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2017年8月 2日 (水)

第135回神戸労働法研究会その2

  6月の研究会の続編ですが,もう一人の報告者は,大阪経済法科大学のオランゲレルさんで,大王製紙事件・東京地判平成28年1月14日(平成25年(ワ)6929号)を評釈してくれました。
 この事件は,前会長と現経営陣との対立があるなか,前会長の元秘書の従業員が,会社の機密情報を前会長に伝え,それがマスコミに開示されたことから起こった紛争で,最終的には,この元秘書が出向命令を拒否して懲戒解雇されたため,その有効性などが争われました。
 この裁判はマスコミでも報道され,日本経済新聞での地裁判決のときの記事の見出しは,「内部告発で報復解雇は無効」でした。ただ,この見出しはミスリーディングで,記事のなかでも書かれていたように,判決は内部告発を正当でないとし,配転や降格(懲戒)は有効としていました。内部告発が正当とされたかのような見出しは,法律屋としては気になります。
 たしかに出向命令は無効とされ,これに従わなかったことを理由とする懲戒解雇も無効となったのですが,出向命令の無効の判断は,どちらかというと出向の必要性がないということ(出向先のポストが,業務内容からみて合理性がないこと)がポイントで,そのうえで,実質的に懲戒の趣旨による出向なので,動機・目的が不当であるとして,権利濫用とされたものでした。
 法律論としては,出向命令権の濫用といいながら,労働契約法14条の枠組みを意識しないものとなっているところが気になります。動機・目的の不当性は,同条の「その他の事情」に該当するのでしょうかね。実は,この判決は,転勤に関する東亜ペイント事件・最高裁判決を参照しているので,転勤も出向も同じようなものとみているのか(とくに,この会社では,就業規則上も配転,転勤,出向は同一の規定で同じように取り扱われていますし,実態としても出向の配転化現象はあったのでしょう),あるいは,東亜ペイント事件・最高裁判決は人事権の濫用に関する一般的な判断基準を示しているとみているのか,どちらかでしょうが,いずれにせよ労働契約法14条の存在感はあまりにも希薄です(裁判所の「完全無視」の姿勢を目の当たりにすると,そもそも同条を労働契約法に入れる必要性はなかったのではないかという疑問も出てきます)。
 それはともかく懲戒の趣旨の出向であれば,不当な動機・目的があるというのも,少し気になります。懲戒処分の実質があったとしても,そういう制裁的な機能をおよそ人事権の行使に含ませてはいけないということではないと思います。ケースによっては懲戒処分を受けるより,人事で対処してもらったほうが,労働者に有利なこともあるでしょう。もちろん,それでも懲戒的要素が,権利濫用性の判断に影響することはありえるのですが(なお,懲戒の趣旨があれば,懲戒処分の法理を適用するという見解[客観説]もありえますが,それにも賛成できません。この点は,拙著『労働法実務講義(第3版)』(日本法令)274頁の補充解説「人事権の行使としての降格と懲戒処分としての降格」も参照)。
 ところで,オランゲレルさんの報告では,内部告発の正当性に焦点があてられていました。本件は内部告発としてはちょっと異色で,告発先の元会長(現顧問)は,会社側にかなり近い人間であること(ただし現経営陣と対立的),外部への漏洩はその元会長によるものであること(元秘書もそのことを想定していたこと),告発目的は経営陣を失脚させることにあり公益性がないことなど,公益通報者保護法で想定している内部告発とはかなり異なります。もちろん,同法の対象外であっても,権利濫用法理などによる保護はあるのであり,実際,本件ではそういう観点から懲戒解雇は無効とされたわけです。
 法律構成としては,内部告発が正当であったら,就業規則違反が免責されるのか,あるいはその後の処分の権利濫用性を補強する要素となるのか,といったところが気になりますが,通常は権利濫用法理の枠組みのなかで対処すれば十分でしょう。
 本判決は控訴されましたが,原判決がほぼそのまま維持されています(東京高判平成28年8月24日(平成28年(ネ)880号)。

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