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2017年7月11日 (火)

日経新聞はホワイトカラー・エグゼンプションに関する記事を書かないほうがいい

 「脱時間給」という誤ったネーミングをつけて,それを改めようとしない日経新聞には困ったものです。今朝の記事によると,連合が,労基法改正案に含まれていた高度プロフェッショナル制度を修正条件付きで承認する方針にしたということのようですが,「脱時間給」という言葉で記事が書かれているので,これが労働基準法改正案41条の2の高度プロフェッショナル制度のことをいっているのかが,はっきりしませんでした。
 ご丁寧にも,「脱時間給」の用語解説までしていました。ホワイトカラー・エグゼンプションの言い換えとして使っているのですが,その定義は「労働時間でなく,仕事の成果に応じて賃金を決める仕組み」だそうです。ホワイトカラー・エグゼンプションって,賃金制度だったんだですかね。エグゼンプションっていうのは,ここでは適用除外のことで,労働時間関連規定の適用除外なのですが。どうして賃金制度の話になるのでしょうね。賃金が時間給の人は,ホワイトカラー・エグゼンプションを適用できないのでしょうか(実際にはそういう例はないでしょうが)。そんなことありませんよね。時間給の人に「脱時間給」が適用されることも理論的にはありえるのですが,そんなとき日経新聞はどう説明するのでしょうね。
 おかしな解説はまだありました。裁量労働制について,「裁量労働は仕事の配分を自分で決める点で脱時間給に似るが,労働時間で賃金水準が決まる」です。裁量労働制は労働時間で賃金水準が決まるというのは,意味不明です。裁量労働制は,成果型賃金に適合的な賃金制度のはずなのですが。時間で決まるというのは,基本給ではなく,時間外労働のところのことを指しているのでしょうか。たしかに,裁量労働制でも割増賃金はあります。ただ1日8時間とみなすことがほとんどなので,割増賃金は発生しません。たしかに,1日9時間と決めれば,1時間分の割増賃金は発生しますが,こういうところをとらえて労働時間で賃金水準が決まるというのは変です。また,裁量労働と高度プロフェッショナル制度が似ているのは,実労働時間に応じた労働時間規制(長さの規制,割増賃金の規制など)をしないというところがポイントなので,やはり上記の説明はずれています。労働法を知らない人が解説したことは明らかです。
 こういう怪しい記事を1面トップに載せるのはやめたほうがよいです。誰かチェックはしないのでしょうか。他の記事の信用性も疑われます。
 きちんとした記事を書けないのなら,事実だけ流してください。解説は不要です。AIのほうがもっとまともな解説を書くのではないでしょうかね。
 それで本論に入りますが,「高度プロフェッショナル制度」には,連合としては立場上(?)注文をつけざるをえないのでしょうが,現在の法案でさえ適用範囲が限定されすぎているので,これ以上の限定は不要です。健康確保も,それを本人にまかせてよいような人こそがエグゼンプションの対象とすべきなのです。やるべきなのは一般労働者に対する労働時間の規制強化による健康確保です(これは秋に少し実現しそうですが)。健康確保も,そのやり方は,エグゼンプションの対象者にふさわしい方法を考えるべきで,強制的に休ませるといったたぐいのことは,趣旨にあいません。
 ここはよく考えてほしいのです。私は,ホワイトカラー・エグゼンプションの適用範囲は,真にエグゼンプションにふさわしい自律的で創造的な働き方をしている人に限定すべきだと考えています。しかし,そうした限定をした以上,強制的な休息確保や健康確保は不要だと考えています。逆にいうと,健康確保や休息の強制をするのは,ホワイトカラー・エグゼンプションの適用対象者を,それにふさわしくない人にも広げているということを意味します。そちらのほうが,よほど問題なのです。
 これについては,ホワイトカラー・エグゼンプションの適用対象の範囲は,最初は限定していても,必ず広がると決めつけている人もいます。労働者派遣の解禁業務だってそうだったということを必ず言う人がいます。でも,私見では,ホワイトカラー・エグゼンプションの適用対象者の範囲は,法令で一般的な基準を作り(その際に連合も関与できます),個々の事業場で労使で具体的な適用対象者を決定し(ここでも過半数組合を組織していれば連合は直接的に関与できます),さらに本人の同意も必要という三段階のチェックをすべきだと考えています。それでもなお不安というのなら,それは労働組合が自分たちは抵抗能力がなく無能であるということを公言するようなものです。
 ホワイトカラー・エグゼンプションはなぜ必要か。それは新たな知的創造的な働き方が重要となる時代がくるときにそなえて,それに適合的な制度的受け皿を,現在の裁量労働制や管理監督者制のかかえる問題を発展的に解消して,新たに設けるというものです。具体的な制度設計は,この趣旨に適合的なものとして一貫したものにする必要があり,政治的な取引材料にしてはなりません。
 こうなると,厚生労働省は,行司役になるのではなく,何が正しい政策かを真剣に考えて,しっかりリードしてもらいたいものです。それは具体的には労政審の場での仕事になるのですが,労政審にそれができるでしょうか。期待と不安をもって見守りたいところです。
 労働時間制度をどう考えるべきかについては,拙著『労働時間制度改革-ホワイトカラー・エグゼンプションはなぜ必要か』(2015年,中央経済社)で詳しく論じているので,ぜひ参照してください。

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