« 2017年8月 | トップページ | 2017年10月 »

2017年9月

2017年9月30日 (土)

Circle

 インターネットとソーシャルメディア。これが極端に進んだ社会を描いたCircleという映画を,休暇から帰るときの国際線の飛行機のなかで観ました。もうすぐ日本にも来るようです。
 冴えない事故対応の仕事をしていたMae Holland(Emma Watsonが演じています)は,親友のAnnieの紹介でCircleという有名な会社に就職することができました。Circleの社員たちは,すべての個人情報を共有していました。あるとき,全社員が集まったミーティングで,社長のEamonが見せたのが,ビー玉くらいの大きさの超小型カメラでした。このカメラを世界中にとりつけることにより,世界で起きていることを画像として共有できるのです。SeeChangeと呼ばれるこの技術は,究極のプライバシーゼロを実現するものでした。
 Maeも最初はこうしたものに懐疑的でしたが,趣味のカヤックをしていて溺れかけたとき,SeeChangeのおかげで救われて,考え方が変わりました。彼女は,Eamonに「完全な透明化」の提案を受け,起きているすべての時間(トイレの時間などは除く)に,SeeChangeで自分の私生活を公開することを決めます。この決断で,彼女は徐々にカリスマ性をもつことになります。ただ,彼女と話をしていたAnnieが,Maeのカメラに映り,その疲れた顔がそのまま世界中に流れたというようなアクシデントがあったり,さらに,Maeが,カメラを通して,両親を探しているとき,両親がちょうどセックス中で,これがネットで全世界に流れてしまったりというようなことがあり,彼女はショックを受けます。彼女が私生活を完全公開することにより,周りの人のプライバシーを犠牲にされていたのです。
 それでも彼女は,Eamonのプロジェクトには賛成でした。Eamonは,政治家も,Circleのアカウントをもって,隠し事なしに有権者に情報を公開すべきだと主張していました。Maeも,投票はCircle のアカウントを通して行うべきだと提案をしたりして,どんどん活動が先鋭化していきます。
 あるとき,Maeは,社員集会で,SeeChangeの威力を示すために,脱走した囚人を短時間で見つけると豪語し,見事にそれを実現します。彼女は,プライバシーをなくすSeeChangeが,社会のためになると心の底から思っていました。
 彼女の友人のMercerは,鹿の角で出来た装飾品を作っていたのですが,その写真をMaeがCircleの自分のプロフィールのところにアップしてしまったため,Mercerは,動物虐待者として世間から非難されます。彼は世間から逃れるために,姿を消してしまったのです。社員集会の場で,そんなMercerを,SeeChangeを使って見つけようという声がかかります。Maeは渋っていましたが,結局,受け入れます。Mercerは隠れていた山小屋にいるという情報がすぐに届き,逃げる彼を追いかける映像がずっと流れます。そしてMercerは,運転を誤って事故死します。
 ようやくMaeは自分が間違っていたことに気がつきます。そして,最後にEamonにしっぺ返しをします。そこは映画で確認してください。
 プライバシーなしで,みんながつながる社会。究極のtransparencyです。国家権力のtransparencyは,ある面では,重要なことかもしれません。でも私人間ではどうか。純粋な若者をマインドコントロールする,一つの宗教のようなもので,とても危険ではないか,ということを,この映画は問いかけます。友人を失い,両親からも離れるというのは,カルトに嵌まった若者と同じようなことです。そして実はtransparency を謳いながら,intransparentに儲けている輩がいるのです。ネット社会のdystopiaを描いたこの作品は一見の価値があるでしょう。 ★★★★(★4つ)

|

2017年9月29日 (金)

前例踏襲はやめよう

 小泉進次郎という議員は言語明晰,意味不明ということがよくあったのですが,最近,たいへん良いことを言っていました。衆議院解散のときの万歳を拒否し,「慣例とか,今までやってきたからといって,合理的な理由がないのにやり続けるのは,僕は好きじゃない。そういう(合理的理由がない慣例は)全部なくせばいい。だから万歳しないんです」と説明した。」とYahooニュースに出ていました。
 いまちょっと耐えられなくなってきているのが,文書主義です。メールですますことができるものを,文書で郵送というのは止めてほしいです。ある立派な団体からの原稿の執筆依頼があり,メールで添付ファイルに執筆要領などがあって,そこに必要なことは書かれていました。ただ,後日,文書でも正式なものをお送りしますと書いてあったので,確認したら,同じ内容のものを文書で送るだけということだったので,もちろんお断りしました。
 研究室でのゴミ出しは,もちろん教員自らの仕事で,私の場合,ゴミのほぼすべては紙ゴミです。これは資源ゴミとして,その出し方が面倒なので,紙を送りつけるのは私にとって仕事の邪魔なのです。大事なものは写メをとって,デジタル保存なので,紙は捨てるだけです。そういうことなので,お願いですから,紙はできるだけ送らないでください。
 文書が正式というのも,進次郎センセイのいう慣例のようなものでしょう。これはもう辞めましょう。
 その関係では,押印もやめてほしいです。よほどの珍しい名前でないかぎり,だれでも三文判を買うことができて,それを押してしまえばおしまいです。印鑑証明を必要とするような重要な契約の場合はともかく,本人確認としては自署で十分で,自署を要しないような場合に印鑑だけ押させるという必要はないはずです。普通の押印は,本人確認の意味などありません。慣例だからということで,押印を要請するのは止めましょう。
 押印が不要になると文書も減るでしょう。ペーパーレスをぜひ進めてもらいたいです。これは働き方改革にも直結すると思います(役所改革かもしれません)。その点で税務署は偉いです。押印不要としたので,オンライン申請ができるようになり,確定申告の作業はずいぶんと楽になりました。もちろん別の本人確認の認証方式を採用しており,それはそれで多少面倒でもあるのですが,私はペーパーレスにしてくれたことだけでも,十分に評価したいです(昨年会合に参加したときの中小企業庁も偉かったです。会議では文書配布はなかったと思います)。
 自分の周りからチェックしていきたいと思っています。神戸大学はずいぶんとましになってきました。教授会はペーパーレスです。兵庫県は,まだ文書主義ですね。遅れています。ただ労働委員会は通知とか日程調整とかは電子メールを使ってくれていますが,まだ会議では文書配布があります。兵庫労働局は,文書主義で,かなり重症です。紙の資料をあえて置いて帰ったのに,わざわざ送ってきたということがありました(忘れたと思って善意でやってくれたのでしょうが)。次の本は弘文堂から出ますが,出版契約は,デジタル文書でお願いしましょうかね。

 

|

2017年9月28日 (木)

日本労働研究雑誌に書評を書きました

 日本労働研究雑誌687号に,野村直之著 『人工知能が変える仕事の未来』(日本経済新聞出版社)の書評を書きました。経営やHRM系の人ではなく,私に依頼がきたのは,ちょっと意外でした。結局,書評の内容も,あまり労働法的なものではなかったような気がします。内容は,みなさんが読んでご判断ください。
 執筆依頼があるのは,相変わらず人工知能関係のもののほうが多いです。「働き方改革」関係のほうが本業のような気がしますが,こちらのほうは,あまり依頼がこないのは,言論界やマスメディアの目はもっと先のほうを向いているからかもしれませんね。それに「働き方改革」なんて言っていても,まあ改革はあるでしょうが,それが小池政権が誕生するのと,安倍政権が続くのとでは,ずいぶん違ったものとなる可能性もあります。
 日本のリセットはともかく,労働・雇用政策は改革が半端な方向に進み始めていたので,ここはリセットしたほうがいいと考えています。たとえば人工知能などの先端技術の活用を,(2035年と言わずに)もっと直接的に現在の政策に取り込んでいくことが必要です。これは日経の経済教室にも書いたことですが,広い意味での経済・産業政策という観点をもって,雇用・労働政策を進めていく必要があります。それができる可能性があるのは,ひょっとしたら小池政権なのかなという気もしますが,どうでしょうか。

|

2017年9月27日 (水)

小池が来た!

 衆議院の解散については,憲法学説上,7条説や,69条説といった議論がありますが,少なくとも憲法には解散権について明確に定めた規定はありません。だから首相に解散権があるというのは,ちょっとどうかなという気がします。たしかに7条説により,結果として,内閣に解散権があり,だからその首長たる内閣総理大臣に実質的な権限があるということかもしれませんが,それにしても,どんな権利にも濫用というものがあるはずです。
 今回の安倍首相の解散には,多くの人が言うように「大義」はなく,解散が先にありきで,あとから理由を考えたというのが見え見えです。もちろん民意を問うということが大義だということかもしれませんが,衆議院議員の任期は4年と定められていて,本来その間は任務をまっとうするのが原則でしょう。したがって,解散は,それなりの理由が必要であり,少なくとも政治的な説明責任はあるはずです。
 説明というのは,ただすればいいというものではありません。国民にわかりやすい「口調」で説明するのが,丁寧な説明ということではありません。内容が大切です。消費税の使途を変更すると今日決断したから,解散することにした,なんていうのは,あきれてしまいます。消費税引上げは2年後のこと。少子高齢化はずっと前からわかっていること。なぜこのタイミングかさっぱりわかりません。北朝鮮への対応も,いま国民において安倍首相の方向性に強い異議が出されているわけではありません。それなのに信を問うというのも,理由がわからないのです。むしろ選挙による空白期間は,日本にとってたいへんな脅威とならないでしょうか。河野外相や小野寺防衛相は,それなり頑張っているみたいです。いまの内閣のままで,もう少し行けばよかったのではないでしょうか。
 ということで,これは解散権の濫用と言いたいところです。今回の解散の真の目的は,今の時期にやらなければ,自民党はもっと議席を減らすからということのようです。今回も議席を減らすようだけれど,先延ばしすると,もっと減らす可能性があので,いまやるということのようです。民進党も弱っているし,若狭・細野新党も脆弱な感じだから,ということです。こんな数合わせの戦略でやっているから,小池都知事の急襲をくらう隙ができたのでしょう。選挙の行方はよくわかりませんが,小池新党(希望の党)への期待は大きいようです。東京都の選挙だから見守るだけだったけれど,国政選挙だから,ぜひ小池氏を応援したいという人がかなりいそうです。
 この選挙,ひょっとするとほんとうに首相を選ぶ選挙になるかもしれません。安倍首相への信任投票的な感じの選挙だったのが,小池か安倍かという選挙になってきました。安倍首相は,解散は野党にも政権をとるチャンスが出てくるからいいだろうと言っていました。でも,自分が負けるとは思っていないでしょう。
 小池都知事は保守であり,自民党の支持層と重なりますし,民進党も前原代表をはじめとする保守層がいて,そことの連携が十分に可能です。さらに維新なども政策的には近いものもあり,小池連立政権で一気に首相へという道がありえないわけではありません。国民は森友・加計で逃げてきた首相には批判的です。同じ保守なら,清新なイメージの小池氏のほうがいいという有権者が雪崩を打つように小池氏に投票する可能性があります(そうなると自民党からの離党もどんどん出てくるかもしれません)。
 思えば,イギリスのCameron首相やイタリアのRenzi が,自己の政権基盤を強化するために,別にやらなくていい国民投票をやって,票を読み違えて敗北して下野したという例があります。どちらも,まさかの転落だったのですが,安倍首相もやらなくてもいい解散をして同じ轍をふむ危険がないとはいえません。
 ところで,いまや実質的権限が奪われている労政審が大急ぎで認めた「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案」は,どうなるのでしょうかね。小池氏の労働政策がどいうものかはよく知りませんが,もともとこの法案の内容には反対だったので,リセットしてもらっていいのですが。

|

2017年9月25日 (月)

浜口倫太郎『22年目の告白-私が殺人犯です』

 浜口倫太郎『22年目の告白-私が殺人犯です』(講談社文庫)を読みました。映画は観ていません。いろいろな評判のある本のようですけれども,私は素直に面白かったです。
 ちょっと冴えない編集者の川北未南子は,あるとき行きつけのバーで出会った(実は自分を待ち伏せしていた)曾根崎という美貌の男性から,読んでもらいたい原稿があると言われます。手渡された原稿の内容は,殺人事件が題材でしたが,文章は素晴らしく,出版に値するものでした。ただ,そのリアリティは異常で,実はそれは実際に起こった連続凶悪殺人犯(被害者をその知人の前で窒息させて殺すという残忍な方法の殺人を繰り返した)の内容でした。おそらく犯人が書いたであろう,この原稿について,著者が誰であるかと未南子が曾根崎にたずねると,曾根崎はそれは自分だと答えました。未南子が勤務している出版社は,売れる本であれば何でも売るというポリシーで,殺人犯の本でも平気で出版する会社でした。未南子は,良心と格闘しながらも,曽根崎の指名もあって,彼の本の編集担当者となります。彼は,本を200万部のベストセラーにしてくれと言います。曾根崎の犯行は既に時効にかかっており,彼は世間の前に出ても捕まることがありません。曽根崎は,世間に挑戦するかのごとく,積極的にマスコミに登場します。
 曽根崎が殺したなかには刑事もいました。犯人は自分を追い詰めた牧村刑事を狙っていたのですが,犠牲になったのは上司のほうでした。牧村は上司の恨みを晴らすべく,曾根崎は対決するのですが・・・。
 あっと驚くどんでん返しでした。作品全体に無駄なく伏線がはられていましたが,少し残念だったのが,犯人(曾根崎ではありませんでした)の動機がいまひとつ説得的ではなかったことです。曾根崎と牧村のことが丁寧に描かれていただけに,最後の急展開はやや強引な印象を受けましたが,仕方なかったのでしょうか。それと一番最後の牧村の後日談の部分は,火曜サスペンスのエンディングのようなさわやかな終わり方で,ちょっと違和感もありました。
 でも休暇中に時間つぶしに読んだ本としては良かったと思います。そういう本として読んでみてください。 ☆三つです。 

|

2017年9月24日 (日)

三度目の殺人

 この映画をみたのが,ちょうど2週間前で,三宮のミント神戸にある映画館では初日でした。ちょうどVenezia映画祭のコンペに出ていて,賞をとるかどうかと言われていた時期でもあり,とりあえず観ておこうという感じでした。良い映画だったと思いますが,難解でした。「3度目」の殺人の意味が,実はよくわかりませんでした(後述)。以下,ネタバレではないですが,それに近いものあり。
 いきなり役所広司演じる三隅が,人を殺して焼却するシーンから始まります。三隅には殺人の前科がありました。この弁護人を事務所の同僚から押しつけられたのが,福山雅治演じる重盛です。三隅は,被害者である山中(自分を解雇した食品加工会社の社長)から金品を強奪する目的で殺したと自供しており,そうなると強盗殺人であり,30年前にも殺人で無期懲役判決を受けて仮釈放中であったこともあり,死刑を免れることは難しそうでした。ただ重盛は,三隅が盗んだ山中の財布にガソリンがかかっていたことから,三隅は当初は強盗目的ではなかったので,減刑できるのではないかと考えます(殺人と窃盗[占有離脱横領?])。
 そんなとき,三隅は重盛に無断で,週刊誌の記者に,山中の妻の美津江から依頼されて保険金目的で殺人をしたという話をし,それが記事になります。重盛が確認すると,証拠のメールもあるとします。そして,三隅には美津江から50万円が振り込まれていました。こうして一転して,事件の主犯は美津江というストーリーで公判に臨むことにします。
 そういうなか,美津江の娘の咲江(広瀬すず)が,三隅の家に尋ねていたという事実が出てきます。足に障害のある咲江は,三隅の娘にも同じような障害があったことから親近感をもったのではないかと考えます。三隅の自宅に行った重盛は,三隅が,犯行前に飼っていたカナリアを殺して埋めていたことを突き止めます。三隅は最初から刑務所に入る覚悟だったのです。強盗目的であれば,これは奇異なことです。
  その後,咲江は,重盛に対して,衝撃の告白をします。それは咲江は実の父の山中から性的虐待をずっと受けていて,三隅はそんな自分を助けるために実父を殺したのだというのです。そして,公判でその証言をすると重盛に申し出たのです。
 ところが,そのことを聞いた三隅は激しく狼狽し,重盛をなじります。そして,また新しい事実が出てきます。それは美津江から振り込まれた50万円は,山中の会社がやっていた食品偽装の口止めだったというのです。こうなると,保険金目的の殺人という線も消えます。そして,三隅は再び供述を覆します。殺人をしたのは娘のほうであり,自分は何もしていない,というのです。そして実は,逮捕された当初は,そう供述していたというのです。殺人をしたと供述したのは,重盛の同僚で,当初この事件を担当していた弁護士から,そのほうが刑が軽くなると言われたからだ,というのです。
 重盛は,三隅の気持ちがわかった気がしました。咲江を守るために供述を変える,ということです。三隅が供述を覆しても,誰も信用せず,死刑は確実です。そして,咲江は守られます。結局,重盛は,咲江には,父とのことを証言しないように頼みました。公判では,三隅は自分はやっていないと証言し,咲江は証言台で三隅には同情的な発言はしたものの,重盛との約束どおり,自分の性的虐待のために父を殺したということは言いませんでした。
  公判で三隅が犯行を否定したため,手続をやり直すべきかどうかを,裁判官と検察官と重盛たち弁護団との間で協議をします。裁判官は訴訟経済をいって手続の続行を提案し,担当検事は争点が変わるので,手続のやり直しを主張しました。しかし,ここで裁判官が目でサインを出し,それを受けてベテラン検事は担当検事に耳打ちします。手続を続行させても,三隅の証言は受け入れられないからよいだろう,というサインだったのです。
 三隅は,そこまで想定していたのでしょうか。自分が無実だと供述すること(それが皮肉なことに,自分の死刑を決定づける)によって,咲江を守れるのです。咲江が証言を言い出さなければ,三隅が違った供述をして,ひょっとしたら減刑を勝ち取れたかもしれないのです。
 もちろん,三隅が守ったのは,咲江が犯人だったからではないでしょう。咲江が実父から性的暴行を受けていたということを公判で証言して世間に知られるということを避けたかったからでしょう。三隅の情状に有利な発言をして死刑にならないようにするために,咲江がそんな証言をしてしまうのは,三隅の本意ではなかったのでしょう。
 弁護人の重盛は,結局,三隅の次々と変わる供述に,振り回わされました。重盛は,真実の追求ではなく,その事件でいかにして被告人に有利になるかという戦術こそが大切だと考えていました。そのため三隅の供述が変わるたびに戦術を変えることになり,いったい誰が何の目的で殺人をしたのか,ということに迫ることができなかったのです。しかし最後は,三隅が死刑になることをわかって,咲江がするはずの三隅に有利な証言をさせませんでした。重盛が,三隅との接見を繰り返すなか,心境が変わっていくところが,この映画の最大の見所でしょう。
 三隅の心の闇は誰にもわかりませ。多くの人は,三隅という人間に迫ることができず,中身が空っぽな器に思えてしまいました。もとより裁判官も検事も三隅という人間に迫っていく気はありません。むしろ担当検事は,いったん自白をしている三隅に対して,それを弁護する弁護士たちを,犯罪者をかばう存在として非難します。重盛の父で,かつて三隅の初犯時の殺人(借金取り2名を殺していた)に死刑を宣告しない温情判決をした元裁判官さえも,いまとなっても死刑判決をしなかったことを後悔していました。
 では重盛は,最後は三隅の心に少しは迫れたのでしょうか。それはやはり無理だったかもしれません。
 法廷は真実に迫る場ではなく,また法曹三者の誰も真実に迫ろうとしないとうことへの強烈な皮肉がこめられている映画だと思いました。映画のなかでは,何が真相かは,最後まで明かされませんでした。法廷,そして法廷をとりまく法曹たちの手では,真実がわかりようがないというメッセージなのでしょう。そして,ひょっとしたら映画のタイトルの「3度目の殺人」は,死刑判決を受けた三隅が,過去の2回の殺人に加え,今度は,真実を殺した(隠しきった)という意味が込められているのかもしれません。 ★★★★☆(法曹関係者に観てほしい映画ですね)  

|

2017年9月23日 (土)

Wedge登場

 休暇後,原稿を書く仕事が集中的にあり,Blogを書くエネルギーが残っていませんでした。最近,更新してほしいという熱い声援(?)をいただきましたので,久しぶりに更新します。いただいた声援は,実は,労働法関係ではなく,グルメとか,読書ノートとか,そういうものの情報がほしいという声が多かったのですが。
 今回,Wedgeに,約1年ぶりに,私の「フリーランス活躍に向けた法整備は時代の要請」という原稿が掲載されました。フリーランス(自営的就労者,独立自営業者,インディペンデント・コントラクター)をめぐる私見に関心をもってくださったWedgeの編集者から声をかけていただきました。フリーランス協会の方と一緒に,フリーランスをめぐる法制についてマスコミ向けにブリーフィングをした直後ということもあり,それに加えてWedgeという目立つ媒体でフリーランスのことが取り上げられて,世間の関心が高まってくれればよいなと思っています。
 それにしてもWedgeの影響力は大きいです。早速,同僚から,「出てましたね」と声をかけられました。新幹線のグリーン車にのっているような人は,それなりのステイタスの人が多いでしょうから,そういう人にピンポイントで届いているこの雑誌に書くのは,責任もありますし,やりがいもあります。Wedgeへの登場は,2015年が初めてで,これで5回目です。労働時間,副業,解雇の金銭解決など,旬のテーマで書かせてもらっており,そして今回のフリーランスです。
 フリーランスは,自助が基本であるという大原則は堅持しながらも,政府による「保護」ではなく,「サポート(公助)」が必要だということに理論的根拠を提示するということ,そしてフリーランス協会などの共助の活動の展開を見守ること,というのが,私の仕事ではないかと思っています。霞ヶ関のほうでも動きがあるようですが,私の考える構想はもう少し大きいものです。労働法の解体的再編にもつながるこの研究テーマに,AIと並ぶ,私のメインテーマであり,今後も積極的に取り組んでいきたいと思います。残念ながら科研費をとれそうなテーマではありませんが。

|

2017年9月10日 (日)

夢の9秒台

 陸上の桐生祥秀選手が全日本インカレの100mで,ついに9秒台に突入しました。日本人で9秒台というのは,ほんとうに夢だったのです。たしかに伊藤浩司の絶頂期(1998年)に10秒00まで行っていたので,あともう一歩というところまで来ていました。桐生自身も4年前にすでに10秒01まで来ていました。しかし,10秒を切るかどうかは,その根拠はともかく大きな違いがあり,そこにこれまで壁がありました。日本記録は,およそ20年間停滞していたのです。
 私が陸上をやっていた高校生のころは,黒人にしか絶対無理と思われていた9秒台でしたし,いまでも,2010年に白人初の9秒台を出したフランスのLemaitre(ルメートル)はいますが,まだ圧倒的に黒人が強い競技です。日本人の9秒台は,国民を勇気づける快挙といえるでしょう。

 桐生の記録は,もちろん,日本の陸上史に残る大記録ですが,これは彼にとっての第一歩にすぎません。目指すはオリンピックでのファイナリストでしょう。今回は,世界選手権の個人競技に出れなかった挫折,大学最後のレース,自分の地位を脅かすようになった関学の多田修平へのライバル意識,適度の追い風など,いろいろな条件がそろって出た記録です。これからは普通の状態でもコンスタントに9秒台を出してもらいたいものです。

|

2017年9月 9日 (土)

自由と正義に登場

 休暇に入って何もしない癖がついてしまい,ブログの更新も面倒になり,1週間ほど休んでいましたが,ちょうど今日,「自由と正義」68巻9号が届き,そこに拙稿が掲載されていますので,ご紹介します。これをきっかけに再開しましょうかね。
 論文タイトルは,「AI時代における知的職業-弁護士業務の行方」です。いつものAI話ですが,弁護士業務はどうなるかという観点からの執筆依頼です。弁護士の皆さん,これから弁護士になろうとしている皆さん,私の話をどう捉えるかはご判断に任せますが,まじめに考えておいたほうがよいかもしれませんよ。
 AI時代においてどのような仕事が残り,どのような仕事がなくなっていくのか。また先端技術をどううまく使って働くのか。これが大切だというのは,労働者一般にあてはあまることですが,弁護士も例外ではありません。とくに知的職業とされているものほど,実は機械により代替されやすい面もあるので,より一層の注意が必要という警告でもあります。詳細は,拙著『AI時代の働き方と法』(弘文堂)もご覧になってください。
 ところで,調べてみると,「自由と正義」には初登場でした。この雑誌の名前は知っていましたが,読んだ記憶がなかったので,もしかしてと思って確認したら,執筆依頼が来たことがなかったのですね。今年はAI関係のおかげで,初登場する雑誌が多いような気がします。10月締切の原稿も初登場の雑誌があります。これもAI関係です。別に専門領域を広げたつもりはないのですが,あまり他人がやっていないようなことをやると,世界が広がるということですかね。
 

|

2017年9月 2日 (土)

働き方改革の予期せぬ効果?

働き方改革によって労働時間が短くなることはもちろん労働法的には良いことです。時間外労働はあくまでも例外的なことであり、それが短い方が法の趣旨に合致したのものと言えるでしょう。
もっとも、これまで三六協定の締結が儀式化されていた理由の1つとして、労働者の方にも時間外労働に対する拒否感が少なくなかったのではないかということを指摘してきました。労働時間短縮による残業削減(残業代減少)に対する労働者側の複雑な反応を見ているとそれが証明されたともいえそうです。
もちろん賃金が下がらない時間短縮があれば、それが労働者にとってはベストなのですが、それは経営者にとってもそう簡単なことではないでしょう。生産性が維持できれば残業代が浮いたぶんを基本給に還元可能で、それで労働者のモチベーションも高まれば労使双方にとって理想です。しかし、もしそこで時間外労働があれば、残業代の時間あたりの額が上昇するので経営者としては大変になります。
こうみると働き方改革は機械の活用による省力化を促進し、作業効率化を進めるだけでなく、さらに雇用代替の広範な影響の到来をいっそう早めるかもしれません。これは政府が想定している効果でしょうか?

|

2017年9月 1日 (金)

休暇

現在休暇をとっています。日本人はもっと休まなきゃならないと言っている以上、自分で実践しなければ説得力はないと言うことを口実にパソコンも持ち込まずスマホ1つでのんびりヴァカンスしてます。さすがにメールのチェックをしないわけにはいかないので、最低限の返信はしていますが。
ただ本気で仕事をしようとするとスマホだけでかなりのことができそうです。私には十分に使いこなすスキルはまだないですが。このブログくらいなら、音声入力でそれほど苦労せずにかけます。
ところで話は変わって、今年は久しぶりに9月になっても阪神タイガースの試合が楽しめる年です。昨日の中日戦の先発メンバーを見ると1年前には予想もつかない感じです。大山4番は驚きですね。
次の広島戦で藤浪が好投すれば奇跡の大逆転Vの可能性が出てきそうですが、どうなるでしょう?

|

« 2017年8月 | トップページ | 2017年10月 »