 まず労働時間法制など何も知らない人が,「働く時間ではなく成果に応じて賃金を払う」制度と聞いたら,どう思うでしょうか。これが労働時間制度の話とは思わないですよね。賃金制度の話と思うでしょう。これからは政府が賃金制度を決めるんだ,と思ってしまわないでしょうか。そして,成果をだす自信がある人は,そのほうがよいと答え,成果をだす自信がない人は,イヤだと答えるだけに終わらないでしょうか。
 こんなアンケートにはほとんど意味がありません。
 せめて「政府は,一定の高度専門職で,年収が一定以上の人には残業代を支払わなくてもよいとする法案を通常国会に提出する方針です。あなたはこの制度の導入に賛成ですか,反対ですか。」くらいで聞き直してほしいものです。これでも正確性からはほど遠いのですが,高度プロフェッショナル制度に対する国民の本音を少しは知ることができるでしょう。
 もちろん,「政府は残業代をゼロとする法案を通常国会に提出する方針です。あなたはこの制度の導入に賛成ですか,反対ですか。」というくらいの世論調査を,どこかの新聞ならやりかねませんが,それも偏った集計結果を導き出すだけに終わるのは言うまでもありません。
 ところで,先日始まった国会の代表質問で,共産党の委員長が,高度プロフェッショナル制度は,すべての労働団体が反対しているとか,この制度でメリットがあるのは使用者側だけで,労働者側に一体どんなメリットがあるのかとか,過労死を生むとか,何の進歩もない質問をしていました。それぞれについて十分な反論が可能で,何度もやっているので,もう繰り返しませんが,他方で,首相の反論もあまり感心できるものではありませんでした。原稿を読み上げるだけでなく,しっかりと自分の魂のこもった言葉で語ってほしかったのですが。もちろん,首相がよく理解できていることが前提ですが。
  現在,企業は働き方改革で,労働時間短縮を進め,残業代が減っていることが,労働者の収入減につながっているとされ,それが春闘の一つの争点となっています。残業代のうち,労働基準法37条による法定の割増賃金部分は,時間外労働に対する使用者へのペナルティであり,割増賃金が減るということは(サービス残業が増えていないかぎり),労働時間が減って,労働時間規制が機能していることを意味し,本来望ましいことです。一方,割増賃金は,これまでは,労働者の収入源になっていて,かえって長時間労働の促進要因となっているのではないか,ということも言われてきたのです。残業代減少に対する労働組合の反応をみていると,この予測は当たっていたことになりそうです。だから,ほんとうに過労を防ぐなら,割増賃金がないほうがよいのでは,というのが私の提案でした。割増賃金を法律上の強制からはずしたうえで,トータルでみて,どのように賃金制度を構築するかを考えていくというのが,正しい賃金政策なのです。
 こうした私の立法構想(割増賃金の非強制(任意規定化))の下でも,拘束的な働き方をしている人は法定労働時間の内であろうが外であろうが,時間給で貫徹したほうがよいので,割増率をどうするかはともかく,現行の賃金+割増賃金というスタイルは労使の選択として維持されることになるでしょう(こういう労働者には,絶対的上限規制も適用されるべきです)。一方,一定の成果に応じた処遇にふさわしいような高度専門職に従事する人は,成果型賃金を貫徹したほうがよいので,少なくとも労働時間規制との関係では完全なエグゼンプションにしてよいということになるのです。
 詳しくは,拙著『労働時間制度改革-ホワイトカラーエグゼンプションはなぜ必要か-』(2015年,中央経済社)をご覧になってください。

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2018年1月27日 (土)

隠れインフルエンザに気をつけよ

  インフルエンザはなかなか手強いです。熱はもともと高くなくて,水曜に37度くらいでおかしいなと思い,いったん平熱に戻ったあと,午後から夜にかけて37度5分くらいになり,翌木曜の午前中に38度を超える高熱になったのですが,その後は比較的低い状態で,病院に行ったときには36度4分に下がっていました。ということで,ほとんど熱のつらさはなかったので,金曜に特に仕事が入っておらず自宅で静養することができていれば,あえて病院に行く必要もなく,ただの風邪くらいと自己診断していた可能性もあります。金曜に出かける用事があったために念のためと思って病院を行ったおかげでインフルエンザであることがわかったのです。隠れインフルは危険ですね。自分で熱が出ていなくても,保菌はしており,他人に感染させるおそれがあるので。できれば簡単に自宅で検査できるようなキットが開発されればいいです。うっかり他人に感染させるなんてイヤですからね。
 ということで,いまは熱はないのですが,どうも頭が重いし,身体がしんどいという状況は続いています。寝ていることも多くて腰も痛いです。パソコンに向かっても,すぐに疲れてしまうので,これは身体を休ませろという指令が来ているのでしょうね(といいながらも,このブログを書いていますが)。
 今日は労働新聞の連載締切やゲラチェックもあるし,来週末のシンポジウムの準備もあるので,少しだけパソコンで仕事をしましたが,あとはテレビをダラダラみていました。そこで相撲の話です。栃ノ心の優勝には感動しました。今場所は,ときどきチェックしていましたが,気合いの入り方がすごくて,鬼気迫るものがありました。右上手をとったら万全で,腰もよく下りていて,安定していましたね。礼儀正しく,モンゴル勢の横綱の行儀の悪さに辟易していた私にとっては,こういうしつけがしっかりされている外国人力士をみると,とても好感をもてます(いま元弟子の暴行事件でピンチにある師匠の春日野親方への,強力な援軍になったのではないでしょうか)。鶴竜は終盤に4連敗です。横綱なのに,ぶっとばされてばかりで,中盤までの10連勝が嘘のようです。一方,高安の充実ぶりをみると,前半の3敗がもったいなかったです。明日勝って12勝で準優勝できれば,綱への足がかりになるかもしれません。それと今日,初めて見たのですが,新入幕で10勝をあげた竜電という力士がよかったですね。

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皆川博子『鎖と罠』

  皆川博子『鎖と罠』(中央公論新社)を読みました。著者の初期の短編集で,暗い作品ばかりで,後味の悪さは半端ではないですね。
 女性のドロドロした部分がでてくる作品が多かったのですが,とくに「疫病船」は,そうでした。
  母マツを殺そうとした娘初子。娘は,なぜ母を殺そうとしたのか。マツは事業で成功をおさめていた弟が身よりのないまま死亡したため,莫大な遺産を相続しそうになっていました。世間は,初子がその遺産を欲しいから殺そうとしたと噂しました。しかし,初子は,マツに遺産を相続させたくないことは認めましたが,その理由は違っていました。初子はマツが遺産を相続するに値する女ではないと言っているのです。
 マツの夫(初子の父)は,復員兵でしたが,上陸間近に銃殺されていました。父が乗っていた船内にはコレラが蔓延していました。上陸すると,コレラが広がる可能性があるので,消毒がきちんとできるまで上陸ができないということでした。陸には復員兵を出迎える家族たちがいて,待ちきれなくなった父ともう一人の男は救命ボートで勝手に上陸しようとしたのですが,そのときに陸から飛んできたのは石でした。実は出迎えに来たのではなく,上陸を阻止するために監視してたのです。夫に対して石を投げた妻と,母親をまねて石を投げた娘。夫・父は上陸できず,そして殺されます。
 初子はそのときの罪の意識をずっとひきずっていました。そして,マツが,遺産を得て悠々と老後を過ごすことは許されないと考えたのです。初子は拘置所で自殺しました。マツは「奇妙に図太い笑い」を口辺に浮かべていました。  (☆ 星は一つ。ちょっと暗すぎて)

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2018年1月25日 (木)

インフルエンザにかかった

 15年ぶりでしょうか。インフルエンザ(A型)にかかってしまいました。いったい,誰からうつされたのでしょうかね。昨日朝から,熱は少しがあり,咳も軽いけれど断続的にあり,身体がだるいという症状も出ていて,でも予防注射を打っていたせいでしょうか(かつてインフルエンザにかかったとき以降,毎年,きちんと打っていました),重篤化せずにすんだのでしょう。インフルエンザの典型的な症状が出ていないので,ただの風邪かなと思っていましたが,最近は隠れインフルエンザというのもあり,他人に感染させる可能性があるということも聞いていたし,今朝は熱がぐっと上がったので,念のために,病院に行くと,感染が確認されました。イナビルをその場で処方されて,治療はそれで終わりだそうです。もともと,それほどしんどくはなかったのですが,人前には出てはいけませんので安静です。授業のほうはもうほとんどない時期なので,大丈夫なのですが,労働委員会の仕事に迷惑をかけることになってしまいました。たいへん申し訳なく思っています。こういうとき,身体は元気なので,Skypeでなら十分に参加できるのですがね(明日の別の役所の会議は,もともとSkype参加だったので,参加する予定です)。

 日頃から,インフルエンザにかかる大人なんて自己管理ができていないと悪口を言ったりしていたから,バチがあったのでしょう。
 例年,1月は体調を悪くすることが多く,今年は先週あたりから少し咳が出ていたのですが,来週末のシンポジウムの準備などで疲労がたまっていたのかもしれません。昨日の教授会は念のために休んでおいてよかったです。おそらく他人にはほとんど感染させていないというのが不幸中の幸いでしょうか。
 少し静養して,来週末のシンポジウムに備えることにします。
 

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2018年1月24日 (水)

九州弁護士会連合会・大分弁護士会編『合理的配慮義務の横断的検討』

 執筆者で,神戸労働法研究会のメンバーでもおられる千野博之弁護士から,九州弁護士会連合会・大分弁護士会編『合理的配慮義務の横断的検討-差別・格差等をめぐる裁判例の考察を中心に』(現代人文社)をいただきましたので,ご紹介します。本書は障害者差別解消法および改正障害者雇用促進法において,障害者に対する合理的配慮義務が規定されたことをきっかけとして,合理的配慮義務を分析して,行為規範としての機能をより明確にするということを目的として執筆されたものです。
 本書では「合理的配慮論」という概念を用いて,これが障害者差別分野以外においてもその発想がみられる横断的なものととらえ,この概念を他の分野に適用ないし展開していく方向を示しています。とくに差別・格差が問題となる分野,均衡取扱法理ないし比例原則の考え方が妥当する分野で,合理的配慮論を展開していくことに積極的な立場を示しています。
 実務家の方が,合理的配慮論というくくりで,契約の一方当事者が配慮すべき義務を具体的に検討していくという作業そのものには興味深いものがあります。本書も判例分析がベースになっており,その検討結果は貴重で,実務家の方には大いに参考になるでしょう。

 以上の感想とは別に,個人的には,アメリカ由来の障害者差別法理における合理的配慮論は,過度の負担がある場合の免責とセットになっており,結果,労働者の権利(合理的配慮を求める権利)と使用者の免責権の衝突となっています。年次有給休暇の時季指定権を承認しながら,それに対抗できる時季変更権があることによって,労働者の権利取得にプラスになっていないことからもわかりますように,権利と権利のぶつかりあいという法律構成は,あまり良くないのではというのが,私が日常抱いている感想です。
 また,労働契約関係は,もともと誠実・配慮の関係であり,使用者に配慮義務があることは,すでに当然の前提となってます。この点は,ドイツのFürsorgepflicht(BGB617条なども参照)の議論が有名ですが,日本では同じような義務が,信義則や権利濫用法理の枠組みで論じられています(労働契約法3条4項,5項)。配慮義務が定着しているなかでの,合理的配慮論というのは,アメリカのように合理的配慮をしなければ差別になるという強烈な法理を導入しなければ,かえって配慮義務は合理的な範囲でよいというように,義務を限定する法理に働いてしまわないかという懸念がないわけではありません(まあ解釈の仕方次第ではあるのですが)。
 とはいえ,これは理論的な話で,社会的強者が合理的配慮をする義務を法理論的に組み立てていくのは,同じような課題に差別禁止アプローチや平等待遇・均等待遇アプローチで行くよりも,既存の法理にも乗りやすく,裁判実務上も受け入れやすいものでしょうね。

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2018年1月23日 (火)

出た!光速の寄せ

 久しぶりに谷川浩司九段の光速の寄せをみました。王位戦予選の決勝で,藤井聡太四段を破って勝ち上がってきた大橋貴洸四段が相手。新鋭ですが勝率7割8分を超えるすごい成績です。藤井四段の影に隠れてしまっていますが,若手の超強豪です。
 大橋四段の先手でしたが,途中で千日手が成立。差し直し局で,先後入れ替わり,谷川九段が先手になりました。ただし持ち時間は千日手局で谷川九段が余分に使っていたので,差し直し局の持ち時間は,谷川九段のほうがかなり短くなっています。
 差し直し局では,先手の谷川九段のほうから角交換して銀を繰り出して腰掛け銀となります。互いに銀を向かいあうなか,先に仕掛けたのは後手の大橋四段でした。大橋四段は6筋の歩をつき,一方,谷川九段は3筋から4五に桂を飛んで,さらに3筋を攻めます。後手が9筋の歩をつき,それに応じた谷川。後手の9筋の歩が切れたので,あとで端攻めの危険が残ったのですが,結局,後手に端攻めの順は回ってきませんでした。
 谷川九段は6筋の敵陣に歩をたたいて金を引っ張り出して,飛車取りに角を打ち,馬を作ります。馬で飛車をいじめる間,後手も8筋の歩を8六まで伸ばし,6五歩と合わせて攻めの拠点とします。谷川九段は,後手の6六桂の攻撃を銀で払ったため,後手の歩が6六まで伸びてくる気持ち悪い局面で,谷川は2筋の歩を突いて反撃し,空いた空間に悠然と2三歩と打って,攻めの拠点を作ります。
 そのあと,大橋四段は若手らしく谷川玉に攻めかかりますが,少し駒が足りず,駒を清算したところで,谷川玉は裸になりました。不安ではありますが,大橋の攻め駒は飛車と金と歩2枚だけしかありません。大橋四段は攻めの拠点にするために6六に歩を置きます。
 この手は「詰めろ」ではありません。将棋は,次に相手が何もしなければ詰むという状態を「詰めろ」といいます。終盤では,まずは「詰めろ」をかけることを考えていきます。「詰めろ」は相手が受ければ解消されますが,その受けの際に持ち駒を使ってくれると,相手の攻め駒が減るので自玉がそれだけ安泰となります。また,「詰めろ」に対して,「詰めろ逃れの詰めろ」をかけるというのがあり,プロはこれを目指します。角などがあればそういうことが起こりやすく,自分の「詰めろ」解消して,同時に相手に「詰めろ」をかけることができれば,だいたい勝ちになります。
 逆に,自玉が「詰めろ」でない状態のときは,相手玉に「詰めろ」をかけることを考えていきます。現時点の谷川玉が「詰めろ」ではないということは,谷川九段は大橋玉に「詰めろ」をかければいいわけです。それは十分に可能な状況でした。しかし,光速流は,そんな甘いことをしないから魅力なのです。谷川九段は,詰みがあるとみて,相手玉を詰ましにいったのです。詰ましにいくと,相手に駒をたくさん渡すので,その過程で,自分の玉が詰めろになったり,さらには受けがきかない「必死」の状態になったりします。ですから詰め損なうと,負けに直結します。ということなので,普通の棋士は,自玉が「詰めろ」でなければ,相手に「詰めろ」をかけて着実に優勢を維持して勝ちを模索します。
 しかし,谷川九段は詰み筋を発見したときには,安全勝ちを目指しません。最速の勝ちをねらいます。今回も行きました。2二銀の王手から入って,相手玉を裸にし,銀,成銀,成桂のタダ捨てを何度もして,詰め将棋のような華麗な手順で若手を討ち取りました。31手詰めでした(29手目で相手が投了)。王手の2二銀に17分を使ったあとは,ほとんど時間を使っていなかったことからすると,谷川九段は詰みを読み切っていたようです。
 良い将棋をみせてもらいました。すっかり光速の寄せが出なくなっている昨今の谷川将棋ですが,勢いのある若手を負かして,王位戦の決勝リーグに進出です。順位戦のB級1組は,先日,松尾歩八段に負けて5勝4敗となったので,今期のA級復帰は難しくなりました(一足先に,糸谷哲郎八段がA級昇進を決めています)が,王位戦では,久しぶりの予選突破なので,頑張ってもらいたいです。

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2018年1月22日 (月)

人工知能は雇用を奪うか

 労働新聞での連載「雇用社会の未来予想図~技術革新と働き方」の第2回(1月22日号)は「人工知能は雇用を奪うか」というベタなタイトルです。この連載で1回は抑えておかなければならないものなので,2回目に登場させました。
 ところで,今朝の日本経済新聞には「イノベーション ロードマップ」が掲載されていて,「スマートワーク広がる」「人手不足技術で克服」「レジは無人,AIが人事」という見出しで,これからのAIなどの先端技術が,私たちの雇用や社会をどう変えるかを,わかりやすく紹介してくれています。人工知能が雇用を奪うかは,可能性ではなく,現実の問題であり,あとはいつどの程度の規模で起こるかを予想するという段階に入っています(労働政策審議会の基本部会もそういうことをやっているのでしょうかね)。しかも,それは企業がどこまで新しい技術を導入するかという意欲と,それを実際に行うために必要な仕組みの構築技術(AIと人間の作業の分業の仕方など)にかかっており,その点で,日本の企業は出遅れていないかが心配です。
 日本経済新聞には,野村総研の桑津浩太郎さんのコメントも出ていました(桑津さんは,昨年,神戸大学に来られて,私はインタビューを受けたことがあり面識があります)。桑津さんが記事のなかで力説されていたのは,「日本では失敗すると過剰に責められてしまい,新たな実験ができない」,「チャレンジを褒める風土,ミスを責めすぎない風土が国にも企業にも必要になってくる」「企業や個人のチャレンジ精神も極めて重要だ」ということであり,まさに同感なのです。
 この点は,私の連載の第5回目(2月12日号。現在,ゲラの初校チェック段階)のテーマにもなっています。「西郷どん」ブームで,明治維新に再び注目が集まっている現在,あのときの貪欲な日本人の知識欲や進取の気性を思い出してもらいたいというのが,第5回目のモチーフになっています。
 桑津さんは,労働力人口の減少への対策ということに言及されています。こちらのほうは,私の連載の第4回目(2月5日号)の内容と重なっているところです(ゲラの最終確認が終わったところ)。ただ私は,日本人(女性,高齢者)や外国人での対処には限界があるので,機械によるべきだという主張で,一方,桑津さんは日本人,外国人,AIを並列であげて,「この3つを総動員する必要がある」と主張されています。当面は桑津さんの意見のとおりでよいのですが,中長期的には機械によらざるをえないだろうと,個人的には考えています。

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2018年1月21日 (日)

乾くるみ『セカンド・ラブ』

 乾くるみ『セカンド・ラブ』(文春文庫)を読みました。『イニシエーション・ラブ』のこともあるので,慎重に読み進めていきましたが,最後までよくわかりませんでした。ということで,ネットで解説を見つけて,なるほどそういうことだったか,とわかったのですが,解読できなかった敗北感は強いです。時間のあるときに,ゆっくり読んで挑戦すべき小説ですね。  以下,ネタバレあり。
 披露宴のシーンから始まります。正明,春香,美奈子の名前が出てきますが,主役は新婦の春香。新郎と思われる正明は,おまえは誰だ,春香か,美奈子か,という謎の問いかけをします。宴では,二人のなれそめは,スキー場での出会いだと紹介されます。正明は,男女二人ずつの出会いだったのですが,なぜかそのうちの二人は宴に呼ばれていないと言います。以上が,序章です。
 第1章は,先輩の紀藤とその彼女の尚美に誘われて正明がスキーに行くところから始まります。正明は彼女がいない童貞ボーイでしたが,尚美が友達を連れてきます。それが春香でした。誰もが認める大変な美人です。
 スキーから帰ったあと,春香のほうから声をかけられて,正明は彼女と付き合うようになります。あるときデートの途中で,春香は,通りすがりの松本という男性から「歌舞伎町のシェリールというクラブのホステスの美奈子だろ」と言ってからまれます。その美奈子と松本は,店でトラブルがあったようです。正明は人違いだといって春香をかばいますが,ちょっとした疑惑が生まれます。
 そこで,正明は,一人でシェリールに行ってみることにします。そこには,春香とうり二つの半井美奈子というホステスがいました。二人の違いはホクロだけです。そのとき,美奈子は,実は春香と双子であると告白します。そして,現在,二人の親は別ということになっているが,実は春香の親は,美奈子の両親の子であったという真実を明かします。ただ,春香はそのことを知らないので,このことは春香に秘密にしてほしいと言います。
 正明は,その後,紀藤もシェリールに連れて行って,春香とよく似た美奈子というホステスがいることを見せようとしますが,そのときは美奈子は出勤しておらず,不在でした。しかし,その後,紀藤は正明に黙って一人でシェリールに行き,美奈子と親しくなります。
 正明と春香の付き合いは順調に進み,結婚を前提としたものとなっていきます。その途中でもシェリールに行って,美奈子に春香との付き合いのことを話したりします。春香の誕生日が3月24日(双子なのに,美奈子の誕生日はどういうわけか23日です)ということで,その少し前の19日にプレゼントを買うのに,慣れていない正明を助けるために,美奈子が買い物につきあってくれることになります。その夜,美奈子に誘われるままに彼女の新宿の安アパートに行き,正明は童貞を捨てます。美奈子の熟練のテクニックに溺れそうな正明は,罪悪感を感じながらも,来たるべき春香との体験をスムーズに進めるための予行演習だと言い聞かせます。このとき,美奈子の部屋に,正明が紀藤に貸した本が置いてあったことから,紀藤が予想どおり美奈子と付き合っていることを知ります。
 という感じですが,春香は目黒に住んでいること,一度,正明は春香の実家の豪邸に招かれていること,美奈子は安アパートでホステスをしていることなどから,二人は双子だけれど,随分と境遇が違うと読者は思ってしまいます。同一人物ではないかという疑問が,読んでいる途中で生じてもおかしくないのですが,美奈子は,免許証をみせて,氏名などが半井美奈子であり,写真もホクロがついていることをみせます(わざわざ見せるのが不自然でもあるのですが)。春香にはホクロはないので,同一人物ではない物証があるのです。
 ただ少しおかしいのは,春香は正明に決して電話番号を教えないことです。電話番号を教えると,いつ掛かってくるか待つことになるのがイヤという,わかるようなわからない理由ですが,正明は納得します。携帯のない時代の話なのです(設定は1983年)。そして,電話はいつも春香からでした。
 3月24日の誕生日の夜,正明は初めて春香のマンションに招かれます。そこで香ってきた女の匂いは数日前の美奈子と同じだったのですが,双子だから同じなのだろうと正明は考えてしまいます。そして,このときに,春香と結ばれ(春香は美奈子とは対照的なウブな様子でした),正明はようやく春香の電話番号を教えてもらいます。
 その後,正明は,またシェリールに行きます(4月22日)が,ママから美奈子は辞めたということを聞きます。そのとき,ママから衝撃的なことを聞きます。美奈子のホクロは偽ものであったのです。免許証の写真のホクロは,実は写真ではなくカバーの汚れだったのです。それに合わせて彼女はつけぼくろをしていたのです。
 正明は真相を知るために,美奈子の安アパートに行きますが,3月いっぱいでマンションは解約されていました。そのため正明は,免許証に書いてあった住所を思い出して,美奈子の実家に行きます(4月23日)。そこで美奈子の両親から,彼女が1年前に自殺をしていたことを知ります。あの美奈子は誰であったのか。それは春香以外にいません。
 最後のシーンで,春香と結婚したのは紀藤であったことがわかります。紀藤は尚美とすでに別れていました。冒頭の披露宴にいなかったスキー仲間の2人とは,尚美と正明だったのです。
 でも,それと冒頭のシーンの辻褄が合わないように思えて,モヤモヤします。正明はどこにいるのでしょうか。重大な伏線がありました。
 春香は正明とデートをしていたとき,霊感があって,霊が見えると言ったことがありました。正明はそういう霊感とかいった話が苦手で,このときはじめて正明は,彼女との付き合いが無理かと感じた,という場面です。
 春香は正明と付き合う前に一人だけ男性経験があると正直に言っていましたが,その後,正明は尚美から,その男性は彼女との失恋がショックで自殺したということを知ります。正明は,春香の唯一の過去の男性がこの世にいないことに,ちょっと安心するのです。
 そして,最後のシーンにもどるのですが,正明は,新婚旅行にたとうとして空港にいて窓の外をみている春香を見ています。でも彼女は気づきません。正明は,夜になると窓は鏡になって外がみえないことに気づきます。そこで正明は内に入ります。そのとき春香の表情が変わりました。
 「やっぱり『見えて』いるんだ。ごめんね。ずっと嘘だと思ってた」
 この言葉で,この小説は終わります。この言葉の意味が,ずっとわからなかったので,モヤモヤしていたのです。  
 春香は,ときには大学院生,ときにはシェリールで働くということをしていたのですが,紀藤と付き合うようになって,シェリールを辞めて大学院専業となります。これで夜の出勤がなくなったので,電話番号を正明に伝えたのでしょう。紀藤は,実は春香と美奈が同一人物であると見破って,春香に自分と付き合うように脅していました(春香の育ての親の家は大富豪であり,紀藤には自分で事業をやっていこうという野心がありました)。もっとも春香のほうも,もともと正明と紀藤のどちらも気に入っていて,ただ紀藤には尚美がいたから正明を選んだということだったので,尚美と別れていた紀藤であれば,彼と付き合うことで良かったのでしょう。いや,尚美が求めていた本当の「靭さ」をもっていたのは,紀藤だったのでしょう。最終的に尚美が紀藤を選んだことに絶望して,正明は自殺したのでしょう。霊となった正明が,披露宴で,そして空港で彼女をみていたのです。春香はそれを感じていました。そのため正明は,春香の霊感を疑っていたことを謝るのです。
 とんでもない悪女と可愛そうな純情男という感じです。正明も浮気をしているではないか,という指摘もありそうですが,悪の度合いが春香とは違いすぎます(男性目線でしょうかね)。清楚な大学院生と淫蕩なホステスという二面性をもつ春香・美奈子。ホステスの美奈子は,自分は二番手でいいと謙虚であったといいますが,それは本命男性は別に探すということだったのでしょう。
 タイトルのセカンド・ラブとはどういうことなのでしょうか。もともとは,美奈子は正明の彼女が春香と知っていて,それで二番手でいいと言っていたので,ここが「セカンド」のようでもあります(もちろんその春香は美奈子自身だったのですが)。一方,春香にとって,正明は二人目に付き合った男性という意味でも「セカンド」ですが,これはあまり関係ないでしょうね。さらに,春香は,正明と紀藤と二股をかけていて,正明の序列は「セカンド」だったのかもしれません。
 この小説は,「イニシエーション・ラブ」とは違い,回収されていない伏線が多数あるなど,完成度は劣っている感じがします。霊のネタも,ちょっと反則かなという気もしないではありません。正明が春香と美奈子が同一と見抜けないというのも,いくらなんでも無理ではないか,という気もしないわけでもありません(正明は,女性にきわめて奥手で,化粧でごまかされてしまうということなのかもしれませんが,さすがにキスしたり,セックスしたりしたら同一人物かそうでないかわかりそうなもので,双子だから同じだと思ったというのは,かなり無理があるように思えます。それとも双子は,そういう点も同一なのでしょうか。経験者に教えてもらいたいですが……)。  とイチャモンをつけることはできますが,読み終わった後からが勝負という小説は,疲れますが,私は好きです。(★★★★星四つ)  

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2018年1月20日 (土)

トランプの1年と中国リスク

 欧米のかかげる価値観が独善的なものであり,決して普遍性があるものではないというのは,欧米自身の歴史が示していますし,ましてや文化や伝統が違う非欧米国においては,軍事力の脅威や経済的な支援などと引き換えに,面従腹背とまでは言わないものの,やむを得ずその価値観に従ってきたともいえます。
 とくに英米の戦略は巧みで,アジアの指導者が欧米的な価値観をもつ者になるように直接,間接に誘導してきたようにもみえます(代表的な例は,ミャンマーのアウンサンスーチーでしょう)。国民は知らぬ間に洗脳されてしまっているのです。日本もそうでしょう。
 この欧米的価値観のいかがわしさを露呈させたのが,トランプ政権の1年だったのかもしれません。民主主義で選ばれたトランプは,自分を支持した層だけの利益を考えるというわかりやすい行動をとってきました。アメリカの労働法における特徴的な制度に,労働組合の排他的代表制があります。これは,民主的に選ばれた労働組合は独占的な交渉権をもつ反面,公正代表義務を負い,マイノリティの利益に配慮しなければならないというものであり,アメリカ的な巧い制度だともいえたのですが,トランプ大統領には政治の場において,このような公正代表義務的な発想で行動するつもりはないようです。
 もっとも,ある集団のなかで極端に利害が異なるサブ集団がいるなかで,民主的に代表者を決めてしまうと,トランプのような者が出てくる可能性は否定できないでしょう。トランプのように集団の内部を分断をすることによって,自分の支持者の支持をより確かなものとするというのは,民主主義の運用のなかの悪しき例として記録に残されることとなるでしょう。
 トランプ政権をみてわかるように,公正代表義務のない民主制は(相対的)多数者による独裁制と似てきます。同じ独裁制ならば,分断よりも統合を志向する共産党のほうがよいという考えもありえます。リーダーとして,習近平とトランプのどちらを信用できるか。どっちもどっちですが,こういう問いかけ自体,トランプ大統領の前なら考えにくいことだったでしょう。
 非欧米国からみても,最初から民主主義や人権といった欧米的な価値観をもたず,わかりやすく国益を追求し,他国にも自国の価値観を押しつけずに,経済援助を行い,(表面上は)ウイン・ウインを模索する中国のほうが,同じ自国ファーストの国を相手にするなら,アメリカよりもマシと考える国がいてもおかしくありません。
 昨日の日本経済新聞に掲載されていた,米ユーラシア・グループ社長のイアン・ブレマー氏の「勢い増す中国,最大のリスクに」というコラムに,「中国は世界戦略を持つ唯一といえる国だ」と書かれていました。たしかに中国は,高らかに「一帯一路」をかかげ,自国主義に縮こまるアメリカの抜けた空白を着実に埋めて,経済的な支配を進めつつあります。  同コラムでは,「中国の魅力はイデオロギーではない。中国の輸出する政治的な価値観は,他国への不干渉という原則だ。経済援助と引き換えに政治・経済改革を要求する欧米に慣れている他国の政府にとっては,魅力的だ。欧州の首脳が多くの問題を抱え,トランプ氏が『米国第一』主義の外交政策を掲げる中,欧米的な価値観に基づかない中国の経済や外交へのアプローチに対抗するものは何もない。」とあります。
 トランプ大統領の誕生は,中国にとって千載一遇のチャンスです。中国は,欧米以外のほとんどの国にとって,価値観や理念が正面からバッティングせず,経済的実利だけで付き合いができる国なのです。これは中国の主催するゲームに参加しやすいということです。これまではアメリカがゲームを主催し,そのルールも自分で作り,自分が有利になるようにゲームを支配してきました。アメリカが主催者から脱退したあと,今度は中国が多数が参加できるゲームを主催し,自分でルールを作り,自国に有利に世界を支配していくことになるかもしれません。 上記の  コラムは,次のように続けます。
 「世界は18年,中国に注目し,中国と欧米のモデルを比較するだろう。欧米にとって,中国のシステムはほとんど魅力がない。ほかの地域の大多数の国に対しては,中国のモデルはもっともらしい,欧米に代わる選択肢を提供する。習氏が選択肢を進んで提供する準備ができていることが,18年の世界最大の地政学リスクだ」。
 欧米にとってのこのリスクは,日本にとって,どうなのでしょうか。北朝鮮が最大の地政学リスクですが,実は,北朝鮮は北朝鮮なりに世界的な視野で生き残り戦略を図っています。日本は,東京オリンピック前の高揚感もあり,経済的には好調ですが,もっと先を見据えた世界戦略をしっかり立てておかなければ,北朝鮮や中国などに太刀打ちできなくなるかもしれません。気がつけば,外国人にも飽きられて観光客は来なくなり,経済はデジタライゼーションに乗り遅れて二流に,人材も優秀な人は海外に行き,国内にいるのは,三流の人材とかつての日本は良かったと回顧するだけの老人だけ,となっているかもしれません。でも日本には美しい自然と穏やかな国民がいるから,それでよいではないかと思うべきでしょうか。杜甫が「国破れて山河あり」と歌ったのは,どういう心境だったのでしょう?これも中国人に教えてもらう必要がありましょうか。

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2018年1月19日 (金)

労働新聞の連載開始

 労働新聞の2018年1月15日号から,「雇用社会の未来予想図~技術革新と働き方~」というタイトルで,連載が始まりました。毎週ということで,少し大変ですが,頑張ります。初回のテーマは,「ロボットは敵か味方か?」です。半年23回の予定ですので,読者の皆様,よろしくお付き合いください。
 ビジネスガイドの連載中の「キーワードから見た労働法」は127回目に達しました。今回は,「芸能人の労働者性」です。少し前に話題になったもので,経産省の研究会もやや似たテーマを扱っていると思います。
 今回は芸能人という括りでやりましたが,芸術家,ジャーナリスト,スポーツ選手といった労働者カテゴリーは,外国では特別な法規制に服することもあります。その職業について,ある程度の伝統があって人数も多く,特有の問題を抱えているようなところは,あえて一般労働法を適用するのではなく,アドホックな法規制で対処することを考えてよいかもしれません。あるいは労働組合があるところでは,労使自治に任せるといったこともありえます(フランス語でいえば,この団体はcorporationとなり,ギルドを想起させますね。これを労働組合と性質決定できるかどうかは,労働者性との関係などで議論となりえます)。
 現在,ゲラ段階の128回目のテーマは,傷病休職中のリハビリ勤務なのですが,これも実は労働者性の問題が関係します。リハビリ勤務中の社員は,「労働者」なのか。そんなもの労働者に決まっているだろうと言われそうですが,それならリハビリ勤務中に最低賃金や労災の適用はあるのか,といったことが論点となってきます。昨年12月の神戸労働法研究会における高橋奈々さんの判例報告(NHK(名古屋放送局)事件・名古屋地判平成29年3月28日)に触発されて,自分でも少し考えてみたことを今回は書いています。
 労働者性というテーマは,20年以上前から考えてきたことですが,出口をみつけることができないまま(いちおう,10年以上前に,中嶋士元也先生の還暦記念論文集に寄稿した論文で,自説はまとめたつもりですが,まだまだ改善すべき点が多いです),ぐずぐずしていたところですが,近年立て続けに,新たな角度からこの問題を考える機会が増えてきています。たぶんこれから10年経っても,出口を見つけられないまま,このテーマで悪戦苦闘しているかもしれませんね。

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2018年1月18日 (木)

安西愈『多様な派遣形態とみなし雇用の法律実務』

 安西愈弁護士から,『多様な派遣形態とみなし雇用の法律実務-派遣・請負・業務委託・出向・協業等,労働契約申込みみなし制度の問題-』(労働調査会)をいただきました。いつもどうもありがとうございます。
 労働契約のみなし申込み制を定めた労働者派遣法40条の6については,その解釈や適用について,わからないところがまだ多いのですが,本書は,約500頁の大著で,40条の6をめぐる実務上の問題を網羅的に解説した力作です。同時に,これは学説にも引用されるべき研究書ともいえるでしょう(研究者のなかでも,本書のレベルのことを書ける人はなかなかいないでしょう。安西弁護士は,学者の論文でも安西説と引用されることが多い稀有な方です)。とくに,(私が不勉強であっただけなのですが)40条の6によって新たに成立した労働契約の法的性質については,いろいろ論点があることがわかりました。

 ところで40条の6の労働契約のみなし申込みというのは,実際には,使用者となる派遣先が何も労働契約締結に向けたアクションをしていないので,いわばいきなり労働者が承諾の意思表示をして,労働契約が成立していると通告される可能性があります。そうなると,その時点では,たいへんなトラブルが起こるでしょう。労働組合が,うちの組合員の派遣について,派遣先に団体交渉を申し込んで,40条の6違反の疑いがあるから,直接雇用について話し合いましょうという大人の対応をしてくれたら,まだ派遣先も心の準備ができるでしょうが,いきなり私は承諾しますので,労働契約が成立しましたから,これからはそちらの社員です,と言われても,たいへんでしょう。派遣労働者も,労働組合の助けを得ないかぎり,いきなり派遣先に対して,直接雇用を主張するのは,よほどの強い精神力の持ち主でなければ,難しいかもしれません。
 本来は,労働局などで,40条の6違反の有無について確定する手続を作り,その手続のなかで,当事者の意見も聴取するといったワンクッションを置くことにしておけばよいように思えます。権利義務だけ定めておいて,あとは司法に任せるといった立法は,これまではそれで良かったかもしれませんが,今後はちょっと乱暴だという評価になるかもしれません。紛争処理手続もセットに定めておく必要があるということです。労働審判のような事後的な紛争処理手続はすでにあるのですが,いま求められているのは,判定的な事前手続ではないかと思います。
 この点で想起されるのが,イタリアにおける,労働関係の性質決定に関する認証手続(労働者か個人自営業者かの事後的な紛争回避のための手続)です(詳細は,小西康之「イタリアにおける認証制度とその機能」日本労働研究雑誌624号(2012年)35頁以下を参照)。これは2003年に設けられた,事前的な紛争処理手続ですが,この手続の発想は,日本でも参考にしてみる必要があると思っています。私が個別的デロゲーションの導入を主張する際に,労働者の同意の自由意思性は,行政等の場で合意がなされるようにして担保すべきだと,いろんなところで書いていますが,これも,このイタリア法の発想と通じるものです。

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2018年1月17日 (水)

イタリアの自営的就労保護法

 2月3日に開催するミニシンポジウムに参加してくれるMaurizio(Del Conte教授)が,ペーパーを送ってくれたのですが,そこで知ったのは,イタリアでは2017年5月22日に「非企業的独立労働の保護のための措置並びに従属労働の時間及び場所に関する弾力的な編成を促進するための措置(Misure per la tutela del lavoro autonomo non imprenditoriale e misure volte a favorire l'articolazione flessibile nei tempi e nei luoghi del lavoro subordinato)」という名(訳は仮のもの)の法律(2017年法律81号)が制定され,すでに施行されているということです。
 最近はイタリアの最新情報は1年ごとくらいでしかチェックしていないので,半年ほど前のこの法律の情報は欠落していました。それにしても,イタリアは2003年の労働市場改革(Biagi法)で,プロジェクト労働という制度を導入して,いわゆる準従属労働の法制化を行い,それが2015年のJobs Actで撤廃されるなど,独立労働・自営的就労(lavoro autonomo)やの取扱い,とくに従属労働(lavoro subordinato)との関係については,法律の動きが激しかったのですが,今回,また法改正があったのです。イタリアは,独立労働も従属労働も,民法典に定義のある概念であり,そこから独特の議論も生まれているのですが,法規制の基本的スタンスをみると,従属労働の偽装として独立労働が用いられたことから,独立労働にも保護(tutela)を,という発想が比較的強く,それが今回の法律の名称にも現れています。とはいえ,典型的な従属労働との違いも明確に意識されており,その点で私の問題関心と合致するところがありそうです(イタリアの独立労働については,拙著『イタリアの労働と法ー伝統と改革のハーモニー』(2003年,日本労働研究機構)も参照)。
 まずはイタリア法のことですから,私が自覚と責任をもって,できるだけ早く日本で紹介したいと思っています。イタリア法は,ドイツ法の紹介のように日本側の許容度が高くないので(少しでもわかりにくいところがあれば,聞いてもらえない),しっかり分析をして日本法のどの部分が参考になるかを意識した比較法研究をしたいと思っています。その作業は,当然のことながら,私自身のこれまでの自営的就労に関する政策提言のブラッシュにも役立つと思っています。
 イタリアの新法は,従属労働におけるモバイル型の働き方の促進に関する法規定も含んでいます。時間的拘束性や場所的拘束性が希薄なテレワークのような働き方は,既存の法規制との衝突が生まれるということで,これを新たに「lavoro agile」(agileは英語でも同じ言葉があり,意味も同じで,敏捷,早いといったニュアンス)と呼んで,当事者がこのようなタイプの就労を行う合意をする場合の基本的なルールを定めています。日本流にいえば,フレックスタイム,事業場外労働のようなものがターゲットですが,これを新たな「契約類型」として法規制の対象にしようとするのがイタリア流です。次々と新たな契約類型が生まれるイタリア流(欧州では他国でも同様の例がある)は外国人のウオッチャーからすると困るのですが,今回は,契約類型うんぬんより,何が法規制の対象となっているかをしっかり確認して,そのうえで比較法分析を加えていきたいと思っています。
 ちょうど2年前の2016年2月にイタリアに行ったときにMaurizioと,これからはICTの発達にともなうテレワークとindependent contractorの研究が大切だと互いに話しあっていました。私のほうはこれをテクノロジーの発達を受けて「従属労働を乗り越えよう」というような大きな関心から語っていたのに対して,Maurizioはすでにイタリア法における労働者概念をテーマに論文も書いていたので,その面からこの問題に関心をもっていたようです。
 いずれにせよ,イタリアのほうが日本より先に動き出しましたね。私は彼とは違って立法に直接影響を与える地位にありませんが,少なくとも基礎的な研究を続けて,在野で政策提言を続けていきたいと思っています。
  今回のシンポジウムでは,時間の関係上,深い議論はできないでしょうが,私の問題関心とイタリア法の動きがどこまで交差するかを確かめる良い機会にしたいと考えています(今回は韓国と台湾のゲストも呼んでいて,これは私自身の中にアジア重視という視点が入ってきたことの表れでもあります)。
 2015年10月にも,同じように神戸大学で解雇の金銭解決をめぐる比較法シンポジウムをやり,そのときにも,Maurizioは来てくれました。そこで,イタリアの新法に加え,日本の若手研究者のプレゼンによる他国の情報をまとめた聞いたことが,その後の私の同テーマに関する視点を広げることにたいへん役立ったので,今回も同じようになればいいなと思っています。

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2018年1月16日 (火)

乾くるみ『イニシエーション・ラブ』

 かなり前から評判で,映画化もされている作品,乾くるみ『イニシエーション・ラブ』(文春文庫)を,遅ればせながらですが,冬休みに読んでみました。必ず2回読むというふれこみでしたが,実際そうでした。以下,ネタバレあり(でも,皆さん,読んだことありますよね)。
 SideAとSideBの2章構成です。SideAは,鈴木夕樹という,静岡の大学生で数学専攻で富士通に内定が決まっていて,読書好きの理系男子。そんな彼と2歳年下の歯科衛生士のマユの微笑ましい恋愛物語です。
 夕樹は,4対4の合コンに代役で参加したときに,成岡繭子(マユ)に出会って恋に落ちます。その後,8人で海に行ったとき,そこでマユから電話番号を教えてもらい,自宅に電話をかけてデートの約束をとりつけます。彼女の好みに合わせようと,めがねをコンタクトに変えたり,教習所の免許をとったり,おしゃれに気をつけたり,といったような微笑ましい努力をする夕樹。
 2回目のデートで,夕樹はマユから「たっくん」と呼ばれることになります。「ゆうき」という名で嫌いな男子がいたということが理由で,夕樹の「夕」からたっくんというのは不自然なネーミングですが,最初は気になりません。その前にもマユは「タック」と言いかけて,「タックってわかります?」という不自然な会話があるのですが,そのときも気になりませんでした(後で重要な意味があることがわかります)。
 二人のデートは金曜ごとでしたが,3回目に予定されていたデートは,マユの体調不良で1回キャンセルされます(その直後のデートで,便秘で入院という奇妙なキャンセル理由をマユから聞かされます)。4回目のデートをして,その後,敬老の日に合コンのときの8人が再び集まってテニス大会をします。夕樹はマユとペアを組めずに不機嫌でした。ただその夜,マユから呼び出され,そして,その夜,二人は初めて結ばれます。その後,二人は夕樹の家で会うようになります。11月6日,夕樹は自動車免許を無事とることができ,その夜ラブホテルで,マユからクリスマスイブの夜の過ごし方について提案されます。帰宅後,早速,夕樹はターミナルホテルに電話をし,ちょうどキャンセルが出たばかりの部屋があったということで,二人はめでたくクリスマスイブの夜を一緒に過ごすことができました。
 マユは最初の合コンのときにはルビーの指輪をつけていて,彼氏がいるのではという疑惑があったのですが,本人は7月2日の誕生日のご褒美に自分で買ったと言っていました。その後,テニスのときにはつけておらず,クリスマスイブの夜には,たっくんに指輪をなくしたと言っていました(追記参照)。
 SideBは,会社の指示で,静岡から東京本社に派遣となったたっくんとマユの遠恋の話です。たっくんは,なんとか静岡に残りたいと思ったのですが,会社の指示なので新入社員である彼は逆らえません。それでも週に1度,なんとか静岡に帰ってマユに会うということを当初は繰り返します。そんなあるとき,マユから生理が来ないと打ち明けられます。たっくんは結婚しようと提案しますが,マユはいやがります。結局,マユは中絶します。この前後から,マユとたっくんにすれ違いが出てきます。たっくんは,東京の会社の部署で同僚となった石丸美弥子という美人で聡明な女性から告白されます。最初は,たっくんは,彼女がいるということで断っていたのですが,あるとき結ばれてしまいます。このころ,ちょうどたっくんは毎週の静岡帰りがきつくなっていて,2週間に1度となっていました。たっくんは,マユと美弥子と交互に隔週で会うようになります。 
 そんなたっくんですが,10月末,マユと一緒にいるとき,「ミヤコ」という名を口走ってしまいます。それをきっかけにマユとたっくんは別れます。たっくんは,その後,マユとクリスマスイブを過ごす予定であったターミナルホテルを解約します。
 さてここまで読んでいると,たっくんは,1年前はマユとクリスマスイブを過ごしたが,同じホテルでもう一度過ごすことができないまま,破局してしまったと思ってしまいます。あれほどの熱愛も,離れてしまうと疎遠になるし,うぶであったたっくんもマユのおかげで格好良くなって極上の女性にモテて,あげくにマユを捨ててしまうということで,極悪なたっくんと哀れなマユというストーリーだと考えてしまいます。
 実はこの本は,最後の2行までは,実に平凡なありきたりの恋愛小説です。つまり99%は面白くない小説です。ただ,あと5頁くらいで終わるというあたりから,おやっというシーンが出てきます。
 それは,たっくんが別れてから1カ月以上が経った12月5日,間違ってマユに電話をしてしまったとき,マユは普通の声で「もしもし,たっくん?」と返事をしてきたことです。携帯電話がない時代(時代は,男女7人夏物語,秋物語が流行っていた1987年と1988年です),相手の電話番号はわからないはずです。たっくんは,これをマユが自分と別れたことがまだ認識できていないのではないか,それならとても哀れだと思ったのです。
 このあたりで読者は軽い違和感を覚えるでしょうが,でもスルーしてしまいそうな程度の違和感です。そして,最後のシーン。たっくんは,美弥子の家でクリスマスイブを過ごします。美弥子の家族との気詰まりな食事が終わったあと部屋に戻った二人。なぜかたっくんはマユと付き合っていたときのことを思い出します。でも,そこでのたっくんのマユの思い出は,どうもSideAで紹介されていた内容と違うのです。そして,最後の衝撃のラスト。美弥子は,「……何考えているの。辰也?」と尋ねるのです。
  ここで読書は,たっくんは,鈴木夕樹ではなかったと知ります。SideBでも,たっくんは会社で鈴木と呼ばれていたのですが,それは鈴木辰也だったのです。それならマユも二人いて,SideAとSideBは別の話だったのかということにもなりそうですが,辰也が別れたあと間違ってマユに電話したときに,「成岡です」と言って電話にでているので,二人のたっくんが付き合っていたマユは,同一人物であったことは明らかです。ということは,これはマユの二股物語となり,SideAから読み直すことになります。
 夕樹がクリスマスイブにステーションホテルを予約できたのは,辰也がちょうどキャンセルをしたからでした。辰也は夕樹より1年早く就職して,そのときにはすでにマユと付き合っていました。
 SideAでは,合コンのなかで,1986年7月から9月に放映された「男女7人夏物語」が良いドラマであったと誰かが言う場面があり,その時点では1987年10月から12月に放映された「男女7人秋物語」の話は出てきません。合コンがあったのが,マユの発言から彼女の誕生日である7月2日の翌週だったことがわかるので,このときは,「男女7人夏物語」が終わっていて,しかも「男女7人秋物語」が始まる前の1987年7月であると推測できます。一方,SideBで,辰也と美弥子の会話のなかで,国鉄民営化から数ヶ月という会話が出てきますので,辰也が美弥子と二股掛けていたのが1987年(4月に民営化)であることがわかります。
 辰也とマユの遠恋が始まったのも1987年です。辰也が美弥子と付き合い始めたのはその秋ですが,マユのほうは7月に出会った夕樹に8月ごろからデートを始めていたのです。マユが夕樹を「たっくん」と呼ぶことにしたのは,電話がかかってきたときに,辰也と夕樹を間違えて呼ばないように,どちらも「たっくん」にしておいたのです。辰也はマユをまちがえて「美弥子」と呼んだから,彼の二股がばれたのですが,マユのほうが一枚上でした。
 夕樹に会ったときのマユは,夕樹には処女であると言っていましたが,実は辰也にしっかり大人の女として仕込まれていた女性でした。しかも,夕樹と結ばれたのは,堕胎をしてからまもなくでした。
 すさまじいドンデン返しでしたね。途中までが平凡なので,そのコントラストが見事です。ネット上も,たくさんネタばらしがあり,解説もあります。それくらい読み応えのあるミステリーということでしょう。 
 それでこの本のタイトルはどういうことなのでしょうか?イニシエーションとは,通過儀礼の意味で,そのラブとは何か。それは美弥子が辰也を口説くときに使った言葉ですが,いろんなラブを経験して,次のステップに行くということでしょう。辰也はマユをステップにして美弥子をゲットして,そのためにマユに対して申し訳ないという気持ちをもっているのですが,実はマユこそ,辰也をステップにして,しっかり堅実で優しい夕樹をゲットしたということでしょうね。夕樹はマユをステップにできるでしょうか。 (★★★★☆文句なく楽しめます。最後の2行までは,つまらない小説なので読むのをやめてしまう人がいるかもしれませんが)。

 追記 指輪の話
 SideBで辰也がルビーの指輪をマユの誕生日に送っている場面があります。SideAで,マユは夕樹に指輪をなくしたと言っているので,優しいたっくんが1年後にプレゼンとしたと思い込まされます。ところが,この指輪を買って送っているのは辰也であり,それをマユはSideAの合コンでつけていたのです。さすがにこれは,1回目に読んだときには,わからないですね。

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2018年1月15日 (月)

藤井聡太四段,名人を破る

 テレビのニュースでも報道されていましたが,第11回朝日杯将棋オープン戦で藤井聡太四段が,澤田真吾六段と佐藤天彦名人に連勝してベスト4に進出です(1日に2局します)。澤田六段は藤井四段の20連勝目と歴史的な28連勝目の相手でしたが,今回は澤田六段に快勝でした。澤田六段も今期好調の若手実力者で,実際,この朝日杯でもベスト16に残っているのですが,藤井四段との力の差がはっきりしてきた気がします。もちろんまだ3局しかやっていないし,今後どんどん対局するでしょうから,澤田六段にも奮起を促したいです。
 次は藤井四段の名人との初挑戦でした。時間の短い将棋なので,番狂わせがあってもおかしくないのですが,それにしても1年目の新人がベスト8に上がってきたことでも十分にすごいのに,名人に勝ってしまうのですから,見事なものです。佐藤名人は,この日の初戦は棋王戦に挑戦を決めている絶好調の永瀬拓矢七段に激闘の末,勝っていて,名人の底力を見せていたのですが,その疲れもあったのでしょうか。名人も29歳(もうすぐ30歳)とかなり若いのですが,その半分くらいの年齢の藤井四段のほうがスタミナ十分なのかもしれません。藤井四段が,優勢になったあとも,まったく隙を見せず,名人を寄り切ってしまいました。佐藤名人は,今期は決して調子が良くないとはいえ,藤井四段の棋力が着実に上がっている感じが,素人目からもしました。
 土曜日は,羽生善治竜王が,同じ朝日杯で,高見太地五段に勝ち,次いで同日,糸谷哲郎八段に勝っていた八代弥六段に連勝しました。八代六段戦は激戦で,羽生竜王は受け一方の窮地に陥ったあとの,見事な逆転勝利でした。1分将棋になってからの正確な差し回しは,さすが羽生竜王です。これでなければ勝率7割を超えることはできません。木曜にはA級順位戦で佐藤康光九段に敗れ,今期の名人挑戦の可能性は遠のいたのですが,勢いのある若者に早指しの棋戦で連勝し,この立ち直りの早さも羽生竜王のすごみです。そして,この羽生竜王と藤井四段が準決勝で激突です。八大タイトル戦ではありませんが,藤井四段は国民栄誉賞棋士に勝って,棋戦初優勝へと突き進むことになるでしょうか。
 昨日のNHK杯は,山崎隆之八段が,新鋭の青嶋未来六段に,初手4八銀,三手目3六歩という意表をつく出だしで見事に勝ちました。最後は敵の攻撃をぎりぎりのところで華麗に受け切って,なんと5五の天王山にまで玉を移動したところで,相手投了となりました。裸の玉がひらひらと遁走し,槍や剣が一番飛んできそうなところで仁王立ちになったところで,相手が力尽きて投了するという感じの,格好良い勝ち方です。初手と投了図をみるだけでも価値があるでしょう。ファンを楽しませ,そして勝ってしまう,天才山崎八段の実力を十分に見せてくれました。この棋戦ではすでに羽生竜王を倒しているので,勢いに乗って2度目の優勝となるでしょうか。

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2018年1月14日 (日)

脱産業革命

 1月13日の日本経済新聞夕刊の「あすへの話題」における玉村豊男氏のエッセイは良かったです。ICTの発達で,「暮らしながら働き,仕事をしながら日常を楽しみ,土地に根づいた生活の中から発想する,産業革命以前のライフスタイル」ができる時代が来たとしたうえで,「せっかくそんな豊かな生活ができる条件がととのったというのに,どうして多くの日本人は,いまだに高度成長期からバブル期にかけての企業社会が築いた特殊な価値観に縛られて,不自由な人生を送ろうとするのだろう。まだ,そうした時代の変化に,気づいてさえいない人が多いようだ」と書かれていました。まさに同感です。  生活の中心に仕事を据えて,自分の貴重な時間の「主権」を企業に奪われてしまっている,そんな生き方に別れを告げなければなりません。
 私も,AI時代などという言葉こそ使っていますが,実は雇用や労働の面で,一番大きなインパクトのある技術は,情報通信技術です。AIももちろん情報技術(IT)の一つですが,通信(C:communication)の要素をもっと強調したいところです(だからICTなのです)。
 自分の生まれ育ったところなど,暮らしやすいところを選び,そこに腰を押しつけて,自分のペースで働くということが,ICTの発達で,徐々に誰でも可能となりつつあるのです。私たちは,産業革命後の異常な200年余りの工業社会に別れを告げて,ようやく人類の長い歴史からみると普通といえるような生活に戻ることができるのではないでしょうか。私たち労働法研究者は,こうした時代の動きをしっかりと見据えて,自分で自分の力をコントロールして自立的な働き方をできるように,いかにしてサポートするかを考えていくのか大切な仕事です。
 工業社会や企業社会の弊害に対処することだけを考えているような労働法は,あっという間に時代遅れになるでしょう。これからの労働法に求めら得るのは,「脱産業革命」なのです。もちろん,それは単純に産業革命時の市民法に戻れということではないのは,言うまでもありません。

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2018年1月13日 (土)

鎌田耕一『概説労働市場法』

 鎌田耕一先生から,『概説労働市場法』(三省堂)をいただきました(かなり前のことですが)。厚生労働省関係の仕事でも活躍されている鎌田先生ですが,今回,非常に興味深い概説書を書かれました。
 労働市場法だけを扱った概説書というのは,これまで例がなかったのではないでしょうか。理論体系的に考えていくと非常に難しい領域ですが,本書は,概説書ということで,基本的なことが平易にかつ網羅的に解説されています。こういう本があれば助かると思っていた人は多かったのでないでしょうか。
 労働法は従属労働論が中心で,労働関係に入ったあとの法律問題とか,労働組合と使用者の労使関係が中心でした。判例があるのも,この分野です。しかし,法律としてみると,労働市場法の分野の法律の数は多く改正も頻繁です(もし興味があれば,拙著の『AI時代の働き方と法』(弘文堂)の62-63頁の年表もご覧になってください)。さらに立法政策論として重要なのも,労働市場法の分野であり,労働法の研究の中心はそちらのほうに移りつつあります(前掲拙著63頁のコラム「労働法学の課題」も参照)。
 そうしたなか,労働市場法の概説書である本書は,経済学者らと法学者が立法政策論を論じるうえでの基礎的な知識を共有するために,きわめて適したものだと思います。しかもボリューム,内容の難易度,文章の読みやすさなども適当であり,法律以外の分野の人にも手に取りやすいものとなっています。
 もちろん理論的な問題など,より深い勉強をしていくうえでの刺激という点では,やや物足りないところもありますが,それは本書の狙いとしているところとは元々違うものであるので,的を射たコメントではないでしょう。

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2018年1月12日 (金)

月刊公明に登場

 言うまでもなく,私は公明党とも創価学会ともまったく関係がありませんが,どういうわけか公明新聞で書評を何度か書いたことがあったりとか,声を掛けていただいております(AIに検索させたら,私の名と「公明」が共起して,私のプロファイリングを誤誘導させるかもしれませんが)。昨年から続く「書いたことのない雑誌への寄稿」シリーズ(?)の最後を飾るのが,月刊公明2月号の「人生100年時代の働き方,これからのキャリア」という論考です。
 内容は,最近よく書いているものともちろん重なるところも多いのですが,ちょうど昨年12月初めに文科省でプレゼンしたときと執筆時期が重なっていて,雇用と教育ということにより力点を置いた内容となっています。短いものではありますが,多くの人に読んでもらいたいです。
 本音では,月刊公明という読者層が限られている媒体に書くのはちょっともったいなかったかなという気もしないわけではありませんが,「人生100年時代」というキーワードで,わかりやすい執筆企画をくださるなど,この雑誌の編集者はとても有能で,著者としてもたいへん書きやすい環境を作ってもらえたことには深く感謝しています。
 公明党の政策がどういうものか,あまりよくわかっていないところもありますが,連立政権の与党として存在感を発揮するためには,雇用,労働,教育などにおいて,いかにして左派政党とは違う現実的な政策を打ち出せるかに期待したいですね。公明党ならではの,リベラルと保守とを止揚するような政策を打ち出してもらえればと思います。
 

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2018年1月11日 (木)

朝日新聞等に登場

 今朝の朝日新聞の朝刊の「教えて!人工知能:2」に私のコメントが出ています。ほんのワンフレーズですが,危機意識を持てというメッセージが端的に伝わっているので,よかったと思います。実は朝日新聞の7日の朝刊でも,ワンフレーズですが,私のコメントが出ています。そのときはミドルのホワイトカラーが危ないという話ですが,これはその記事にも大きく取り上げられていた新井紀子教授(国立情報学研究所)が言われていたことでもあります。
 AIと雇用の危機は,徐々にリアル感が高まってきたことから,マスコミでも未来の話ということではなく,現実の問題として取り上げられつつあります。AIはたいしたことができないという意見もあります(人工知能研究者に比較的多いか?)が,特化型AIを甘くみてはいけないというのが私の立場です。このあたりは,これから連載が始まる労働新聞の「雇用社会の未来図」でも書きますので,楽しみにしておいてください。
 そのほか,年末から年始にかけて,共同通信社の取材を受けた内容が,北海道新聞,デーリー東北新聞,琉球タイムズに掲載されました。いずれも私が読むことのない新聞なので,そういうところに名前が載るのは不思議な気分もします。内容はフリーランス関係です。取材のきっかけは公正取引委員会の有識者案の概要が出たからでしたが,私はその概要のことは取材を受けたときには知らなかったので,フリーランス一般のことを話しました。
  取材というのは短いもので30分,長いもので60分くらいは話しているので,そのなかのほんのワンフレーズだけが採用されるとなると,どれだけ取材者が的確にピックアップしてくれるかが重要となります。そこでつまらないピックアップをされると,その取材者とは,もう付き合いたくないということになりかねません。
 今回は朝日新聞の村井さんも,共同通信社の久保田さんも的確で,また丁寧な対応であったので良かったと思います。もちろん,かなり力を入れて答えたので,もう少し長い内容で取り上げてもらいたかったかなという気がしないわけではありませんが。

 ところでフリーランス関係では,前に告知していたように,2月3日(土)に神戸大学でシンポジウムを開きます。イタリア,韓国,台湾からゲスト(いずれも法学の教授)を招いてプレゼンをしてもらった後,パネルディスカッション,次いでフリーディスカッションとなります。小規模で時間も限られているので,何か新たなものを出すというより,問題意識の共有というレベルのことになると思いますが,公開ですので,ご関心があればどうぞ(会場の都合上,事前に事務担当者にご連絡いただく必要があります)。詳細は,http://cfssi.kobe-u.ac.jp/workshop/2017/seminar-details/201802031300cfssi.pdf

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2018年1月10日 (水)

ナイトタイムエコノミー

 City&Lifeという雑誌(これまで存在を知らなかった雑誌です)の121号で,立命館大学の筒井淳也教授と対談しています(筒井教授は,日本労働研究雑誌の2017年12月号の特集「雇用共働き化社会の現在」で巻頭言を執筆されています)。筒井教授は,中公新書の『仕事と家族』をゼミで扱ったことがあったので,今回,筒井教授と対談できるということで楽しみにしていました。
 テーマは,「夕方からの『自分の時間』-時間主権を取り戻せ」というものです。「時間主権」は,コーディネータの方が,拙著『勤勉は美徳か』(光文社新書)を読んでくださって,そこで使っていたこの言葉を,対談のキーワードにしてくれました。
 この対談は,ナイトタイムエコノミーを特集テーマとする企画のなかで用意された3本の対談の一つです。私自身は,ナイトタイムにフォーカスをあてることは,労働法的にみてどうかという消極的な立場で,特集の方向性に合わないのではないかと思っていたのですが,それでも構わないということなので,遠慮なく話してきました。
 筒井先生と私は,ほとんど意見が同じで,まさに意気投合という感じでした(向こうに合わせていただいたのかもしれませんが)。筒井先生は経済学にも精通した社会学者で,労働の問題にも詳しく,事前準備なしにいきなりやってもスムーズに対談できました(以前に守島基博さんと対談したときと同じような感じです)。詳しくは,雑誌をみてもらいたいのです(http://group.dai-ichi-life.co.jp/d-housing/pdf/citylife121.pdf)が,対談のかなりの部分はナイトタイムエコノミーにあまり関係ない働き方一般に関する内容となりました。
 肝心のナイトタイムエコノミーについては,メインはカジノビジネスのようなことだろうし,夜中も騒げるようなところって,欧州では大都会だけであり,日本も都会をみると,ある程度そういうことがすでに可能だし,それに夜中に女性が歩いて終電まで酒を飲めるような国である日本は,すでにナイトタイムを楽しめる国ではないか,というようなことを話してきました。たしかに外国人の楽しめるようなところが少ないかもしれないけれど,そういうところは特別に作ればいいだけの話ではないでしょうか。
 夜は休むというのが,自然な生き方だし,環境にもいいはずです。それに日本は谷崎潤一郎の「陰翳礼賛」の国ですしね。

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2018年1月 9日 (火)

トヨタのチャレンジに思う

 今年のラスベガスのCES(Consumer Electronics Show)に,トヨタの豊田章男社長が登場してプレゼンをしたことが話題になっています。家電のショーになぜトヨタが,ということですが,トヨタが発表したのが,e-Pallete コンセプトです。小型バスのような自動運転の電気自動車で,さまざまな用途に用いることができるようにするとのことです。提携企業として,アマゾン,ピザ・ハット,滴滴出行,Uber,マツダの5社が発表されましたが,ここからわかるのは,トヨタがこれからの新たなモビリティ系産業のプラットフォームとなることを目指すということでしょう。
   豊田社長が「第3の創業」を目指すというのは,すでに新聞でも報道されているところでした。今回,出てきた構想は,自動車製造という概念を超えて,自動車のなかのモビリティという機能に特化し,その機能をこれからのデジタライゼーションの時代の流れにあわせて大きく膨らませ,新時代の産業の中核となっていくという構想のようです。想像するだけでワクワクしてきますね。
 e-Palleteは,そのハード面でのEV(電気自動車)の技術だけでなく,自動運転面ではAIなどの先端技術を活用しているわけですし,さらにそれをどう活用するかについては,提携会社からみて,移動型ピザショップにもなれば,もちろんライドシェアにも使えるというようにUber型のビジネスモデルを取り入れているわけです。最新の動きを摂取した融合的で独創的な事業展開へと,日本を代表するこの企業が,果敢に挑戦していっているわけです。これは他の多くの企業に刺激を与えることでしょう。これまでのビジネスモデルは通用しなくなるという危機感は,まともな経営者であれば当然もっていることでしょうが,何をしたらよいかわからないというのも,正直なところでしょう。しかしチャレンジをしなければ先はないのです。Uberなどのライドシェアは,自動車需要を減らす可能性があったのですが,敵となる者とあえて手を組み,そこから新たなビジネスを生み出すというのは,奇策のようですが,実は正しい戦法なのでしょうね。
 こうした動きは,経済ビジネスの領域だけにとどめてはならないのだと思います。研究にしろ,行政にしろ,既存の枠組みを壊しながら,いままでとは違う者とタッグを組んで新たなものを模索する,でも,それも永続的なものではなく,また新たなものを模索する,ということを繰り返すことが進歩につながるのでしょう。その一方で,そうした変化のなかで,何が普遍的なのかにこだわることも必要となってきます。それが哲学の世界です。おそらく,激しい変動の時代にこそ,その変動の根底にあるロゴス(論理)が問われることになります(万物は流転すると述べた,最初の哲学者ヘラクレイトスは,そのロゴスを「火」に求めたのですが)。動きながらも,立ち止まって考えることを忘れない,そういう1年にしたいものです。

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2018年1月 8日 (月)

羽生永世七冠の国民栄誉賞

 羽生善治竜王(および棋聖の二冠)の,国民栄誉賞の受賞が正式に決定されました。囲碁の井山裕太七冠との同時受賞です。おめでとうございます。井山七冠は現在の七冠で,しかも二度目ということで,現時点の日本の囲碁界の最強棋士としての受賞です。一方,羽生竜王は,現在は二冠ですが,これまでのタイトルの積み重ねで永世タイトルをとり,それが七つすべてに達したということで(できたばかりの叡王戦は除外),いわば過去の棋士人生の総合的な成果が評価されての受賞です。井山七冠の受賞は,オリンピックで金メダルを取った選手に与えられるのに似た意味があるのに対して,羽生竜王はこれまでの長年の功績を讃えるという意味での受賞で,両者には違いがありますね。国民栄誉賞には,こういう二つのタイプがあるということですね。いずれにせよ将棋界としては,羽生竜王の国民栄誉賞の受賞は,多くの棋士にとって励みになることでしょう。将棋界は,AI時代のなかで,いかにしてファンを楽しませる将棋を指すかを,必死に模索していってもらいたいものです(将棋界の盛り上げは,ひふみんこと加藤一二三とは違う路線でお願いしたいです)。
 さて棋戦情報ですが,昨日から王将戦が始まり,二日目の今日,早々に決着がつき,挑戦者の豊島将之八段が,久保利明王将に先勝しました。豊島八段が,先日のA級順位戦で負けていた久保王将に同じ戦型(相振り飛車)で挑んでリベンジをはたしました。完勝でした。
 そのA級順位戦は,8回戦まで進み,王将戦で戦っている久保王将と豊島八段が5勝2敗のトップで,それを5勝3敗の羽生二冠が追っています。羽生二冠は1局多く戦って残り2局で,最終局が,大のお得意さんの屋敷伸之九段が相手なので,次の佐藤康光九段戦で勝てば,7勝まで星を伸ばしそうです。久保王将と豊島八段は,できれば残り3連勝して8勝として,羽生二冠とのプレーオフは避けたいところでしょう。降級争いは今期は3人陥落ですので,熾烈です。2勝5敗の行方尚史八段と屋敷九段はかなり厳しい状況です。問題は,3勝4敗の3人で,広瀬章人八段,深浦康市九段,三浦弘行九段も降級の可能性があります。きちんと計算していませんが,現時点では,4勝3敗の佐藤康九段まで降級の可能性がありそうです。最後まで目を離せません。
 B級1組は,昇級の目がでていた谷川浩司九段は,糸谷哲郎八段に敗れて苦しくなりました。ただ残り2連勝すると,阿久津主税八段の成績しだいでは昇級のかすかな可能性が残っています。降級争いは,松尾歩八段が1勝6敗で大ピンチです。ただ順位の低い斉藤慎太郎七段や菅井竜也王位にも降級の可能性が残っていて,今期大活躍の若い二人も鬼のすみかと言われるB級1組では苦戦していますね。
 B級2組は,若きタイトルホルダーの中村太地王座が5勝2敗で苦戦です。2名昇級のなか,現在4番手。自力昇級はありません。このクラスはあっさり抜けたかったところですが,今期は難しそうですね。
 C級2組の藤井聡太四段は,全勝で現在昇級候補1番手です。ただ新人で順位は低いので,一つでも負けると昇級を逃しそうなので,残り3局は一局も気が抜けません。藤井聡四段は各棋戦で活躍していましたが,最近では,そう簡単には勝てなくなっています。依然として,勝ち数(45勝),対局数(55局),勝率(0.818)はトップですが,叡王戦は本戦まで行くも深浦九段に敗れ,王位戦予選は,新年早々,大橋貴洸四段に敗れました(大橋四段は次は谷川九段との対戦です)。その他の棋戦では,棋王戦は挑戦者決定トーナメントにまで進出しましたが初戦で豊島八段に敗れました(なお,棋王戦の挑戦者は,永瀬拓矢六段に決定し,渡辺明棋王に挑戦します)。王将戦も,菅井王位(当時は七段)に一次予選決勝で敗れました。棋聖戦も大橋四段に一次予選の決勝で敗れました(大橋四段には2連勝していたのですが,前記の王位戦とあわせ,大事なところで2連敗しており,高レベルのライバル争いとなっています)。現在,タイトル挑戦の可能性が残っているのは王座戦ですね。

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1973年のペナントレース

 昨年の終わりの,日本経済新聞での,江夏豊の「私の履歴書」は,毎日,最初に読んでいました。江夏は田淵幸一と並んで,阪神ファンの私の原点として,幼少期の大スターででした。その江夏が何が語るのだろうか,ということで楽しみにしていたのです。
 巨人のV9の最後の年である1973年。阪神は,残り2試合で1つ勝てば優勝というところまで巨人を追い込んでいました(マジック1)。残りは中日戦と巨人戦です。
 中日戦は,その年,20勝5敗と絶好調で,中日戦にも8勝1敗と相性がよかった上田二郎が先発するかと思われていました。ところが先発したのは江夏。江夏はもちろん阪神のエースで,この年,24勝(13敗)していました(最多勝)。シーズン途中では,中日戦でノーヒット・ノーランをしながら,延長戦で自分のホームランでサヨナラ勝ちするという,歴史に残る離れ業をした年でもありました。
 もっとも,残り2戦で1つ勝てばいいというとき,先に江夏を出すのか,相手との関係で,上田を出すのかは,難しいところでした。ただ巨人戦の前に,中日戦で,エースの江夏を出して優勝を決めたいという戦略はわからないではありませんでした。
 結果はご存じのとおり,江夏は打たれて勝てず,最終戦は上田対巨人の高橋一三で,阪神は完敗して優勝を逃しました。この最終戦は私もテレビで見ていた記憶があり,がっかりした覚えがあります。   ところで,この試合について,江夏は,「私の履歴書」で,次のように語っています(2017年12月11日日本経済新聞)。
 「シーズン大詰めの10月20日。混戦から,頭1つ抜け出した阪神はマジック1として中日戦を迎えた。残り試合は2つ。この試合と甲子園での巨人戦のどちらかに勝てばいい。阪神入団7年目,優勝をつかみとれるところまで来た。  中日戦の先発には,この年,自分とともに20勝を挙げ,対戦成績がいい上田を立てる手もあった。だが,おれがエースなんだからおれが行くべきだし,優勝を決めるのは自分しかいないと思った。そんな思いで先発したものの,木俣達彦選手に本塁打を打たれるなど,6回9安打3失点。負け投手となった。優勝を意識して硬くなったのではない。力が入ったのには別の理由があった。
 試合前日,球団幹部に呼び出された。優勝のご褒美の話かと思ったら『これは金田監督も了解していることだが,名古屋で勝ってくれるな』ときた。一瞬,意味がわからなかったが,選手の年俸アップを心配してか,優勝すると金がかかるとか,ぶつぶつ言っている。テーブルをひっくり返して席を立った。こうなったら絶対勝ってやる――。その気持ちが裏目に出た。  シーズン最後の130試合目,甲子園での巨人戦は勝った方が優勝という決戦になった。中日戦から連戦となるはずの試合が,雨で一日延びた。投げる気満々だったが,先発は上田。早々にKOされ,巨人に優勝をさらわれた。」
 阪神球団が優勝を望んでいなかったかどうかは,よくわかりません。江夏が,打たれた責任を球団に転嫁しているように聞こえなくもありません。ただ,江夏が述べたようなことを,これまでも何度か噂として耳にしたことはありました。とはいえ,江夏から直接こういう証言が出てきたことは,個人的には驚きでした。
 ところで,最終前の名古屋の試合の中日戦の先発は星野仙一でした。アンチ巨人の星野は,阪神を優勝させてやりたいと思って,ほとんどど真ん中のストレートばかり投げてきたというのは有名な話です。それをことごとく阪神打者は打ち損じたというのです。これも真実なのかわかりませんが,星野仙一なら,それくらいのことをしたかもしれません。
 その星野仙一が亡くなりました。私には中日のエースというイメージが強いです(でも,それほどすごいピッチャーという印象はないです)が,もちろん阪神を優勝させてくれた点では,ファンとしては大恩人でもあります。前述の1973年の話も,真実であれば,星野には恩があります。もっとも,その翌年,巨人のV10を止めるという栄誉に浴したのは中日だったので,星野にとっては,結果としては良かったのでしょう。
 江夏は,1975年のシーズンオフに阪神を追われて南海に移籍します。その1975年に王貞治の連続ホームラン王を止めた田淵幸一は,1978年のシーズンオフに西武に移籍します。阪神の二人のスーパースターは,ファンには何とも不可解な理由で,惜しまれながら,阪神を出て行きます。今回の「私の履歴書」では,江夏側からみたトレードのことが書かれています。これを読んでみると,江夏個人にとっては,トレードされて,野村監督に会えてよかったのでしょうね。
 その江夏も田淵も阪神の監督としては戻ることができず,ライバル星野仙一が,阪神の監督になって,低迷していた阪神に,2003年,18年ぶりの優勝をもたらしたことは,運命の皮肉でしょうか。
 星野仙一監督のご冥福を心よりお祈りします。

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2018年1月 6日 (土)

Moglie e Marito

    国際線でみたイタリア映画です。日本語で言えば,「妻と夫」です。脳神経関係の医師である夫Andreaとテレビのキャスターの妻Sofiaは,互いの仕事が忙しく,二人の子育ても大変ということもあって,仲が険悪となります。そんな二人がカウンセリングを受けているところから映画が始まります。
 あるとき夫の研究として,互いの思考を移転する機械がようやく発明できて,試験的に,Sofiaとの間で行おうとします。その試験をしていたところ,誤作動が起きて,妻と夫の肉体が入れ替わってしまいます(思考が入れ替わったといってもよいのですが)。とはいえ,二人には仕事があり,Sofiaは,Andreaの身体になったので,Andreaの職場に行かざるを得ず,Andreaも,Sofiaの身体になったので,Sofiaの職場に行かざるを得ません。当然,そこでトラブルが起きてしまいます。フェミニストであったSofiaが,突然,フェミニストの欺瞞を語り始め,最初はたいへんな反発を受けたり,一方,Andreaは友人のMicheleと進めていた上記の研究を,Micheleの許可なく,ライバルに研究資料を渡してしまいテーマを横取りされたりと,問題が起きます。
 また,Andreaは,ときどきフラッシュバックのように戻ってくるSofiaの記憶から,Sofiaが離婚を考えて,銀行口座の整理をしていたことを知り激怒したりもします。しかし,そうした混乱の末,SofiaもAndreaも互いのことが理解できるようになります。
 最後は,二人は肉体をもとに戻すために機械を使って,二人の思考を入れ替えようとします。でも,できれば二人が入れ替わっていたときの思考も残せればとSofia(肉体はAndrea)は願います。さて再度の実験の結果は,どうなったのでしょうか。二人は元に戻ったのでしょうか。
 最後のシーンは,息子からママと呼ばれたときに,二人が同時に振り向いたところです。そのときのAndreaは男らしくなって,Sofiaは女性らしくなっていたので(入れ替わっているときのAndreaのフェミニンな動きとSofiaのマスキュリンな動きは笑えます),肉体と思考は元に戻ったようです。でも,入れ替わっていたときの思考も残っていて,結果,二人は思考を共有できるようになったということを示唆しているのかもしれません。
 グラマラスで美人のSofiaとひげ面でマッチョなAndreaの対比。肉体的には男女間であまりにも大きな格差があるけれど,でも男女は平等ということがあるのだろうか,というテーマについて,肉体を入れ替えてしまえばどうなるのか,という思考実験をしてみたということかもしれません。そして結論は,しっかりコミュニケーションをとれば男女は理解できるのであり,それでよいのではないかということを,究極のコミュニケーション(肉体を入れ替える)をとらせる思考実験をして描いてみせたのかもしれません。
   (★★★☆☆ ストーリーよりも,入れ替わっているときの俳優の演技に★三つ)    

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2018年1月 5日 (金)

大発会の高値に思う

 日経平均が26年ぶりの高値というのが,今朝の日本経済新聞の1面トップです。741円(3.3%)の上昇は,日本経済への期待の表れでしょう。1千万円の株資産をもっている人は,1日で33万円,株資産を膨らませたことになります。一般に,株価が上がると百貨店で富裕層による高額商品の購入が増えるらしく,昨年秋以降の好調な株式市場の影響で,Jフロントの株が前年末に急上昇したという記事も数日前に出ていました。そういえば元町にある神戸大丸もいつも混んでいますね。
 一方で,株式市場の好調さは,一般市民の生活になかなか波及していないようでもあります。街中をみると,必ずしもそうではないようにも思いますが,賃金が上がらないことで,財布のひもがそれほど緩んでいないことは事実のようです。むしろ食料品の値上げなど,生活に近いところでの値上げが(たとえ小規模であれ)次々と起こっているので,財布のひもはむしろ締められているのかもしれません。もっとも,消費の質が,コトからモノへということで,実は消費の主力が,より目に見えないところにシフトしているだけなのかもしれませんが。
 いずれにせよ,株式市場の高揚が,一般市民になかなかダイレクトに波及していないとすれば,それは,一般市民の金融資産への投資が低いこととも関係しているのでしょう。異常な低金利にもかかわらず,漫然と銀行に預金をしている人が多数なのでしょう。北朝鮮問題や不安定なアメリカの外交政策など世界情勢の不確定要因が高いなかでは,リスクの高い金融商品に投資する気にならず,賃金も上がらない以上は,ここは確実に銀行に預金をしながら,もう少し様子をみておいたほうがよいと考えている人が出てきても不思議ではありませ。冷静に考えると,世界情勢が安定する時代など,二度と来ないのかもしれないのですが。

 NISAやIDECOなど,政府は個人の資産を金融市場にもってくる策を講じていますが,なかなかうまくいっていません。多くの人が,金融リテラシーを十分に身につけていないことが大きいと思いますし,身近に適切なアドバイスをしてくれる信頼できる指南役がいないことも問題だと思います(銀行の資産運用係や証券会社の営業が信頼できるか,という問題ですね)。
 投資というのは,リスクをうまく制御しながらリターンを求めるものであり,実はこれは株だけでなく,日本社会全体において欠けていることのようにも思えます。リスクを怖がらず,現実をしっかりみながら,想定外のことが起きても,過剰反応をせず,前向きに冷静に対応するというのは,金融商品への投資以外にも,いろんなところにもあてはまります。たとえば,自分のキャリアについて,リスクをとりながらもチャレンジしていくということにもあてはまりそうです(研究の世界も同じです)。
 いずれにせよ,株式市場の高揚が,外国の投資家を潤わせるだけで,一般の日本人に還元されないのは,あまりにももったいことです。日本人が,日本企業の将来にもっと夢をかけて投資をし(投資は,既存の企業だけでなく,AI時代を見越して必死にリスクをとって起業しようとしている人たちにも向けられるべきでしょう),それによって日本経済がもっと活力を得て,そして投資家としての労働者やその家族も潤うという好循環を実現するためには,どうすればよいか。政府は,もっと真剣に庶民のレベルにまで立ち降りて,投資教育をすべきでしょう。

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2018年1月 4日 (木)

青学は強かった

 

箱根駅伝は,やっぱり面白かったです。青山学院大学,4連覇おめでとうございます。強かったです。往路は東洋大が1年生の活躍もあり,トップに立ちましたが,往路5区の山登りで僅差に詰まったことが青山学院の復路のメンバーに安心感を与えたのではないでしょうか。
 箱根駅伝は初日の夜の過ごし方が難しいのではないかと思いました。東洋大は,往路トップになったが,青学が至近距離にいたことから,必要以上に復路のメンバーに緊張感を与えたのかもしれませんね。
 優勝候補の神奈川大学は全日本優勝の立役者であった鈴木健吾が爆走できず,さらに5区の山登りの大失速で,シード落ちとなりました。もう一つの優勝候補の東海大学も上位を走っていましたが,優勝争いにからむことができず5位でした。かつての王者の駒澤大学も,7区のエースで挽回というシナリオが崩れて,シード落ちとなりました。順天堂大は,往路でオリンピアンの塩尻の不振が尾を引いてシード落ちでした。早稲田大は粘って3位で,優勝争いはできませんでしたが,駅伝的にはとても良い走りだったのではないでしょうか。
 一人20キロ以上走るレースは過酷です。特に山登りや山下りは気象の影響も受けやすく,また特殊技能を要するので,大きく差がつくことがあります(「山の神」というのが誕生するのも,そのためです)。そうしたなか,青学の毎年安定した強さを発揮しての4連覇は,たいしたものです。とくに復路の強さは驚きでした。7区で3大駅伝で初めて走るという3年生の選手が区間新をたたきだしたあたりの選手層の厚さと起用法の妙はすごいものです。たしかに6区と8区に絶対の自信があったとはいえ,7区でもし失敗すると,9区以下は東洋大も強かったので,混戦になっていたかもしれません。7区の選手がMVPをとったのもうなづけます。
 箱根では,それほど兵庫県の高校卒業の選手(西脇工業,須磨学園が中心)が活躍できませんが,ぜひ頑張ってほしいです。

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2018年1月 3日 (水)

健康管理アプリに思う

 「働き方改革」という言葉は,その具体的な内容はよく定義されないまま,マスメディアやネットで,さまざまな文脈で使われていますが,いずれにせよ労働者にとっての働きやすさを追求するということにつながるのならば,そうした改革が進められることは,肯定的に評価することができるでしょう。
 健康管理アプリも,最近では,「働き方改革」と結びつけられようとしています。従業員の健康データをAIが分析して,適切なアドバイスをするようになると,生産性の改善につながるし,労働者にとっても健康的で快適な働き方に結びつくということで,そこだけをみると望ましい面ばかりだといえそうです。
 今後の安全配慮義務論は,テクノロジーを活用した健康配慮をどこまでやるかが,主たる義務内容とされるのかもしれません。過労防止ができる安価な機械を導入しなかったがゆえに従業員が過労でたおれたという理由で,使用者が責任を問われたり,日頃の社内でのデータのやりとりのなかで,自殺の予兆を読み取ることができるAIがあるのに,それを導入しなかったがゆえに従業員が自殺したという理由で,使用者の責任が問われたり,というような話が現実化するかもしれません。
 ただ,このテクノロジーは,労働者にとって良いことばかりではありません。使い方によっては,労務管理の強化やプライバシーの侵害につながる可能性も十分にあります。たとえば,どこまで「強く」働かせても健康的に問題ないということがデータで明らかになると,どうでしょうか。それが労働強化の手段に使われない保証はないでしょう(宇宙飛行士がどれだけストレス耐性があるかをチェックすることと,一般の労働者とは違います)。
 集中力が特定の時間帯に低下することが明らかになった従業員に,その時間帯に休息をとらせるということであればいいのですが,エスプレッソのダブルを飲んだろうどうかと指示する上司が出てきたらどうでしょうか。エスプレッソくらいどうってことはないというものではないでしょう。あるいは睡眠不足が明らかになった従業員に,もっと熟睡できるよう,私生活での行動までアドバイスされるというようなことになると,どうでしょうか。アドバイスくらいどうってことはないというものではないでしょう。もちろん,もっと強い介入となると論外です。
 そもそも健康情報というのは従業員のセンシティブな個人データのはずであり,それをどこまで企業が保有してよいのか,ということも,当然のことながら問題となるでしょう。
 健康診断の結果は,個人情報保護法の要配慮個人情報(法2条3項,法施行令2条2号)であったり,労働安全衛生法上の秘密保持義務(法104条)の対象となったりしますが,より一般的な健康データについては,どうでしょうか。アプリでサービスを提供する業者にも,次々とデータが集まるでしょうし,検査機器のメーカーが,機器のセンサーを通して(IoT),ビッグデータを収集することも,すでに行われているでしょう。しかも,そのデータは大量であればあるほど,健康管理の精度は高まります。とはいえ,匿名化の処理はされているでしょうが,今後,何らかの形で個人特定に使われてしまうリスクはゼロではありません。そうしたリスクもふまえながら,個人の健康データが安全配慮義務の履行という枠組みのなかにせよ,労務管理の手段にせよ,健康経営の手段にせよ,企業によって活用されていくうえでのルールのあり方が,今後,十分に検討されていく必要があると思います。
 この点では,プライバシー保護の観点からの警戒論は,当初はかなり強いものとなると思いますが,それは,長期的には下火になる,と予想しています。健康データの絶大な健康確保効果を,労働者も国民も理解するようになるからです。また,これだけ自分の個人情報がネット上にダダ漏れの時代において,とくに若い人たちにおけるプライバシーの意味が変わっていくのではないか,とも考えています(この点については,拙著「変わる雇用環境と労働法-2025年にタイムスリップしたら」福田雅樹他編『AIがつなげる社会』(2017年,弘文堂)でもふれています)。
 むしろ,テクノロジーの効用は認めたうえで,それが濫用されないように技術を進化させるよう努力していくことが,今後の進むべき方向でしょう。
 ちょうど経済産業省・日本総研で「ウェアラブルなどを活用した働き方改革における健康確保に係る委員会」が12月に立ち上げり,私もそのメンバーになっています。委員会は今年度内のもので,まずはウエアラブル機器の可能性を検討するということにとどまり,労働法的な議論はそれほどできないかもしれません。
 ただ個人的には,このテーマは,原理的なところにおける,大きな転換点を示唆しているように思えています。健康管理は企業がするのか,労働者がするのかというこれまでの対立軸では,安全配慮義務強化論は前者,プライバシー重視論が後者ですが,そのちょうど間に,精密な健康管理ができるテクノロジーがはさまってくることによって,議論はさらに複雑化していくでしょう。個人がアプリなどのテクノロジーを活用して健康管理ができるのだから,定期健康診断の義務づけ(労働安全衛生法66条5項)などもやめ,企業の安全配慮義務も低減していくべきとする方向の議論が強まるのか(「パターナリズムからの脱却論」),それとも企業は従業員の健康データをふんだんに活用して人事管理をしてよく(企業にとっては健康経営は利益につながる),同時にその限りではきちんと安全配慮義務を負うべきとする方向に議論が強まるのか(「従属労働論の現代的修正バーション」),です。もちろん,その中間にいろんなバリエーションがあるでしょうが。
  これもデジタライゼーションが労働法に及ぼす影響をめぐるテーマの一つといえるでしょう。これは今年,ぜひ論文として書きたいテーマの一つです。

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2018年1月 2日 (火)

石田衣良『オネスティ』

 石田衣良『オネスティ』(集英社文庫)を,かなり前に読んでいました(読書ノートは未掲載のものがかなり溜まってしまっています)。
 幼なじみのカイとミノリ。小さいときから,二人は一緒でした。カイは幼いときから絵の才能がありました。ミノリをモデルにした絵で賞をとったこともありました。思春期になり,二人は性を意識するようになりますが,二人は性的な関係は結ぼうとしません。大人が,結婚してセックスをしていても,喧嘩をして仲違いするようなところをみてきた二人は,セックスをしない友情関係を誓ったのです。ただし,二人の間には秘密はもたないというのが条件です。それはセックスに関してもです。
 早熟のミノリは性的な欲望に忠実に,貪欲に多くの人とセックス経験を重ねていきます。しかも,その性体験をすべて克明にカイに伝えるのです。カイはかなり奥手で,ミノリよりもずいぶんあとに初体験をしましたが,カイもミノリに自分の性体験を克明に伝えました。
 その後,カイは結婚し,そしてミノリも結婚します。それでも二人の関係は変わりませんでした。決してセックスをしなくても,男女の友情は,誠実性(オネスティ)により堅く結ばれていたのです。最後は乳がんとなり乳房を切除することになったミノリの裸体をカイが描くと決めたことを知ったカイの妻ミキが,カイから去って行きます。
 これは純愛小説なのでしょうか。セックスという肉体的な欲望の充足と,オネスティという精神的な絆との両立は難しいのでしょうか。後者を守るためには,前者を切り離す必要があるのでしょうか。そういうことを考えさせられる作品ですが,個人的には,両立可能と考えたいほうなので(好きな女性は抱きたくなるものでしょう),本書のカイとミノリの関係性には理解しづらいところが残りました。     ★★☆☆☆(★二つ)

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2018年1月 1日 (月)

キャッシュレス社会

 明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします(今年も年賀状は書きませんでしたので,いただいた方には,まことに申し訳ございません。来年からは省略してくだされば助かります)。
 ところで今年,最も注目していることは,日本でどこまでキャッシュレスが進むかです。上海から帰ってきた人から聞いた話によると,中国では老若男女を問わずスマホをもつ人がほとんどで,現金を使わない決済が普通になっているそうです。また,中国から来た日本の旅行者は,空港でSuicaを買い,移動はタクシーも含め,Suicaで決済しているそうです(逆にSuicaの取扱いをしていないタクシーはお客を失っていると,東京でタクシーに乗ったときに運転手がそう言っていました。その運転手は,Suicaを利用するための機械は高額だと嘆いていました→JR東日本さん)。日本の店舗でも,中国人向けにスマホにQRコードを読み込んで支払いができるようにしているところに爆買いの客が集まるようです。キャッシュレスで慣れている中国人にとっては,現金を持ち歩くことにそもそも抵抗があるし,日本円となるといっそう面倒なのかもしれません。
 日本経済新聞でも,12月後半に「キャッシュレス社会の足音(上)(中)(下)」として,タイトルどおりの内容の記事が掲載されていました。現金信仰の強い日本においても,お賽銭がキャシュレスであったり,現金お断りの店が出てきたり,というように,キャッシュレス社会の到来の予兆が現れています。
 未来の店舗は,スマホを取り出さなくても電子決済ができるようになるでしょう。先日,阪急電鉄の駅で改札を通ったとき,回数券で入ったのですが,勝手にポケットに入っていたスマホに通過記録がついてしまいました。このまま駅を出ると,課金されてしまうので,降りるときに駅員に記録を消してもらいましたが,身をもって自動決済の可能性を体感しました。iPhoneを取り出して自動読取機に近づけなくても,スマホをポケットや鞄に入れているだけで電車に乗れるし,店で買い物もできるということですね。
 中国でキャッシュレスが普及した主たる理由の一つは,偽札が多いということです。日本は偽札対策が行き届いていて,その面からのキャッシュレスのニーズが低いのですが,そのことがかえって,便利で効率的なキャッシュレスの普及の遅れをもたらしているとするのは皮肉なことです。不便であったほうが,新技術開発へのインセンティブが強く,そして結局はより便利な社会が到来しやすいというのは,これからの時代において,多くあてはまることのように思います。日本人はすでに桁違いに便利な社会にいてかなり満足していますが,上には上があります。現状に安住していると,世界の流れから取り残されてしまうかもしれません。

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