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2017年10月18日 (水)

神戸製鋼の不正問題がもたらす影響

 前に日産自動車の不正問題が出たときに,これがどの程度深刻な問題なのか,日経新聞にはもう少し詳しく伝えてもらいたいという趣旨のことを書いたのですが,そのあと,いろいろもう少し詳しい説明が出てきました。良かったと思います。
 今回の神戸製鋼のデータ改ざん問題は,早い段階から,これがどのような問題であるのかということも,比較的よく解説されていたと思います。少なくとも私の知りたいことは,書かれていました。もっとも,神戸製鋼の闇がどこまで深いのかはよくわかりませんが,これについては新聞から情報を得るのには限界があるでしょう。
 私が疑問をもったのは,今回は管理職からの情報で明るみにでたということのようですが,過去何十年も不正があったとの記事もありました。その間,一回も上に情報が上がってこなかったのでしょうかね。
 それよりも気になるのは,外部へ漏らす社員が一人もいなかったのかです。会社内部の不正を外部にもらすというのは,たいへん勇気ある行動です。でもデータ改ざんが不正であるということは小学生でもわかることで,一人くらい外部にもらす勇気ある社員がいてもよさそうです。関与している社員はおそらく大勢いるはずです。組織内の鉄の結束かもしれませんが,誰も落伍者がいないとすると,そこはかえって不気味な感じがします。思想統制が行き届きすぎているといいますか……。
 ところで先週,消費者委員会の人がやってきて,公益通報者保護法についてのヒアリングを受けました。いろんな研究者のところを回っているそうです。私はSkypeでお願いしたのですが,どうしても直接面談したいということなので,仕方なく会うことにしました。1時間以上話をしましたが,基本的には,公益通報者保護法は,国民目線ではないので機能しないのは当然で,0から見直すべきだというのが私のコメントの要点です。あの法律を知っている人がどれだけいるか,また仮に知っていたとしても,実際に内部告発をする人がどれだけいるだろうか,ということです。通報対象事実の範囲もよくわからないし,「不正の利益を得る目的,他人に損害を加える目的その他の不正の目的でなく」という要件もあいまいで,会社への恨みがベースにあるが,図利加害目的がなかったら安心して告発できるのか,「公益通報をしたことを理由として」なされた解雇等の不利益取扱いが無効となるとしても,自分の勤務成績が悪いときには,それを理由とされてしまうと裁判では勝てるだろうか(動機の競合の問題),など考え出したら,とても告発する気にはなれないはずです。
 公益通報者保護法は,法律家が関与して,ブラッシュアップしても意味がないのです。これは裁判規範であるよりも,労働者が内部告発しやすいようにするための行為規範としての面が中心であるべきで,そう考えると,裁判となったときに事後的に妥当な解決ができるということでは足りないのです。労働者にとって,どうすれば安心して告発できるかということがポイントです(本気で内部告発させるなら,労働者が被った不利益は全額国家補償をするというアイデアがありますが,実現は難しいでしょうね)。そのためにはルールはできるだけシンプルにということになります。これは法律家が関与していてはだめでしょう。多くの労働者は弱い存在です。内部告発など怖くて仕方ないでしょう。普通はそんなことをする勇気などありません。そういう普通の人が内部告発できるようにするためにどうすればよいか。それは過去内部告発をしたような勇気ある人の意見を聞くだけでは不十分ですし,官僚が頭で考えているだけでもだめです。法律家も不適格です。
 もう一つは,内部告発は,企業にとってもウイン・ウインとなるということです。そのウイン・ウインを実現するためには,企業への内部通報を促進するようなルールが重要です。現行法でもそういう作りになっているのですが,やはり不十分です。今回,もし神戸製鋼が過去の内部への通報をもみ消していたというような組織ぐるみの不正があったとすれば,これは大変大きな問題です。現行法では,前述のように,社員は外部への通報がしづらいのです(神戸製鋼のデータ改ざんが,公益通報者保護法の定める通報対象事実に該当するかどうかは分明ではありませんが)が,内部への通報が機能して企業が自浄作用をもてばよいともいえるのです。それが機能しなかったと仮にすれば,これは経営陣には大きな責任を負ってもらう必要があるでしょう。
 企業が利益を追求する存在で,不正をすることは不可避だという性悪説には私は立っていませんでした。企業は経済的合理性を追求する存在で,不正などはいつか必ずばれるので(天網恢々疎にして漏らさず,です),それにより従業員,株主,取引先などに多大な迷惑がかかるということを,合理的な経営者は考えるはずであり,そういう意味で企業性悪説に立って議論をするのはおかしいというのが,私の考えでした(私が編者をした『コンプライアンスと内部告発』(2004年,日本労務研究会)は,そうした考え方をベースにしたものでした)。しかし,神戸製鋼の今回の事件で伝わってくるのは,利益優先で多少の不正には目をつぶるという企業体質です。これでは企業性悪説がいっそう強まってくるかもしれません。
  社長が,神戸製鋼の信用は0になったと語っていましたが,意外に思った人も多かったのではないでしょうか。不正公表前に株価が不自然な動きをしており,インサイダー取引の疑惑もあるようです。信用は,0ではなく,マイナスでしょう。そこの現状も甘いのです。まず自分たちの置かれている現状をしっかり認識し,そこから必死に這い上がる覚悟をみせ,それを実行しなければ,神戸製鋼の未来はないでしょうし,そうしたことをもししない会社であれば,即刻,退場してもらいたいですね。神戸という何を冠する会社に対する,神戸人からの厳しい叱咤激励と考えてください。

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