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2017年7月17日 (月)

瀬戸内寂聴『秘花』

 豊臣秀吉が,甥の秀次に関白の地位を譲った後,秀頼が誕生したために,秀次切腹・一族絶滅事件が起きたのは,よく知られている史実です。秀吉がなぜこのような狂気に陥ったのかについては,さまざまな説がありますが,長らく子が出来なかった秀吉に秀頼が誕生したために,甥が邪魔になったというのは,わかりやすい話としてよく伝えられているところです。そして,この秀次事件により,一族から秀頼以外の成人男性がいなくなり,これが豊臣家の滅亡につながりました。
 同じようなことが,能の世界でもあったということは知りませんでした。それが世阿弥です。こちらのほうは滅亡しなかったのですが。世阿弥は長らく自分の子がいなかったため,その後継者を弟の息子である甥の元重としようとしていました。その後,実子の元雅が誕生し,世阿弥は元重を後継者としたことを後悔し,元重を邪険に扱うようになります。
 世阿弥は,父の観阿弥の希望もあり,将軍足利義満の近習となり,その寵愛を受けます。衆道です。そのおかげで,観阿弥は大成功を遂げます。しかし,義満亡き後,流れは変わります。元雅は元重ほどの才能はなく,そして世阿弥に疎んじられた元雅は独自に道を切りひらき,やがて将軍家の庇護を受けるようになります。立場は逆転しました。そして,世阿弥は出家して70歳を超えていたにもかかわらず,理由も判然としないまま,佐渡に流刑となります。
 瀬戸内寂静の小説『秘花』(新潮文庫:Kindle版で読みました)は,「秘すれば花なり」で有名な世阿弥がちょうど佐渡に流されるときに,自分の人生を振り返って語ったという設定のものです。世阿弥が,衆道をとおして最高権力者たちの寵愛を受けていた少年時代,そして大人になってからの息子たちへの深い愛,甥との確執,そして流刑による最愛の妻との別離,佐渡で世阿弥の世話をした沙江という女性にみとられた最期という波乱万丈の人生が,ドラマチックに描かれています(後半は沙江の日記帳で語られています)。
 秀次と秀吉は確執というほどでもなく甥の秀次の自決で終わったのですが,世阿弥のほうは,甥との確執で敗れてしまったわけです。ただ後世に名を残したのは,世阿弥のほうだったのでしょう(元重は音阿弥の名で知られて,彼の手で観世流が大成したと言われていますが)。
  功成り名を遂げた者が,年老いてから流刑というこれ以上ないむごい仕打ちを受けるなか,その美しい人生の終わり方が見事に描かれています。 ★★★

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